第十三話 シェリーの決意 Act05:裏切られた思い
三人と一柱が地面に降り立つと、そこは完全に火の海と化していた。
建物の中にいたであろう竜の残骸が、あちこちに散らばっている。
折れた牙や、千切れた翼や指、そしておびただしい量の血。
鉄と生臭い独特の臭気が鼻腔へとなだれ込み、強烈な吐き気をもよおす。
「無茶苦茶だな、これ……」
あまりの惨状にレナとシェリーの顔が引きつる中、昶はぽつりと漏らした。
炭化した木材がへし折れ、火の粉が舞い散り、血溜まりに使った炎が異臭と白煙を撒き散らす。
三人と一柱は、完全に火の海の中にアルトリスの姿を探した。
「アキラ、セイン、アルトリスさんかイリアスの気配、わかる?」
自身も不安定ながらアルトリスの魔力を探す中、レナは昶とセインにたずねた。
「こんだけ火の勢いがすごいと、さすがにちょっと……。火精霊の気配が多すぎて、よくわからねぇ」
恐らくは、炎を吐き出す火竜でもいたのだろう。
火竜は火精霊の結晶を体内に蓄えているので、それらが炎となって一層激しく燃え上がっているのだ。
それに加えて過剰な炎の一部は精霊素となって空間を満たしているので、それらが昶の感覚を狂わせているのである。
「少々お待ちを」
だが、狂わされている昶の感覚が、状況の変化を敏感に捉えた。
セインの一言と同時に、辺り一面を埋め尽くしていた火精霊の気配が、一点に集まり始めたのである。
また、その変化は物理的な現象も伴って、レナとシェリーの瞳にもくっきりと映し出された。
あちらこちらで膨大な熱量を吐き出している炎の塊が、まるで蛇のように地面を這って移動し始めたのだ。
「これで、いかがでしょうか?」
教科書や参考書などで知識としては知っていたが、実際に自分の目で見ると凄まじいの一言に尽きる。
辺り一面に溢れていた火精霊も、激しく燃え盛っていた炎も、その大半がセインに吸収されたのだ。
完全に熱量を奪われた木材からは黒いすすが上がり、わずかに残った炎が周囲をうっすらと照らす。
「いた!」
シェリーが歓喜の声を上げた。
わずかに残る炎の中心に、イリアスを連れたアルトリスの姿を見つけたのだ。
今すぐ、アルトリスの所まで行きたい。
無意識の内に、足が前へと出る。
あの爆発の中でも、アルトリスは無事だった。
あまりの嬉しさに、シェリーは砲撃にあっているという事実も忘れて走り出た。
だが、そのシェリーを制する者がいた。
「……レナ?」
シェリーは自分の行く手を遮るように手をかざすレナを、不思議そうに見つめる。
なんでこんなことするの? と、本当に意味がわからなくてレナの顔をのぞきこむ。
「今の爆発、原因は砲撃じゃない」
「え?」
「グレシャス家の建物は全部、こういう時に備えて対魔法・物理障壁の結界が施されてる。さっきグレイシアさんも言ってたから、間違いない」
「だから、それがどうしたのよ?」
「今の、爆発は内側からだった」
レナはシェリーに向けていた目で、キッとアルトリスをにらみつけた。
自分でも信じられないが、そうとしか考えられない。
「アルトリスさんが、やったのかもしれない」
「嘘! アルトリス兄さんが、そんなことするわけないじゃない!」
レナの言葉が信じられなくて、シェリーは声を荒げて強く否定する。
親友に裏切られた。そんな気がしてならない。
しかし、同時にその可能性を検証し始める自分も確かにいた。
レナの言っていることは、筋が通っている。
建物には結界が張られており、外部からの破壊は難しい。
現にこれまでの砲撃も、結界に阻まれて建物を破壊するに至っていない。
「でも、だったら爆弾が仕掛けられてたとか? ほら、時限爆弾みたいな」
シェリーは必死になって、アルトリスのやっていない可能性について思案する。
だが、
「だったら、竜騎士隊の竜がとめてある建物とか、港に留めてある戦艦とか、兵士の待機場所とか、それに要人の私室とか。あと武器庫や火薬庫なんかもそうね。他に仕掛ける場所なんて、山ほどあるはずよ。こんな、移動用の竜を留めてる建物なんて爆破しても意味がないし。少なくとも、あたしならそうする」
レナの考えはそれを用意に論破する。
その通りだ。
わざわざ、こんな所を爆破する意味などない。
では、やはり……。
シェリーはすがるような思いで、アルトリスを見つめる。
顔は完全にフードで隠されており、素顔を見ることができない。
――お願いだから、違うって、そう言って。
――一瞬でもいいから、私の目を見て。
シェリーは自分と目を合わせてくれないアルトリスを、一心に見つめ続ける。
だがその間に、誰か別の人影が割って入った。
「あなた、こわいひとたち」
可愛らしいツーサイドアップの赤い髪が、ぱちぱちと火花を散らす。
「こわいひとは……」
髪と同じ赤い瞳は、一切の穢れがなく、ただただ無邪気な笑みを湛えていた。
「いなくなれ!!」
びゅんっと、空間をえぐるようにして少女の身体が飛び出した。
五指からは火精霊を物質化して作られた、計十本の凶悪な紅爪が伸びる。
普段のシェリーならば、反応できたかもしれない。
しかし、アルトリスを信じたい、疑いたくない。
そんな気持ちでいっぱいだったシェリーは、自分がどのような行動にでればいいのか。
それさえもわからなくなっていた。
左右五本ずつの紅爪が、それぞれレナとシェリーに向かって振り下ろされた。
「主、お気を確かに!」
「いつまでも呆けてんじゃねぇぞ、こら!」
だが、紅爪が二人に襲いかかることはなかった。
直前に二つの人影が、レナとシェリーの前に立ちはだかったのだ。
「しっかりしろ! シェリー=ラ=アーシエ=ド=グレシャス!」
昶は叫びながら、がら空きとなっている少女の腹に、思い切り膝蹴りを打ち込んだ。
身体をくの字に折りながら、少女は大きく後方へと吹き飛ばされる。
しかし、空中でゆっくりと制止した少女は、そのまま後方へくるりと一回転して昶達に向き直った。
「もぉ、いまのすっごくいたかったんだからぁ」
その少女とは、上位階層の人間型火精霊、アルトリスのサーヴァントを務めるイリアスだったのだ。
「アルトリスゥ、あのひとなんかへん! なんかへんなのがいっぱいついてる!」
イリアスは昶を指差したまま、ローブをまとった人物へと話しかける。
ローブをまとった人物は、やれやれといった風に顔をしかめながら、顔をおおっていたフードを取り去った。
それはまぎれもなく、シェリーが思いを寄せる人物、憧れのアルトリスの顔である。
魔力から感じるイメージも、アルトリスと全く同じだ。
「まったく、そんなに簡単に名前をさらしてしまったら、フードをかぶってる意味がないじゃないか」
「だってぇ、あのおとこのひとがぁ……」
「それに、勝手に攻撃しちゃぁ、だめだろ? 今朝あれだけ言っておいたのに」
「ご、ごめんなさぃ」
「いいよ、次から気を付けてくれれば」
「うん、つぎからはきおつける」
アルトリスはイリアスを引き寄せて、くしゃくしゃと頭を撫でる。
撫でながら、険しい顔つきでシェリー達に目をやった。
「ちょっと荷物を取りに来てね。爆発しちゃったのは、そのせいなんだよ」
「荷物って、なにをだよ?」
昶の質問に、アルトリスは手に持っているケースを掲げて見せた。
レナやシェリー、セインは不思議そうに見ているが、昶には見覚えがある。
よく現金輸送やなんかでよく見かける、ジュラルミンケースだ。
だが、それは昶の世界ではの話だ。
冶金技術も発展途上のレイゼルピナでは、アルミ合金を生成できる技術があるかどうかすら怪しい。
「アキラくん、君なら知っていると思うけど。実はこれ。エザリア女史からの贈り物なんだ」
「なっ……!?」
あまりに意外すぎる名前に、昶も面食らった。
創立祭の時、“ツーマ”と一緒にいた、昶と同じく地球から召喚された魔術師の名前である。
その名前が、なぜアルトリスの口から出てきたのだろうか。
そう考えている昶の頭上を通って、一本の火線がアルトリスに向けて放たれた。
むろん、それを視界に収めていたアルトリスとイリアスは、後方に大きく飛んでかわす。
アルトリスはニヤリと嫌な笑みを浮かべながら、火線の出所を目で追いかけた。
「危ないじゃないですか、ロベリアーヌさん」
グレシャス邸の最上階から更に上、飛竜から吊される籠の扉から、ロベリアーヌが鋭い眼光でアルトリスをにらみすえていた。
右手にはすでに火精霊が集められており、いつでも次弾が撃てるようになっている。
「私の娘に、なにをしているの? あなたは」
「僕はなにも。ただ、イリアスが言いつけを守らなかっただけですよ」
まったく悪びれた様子のないアルトリスに、ロベリアーヌは更に眉尻を釣り上げた。
圧縮された火精霊はロベリアーヌの意思に呼応し、火線となってアルトリスに放たれる。
さながら光線のようになって走る火線に地面はたちまち沸騰し、オレンジの軌跡がアルトリスへと迫った。
「まったく、貞淑なあなたらしくもない」
だがやはり、アルトリスとイリアスを捉えることはできない。
片や肉体強化を用いて馬よりも遥かに早く疾駆し、片や飛行力場で舐めるように地上を滑空する。
アルトリスとイリアスはロベリアーヌの攻撃を楽々とかわしながら、それぞれが片手を竜籠に差し向けた。
そして、
「ブレイズブレイド」
「きえちゃえ!」
アルトリスの手からは中位の炎の刃が、イリアスの手からは炎の砲弾が放たれる。
元々安定性を考慮されている竜籠は、機敏な動きができるようにはできていない。
「ファイアサークル!」
ロベリアーヌはとっさに、中位の防御呪文を唱えた。
アルトリス達の攻撃から竜や竜籠を遮るように、巨大な円形の炎がぼっと燃え上がる。
だが、魔力を込める時間があまりにも短すぎた。
強度を優先して炎の盾を形成したものの、炎の刃と砲弾の二つを防ぐ自信はない。
ロベリアーヌも竜騎士達も、次の瞬間にやってくるであろう衝撃に備える。
しかし、その間に二つの人影が飛び込んだ。
「させるかぁああああ!」
「やらせません」
炎の剣が刃を薙ぎ払い、紅蓮の炎が弾丸を焼き尽くす。
たった今まで茫然自失していたシェリーと、そのサーヴァントであるセインが、アルトリスとイリアスの攻撃を打ち払ったのだ。
「行って!」
地面に降り立ったシェリーは、上空を見上げて叫んだ。
よく知る竜騎士隊の面々と、ロベリアーヌの心配そうな顔が映る。
なんとかして、シェリー達を回収しようと考えているのだろう。
だが、そんな余裕も時間もない。
「早く!!」
シェリーはもう一度、力の限り叫んだ。
向こうも、もうどうしようもないことは、わかっているはずだ。
アルトリスとイリアスをどうにかしない限り、シェリー達を回収できる手段などないことを。
数瞬の迷いはあったものの、竜籠はシェリー達を置いたまま避難を開始した。
徐々に速度を増していく竜籠は、あっという間に夜の闇へと消えていく。
シェリーはそれを横目に確かめながら、みんなが無事逃げられたことに安堵する。
それにしても、あんな心配そうな母親の顔なんて、久しぶりに見た。
だからといって、さっさと結婚しろとか、家督をシャルルに譲るとかはさすがにできないが、ちょっとだけ歩み寄ってもいいかな、なんて気持ちがシェリーの中に小さく芽吹いた。
だが、そんな余韻に浸っている暇などない。
炎剣を握る手により力を込め、セインへの魔力供給も開始する。
その一人と一柱の隣に、昶とレナも肩を並べた。
昶はアンサラーを構え、レナも練習の時のことを思い出して、発動体に魔力を込める。
「説明してくれませんか、アルトリス兄さん。なんで今、ママやうちの竜騎士達に手を出したのか」
全身の力が抜けそうになるのを必死でこらえ、シェリーはアルトリスに問いかける。
この目で見た今でも、正直信じられない。
間違いであって欲しいと願っている。
憧れで、尊敬するお兄さんで、大好きなアルトリスが……。
「説明して欲しいもなにも、今朝言った通りさ」
シェリーの真剣な面持ちに、アルトリスはこれまで見せたことのない厳しい表情を示した。
まるでナイフを首元にあてがわれているような、そんな恐怖を見る者に与える。
「自分のことを自分で決められない辛さ。他人に運命をねじ曲げられる苦しさ。それを、僕達は目の当たりにしたことがある。ねぇ、レナ」
「…………」
アルトリスは、ただ真摯な眼差しでレナを見つめた。
だが、レナは問いかけに答えない。
一文字に口を固く結び、杖を握る手に力を込める。
「だったら、大地に帰るまでのひと時の時間は、せめて自分の決めたように生きたい。ある日いきなり自分の運命を終わらされることがあっても、それなら僕は……いや、俺は納得できる。それが、自分の選んだ結果なんだからな」
アルトリスのまとう雰囲気が、突然豹変した。
まるで、刃向かうならば問答無用で叩き斬る、とでも言っているようだ。
圧倒的な気迫が、見えない圧力となって三人と一柱に重くのしかかる。
「だから俺は、今回の反乱に賛同したんだ。自分のことしか考えてない貴族連中に、これ以上振り回されるのはもうこりごりだからな。連中の巣くっているこの社会を、国ごとぶっつぶしてやろうって」
「ちょっと待って! 反乱ってどういうことなんですか!?」
目を丸くして叫ぶレナに、アルトリスは語りかけるように告げた。
「反乱は反乱さ。俺達は、今日この国を落とすつもりなんだよ。レナ」
今度こそ、この場にいた全員に戦慄が走った。
アルトリスの言葉が本当なら、レイゼルピナの各地で戦闘が起きているに違いない。
グレシャス領はレイゼルピナの東の端に位置する領地だ。
こんな場所で争っているだけで、国を落とせるわけがないのだから。
国境警備隊の戦艦が落とされたのも、現在行われているこの砲撃も、その内の一つなのだろう。
そして、アルトリスはそのメンバーの内の一人。
完全なる敵対、互いが相容れぬ存在だという、決定的な一言であった。
「じゃあ、アルトリス兄さんも、ここを早々に落としたら王都に向かうんですか?」
「いいや、俺と向こうの傭兵連中は、ここで大暴れするだけさ。さすがに、グレシャス領から首都は遠すぎる。俺達は近隣から兵力を集める、いわば囮さ。レイゼンレイドに行ける部隊を、できるだけ引きつけとこうっていうね」
「王都を落とす部隊は、別にいるってことですか」
「その通り、話が早くて助かる。さすがレナ、シェリーと違って、頭の回転が早いね。でも、残念ながらレイゼンレイドは確実に落ちるよ。なにせ、レイゼンレイドの担当は、例の黒衣の集団と、エザリア女史だ。いくら王室警護隊や蒼銀鎧の魔法兵が優秀でも、勝ち目なんかない」
「黒衣って、“ツーマ”みたいな連中が、まだ他にもいるってのかよ!?」
アルトリスは、昶の方を見てニヤリと笑って見せた。
昶の言う“ツーマ”が誰かはわからないが、『黒衣の連中』にはレナやシェリー、セインにも心当たりがある。
シュバルツグローブや創立祭の時の、闇精霊の使い手達だ。
あの時に見た二人の人物は、両方とも漆黒のローブをまとっていた。
――しかも、エザリアも一緒とか、シャレになんねぇぞ。
エザリアの力は未知数だ。
だが、少なくとも昶よりはるかに強いのは確かである。
そんなのとレイゼルピナの魔法兵がやり合って、勝てるわけがない。
――くそっ、どうすりゃいいんだよ。
シェリーとセインだけでは、アルトリスの相手は荷が重すぎる。
だが、王都に向かおうにもそのための手段がないし、アルトリスが行かせてくれるとも思えない。
「シェリー、それにレナ。君たちはどうする?」
アルトリスは未だ剣や杖を構えたままのシェリーやレナ達に向かって、歩き始めた。
「俺と共に行くか」
そして、シェリーが一歩で斬りかかれる距離で、ぴたりと立ち止まる。
「俺を止めるか」
シェリーもレナも、自分の発動体をしまう様子はない。
「やっぱりね。こうなると思っていたよ」
アルトリスは少し寂しそうな笑みを見せると、その表情をキッと引き締めた。
体内を魔力が巡り、同時にシェリー達の感じるプレッシャーが一層強くなる。
しかし、次にアルトリスの発した言葉は、誰もが驚かざるを得ない驚愕のものだった。
「レナ、今すぐ王都に向かった方がいいよ。そのサーヴァントの少年を連れて」
「な……、いったいなにを言って。もしかして、罠かなんかじゃ……」
「後悔したくないなら、行った方がいい。王都攻略は、もう少し時間が経ってから開始される。各地の魔法兵を、陽動の部隊に向かわせるためにね。今から飛竜を飛ばせば、まだ間に合うよ」
どうしてアルトリスは、自分達に作戦の内容を教えてくれるのだろうか。
いや、それが本当だという保証はどこにもない。
でも、本当のような気がする。
「レナ、行きなよ。王都」
そして、シェリーがそれを後押しした。
「シェリー、あんたまでなに言って……」
「あのおてんば姫のお守りは、あんたの担当でしょ。アルトリス兄さんは、私がなんとかする」
「なんとかするって、無茶よ! アルトリスさんの強さ、あんたが一番よくわかってるはずでしょ!」
帝立バルトシュタイン魔法教導院は、近隣の大国バルトシュタイン最高峰の魔法学校だ。
そこの三年生首席ともなれば、実力はすでに魔法兵の上位クラスと言っていい。
「大丈夫。双輪乱舞が使える今なら、アルトリス兄さんの魔法を完全に封じることだってできる。私と同じで、火属性以外はろくに使えないはずだから」
「でも、嘘の可能性だってあるし……」
「もし本当だったらどうすんのよ。悔やんでも悔やみきれないでしょ」
レナは唇を固く噛みしめる。
悔しいが、シェリーの言う通りだ。
他人に言われると恥ずかしいが、実の妹みたいに思っているエルザの身に危険が迫っていると思うと、居ても立ってもいられない。
今すぐにでもかけつけたい。
闇精霊の使い手がいるかもしれないのなら、なおさら。
昶は闇精霊の使い手たちに対抗できる、数少ない術者の一人なのだから。
でも、だからと言ってシェリーを置いていくこともできない。
双輪乱舞は確かに強力な術だが、まだたった一回成功しただけだ。
今また成功する確証はないし、もし成功したとしても戦闘で使いこなせる保証もない。
しかし、それでもシェリーはレナの背中を押してくれた。
『アキラ、行くわよ』
もしこれがシェリー以外だったら、こんな決断はできなかっただろう。
でも、シェリーなら。
これまでも、無理を意地で実現させてきたシェリーなら、本当にアルトリスをなんとかしてしまうかもしれない。
それに、アルトリスが相手なら死ぬようなこともないはずだ。
自分達の知る、あの優しいアルトリスのままならば。
だったら、そこに賭けるしかない。
『でも、シェリーを置いたままに…』
『いいから!』
レナの強い思念に、昶は押し黙った。
『シェリーなら、大丈夫よ。不可能を意地でなんとかするのが、シェリーの特技なんだから。あたしの時も、そうだった』
『……わかったよ。ったく、そろいもそろって頑固な連中だぜ』
『竜を留めてある建物まで走って。あたしが杖で飛ぶより、ずっと早い』
『わかった』
昶はアンサラーをしまうと、レナを抱きかかえて走り出した。
――シェリー、勝てよ、絶対に。
昶はシェリーの勝利を願ながら、懸命に足を動かした。