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ご褒美

 北の城に謁見の間はない。

 防護壁の北側に来るような者が少ない事もあるが、無駄に威厳を示す必要がないからだ。

 ベノム侯爵はそこにあるだけで十分な威厳を放つ。

 その侯爵を上座に、執務室のでかいテーブルにはデスリーテンと呼ばれる領主たち、その下に六人の息子と娘が座る。

 これだけの顔ぶれが一堂に会するのは、新年である冬至祭りと夏至祭りの時だけだ。

 早朝より始まった議題はベノムの復興計画と運河だが、復興計画では百万都市を目指す事が問題になった。

 王都でさえ十万人なのだ。魔石を食料に変えるベノムでは騎士の負担が大きすぎるというものだ。

 説明に呼ばれた小百合は、直営農場の収穫状況を引き合いに出し、灌漑設備と四圃式濃栽培で食糧の自給が可能であること、更には冬場の家畜の飼料さえも収穫可能であることを証明して見せた。

 炊き出しでうまさを知った領民がジャガイモを作り始めた事で餓死者を無くせる事も後押しとなり、魔石で得た食糧を非常用として備蓄する事で人口増加を目指す事が認められることとなった。

 運河の建設は、ベノムに関しては集中的にやって十年、東西縦断には百年の工事期間と決められた。

 これらの背景には小百合が渡した金貨が効いていた。

 お金で動くデスリーテンではないが副官は別だ。

これは悪い意味ではなく、お金で動くほど現実的な副官がいるからこそ領地が維持できているということで、たとえ領主といえども無視できない事でもある。

 こうして、紆余曲折うよきょくせつはあったものの、午前中はおおむねいい方向で終わった。

 紛糾したのは昼食を挟んだ午後の会議だ。

 デスリーテンの全員が、侯爵をたばかったとしてカレンの処刑を譲らないのだ。

 朝から発言の機会のない子供達の中で、リリアが声高に訴えたのは、これまでの功績であり、消火活動での指導力だったが、妥協案が自害を認めるというだけだった。

 これでも彼等にしてみれば譲歩した方で、その過激さは伝統とさえいえるものだ。

 彼等は子爵という爵位を持っているため昔はよく王都に呼ばれていた。

 ある時、デスリーテンの一人が、田舎者だと馬鹿にした貴族を殺すという事件が起きたのだが、それだけでは終わらなかった。

 王宮で問題になると、まだ何か文句があるのかと、ベノムから兵を率いて相手側の領地の城を落としてしまったばかりか、これを打つべく出撃した近衛騎士団を、今度はベノム侯爵率いる本隊が破ってしまったのだ。

 この無茶苦茶とも言える事件以来、表だってベノムに逆らう者はいなくなり、新王の戴冠式ですらベノム侯爵だけが王都に行く事となった。

 そんな彼等の判断を覆す事など出来ない。

 もはやこれまでかとリリアが涙さえにじませた時、サンデリーが静かに手を上げた。



「何で勝てないかな」

「まだ言っているのか? 勝つ時もあれば負ける時もある、それが博打だろ」

「そりゃそうなんだが、こちとら博打の専門家だぞ。負けるにしても負け方ってのがあるんだ。いかさまを疑ったが、それも無いし、まいったよ」

 克の悩みを聞きながらやれやれと首を振るガレントだが、今は侯爵様に呼ばれて向かっている最中だ。

 どんな話なのか気にならないのかと問えば、殿さんの考える事は分からんと言って終わってしまう。

 それは確かにそのとおりなのだが、肝が太いのか頼りないのか今一つ分からない。

「博打、ですか?」

「ユ、ユナさん」

 いきなり声をかけられて驚く二人に、魅力満点の笑顔を見せるユナだ。

「あ、あの。今日はその、いいお天気で、その」

 ガレントが、果敢に話しかけたが、

「え? 曇っていますけど」

「は、ははは」

 撃沈した。

「ユノさんはその、博打をご存じなんで、ござんすか?」

 今度は克の番だ。

「父が好きだったもので」

「そりゃ奇遇だ。同じです」

 なかなかいい線をいっているが、

「それで借金まで作って、私が早くから勤めに出る事になったんです」

「は、ははは」

 撃沈した。

「全部ロウに賭ければいつかは勝てるのに、負ける人の気がしれませんね」

「い、今なんと?」

「ロウは2から7まで六通り、ハイは8から12までの五通りでしょう。つまり、全部ロウに賭ければ、最後には勝てるという事です」

「そうか、そうだったのか。おりゃ、数字をたして灰とか牢とかになるのが不思議だったんだが、なんだそう言う事だったのか。いやまてよ、それなら丁半と同じじゃねえか。よし、そうとわかればもう負けねえ、さっそく行ってくるぜ」

「待て待て待て。侯爵様に呼ばれているのを忘れているだろう」

「ああ、そっか。しゃーねーな、ちやっちゃと行って終わらせるぞ」

 克がさっさと歩きだし、失礼しますとガレントがユノに声をかけた。

 それが聞こえたのか克が振り向き、

「ありがとうよ。勝ったらなんか奢らせてもらうぜ」

 それだけ言うと、もはや振り向きもしなかった。

「なあ、何でユノさんが話しかけてきたんだ?」

 早足で追いついてきたガレントが話しかけてくる。

「美人の考える事が俺に分かるもんか」

「それもそうか」

 やはりいいコンビのようだ。



 アウローラ率いるマギの五人も呼ばれていたが、少々状況が違うようだ。

「いよいよか、みんな準備はいいね」

「そりゃいいけど、本当にやるの?」

「ああ、あたしらが呼ばれたって事は役者がそろったんだ。この騒動のけりを付けるつもりだろうさ」

「カレン姉さんを助けるのは賛成だからいいけど」

「どんなに気に入らない奴でも、受けた恩は返すのがあたしらの流儀だ」

「心配なら心配だって言えばいいのに、素直じゃないわね」

「ともかくだ、殺すのは牢番一人、後は街の女に化けて門をくぐる。簡単だ」

「だといいけど」

「南に行くと見せかけ途中で東の森を抜ける。目立つから魔物が出ても魔法は使うな」

「はぐれたらゲノムね」

「そうだ。じゃ、もらう物をもらいに行くぞ」

 どうやら脱獄を計画しているらしいが、何とも物騒だ。しかも、褒美だけはもらうというのだから、かなりしたたかな五人組でもある。

 そんな彼女たちだったが、待合室に通された時にはあまりの光景に固まってしまった。

 部屋の中を炎の鳥が飛んでいたのだ。

 普通なら即座に戦闘態勢に入る所だが、手のひらに乗る様な大きさの鳥が二羽戯れ遊ぶように飛び回っていてはそんな気にもならなかった。

「な、何だ、これは?」

「あ、見たことあるあねさん達だ。火の鳥だ、可愛いだろ?」

「可愛いって、そういう問題か?」

「だめか、やっぱり蝶々だったかな」

 そう言った途端火の鳥は消え、炎の蝶々が生まれた。

「これ、羽ばたくのが難しいんだよな」

「ユノさんの為だ、頑張れ」

「おう」

 早く来て時間を持て余した克とガレントが、ユノさんを喜ばせようと研究をしていたのだ。

「その魔法教えてくれ」

「おう、いいぜ」

 しばらく呆然としていたアウローラが切り出したが、

「ちょっと、何言ってんのよ」

 誇り高い彼女たちだ、当然他のメンバーは難色を示した。

「おまえたちはこの魔法のすごさが分からないのか?」

「そりゃ、すごいとは思うけど」

「分かってないな。いいか、魔法の弱点は見える物しか攻撃できない事だ。だが、これなら木や岩の向こうに隠れたやつを攻撃できる」

「あ、そうか。分かった、私もならう」

 それから、私も私もと全員が生徒になった。

 克は、まずは火の玉からやると良いと教えたが、それが大正解。

 それこそが彼女たちが求めるものであり、すぐに出来るものでもあった。

 かくして、準備が出来たと呼びに来た兵士が見たのは、部屋の中をいくつも火の玉が飛び回る光景だった。

 思わず抜刀した兵士に、ご苦労さんと声をかけ、全ての火の玉が消えた。

 そして、ゴクリとつばを飲み込み、気を取り直して剣を収めた兵士の先導で侯爵の元に向かうのだった。

 案内されたのは大きな執務室だ。

 扉を抜けると大きなスペースがあり、その向こうのテーブルにはリリアとサンデリー、奥に侯爵はいるものの、後は知らない顔がずらりと並ぶ。

 手前のスペースで、右手を左胸に当て、跪いて赤い髪を下げているカレンがいた。

 勝は話しかけようとしたがガレントに袖を引かれ、無言のまま同じ様な格好をするように言われて従った。

 アウローラたちも一瞬驚いたような表情は見せたが、何事も無かったかのようにひざを折り、頭を下げた。


「ベノムの火災を鎮圧した功績をたたえ、褒美を取らす」

 ベノム侯爵は普通に話しているだけだが、その低い声は腹にまで響く。

「まずは、魔法騎士隊隊長リリア・ベノム」

「はっ」

 侯爵の隣に座る領主が紙を手に読み上げ、リリアが立ち上がった。

「このたびの功績により、魔法騎士隊を騎士団へと昇格する。今後は、各領地を巡り研鑽に努める事」

「はっ、謹んでお受けいたします」

 右手を左胸に当て、手を下すと着席した。

「次にカレン」

「はっ」

 頭を上げよとは言われなかったので、そのままの姿勢で言葉を待つ。

「このたびの功績はリリア・ベノムに助言を与えた事にあるが、魔法騎士隊を育てた功績は大きいと判断する。よって領地を与え貴族とする。今後は、カレン・ギジナを名乗るがいい」

「は、はーっ」

 消火をしたのは魔法騎士隊であるというのは、政治的判断というやつだろう。

 もとよりそのつもりだったからいいが、処刑もありうるはずの自分が何故、という疑問は消えない。

 言葉を発する事は出来ないし、顔が上げられないからみんなの表情も見えない。

「金貨十枚を支度金として支給する。夏至と冬至の会合の際には領地の状況を報告する事。デスリーイレブンの名にふさわしい活躍を期待する」

「はっ」

 まさか、自分がデスリーテンの仲間入りをするとは思ってもいなかった。

 何か裏がある筈だ、直感は危険だとささやくが、どうする事も出来ないままだ。

「次にマギ」

「はっ」

 チーム名だ、名前すら呼ばれなかったが、貴族なんてこんな物だ。。

「このたびの功績により金貨一枚を支給すると共に、全員をカレン付きの貴族とする。苗字はカレン・ギジナにもらうように」

「はっ」

 銀貨がせいぜいと思っていたのに金貨とは豪勢だ。貴族ともなれば足りないのだろうが、そんなものになる気はない。

 まあ、カレンがどんな領地を貰ったのか興味はあるから、しばらくはこのままでいいだろう。

「次に、克也・成実とガレント」

「へい」

「はっ」

「このたびの功績により銀貨十枚ずつを与え、同じくカレン付きの貴族とする。ガレントは苗字をカレンにもらうように」

「はっ」

 紙を下した所をみるとこれで終わったようだったが、克が口を開いた。

「侯爵様にご挨拶を願いたいんでござんすが?」

「ひかえよ」

「よい。申してみよ」

「へい」

 克はそんなやり取りを聞きながら顔を上げた。

「侯爵様におかれましては過分なるおもてなしをいただき、ずいぶんと長く楽しませていただきやした。ですが、そろそろ清水港では親分や兄弟分が首を長くして帰りを待っているじぶん、ここらでお暇をいただきとう存じます。つきましては、そんな自分に貴族様なんぞは分不相応、御辞退させていただきとうござんす」

「帰るとあらば止めはせんが、ゲノムの港に向かうのであろう?」

「へい、それがいいかと」

「貴族の称号はあっても邪魔にはならんし、カレンの領地はゲノムの隣じゃ」

「そうなんでござんすか?」

「ああ、ちょいと手伝うていっても良かろう。そうじゃ、あれを持て」

 侯爵の言葉に、領主の一人が隣の扉から何やら持ち込んできた。

「おお、神道加持池田鬼神丸しんとうかじ・いけだきじんまるじゃねえか。無事だったんだ、こいつあ、ありがてえや」

「やはり、おぬしのだったか?」

「へい」

 そう言って手渡された刀を抜こうとして、領主に止められた。

 ここで抜刀は御法度のようだが、それは克も分かったとみえ、苦笑いで腰に差した。

「こいつが無いと腰がムズムズしてしょうがなかったんだ。やっぱり落ち着くな」

 腰への当たり具合を確かめる克にもう一つの物が差し出された。

「おお、こいつは金比羅様のお守り。そうか守ってくれたんだ。ありがてえな、ちくしょう。帰ったらお礼参りに生かせてもらうぜ」

 グスリと鼻を鳴らして喜ぶ克だった。

「大層な魔法を使うと聞いたが、随分と嬉しそうだな」

 異例ではあったが、克があまりに喜ぶのを見て興味をひかれたのだろう。これらを渡した領主が聞いた。

「あたりめえよ。『親からもらった五尺の体、腕に覚えた一刀流』魔法がどんなに便利でも、最後の最後はこの体が物を言うってもんだ」

「ふっ、生意気なガキだ」

 そう言いながら克の頭をクシャリとした。

「なに、しゃがんだい」

 と言いながらも、体はガキなら仕方ないと苦笑いの克だ。

 なんだか気に入られたようだが、男に気に入られても嬉しくはなさそうだ。

「これで褒賞は終わりだ。下がってよし」

 領主の言葉で唐突に終わり、部屋を追い出された。

 カレンとアウローラは帰り際に領主たちの顔を盗み見た。心を顔色に出すような者はいないと思ったが、見事に無表情だ。

 リリアはうなだれ、サンデリーには笑顔が見えたが、よけいに分からなくなっただけだ。

 不思議な沈黙を保ちながらゾロゾロと城を出ると、南のメイドが待っていた。

 サユーリ様が御祝いの席を設けているというのだ。

 訳が分からないが、サユーリ様なら何かご存知の筈と、みんなで向かう事になった。

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