スタートライン
闇―どこまでも深い闇
悲鳴と断末魔の響き渡る闇の中―俺はただ歩いていた。
どうして歩いているのかは分からない。
目の前の光に向かってゆっくりと疲弊感の残るその足を引きずりただ歩く。
ふと横を見ると初めて俺が撃って殺した男が眉間の風穴から血を流しながらこちらを見ている。
後ろを振り返ると亡者達が俺を追いかけている。
どの亡者も見覚えがある…俺が奪った命達だ。
その悲壮な悲鳴や断末魔達の声から逃げ出すように歩みを早くする。
俺は光に必死に手を伸ばす。
だがその手は届かない。
急に足が重くなった。
その足には亡者達の手が絡みつく。
やがて腕にも体にも―全身へ亡者達の伸ばす手が俺を離さないように掴んでくる。
俺は片手を必死に伸ばし光へ手を伸ばし掴み取った。
反転―景色は変わる。
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「つぁっ!はぁはぁ………」
「夢…夢か…」
体全身に汗が纏わりつき服が張り付く。
体をゆっくりとベットから起こすと今の状況が少しだけ冷静に見えてくる。
俺はそのままふらつく足でダイニングへ向かいコップに水を注ぎ一口含む。
乾いた喉を冷水が通る感覚と共に先ほどのリアルすぎる夢を思い出す。
ゾッとするような夢だった。
そんなことはありえないと分かっていてもそれでも怖いものは怖い。
俺はそのまま汗の纏わりつく服を籠に入れシャワールームのドアを開く。
蛇口を廻すと暖かい水が冷たく凍るような体を駆け抜けていき
俺に生きていることを実感させる。
「俺はまだここにいる…生きている」
「だからこそまだそっちには行く予定はない…」
自然とそんな言葉が出てきた。
俺は拳に力を籠めて気合を入れなおしシャワーを止めた。
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シャワールームから出るとちょうど部屋のチャイムが鳴り響いた。
俺はアンダーの上にバスローブを着て傍に置いていたコンバットナイフを鞘から抜き左手に構える。
そのままゆっくりと玄関ドアに近づき相手の姿を確認を行う。
日本人の一般の服装ではありえない黒と白のメイド服…
後ろで結んだ蒼い髪――イリスさんだ。
俺は玄関のチェーンを外し鍵を開けると彼女を部屋へ向かい入れることにした。
「早朝から申し訳ありません、ソラさん」
「こちらのご用意ができましたのでお届けに…」
彼女はリビングのソファーに腰をかけると持ってきた二つの箱を机に並べた。
「これは?」
俺にはこの箱が一体何が入った箱なのか理解できなかった。
エリスならきっとすぐ分かる気もするが…いや、どうだろうか。
「こちらは特別注文で作らせた学園の制服です」
完全に忘れていた。
学園内でも護衛をするのだから制服は必需品だ。
この手際のよさ…恐らく依頼を受ける前にあらかじめ注文していたことになるんだろう。
服のサイズに関してはあの人が教えたに違いない、マスターめ…!
俺はひとまずはこの片方に手を伸ばし開けてみるとそこには…
「女子の制服?」
どう見てもサイズが合わない上にスカート…新手の嫌がらせなのだろうか。
すると彼女は口元に手を当てクスッと笑うと
「ソラさん、そちらはエリスさんのです」
思わずガクッとくるがなんとか堪え箱を元の状態へ戻しもう片方へ手を伸ばす。
先ほどの箱よりも少々ズシッと程よい重量感が手に伝わってくる。
箱を先ほどと同じように開けるとそこには、金属製のアタッシュケースと黒を基調としたブレザーの制服一式が納められていた。
ひとまず俺はアタッシュケースへ手を伸ばし開けるとそこに収められていたのは一丁の拳銃。
全長245mm重量は大体1210g…特徴的とも言える銃口がネジ穴式に銃口下部にLAMを取り付けられた45口径…
「Mk.23 MOD0か」
「ええ、日本ではSOCOM PISTOLやSOCOMと呼ばれるモデルです」
「フル装備でよく用意ができたな…」
「ご不満でしょうか?」
「悪くない、むしろ少々重いが使い慣れているから問題ない」
俺は一通り銃の感触になれアタッシュケースに収めなおした。
制服…こんなものを着ることになるなんて考えたことが無かった。
ぱっと見分からないが手に取るとあちこちに手を加えてあるのが分かる。
俺はバスローブを脱ぎ制服に腕を通そうとするとイリスさんの顔がなぜか赤く染まり顔を逸らした。
何の行動なんか分からないがこの人も結構変わった人だなと思いながらネクタイをダブルノットで締めブレザーを着る。
アタッシュケースに戻したMK23を手に取りホールドオープン状態にしてマガジンを入れ
安全装置をかけてブレザー内のホルスターへ仕舞いブレザーのボタンを閉め最後に制服を調えなおす。
「イリスさんこれでいいんですかね?」
「ええ、実にお似合いですよ」
彼女はまだ少し顔を赤く染めたままこちらを向き答える。
学校の制服なんて似合ってもどうしようもないんだけどなと思ったが胸に仕舞うことにした。
「さて、俺はエリスを起こしてきます」
俺は、顔のまだ赤いイリスさんを残しリビングを後にしエリスの部屋へ向かう。
部屋のドアを空けるとさっそくあちこちに本や資料が散乱しているがそこは気にせずに中央のベットへ本と資料の山を避けつつ向かう。
スヤスヤと擬音の着きそうな寝息をたて彼女は寝ていた。
俺はゆっくりと彼女のそばに近寄りその小さな身体を揺する。
「エリス、そろそろ起きてくれないか?」
何度か揺すると彼女の意識は戻ったようで体を起こした。
「…そら、おは…よう?」
いつもの朝と変わらないどこか緊張感の抜けた声。
任務時と比べるとその差はなんというか別人だとも思えてくる。
「…どうしたのその格好?」
「とりあえずエリス、顔を洗ってこれに着替えてくれ」
そういって俺は彼女にイリスさんの持ってきた箱を手渡す。
彼女は抱えるようにその箱を受け取ると足元が見えないのか資料の山を崩しながら部屋を出て行った。
「さて、どうなることやら…」
俺は窓の外に広がる景色に一言だけ呟いた。
サブタイトル入れ忘れて書き直す羽目になりかけたのは内緒ですよ。