騒動
「大丈夫か?」
「ああ、痛いだけだ。うーん」
ガレントと克は北のメイド達から逃れて防護壁の門をくぐり、壁の南側にもたれかかっていた。
何度も地面にたたきつけられたのに痛いだけで済むのは大したもんだが、さすがにぐったりとしている。
「ならいいが。北のメイドにチョッカイをだすなんて、無茶が過ぎるぞ」
「俺だって、まさか、こうなるとは、思って、いなかったさ」
「だろうな」
まあ、無事だからこそ文句も言えるわけだが、暫くはこのままでいた方がよさそうだと、街の方を見やると大きな人だかりができていた。
「何だ、あれ?」
克も気が付いたようだ。
「見てくるからここで待ってろ」
克を残して野次馬の中に入ってゆくと、家を壊す騎士達が泣いてすがる老婆を足蹴にするのが見えた。
「どうなってんだ、こりゃ?」
「道を作るらしい」
おもわず出た独り言に、野次馬の一人が答えてくれた。
「ばかな。焼けた家を建てるんじゃなくて、焼け残った家を壊してどうするよ」
「まったくだ。装備の色や形が違う奴らもいる」
「あれは領主兵だな。サンデリー様の兵はいないのか?」
「いない。いればこんな事にはならんだろうさ」
「たしかにな」
いたとしても変わらない気はするが、それにしてもこれはひどい。
相手が貴族である為に野次馬達は小声だが、その声が重なり合ってザワザワとした喧噪となっている。
この仕事が回ってこなかった事をひそかに安堵しながら克の所に戻ると、何やら体のあちこちを叩いている。
「なにやってんだ?」
「ああ、痛みがな、ないんだ」
「は?」
「いやな、あれほどの痛みが、きれいさっぱり無くなったんだ」
「どれほどの痛みかは知らんが、良かったんじゃねえのか?」
「まあな。うーん、ま、いいか」
相変わらずの二人だが、人だかりの事を聞いた克が憤慨した。
「面白くねえな。領民を守るのが貴族様の務めなんだろ? だとしたらおかしいじゃねえか、そうだろう? 気に入らんな、いっちょう文句言ってやる」
「待て、待て、待て」
それはそうだとうなずいていたが慌てて止めた。
「相手は貴族様だ。そんなことしたら問答無用でバッサリだぞ」
「切り捨てごめんってやつか、くそーっ」
それでも気になるからと野次馬をかき分けていったが、人が多すぎて前までは行けそうもない。
肩車をしてやってようやくだが、衝撃的な光景が目に飛び込んできた。騎士がしつこい老婆を切り捨てたのだ。
「ふ、ふざけんな! お前ら、助けに来たんじゃないんかい! 殺しに来たんなら領地に帰りやがれ!」
思わず叫んだ克を慌てて下した。
「逃げるぞ!」
「ちょっと待て!」
とにかく今は逃げるしかないと焦ったが、克は石を拾い上げると人ごみの上を通して騎士達の方に向かって投げ上げた。
グワッという声が聞こえたからあたったんだろう。しかし、もう1丁と言いながら再び石を拾おうとする。
全く状況が分かっていない克を荷物のように肩に担ぎあげて走り出した。
「ざまあみろ! とっとと領地に帰りやがれ!」
一つでもあたって気を良くしたのだろうが、捕まればこっちだって無事では済まない。生きた心地がしないまま全速力だ。
「あいひー、ひたはんだ」
更に何か言おうとした克が舌を噛んだが、そんなことを気にしている場合ではなく城を目指した。
助けを呼ぶ為ではない。
騎士達は命令されて作業をしている筈だ。これを放り出し、子供を追いかけて城にまで入り込んだら問題になる。そう判断したのだ。
門が見えた所で振り返ると、案の定誰も追いかけては来なかった。
というより、あちこちから騎士に向かって石が飛んでいた。
「あちゃー」
これはこれで問題になりそうだが、とにもかくにも、少年を担いで逃げた姿は見られている。そんな目立つ姿で城門はくぐれないので克を下した。
「怪我が治った」
「は?」
文句の一つでも言おうかといている先に言われ、間抜けな声になった。
「だから、さっきとおんなじだ。舌を噛んで血がにじんでいたのに、すっかり治った。レロレロレロ、な?」
「なって……」
「『治れ、こん畜生』って言ったら治ったんだ。これも魔法か?」
「あ、ああ。人に出来ない事はみんな魔法だ」
「なるほどな」
ガレントの説明もいいかげんだが、克にはちょうどいいのかもしれない。
ともかく今は安全な城を目指すが、問題は門をくぐれるかだ。ガレントはいいが、克の事をどう説明すればいいのかが問題なのだ。
機先を制して、街の騒ぎを報告に来たというのはどうだろう。隊長に会って報告する。克の事を聞かれたら、客人の護衛で避難してきたというのでいいかもしれない。
そんな作戦を考えていたが、城門の近くまで来て異常に気が付いた。領民が城門をくぐっているのだ。
しかも、見間違えでないなら、こんな近くで見間違うはずもないのだが、子供達が出たり入ったりして遊んでいる。
いったい何が起きているのか、ともかく城門に向かい、右手を左胸に当てながら門番に聞いてみた。
「あの、これはいったい?」
「見ての通りだ」
「失礼しました」
不機嫌に言い返された。こんな時はとっとと城内に入るにかぎる。
城内に入ると、女子供が多いことに驚かされる。
中央に大きな鍋が置かれて炊き出しをしているようで、多くの女たちが群がっているし、子供達はあちこち走り回っている。
とても城内とは思えない光景にしばし唖然としてしまうが、顔見知りの老人を見つけて近づいた。
ベノムでは領民に比べて貴族の数が極端に多い。
これは、多くの魔石を食料に変えられるからだが、貴族といっても門番のように平民を差別する者ばかりではなかった。
平民に慕われる貴族も少なくなく、彼等は退役後親しみを込めて親父殿と呼ばれ、彼もその一人だった。
「御無沙汰をしております、親父殿」
「おお、ガレント、息災か?」
好々爺といったところだが、現役時代はベノム一の槍使いとうたわれた人だ。
「はっ、ありがとうございます。あの、お聞きしてもよろしゅうございますか?」
「これか? 例の姫さんじゃ」
「サユーリ様ですか。しかし、城門を開くとは驚きですね」
「そんなもんじゃない。あれを見てみろ」
「炊き出し……まさか?」
「そのまさかじゃ。領民が食うそうじゃ」
「あ、あの。貴族が領民の為に食事を作る、ですか?」
「ははは、儂も驚いたんじゃ、もっと驚け」
驚けと言われなくても驚いている。あっけにとられていると言った方がいいかもしれない。
「それだけじゃない。中身はジャガイモと肉じゃ」
「ジャガイモって、毒のコブを食べるのは禁止されてたはずでしょう?」
「そんな事があの姫さんに通用するもんかい。料理の方法があるんだと。それを習う為に女どもが群がっておるんじゃ」
「何でまたそんな事を?」
「さあの。じゃが、旨いからみんな喜んどる」
「旨いって、食ったんですか?」
「ああ、旨かったぞ。お前も食ってみたらどうじゃ」
「いえ、私は遠慮しておきます」
「ははは、食わず嫌いは良くないぞ」
まったく、とんでもない姫さんがいたもんだが、その炊き出しの所に克がいて、まさに料理を受け取っていた。
「失礼しました」
そう断って再び走りだした。
さっき食ったばかりだというのに食い意地のはったやつだ。
しかし、食べるなと叫ぶわけにもいかず、急いだが一口食った後だった。
「うまい。肉じゃがはうまいな」
「肉じゃがって、食ったことあるのか?」
「肉とジャガイモで、肉じゃがだろうが。じゃがいもはしょっちゅう食ってるが、鳥肉以外の肉は初めてだな」
「ふつう逆だろう。肉だってそうそう食えんだろうが、ジャガイモなんぞ誰も食わんぞ」
「何いってやがる。兄弟はジャガイモのすごさを知らんのか?」
「すごさ、だと?」
「ああ。いいか、どこでも作れてよくふえるし、冷害にも強い。いろんなもんと相性がいいからどんな料理にも使えるし、旨い。そしてこれが肝心だが、保存がきくから冬に食える。どうよ、こんないい食いもんが他にあるかよ」
「あ、それだ」
「どれだ?」
「いや、そうじゃなくてな。サユーリ様の農園の話だ」
「だれだ?」
「そっからか。えっと、サンデリー様の奥様、ベノム侯爵様の五男のお嫁様、分かるか?」
「ああ、殿さまの息子の嫁さんだな。そんな人が農園をしてるのか?」
「そうだ。そこでは麦以外にも作物を作っていて、その中にジャガイモがあるという噂だったんだが、誰も信じなかった」
「なるほど、知らなきゃそうなるか。じゃ、そこでは大豆も作っている。違うか?」
「よくわかったな」
「簡単さ、こいつの味付けは醤油だ。出来は悪いが間違いない。厩舎の食堂には味噌汁も醤油も無かった。つまり、じゃがいもと醤油を一緒に作っているという事だ」
「克、おまえはもしかして、すごい奴だったのか?」
「ははは、この程度でほめられると、けつの穴がこそばゆい。それより兄弟、御託はいいから食ってみな」
「あ、ああ」
何とか食わないでやり過ごそうと思っていたが、克が持っていた木の椀を差し出してきた。
覚悟を決めて、いただく。
「う、うまーい」
「ははは、だろ?」
「ああ、こんなに美味いもんは初めてだ」
「そりゃ、ほめすぎだ」
「いやいやいや、こんな旨い物は初めてだ」
一息で平らげ、お代わりをした。更にもう一杯食べたところでお腹がいっぱいになった。なれない昼を食べたばかりということもあり、もう動きたくないほどだ。
克に城内にいるように言って、城壁まで下がって一休みしよう。
そういえば、急に夜勤を代わったし、さっきまで全力疾走を二回もしたっけ。疲れは感じないが、なんか眠くなってきた。
ベノム侯爵家の執事見習いはみな若い。
王都で修業を積んだ見習いが二人いたが、サユーリ様が気に入らないと言って首にした。
その理由は執事にしか語らず謎のままだが、新しく採用されたのは遠く離れた村の村長の息子たちだった。
その中の一人が克を連れて来るように言いつかった。
それは北の城にある客間にいる客人を連れて来るだけの簡単なお仕事、のはずだった。
その彼は今、執事の部屋でうなだれていた。
何処にもいなかったのだ。彼によれば、それらしい人に逃げられたというのだ。
彼の話は、北の城の門番に剣を突き付けられたところから始まる。
執事見習いだと言っても信じてもらえず、確認するまで待たされた。
城内に入っても何度も誰何され、挙句に客などいないことが分かった。
今日は特別に警戒が厳しいと言われても気は晴れないが、それでもあきらめる事はしなかった。
幼馴染のメイド、ユノに聞こうとしたが不在。それでも平民兵と一緒だったという話を聞き宿舎に向かった。
だが、ここにもいなかった。食堂のおばさんから魔法の練習をしていた事を聞き、リリア魔法騎士隊の詰め所に向かう。
室内で訓練の真っ最中だった事もあり、あっちにいると指を差されただけだったが、外に出てそれらいい方を見やるとメイド達が集まっている。
ようやく会えると走ってゆくと、子供を抱えた男が防護壁を目指して走り去った。
メイド達の所にユノもいたので聞くと、あれがそうだと教えてくれた。
急いで防護壁の門を抜けて街に突入したが、街は大騒ぎで探すのも一苦労だ。気が付くと、あちこちに石が飛び交い、騎士達が暴れ出した。
自分も騎士達に追いかけられて街はずれまで逃げたが、今度はガルルに取り囲まれた。
踵を返して騎士達の元へ戻り、彼等が戦っている隙に逃げだし、街の周囲を騎士と魔物に注意しながら帰って来たというのだった。
あきれ顔で報告を聞く執事。
その横で執事見習いの一人が呟いた。
「もしかして、黒目黒髪の少年の事か?」
「そうだ。知ってるのか?」
「ああ、さっき城兵に捕まって、牢屋に連れて行かれるのを見た」