プロローグ(1)
某新人賞落選したものです。そこから多少、手直しをしてあります。
これねえ、まだ使い回したいからお蔵入りにしようかなあって思ってたんですが、まあいいや、出しちゃえーってことで公開することにしました。
一応、一昨年の今頃にぴぴーんときて、書き上げたが今年の4月ですから、着想から書き上げるのに一年以上かかってるんですけど、選考にかすりもしなかったので、また改稿してどっか出そうかなあとか思ってます。
一ヶ月後に完結させたいので、2日に一度くらいの更新にしたいと思います。
それではどうぞ。僕のすごく冗長な冗談のはなし。
電車が停まった。がらがらのグリーン車に乗っていた比佐志粋人は眠い目をこすりながら立ち上がり、開いたドアへと向かう。ホームに降り立つと、少し目の粗い空気が彼を迎えた気がした。電車に乗る前のあの穏やかな空気が溜まっていた場所は、もう遥か遠くにある。
「東京、か」
粋人はさして大きくも無い荷物を手にぶら下げて、電車から流れてくる人々に押されるように階段を降りた。
──あなたの身寄りの方が見つかりました。
その電話がかかってきたのは一昨日のことだった。受話器の声は粋人へと用件を端的に伝えた。柔らかな男の声だった。その声色が親切そうだったからなのか、粋人はすんなりとその言を信じてしまった。
「……どうした?」
電話を置いた粋人の傍らに男が立っていた。老いが現れ始めている風貌には人の良さがにじみ出ているが、その口調にはどこか腹を括ったような色が滲んでいる。粋人はその気色を敏感に感じ取った。
この男はずっと粋人を育ててきてくれた、親のような者だ。粋人は孤児だ。まだ泣くことと眠ることしかできないようなうちに捨てられたようで、それをこの男が拾いこの北関東の田舎町にある雑貨屋で育て上げた。粋人はそのことにとても恩義を感じているようで、中学を卒業しても高校に行かずその男が経営する雑貨屋の手伝いをして過ごしていた。
──比佐志粋人さんですか。
そんな折にかかってきたこの電話。比佐志が粋人を発見したばかりの頃、あちこちの孤児関連施設に問い合わせをしていたので、そのうちの一つからの電話かと思われた。ちなみに「比佐志」は彼の親代わりになった男の苗字で、名前も彼からもらったものだ。男──比佐志は粋人のことを家族として考えていたのだ。
「……親戚が、見つかったんだって」
粋人は電話の用件を比佐志に言いづらそうに伝えた。比佐志は心底嬉しそうな笑みを浮かべる。
「そうか、良かったな」
そんな彼と対照的に、粋人は辛そうに目を伏せた。
「……でも、行かない。ここに……残るよ。ここまで不自由なく過ごしてこれたのはおじさんのおかげなんだし……、ここが僕の家なんだ。今更親戚が見つかっただなんて──」
「そう言うと思ったよ。お前は昔からお人好しだからな」
「……」
「でも、私がこう言うとお前は決まって言うことを聞いてくれるんだ。……お願いだ、私のことなんて気にしないで身寄りの方のもとへ行きなさい。もしかしたら、また学校に通えるかも知れないだろう。お前は、こんなところに縛られてはいけない、もっと広い世界を見るべきだ」
そう言われると粋人はどうしても抵抗できなかった。もうとっくに切れて通じていない受話器を握りしめたまま、唇を噛み締めて頷いた。
「…………分かったよ。でも、きっと戻ってくるから。広い世界を見てきたら……きっと」
「あぁ。待っているよ」
──そうして、粋人は唯一の肉親に別れを告げてはるばる上京することとなった。
電話の主が待ち合わせに指定した場所は池袋駅だった。湘南新宿ラインで二時間ほど揺られている間、これからどうなるのか彼は色々と想像を巡らせていたが、やがて寝込んでしまった。今、覚醒してホームに降り立ってみて、ひとつの答えが浮かんだ。
「高校に行くのも悪くないかな」
粋人の頭に典型的な白い校舎と広い校庭が浮かんだ。独学でいくらか知識もつけてあるから、勉強に遅れることも無いだろう。都会の高校でまた一からやり直すのも悪くない。仮に親戚のところにそんな余裕が無いのだとしたら、バイトでもすればいい。これも新たな社会経験になるはずだ。
粋人がここまでポジティブになれたのは、きっと比佐志の言葉があったからに違いない。広い世界を見てこい。ベタな言葉だが、こういう場面で直に接すると莫大な説得力を持つから不思議だ。
「……」
さて、人波に流されて階段を降りたものの、粋人は途方に暮れた。東口に正午と言われたのだが、てんで方角が分からない。というか、改札がどこか分からない。適当に歩けば見つかるだろうか。まぁ、時間には余裕があるからいくらか迷っても平気だろう。
そこで粋人が真っ先に向かったのは、──トイレだった。これは幸いにもすぐ見つかった。入り口のところで「清掃中」と書かれた黄色い立て看板が倒れている。それを避けて中に踏み込んでみると、駅の公衆トイレにしては清潔感があるな、という印象を持った。外にあれだけ人が溢れていたのに、中は誰もいない。
用をたしてから手を洗っていると、奥の個室トイレから物音がしたような気がして粋人は顔を上げた。しかし、トイレの中は水の流れる音が無機質に響くばかりで、物音らしきものは聞こえて来ない。
それでも粋人は気になってしまって、つい奥の方へと歩いて行った。
両側にいくつも並ぶ個室の扉。ほとんどがだらしなく開いていたが、一番奥にあるものだけが石の門のように閉まっていた。
粋人はその扉に近寄っていく。
彼がその目の前に立った時、その閉じていた扉が何かに耐え切れなくなったようにやや乱暴に開いた。それと同時に誰かが床へ倒れこんでくる。ドタッ、と安っぽいドラマの効果音のような音がした。その全身に意思が灯っていないような倒れ方に、粋人は慄いた。混乱しながら、倒れた人間に近寄っていく。
何かの発作で意識を失ったのか、それとも──。
と、次の瞬間、彼の視界はブラックアウトした。粋人自身が、自分の身体が言うことを聞かないことに気づかないほどに、あっさりと彼の意識は持っていかれてしまったのだった──。
目が覚めると、粋人は狭い空間にいた。数秒後にはそこがトイレの個室であることを理解した。
真っ先に目に入ったのは身体中に武器をぶら下げ目出し帽を被った男の姿だった。力無く壁に凭れてうつむいている。その首筋からは赤い液体が流れ落ちて、凭れた壁を黒く染めていた。
どう見ても死んでる。
「っ!」
彼が声なき悲鳴を上げると、どこからともなく鋭い視線が飛んできた。その殺気とも言える気配に、出しかけた声が喉の奥に引っ込む。
「……お前、目を覚ましたのか」
どこか驚いたような口調で、誰かに話しかけられた。押し殺した様な声だったが、なんとなく女の声であるような気がした。姿が見えなく、声がどこからも聞こえてくるかも分からない。そもそも見られているかどうかも怪しいのに、粋人は脊髄反射的に大きく頷いてみせた。
すると、黒い影が飛び降りてきた。ただでさえトイレの個室は余裕が無いというのに、絶妙な隙間に声の主は音もなく着地する。全身を覆う黒い外套を羽織り、フードをすっぽりを被っているので顔どころか輪郭すらも分からない。影がそのまま人間の形を帯びたような姿だった。
「っ……」
「……」
男子トイレの個室で、三人の人間が沈黙している。もう何が何だか分からない。殺すならさっさと殺してくれ、と粋人は思った。それが望みなら。
「比佐志粋人か?」
質問された。女の声だった。女、いやむしろ少女の声だ。何故自分の名前を知っているのか、何故こんな場所に自分は居るのか、何故死体が目の前にあるのか、何故少女が男子トイレにいるのか、疑問はかつてない速度で膨らんでいたが、この際どうでもよかった。
「そ、そうですけど……」
粋人はただしどろもどろに頷く。
「……」
黒い装束の少女はまた黙った。何を考えているのかさっぱり分からない。粋人は根気よく次の言葉を待った。
やがて彼女は口を開いた。
「……こんな形で申し訳ないが、伝えることがある。身寄りが発見されたという報は嘘だ。これからお前にはある場所に来てもらいたい」
「は、はぁ……」
突拍子もない展開に粋人は呆然とした。嬉しいはずの喜ぶべきはずの報告があっさりと否定されたのだ、粋人はここで驚き失望してもおかしくはなかった。──だが、確かに薄々と違和感を抱いていた節もある。孤児の引き取りだというのに本人だけを呼び出させたり、駅前を集合場所にしたり、どこか段取りがすっ飛ばされ過ぎていたような気がしていた。
その結果がこれだ。
だが粋人には、もはや逆らおうとか抗おうとかいう気はなかった。諦観しているわけではない。自分でもこの感情が何を拠り所にしているか分からなかった。
……昔からこうなのだ。この性格は今更変えられない。
「いいですよ。どこに行けばいいんですか」
粋人が言うと、黒い少女は一瞬沈黙をした。
「……今ならここには誰も居ない。すぐにここを出て、当初予定していた場所へ行け。この死体は止むを得ない、簡単に見つからないような措置をして、ここに放置しておく。私は後で合流する」
「わかりました」
「……」
少女は無言で応えて、また音もなく消えた。死体は相変わらずそこにある。見ていると気分が悪くなってきたので、粋人は目を逸らして個室を出た。彼女の言った通り、誰もいなかった。そのまま逃げるようにトイレを出て、指示されたように東口へ向かおうとした。
──迷った。適当に歩き回った。周りの人間は誰も忙しそうで、道を訊くのが憚られた。かと言って、待ち合わせに遅れるのも嫌だった。そういうわけで、歩を速めながらでたらめに歩きまわった。
なんとなく見つけた階段を上ると、出口のようなものが見えた。その空気に引き寄せられるように、外に出ていくとどこからともなく声がかけられた。
「時間丁度だ」
真横で黒い外套が並んで歩いていた。粋人は胸を撫で下ろす。
「良かった」
「……妙な奴だな」
ぼそっと、少女が言った。
「えっと……僕のことですか」
粋人が戸惑うと、彼女はフードの下で顔をしかめたようだった。
「他に誰がいる。死体と一緒に現れた私をあっさり信用するだけでなく、約束まで守ろうとするとは……おかしい」
「約束は破るとロクなことがありませんから」
「──それなら、お前は誰かに一時間後に死ねと言われたら死ぬのか?」
口調に変化こそ無かったが、明らかにそれは冗談だった。その辺を歩く人々の間でも交わされることがあるはずの、なんてこともない交流の手段としての冗談だ。粋人はきちんとそれを理解していた。
だからこそ、と、彼は答えた。
「まあ、死にますね」
「前言撤回だ。妙ではない、異常だな、お前は」
少女は呆れたように言った。それを聞いて粋人は頬を緩める。
「妙な奴だと思った人間の言葉をあっさり信じてくれるんですね」
「──ふん。冗談ならもっと軽い調子で言え」
「す、すいません……」
返事はなかった。あちこちに向かう人々の隙間を、無言で歩いて行く。
何か話題を見つけた方がいいのかと、粋人が思案し始めたところで少女が口を開いた。
「異常な奴だ。こんなナリの私に全く怖じないのか?」
確かに全身真っ黒な外套を着ていて、フードを性別が分からないのだから、初見は警戒するのが普通だろう。しかし、粋人は意外な発言に思って戸惑った。
「はぁ……まぁそういう人も居ていいんじゃないですかね」
「流石に初対面でそんな冗談を決めてくる奴は初めてだ」
「うーん……、僕なんかがこんなことを言うのはどうかと思うんですけど……、きっとあなたがこういう対応を望んでるんです、きっと」
「…………」
黒い少女は黙ってしまった。会ったばかりの人と会話をすると、度々こんな展開になる。これだからダメなんだ、と粋人は自己嫌悪する。こんな人と人との線引を乱すような、土足で相手の領域に入り込むような発言を平気でしてしまうのは良くないと、何度も思ってきた。だがどうしても、相手に問われると答えてしまう。良心が肥大化し過ぎているのか、嘘を吐くことができないのだ。
複雑な心境で一言も交わさず数分間歩いた後、少女はとあるビルに入っていった。粋人もそれに続く。
大きくて小奇麗なオフィスビルだった。いくらか会社が入っているようだが、そこに用がなければ立ち入ることも無さそうな建物だ。
エレベーターで二十二階まで上る。二十二階建てなので、そこが最上階ということになる。
「屋上だ」
エレベーターを降りると、そこでようやく少女は沈黙を破った。粋人はそれに従って階段を上り、屋上に出られる扉を開ける。
そこにあったのは、大きな軍用ヘリだった。
「……な、なんですかこれは」
「乗れ」
粋人は頷くと、早足に進む少女に続いてヘリに乗った。彼が乗り込むと彼女が扉を閉める。すぐにエンジン音が唸りを上げて、ふわりと機体が浮いた。
「今日は時間がかかったんだな。今日の客人は随分頑固だったらしい」
運転席から男の声が聞こえてきた。粋人の居る位置からでは顔が見えないが、陽気そうな若い声だった。少女がその声に応える。
「なんだ、日本語は使わないんじゃなかったのか」
「せっかく日本に来たんだ、使っておかなきゃ損だろ?」
「気分屋だな。……質問に答えると客人自体は、これまでで一番楽だったがアクシデントがあった」
「はぁ、アクシデントねえ。……まぁ、それは『問答』が済んでから聞かせてもらうとしよう」
「ああ」
少女は手で頭に被っていたフードを取り、そこで初めて素顔を見せた。その外套の色とは対照的な白い肌、その白さに映える漆黒の髪、すらりとした顔の輪郭に──氷のような茶色い瞳。粋人はぞくりとした。その瞳が帯びている色、それをどこかで見たことがあるような気がした。
「また驚かない、か。やはり異常な奴だ」
少女は面白がるように言った。粋人としては十分に驚いていたつもりだが、どうも伝わらなかったらしい。
「一応驚いてるんですけど……」
「そうなのか。まぁ、私としても反応が希薄な方が楽だ。……ちなみに、私が異常と言うのはよほどの事だぞ」
「は、はぁ……」
「確かに今までの客人と比べちゃ、随分と落ち着いてるなあ」
運転手が口を挟んできた。「そこまで素直に従ってくる奴は初めてだ。一番口数の少ない奴でも、どこへ行くのかってくらいは俺に訊いてきたのに」
彼の言葉に、少女は目を眇めた。
「そこだ。……比佐志粋人、お前はここに至るまで、私に一切の質問をしなかった。何故、どうしてと言わなかった。今回は色々とごたごたがあったというのに、お前は一切異論を言わずに大人しくついてきた。──異常だ」
決め付けるような言い方に、粋人は慌てて反論した。
「そ、そんな、色々訊きたいことはありましたよ。その、どうでもよかったから言わなかっただけで」
「……どうでもいい、か」
少女は吟味するように言った。「なら、その訊きたいことを訊いてくれ」
「え、良いんですか」
「良い」
「はぁ……ええっと、じゃあ……、あのトイレで死んでた人は誰なんですか?」
「……そこか」
彼女はげんなりした風に呟いた。粋人はまた慌てて訂正しようとする。
「え、えっと、じゃあ取り消しします……」
「構わん。あそこで死んでいた男はテロリストだ」
「……えっ」
「マジかよ、もう日本も立派なテロ大国か!」
運転手がはしゃぐように言った。少女は取り合わずに、話を続ける。
「池袋駅を占領して、政府に何か要求をしようとしていたようだな。どうせ日本の再軍備についてだろう。ここで日本に力を持たれては、困る勢力があるんだろうな」
何か後ろめたいものを指摘するかのように、彼女は言う。
──世界情勢は険悪だった。数年前、中東地域に突如としてパレスチナ人を中心とした『ソディール』と名乗る軍国主義国が誕生した。主導者の素性が一切分からない中、紛争は激化する。同時期には、ロシアの一部の地域で超国家主義者によるクーデターが勃発し、それに同調した世界中の反社会的勢力が決起、各地で戦争が発生している。
それに伴うように、テロの発生件数と残忍性は年々増している。日本も例外なくテロの標的とされた。
一年前の東京駅ジャックを皮切りにあらゆる場所でテロが発生した上、北方から超国家主義派による進軍があるという情報が舞い込み、数年に渡る議論の末、ついに日本は再軍備を決定した。憲法を改正し自衛隊を拡大し軍とする。それがつい先日まで、日本中を騒がせていた『九条改正問題』である。
「私としては日本のことなどどうでもいい。だが大事な客人が傷ついたら大変だろう。だから私が連中を始末した。そのせいで予定よりも遅れたんだ」
少女は事も無げに言って、視線を背けた。粋人は目を丸くする。
「し、始末って……殺したんですか」
「お前も見ただろう。武装した奴の死体を」
「いえ、そうじゃなくて……、あなたが、殺したんですか?」
「ああ。そうしなければ池袋にはあれの何十倍の死体が出来上がっていただろう」
「あーっと、雹、客人が言ってるのはそういうことじゃねーと思うぞ」
運転手が大きな声で少女の言葉を遮った。「俺たちにとっては当たり前だろうが、外部の人間にとっちゃ全部イレギュラーだ」
「……そうだったな。お前が一切訊かないから私も自己紹介しそこねていた」
少女は視線を粋人に向けた。その茶色い瞳の中央は黒く光っている。
「私は峰風雹。──アサシンをしている」
粋人は一瞬口を閉じて、冷静になって考えた。
「……えっと、アサシンって……、暗殺する人、で良いんですよね……」
「ああ。お前が想像するそれで概ね合っている。そこにいるのはヘリのパイロット、アンドレイだ」
雹は目をヘリの前方に向ける。
「アンドレイ・ポロスコフ。よろしく」
椅子の裏から腕が出されて、ひらひらと揺れた。
粋人はぎこちなく手を振り返して挨拶に応えると、困惑して雹の方に向き直る。
「ど、どういうことなんですか。だって、あなたはあんまり僕と歳も離れてないように見えるのに……」
「年は十八だ。お前は確か十六だったな。誕生日はいつだ」
「えっ、誕生日ですか。……三日後ですね、丁度」
「……なるほど。もうすぐ十七、か。なら話は早い。お前がその歳になったら、すべて理解できる。今は、これから言う一つの事実を大人しく受け入れておけ」
雹の神妙な口調に、粋人はつられて硬い表情になって頷く。
「これから行く場所に居る連中は全員人外だ。無論、私もアンドレイも──お前を含めてな」
粋人はぽかんとしてそのセリフを聞いていたが、やがてその意味を咀嚼すると、黙りこくってしまった。
自分が人外? 雹と同列の存在?
信じられなかったが、しかし、彼女が言うのだからきっとそうなのだろう。自分は並外れてどこかが歪んでいて異常なのだ。そういえば、ヘリに乗るまでに散々異常だと言われた。自称人外に異常と呼ばれたのだから、それはまさしく異常だ。
粋人は納得した。
「──なるほど、分かりました」
「……そうあっさり納得されると、却って不気味だ」
「ま、仕事が楽でいいじゃねえか」
アンドレイが陽気に言った。「嫌でも、『その歳』になりゃ分かるんだ。最低限の説明で飲み込んでくれるんなら、願ってもないことさ。さて、ヒサシスイト──、ようこそ、ニンギアルへ」
軍用ヘリは日本を離れ、西へ西へと飛んでいった。