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頑張れ、サンデリー

 克は、肉じゃがを食べながら隣の井戸の所に来ていた。

 足についた泥を洗っているようだが、それにしてもみんな泥だらけだ。

 子供らが特にひどく、顔や髪にまで泥が付いている。こちらは泥んこ遊びの結果だろうが、洗われるのを嫌がって逃げ出す子も多い。

 それを見ながら食べ終えた克は、木の椀を返した後再び戻ってきた。


「泥を洗わない悪い子供と、綺麗になったお利口な子供がいるな」

 そう言いながら子供達の注目を集めた。

「お利口な子には褒美が必要だが、なんか有ったかな?」

 腕をくみ、考えるふりを見せた。

「そうだ、甘い物があった。でも、これはすごーく甘いからもったいないな。どうしようかな?」

 大きな独り言だ。

「仕方ない、お利口な子にだけ、特別に、一つだけ、あげることにしよう。でもな、どの子がお利口なのか分からないな。誰がお利口なのかな?」

 子供たちの目がキラキラと輝いている。だけど、動かない。

 あとちょっとの勇気がないようだが、こんな時は子供達を洗っていた女衆の出番だ。

「もらっておいで」

 そうささやいて、幼い少女の背をそっと押した。

「お、いたいた、お利口さんがいたぞ」

 克は大きな声をあげながらしゃがみ込み、小さな水あめを作り出すと、あーんと言いながら口を開けさせ放り込んでやった。

 反射的にモグモグと口を動かした少女は大きな目を真ん丸にしてかたまった。

「甘いだろう?」

 克が笑いかけると、背を押してくれた女の人の所に駆け戻り抱き付いた。

 克がやさしい表情で微笑んでいるのを確認した彼女が「美味しかった?」と聞くと、ウンとうなずく。

「あまかった?」と聞くと、ウンウンとうなずき、顔を上げて耳元で何かささやいた。

 それを聞いた女性が声を大きくした。

「すごく甘かったの、良かったわね。それに、そんなに甘い物なら少ししかないはずよ。食べられてよかったね」

 そう言いながら少女の頭を撫でたのだ。

 これに反応しない子供はいない。おれもぼくもわたしもと、克の元に群がってきた。

「お利口な子供だけ俺の前に並ぶように、お手伝いをお願いします」

 克は女衆に声をかけながら、目の前の子どもの口に水あめを入れはじめた。

 群がっていた子供達が列をなし、泥だらけの子は容赦なく洗いに回された。

 水あめは甘みの塊のようなものだ。水に解いた蜂蜜でさえ口にした事のない子供達にとって、これ以上のごちそうはないだろう。

 うずくまる子供や飛び跳ねる子供、走り回る子供もいれば意味も無く地面を踏みつける子供もいた。

 そんな、喜びいっぱいの様子を横目で見ながら、克は笑顔で水あめを作り続けていた。

 四.五十人もいただろうか、列は減り、もらった子供達は克の周りでたむろしていた。すっかり、なつかれたようだ。


 次は鬼ごっこでもするかと思っていると、城門から新たな一団がやってきた。

 村に避難していた領民たちの一つだ。女子供だけだが数が半端じゃなく、ゆうに千人は越えている。

 女衆たちが手招きをしている。炊き出しを振る舞うようだが、そうなると子供達が邪魔になる。克は子供達を率いて池の所に避難した。

 池の周りで水遊びが始まったが、そのうちドボンと落ちる奴もいる。

 その子を引き上げながら、「このままじゃ、危険だな」と言った克は、こともあろうに排水用の板を取ってしまった。

 ここが城であることなどすっかり忘れてしまったのだろう、水が引いて多くの魚が現れたことに喜んだ。

「手づかみだ、かかれー」

 克にとっても子供達にとっても、魚は食料でしかなかった。

「わーっ」

 歓声を上げながら池に突入した子供達は悪戦苦闘しながらも魚を捕まえてゆく。

 中には抱きかかえるほどの大物を捕まえた子もいたが、これだけ騒げば兵士達も何事かとやって来る。

 別に飼育をしていたわけではないが、城の池の魚を捕っていいわけがないのだ。

「何をやっとるかー!」

 その怒鳴り声に、子供達は蜘蛛の子を散らすように逃げだした。

 克も「逃げろー」と叫びながら幼い子を二人も抱えて走り出す。

 炊き出しをしている所には多くの子供達がいる。そこまで逃げればいいのだ。

 克もなんとか逃げ込んだが、やはり捕まる子はいた。三人の兵士が、四人の子供の腕を捕まえていたのだ。

「しゃーねーか」

 そう呟いた克は兵士の所に向かった。

「池の水を抜いたのは俺だ。子供らは騒いでいただけで罪はない。放してやってくれ」

 三人の兵士に睨まれた克だったが、おくすることなく両手を前に出すと、その手を素早くつかんだ兵士が後ろにひねり上げた。

「いてててて。逃げも隠れもしねえよ。もちっと優しくしろ。それによ、子供達を捕まえたら後々面倒だろ? 放してやってくれよ」

 この時の克は幸運だったとしか言いようがなかった。

 普通、貴族にこんな口をきく事など許されない。それ以前に、池の魚を捕まえたのだ、その場で殺されても文句は言えないところだ。

『城に入れた領民は殺してはならない』

 サンデリー様の命令が克を救ったといえたが、子供達は釈放され、克は牢へと連れて行かれたのだった。



 時間は少し遡るが、そのサンデリーは父であるベノム侯爵の執務室にいた。

 消火作業が順調に進み、ここに来たのは深夜を過ぎた頃だった。

 実質的にベノムの街を預かっていたのだから出火の謝罪に来るのは当然といえたが、「申し訳ありません」の言葉が終わらないうちに鉄拳が飛んできたのは言うまでもない。

 しかし、更に拳を振り上げた侯爵にサンデリーは言葉を返した。

「一万の兵をお貸下さい」

 一万という数はベノム領すべての兵の半分にあたり、さすがの侯爵も拳を止めた。

「戦争でも始めるつもりか?」

 見下す眼光は厳しく、サンデリーもヒア汗を流している。

「二度と火災が起きぬように道幅を十倍にし、中央に運河を通します」

「運河?」

「はい。これをご覧ください」

 そう言って、懐から図面を取り出した。

 北である上の方に防護壁沿いの大街道、中に運河が通してある。

 その大街道から南に五本の街道が伸び、交差する形で東西に四本、十六個の四角に囲まれた町並みとなっていて、この道路にも運河が通っていた。

 侯爵は図面を受け取って執務椅子に座りなおした。

 出火に関して反省しているならこれ以上の制裁の必要はないし、次にすべきことを見定めているなら一考の余地があるからだ。

「水路ではなく運河なのか?」

「はい。雪で閉ざされる冬場でも、人と物の移動が可能となります」

「ふむ」

 運河だというからには水は東と西の大河から引くしかないだろうが、一万人を動員しても年単位だ。

「火災に強い街か?」

「御意。更に申し上げますれば、火元は騎士が消し止め、火の粉はその区画ごとに領民が消す事とします」

「ふむ」

 この図面は昨日今日出来た物ではない。

 サユーリと共に検討を重ね、問答集まで作って受け答えに万全を期していた。

 侯爵は執務机に図面を置き、目を閉じた。

 道幅を広げるだけでも延焼を食い止めるだろうし、四方に水場があれば消火に手間取ることも無い。

 家を取り壊す必要はあるが、多くの家が焼け落ちた今なら……。


 静かになった執務室に兵士が飛び込んできた。

「申し上げます。両隣の領主様がおこしです。もう間もなくお見えになられるかと存じます」

 その報告に小さくうなずいて返事とし、「横で控えておれ」と、立ち去ろうとしたサンデリーを引き止めた。

 そして、兵士が扉を閉めるより早く、いかつい顔の二人が入ってきた。

 侯爵には劣るものの巌のようながっしりとした体つき、顔面に走る古傷よりも鋭い眼光がサンデリーを捉えた。

 コクリとから唾を飲み込んだサンデリーをよそに、「御無沙汰をしております侯爵様」と君下の礼を取った後は、許しも得ないでドッカリと会議用のテーブルに陣取った。

 いつもの事と気にも留めない侯爵は、ニヤリと笑みを浮かべて返事とし、それを見た二人は遠慮は無用としゃべりだす。

「最近の若いもんはちょっと頭を撫でただけで倒れて気を失いおる、軟弱でいかんな」

「その拳で殴られたら誰でも気を失うわ」

「なにを言う。おぬしは平気で殴り返したじゃろうが」

「いつの話だ。お前は手加減という物を覚えんと、ここの兵士がいなくなるわ」

「侯爵様の傍にいるもんが軟弱者でどうするよ。メイドの方がよほどしっかりしておる」

 二人を追いかけるように入ってきたメイドが、笑顔で頭を下げながら紅茶を出していた。

 この部屋に来るまでに何があったのかは聞かない方がよさそうだが、その二人は密かに驚いていた。

 デスリーテンと呼ばれる自分たちが来たのだ。普通ならばサンデリーは退出するはずだが、しないどころか侯爵の傍にいる。

 優秀な兄達でさえ入口近くに控えるというのに、上座にいるのだ。

「ほお、軟弱者が男前になったではないか」

「嫁のしつけが良かったんじゃろう」

「そう言えば、キツネの嫁がおったの」

 サンデリーの左ほほが腫れているのを冷やかしたものだが、普通なら無視するとこだ。

 下らない会話をしながらも、まさか侯爵を継ぐのかと思い、それは無いだろうと思い直した結果だ。

 何も言えないサンデリーだったが、苦笑いを浮かべたベノム侯爵から図面を渡された。

 内心はともかく表面上は堂々と二人の前に置くと、それだけで侯爵の意図を察した二人は鋭い視線を図面に落とした。


「分かりづらいかとは思いますが、道幅を今の十倍に広げ、中央に運河を通します。防護壁沿いの大街道も同じで、東と西の大河から水を引きます。ゆくゆくは西は国境の河から東は港までつなげたいと考えております」

「防御は?」

「はっ。街道を来る敵は大河で防衛線が引けます。船で来る敵には氾濫防止用の堰があります。街中に関しては、通り沿いの家は煉瓦か石造りとし、砦のように運用します」

「ふむ」

 道幅を広げれば味方の進軍も早いが、劣勢となった時敵の進攻も早くなるのは当然のことで、それを遅らせる必要があるわけだ。

 さっそく問答集が役に立ったとホッとしたサンデリーだったが、これで終わったわけではなかった。

「国境の河から港まで、何年、いや、何十年かかると思っておる?」

「防護壁を作るのに二百年、運河に百年かかっても不思議はありません」

「そこまでする理由は何だ?」

「戦時令が出た際の問題点の一つに歩兵の移動速度が挙げられます。船での移送は速度もそうですが、昼夜を問わない利点も大きいかと思われます。ベノム領内然り、王都への援軍然りであります」

 まったく心臓に悪いと思いながら返答を繰り返すサンデリーだったが、

「気に入らんな」

「いかにも、女狐の考えそうなことじゃ」

 返ってきたのは予想外の言葉だ。

「あ、あの? どのあたりがいけないのでございましょうか?」

「何もかもじゃ。運河など作る前に道を広げなければならん」

「そして、道を広げる前には邪魔な家を壊す必要がある」

「焼け落ちた家が多い今やらないでいつやるつもりかと、これは女狐からの挑戦状じゃ。全く忌々しい」

「おまけに、領民が少ない今が好機ときたもんだ」

「ゆっくり紅茶も味わえんとは、この借りは高くつくと伝えておけ」

「は、はい」

 良く分からなかったが、あれよあれよという間に話が進んでいた。


「ところでサンデリー、お前の兵は何をしておる?」

 既に立ち上がって出口を窺っていた客人が、ふと思い出したように言葉をつづけた。

「はっ、城内にて仮の宿舎を作っております」

「宿舎じゃと?」

「はっ、焼け出された者達、女子供だけですが、城内に入れますと兵士の宿舎では足らない物ですから」

「城門を開けるだと!?」

 怒気を含んだ声は怖いなんて物じゃない。危うくチビリそうになるのをこらえたほどだ。

「ちょっと待て、兵士はどこにやる?」

「はっ、城には使わない客間が多くありますので……」

「ば、ばかもーん!」

「ひぇ」

 今のは、ちょっと……かも。

「あの客間は王都の貴族が来た時の為のものだ! 王族の客間もあるんだぞ!」

「ふつ、ふははははー」

「笑い事では無いわ!」

「まあまあ、城を預かっておるのはサンデリーじゃ。わしらがとやかく言う事では無かろうて」

「ったく。サンデリー!」

「はっ」

「軟弱な兵達の顔など見たくもない! お前の兵達は村の方にでもやっておけ! いいな!」

「は、はっ」

 いつの間のかサンデリーと呼ばれた事にも、自分の額の汗をぬぐっていた事にも気が付かないまま、騒々しい二人はサンデリーの気力をごっそり奪って出ていった。


「村にやれ、か。なるほどな」

 椅子に座りたい気持ちを抑えていると、沈黙を守っていた侯爵が一人ごとを漏らした。

「あの、どういう事かお聞きしてもよろしゅうございますか?」

「分からぬか?」

「申し訳ありません」

「これだけの道幅ともなれば、焼け残った家も壊す事になる。家を壊されれば恨みが残り、今後に治世に支障が出るやもしれん」

「あっ」

「汚れ役を買ってやるからすっこんでいろという事じゃ。優しき男達じゃて」

「…………」

 彼等をやさしいとはとても思えないが、大きな借りが出来た事には違いなさそうだ。

 ともかく、配下に指示を出す必要はあるし、何より休息が欲しくて退出しようとした時、カレンがやってきた。

 リリア魔法騎士隊の活躍話となれば聞かないわけにはいかない。

 消火時に全員をリリアの指揮下に入れたのはカレンの手腕だろう。

 全員をたたえるのか、リリアだけに褒美を与え、リリアから彼等に渡すのか、政治的判断が取れるからだ。

 特に、克という少年の扱いが難しそうだ。

 ベノムの街を預かる者としては、危険な少年であるとしか言いようがないのだ。

「危険、ですね」

 カレンが帰った後でポツリと漏らしたが、ベノム侯爵はため息で返した。

「まったく、まだお前は自分の欠点が分かっておらんのか?」

「は、はあ」

 話が飛び過ぎてついていけないサンデリーだ。


 その後、寡黙な侯爵が拳では無く言葉でサンデリーを打ちのめしたことは言うまでもなく、サンデリーが執務室を出た時にはもはやフラフラとした状態だった。

 苦悩と共に翻弄された一日だった。そして、すでに新しい一日が始まろうかという時間だった。

 ようやく部屋に戻ると、驚いた事に自分のベッドにサユーリが寝ていた。

 サンデリーが帰ってきたことに気が付くと瞬時にその苦悩を見て取ったが、何も言わずにそっと掛布をめくってサンデリーを誘った。

 何も身に付けていないサユーリの体がのぞき、その魅力に勝てる者はいないし、勝つ必要もない。

「宿舎の建設は中止。全員、村の治安に当る様に伝えろ」

 それだけを言い残したサンデリーは、何もかも忘れてベッドに飛び込んでいった。


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