04 女子を王子様って呼ぶのは絶対におかしい
今回少し長めです。
説明は私が知っているものと殆ど変わりは無く、学園側の視点も加わってより客観的なものとなっていた。
特に学園が強調したのは「どちらかを特別扱いしているのではなく、必要な措置である」という事。そしてそれは実感してもらえただろうという苦々しい言葉が添えられた。
それと、そのような思想を持っている生徒は飽くまでも一部で、出身家庭に偏見を持たない者も少なからずいる事を何度も念押しされた。
説明が終わるとようやく教室に入るらしい。
入学式が先に行われて講堂に先に座っておくのがこの学校の形式なので、私たち新入生が自分の学び舎に入るのは、実はこれが初めてだったりする。
校舎内に入ると布地の赤みがかった廊下にこれ、どんだけ掃除に手間かかってるんだろうと思わず呟く。
すると後ろから「ぶっ、」と何かを吹き出すような音が聞こえてくる。
なんだろう、と振り返ると口元を抑えて肩を震わせている男子生徒の姿が。
「…どうして笑ってるの?」
怪訝そうに尋ねるとますます苦しそうに笑う。
流石に失礼過ぎないかと少し眉を顰めると気付いたのか「ワリワリ、」と謝る。
「何かお前、見た感じすげぇいいとこの坊ちゃんだと思ってたんだよなー。で、そんな言葉出てくるなんてギャップあり過ぎっつーかさ」
「まあそれは否定しないけど…」
この口振りからすると金持ちに偏見持ってるタイプなんだろう。どうせ心の中じゃ見下してんだろ?とか真っ直ぐぶつけていく性格に見える。決めつけは良くないから、話していって判断するけどね。
それにしても、第一印象はいい感じ?かな。
「あ、やっぱそうなんだな!だよなー!全身から【王子様!】って雰囲気出てるしよ」
「………、」
声が大きい。と思ったが、もう遅かったようで。
後ろから次々に笑いを堪えるような声が聞こえてきた。
あと、私は女なんだけどなぁ…。
そういう風に考えていると、
「文句有り気だなー。聞くけど?」
「…いや、後でどうせ分かる」
自分が女だということは隠すつもりもないし、寧ろその方が難しい。
「秋森彩香」の名は上流階級には忘れられない物だろうし、そもそも名前で女と分かるから隠せるわけがない。隠すなら偽名入学しないといけない。そして華季学園はそんな甘いことはさせてくれないから。
「そんな風に言われたら気になるじゃん」
「君の事情なんか知らないね」
「ヒデェ!」
ふん、と格好付けて言うとケタケタと笑う…あ、私も名前知らないや。後で聞いとこう。出席番号二番だから、「あ」か「い」からだと思う。
そんな感じでお互いの名前も知らないまま下らない話をしていると教室に到着した。
席は勿論出席番号順なので番号一番の私は端の一番前の席だ。そしてこの男子は当然私の後ろだ。
全員が座ると、引率していた教師が教壇に立って挨拶をした。曰く、自己紹介スピーチを始めるらしい。
その見本として彼が始めにしてくれたが、割愛する。少し胸糞が悪くなる内容だったからだ。
後ろの席をちらりと見ると不機嫌そうな顔でむっつりと黙っている。
出席番号順でスピーチするらしいので私は彼に何も言わずに前へと進んだ。
「出席番号一番、秋森彩香です。こんな格好してますが、一応女だよ。さっき二番の彼の【王子様】発言に笑った人は覚えといてね」
そう言うと一番驚いていたのは当然のように後ろの彼。「マジで!?」と、立ち上がったまでリアクションしている。
目立ってることに気付け。笑われてるぞ。
「はいはいマジマジ。えーっと、この学校の幼稚舎に通ってたんで持ち上がりの人はお久しぶり。でも小、中と公立に通ってたんで外部生の人とも沢山話したいと思います。よろしくおねがいします」
最後にテンプレートの文を付けてスピーチを締め括った。
まばらに拍手が聞こえてくる中で自分の席に戻る。途中で釈然としない顔の生徒とすれ違って、その時に「後でキッチリ話してもらうからな」と低い声でお言葉を頂いた。スピーチ全体が終わってからは厳しいと思うんだけどなあ…ま、いいか。
そして待望の彼の番。
「出席番号二番の綾瀬知真っす。さっきは騒いですません。オウジサマにはすっかり騙されてたもんで」
「後で分かるって言ったよ」
憮然とした態度で言うやっと名前がわかった綾瀬にクラス中から笑いが起きる。騙したつもりは無いので一応反論をしておく。
「まさか女とは思わねーよ…。サッカーのスポーツ特待で入りました。サッカー好きな奴とか居たら語り合おうぜ!もちろん他の人も話し掛けてくれると嬉しい。よろしくおねがいしまっす」
そしてまた微妙な拍手で締め括られた。
こんな感じでスピーチは進んでいき、自分の中で内部生と外部生を分けたり、これからどうするかを考えたりしているうちにあっという間に終わってしまう。
今日は自己紹介で終わるらしい。
軽くHRをしてから、担任は「時間が余ったので今日はもう終わりにする、チャイムがなるまでは教室を出ないように。後は自由にしてもいい」と言い残してクラスルームから出ていった。
とりあえず綾瀬と話そうかな。
そう思ったが、彼は他のクラスメイトに話し掛けている。…なら良いか。私も自由にしよう。
周りを見渡してみると、所在なさげにそわそわと座っている風音ちゃんと目が合った。へらりと笑って手を振ってみると、跳ねるようにこちらに近づいてくる。
「彩香ちゃん!」
可愛らしく目を輝かせて来るのは良いんだけど…良いんだけども。
こんな格好してるから、周りの人が反応するんだよね。まあ別にいいけど。
「おつかれ、どうかした?」
そう声を掛けると「ううん、」と首を振って、
「なんだかね、彩香ちゃんだけどんどんクラスに馴染んでいってるから不安になっちゃって…」
と眉を下げながら言った。
やばい、すごい可愛い。さっきから可愛いとしか思ってないけどすごい可愛い。
風音ちゃんは話しかけられたら話せるタイプなんだろうな。自分から行くのは苦手に見える。
「皆に笑われてるだけだよ。王子様なんて柄じゃないしね」
「えーっ!彩香ちゃんは王子様だよ!わたしのことも助けてくれたもん」
わたし、一瞬ほんとうに王子様が来てくれたのかと思ったんだよ!そう続ける風音ちゃんと、思わず吹き出す盗み聞きしていたらしいクラスメイト。
その中にはいつの間にか話を切り上げていた綾瀬も含まれていた。
「秋森、お前もうあだ名決定だな、【王子様】!」
「やめてよ…。…長いし、呼びにくいからね。誰も言わないって」
流石に王子様は嫌だ。というか呼びにくいだろう。
そう思って否定すると、一人の女子生徒――名前は吉川伊代だったと思う、が言った。
「確かに堅苦しいかもねー」
「でしょう、」
「だけど、【王子】なら親しみやすくていいんじゃないかな?」
………。
「ええと…それも嫌なんだけど…」
上げて落とす戦法ですか。
げんなりとして否定するけど、ちらりと見えた綾瀬の顔はどう考えても私の思うようには進まないことを物語っている。
案の定「いいなそれ!」とか言っている。
「はあ…。もう、好きにしたらいいよ。名前が外見とミスマッチなのは否定しようがないし」
もう諦めるしかないか…。降参する、という意味を込めて両手を挙げながら言うと、クラス中から声が上がった。
「…皆聞いてたんだ…」
「そりゃあなー。このクラスで一番目立ってるやつが弄られてるんだから、聞かない訳にはいかねーよ」
当然の如く言われて、もう一度深く溜息をついたのは仕方のないことだと思う。
お気に入り登録ありがとうございます!
励みになります。