事件編(1)
粋人は目を覚ました。薄目で見た時計は八時過ぎを指している。重い体を持ち上げるようにベッドの上で起き上がった。
昨晩のラニエロとの会話が思い出される。
──俺、だけが、楽しんで、終わる世の中にするんだ。
人間としての理性を超越した彼の言動に、粋人は寒気を感じた。しかしラニエロの言葉を信じるのであれば、彼がああしたことを粋人に教えたことが何か未来に大きな変革をもたらすことになる。無関心なように見えて、もう既に粋人の行動はラニエロに支配されたも同然ということだ。
……かといって、どうということもないが。今更、問い詰めてどうなるのか、と訊く気も起きなかった。
昨夜はその後、夜食と言ってそこらに転がっていたパンをいくらか食べ、そのうちに眠くなってきたのでラニエロを残して部屋に向かった。
「また明日の晩もここでな」
そんな約束を交わして。どうもかなり気に入られているらしい。兄弟とまで呼ぶのだからそれはそうだろうが、それにしても、粋人はその由来についてラニエロの意図を汲めなかった。
──俺はな……愛を捨てたんだよ。他者に対するな。──お前と同じだ、兄弟。
彼の言を信じれば自分には愛が無いらしい。魅力的な異性を見ても、もう何とも思わないのか。それとも、誰かの為に何かをすることが馬鹿らしいと思えるのか。誰かと居ることによって安心感が得られなくなるのか。
というかそもそも愛とは何か、分からない。分からないのは自分には愛という概念が無いからか。
その時、チャイムの音が鳴った。粋人は今までの思考を全て放棄してドアの方に駆け寄る。
「グッドモーニン」
ドアの外側にはニノンが立っていた。「ちょっと上がってもいい?」
「ええ、どうぞ……」
粋人は戸惑いつつも承諾する。ニノンはあまり遠慮する素振りも見せず、部屋に入って中を見回す。
「お邪魔しまーす。──んー、やっぱり何も置いてないよね。私もそうだったもん」
「はぁ……」
開店前のモーテルのような、最低限の質素な家具がとりあえず配置されているような部屋。確かに退屈な内装ではある。
ニノンは粋人に向き直って言った。
「そういうわけだから、今日は粋人の部屋を大改造しようと思って来たんだ!」
「大改造……?」
「そうそう。ここが当面の家になるんだから、もっと住みやすくて心地良い空間にしなくっちゃ! 家具とか調度品とか探してるうちに、ここがどういう構造になってるのかも分かるしさ、いいよね」
ニコニコと話すニノン。別段、今日は何をしようという心づもりも無かったし、この殺風景が変わるのであれば文句はないし、なによりニノンと親交を深められるのなら断る理由など無い。
「……そうですね、今日は別にすることもないですし」
「やった! じゃあ早速……っていきたいところだけど、まだ起きたばっかり?」
もう見た目からして寝起きと分かってしまうらしい。粋人は内心恥ずかしく思いながら頷いた。
「はい」
「じゃあ、朝ごはん食べようよ! 多分、あたしが昨日ラウンジに持っていったパン残ってるよね、それでも良い?」
異論などあるはずがなかった。粋人は軽い身支度を済ませるために、ニノンには一旦部屋から出てもらうことにした。
ついでに自宅から持参した荷物も軽く整理した後に、部屋を出てニノンと合流した。
だがニノンはすぐに歩き出すことはせず、何か考えるような表情で粋人の顔を見て、言った。
「……もしかして、まだあの氷もらってない?」
「氷?」
粋人は首を傾げる。昨日、桜葉から案内されたうちに、氷が絡む要素は全くなかったが。
「うん。その反応からすると、もらってないね。貰いに行こう!」
「えっ、ちょっと──」
ニノンは有無を言わさず粋人の手を取ると走り始めたので、粋人は目を白黒させてその背中を追う。ほどなくしてその足はとある部屋の前で止まった。扉に貼ってあるプレートを粋人は読み上げる。
「管理人室……」
「桜葉さん!」
ニノンが声を上げてノックした。硬い音が部屋の中に響いていく。しかし反応は無い。「あれ、寝てるのかな」
「えっ、ちょっと……!」
粋人は慌てて、まるで自分の部屋であるかのようにドアノブを掴んで中へ入ろうとするニノンを止めた。ニノンは不思議そうな顔をする。
「ダメかな?」
「だって、返事がないってことはまだ眠ってるんじゃないんですか?」
「分かんないよ、結構あの人ぼーっとしてることがあるからさ」
しれっとそう言って、ニノンは粋人の静止も虚しく結局扉を開けてしまった。整然としたオフィスのような、事務的な空気に満ちた部屋。桜葉は奥の机でこちらに背を向けて、何か作業をしているようだった。
「桜葉さーん!」
ニノンが改めて声をかけると、桜葉は驚いた風に振り返った。
「……ロワリエさんに比佐志さんじゃないですか、どうされたのですか?」
「まだ粋人にあの氷あげてないの? ちょっと、不便なんだけど──」
「おっと……忘れていました。言語の壁が無くなると、つい忘れがちになりますね……、すぐにでも渡しましょう。比佐志さん、ちょっとついてきて下さい」
桜葉は立ち上がって、粋人を促した。
昨日、この施設を案内してもらった時と同じように、粋人は桜葉の背中について階段を下っていき、清潔感のある廊下を歩いて行く。
やがて二人は数多ある扉のうちの一つに入った。学校の理科室が上位互換されたような研究室らしき部屋の奥まで行くと、そこには大きな銀色の筐が置いてあった。桜葉がそれについている取っ手を掴んで引っ張ると筐が開く。中は冷凍庫のようで、ひんやりした空気が飛び出してきた。
「これは昔、自由に物質を生成することができる能を持った人間が作り上げたもの……らしいです。彼は『錬金術師』なんて呼ばれてましたが、相当前に亡くなっています」
桜葉は説明しながら製氷器を引っ張りだし、氷の一粒を粋人の掌の上に落とした。「これを服用すると英語、日本語、ドイツ語、フランス語、中国語、イタリア語、ロシア語が習得できます」
「……そ、そんな都合の良い物があっていいんですか?」
粋人は恐る恐るその氷を観察しながら、訊ねた。若干茶色を帯びた透明な物体、それを口にするだけで言語を習得できるなど虫が良すぎる。
「もちろん、ただではすみませんよ。だからこそ、錬金術師は命を落とした。対価があまりに大きすぎたのです」
桜葉は製氷器を冷凍庫に戻しながら言った。「……その氷も同じく危険なものですが、これほど多くの地域から人が来ているわけですし、コミュニケーションが取れないのも問題ですからね。食べるとちょっとガツンと来ますけど、身体には問題ないのでご心配なく」
一人の人間が命を賭して作った氷。粋人は何となくそれを食べることが憚られたが、桜葉の催促するような視線に後押しを受けて、口に放った。
──味は普通の氷だった。単なる冷たさが舌に突き刺すように広がる。だが一瞬の後に、意識が飛びそうになるほどの衝撃が訪れた。視界が黒く染まっていき、頭上に吸い込まれていくような感覚を覚える。
いつかどこかで、こんな風になったことがあったな、と粋人はぼんやりと思う。
確か池袋駅のトイレでも、こんな感じで──。
気がつくと、粋人は自分の部屋に突っ立っていた。今まであの研究室のような部屋にいたのに、まるでワープをしてきたようだ。彼が呆然とそのまま立ち尽くしていると、唐突に部屋の扉が開いた。
「粋人ー、もう大丈夫?」
ニノンがパンの入ったビニール袋を手にぶら下げて入ってきた。
「大丈夫……って、何の話ですか?」
「何の話って、あの氷食べたんだよね? バイトリリンガルになれるやつ。そしたら粋人が気分悪いって言うから、ここで休んでる間にあたしが朝食用のパン取ってきたの。はい、これ」
「……ありがとうございます」
そんな記憶は無い。粋人は戸惑いながら、差し出された大きなクロワッサンを受け取って口に加えた。一晩放置されていたせいか、固くなっていた。
「あっ、そうか」
ニノンは合点が言ったように呟いた。「あの氷、副作用があってね、記憶がちょっと飛ぶんだって。あたしもそんな感じになってたよ」
なるほど。強力な薬らしい副作用ではあるが、後遺症などは大丈夫なのだろうか。
「そうなんですか……」
「まぁ、これで粋人もバイトリリンガルだよ!」
「バイトリリンガルって何ですか……?」
「えっ? とにかくたくさんの言語が喋れる人のことだよ!」
どうやらニノンが勝手に作った造語らしい。
「──っていうことで早速」
彼女が何か言いかけたところで、またもや部屋のドアが開く音がした。
「よーっす、連れてきたぜ」
またしても無遠慮に踏み込んできたのはマティアスと鎧甲冑──ウォルトだった。昨日見た鎧とデザインが微妙に違っている。毎日着替えているのだろうか。
何も言えないでいる粋人に、ニノンがこっそり言った。
「さっきラウンジに行った時、凄い勢いでパン食べてるマティアスが居たから、助っ人をお願いしたんだ。あたしだけじゃどうにも力不足だからさ」
「そういうわけだ、ありがたく思えよ!」
マティアスはやけに乗り気そうに見えたが、ウォルトは置物のように佇んでいるだけで、どう思っているのか分からない。或いは本当の置物のように何も考えていないのかもしれない。
「粋人、それでね」
ニノンは少し語気を強めて言う。「その日本語を謹んで欲しいんだよね」
「え……っと、どうしてですか」
粋人が予想外の要求に目を丸くすると、ニノンはびしっと人差し指を彼に向けて突きつける。
「その敬語! それがなんて言うか……気持ち悪いんだ! マティアスもそう思うでしょ?」
「えっ? あ、おお、おう、そうだな!」
話を振られるとは思わなかったのか、マティアスは慌てたように肯定する。その申し出に粋人は当然困惑した。
「つまり敬語を無くせばいいんですか?」
「それでもいいけど、どうせなら他の言語を使おうよ! せっかく無条件で色々と習得できたんだからさ。こんなの普通に暮らしてたら絶対に有りえなかったことじゃん!」
ニノンの力説に、粋人は戸惑いつつも頷いた。
「……えっと、それじゃあ……今日は、よろしく」
「オッケー!」
慣れない言語でおずおずと切り出した粋人に、ニノンはにっこりと笑ってみせた。
今日もいつもの様に黒いローブをまとった雹は、少し釈然としない気分で階段を下っていた。
というのも、今朝起きて部屋から出ようとしたところへ、見るからに疲弊しているが達成感を噛み締めるような顔をしたアンドレイに出くわした。
「イケるぞ!」
開口一番にそんな一言が飛び出る。
「……何がだ」
「何って光学迷彩だよ! アメリカ軍の理論は間違ってない! 俺なら組み立てられるぞ!」
アンドレイはロシア語でまくし立てた。彼が母国語を出す時は決まって何か面倒事が舞い込んでくる。倉庫からお気に入りの缶詰を見つけた時もこんな具合でテンションが高かったのだが、その晩は一晩中酒に付き合わされた。
雹はげんなりとして、
「その様子だと眠ってないな。桜葉からデータをもらってずっと作業してたのか」
昨晩は部屋をノックする音が話を中断してしまい、粋人について、その最も重要な箇所を彼に伝えられなかった。ノックの主は桜葉で、光学迷彩の研究についてのデータが届いたとのことで、アンドレイは委細を確かめに出ていってしまったからだ。どうやら彼はそのまま一睡もしなかったらしい。
「当たり前だろ、俺だってこんな地下施設からさっさと解放されたい。それに科学者精神的なものもあってな、集中バカの菊蘭じゃないが集中してたら夜が明けてた。──そして非常に残念なことにだな、俺の老体は眠くて今にも崩れ落ちそうなんだ」
「……それで、私に何か頼みたいことがある、と」
「話が早くて助かる!」
──そこで頼まれたのは、実験に必要だとかいう物資の調達だった。どれもこの施設の備品庫にあるそうなのだが、どうも使いっ走りにされたようであまり気分が良くない。
というのはきっと、アンドレイはあの言伝をしてすぐに就寝し、今は自室で熟睡しているだろう。ターゲットは傭兵というのだ、いつ戦争で死んでもおかしくない。なので、時間にそれほど余裕は無く、そして、寝ている人間が実験の準備をすることはできない。
つまり、自分が起きたらすぐに実験が始められるように準備しておけ、という要求も言外に含まれているわけで、そしてそれに気づいてしまった自分も少し情けない。
しかし、断るわけにもいかない。まず、光学迷彩の開発を指示したのは雹自身である。また光学迷彩ができなければ、ここの定員を揃えることが難しくなる。定員が揃わなければ、この『能力』の研究がなされることはなく、可能性に上がっているこの忌々しい『記憶』を消すことも叶わないのだ。
ここは、耐えなければならない。雹は念じるように思った。そのためにラニエロの挑発を血を吐く思いで無視しているのだ。──あの未来予知能力者は何を考えているのかを知らないが、もし仮にああいった行為で雹の未来を決定しているのであれば、非常に癪だ。『記憶』を消すことに成功したら、もう二度と奴と会うこともあるまい。
この施設、ニンギアルはとにかく地下に伸びていくように造られた施設だ。グランドフロアーは全二十人を収容する寄宿舎になっていて、これが定員に達すれば研究は開始される予定になっている。まだ半分に至ったばかりだ。
地下一階から六階までは娯楽施設が整っている。これは被験者達が暇を弄ばないように、という厚意の代物である。こんなことまでして異能を持つ人間を集めるのであるのだから、表向きは雹達異能者たちの保全、ということだが、実際裏でこの研究成果はさぞかし大きな利益を資本主義国にもたらすのであろう。
そんなこと、雹の知ったところではないが。
地下七階から九階は研究フロアだ。会議室や雹とアンドレイが次の異能者を探すために使う端末室もある。この端末室は、ニンギアルの中でインターネットが唯一繋げる部屋でもあるが、今ではアンドレイの研究室に成り果てているのだろう。
そして、地下十階より下には備品庫といって膨大な量の物資が眠っている。正直言ってこの配置は間違っている、と雹は思う。娯楽など作るよりも先にこちらをもっと上に持って来いと、この施設の設計者を問い詰めてやりたかった。それくらい面倒な場所にある。
そこに置いてあるものは全て自由に持っていけるし、数が少なくなっても桜葉に言えば、外部から補充分をまとめて持ってきてくれる。
そして幸いにも、この備蓄を荒らすほど常識がバグった輩もいない。
雹は目的の物品があるはずの倉庫のドアを開いた。どこかの通販会社の倉庫のように、ただでさえ高い天井に届くほどの背丈の棚に、あらゆる物品が並んでいる。が、アンドレイから預かったメモにあるものは、通販会社の倉庫などには到底有り得ない名前である。そんなものも平然と、当たり前のように並んでいる。
頼まれた品の回収は想像していたよりもスムーズにいった。物品を適当な袋に詰めて、さっさと端末室へと持って行こうと雹が踵を返したところで、それに気づいてしまった。
生気がほとんど感じられなかったのでそれまで全く気が付かなかったが、備品棚の端から手が伸びているのを見て、雹は足を止めた。この馬鹿広い倉庫の片隅で、行き倒れている人間が居る。こんなところで遭難できるのは、一人しかいない。
そちらの方へ向かって確認してみたところ、倒れているのは永菊蘭だった。
「おい、大丈夫か」
雹は声をかける。菊蘭はのっそりと顔を上げた。
「あ……、峰風さん……わ、わたし……」
まるで親の仇をうち損なって今はの際にあるかのような物言いだが、雹はため息を一つ吐いて、
「腹が減って一歩も動けないんだろ。食料なら持ってきてやる」
菊蘭は壊滅的に自己管理ができない。もともとそんな性分だったのか知らないが、そこに悪魔が取り憑いたようなほど強靭な集中力が重なって、飲まず食わずで何日も当然のごとく過ごしてしまうのだ。よって、定期的に空腹に力尽き行き倒れる。
「ご、ごめんなさい…………」
そんな菊蘭の言葉を聞くか聞かないかの間に、雹はもう駆け出していた。このまま放置していると本当に彼女は死にかねない。このフロアに食料品は無いものの、非常食ならあるはずだ。
雹が向かったエリアには缶の物品が揃っている。缶スプレーや缶詰、缶ジュースまで缶であれば何でも揃っているが、雹の求めるものは非常食の缶詰だ。目的のそれはすぐに見つかった。それに近づいていく途中でふと、誰かの気配に気づいて雹は立ち止まった。
「……ラニエロか」
「おっと、バレちまったか」
背後からラニエロが姿を現した。だが雹はそれを無視してカンパンの缶をひとつ手にとる。それを見てラニエロが言った。
「カンパン……また永の奴が腹空かせて倒れたんだな?」
わざとらしい言葉に、雹は唾を吐きそうになった。
「どうせ知ってるんだろう。お前はこんなところに何の用だ?」
「ちょっと探しものをな」
「そうか」
会話はそれで終わった。雹がラニエロを置いて走り去ったからである。もとより相手にするつもりなど皆無だったから悪いとも思わなかったし、ラニエロも何も言わなかったのだから、双方の関係がこれ以上悪化することもあるまい。
菊蘭のもとへ戻ると、雹は缶を開けて中身をいくらか取り出し、屈みこんで彼女の身体を抱き寄せた。
「口を開けろ」
「は、速い……さすが……」
「さっさと口を開けろ」
催促すると菊蘭は大人しく口を開いた。そこにカンパンを放り込むと、彼女は弱々しく咀嚼して呑み込む。
雹は、適当な棚が背もたれになるよう菊蘭を座らせた。
「動けるようになるまで安静にしてろ」
「ありがとうございます……」
菊蘭は薄く自嘲気味な笑みを浮かべた。雹は立ち去ろうとしたがふと、足を止めて訊ねる。
「──そういえば、お前はここに何をしに来たんだ」
「えっと……火薬の臭いがしたので……」
容量を得ない回答に一瞬、ほんの一瞬だけ雹は固まったが、
「……ああ、最近射撃にハマってるんだったな」
少し考えた後に、合点がいった。
この何でも揃えてる備品庫は、実銃まで揃えてある。娯楽施設と銘打って設けてある射撃場はゴム弾が使われていて、実際それで十分なのに、銃など何に使うのかてんで検討がつかない。銃に限らず、この施設には用途不明なものが大量にあるが──。
「……私は行くぞ」
「は、はい、本当にありがとうございました……」
雹が歩き出すと、菊蘭がか細い声で言った。飲食を忘れるほどの集中力というのも困りものだ、自信を代償にしたと聞くが、これでは真っ当な生活能力も代償にしたとしか思えない。
備品庫から出る時に雹はいくつかの足音がこちらへ向かってくるのを聞いた。
「でね、このフロアのこっち側が結構家具とかが多く揃ってるんだよねー」
四人いる。ニノンの声が聞こえる。金属の擦れる音がするから、ウォルトも居る。軽い足音はマティアスのもののはず。──最後の聞きなれない足音は、粋人ということになるだろう。
雹は少し立ち止まってから、そちらの方へ足を向けた。すると真っ先にニノンに気づかれ、声をかけられた。
「あ、雹だ」
「……揃ってるな。何をしに来た?」
雹が予想した通りの面子だった。逆にこんな所へ揃いに揃って何をしにきたのか分からなくなるメンバーでもある。
その質問に、ニノンは快活に答えた。
「粋人の部屋の模様替えだよ! 家具とか色々見に来たの」
「なるほどな」
それならマティアスとウォルトが同行しているのも頷ける。「そっちの倉庫で永が腹を空かせていた。できるなら合流してやれ」
「え、こんなところで! 大丈夫なの?」
ニノンはややオーバーに見えるほど驚いているが、マティアスは「またか」と呆れたような表情を浮かべた。
「カンパンは与えておいたから死ぬことはない」
「そうなんだ、良かった……、ありがとう」
自分の身内のことのように、胸をなでおろしている。つくづくお人好しな娘だ。
「死なれても困るからな。──私は行くぞ」
雹はそう言い放って、ニノンの脇を抜けた。粋人は何を言うわけでもなくじっと雹の顔を見ていたが、敢えて意識せずに通り過ぎた。ウォルトは相変わらず置物の様に直立不動だ。マティアスの横に差し掛かったところで、彼から声をかけられた。
「なぁ、今のオレは猛烈にウォルトの鎧の下が気になってるんだ」
そんなこと、ウォルトを見た人間なら誰もが思うことだろう。
「……だからどうした」
「見たことないか?」
呆れた。どうやら、この男はつい最近までその疑問を抱くことなく、この鎧甲冑と過ごしてきたらしい。
「ないな」
雹が即答するとマティアスはつまらなそうに口を尖らせた。
「そうか。悪かったな、呼び止めて」