妹
彼には、とても甘え上手な妹がいます。
普通なら、何と言う神シチュエーション、と喜ぶ人がいるでしょう。
彼もその一人でした。
そして彼は、甘えて来る妹の事が、とても大好きでした。
「お兄ちゃん!ご飯食べよ!」
「お兄ちゃん!お風呂入ろ!」
「お兄ちゃん!一緒に寝よ!」
何をするのにも、彼と妹はずっと一緒でした。
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そんなある日、彼と妹は海にいきました。
海水浴シーズンというだけあって、たくさんの人が海に来ていました。
そんな中でも、妹は彼にベッタリでした。
「海だよお兄ちゃん!綺麗だね!」
「そうだな、でもお前……引っ付きすぎだぞ」
「へへへっ、だってお兄ちゃんの事が大好きだもん!」
「ったく、そんなに引っ付くんだったら、くすぐっちゃうぞー!」
「きゃ!きゃはははは!や、やめてよお兄ちゃんー!」
まわりから見ればバカップルですが、彼らは立派な兄妹です。
「それにしても……人多いよね」
「あぁ、そりゃ、夏休みだし、人ぐらいいるよ」
「これじゃあ泳げないよぉ……」
「なら穴場にいくか?景色が綺麗で人気のない所」
「ほんと!?行く行く!」
そう言って二人は手を繋ぎながら、歩いていきました。
もう一度言いますが、彼らは恋人同士ではなく、立派な兄妹です。
決してバカップルではありません。
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彼らがやってきたのは、岩場でした。
遊泳所から結構離れた場所で、確かに、人気は全くありませんでした。
そして、景色も絶景でした。
「うわぁ、きれー!」
「な、穴場だろ」
「うん!ここなら人もいないし、いいね!」
そう言って妹は彼に抱き着きました。
もう一度言いますが、彼らは兄妹です。恋人ではありません。
「じゃあ……泳ごうか」
「うん!」
そうして二人は海に入りました。
冷たい水がとても心地好く感じました。
「お兄ちゃんお兄ちゃん!向こうまで競争しない!」
「向こうって?」
「ほら、あの向こうにある島みたいなやつだよ!」
妹が指差した方を見てみると、確かに小さな島らしいものがぽつんと浮かんでいました。
「負けた方が、相手にキスするっていう罰ゲームね。もちろん、唇だよ!よーいドン!」
「あっこら!待てよ!」
いきなり飛び込んだ妹を追いかけながら、彼も海へと飛び込みました。
しつこいようですが、彼らは兄妹です。
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そんなこんなで、彼が向こうの小さな島にたどり着きました。
途中で妹を抜かしたので、彼の勝ちです。
「へへっ、どうだ!僕の勝ちだ!」
そう言って彼は海の方を見ました。
しかし……そこに人影はありませんでした。
「……あれ?」
彼はおかしいと思いました。
だって……泳いでいるはずの妹の姿がないのですから。
「…………マジかよ!」
彼は大声で妹の名前を呼びながら辺りを見渡しました。
しかし、妹の姿はどこにもありませんでした。
「くそ!おい、ふざけてないで出てきてくれよ!」
そう言いますが、やはり妹は現れませんでした。
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時刻は刻々と過ぎていき、もう夕方になりました。
「……なんで……なんでだよ……」
彼は必死になって探しましたが、結局見つかりませんでした。
「僕が……こんなところに行こうなんて言わなかったら……」
涙ぐみながら、彼はその場に座り込みました。
彼は、何回も海に潜ったり、何回も小さな島と岩場を行き来していました。
もう、疲れていたのでしょう。
そうしていると、不意に声が聞こえて来ました。
「お……兄ちゃ……ん……」
そう、妹の声がしたのです。
「はっ!どこにいるんだ!?お兄ちゃんはここだぞ!」
彼も力の限り、声を張り上げます。
「お兄……ちゃん……」
また声が聞こえました。
その声は、海の方から聞こえました。
「待ってろ!今いくぞ!」
彼は海に飛び込みました。
必死になって泳ぎました。
妹を助けるために。
「お……兄……ちゃん」
声の聞こえる方へ、力尽きるまで泳ぎました。
そして、ついに声が聞こえた所の近くまで来ました。
しかし、妹の姿はありません。
「どこだ!?お兄ちゃんだぞ!」
「お兄ちゃん……」
妹の声が聞こえました。
すぐ近くです。
辺りを見渡すと、水の中でなにかが動いたような気がしました。
「今助けるから……なっ……」
水の中にいたのは、やはり妹でした。
しかし、その姿は……
大量に水を飲んだのか、細い体は水ぶくれしてしまい、口、鼻、ありとあらゆる穴から水を吹き出す姿でした。
「う……うわぁ!」
彼は逃げました。
あんなの……妹じゃない。
あんな可愛くないのは……妹じゃない。
そう信じ、岩場まで必死に泳ぎました。
しかし……
「待ってよ……お兄ちゃん……」
足を捕まれてしまいました。
「はなせっ……はなせよ!」
「お兄ちゃん……私だよ……」
「違う!違う!」
彼は必死にもがきました。
しかし、水の中なので上手く力が出せず、水を飲んでいくだけでした。
すると妹の力が急に強くなりました。
「お兄ちゃん……」
「やっ……ガハッ……やめ……」
「お兄ちゃんと私はずっと一緒……」
「やめろっ!……ゲホッ!やめっ!」
「ねぇお兄ちゃん……一緒に死のう」
その瞬間、彼の姿は海から消えました。
彼が先程までいた場所には、気泡がプクプクと浮かんでいました。