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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第一章:若き陰陽師と幼きマグス
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第十四話 決戦のレイゼンレイド Act01:王都へ

 シェリーがアルトリスと壮絶な死闘を演じている頃、レナと昶は一路レイゼンレイドに向かっていた。何事もないようにと祈る一方で、本能が戦いを避けることはできないと語りかけてくる。支援に向かうメレティスの艦隊、レイゼルピナ各地で行動を開始する反抗勢力、それを防ごうと躍起になる王国軍。雇われの傭兵部隊に近衛(ユニコーン)隊の者達、黒衣の者。そして、三人の魔術師が今宵、レイゼンレイドに集う。

 シェリーと別れた直後、昶とレナは飛竜の繋留されている建物──竜舎──に向かっていた。

 アルトリスの破壊したのは、来客用の大人しく、ゆったり飛ぶタイプの飛竜がいた所であり、二人が現在向かっているのは竜騎士達の駆る足の速い、戦闘用の飛竜が留めてある所である。

「シェリーのやつ、本当に大丈夫なのか……?」

 最終的に自分で決めたとはいえ、昶の目から見てもアルトリスは完全に格が上の相手だ。

 とてもじゃないが、シェリー一人でどうにかなるようには思えない。

「大丈夫……って、思うしかないわね。どう考えても、アルトリスさんの方が絶対に強いもの」

「だよなぁ」

 お姫様抱っこされているレナは、昶の肩に顔をうずめた。

 本当は、不安で胸が張り裂けそうだ。

 本音を言えば、あの場所に残って一緒に戦いたかった。

 とても自分が役に立つとは思えないが、昶なら…………。

 しかし、そういうわけにもいかない。

 王都であるレイゼンレイドには、アルトリスよりももっと危険な連中が向かっているかもしれないのだ。

 それこそ、たった数人で王都を陥落させられるような、桁外れのマグス達が。

 その内の一人は、レナも知る人物である。

 コードネームは“ツーマ”。

 黒い雷を操る闇精霊(レムレス)の使い手だ。

 その力は、レナが知る中では文句なしに最強に値する。

 例え近衛(ユニコーン)隊であろうと、よほどの猛者でなければ渡り合えないようなマグスである。

 そして、もう一人。

「ねぇ、アキラ」

「ん?」

「アルトリスさんの言ってた、エザリアってどんなマグスなの?」

 その名を口にしただけで昶の表情が引きつったのを、レナは見逃さなかった。

 それほどまでに、“ツーマ”よりも危険な存在なのだろうか。

「わからねぇ。でも、危険度で言やあ、“ツーマ”なんか目じゃねぇかもな。とにかく、見た瞬間に寒気がした」

 昶は創立祭のことを思い出して、全身をぶるりと震わせた。

 あれは初めての経験だった。

 向こうも力を抑えているので、漏れ出ている魔力もそう多くない。

 量だけで言えば、レナやシェリーの垂れ流している魔力の方が多いくらいだ。

 人を射殺せそうな視線で見つめてきたわけでもなければ、強烈な殺気を放っていたわけでもない。

 ただそこにいて、妖艶な笑みを浮かべていただけ。

 にも関わらず、昶が感じたのは得体の知れない恐怖であった。

 どこにも恐れる要因はないはずなのに、これまで経験した中では最大級の恐怖が、昶の中に広がったのである。

「ほんとに、大丈夫なのかな。王都で、そいつらと戦うことになるかもしれないんでしょ?」

「十中八九、そうなるだろうな。あれ、本気の目だと俺も思う。少なくとも、ネーナさんクラスのマグスじぇなけりゃ、どうこうなるような相手じゃねぇ」

「そのことで、この前ちょっと調べてみたんだけど……、すごかったわよ。ネーナ=デバイン=ラ=ナームルス。歴代最年少で近衛(ユニコーン)隊へ配属され、王女殿下の専属護衛官に任命。異例の大出世を果たした麒麟児って言われてるみたい。国内でも、十指に入る実力者らしいわよ」

 レナの口から語られたネーナの経歴は、この国についてろくに知らない昶でもわかるほど、驚くべきものだ。

 数千人、あるいは数万人もいるマグスの中で、上から十番以内。

 それも近隣に比べて魔法文化の発達しているレイゼルピナで。

 間違いなく、若手マグスの中では国内最強と言っていいだろう。

「じゃあ、最低でも十人はネーナさんクラスのマグスがいるのか」

「一応、そういうことになるわね」

 ──それならなんとかなるか? いやでも、エザリアの力は未知数だし……。

 昶があぁだこうだと考えを巡らせている内に、目的の場所へと着いた。

 竜舎の中からは、既に猛々しい飛竜の鳴き声が聞こえてくる。

 今も戦線から帰ってくる者と出撃する者とが、激しく入り乱れている。

「行くわよ」

「あぁ」

 まるで不安を押しのけるかのように、昶は両足に力を込めた。




 竜舎の中は、まさに怒号の嵐とでも言うべき状況だった。

 軽装で身を固めた兵士達が駆け回り、隊長と各小隊長達は前線から帰って来た者の情報を元に防衛線や作戦について話し合っている。

 するとそこへ、上からの指示を聞いてきた兵士が駆け込んできた。

「司令部より通達! グレシャス邸の使用人並びに周辺住民の非難が完了次第、前線をグレシャス邸後方まで下げるとのことです! 避難完了の報告は連絡をよこすので、それまでは第三竜隊だけでなんとしても保たせろと」

「うちは対飛竜格闘戦部隊だぞ? 艦艇を落とすには火力が足りない。爆撃専門の第四竜隊か、せめて第二竜隊の軽対艦攻撃小隊くらいよこせないのか」

「その件を伺った所、無理だと」

 報告を受けた隊長は舌打ちしながらも、すでに頭の中で戦略を練り始めていた。

 こういう時のために、日頃から訓練を積んでいるのだ。

 その成果を今発揮できなければ、自分達の存在意義はない。

 レナと昶が建物に到着したのは、隊長がちょうど各隊へと指示を出そうとした時だった。

「レナ様ではございませんか!? 何故このような所に。奥方やお嬢様方とご一緒に、避難なされたのではなかったのですか?」

「避難したのは、ロベリアーヌさんとシャルルだけ。シェリーは……、アルトリスさんと戦ってる」

 その言葉に、隊長は首を傾げた。

「クレイモアの御子息と? いったい何故?」

「……アルトリスさん、今回の反乱のメンバーらしくて。単独で司令部を壊滅させに来たのよ。いくら蒼銀鎧のマグスがいても、上位階層(ヒューネラ)の精霊までいちゃどうにもならないわ。だから、同じ上位階層(ヒューネラ)の精霊をサーヴァントにしてる、シェリーが残ったの」

 隊長の質問に、レナは努めて冷静を装って答えていく。

 ここで不安そうに答えれば、心配した竜騎士達はシェリーの助けに向かいかねない。

 それほどまでに、竜騎士達はシェリーのことを可愛がっているのだ。

 しかし、レナは隠し事が苦手だ。

 シェリーほどではないにしろ、内心がすぐ外に出てしまう。

 話す声は次第に小さくなっていき、最後には嗚咽まで少し混ざる。

 状況が絶望的であるのは、誰の目から見ても明らかだった。

「何人か、お嬢様の援護に向かえ! 早く準備を…」

「やめといった方がいいですよ」

 隊長が部下に命令を下そうとした所で、昶がそれを引き止めた。

 幼い頃から見知ったレナならまだしも、どこの誰ともわからない少年に口を出され、男の眉間に深い縦ジワが刻まれる。

「黙れ。子供はさっさと逃げろ。これは大人の事情だ」

 レナ達に背を向け、前線への加勢とシェリーの援護の具体的な指示を出そうとする隊長であったが、その肩を桁外れの怪力でつかまれ強引に振り返させられた。

無駄(●●)だからやめた方がいいって、そう言ってるんです」

 昶の発した迫力に、第三竜隊全隊を預かる隊長はたじろいだ。

 同時に、なぜこんな年端もいかぬ子供に、自分は恐怖を感じているのだろうと、そんな疑問が浮かび上がる。

俺達(●●)肉体強化系のマグス、特にシェリーくらいの強度があれば、最大瞬間速度は飛竜の速度なんかめじゃない。それが連続的に続くのが、肉体強化したマグス同士の戦いだ」

 その疑問は、続く昶の言葉の中ではっきりした。

 この少年もまた、自分達の愛するお嬢様(シェリー)と同じ、肉体強化の使えるマグスなのだ。

 自分の半分少々しかない細腕から発せられる埒外な膂力(りょりょく)も、肉体強化によるものに相違ない。

「それを狙い撃てる自信が、あんた達にはあるんですか? しかも、飛竜よりもずっと小さい的に」

 そういえば、お嬢様達をお連れした一番竜隊の連中がなにか言っていたな、と男は思い出した。

 幼馴染みであるレナとは別にもう一人、奇妙な服装の黒髪黒目の少年が一緒に来ていたという話である。

 今目の前にいる少年はまさに、その特徴と完全に合致する人物だった。

「しかも、上位階層(ヒューネラ)火精霊(サラマンドラ)までいるんですよ。行けばむしろ、こっちの竜騎士が撃ち落とされるだけだと思いますけど」

 昶の言い分は、全て正しかった。

 対地攻撃になるとはいえ、標的は飛竜よりも素早く動く上に、ずっとずっと小さい。

 大人数を攻撃するならまだしも、近接戦闘を仕掛けるシェリーを避け、一個人に狙いを定めるなど、到底不可能だ。

「だったら、君はどうなんだ?」

 だが、相手はあのアルトリスだ。

 シェリー一人では、いくらなんでも荷が重すぎる。

「先ほど、自分で言っていたではないか。『俺達肉体強化系のマグス』と。同じ肉体強化が使えるなら、どうかお嬢様にご助力願いたい」

 隊長の願い──この場にいる竜騎士達の全ての願いは、レナと昶にもよくわかる。

 本当なら自分達も、あの場に残って戦いたかった。

「すいませんが、それは無理です」

 その思いをそっと胸の内に隠し、二人はここまで来たのだ。

 こみ上げてくるものを押し殺しながら、昶は隊長の願いを断った。

「あたし達は、これから王都に向かいます」

 レナがその言葉を口にした瞬間、竜騎士達は呆然となる。

 それはそうだろう。

 彼等はまだ、この戦闘が国内のあちこちで起きていることを知らないのだから。

「アルトリスさん、言ってました。数時間後、自分よりもずっと危険なマグスが、王都を襲撃するそうです。あたしとアキラは、それまでになんとか王都まで行かなくちゃならないんです。だからお願いします。飛竜を一体、あたし達に貸してください。王都までは、自分達で向かいますから」

「…………つまり、アルトリス様の、敵の言葉を信用するということですか」

 アルトリスはグレシャス家と縁のある、クレイモア家の人間だ。

 その人となりをある程度知っているがために未だ信じられないが、隊長はアルトリスを敵と仮定した上で話を進める。

 レナの言葉通りなら、王都襲撃の情報は敵であるアルトリス自身の口から語られた事になる。

 敵から簡単に得られた情報の信用度など、無いに等しい。

 それを聡明なレナがなぜ信じたのか、隊長はその疑問をレナに問いかけた。

「あたしは、別にアルトリスさんを信じたわけじゃない」

 だが、レナは隊長の思惑に反して全く違う答えを返した。

「アルトリスさんの言葉が本当だって言った、シェリーの言葉を信じたんです」

 隊長は苦い顔をしたまま、固まってしまう。

 きっと、判断に迷っているのだろう。

 自分達の愛するお嬢様の言葉を信じるのか、それは違うと(さと)すのか。

 ただ、一つだけ確実なことがある。

 自分達では役に立たない。

 無力感だけが、竜騎士達の間で広がっていった。

 それでも、隊長の判断は早かった。

「…………おい、新入り」

「は、はい!」

 上からの命令を預かってきた竜騎士が、姿勢を正して大きく返事する。

「レナ様とそこの少年を、王都までお連れしろ。戦力にならん貴様なら、居なくなった所で問題ない」

 隊長も、シェリーの言葉を信じることにしたのだ。

 こういう時のシェリーの勘は、恐ろしいほどよく当たるのである。

 そのような経験があったから、隊長はシェリーの勘を信じることにした。

 それに、王都でなにも起きない可能性だってある。

 結果としてより過酷な死地に送り込むことになるやもしれないが、ここから避難するという意味も込めて、隊長はそのような判断を下した。

「待ってください。あたし達は、飛竜さえ貸していただければ…」

「東の端にあるグレシャス領から王都まで、どれだけの時間がかかると思っておられるのですか? 向こうに着いてから戦うおつもりなら、騎手はあなた方二人以外に任せるべきです」

 今度ばかりは、隊長の方が正論だった。

 竜籠を使ったので遅かったのもあるが、学院からグレシャス領までもけっこうな時間がかかった。

 王都までの方が多少近くはあるが、時間的に間に合うかどうかは最高速で飛ばしてもギリギリという所だろう。

 そんな長時間に渡る操縦を、訓練を受けたこともないレナにできるわけがない。

「わかりました。ご厚意に感謝します」

「新入り、超特急で送ってやれ」

 感謝の言葉を連ねるレナをよそに、隊長は新入りへと命令を下した。

「り、了解しました!」

「ではお二方、ご武運を」

 こっちですと、レナと昶は隊長に命令を受けた竜騎士のあとに付いて、竜のいる場所まで階段を駆け上がっていく。

 その後ろ姿を見送る隊長の下に、一人の小隊長が歩み寄った。

「いいのですか? 第四の支援も第二の軽爆小隊の支援も受けられないこの状況では、火力は少しでも多い方が望ましいでしょう」

 新人は気付かなかったようだが、マグスでも出てこない限り戦闘の鍵を握るのは物量である。

 飛竜一体とはいえ、普通の歩兵と比べればその戦力は比較にならないほど大きい。

「あいつ、うちの小隊のメンバーだからな。ろくな訓練も受けちゃおらんのに、戦闘に出して目の前で死なれちゃあ、寝覚めも悪いだろ」

「まったく。隊長ったら、顔がイカツイ割に性格は甘いんですから」

「黙れ。聞け野郎共! 我らの可愛いお嬢が、先行して来たやつとドンパチしていらっしゃるそうだ! お嬢にカッコ悪いとこ見せたくなきゃ、死ぬ気で敵をぶっ潰しに行くぞ!」

 ──おぉっ!!

「戦艦が祝砲撃ちながら出迎えてくれるらしいぞ!」

 ──望む所だぁああああ!!

「いい心がけだ。そんじゃ、第三竜隊、全隊出撃!」

 ──おぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!!!

 竜騎士達は野太い雄叫びを上げながら、侵攻中の敵艦めがけて飛び出した。




 レナと昶が飛竜に乗って建物から飛び出してしばらくして、前線に向けて多数の飛竜が飛んでいった。

 その他の第三竜隊の建物からも飛竜は現れ、最終的には空を覆い尽くさんばかりの飛竜が夜の闇へと消えていく。

 第三竜隊以外は非戦闘員の避難に駆り出されているのを考えると、未だ相当数の使用人達や領民が残されていると考えるべきだろう。

 全員無事だといいのだが。

「お二方、早く先ほどお渡しした防寒具を着てください。加速します」

「わかりました。アキラ、早く」

「おぉ」

 まるでダウンジャケットのように柔らかい毛がこれでもかと詰め込まれた防寒具は、竜籠の倍近い速度で飛んでいるにも関わらず、中はぽかぽかという優れものだ。

 頭をすっぽりと覆うフードまでついており耳や頬まで温かく、しかも見た目以上に軽いし動きを阻害する感じもない。

「あの、自分はイグニスと申します。イグニス=ドラベルグ。第九月より、グレシャス領竜騎士隊、第三竜隊の所属となりました」

 イグニスは戦場に向かうのとは別種の緊張感から、声を裏返す。

 二人の位置からは背中しか見えないが、それでも全身が強ばっているのがわかる。

「レナ=ル=アギニ=ド=アナヒレクスよ」

「昶でいい」

 レナと昶は、手短に自己紹介を終える。

 アナヒレクスの名を聞いた瞬間、イグニスの身体が飛び上がったのは見間違いではなかろう。

 国内でも一、二を争う名家の令嬢を運んでいるのだから、驚くなという方が無理な話だ。

 自分とは一生縁のないようなお人が、まさか自分の操る飛竜に乗っているなんて、夢にも思っていなかっただろうから。

 イグニスは呼吸を落ち着かせると、二人の方を振り返った。

「レナ様と、アキラ様ですね。防寒具は着けられましたでしょうか?」

「大丈夫よ」

「こっちも着た」

「では、飛ばします」

 ぐいんと、上体が勢いよく後方へと引っ張られるような感覚が訪れた。

 昶はしっかりと(くら)にくくりつけられた固定具を握り、レナは昶の腰へぴたりと抱きつく。

 鞍はイグニスが複数人座れるものを着けてくれたので、思っていた以上に乗りやすい。

 基本的に馬に使われているものとほぼ同じ形状をしているが、落下防止用の頑丈なベルトが備え付けられている。

 普段なら二人とも恥ずかしさで顔から火の出そうなシチュエーションであるが、今はそんなことを言ってられる余裕はない。

 一歩間違えればそのまま地上まで落ちかねない、危険な場所にいるのだから。

 それに数時間後、シェリーと同じく二人は命のやりとりをするかもしれないという緊張も、二人から根こそぎ余裕を奪い去っていた。

「シェリーは、まだ平気そうね。魔力の気配も、一応あるし」

「あぁ。でもなんか、火精霊(サラマンドラ)の数が増えてたのが気になるな」

「増えてたって、さすがにそれじゃ勝てないじゃない!?」

「いや、でも後から増えた二つの反応は、すぐに消えちまったし。たぶん、大丈夫だと思う」

 同時にセインの力が格段に上がったのも気になったが、こちらは黙っておいた方がいいだろう。

 自分でもよくわからないのだから、レナを混乱させかねない。

 どんどんと遠くなってゆく魔力の気配と、爆撃の炎。

 今もシェリーは懸命に、格上のアルトリスと戦っているのだろう。

 だがやはり、心配はぬぐい切れない。

『なあ、レナ』

『どうしたのよ?』

『シェリーのやつ、本当に大丈夫なんだろうな。実力差は、当の本人が一番わかってんだろ』

 魔力供給のラインを用いた念話で、昶はレナを問いただした。

 シェリーに口止めされているものの、やはり昶に話しておくべきだろう。

 数瞬の迷いはあったものの、レナは話すことを選んだ。

 そのことを気にして昶の集中力が落ちてしまっては、ただでさえ少ない勝機がもっと少なくなってしまう。

『シェリーからは、アキラに言わないように言われてるんだけど』

『じゃあ、聞かなかったことにする』

 昶の心遣いが嬉しくて、レナは優しく微笑む。

 もちろん、昶からは見えないが。

(マスター)とサーヴァントの間でのみ可能な、反則的に強力な術があって。それができるようになったから、シェリーは一人であの場所に残ったの』

『で、その術ってのは?』

双輪乱舞ツヴァインシンフォニア(マスター)とサーヴァントが、互いの技術や権能を自在に行使できるようになる。しかも、知識や経験の共有も可能になるから、相手の力をほぼ完璧に使いこなすこともできる。シェリーとセインの場合なら、シェリーが精霊の権能を使ったり、セインが剣技を使えるようになったり』

『なるほど……。そりゃすげぇや』

 相手の力を使えるだけでも驚異的なのに、それに加えて知識や経験まで共有となれば、確かに反則的と言わざるを得ない。

 例えば昶とレナの間で可能ならば、レナが昶と同じ肉体強化と剣技を扱うことができる、ということになるのだ。

 そう考えれば、この術がどれだけ驚異的なものかよくわかる。

 そこまで考えて、昶はあることを思いついた。

『それって、俺達の間でもできないのか?』

『え?』

 仮にこの術が可能なら、戦力が圧倒的に増強できる。

 元の世界でなら平凡でも、レイゼルピナでの昶の力は、ほぼ最強といって間違いない。

 それと全く同じ力を、レナも使えるとしたらどうだろう。

 いや、魔力の制御力だけでもいい。

 レナは元々の力が大きいのだから、任意に術が使えるようになるだけで飛躍的に戦力が向上する。

 だが、

『無理よ。術の構築が物凄く難しいから、国内でも使える人はそうそういないのよ?』

 レナは即座に、昶の提案を否定した。

 詳しくは聞いていないのでわからないが、シェリーはかなり前から練習を積んでいて、ようやく今日できるようになったのだ。

 全く練習のしていない、しかもろくに魔力の制御ができない自分にできるはずがない。

『じゃあ、方法だけでも教えてくれ。俺の知識と合わせれば、なんとかなるかもしれない』

 だが、それで諦めるような昶ではなかった。

 時間はまだたっぷりと残っているのだ。

 考える時間も、練習する時間だってある。

 レナはシェリーから聞いたことや関連書籍の記憶を思い起こし、強く念じた。

『確か、魔力の供給路の内側に、意志疎通のための管を作る感じ、だったと思う。でも、強度がないとそこから魔力が逆流して、割れるように頭が痛むって』

『…………それだけ?』

 昶にとって、違う意味で驚きの方法だった。

 たったそれだけのことで、レナの言うような反則的な術が使えるようになるのだろうか。

 むしろそのことに、昶は不信感を抱く。

『それだけだったはず。でも、魔力の供給路とか、その内側に意志疎通の管を作るとか、全然具体的じゃないんだもん。なんなのよ、魔力の供給路って』

『だって、さ。わかるだろ、魔力の供給路』

 昶は体内で霊力を練り上げると、飛竜が驚かないようにわずかばかり放出する。

 これわかるだろ、と昶はレナに念じた。

 その瞬間、はっとなったレナは周囲の気配へと意識を傾けた。

 まだまだ高い集中力を必要とするが、はっきりと昶の力を感じ取れた。

『たぶん、その術の習得が難しいの、レイゼルピナのマグスが魔力を感じ取れないからじゃないのか? 俺にはよくわかるぞ。魔力の供給路とやらが』

 なるほど、とレナは思った。

 もしかしたら、シェリーが双輪乱舞ツヴァインシンフォニアの習得に成功したのも、普段から魔力を感じ取る練習をしていたからかもしれない。

 そうでなければ、習得難易度が極めて高いこの術を、まだ学生であるシェリーが習得できるとも思えない。

『でも、術式を組むって、どうすればいいのよ。魔力を感じるまではできても、あたしにはその先はかなり難しいわよ』

 だが残念ながら、レナにはそれを実行するだけの制御力がない。

 今現在、その制御力を訓練している最中なのだ。

 せめて昶の半分、いや、シェリーに準じるほどの制御力があれば別であるが。

 しかし、それに関しても昶は答えを用意していた。

『それもだけどさ、俺がやっちゃダメなのか……?』

『……………………あ』

 間の抜けたレナの念が聞こえたと思ったら、

「それよ!?」

 突然頭の後ろで叫ばれて、昶は思わず両手で耳をふさぎそうになった。

 飛竜を操縦しているイグニスも、今まで静かだったレナが突然叫んだのに驚いて振り向いている。

 若干お尻を持ち上げるような感覚があったのも考えると、飛竜も少しばかり驚いたのだろう。

 それでも暴れずに済んでいるのは、ひとえにイグニスの技量に他ならない。

「……あの、どうかなさりましたか?」

「な、なんでもないです」

 叩きつけられる風の中でも、イグニスの声はよく通る。

 レナは口に加えて身振り手振りでなんともないことを伝え、昶との念話を再開した。

『あんたが術を構築すれば、もしかしたら……』

『いけるかも?』

『えぇ』

 なるほど、よく考えてみれば当たり前のことだ。

 双輪乱舞ツヴァインシンフォニアの習得が難しい理由は、魔力の供給路に別の道を通す。ただその一点にある。

 魔力を感じ取ることもできないのに魔力の供給路へ道を通すなど、もちろん生半可な努力でできることではない。

 しかし、魔力が知覚できるのならば、話は別だ。

 両者の間に流れる魔力に沿って、道を通せばいいだけなのだから。

 それに加えて、

『普通ならもちろん、できることじゃないわ。人間のサーヴァントだから、こんなことができるの』

 この場合、昶が高い制御力を持っている点も大きい。

 普通サーヴァントとなる獣魔の類は、魔力の蓄積量──最大魔力容量──こそ大きいが、生成量と制御力に関しては(マスター)の方が圧倒的に上である。

 なので、普通の(マスター)とサーヴァントの間では、(マスター)が必ず術を構築する必要があるのだ。

『ちょっとやってみる』

『えぇ』

 王都に着くまでの数時間、昶は初めてレイゼルピナの魔法習得を開始した。




 メレティス王国首都──メルカディナスの南西には、巨大な湖がある。

 大きさだけ言えば、もう少しで水平線が見えてしまうほどの大きさだ。

 それはつい昨年、同盟国であるレイゼルピナの助けを借りてようやく完成した、巨大な人工湖である。

 そんな人工湖のすぐ近くに、大量の荷物を積んだ蒸気機関車が到着した。

 来年には更に沿岸にも線路が増設され、最新型の蒸気機関車が走ることとなるだろう。

 国内の某商家が次世代の機関車開発に躍起になっているが、さすがにそれまでには完成すまい。

 機関車から次々と下ろされるのは、武器に防具、火気と弾薬、数種類の精霊素の結晶の類だ。

 それらは更に湖にかけられたら桟橋の上を渡り、悠々と鎮座する船舶群へと積み込まれる。

 そう、メレティスがレイゼルピナと共同で作り上げたのは、巨大な軍港であったのだ。

 沿岸に位置するレイゼルピナと違い、内陸に位置するメレティスには、これまで港がなかったのである。

 他国が船舶にて行っている物資の輸送は世界屈指の鉄道網で対応できているが、やはり地形の制約が少ない空路を使用できる上に膨大な積載能力を有する軍艦の運用環境を整えるのは、長らくメレティスの最重要課題であったのだ。

 その課題が解消されたのがつい昨年。演習もこなしてはきているものの、軍艦を用いた初の実戦とあって、メレティスの兵士達の間には並々ならぬ緊張が漂っていた。

 隣国の──それも同盟国からの緊急要請である。

 緊張するなというほうが、土台無理な話だろう。

 物資を積み終えた戦艦はマグス達の力によって浮上し、精霊素の力によって民間船とは比較にならない加速でぐんぐん速度を上げていく。

 精霊素を燃料とする蒸気機関によって駆動するプロペラは、まさしくメレティスの生み出した科学技術の象徴ある。

 これより一世代前のものが現在のレイゼルピナの軍艦で正式採用されているが、メレティスの最新機種はその一.三倍の速度での巡航が可能なのだ。

 総勢十数隻から成る艦隊は、一路レイゼルピナに向けて全力航行を開始する。

 そのうちの旗艦を努めるタラニス級重巡洋艦──ダーウィル──の艦橋で、一人の白髪の目立つ男が腕組みし、感慨にふけっていた。

 男は齢六〇を数える文字通りの老人だが、ひ弱さを感じさせない屈強な雰囲気をまとっている。

 それもそのはず。彼こそが、今回の出撃で総指揮を勤める司令官なのだから。

「国内に港ができてから一年足らずで、まさか艦隊を動かす日が来ようとはな」

「まったくです。このようなこと、実際にはないほうがいいのですが。この光景を見ると、いつ見ても圧倒されます」

 老人の隣には、副官と思われる若い青年が並ぶ。

 背筋をピンと伸ばし、少々以上に硬い感があるのは、初めての実戦に対する緊張からであろう。

 老人は青年の方は振り返らず、ただ前方に広がる艦隊を見つめたまま、静かに口を開いた。

「いくら最新鋭の船とはいえ、敵を侮るなよ。不確定情報ではあるが、異法なる旅団(テリビリアス)の存在も報告されている。やつらの船は異質だが、こちらよりも性能は上だ」

「はい、心得ております。それより、本当によかったのでしょうか? 上のほうから、女性のマグスを一人派遣すると言われておりますが」

「自力で向かわせるとの通達もあっただろ。気にすることはない。王立系の出身者なら、空でも飛んで来るだろうしな」

 老人は通達された指令のことを思い出しながら、冷静に分析する。

 空を飛ぶ軍艦に自力で向かわせるというのだから、そりゃ空と飛んでくるしかないだろう。

 ただ問題なのは、メレティスの艦に追いつけるだけの速度を持っているかという点だ。

 プロペラの実装された艦というのもあって、メレティスの軍艦は足が速い。

 それに追いつく速度ともなれば、国内でもトップクラスに近い速度で飛べるマグスということになるが、そうなると今度は火力の方が心配である。

 マグスが一般兵や現行兵器と比べて強力なのは、大砲並みの火力を持ちながら身軽に動ける点にある。

 しかし足の速いマグスは、その技術の大半を飛行術に特化してしまっているために、火力という点については難があるのだ。

 今回の場合は多少出発が遅れたとしても、火力の高いマグスの方が重要である。

 いったいどのような人物がくるのか。

 老人はその時を、今か今かと待ち構えているのだ。

「すいません。準備に手間取ってしまいまして、遅くなりました」

 不意に聞こえた声に、老人も青年も周囲を見回す。

 軍艦には不似合いな、物静かだが幼さの残る少女の声である。

 しかし、二人のいる場所は高速航行中の軍艦の甲板だ。

 そう簡単に、声が届くような場所ではない。

「メレティス国王の命により、参上いたしました」

 二人の上方から、小さな人影がゆっくりと降下してきた。

 黒を基調とし、全身にフリルとレースをあしらった服装は、間違っても戦闘向きとはいえない。

 むしろ、邪魔としかいえないような代物である。

 耳には逆卍字のイヤリング、胸には細工の凝ったロケット、さらには意匠を凝らした眼帯と、どれも装飾性を意識したものだ。

 もしかしたら、どれかが発動体なのかもしれないが、二人とも本能的にどれもがただの装飾品だと思った。

 だとしたら、この少女の正体とはいったい……。

「ネームレスの、ソフィア=マーガロイドと申します」

 銀の髪と薄いアイスブルーの瞳をした片眼の少女は、自らをそう名乗った。

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