表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第一章:若き陰陽師と幼きマグス
92/172

第十三話 シェリーの決意 Act03:新たな力

 学院では基本的に一日二食、昼食は個人のお小遣いで購入していたわけであるが、レナもシェリーも普通に一日三食なのだそうだ。

 だから二人とも軽くではあるが、毎日昼食を買っていたのである。

 ちなみに、リンネの昼食摂取率は五割くらい、アイナは二人に誘われた時にしか食べていないようだ。

 もちろん、日常生活ではレナの下僕と化している昶は、ここ二ヶ月ほどはおこぼれに預かっている。

 命の危険のない昼食(レナかシェリーの奢り)は、昶にとって数少ない楽しみの一つと言っていい。

「シャルルお坊ちゃまがお世話になったようで、ありがとうございます」

「まあ、盛大に嫌われたと思いますけどね……」

 さすがにグレシャス領では学院のようにはいかないので、昶はグレイシアを始めとした使用人達の一部と食事をとっていた。

 他にも同じテーブルには、昨日紹介を受けたウォルテスや、エルミーナの姿もある。

 メニューはミートソースパスタに、サラダとポタージュ。

 なんの(ミート)を使われているのかは深く考えず、昶は次々とソースの絡まったパスタを口の中に放り込んだ。

「ん? 今度はうちの坊ちゃんに、なにしでかしたんだ?」

 ウォルテスはナプキンで口に付いたソースをぬぐってから、ぞんざいな口調でたずねる。

 どうやら、自分の主人ではないシャルルには、あまり思うところがないらしい。

「あのですねぇ、どうもアキラさんに剣で勝負を挑んでですね、ボコボコにされたみたいですよ。精神的に」

「ふーん、いいんじゃねぇか。あの坊ちゃん、奥方様に可愛がられてるせいで、だいぶ調子に乗ってたからな。いい気味だぜ」

 エルミーナに耳打ちされ、鼻で笑うウォルテス。

 そこまでシャルルのことが気に入らないのだろうか、この使用人Aは。

「ウォルテス。気に入らないのはわかるけど、少しは言葉を慎みなさい。解雇するわよ」

 と、その話を聞いていたグレイシアが、まるで世間話でもするかのような調子で超重量のボディーブローをかます。

 これにはウォルテスも背筋をピンと伸ばして(こうべ)を垂れ、

「すいませんでした、それだけはマジ勘弁してください」

 と、顔を真っ青にしながら謝った。

 ちなみに昶はといえば、

 ――すげぇ、これが職権濫用かぁ……。

 と、かなりおかしな感想を抱いていた。

「で、どんな風にボコッたんだ?」

 昶が声のした方向に顔を向けると、パスタをすすりながら聞いてくるウォルテスの姿が映る。

 先ほどグレイシアに怒られたばかりだというのに、まったくのお調子者である。

 ついでにいうと、食べながらしゃべっているので、色々とはしたない。

 絶対にこうはなりたくないと心に誓った昶は、パスタを完全に飲み込み、口をナプキンでぬぐってから答えた。

 間違っても、ウォルテスのようにはなりたくない。

「向こうの攻撃を、一回も木剣使わずにかわしただけですけど……」

 それを聞いていたグレイシア、ウォルテス、エルミーナの三人は、そろって深いため息をつく。

「あらあら。それはちょぉっとぉ……キツいですねぇ」

「こりゃまた、胸をえぐるようなエグい真似を」

「お嬢さまでも、たぶんそんな勝ち方できませんよ」

 それからグレイシア、ウォルテス、エルミーナは順にそれぞれの感想を口にした。

 そんな負け方をすれば、そりゃ普通に負けるよりずっとへこむだろう。

 つまり、相手にさえならないということなのだから。

「最近のシェ……、シェリーさんなら、楽にできると思いますけど。初めて会った頃より、だいぶ上達していますし」

 シェリーの『シ』の字を発した瞬間、ウォルテスの瞳にめらめらと怒りの炎が灯ったのを見て、昶は慌てて敬称を付ける。

 その忠犬より高い忠誠心を、もう少しシャルルにも向けてやればいいものを。

 シェリーからの手紙と昨日のやりとりで、昶の人となりを知っているグレイシアは、二人のやりとりを見てくすりと笑みをこぼした。

 ちなみにエルミーナは、どうしたんですか? みたいなで口いっぱいにパスタをほおばっている。

 ――どうしよっかなぁ……。シェリーになら、話しても大丈夫そうだけどなぁ。

 ウォルテスに鋭い目でにらまれながら、昶はそんなことを考えていた。

 王国に知られる危険があるとレナに釘を刺されてはいるが、このままシェリーに隠し続けるのは悪い気がする。

 ここ三ヶ月ばかり朝練を共にした仲であるし、それに隠していると、いざという時に困る気がするのだ。

 もし、シェリーや他のみんなの前で、本気で戦わねばならない時が来たとしたら……。

 もしかしたら、今の関係が変わってしまうのではないか。

 力を使うことに、躊躇いを覚えてしまうのではないか。

 たった一瞬の遅れが、そのまま命取りに繋がる。

 昶自身は、まだ自分が体験したことも、他人のそれを目撃したことはないが、今後いつ訪れてもおかしくはない。

「どうかなさいましたか?」

 昶の表情に影が差したのを感じたグレイシアは、しっとりと心配そうなトーンで話しかける。

「あっ、いぇ。なんでもないです」

 聞かれた所で、言えるはずがない。

 昶は勘ぐられない内にこの場を辞そうと、残ったパスタを一気にかきこんだ。




 昶がグレイシア達と昼食をとっている頃、シェリーとレナはグレシャス家自慢の温泉に浸かっていた。

 例年よりかなり温かい上に火山地帯というのもあって、気温も若干高めなグレシャス領であるが、寒いものは寒い。

 しかもこの時季は空気も乾燥しているので、温泉に浸かるのは、身体を温めるのとお肌の保湿のために欠かせないのだ。

「ん~~、はっぁぁ……。やっぱり温泉はいいわねぇ……」

「そうねぇぇ……。ママのことで怒ってたのも、どうでもよくなってきそう」

「実家にこんなものがあるなんて、あんたが羨ましいゎ。学院のお湯引っ張ってくればいいのに」

「お湯引っ張ってくるって……。運ばれてくる間に冷めちゃうでしょ」

 二人が浸かっているのは、グレシャス家の人間と貴族の客人のみが入れる浴室だ。

 大きさは、使用人達の使っているものよりずっと小さい。

 使用人達の方は一度に数十人は入られるような広さがあるが、こちらはせいぜい五、六人といった所である。

 なので、小さいとはいっても、二人ならば十分手足を伸ばせるくらいに広い。

 二人は向かい合うようにして、湯船の縁に背中を預けていた。

 お湯は無色透明のものではなく、乳白色でとろりととろみがある。

 この辺りはさすが、源泉から直接引っ張ってきているだけあって非常に豪華だ。

「ところでさぁ……」

「なにぃ?」

「さっき言ってたぁ、魔力を感じられたって話ぃ、ほんとなのぉ?」

「嘘ついたってしょうがないでしょぉ。ほんとよぉ」

 温泉のお湯がよほど気持ちいいのか、声が少し間延びしている。

 だが、話の内容は至って真剣なものだ。

 シェリーは這うようにしてレナの隣まで移動すると、縁に両腕を置いてうつ伏せ気味に身体を湯船に預けた。

 レナはちらりと、水面に目を落とす。

 脇の下から、浮力によってぷかぷかと浮かぶ二つの物体が見えた。

 忌々しいもとい、羨ましい。

 自分のは、あまり成長の兆しがないというのに……。

 いや、まだこの先成長する可能性もなくはない。

 がんばれあたし!

 と、妙な意気込みをした所で、レナは思考を切り替える。

「それでぇ、なにかつかめたぁ? 私、まだ全然だからさぁ、あったんなら聞きたいんだけどぉ」

「ううん。やっぱ、よくわかんないわ。でも、さっきもあんたが来てから一回はできたし。それに、最近なんとなくわかってきたような感じがするから」

 シェリーはつるりと滑って頭まで水没すると、半回転して浴槽に背中を向けて座った。

 目や口、頬や耳にかかった髪をかきあげ後ろへと流す。

「やっぱり、難しいのね」

「でしょうね。あたしだって、はっきり感じられたのは、今日が初めてだったし」

「アキラは、『慣れ』しかないって?」

「えぇ。時間をかけて、感覚を慣らしていくしかないって」

「そっかぁー」

 シェリーはぐっと全身を伸ばしながら、天井を(あお)いだ。

 強くなるのに、近道なんてない、とそういうわけだ。

「きっと、私らよりもずっと、努力してたんだろうね」

 あそこまでの強さを手に入れるまで、昶はいったいどれほどの努力と時間を費やしたのだろうか。

 冴え渡る剣技と格闘術に魔力察知。

 シェリーもかなりの時間を費やしたと自負しているが、恐らくそれ以上に昶は長い時間をこれらの練習に費やしたのだろう。

「そうかもね。あいつ、自分のことあんまり話さないからわからないけど、色々あったんだと思う」

 そしてその言葉は、レナには少し違った意味合いを持って聞こえた。

 周囲には契約時に発生する能力と思われている肉体強化も、実は昶が元々持っていた力だ。

 また、レナとアイナしか知らないが、いくつかの強力な術も持っている。

 今思い返してみれば、おかしな点はいくつもあった。

 一番最初のノム・トロールを撃破した時、さも当たり前のように肉体強化を使って戦っていた。

 国内最強とも揶揄されるグレシャス家の肉体強化と、真っ向から渡り合えるほどの力を、初めて使って使いこなせるわけがない。

 だが、昶は人間のスペックを大きく超えているはずの筋力を正確に掌握し、完全に制御していた。

 つまり、それほどまでに使い慣れていた(●●●●●)、ということだ。

 シェリーですらまだ全力の六、七割しか使いこなせていないものを、昶は完全に使いこなしている。

 それだけでも、昶がいったいどれほどの時間をかけて、経験を積んできたかがわかる。

「色々ねぇ……。レナはちょっと、色々ありすぎでしょ」

「大きいのが二つくらいあっただけじゃない。そっちこそ、あんたの家出した回数かぞえたら、どれくらいになるかわかってんの?」

「そ、それは!? ……全部ママのせいよ。私だって、したくてしてたわけじゃないわ」

「『ママが私にいじわるする』って、何回聞かされたことか」

「……お願い、それはもう忘れて」

「その内ね」

 レナはぐるりと肩や首を回すと、あごまで浸かるほど浅く座り直した。

 ――努力、かぁ……。努力すれば、あたしも、アキラみたいになれるのかなぁ……。

 危険なマグスとも正面から渡り合えるような、敬愛する兄のようなマグスに……。

「そういえばさぁ、シェリー」

「うん」

「シャルルがいるからできないとか言ってた、『あっち』の練習ってなに?」

 レナは先ほどの練習場でのことを思い出して、シェリーにたずねた。

「あぁ、それぇ?」

 シェリーは少々自嘲気味に笑うと、どうしよっかな~、といった風に視線を泳がせた。

 言ってしまおうか、それとも言うまいか。

 正直、微妙な所である。

 どうせなら完璧にできるようになってからご披露としゃれ込みたかったのだが、友人の反応も見てみたい。

 そして、意見も聞いてみたい。

 手を出してみて、感覚はつかめそうではあるものの、繊細な魔力制御が必要なこの術を、本当に自分がものにできるのかどうかを……。

双輪乱舞ツヴァインシンフォニア、って言ったらわかる?」

「ッ!? あんたまた、それ超高難度に分類されてる術じゃない。確か、念話より情報量の多い意思疎通能力と、互の技術や権能を行使できるっていう反則みたいな術よね?」

「うん、そうだけど。……やっぱ、無理かな?」

「無理じゃないだろうけど、もっと段階があるでしょってことよ」

「レナに教えてもらった、魔力供給のルート使った念話も、最近できるようになったばっかりだしねぇ。やっぱ、まだ早すぎたか」

 予想はしていたが、やっぱりなかなか難しそうだ。

 それでも始めの頃に比べれば、上達してきてはいる。

 まあその分、失敗の反動でさんざんゲロを吐いているわけであるが。

「で、どこまでできるようになったの?」

「なにが?」

双輪乱舞ツヴァインシンフォニア。聞いてきたってことは、それなりに、なにか見つかったんでしょ。全然できないなら、とっくにあきらめて、別の術練習してるでしょうしね」

「さすがは、私のレナちゃんだ。そこまでお見通しとは」

 いつあたしがあんたのもんになったのよ、といつも通りのつっこみを聞いてから、シェリーは宙を仰ぎ見た。

 そして短く一度、自らのサーヴァントの名前を呼んだ。

「セイン、出てきて」

 白く煙る湯気を押し退け、ルビーのような瞳と、炎の如きセミロングの髪をなびかせる一人の少女が姿を現す。

 普段は独特の衣装を身にまとっているが、今回はお風呂なのもあって衣装は物質化しなかったようだ。

 レナやシェリーと同じく一糸まとわぬ姿で、タイルの上にちょこんと正座していた。

 シェリーはセインと目を合わせると、挑戦的な――鋭くも楽しそうな面持ちで告げる。

双輪乱舞ツヴァインシンフォニア。どこまでできるか、レナに見せてやるわよ」

「かしこまりました」

 セインは小さく頷くと、静かに目をつむった。

 それと同時に、シェリーからの魔力供給が行われる。

 なんとなくお湯の温度が下がっている気がするのは、火精霊(サラマンドラ)としてセインに吸収されているせいだろう。

 本気で吸収していたら、今頃水になっているだろうから、これでもかなり加減しているはずである。

 さすがは、上位階層(ヒューネラ)の精霊。

 魔力を介した精霊素の牽引力は、並みではない。

「レナ、よく見てなさいよ。集中的に練習始めたのは最近だけど、その前からずっと練習はしてたんだからね」

 シュバルツグローブでフラメルや闇精霊(レムレス)の使い手に襲われた時も、自分は逃げることしかできなかった。

 フィラルダで王女様がさらわれた時も、昶がいなければどうなっていたかわからない。

 創立祭の時なんかは、相手に完全に捕縛されてしまった。

 まったく、だらしのない。

 国内最強の肉体強化と揶揄される、グレシャス家の秘術を身に付けておきながら……。

「……集中、集中」

 シェリーは自分からセインに向かって流れる魔力を、しっかりとイメージする。

 より正確には、水や煙のように流れるイメージを。

 それが魔力を感じるコツの一つだと、先ほどレナに教わったのだ。

 やはり感じることはできないが、今までよりもイメージがずっと固定された感じがある。

 シェリーはその流れの中に、管を通すイメージを重ねた。

 これが双輪乱舞ツヴァインシンフォニアの、最も重要な工程となるのだ。

 今まで曖昧だったイメージが、レナの助言によってより強固なものになっていく。

 すでに、全身がお湯に浸かっている感覚はない。

 全ての感覚を、双輪乱舞ツヴァインシンフォニアの構築へと注いでいる。

 今までよりもずっと早く、魔力の中に在る管のイメージが構築された。

 最後は、その中に意識を埋没させていく。

 奥の奥の、そのまた奥の……。

 魔力の供給先である、セインの中にまで。

 ――届け、届いて。

 そして、

「あっ!?」

「ッ……!?」

 成った。

 これまでにないセインとの一体感が、シェリーの全身を駆け巡る。

 魔力の供給路を通じて行う念話よりもっと濃密な思いが、シェリーの中になだれ込んできた。

 シェリーと同じく、術の成功を心から喜び、祝福してくれているセインの思いが。

「やったぁ、レナ~!!」

 嬉しさのあまり、シェリーは思い切りレナに抱きついた。

 今までより強固なイメージで構築されたからか、術が崩れる様子もない。

「ちょっと、うぁっぷ……!! なにがどうなってんのか、ちゃんと説明しなさ、っいよ!」

 術の成功がわからないレナには、なにがなんだか。

 しかも体格的に自分よりも大きいシェリーに抱きすくめられているものだから、今にも溺れそうである。

「できたのよ、双輪乱舞ツヴァインシンフォニア! 私いま、セインと完全に繋がってるの!」

「それ本当なの!? なんか試してみなさいよ」

「うん、ちょっと待って。魔力なしで、火精霊(サラマンドラ)集めてみる」

 シェリーはまっすぐに、右腕を前へと差し出す。

 そして、精霊だけに許された権能――魔力を介さない精霊素の牽引を実行する。

 今ならわかる。これまでほとんど感じることのできなかった、魔力や精霊素の存在が。

 自分とセインの間を流れる魔力と、空間に満ち溢れる精霊素が。

 シェリーはその中の火精霊(サラマンドラ)に命じた。

 自分の掌の上に集まるようにと。

 白く煙る湯気から、湧き出す温泉から、シェリーは少しずつ火精霊(サラマンドラ)を集める。

 時間にすれば、標準時で約五秒ないくらい。

 地球の時間に換算すれば、七、八秒といったところか。

 シェリーの掌の上には、高密度に圧縮された火精霊(サラマンドラ)の、その結晶が赤々と輝いていた。

 大きさにすれば、砂粒ほどの大きさしかない。せいぜい、直径五、六ミリくらいだ。

 しかし、それは人間には絶対に行使できない力である。

「すごい……。それ、火精霊(サラマンドラ)の結晶」

「言ったでしょ。成功したって!」

 制御を離れた火精霊(サラマンドラ)は、バスケットボールの二倍ほど大きな火球となって消失する。

 シェリーは先ほどまでよりも強く、レナのことを抱きしめた。

 レナの方も嫌がるそぶりは見せるが、超高難度の術を成功させたことに対する驚きと、そして喜びでいっぱいだ。

 自分もいつか、シェリーと同じ場所まで。

 学友として、立派なマグスを目指す者同士として、幼馴染みとして。

 レナも新たな決意を胸に、より一層練習に励もうと心に誓うのだった。

「え……?」

 だが、そんな空気が一変する。

 たった今まで満面の笑みを浮かべていたシェリーの表情が、まるで恐ろしいものを見ているかのように強張(こわば)っていたのである。

「シェリー、どうしたの?」

 レナは慌ててシェリーの肩を揺さぶるが、全く反応がない。

 虚空の一点を見つめたまま、身体は完全に固まっていた。

「すいません、(マスター)……!」

「あがぁッ!?」

 セインは強引に、双輪乱舞ツヴァインシンフォニアの構築を破壊する。

 正当な手順を踏まなかった副作用として、シェリーとセイン双方に、激しい頭痛がおとずれた。

 今までの半分ていどだったので、吐くほどではなかったが、シェリーは頭を抱えてうずくまる。

 その間にセインは物質化を解き、完全に姿を消してしまっていた。

「大丈夫? しっかりしなさいよ」

「……うん、大丈夫。痛みも、今回はそんなひどくなかったから。ってて……」

 レナの心配そうな声が耳を打つ中、シェリーは先ほど頭の中になだれ込んで来た映像を思い返す。

 ――なんだったの、今の。見覚えがあるような、気はするけど……。

 先ほどセインから流れ込んできた映像、それは灼熱の炎で真っ赤に焼けただれた大地と、絶叫と断末魔の悲鳴だけが支配する、まるで地獄絵図のような風景だった。




 昼食を終えた昶は、再びグレシャス家の練習場に来ていた。

 午前中のピーク時と比べたら少ないが、それでもざっと見て三、四〇人ほどはいる。

 その内に、マグスはだいたい七、八人ほど。

 ただし、学院の生徒と比べたら、魔力は悲しいほどに低い。

 恐らくこれが、レイゼルピナの一般的な魔法兵の力なのだろう。

 シュタルトヒルデで襲撃に遭った際も、相手は飛行術すら使えなかった。

 昶はその様子を視界の端で確認し、同時に魔力を察知する感覚でも知覚しながら、午前中にぶらぶらしていた魔法による射撃場で足を止める。

 的から三本目の白線――十五メートル地点で、昶は足を肩幅まで広げた。

 ――瞬間的に呼び出せる式神は三体。数が少ない分、命中率を上げねぇとなぁ。

 昶は動作を確認するように、ゆっくりと身体を動かす。

 左手をズボンのポケット――その外側に回し、護符を抜き取る動作をする。

 そして、ムチのように腕をしならせながら、横薙ぎに振るった。

「って、実際に式神出さなきゃ意味ない、か……」

 頭をかきながら気分転換に温泉にでも入ろうかと、昶は来た道を戻ろうと振り返る。

 するとそこには、

「やあ、今朝方ぶりだね」

 シェリーの婚約者予定の青年――アルトリスがいた。

 常につかみどころのない柔和な表情を崩さず、そのせいもあって年齢離れした頼り甲斐を感じさせる。

 初めて目にした時、こんな風になれたら、と昶の思った人物である。

 例の気配を隠蔽するローブを着ていたので、魔力を感じられなかったようだ。

「どうも」

 昶は背筋を正して、深々とお辞儀した。

「なんだか、シャルルがこてんぱんにされたって聞いたから、ちょっと確かめてみたくてね」

「はぁ、そうなんですか。って!? もうそんな広まってるんですか?」

「あぁ。シェリーほどじゃないにしても、シャルルも肉体強化が使えるからね。兵士達が噂していたよ」

「あっちゃぁ……。面倒にならないよう、あっさりやられときゃよかった」

 これはもう、グレシャス家全体に知れ渡ったと考えてもいいはずだ。

 そんな中で冬休み明けまで過ごさなければならないとなると……。

 ――気まずすぎる。

 どうしようか、今からでもフィラルダに滞在中のミシェルの所にでも行こうか、なんて考えていると、アルトリスのローブがもごもごと動いた。

 昶は目線をアルトリスの顔から足下に落としてみると、なぜか足が四本ある。

「っぷはぁ、つかれたぁ」

 すると、ローブの裾をめくって、紅蓮の少女が現れた。

 ツーサイドアップの真っ赤な髪と、同じく真っ赤な可愛らしい目。

 アルトリスのサーヴァントを務める火精霊(サラマンドラ)、イリアスである。

 イリアスは地面から十センチほど浮遊した状態で、くるくると昶の周囲を回った。

 人差し指を片っぽくわえ、好奇心いっぱいの大きな目で。

「あの、これっていったい……?」

「すまないね。イリアスが、君に興味があるみたいだったから」

「はぁ、そうなんですか」

「それに、僕も興味があったしね」

 そう言いながら、アルトリスは背中の長剣に手を伸ばす。

「シェリーやシャルルと同じさ。僕もあの二人と同じく、マグスと剣士を兼ねる身でね。君の力がどれくらいなのか、ちょっと気になってるんだよ」

 その言葉に、昶は自然と身体が動いた。

 上体を少しかがめ、軽く膝を曲げて臨戦態勢をとる。

 ただし、握ったのは村正ではなく、アンサラーの柄だが。

 しかし、それも徒労に終わった。

「……なんてね。冗談だよ。シェリーの大事な友人に、手を上げるわけないだろ。やるならちゃんと、練習用の木剣を持ってくるって」

「……言われてみれば、そうですね」

 アルトリスは長剣から手を離すと、やれやれといった風に肩をすくめて見せる。

 確かに殺気は感じなかったが、昨日のグレイシアの件もある。

 昶は警戒を続けながらも、とりあえずアンサラーから手を離した。

 不意打ちなんてしてくるような人ではないだろうが、用心に越したことはない。

 すると、アルトリスの頭の上から、にょきっとイリアスが現れる。

 さっきまで昶の回りをふわふわと飛んでいたはずなのに、いつの間に。

「アルトリスゥ、このひとちょっとこわい」

「こら、人を指差してそんなこと言うんじゃない」

「でもでもぉ、それにさっきアルトリスをいじめようとしてた!」

「あれは、僕がちょっと悪ふざけしちゃっただけさ。彼は悪くないよ」

「ほんとぉ?」

「あぁ、本当だ」

 アルトリスは宙に浮かぶイリアスの手を引くと、その頭をくしゃくしゃと撫でてやる。

 さっきまで頬を膨らませていたイリアスだが、まるで至福の時といった感じに表情を緩ませた。

「すまないね。上位階層(ヒューネラ)なんだが、どうも頭の方が成長してないみたいで」

「い、いえ!? 気にしないでください。こっちが変に、気が立っちゃったせいなんで!」

 予想外に昶が取り乱したことに小さく笑いながら、アルトリスは魔法の射撃場レーンの前に立つ。

 三本目の位置にいる昶からはかなり遠い。

 的から十本目の白線――約五〇メートルの――位置だ。

 アルトリスは呪文も唱えずに小さな火球を呼び出すと、的に向けて放った。




 レイゼルピナ王国の首都、レイゼンレイド。

 通称、王都と呼ばれる街の中心に、巨大な城がある。

 三重の城壁と二重の深い水堀、対魔法・物理障壁に分類される特殊な結界が多重に張られ、さらには火精霊(サラマンドラ)の結晶を用いた長距離火線砲も大量に配備されている。

 また、だめ押しとばかりに、国内最高峰のマグスから構成される魔法兵の部隊も常駐しており、まさしく難攻不落の城といった様相をていしている。

 そんな巨城の一室で、年末年始の行事予定表と絶賛にらめっこ中の女の子がいた。

 黄味の強い金髪と、マカライトグリーンの瞳を湛える、どこか浮き世離れした雰囲気を醸し出す少女。

 少女はパステルグリーンを基調とした、フリルとレースが満載の高いドレスにしわが寄るのも気にせず、イスに浅く腰掛けだら~っとだらけきっている。

「お兄さまぁ。いくらなんでも、これでは予定がつまりすぎな気がするのですが」

 エルザ=レ=エフェルテ=フォン=レイゼルピナ。

 この国の第二王位継承者にして、第一王女でもある女の子だ。

 そして、

「王族ってのは、どこもそんなもんだよ。外交に外交に外交に外交。政治的なものじゃなくて、接待や交流のための訪問が主なんだから、まだ楽な方さ。なんなら、俺と代わってみるか?」

 エルザの対面に座るのが、年の離れた実兄、ライトハルト=レ=エフェルテ=パラ=アテナス=フォン=レイゼルピナ。

 エルザと同様の黄味の強い金髪とマカライトグリーンの瞳を湛える、屈強な雰囲気をかもしだす美青年だ。

 肩幅は広く、太くも細くもない絶妙な付き方をした筋肉は、芸術と言っていい。

 ライトハルトは癖のないさらさらとした金髪をかきながら、エルザに意地の悪い提案をなげかけた。

「いえ、謹んで遠慮させていただきます」

 渋々といった表情で、エルザはがっくりと机に突っ伏す。

 今週なんかまだいい方で、年末年始の一週間はまさに秒刻みのスケジュールとなっている。

 近隣諸国との会食に、国内外の各都市で行われるイベントに来賓として出席したり、挨拶したり。

 はたまた国境警備に当たっている兵士達の慰安に駐屯地を訪れたり、孤児院を訪問したり、年度末の多国間共同開催のイベントの広報について議論したり。

 これ以外にも、とにかく大量の予定が詰め込まれているのだ。

 外交……と言っていいかはわからないが、この手の仕事を始めてもうすぐ二年目のエルザには、まだまだ辛い分量には違いない。

「しっかし、しばらく見ない間に、お前もずいぶんと成長したもんだなぁ」

「そ、そうでしょうか!!」

 机をばんっと叩き、エルザは身を乗り出してライトハルトに聞いた。

「あぁ、胸以外はな」

「お、お兄さま……。実の妹をそんな目で見ていたなんて……、不潔です!」

「こらこら、自分の兄を勝手に近親相姦したがってる変態扱いするんじゃねぇよ。ただの冗談だって」

「冗談でも不潔です! 不謹慎です! 汚らわしいです!!」

「わかったから、俺が悪かったから、だから落ち着けって」

 ほらほらケーキでも食べて、とライトハルトはエルザにイチゴのショートケーキを勧めてなだめる。

「まったく、お兄さまはぁ。はむっ」

 文句を垂れながらもエルザは、はんにゃ~と表情を崩しながらせわしなくフォークを動かす。

 だが、その動きが突然止まった。

「エルザ、どうかしたのか? もしかして、イチゴが腐ってたとか?」

 ライトハルトは、心配そうにエルザの瞳をのぞきこむ。

「いえ、なんでもございません」

 しかし、エルザはそれを否定するように、静かに答えた。

 ほっと胸をなで下ろすライトハルト。

 だが、エルザはこうも続ける。

「ただ、嫌な感じがしたんです。胸を締めつけられるような。なにか、とてもよくないことが起こるような……」

 それがなにを意味するのか、ライトハルトにはわからなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
ポチッとしてくれると作者が喜びます
可愛いヒロイン達を掲載中(現在四人+素敵な一枚)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ