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プロローグ(2)

 幾度かの休憩と睡眠を繰り返して、ようやくヘリは中国のどこか、森の中にある拓けた空間に降り立った。漆黒のフードを再びかぶり直した雹に促されヘリを下りた粋人は、運転席から下りたアンドレイを見て言った。

「……やっぱり、日本人じゃないんですね」

「到着して最初の発言がそれかよ! 本当にズレてるな、お前は」

 金の短髪に碧眼、高い身長にがっちりとした体格。このまま武装すればそのまま戦場に行けそうないかつい容姿なのに、常にカラッとした雰囲気に高い声の持ち主なので、アンドレイはこう言ったものの、粋人でなくても驚いたかもしれない。

「もうここでは国籍など関係ない。……ここは世界中から集められた人外が暮らしている国家最高機密の寄宿舎、通称『ニンギアル』だ」

 雹の視線の先には洞窟があった。暗くてその先が見えないが、彼女とアンドレイは躊躇いなくその奥に進んでいく。粋人もその背中を追った。

「えーっと、なんでその人外さんたちはここに集められてるんです?」

「ようやくまともな質問をしたな。ここは研究機関だ。その人外たちの能力を研究するためのな」

 雹が答えた。アンドレイがそれに付け加える。

「まぁそれを兵器にしようってわけじゃないさ。雹が池袋のテロリストどもを片付けたから分かるだろうが、俺たちは国連側の人間だ。人外たらしめる能力が俺たち自身に害が無いかを調査して、もしあるならそれを除去する……そんな目的で集められてる」

「言い方を変えれば、我々は国連の人柱ということになるがな。連中の言う『害』が無ければ、ここの住人のなかで戦闘能力を持つ人間は戦争に駆り出されるだろう」

「…………」

「……心配するな、研究はまだ始まっていないし、こんな山奥だが物資は異常なほど揃っているから生活にも支障がない。いまの日本よりもいい暮らしができるだろう」

 やがて洞窟の奥にたどり着くと、そこにはエレベーターがそこに鎮座していた。中に入ると静かにエレベーターは動き出す。さっきまでの自然の風景が嘘のようで、別次元に来てしまったような錯覚に陥った。

 一分ほど降下をした後、エレベーターは静止しドアが開いた。

 粋人の目に飛び込んできたのは、高級マンションのロビーのような空間だった。

「へぇ……すごいですね」

「こんな中国の山奥の地下にこんなもの建設するのにいくらかかったかは知らないが、流石国家権力たちに全力で庇護されてるだけあるだろ」

 アンドレイは自慢気だった。その横で雹が耳に手を当てて言う。

「……戻ったぞ」

 すると、付近の扉が開いて男が現れて近づいてきた。

「予定通りのご帰還ですね、ご苦労様でした」

「これが仕事だ、労いの必要など無い。後は任せたぞ、桜葉」

 雹はそれだけ言うと、アンドレイと一緒にロビーの奥へと去っていった。

「かしこまりました。ええと、あなたが比佐志粋人さんですか?」

「は、はぁ……そうですけど」

 男は緩やかな笑みを浮かべた。

「どうも初めまして、ここを管理している桜葉霊紗(さくらばれいさ)と申します」

「えっと、比佐志粋人です。よろしくお願いします」

 アジア人の顔立ちをしていたが、どうやら日本人のようだった。細身で柔らかな髪で、一世代前のアイドルのような風貌をしている。とにかく丁寧な立ち振舞をする好青年といった感じだ。

「立ち話も何ですから、こちらへどうぞ」

 そう言われて粋人は応接間のような場所へ通された。ただ一つ、家から持ってきたアタッシュケースを床に置いて椅子に座る。今まで座ったことのない、驚異的な座り心地だった。

「……お荷物はそれだけですか?」

 桜葉が粋人の向かいに座りながら訊く。

「はい、そもそもうちにはそんなに物が無かったし、急だったもので」

「急なのは申し訳無いです。ただ、こちらとしては一刻も早く、あなたを保護する必要がありまして……、嘘で釣るような真似をして申し訳ありません」

 桜庭は頭を下げて詫びた。恐らく、家にかかってきた身寄りが見つかったという旨の電話のことだろう。

「いえ、別に気にしてませんよ。えっと、ここに来たのは研究のためと聞いたんですけど……」

「はい、その通りです。彼らは能力等と言っていたと思いますが、実際は機密事項なので違います。……記憶です」

 粋人は首を傾げた。

「記憶……?」

「そう、記憶。あなたはまだ、十六歳ですがじきに十七歳になりますよね。その時になると蘇る記憶があるのです。……それはあなたがたにとって害になりかねない。だから、除去する研究をする──予定なのです」

「はぁ……」

「まだその準備は整っておりませんが、人材を集めるのはできますからね。世界中でそうした事例を集めて分析し、そのデータに適合する人たちを集めているわけなのです」

「なるほど……僕が呼ばれたのもそのデータに適合したから、ですか」

 一体どのようなデータがマッチしたのか分からないが、今の技術の進歩を考えればありえなくもない気がする。今は寝たきりの老人でも、一人で暮らせてしまうような時代なのだ。

 桜庭は神妙に頷いた。

「そういうことになります。そうした人たちには決まって何か特異な能力が備わっているのです。例えば、峰風雹さんの場合は気配を消すこと、音も無く高速で移動すること、そして確実に標的の息の根を止めること……つまり暗殺者として完璧な能力が備わっているのです」

「……それは理解してます」

 粋人は池袋のトイレでの出来事を思い出す。トイレの個室から死体が現れた瞬間に彼も気絶してしまったが、あれは恐らく雹が音もなく忍び寄ってそうしたのだろう。気絶で済んで良かったがあのまま死んでいたのであれば、死んだことにも気づかなかったはずだ。

「アンドレイ・ポロスコフさんは道具の扱いに長けています。初めて手にとったものでもベテラン並に使いこなすので、主に乗り物の運転を担当してもらっています。……かくいう私は何もありませんけどね。ただ国連から派遣されたお雇い管理人です」

「はぁ……」

「ちなみに峰風さんは最初にこの寄宿舎に入った方で、ここにはもう良い加減うんざりしてしまったというので、こうして人を集める係になってもらっています。……そういうわけなので、あなたにも何かしらの能力があるはずなのですが──心当たりはありませんか?」

 桜葉の質問に、粋人は必死で何かを見つけようとしたが、全く心当たりがない。強いて言えば両親がいないこと程度しか特殊性が無い自分のプロフィール。彼は申し訳ない思いでただ首を横に振った。

「すみません、ずっと考えていたんですけど……」

「そうですか……、でもきっと記憶が戻ればわかりますよ。どんな能力があって、何を失ったのか、ね」

「失った?」

「そうです。ここの居る人々は何かを失って、そして何かを得ているのです。物々交換、貨幣交換と同じように、例外なく。……ここで全員のプロフィールを教えてしまえるのですが、これを僕の口から言ってしまうのは良くないと思いますので、本人たちから聞いてください。すんなり話してくれる人も居れば、なかなか話してくれない人も居ますよ」

 桜葉は静かに言った。


「なあ、どうして今日の客人にはあんなに優しかったんだ?」

 粋人と桜葉と別れた直後、廊下を歩きながらアンドレイが雹に訊ねた。雹は表情を変えずに答える。

「……質問が極端に少なかったからだ。こちらから話しかけなければ、奴は口を噤んで何も話さない」

 これまでの経験では、うんざりするほどの質問攻めをした者もいれば、落ち着かないように忙しなくそわそわしている者もいたが、粋人はそのどちらにも当てはまらなかった。それがどこか不気味だったので、雹は当り障りのない態度に落ち着いたのだが、そんなことは言わなかった。

「まあ、確かにヒサシは変だな。まるで自分がどうされようと構わないような態度だった」

「……あいつがどんな契約をしたのか、想像がつくか?」

 雹は足を止めて言った。日中、他の住民は部屋に閉じこもっているか、別のフロアにある娯楽施設の方に行っているので、廊下には彼らしかいない。こんなに大掛かりに地下に作られているというのに収容人数はせいぜい二十人程度で、今日の新入りが来てようやく半分埋まった程度だ。お陰で、近未来的な施設だというのにひどく静寂に満ちている。

 アンドレイは視線を逸らした。

「いやー、分からんな。本人も自覚がないみたいだし、誕生日を待つしか無いんじゃないか?」

「……ふん」

 雹は鼻を鳴らし、また歩き始めた。黒いフードが目の前で揺れる。次のオーダーはまだ無い。依頼が来るまで、またこの精神病院のような施設に閉じこもっていなければならない。それも仕方がないのことだ。

 この忌々しい記憶が消えるというのであれば、いつまでも待つ。


「寄宿舎といいますけどね、それは便宜上なもんで《ニンギアル》はこの地下施設全体を指すんですよ」

 粋人は桜葉に案内されて、ニンギアルの中を歩いていた。病院のような清潔感のある廊下を進み、無機質な階段やエレベーターで下ると、また同じような廊下がある。階層ごとに応じて、町中にあるような様々な施設の機能が利用できるらしい。

「致命的な欠陥といえばコックがいないことですけど、代わりに私が料理をして差し上げてます。定時刻に食堂にいらしてもらえれば、食事には事足りませんよ」

「そうなんですか。……それなら、お世話になるかも知れません」

「施設については案内板がありますので、そちらを見て頂ければ分かるかと思います。──そうですね、それではこれから住民の方々と挨拶して頂きましょう」

「えっと、それじゃあよろしくお願いします……って、言葉は通じるんですか?」

 粋人はふと急に不安になって訊ねる。世界中から人員が集められている、と雹は言っていた。桜葉も雹も日本人だし、アンドレイも日本語ができるようなので良かったが、その他の人たちはそうもいかないのでは。

 桜葉はそんな彼の不安を見透かすように笑みを浮かべた。

「平気ですよ。ここでは言語なんて存在してないも同然です。……まぁ、最初は渋られるかも知れませんがね」

「……それってどういう意味ですか」

「気にしないでください。ではまず、屋外に出られる場所に向かいましょう」

 そう言って桜葉は歩き出した。地下に作られた施設なのに屋外に出られるらしい。粋人は半ば意外な心地でその背中についていった。

 エレベーターを乗り継いで、長い廊下を歩いて行く。時たま南京錠がかかった扉があったりして、なんとなく研究施設らしい雰囲気を醸していた。

「……すごく大きいですね、ここ。住人って何人くらいいるんですか?」

 粋人はきょろきょろしながら訊ねた。

「私も入れて十人です。あなたは十一人目ですね」

「意外と少ないんですね。こんなに大きい建物なのに……」

「そのまま研究所として流用する予定なので、このくらいの規模を確保しているんですよ。それに、被験者の方々には大した謝礼をすることもできませんので、多様な娯楽を取り揃えています。少なくとも日本の若者が思いつく限りの遊びはできますね」

「それ全部、桜葉さんが管理してるんですか?」

「そうですね。月に二回、国連側から物資の補給がある以外、すべて私がここの管理をしています。といっても掃除は全自動でしてくれますし、ほかもインターネット経由で本部の方がメンテナンスをしてくれるのでそれほど大変な仕事でもありません」

 穏やかな表情の桜葉が言うと、本当に大した仕事でなさそうに思える。しかし、粋人はその顔のどこかに浮かぶ疲労の気配から、必ずしも彼の言葉どおりの仕事ではないと察した。

「えーっと……桜葉さんって国際連合の方なんですか?」

 粋人は話を変えた。

「正確には違います。この施設は国連で是認された機密施設なのですが、運営資金の大半はアメリカが出しているんです。私もアメリカのとある機関から派遣されたんですよ」

「とある機関ですか……」

 なんとなくそれ以上言及してはいけないような気がして、粋人は言葉を濁した。

 やがて廊下の突き当りにたどり着いた。そこにあるドアを桜葉が押して開けると、カッと太陽の光が飛び込んできた。

「こんな地下でずっと暮らしてたら気が滅入りますからね。山の傾斜を利用して半ば強引に作ったんですよ」

 桜葉が説明する。確かに、ここに至るまでの廊下はやたらと長かったが、無理に作ったというのなら頷ける。それでも学校の屋上のような開放的な空気と柵の向こうに広がる自然が感じられるのは嬉しい。

 だが粋人にはもっと気にかかることがあった。

「それで……、この音は何ですか?」

 金属がこすれるような音と、何かが叩きつけられる様な音が交差している。誰かが喧嘩しているような騒々しさに、粋人の背中に冷や汗が伝った。

 そんな彼と対照的に桜葉は眩しそうに目を細めるだけで、泰然としていた。

「彼ら、いつもここで試合をしているんですよ」

 鎧を来た人間と少年が竹刀を持って斬り合っていた。鎧というのは西洋甲冑だ、見ただけで重いと分かるそれが普通の人間と変わらない、むしろそれ以上の速度で動いて竹刀を繰る。少年の方も俊敏な動きで斬撃を繰り出し続けている。誰が見ても一瞬で分かる、歴とした異能だった。粋人は言葉を失い洗練された演技を鑑賞するような気分で、その一連の動きを眺めていると、最少年の持つ竹刀が鎧に当たって堅い音が鳴り、双方の動きが止まった。

 少年がうれしそうに何かを叫んだ。何語かすら分からないその雄叫びに、粋人は思わず桜葉の方を見た。

「今ので九十八勝らしいですよ」

 さらりと通訳してくれた。言語が存在しないも同然というのは、誰かが通訳をしてくれるから問題ないという意味なのだろうか、と粋人は思い少し安心する。

「ちょっとよろしいですか?」

 桜葉が勝負が終わった二人に声をかけた。──日本語で。

「よう、霊紗! テメエがオレたちの手合いを見に来るなんて珍しいな!」

 粋人は拍子抜けした。少年が話したのは見事な日本語だった。さっき叫んだ外国語は一体何だったのか、若干混乱しつつ粋人は挨拶をした。

「初めまして、比佐志粋人と言います」

「おっ、新入りなのか! オレはマティアス・ハッシだ。こっちの鎧着てるのはウォルト・レイン。よろしくな!」

 マティアスは上機嫌らしく、快活に言った。ウォルトと紹介された鎧を着込んだ人は無言で頷き、手を伸ばしてきた。粋人はできるだけ怖じた様子を見せないようにその手を握る。激しい運動をさっきまでしていたせいか、その掌は熱かった。

 マティアスは短髪の少年だ。引き締まった体躯と童顔が微妙にちぐはぐな感じがする。ウォルトの方は、鎧のせいかも知れないが大柄な人物だった。相当がっちりとした西洋甲冑で隙間なく覆われているので体格の方は見えないが、それでもこんな鎧をまとうくらいなのだから、かなり筋肉質であるには違いない。

 マティアスはじろじろと粋人のことを見た。

「んー、見たところ東洋人っぽいけど……中国人か?」

「いえ、私と同じ日本人ですよ」

 桜葉が言った。すると彼は両手を頭の後ろに持って行って、

「ふーん、日本人三人目かぁ……、今なんかヤバイんじゃないっけ、日本って? 一年前くらいのシブヤでのテロはすごかったらしいじゃん」

「そうですね、ずっとニュースでやってました。……テロは、怖いですよね」

 着いたばかりの池袋で、雹がテロリストを殺害したのを思い出す。もし、あそこで雹がいなければ粋人の命はなかったかも知れない。そう考えるとゾッとした。

 マティアスの言う渋谷のテロというのは、かの有名なスクランブル交差点の中心で爆発が起こり、テロリストが要求を呑まなければ、次はアトランダムな場所で爆発を起こすと政府に恐喝を仕掛けた事件のことである。ごたごたしている間に結局爆発は起こってしまい、死者数十名を出す大惨劇となった。その事故の影響で一部電車の路線が損壊し、その路線を利用するかなりの人数に影響を及ぼしたらしい。

 マティアスは頭をガリガリと掻いた。

「ま、そんな水くさい話はやめっか。ここはそんなこととは無縁の場所だかんな。──そういや、ヒサシって言ったっけ? あんたの能力は何なんだ?」

「……僕の能力、は、まだ分かんないんですよ……」

 粋人がはにかみながら答えると、マティアスは目を丸くした。

「わかんない? マジかよ、俺なんて物心ついた時から自覚してたぜ! 俺は剣を持つしか無いってな!」

 そう叫びながら、竹刀の切っ先を粋人の鼻先に突きつける。竹刀だというのに、振った風圧だけで皮膚がぱっくりと割れそうな気がした。

「えっと……、剣術、が得意なんですか?」

「トクイって言っても字が違うぞ、『特異』だ、特異! オレは最強の剣士だったんだよ!」

「ハッシさんは細長いものを扱うことに長けているんです」

 桜葉が解説してくれた。それを聞いて得意げにマティアスは竹刀を振り回す。もはや身体の一部のようにそれを繰るマティアスの手の動きに、粋人は半ば呆然として見とれていたが、──ふと、その手をよく見ると違和感があった。

「あれ……左手の指、どうしたんですか?」

「ん?」

 マティアスは竹刀を止めて、自分の手に目を向けた。「あー、これ。いつの間にかとれちゃったんだよ」

 ストラップが取れちゃった、とでも言うかのような調子で、彼は左手を見せてきた。

 中指が無い。生まれつき無いわけではなさそうだ、中指があるはずの場所に僅かな突起があるのが分かる。親指と人差し指、薬指と小指だけが残る左手は、どこか不気味だった。

「オレさ、痛みが分かんないんよ。だから、結構こういうことに気づかなくってさあ」

 ──等価交換なんですよ。ここの居る人々は何かを失って、そして何かを得ているのです。

 桜葉の言葉が思い出される。マティアスは痛みを失って、最強の剣術を手に入れたのだ。痛覚が無いのは便利なことなのか。でも、こんなアクセサリー感覚で身体の一部を失うことがあると考えると怖い。そう考えると、最強の剣術というのにつり合う代償なのかもしれない。

「ま、オレだって気をつけちゃいるさ。身体は再生してこないからな」

 マティアスはそれでもどこか面白そうな風に言った。

 粋人はそこでふと思い出したように、ウォルトの方を見た。この甲冑人はさっきから置物のように動かず、一言も口をきいていない。なんとか話を持ちあげたかったが、なんと話しかければ良いか分からなかった。

「ん? ウォルトのことが気になるか」

 マティアスがウォルトと粋人を見比べながら言った。粋人は頷く。

「コイツのことは気にしないくて良いぞ、喋れないからな!」

 マティアスは鎧をペシペシと掌で叩く。

「しゃ、喋れないって……」

「ああ、コイツは声を代償にして、異常な怪力を手に入れたんだよ! 分かるだろ、こんな鎧着て常人と同じように動いてんだからな!」

「その甲冑ですが、データでは八十キロ近くあるみたいですね」

 桜葉が注釈を入れると、その数字にはマティアスが反応した。

「は、八十だって! それであのスピードかよ、うっひょー! ウォルト、お前それ脱げば全米で一位になれるぞ!」

 ハイテンションなマティアスとは対照的に、ウォルトは極めて静かに手を横に振った。そんなつもりはない、結構だ、と言わんばかりの態度。

 だがマティアスは引き下がらない。

「そういえばお前の鎧の下の姿見たことないわ! いいじゃん、新人も来てんだから! 見せて! つーか見せろ!」

 そう叫びながらウォルトの甲冑に飛びついた。ウォルトは面倒くさそうに、虫でも払うように彼を引き剥がす。ベチッと、マティアスの身体は地面に叩きつけられた。

「クッソ、い、いつかは絶対覗いてやるからな! その壮絶なブサ顔を、この目に焼き付けてやるんだからなぁ!」

 地面に伏せたまま、マティアスは大層悔しそうに喚いた。



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