第十三話 シェリーの決意 Act08.5:這い寄る狂気
メレティス王国の国王の居室に、初老の男が一人駆け込んできた。
完全に色素の抜けた頭髪に、真っ赤な顔がよく目立つ。
「こんな夜中にどうしたんだ、騒々しい」
メレティスの国王は、初老の男と比べて随分と若い。
せいぜい、四〇代後半といった所だろうか。
藍色の髪をかき上げながら、億劫そうに振り返る。
だが、その表情も男の報告で一変した。
「レイゼルピナと回線を繋いでいる電気通信機が!!」
「緊急回線じゃないか!? いったいなにが……」
「暴動、いえ反乱です。国内の兵士以外にも外部の傭兵部隊を大量に雇っているらしく、一部では苦戦を強いられている模様。我が国の諜報員の情報によれば、例の“黒衣の集団”や“異法なる旅団”の姿も確認されているそうです」
その二つの名前を聞いた瞬間、国王の顔がより険しいものに変わる。
「連中には、大戦時代随分と世話になったらしいからな。それに、レイゼルピナにも色々と借りがある。すぐに援軍の準備をさせろ」
初老の男も思うところがあるのか、国王の命令に表情を引き締めた。
先ほどまで慌てていた人物とは思えないほど、見事な敬礼をビシッと決める。
「ははぁ!」
「それから、あの女も呼べ。こんな時のために、要求を聞いてやってるんだ」
「了解しました。すぐに人をやります」
「準備が完了次第、艦隊を出撃させろ。あの女には、後から飛んで行かせる」
「では、そのように」
初老の男は国王と手短に情報のやり取りを終えると、素早く部屋を立ち去った。
国王は使用人を呼ぶと、部屋着から公務用の服に着替え軍部に向かった。
グレシャス領を始めとした戦闘が行われている場所と違って、王都はまだ平穏の中にあった。
だが、巡回する魔法兵達の間には、物々しい雰囲気が広がっている。
そんな兵士達の隣を、三つの人影が通り過ぎた。
一人は、レモン色に近い金髪をシュシュでポニーテールにまとめ、知性と狂気を孕んだ瑠璃色の瞳がギラギラと輝く女性。
左眼はなぜか、黒の眼帯に覆われていた。
真冬だというのに、ピンクのキャミソールと超ミニ丈のデニムスカートに、ゴールドのミュールという真夏まっ盛りの格好をしている。
工具やらなにやらが詰まった黒のジャケットだけはそのままで、無視するには少々大きすぎる音をカチャカチャと立てていた。
更にその女性の後ろに、全身を漆黒のローブに包まれた二人が続く。
そんないかにも怪しい、異様ともいえる三人がすぐ隣を通ったにも関わらず、魔法兵達が気付いた様子はない。
それもそのはず。
彼女らの姿は、魔法兵達の目に映っていないのだから。
「はぁぁ。暇やなぁ。大陸一の魔法技術やぁ、言うてるけど。教皇庁の防御と比べたら紙もええとこやで」
先頭を歩く女が、だるそうに愚痴をこぼす。
物々しい雰囲気も、彼女には一切関係ない。
なぜなら、彼女が何気なく垂れ流す雰囲気の方が、最低でも数十倍は物騒なのだから。
「自動迎撃術式くらい配備しとかんと、どうにもならんっちゅうねん」
「うるさィなァ。少しは黙ッたらどうなんだい? エザリア」
漆黒のローブをかぶる一人が、女――エザリアに注意を促す。
もっとも、それは周りを警戒してではない。
本気でエザリアが騒がしいと思っただけである。
「自分、確か“ツーマ”やったっけ? 愚痴言うくらい、別にかまへんがな。どーせ、うちらの姿も見えんし、声も聞こえんのやさかい」
だが、エザリアは全く聞き入れる様子がない。
それどころか、姿も見えなければ声も聞こえないのもいいことに、魔法兵にイタズラまで始める始末。
兜をずらしたり、足を引っかけたり、耳元で甘くささやいたり、やりたい放題である。
そんなエザリアの態度に、漆黒のローブをは羽織ったもう一人が口を開いた。
「うっせぇっつってんだよ、このクソババア。愚痴なんか聞かせてる暇あんなら、とっとと城攻めやろうぜ。オレに血を見せろ」
が、口をついて出たのは、エザリアを罵倒する言葉だ。
もっとも、エザリアに堪えた様子はなく、のんきにあくびなんてかましている。
だるそうに後ろを振り向いたエザリアは、はぁぁ、と深いため息をついた。
「うっさいのはそっちの方や、“アンラ”。王都の魔法兵がもうちっと減ってからやゆうて、あのクソ議長も言うとったやないか。うちかて、手応えのないやつの相手なんか、しとうないわ」
残りの一人――アンラ――をジロリと見ながら、エザリアは一応トラップ系の魔法がないか周囲を警戒する。
他の都市と比べて質の高い魔法兵はいるものの、エザリアにとってはただの雑兵に過ぎない。
また、“ツーマ”と“アンラ”にとっても。
なので、実際にはいくら数が多かろうと問題ないのだが、まあそこは先方の要望にお答えするとしよう。
殺す数が少なければ、後々戦力として使えるだろうし。
そのための魔具も、しっかりと仕込んできた。
エザリアは左目の眼帯に触れながら、ふっと不吉な笑みを浮かべる。
「ったく、女って生き物はなにかんがえてんのか。オレにゃあ、さっぱりだぜ」
“アンラ”はその様に、やれやれと肩をすくめる。
エザリアと話しててもイライラするだけだと、“アンラ”は“ツーマ”に話しかけた。
「それにしても、久しぶりだなぁ。“ツーマ”。元気してたか?」
「……別に」
“アンラ”の言葉に、“ツーマ”は不機嫌そうに返す。
昶と戦っている時の方が、随分と楽しそうである。
「聞いたぜ? 最近負け続きらしいな。とても、小さいとはいえ国潰しやらかした“ツーマ”さんとは思えない失態だじゃねぇか。ソイツ、そんなに強いのかよ?」
「うるさいなァ。“アンラ”には関係ないダろ。まあ、キミでもアキラには勝てないだろうケド」
「あぁん?」
それを聞いた途端、“アンラ”の態度が豹変した。
軽薄なチャラそうな雰囲気が、突如としてどす黒いものに変わる。
まるで空間まで侵して、邪気が染み出しているようだ。
「調子に乗ってんじゃねぇぞ、“ツーマ”。不滅の神聖最強はオレだ。オレより弱いヤツが、オレに意見してんじゃねぇんだよ!」
バチッと、火の気がない所でオレンジの火花がはじける。
「それッて、タダ威力の高い魔法ガ使えるダけでしョ? 当たらなかッたら、どんなに威力ガ高くテモ意味ないヨ」
パチパチッと、こちらも火の気がない所で火花がはじけた。
だが、こちらはオレンジではなく青白い、しかも強烈な光を放っている。
「自分らなぁ、隠蔽には風精霊の力を使っとるんや。やのにそれをかき乱す火精霊つこうたり、うちの使っとる風精霊をぶん取るような真似せんといてくれへんか? やないと……」
火花を散らしていた火精霊も、雷光を放っていた風精霊も、いきなり二人の制御を離れた。
「潰すでぇ、自分ら」
“アンラ”のどす黒い気配を何十倍にも濃縮したような、普通の人なら横を通っただけで失神してしまいそうな気配が、エザリアの全身から放たれる。
“アンラ”もそして“ツーマ”も、口をつぐんでエザリアに従った。
マグスとしての本能が、狂ったように警鐘を打ち鳴らすのだ。
この女にだけは、逆らってはならないと。
「それに、あのガキは今回はうちの獲物や。手ぇ出したら、許さへんからな」
どす黒い気配と入れ替わるようにして、妖艶な笑みを作る絶世の美女。
二人の従者を引き連れて、片眼の狂い姫は国王の居城を目指す。
初めての人、初めまして。お久しぶりの方、いつものことながら大変お待たせしました。こんかいも特盛でお送りしましました、蒼崎れいです。
気づけば、連載開始してから昨日で二周年です。長いもんですねぇ、作中まだ四ヶ月しか経ってないのに。
それはそれとして、今回は連載当初から考えていたネタがやっとい出せました。セインの人工精霊とかパピルス文書とか、最初期からですからね。呈色化した魔力やら双輪乱舞も一年以上前から考えてたネタで、ようやく出せた喜びでいっぱいです。
にしても、久々のインフラ化したバトルはどうだったでしょうか。最近はそんなぶっとんだ戦闘してなかったので少々不安があったのですが。
まあ、レナの過去に触れるのは、もうちっと先の話になりそうです。
そんなことよりも皆さん、なんかレビューが増えてます。これで三つ目です。びっくりです。
読まれなくてもいいから、とにかくネットに投稿してみたいっていう思いから始めたのに。あぁ、ちなみにその原因は、高校時代の友人が、ニコニコ動画にゲームのプレイ動画をアップロードしてるからなんですけどね。自分も、なんかあげてみたいっていう。
PVは100万到達、ポイントも2000ptまでもうひと踏ん張りって状況なのも、拙作を読んでくれている皆様のおかげです。
そんなわけで、近況報告。まだ途中経過ながら、次回更新は多分十月以降となります。八月中更新予定だった『朱音の悪鬼調伏譚』すっとばして、先に第十三話書いちゃいましたからね。あと、そろそろ学祭用の原稿も書かにゃならんので、早くても九月に十四話投稿する可能性はないと思われます。
続きはよ出せやコラー、とお思いの皆さんには誠に申し訳ないです。
さて、そんなわけで近況報告。今朝、初音ミクProject DIVAfがきました。ミク可愛いよミクってなわけで、さっそくプレイしようと思います。あと、弟のアカウントでMinecraftも始めました。なんだろう、謎の楽しさがありますね、アノゲーム。
少女病の夏コミの新譜も入手せにゃならんし、アニメイトの秋の本祭りもあるし、後期が始まってからも色々と大変そうです。
それでは、今回はこのへんで。
次回、十四話でお会いしましょう。