02 ヒロインの迷子には大抵意味がある
この華季学園はとにかく広い。幼い頃ここの幼稚舎に通っていたとはいえ、小、中と公立の過ぎた年月を感じさせる校舎で過ごした私は結構一般階級の人たちの価値観に近くなってたんだな、と実感させられる。
まあその中で暮らすとそれはそれで違和感を感じるけれど。
「広いよね、この学校」
「へぁ!?あ、すみません…!そうですね…!」
歩きながら世間話程度でも、と思って話しかけるけど、やっぱりびくつかれている。
…小動物に怖がられて近寄ってもらえないときの悲しさって、こういうものなのだろうか。少し理解した。
「ええと…。そんなに畏まらなくてもいいから。同い年なんだし、それに私も外部生なんだ」
見えないでしょ?と笑いながら告げると、遠慮がちに肯定される。
「ごめんなさい…その、わたし…、特待生、なので」
笑顔で先を促すと、
「偏見だって、分かってるんですけど…お金持ちの方々に良く思われないんじゃないかって、考えちゃって」
「うん、」
「秋森さんは…外部生なんですよね?…ごめんなさい、勘違いしてしまって…。なんていうか、慣れてるような感じがしたので…」
(――――、どうしようか)
多分、庶民仲間だと思われてる、よね。まだ敬語が抜けてないのはまあいいとして、この分だとばれたときにどうなるかが怖い。
だからといって今また突き落とすのもなぁ…。
けれど、此処は一つ、あの計画のために仲良くなることは必要…だと思う。ライバルキャラである「秋森彩香」は居なくなってしまったのだから。
「うーん…まあ、私は幼稚舎はここに通っていたからね。慣れてるっていうのはあながち間違いでもないんだよ」
「えっ、あ…。そ、そうなんですか…すみません。勝手に勘違いしてしまって」
「まあ普通は入っておいて途中で抜けるなんて馬鹿みたいなことしないし」
そんなことは…と言葉を詰まらせる彼女に、吹っかけるには今かな、とタイミングを計る。
「それにしてもさ…、敬語、止めてくれないかな?」
「え!?で、でも…」
「距離を取られてるみたいで苦手なんだ。それに、学園に戻ってきて、最初に話したのが式織さんだったから…」
此処で少しさびしそうな笑顔に切り替える。そこ、悪女って言わない。友達が欲しいんです、純粋に。
家柄的に上流階級の子は遠慮させちゃうしね。何にも分かってなさそうなこの子なら…ごほん。と、ともかく。
「しかも、あんな場所で巡り合うなんて、少し運命感じない?…なんてね」
もし良ければでいいんだけど…、友達になって欲しいな。
なんて、ダメ押しまでして。これで通らなかったらきっぱり諦めるよ。まあ少なからず関わることになるとは思うけど、さ。
顔を真っ赤にさせた彼女があたふたしている。
「ぁ…!その、わたしも…!知り合いが居なくて、不安だったところで声を掛けてくれて、嬉しかった…です。だから、ええと、こちらこそ、お願いします…、じゃなくて、よろしくお願いする…ね?」
…なにこの可愛い生き物。
あたふたして、顔真っ赤で、涙目だし…とどめに上目遣いでこてん、と首を傾げるだなんて…!私が男だったら襲ってた、確実に。
―――こんな可愛い子、あんなやつに渡したくないなぁ…。
湧き上げてくる罪悪感には、見ない振りをした。
それから、他愛の無い話をしていたらいつの間にか講堂の近くに着いていた。
随分と打ち解けてくれて、元々人見知りはするけれど気を許してくれたら人懐こいタイプなんだと思う。
えへへ、とか照れくさそうに笑う姿の可愛らしさよ。…もう癒しでいいんじゃないかな。
入学式はクラス別に座る場所が決まっている。クラスは事前に各家庭に送られてきた書類によって通知され、教室に向かうのは入学式の後だから、初顔合わせはこの場面だ。といっても名門校なだけあって内で堂々と話す者は居ないから、本当に「顔」合わせである。
「―――、そういえば、式織さん…じゃなかった、風音ちゃんは何処のクラスなの?」
原作…おっと、この言い方はあまりよくないから控えてるんだった、まあ私が元々知っているはずの情報なんてとうに忘れているから分かるはずも無い。大体予想はつくけど。
それと、私が風音ちゃんを下の名前で呼ぶようになったのは道すがら、「あのね…、お友達とは、名前で呼び合いたいなぁ…、駄目?」とお願いされたからである。断るなんて選択肢は私には無いよ!
「ええとね…特A、だよ。彩香ちゃんは?」
「…、ああ、なら同じだ。一年間、よろしくね」
一瞬考え込んでしまった。
私が本来の行動とは逸脱しているため変わることもあるだろうと踏んでいたけれど、こんな根本的なところから変化するとは思っても居なかった。
――――まあ、思う存分利用させて貰いますけどね。
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