色男は嫌い
「おーっ、君が克也君だね。サンデリー・ベノムだよろしく」
「はあ、どうも」
サンデリーは部屋に入るなり克を見つけ、ツカツカと寄ってきた。
目の前まで来ると右手を差し出し、戸惑う克がつられて出した手を握りしめた。
「君の活躍ぶりは聞いたよ。ベノムを救ってくれた事に心から感謝するよ」
「いえ、その、成り行きというか、そんなこってすから」
「謙遜は不要だよ。お礼がしたい、させてくれるね」
「は、はあ」
バテレンの色男
克がサンデリーに抱いた第一印象がそれだった。
面長で涼しげな青い瞳、しっかり通った鼻筋に軽そうな口元。男のくせに編み上げた金髪は女の注意を引くのに十分と見た。金子の入った豪華な服装が似合い、憎たらしいほどだ。こういう男がいるからこっちまでいい女が回ってこない。
嫌な奴と決めつけるのに十分な理由だが、勢いに押されてなんとも居心地が悪い。
「とりあえずは当座のお小遣いだ。後、城への立ち入りを許可しよう。扉の前に城兵が二人いる部屋は駄目だが、それ以外なら構わない」
そう言いながら、お金が入っているであろう袋を渡し、手で座る様に促しながら、自身は上座に移動して席に着いた。
今迄小百合がいた場所だが、いつの間にか移動している。
「克也君がベノムにいる限り、便宜を図るし歓迎したいという事だ。遠慮なく納めてくれたまえ。他に何か要望はないかね?」
「あ、じゃ、池の魚をいただいてもよろしゅうござんすか? ガキどもに食わせてやりたいもんで」
「城内の池の事かね?」
「ええ、旨そうなんがいたんで捕ってたら、つかまっちまって」
「ははは、いいとも。しかし、それだけではこちらの気が済まぬ。何でもいい、他にはないかな?」
「うーん、じゃ、カレンを牢から出してほしいかな」
「え?」
「それは、私からお答えいたします」
サンデリーは知らなかったようで驚いた顔を見せたが、克の方はただでさえ気分が悪いうえに、突然小百合に口を挟まれて嫌な顔だ。
そして、二人の思いを知ってか知らずか、小百合は構わずに続けた。
「魔力を持つ者は魔晄を放つわ。千年前、大陸統一に貢献された魔導師様は黄金色に輝き真昼のごとしとあるの。そして、それは克君も同じで、リリア様が助けた理由でもある。でもね、強い魔物も強い魔晄を放つの。あなたの魔晄を見てカレンはドラゴンクラスの魔物と判断し、ベノム侯爵様は戦時令を発令された。あなたが魔物では無いと分かって訓練だったと訂正されはしたけどね」
克にとっては初めて聞く内容だったが、それが何なのかさっぱりだ。
サンデリーの方はすっかり聞く姿勢だ。まあ、色男は女の話はしっかりと聞くものだ。
「ベノムには十人の領主たちがいるの。デスリーテンと呼ばれる彼等は毎日魔物と戦う荒武者でもあるわ。戦時令の命令書を受けた彼等はすぐにベノムに向かったはず。そして、訓練だったという通達を受け引き返した。でも、それだけでは終わらない。ここ二百年なかった戦時令がなぜ発令されたのか調べようとするはずよ。そして、普通なら人を使う。領主たるものが、そんな理由でベノムには来られないからね。でも、ここで火災が起きた。消火するのにも、復興するのにも人出がいる。忠義を示す為にも領主自らが大軍を率いてやって来るでしょうね。現に両隣の領主は既に来ている」
「だから、それがどうしたというんだ?」
しびれを切らした克が声を荒げたが、サンデリーはなるほどと首を縦に振った。
「戦時令を出したことが間違いだった事がばれるのよ。問題は誰の責任かという事。侯爵様にそんな決断をさせたのは誰か……」
「カレンだってのか?」
「平民が侯爵様の傍にいるだけで気に入らない人たちにとってはね」
「むちゃくちゃだな。そんな理由で牢屋に入れられたんじゃ、たまったもんじゃねえぞ」
「逆よ。彼等なら、カレンを切り捨てて、それから事情を調査するくらいやりかねないの」
「はあ?」
「牢に入っていれば、侯爵様がとりあえずは殺さないと決めたと思うはず。つまり、侯爵様の意向に逆らう事はないから安全というわけなの」
「うーん、なんか違うぞ」
「なにが?」
「なにがって、なんかがだ」
克は腕を組んでウンウンとうなった。
小百合とサンデリーは目を合わせたが、とりあえず克の言葉待ちの様相だ。
しばらくして、克は待てよと顔を上げた。
「おりゃ今、サンデリー様と話をしていたよな?」
「いかにも」
「何でもいいと言ったからカレンを出してくれといったんだ」
「そうだな」
「じゃ、出してくれ」
「ちょっと、話を聞いていたの?」
今度は小百合が言葉を荒げた。
「そっちの事情など知ったこっちゃねえ」
「なっ……」
「いいか、カレンが危ないなら守ってやるのが筋だろ。牢なんぞに入れて楽してんじゃねえよ」
克の口調が変わり、小百合が驚く番だ。
「じゃ、どうしろって言うのよ? いい案があるなら言ってみなさいよ」
「迷惑をこうむっているのはこっちだぞ。てめえらの事情ならてめえらで何とかしろや」
「……」
小百合が何と言おうと克は止まらない。
「サンデリーさんよ、カレンを出すのか出さないのかどっちなんだ?」
「……」
内容もさることながら、あまりに無礼な物の言いように思わず睨みつけたサンデリーだ。
「おお、こわいこわい。そういや、気に入らない平民なぞ、問答無用で切り殺すのが貴族様だったな」
そう言いながら立ち上がると、扉の方に移動した。
「小遣いと魚は有り難くもらってくぜ」
扉を開けながら言い放つと、
「はいたつばを飲み込むような器用なまねしてんじゃねえぞ、このうそつき野郎が」
捨て台詞を残して逃げていったのだった。
「よけいな事を、申し訳ございません」
あっけにとられたサンデリーに、小百合が頭を下げた。
確かに、話の途中で口を挟んだのは事実だ。
「いや、サユーリのせいでは無い。だが、難しい物だな」
「はい?」
「何とか克也君を取り込みたかったんだがな」
「それで、いつもとはお話しぶりが違っていたのですか?」
「ああ、子供は難しいな」
サンデリーがポリポリと頭を掻いた。珍しいしぐさだ。
「何か御座いましたか?」
「ああ、昨日侯爵様に説教をされた」
「説教? あの無口な侯爵様がですか?」
「ああ、生まれて初めてだ」
「期待をされておられるのでしょう。それもかなり」
「だといいが。うん、サユーリの意見が聞きたい」
「はい」
語られた内容は、人を導く者は何かしら飛び抜けた力が必要という物だった。だからこそ人がついてくるのだと。
四人の兄達は飛び抜けた武力を持っているから侯爵候補としたが、サンデリーは何事もほどほどの男だという。
そして、驚いた事に小百合との結婚を許したのもそれが理由だったらしい。
己が無力ならば有能な者を味方に付ければいい。
継承権を捨ててでも小百合の知力を得ようとした事こそ誰にも出来ない事であり、弱者が強者になる秘訣であり、お前が求めるべき生き方だというのだ。
それなのに、ベノムを守るために克が危険だという考えが許せないという話だったのだ。
小百合は黙ってそれを聞いていた。
「言うは易いが、行うのは難しいものだな」
そう締めくくって、サンデリーはため息を一つはいた。
「侯爵様らしいお考えかと存じます。魔物の脅威があるベノムではそれもまた真実でございましょう。されど」
真面目な顔でそう言うと、今度はにっこりと微笑んだ。
「侯爵様の傍に私はおりません」
「プッ、確かにな」
解決策にもなっていないが、小百合の冗談にほっとするサンデリーだった。
「政を難しく考える事はないと思います」
「ほう。ではどう考える?」
「はい。領民もそうですが、ベノムの街を支配するのではなく、友として付き合えばよいと思います」
「友、とな」
「はい。領民は、何もしなくとも豊かになろう幸せになろうとします。ベノムの街も大きくなろうとしています。ならば、行く先を示し、ほんの少し手を差し伸べるだけで良いのではないでしょうか?」
「ふむ」
「その為に必要な人材を集め、お任せすれば、らくちんですよ」
「ふっ。まったく、政が遊びのようだな」
「あら、違うのですか?」
悪戯っぽく笑う小百合に、困ったものだと笑いながらも、確かに侯爵様の傍にはいないなと思うサンデリーだった。
「カレンを牢から出しても対応は取れますが、いかがいたしましょう?」
サンデリーが自分を取り戻したと判断した小百合が話を進める。
「いや、そのままでいい」
「よろしいのでございますか? 私にはカレンを牢に入れる権限はございませんので、それを理由にすればいつでも可能ですが?」
「それはそうだが、カレンを牢に入れたのは、それが最適だと判断したのだろう? だとしたら、それをガキの戯言で覆す必要はあるまい」
「ざれごと、ですか?」
「まあな。それに、ここで引いたのではそれこそ克也君に笑われそうだ」
そう言って笑うサンデリーは、いつもの彼そのものだった。
「それより、区長の件がどうも気になる」
「どのあたりでございましょう?」
「十六の区が出来、退役兵の頑固爺さんに任すのはいい。だが、戸籍だったか、住民の管理に治安維持、消火の組織まで任せるとなると大変な仕事量だ。それでいながら、渡す俸禄が一般兵と同じでは少なすぎないか? 引き受けてくれるとは思えんのだが、どう考える?」
「そうでございますね、名誉職だと考えます」
「名誉職?」
「はい。下級貴族と言えども、優秀な騎士にのみ任される名誉職でございます」
「うーん。苦労職にしか思えんぞ」
「サンデリー様は、下級貴族の生涯の夢をご存じでございますか?」
「夢?」
「はい。彼等の夢は領主持ちの貴族となる事にございます。されど、その夢がかなう事はほとんど御座いません」
「ちょっと待て、領地として分け与えるという事か?」
「いいえ。俸禄を支払い管理を任せるだけで、区民からの実入りはございません。されど、区民からは最も身近な支配者、領主様として見るでしょうし、どんなに小さくとも領地を任される事は夢をかなえるに等しい事なのです」
「そんなものか?」
「はい。もしだめなら俸禄はいくらでも上げられますから、まずはお試しくださいませ」
「うむ、まあ、そうするつもりではあったがな」
「ありがとうございます。優秀な騎士が区長となり、その条件に平民を差別しない事とすれば、騎士の質も高くなりましょう。また、十六の区では少ないですから、街を広げるのにも力が入るというものです」
「なるほどな」
「治安維持も消火活動も、大本は騎士が行いますが、小さな揉め事や、ボヤなどは各区内で対応してもらえばいいのです」
「やくちん、か?」
「はい。らくちんです」
政を司る者が明るければ、その街もまた明るくなるという。
ベノムの町は、今まさに災いを福に転じようとしていた。
逃げるように部屋を飛び出した克は困っていた。
「あの?」
「はい、何でございましょう?」
「出口どこ?」
通りがかったメイドを呼び止めたのは迷子になったからだ。
メイドの案内でようやく出口にたどり着き、礼を言って扉に向かった。
「そういや、サンデリー・ベノムって偉そうな奴だったが、誰だっけ? なんか聞いたような気がするんだよな」
とんでもない独り言を言いながら城の扉をくぐる克だった。
「おーい、ガキども集まれ―」
二人の門番に睨まれたが気にする克ではない。むしろ聞かせる為にここで立ち止まった。
「サンデリー・ベノムっていう偉い人に、池の魚を捕ってもいいというお許しを貰った。みんなで行くぞ、ついて来い!」
そう言いながら駆け出す克の後を、大勢の子供達がワーッと叫びながらついていった。
かなり水かさが戻った池だったが、排水板を捕れば水が引く。
待ちかねた子供達が飛び込み、風邪をひかないか心配する克だが、以前より大幅に増えた子供達には、注意するだけ無駄だと思わせる勢いがあった。
「しゃーねーな」
そう言いながら女衆の所に行き、温まる為の火を起こしてほしいと頼む克だった。
「そうだ。俺と一緒にいたガレント、平民の兵士を知らないか?」
周りに聞くが誰も知らないという。
「仕事に戻ったかな」
そう言いながら城門に向かった克が、引き返してきた。
「これ、火事の見舞い金だ。みんなで分けてくれ」
サンデリーにもらったお金をそっくり渡すと、足早に門に向かって行ったのだった。
ベノムの火災から十日が過ぎようとしていた。
「なあ兄弟、またお宝回してくんねえか?」
「そりゃ構わんが、また負けたんかい」
「どうも、こっちのサイコロとは相性が良くねえ。丁半だとサクサク行くんだが、足して大きいか小さいかと言われてもピンと来ん」
無駄に広いと思われる道路が出来ると騎士達は次へと移動する。
そして、貴族がいなくなれば、たくましい領民がじっとしている筈もない。
取り壊されて出てきた木材は燃え後も生々しく黒かったが、気にもしない。焚き付けや冬の暖房用にもなるのでいくらあっても困らないからだ。持ち主がいない鍋や釜などは取り合いにさえなる。
村に避難などしていた者たちも戻ってきたが、それこそ跡形もない。
そんな彼等に施しをする余裕はないが、新しく広がった街の区画には家を建てる為の木材はある。
騎士達が切り出し運び込んだ原木だが、これさえあればなんとかするのがベノムの民だ。
木組みの切れ込みこそ専門家が必要だが、後は人海戦術、家の一軒や二軒あっという間に建ててしまう。
お腹がすけば城へ行けばいい。
男達は城門の中には入れないが、いつの間にかその門脇で炊き出しが行われている。
お腹がすけば手を出せばいい、門番だって苦笑いだ。
道路に家は建てられないが、敷物一枚で露店が並ぶ。
食い物もあれば、どさくさに紛れて集めた古着を売る者もいる。
そんな中に、克の好きな博打場があった。
日本では鹿の角で作るらしいサイコロ、薄い板で作ったトランプもある。
毎日のように訪れては負ける克は有名なのだが、当の本人は渡世人の意地にかけても勝ってみせると、懲りる事を知らないありさまだ。
克の軍資金はガレントから出ているが、このお金はわけありだ。
サンデリーから克に、更にそこにいた女性に渡された袋には小さいながらも金貨が二十枚も入っていた。
銅貨ならよかった。銀貨でも、騒ぎにはなってもみんなで分けただろう。
しかし、金貨は外国との貿易の時に船一艘いくらで取引されるお金で、誰も見た事がない。
本物かどうかでもめている所にやってきた退役兵が本物だとお墨付けを与え、腰を抜かして震える女性から老兵へ、更に城兵隊長へと渡った。
そして、これがサンデリー様のものと分かると、執事から非常識にもほどがあるとの小言と共に戻されたのだ。
しかし、一度出した物をひっこめるのも気分が悪い。
銅貨や銀貨ならいいだろうと、小百合に一任された。
小百合はその中から十枚を抜くと、急な出費で困っているであろうデスリーテンの副官たちに渡した。
名目は酒代だ、苦笑いしながらも喜んでもらえただろう。
更に復興資金として九枚、残りの一枚を銀貨と銅貨に分けてお小遣いとし、シェリーからガレントへと渡されたのだ。
ガレントは当初、こんなにたくさんどうするんだと思っていたが、克が確実に減らしてゆく。
まったく、喜んでいいのか悲しんでいいのか、複雑なガレントだったが、そんなある日、二人はベノム侯爵に呼ばれたのだ。




