忘却の真実
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忘却の彼方へと忘れ去ってしまった
我らの犯した罪は本来誰にも赦されてよいものではなかったはずなのに
それに怒れる焔は揺らめく陽炎のように
存在するのに存在しえない
捕えることのできない焔
どこかで何者かが言っていた
触れることを躊躇う焔にこそ触れる価値はあるのだと
触れてはならない禁忌の焔は罪の色がする
全てを燃やし尽くし灰すらも残さない
全てを虚無へと還す煉獄の業火
盗まれし神の創りし天上の火
その者は我らの罪を暴く者
我らは哀れな咎人に過ぎないのだ
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「全部擦り付けてお前は忘れたんだもんなぁ?
見守ることも救うこともせずに忘れ去ったんだろ?」
赤い焔を燻らせるその男は言う。
「ああ、なんと愚かなことか。
このような神に我らは祈りを捧げていたのか。
我らの祈りが届くはずはないではないか。」
男はまるでオペラでも行うかのように膝をついて
台詞を紡ぐ。
「なぜならば」
祈るように膝をついていたその男は
「貴様は人より醜い大罪人であるのだから」
嘲笑うかのように唇を三日月に歪め
歪な笑みを形作ったのだった。
「さあ、愚かな神よ。懺悔するがいい。
貴様の犯した大罪は何色だ?」
何のことだ。
この男は何を言っている?
大罪?罪?懺悔?
「な、何を言っている?」
「無駄話はいいから早く行くよ。」
我のことなど気にも留めずにもう一人の男は言った。
まるで背景の一部であるかのように
そもそもそこに無いもののように
一度交わしたあの会話から眼中に入れられなどしていない。
興味がないと言わんばかりの態度。
「へいへい、分かったよ。」
それまでの道化師のような態度を改めた。
「あんたの犯した大罪は"俺"の中にも存在してるよ。
赤い罪。憤怒の大罪。
激情に駆られた蹂躙と殺戮。意味のない破壊。
それがあんたの犯した罪だ。そうだろう?」
嗤っていた。
その男は我のことを嗤っていたのだ。
確かに犯した罪であった。
我が、我が犯した罪。
忘却されし罪はあまりにも大きく罪深きもの。
我らは
我らは
そう
隠したのだ
己の失態に目を背けたのだ
それ故に【禁忌の箱】へと隠し…!!
まさか
「お前たちは…」
どうしてこのようなところにいるのだ。
そもそも【箱】は女のはずだ。
そう制約で決まっていたはずだ。
なぜ、このような事になっているのだ!!!!
「おいおい、恨むなら大罪を犯した自分自身か、【箱】の逆鱗に触れたてめぇの世界の召喚者にしろよな?
俺らは何時だって悪くないんだからよぉ?」
ニタニタとケタケタと嗤っている
まるで愉快な喜劇を演じているかのように
「そう、僕は怒っているんだよ?
莉音にもしものことが起こってたら、こんなくだらない世界なんて壊しちゃうから。」
だって必要ないもんね?とそう言った。
「僕らを引き離した罰だよ?
分かってるよね?
エバーモア最高神
【ネフェリアス・ノル・エバーモア】?」
どうして我の真名を知っているのだ。
神の真名などそう簡単に手に入るはずが…。
「君の名前は僕も頂いていくよ。」
そう残して我の世界へと消えた。
どうして…
まさか、あの神が手を貸したというのか?
何故。
『そんなの決まってるじゃないか。
そのほうが面白くて愉快で悲劇的だろう?』
どこからともなく聞こえる声は幼子のように無邪気だ。
『私は、可哀想な者には手を差し伸べずにはいられないんだよ。
心優しき救済の女神として救いの手を差し伸べたのさ。』
悪意に満ちた無邪気な笑みを浮かべて道化師は言った。
『心優しき救済の女神ならば、罪を擦り付ける汚らわしく醜い愚かな神をどうするべきだと君は思うかい?』
その罪を犯した罪人に何を問おうというのか。
断罪者が目の前で嗤う。
それはあの焔を宿す男と同じ笑みだ。
『愚かな神よ。君に真実を告げてやろう。
先ほどのあれは貴様らが【箱】へと捧げた供物だ。
覚えているだろう?否、思い出すだろう?』
徳ノ高イ魂ヲ
至高ノ魂ヲ
唯一愛スル存在トシテ
依存サセル器トシテ
暴走ヲ防グ枷トシテ
捧ゲヨウ
【禁忌の箱】ヘ
なんだ、この記憶は……
「我に何をした…」
『何も?ただ、貴様は思い出しただけ。
貴様ら愚かな神々が忘れ去った忘却の罪についての記憶の扉を開いただけ。
貴様らが【箱】に封じた記憶だよ。
罪の意識に苛まれないように貴様らは封じたのさ。
さあ、見てごらんよ
もう一度
全てを思い出したうえで
災厄を
災厄の中に蠢く罪を』
地上を映す水鏡には映りきらないほどの憎悪と悪意、憎しみと災いが渦巻いていた。
あまりにも辛すぎる運命がその神にはあった。
『これが貴様らの犯した罪の証し。』
そう告げる目の前の神は道化師ではない、
まさしく神々の王の名にふさわしい存在だ。
『さあ玲音君。新たな始まりの時だよ。』