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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第一章:若き陰陽師と幼きマグス
9/172

第一話 異世界 Act05:灰色の脅威

 突然の乱入者に、一同は一斉に振り返った。

 激しい口論を繰り広げていたシェリーとミゲルも、シェリーに捕まっていたレナも、その様子に苦笑いを浮かべながら見ていた昶も例外ではない。

 一年生の全員が、乱入者の男子生徒を見ていたのである。

「こっちは真剣にやってんのに、隣でギャーギャー騒ぎやがって。ボクらの講義にそっちが勝手に割り込んで来たんだから、少しは自重したらどうなんだ?」

 首元を彩るネクタイの色が違う。

 一年生の赤に対して、その男子生徒のネクタイは緑。上級生──つまりは三年生だ。

「失礼しました、先輩」

 ミゲルはシェリーとの口論を中断すると、先輩である男子生徒に向き直り頭を下げた。

 その仕草の一つ一つに気品が感じられ、まるでダンスでも踊っているかのような優雅さがある。

「ですが、『勝手に』というのは違います。僕達の担当の先生に急用ができてしまったからであって、講義に割り込んでしまったのは僕達のせいではありません」

 例え相手が上級性であっても、ミゲルは物怖じすることなくびしっと言って見せた。

 その揺らがない立ち居振る舞いはどこまでもまっすぐで、昶には少し眩しすぎるくらいである。これくらい自分の意見をはっきり言えたら、もっと違う自分になれただろう。

「なに言ってんだか。その『先生の急用』とやらも、そこにいるどこの馬の骨かもわからないような、魔法も使えない一般人のせいだろ」

 先輩の男子生徒は、ミゲルから昶の方へ視線を移した。

 その顔は嘲笑と言う名の表情に彩られている。昶の見慣れた、人を見下している人間特有の、あの笑みである。

 昶は自習の始まる前に、レナに言われたことを思い出していた。

 こういう奴はどこにでもいるものだ。昶の里にもたくさんいたのだから、間違いないだろ言う。

 それに、罵倒の言葉くらいもう慣れきっている。

 気にする必要なんかない。必要ないのだ。

 だが、

「そんなただの一般人が剣なんて、随分と分不相応なものを持っているじゃないか。お前みたいな卑賤(ひせん)な人間に使われるより、ボクみたいな高貴な者に使われた方が幸せなんじゃないか?」

 それを聞いた瞬間、昶の目つきが変わった。

 無気力で敵意など欠片もなかった瞳に、攻撃的な光が宿ったのである。

 まるで、自らの持つ妖刀がバカにされた気がしたのだ。

 ──お前みたいな腑抜(ふぬ)けに使われる方が、村正(こいつ)にとってはずっと不幸だよ。

 小さな頃から言い聞かされてきた。妖刀は一族を引っ張っていく者の象徴であり、(つわもの)の証だ。

 そのような物を自分が持っているのは、確かに分不相応かもしれない。いや、確実にそうだろう。

 しかし、妖刀の持つ意味もそれに伴う責任すら知らないような人間に、言われる筋合いはない。

「な、なんだよその目は」

 昶の眼光にたじろいだ先輩の男子生徒であるが、それも一瞬のこと。例の、相手を完全に見下した視線で昶をにらみ返す。

 だがその中に、はっきりと動揺の色が見て取れたのである。それを見た瞬間、昶は自分の中で加熱していたなにかが、急速に冷めていくのを感じた。

 さっきまで頭に来ていたのが、まるで嘘のようだ。

「なんでもねえよ」

 昶は乱暴に話を切った。こんなぴりぴりした空気は苦手である。

 どこか静かな所にでも行こうと、丁寧に整備された芝生から腰を上げた。

 その時だ。

「待てよ」

 (くだん)の先輩男子生徒が昶を呼び止めたのである。

「なんだよその態度は。ただの魔法も使えない一般人の分際でボクら貴族、それもマグスに対して失礼じゃないか? そこにひざまずいて、『許してください』と言ってみろよ」

 テンプレートのような台詞にいい加減うんざりする。里で自分をバカにしていた連中も、こんな感じだったっけ。

 そんな奴に下げる頭なんてない。

「うる…」

 いつものように憎まれ口を叩こうとした、その時だ。

「うっさいわね! 負け犬の分際でワンワン吠えてんじゃないわよ」

 昶のそれをかき消すような勢いで、シェリーが怒鳴り散らしたのである。

 恐る恐る声のした方向に振り返った昶の目に映ったのは、こめかみにピキピキと青筋を浮かべているシェリーの姿であった。

 先輩の男子生徒なんか歯牙にもかけないド迫力である。不動明王でも裸足で逃げ出しそうだ。まあ、冗談であるが。

「だいたい、こんな時期に三年生が自習してること自体おかしいでしょ。今日は魔法兵の適性試験じゃなかったでしたっけ? あぁ、つまり先輩方は試験が受けられないくらい成績が悪いんですね。それじゃあ仕方がないですよね。うんうん、仕方ない仕方ない」

 シェリーが言葉を重ねる毎に、先輩の男子生徒の表情が醜く歪んでいく。

 そして全てを言い終えた頃には、すっきりしたシェリーの表情と反比例するように、先輩の男子生徒はこれ以上ないくらい怒りに満ち溢れていた。

 しかも、それは一人だけではない。

 怒りが感染したかのように、三年生全員の顔が怒りの色を湛えている。

 まあ、シェリーの言葉を聞けば、こうなるのも無理はない。これ以上ないというくらいバカにされたのだから。

「言ってくれるじゃない。私達だって、好きで今日ここにいるわけじゃないのよ」

「俺達の苦労も知らない癖に、好き勝手言いやがって」

「そんなら見せてもらおうかじゃねえか。一年生の実力ってやつを」

 発破をかけられた三年生は、やる気満々である。

「別にいいわよ。ヘタレの三年生なんて恐くもなんともないわよ」

「まったく。君は相手を煽る(あお)ことしかできないのかい?」

 けしかけたシェリーの方は、最初からそのつもりだ。たしなめるミゲルの方も、しかし発動体である戦棍(メイス)を肩に担いでいる。

「そっちこそ、いつもえらそうに外庭占領しやがって」

「先輩達だけの場所じゃないんですからね」

「こっちはいっつも我慢してるのに」

 他の一年生も、やる気は十分らしい。どうも、一年生と三年生の仲は大変悪いようだ。

 日頃の鬱憤(うっぷん)を晴らさでおくべきかと、各々発動体を手に、三年生と相対する。

 一年生の数は、全員出席しているわけではないので四〇人弱。対して、三年生は十人。

 人数だけなら一年生が有利であるが、三年生の方が経験値という意味では断然上である。

 ピンと張りつめた空気が外庭の一角を満たし、否が応にも緊張感が高まっていく。

 そしてついに、その戦端は開かれた。




「上級生だからって、いい気になってんじゃないわよ!」

 最初に動いたのは、シェリーだった。

 背中にしょったツーハンデッドソードの柄を握り、人間とは思えない加速で飛び出したのである。

 特殊な形状の(さや)は側面がガチャリと開き、内側から二メートル近い長大な刃を吐き出した。

 超重量の大剣を片手で軽々と振りかざし、シェリーは一直線に例のくすんだ金髪の先輩へと斬りかかる。見ための細く華奢な腕からは想像もできないくらいの怪力である。

 だが、

「なるほど、肉体強化系か。どおりで調子に乗ってるわけだ」

 それは横から飛び出してきた別の男子生徒によって、受け止められたのだ。

 発動体と思われる鈍色(にびいろ)三叉槍(トライデント)、その柄でシェリーの斬撃を押し返す。身長はシェリーよかいくぶんか高い。斬撃を受け止めたのも納得がいくような、がっしりとした身体つきである。

「あらあら、それを言うなら先輩だってそうじゃないですか。そんなレアな秘術持っときながら、試験が受けられないなんて。かわいそうに」

「その減らず口、二度と叩けなくしてやるよ!」

 シェリーの一撃を受け止めた男子生徒は三叉槍(トライデント)を振り回し、たっぷりと慣性のついた所で全運動エネルギーをシェリーへと叩きつけた。

 シェリーはその威力に逆らわず、自らも後方へ飛んで衝撃を逃がす。金属製の柄がしなって見えるほど振り回されているだけあって、骨までジーンと痺れるような衝撃だ。

 それを契機に、魔法による砲撃が開始された。

 石礫(いしつぶて)や強烈な水流、高熱の炎弾や風の塊が外庭の一角を飛び交う。

 地面がえぐれ、爆風が吹き荒れ、それ以上に生徒達の怒号が青空の下に響き渡った。

「盾張ってる所は、最低でも二人以上で補強して! ヘタレでも相手が三年生なのを忘れちゃダメよ!」

「手を緩めたら、一気に詰め寄られる。絶えず魔法で牽制するんだ!」

 盾にぶつかった魔法がはぜ、様々な衝撃音と爆発音が鳴り響く中を、シェリーとミゲルの声が木霊する。

 レナと昶はそんな戦場とも言える外庭の一角から、這々(ほうほう)の体といった感じに抜け出してきた。

 状況は一年生と三年生両陣営共、盾を張っての砲撃戦という様相となっている。

 レナはもちろん、昶も手出しできるような状況ではない。

「シェリーったら、いったいなにやってんのかしら」

「それって、一年生ほとんど全員に言えるんじゃないのか」

「まあ、それはそうなんだけど……」

 と、レナは横目に戦場と化した場所を盗み見た。

 ちょっと遠くには、嬉々として炎弾を放つシェリーの姿も見える。実にいきいきとした笑顔だ。恐怖すら感じるほどに。

「あれ、最初からこうしたかったんじゃないか?」

「なんとなくだけど、あたしもそう思うわ」

 なんだか初めて、心が通じ合った気がした昶とレナであった。




 あらあら。一年生相手に対等だなんて、だらしない三年生だこと。これだから適性試験も受けさせてもらえないのに、わかってるのかしら。

『まあまあ、メルチェ。みんながみんな受けられるものではないんじゃから、それくらいにしておいてやらんか。過半数の生徒が受けているだけでも凄いことなんじゃから』

 ですが学院長、どう見ても試験が受けられない腹いせにしか思えないのですが。

『じゃが、挑発したのは一年生の女生徒じゃ。おあいこじゃよ。ほれ、例のグレシャス家の』

 あぁ、国内で最高ランクの肉体強化系秘術を擁する一族の。確か一人娘だからくれぐれもと、父親が念押ししてきたので、よく覚えています。もっとも、簡単になんとかできるような生徒でもないですが。

『そうそう。それでは頼んだぞ。くれぐれも、生徒には被害を出さんようにな』

 はい、手はず通りに。

『では、儂はゆっくり傍観させてもらうとしよう。いざとなれば、なにかするやもしれんがのう』

 ……ふぅ、切れたようですね。まったく、できるとはいえ無茶難題を。まあ、だからこそ楽しいのだけれど。それでは、始めましょうか。




 異変は突然だった。

 様々な魔法の攻撃の飛び交う真っ只中に、一つの魔法陣が出現したのである。

 魔法陣は無機質な白色光を放ち、その光量をみるみる増していく。中心に五芒星をいただいた、外周を難解な文字列が埋め尽くす複雑極まる魔法陣。

 つい先ほどまでいがみ合いの砲撃戦を繰り広げていた一年生と三年生両陣営は攻撃を中止し、魔法陣から距離を取るように後退していた。

「なになに、一体なにがどうなってんのよ?」

 昶の隣にいるレナは、完全に取り乱していた。

 いや、レナだけではない。外庭にいる生徒のほとんどが、レナと同じようにパニック状態に陥っていたのである。

 しかし、一部の生徒はそうではないようである。そして昶も、この気配には覚えがあった。

 ──この感じ…………、召喚!?

 次に起こるであろう現象に、昶は身構える。あれが召喚用の魔法陣なら、次に起こるのは一つしかない。

 即ち……、

「なにか出るぞ!」

 ミゲルの──悲鳴のような絶叫と呼応するかのように、魔法陣の中心から目視不可能なほど爆発的な光が溢れた。




 突然の事態に止まっていた生徒達は、今度は完全に凍りついた。

 全体のシルエットは、腹のぼってりと出た人型。肌の色は白に近い灰色で、その下には過剰に詰め込んだような筋肉の塊が見える。頭部には一切の毛が存在せず、顔はこれ以上ないほど醜悪であった。

「トロール鬼よ!」

 誰かが叫んだ。

 それが外庭にいた生徒全員に波及するのに、さして時間は必要なかった。

 凍っていた時間がその一言によって溶け出し、パニックは一気にレッドゾーンを突き抜ける。

「逃げろぉおおお!」

「きゃあああああ!!」

「オレ、先生呼んでくる!」

「そういえば、学院長が!」

 辛うじて理性をつなぎ止めていた生徒が、(わら)にもすがる思いで学院長の姿を探す。

 講義──と言っても自習であるが──の前に一言しゃべった後、学院の校舎の壁で惰眠をむさぼっていたはずだ。

 そう思って必死に学院長の姿を探すのであるが、

「あれ……?」

 当の学院長の姿は、どこにも無かった。




 恐怖と混乱のひしめく阿鼻叫喚の地獄絵図の中、昶の思考はいち早く冷静さを取り戻していた。

 さぼりがちではあったが、それは長年積み重ねてきた修練の賜物かもしれない。五感をフルに使って、相手の情報をかき集める。

 魔力に関してはほとんど感じない。だが、完全にしないわけではない。

 見た目には、術の行使できるだけの知性はなさそうだ。となると、肉体強化か回復系辺りに回さていると考えるのが定石だろう。

 身長は、目測で五メートル超くらいか。灰色の皮膚は、岩のように固そうである。

「レナ、あれなんだ? さっき、トロール鬼とかってのが聞こえたんだけど」

「あ……うん。トロール鬼って種類の個体。正確にはノム・トロールって種類なんだけど、普通は全部まとめてトロール鬼って呼んでる」

 直後こそパニック状態にあったレナであるが、隣にいる昶の落ち着きを見てゆっくりとだが思考がクリアになっていた。

 なんだか、冷静になっていることが不思議な気分である。いつもの自分ならなにもできないまま、固まってしまいそうなのに。

「で、ノム・トロールだっけか。特徴とかはあんのか?」

「まあ、見ればわかると思うけど、筋力がすごいこと。もう一つは地属性に属するってこと。あとは、再生能力が高いこと」

「再生能力ってのは、具体的にどれくらい?」

「ちょっとした肉体の欠損なら、その場で再生しちゃうくらいすごいわよ。ってあんた、そんなこと聞いてどうするつもりよ」

「いや、とりあえず知っといた方がいいかと……」

 昶はレナに苦笑いを送りながら、横目にノム・トロールの方を眺めた。

 出現した瞬間から変わらず、全身を脱力させた状態で明後日の方向を見ている。

 動きがないのはむしろ不気味だ。召喚されたということは、召喚師がいるということ。

 呼び寄せたからには、なにか目的があるはずなのだから。

 ──やれ。

「!?」

 その時、ノム・トロールの目がギョロリと動いた。

 たったそれだけの動作で、生徒達はびくんと身体を震わせる。

 だが昶だけは、他の全員とは違う寒気を感じていた。ノム・トロールの視線が、明らかに自分の方を向いていたのである。

 そして、それは間違いではなかった。

「ぬぁばぁああああああああ!」

 脳髄を揺さぶる怒号と共に、ノム・トロールは丸太のような腕を一切の躊躇いなく振り下ろしたのだ。

「っぶねぇっ!!」

 昶は反射的に動き出していた。

 その場で半回転しながら膝にためを作り、体内を巡る霊力を高める。高めた霊力を制御下に置きそれらを一気に爆発させたのである。昶の有する、肉体強化術式だ。一瞬だが、全身のツボを針で刺されたような痛みが襲う。

 昶は呆然としたままのレナを肩に担ぐと、シェリー以上の人間離れした加速でノム・トロールから大きく遠ざかった。

 ノム・トロールが動き出してから半秒後、先ほどまで昶のいた場所が巨大な腕によって押しつぶされた。巨大な腕は下半分が地面に埋まり、大量の土煙を巻き上げる。

 威力圏内からどうにか離脱した昶であるが、先の一撃によって作り出された衝撃波に大きく吹き飛ばされ、何度も地面を跳ねた。

 昶は全身に走る痛みをこらえて、腕の中にいるレナの顔をのぞき込む。

 とっさにレナをかばうように抱きかかえたが、怪我はしていないだろうか。

「っつつ、大丈夫か?」

「あ、あああ、ああ……」

「……あ?」

「あんた、なにやってんのよ!?」

 顔を真っ赤にしたレナに、思いっきり叫ばれた。どうやら、怪我はないようだ。

 耳元でないとはいえ、胸元で叫ばれればけっこう耳に響く。

「そんな大声出すなって。耳痛いだろ」

「だだだだ、だったら、さっさとその腕どけなさいよ!」

 レナは更に、湯気でも出そうなくらい真っ赤になって昶に怒鳴りつける。

 そう言われてから、昶はやっと自分が──形だけではあるが──レナを抱きしめていることに気付いた。いつもだったら、絶対にできないことなんだろうが。

 緊急時の割に思いのほか冷静な自分に、昶はくすりと自嘲する。

「なに笑ってんのよ、このド変態!」

「わかったから。離すから暴れんなって」

 昶はレナを解放すると、起き上がりながらノム・トロールの方に振り返った。

 土埃の晴れた昶の視界に広がるのは、腕を振り下ろした体勢のまま標的を探しているノム・トロールの姿である。

 目はあまり良くないようで、無駄に大きな頭をきょろきょろと動かしている。

「さーて、どうすっかなぁ……」

 昶は腕組みしながら、ノム・トロールを見上げた。

 放っておいてもなんとかなるだろうが、それには時間がかかりそうだ。外庭から校舎に入るには五つの塔の入り口しかなく、一番近い入り口の前には門番のようにノム・トロールが控えている。

 なので、必然的に次の入り口まで回り込まなければならないのである。だが、相手はそれを待ってはくれないだろう。

 だったらなんとかできる人間が、なんとかした方がいい。そう、自分(●●)のような……。

「どうするって、先生に任せて逃げるしかないでしょ。トロール鬼は第五級危険獣魔に指定されてるのよ? あたし達にどうにかできるわけないじゃない」

「お前らの都合なんて、別世界の俺が知るわけないだろ」

「『お前』って、あんたもいい加減言葉遣いってものを覚えなさいよ。そこだけはあの嫌味ったらしい先輩に賛成するわ」

「こんな状況で、よくそんなしょうもないこと言ってられるな」

「あ……、あんたが言わせてんでしょうが!」

 が、残念ながらそんなレナの声は、昶の耳を右から左へ素通りである。昶の思考はすでに、ノム・トロール攻略のために動いているのだ。

 こういう図体が大きいだけの動きが緩慢で魔力の低い相手は、案外攻略は簡単なのである。

 ──大丈夫。これくらいの相手なら、“血の力”を使わなくても。

 もっとも、それには前提となる条件がある。

 その条件とは、相手の攻撃が届かない距離から高威力の砲撃を放てる術式を有しているか。もしくは、相手の攻撃を避けられるだけの肉体強化術式を有しているかである。

 昶の場合は、これの後者に当たる。前提条件は満たしていると言えるだろう。

 そんな風に考えていると、ノム・トロールと昶の目があった。

「まあ、見てなって」

 昶はレナを巻き込まないよう、ノム・トロールに向かって大きくジャンプする。

 もう、誰かが傷付く所なんて見たくないから。

「部屋代の足しになるくらいは、働いてやるよ」

 昶は自分に言い聞かせる。自分の“力”は、誰かを守る為にあるのだと……。




 昶は霊力──五行の力──を高めたまま、体内を巡る五行の流れを調整する。この調整ができなければ、肉体強化は行使できないのだ。

 宗家の出身だけあって、霊力の量に関して言えば相当なものである。問題は、それを制御する精神力だ。

 ──大丈夫。普通にやってれば、ちゃんと制御できる。にしても、こんなことになるなら、ちゃんと練習しときゃよかったぜ。

「……ふぅ」

 一呼吸の間を置いて、昶はノム・トロールの足元に向かって飛び込んだ。

 昶に狙いを定めていたノム・トロールはそれに合わせて、先ほど地面に打ちつけた腕を再び振り下ろす。

 今度は土煙だけでなく、人の頭ほどもある砂の塊が散弾のように飛び散った。

「アキラ!」

 レナは無意識の内に叫んでいた。今ので押しつぶされたように見えたのである。

 あんなに自信満々だったのに。

 レナの脳裏に、最悪のケースが思い描かれる。まるであの時を彷彿とさせるような、無惨で残酷な光景を。

 だが、

「呼んだか?」

 それは杞憂に終わったようである。

 不思議なほどクリアなアキラの声に、レナはびくっと首を震わせた。すぐさま姿を探すのだが、高々と浮き上がる土煙でなにも見えない。

「こっちだよ」

 レナは声のした方向を頼りに再び周囲を見回すと、ようやく昶の姿を発見した。

 昶がいたのは振り下ろされた右腕ではなく、だらりとさげられたままの左手、その手首にいたのである。

「一気に終わらす」

 昶は視線をレナの方から上に向けると、垂直にそびえ立つノム・トロールの左腕を走り始めたのだ。真上(●●)に向かって。

 狙うは頭部。物理的なダメージがあまり狙えないのなら、その指令部を動作不能に追い込めばいい。

 左のこめかみに一発術をぶち込んでから、素早く右のこめかみに術をぶちこむ。

 いくら頑強な肉体に守られていても、脳を揺らせば倒れる。霊的存在には通用しにくい物理的手段であるが、分類的には動物に属するノム・トロールなら、十分通用するだろう。

 しかし、そう簡単にはいかない。

「ぬらばぁあああああ!」

 違和感を感じたノム・トロールは、昶の今まさに駆け上がっている左腕を、思い切り振り下ろしたのだ。

「うわっ!?」

 振り落とされないよう、昶は両手両足を使って丸太のような腕をがっちりホールドする。表面は見た目の滑らかさに反して硬くガサガサと乾燥しており、非常につかみにくい。

 背中に向かって強烈な遠心力が生じるが、昶は気力でなんとか乗り切った。

「がぅ、ぬぁあああああ!」

 がしかし、一回で落ちなかったのがわかると、ノム・トロールぶんぶんと腕を振るう。昶を振り落とそうとしているのだ。

 脳髄が揺さぶられ、こめかみの辺りキーンと痛みが走る。視界が上下左右とランダムに動き、自分がどんな状態なのかもわからない。

 手と足がもげそうになり、今にも意識が飛びそうである。

 これ以上は限界かもしれない。

 そんな思考が昶の脳裏をよぎった時だ。爆発音と共に視界の揺れが止まったのである。

「みんな、なにぼさっとしてんの! 援護よ援護!!」

 シェリーは先ほどまで三年生に向けていたツーハンデッドソードを、ノム・トロールの胸部に向けている。剣先から高温の炎弾が幾つも放たれ、ノム・トロールの分厚い胸板で炸裂する。

 そんなシェリーの姿に触発され、及び腰になって後ずさっていた他の生徒──一年生──も、再び呪文を唱え始めた。

 水流、風刃、炎弾、岩塊、種々様々な魔法の砲撃がノム・トロールの右腕、両足、腹部、胸部、頭部に降り注ぐ。

「先輩方! 見ての通り、今は争っている場合ではありません。手伝ってください!」

 ミゲルは魔法を放つかたわら、呆然とノム・トロールを見上げていた三年生達に声をかけた。

 初めこそ躊躇いがちだった三年生達であるが、一年生に負けてられないとばかりに呪文を唱え始める。一年生のそれより明らかに練度の高いの攻撃が、次々とノム・トロールに着弾した。

 それらの魔法は、ノム・トロールにダメージを与えることは叶わない。だが、動きを止めるには十分だった。

 少なくとも、昶がノム・トロールの腕を登り切るには。

「疾風──」

 昶はジーンズのポケット──護符の入っている──に左手を突っ込む。

 間もなくしてノム・トロールの左手を登り切った昶は肩を蹴り、こめかみ目指して飛び出した。

 昶は素早くポケットから左手を抜くと、そのこめかみに押し当て、

「急々如律令!」

 術を起動する詠唱を口ずさむ。四大元素の地を克する風の技──五行では木行に属する一撃。

 瞬間、首が折れんばかりの勢いでノム・トロールの頭が弾けた。

 あまりの勢いに右肩へと激突した頭は、反動で元の位置に戻る。

「疾風──急々如律令!」

 昶は更に顎の下を通って反対側に抜けると、右のこめかみにも同様の術を撃ち込んだ。

「……が…………あがぁ」

 ノム・トロールは鼻と口から粘度の高い液体をまき散らしながら、だらしなく膝を折る。地震のようにドッと大地が揺れ、数秒の間を置いて顔から地面に倒れ込んだ。

 そして、

「あ゛ぁ、終わったぁ……」

 後頭部につかまっていた昶は、たどたどしい足取りで地面に降り立った。

 着地の瞬間に尻餅をつき、ふぃぃとだらしないため息をつく。そこにいたのは、この半日で見慣れた頼りない昶の姿であった。

「アキラ!」

 自分でも気付かない内に、レナは走り出していた。昶の名前を叫び、その近くに駆け寄る。

 それから、

「なに無茶してんのよ!」

「うわっ!?」

 発動体の杖をフルスイングした。狙いは昶の側頭部である。

 まあ、かわしはしたが。

「危ねえだろ! んなもんでぶっ叩くな!」

「あんたが無茶苦茶するからでしょうが!」

「無茶ってほどじゃねぇよ。こうして無傷でデカブツぶっ倒したんだし」

「それはみんなが手伝ってくれたからでしょ」

 昶は視点をレナからレナの後方へと移す。そこには顔も知らない一年生の面々──レナの同級生達がずらりと並んでいた。

 なんだかよくわからないが、みんないい笑顔をしている。

「お前やるなぁ!」

「トロール鬼をやっつけちゃうなんて、すごいじゃない」

「なあ、今なにしたんだ?」

「私、ちょっとトキめいちゃった」

「もしかして、契約の付与能力が肉体強化系だったのか!?」

「なんでこんなぽっと出なんかに」

 質問に憧憬にあと妬み等々色々な声が、スコールのように降り注ぐ。

 だが、レナはそれを、

「だぁああもう、あんたらちょっと黙ってなさいよ! あたしが今話してるんだから!」

 一喝しただけで簡単に黙らせた。

 魔法の実力はさておき、相変わらず形容し難い超ド迫力である。

「だいたい、怪我しなかったのはたまたま運が良かったからで、あんたがすごいわけじゃないんだから。そこのとこ、ちゃんと覚えておきなさいよ。いいわね!!」

「……は、はぃ」

 と、レナは昶の顔の目と鼻の先まで口を近付け、まくし立てる。

 これはこれでけっこう怖いのだが、それ以上にレナから漂う女の子の甘い香りに、昶は動悸が早くなるのを感じた。

 近くで見れば見るほど可愛くて、先ほどまでとは別の緊張感にのどがからからに乾く。このまま一日中見つめていても、飽きない自信がある。

 それはさておき、

「まあまあ、その辺にしときなさいって」

 一年生の壁を押し広げてやってきたシェリーが、後ろからレナの首に抱きついた。しかもこれでもかとばかりに、身体を密着させる。

 くっつかれたレナの方は、なんだか暑苦しそうである。それはもう、顔にくっきりと出るくらい。

「実際、被害が出ずに済んで、みんな助かってるわけなんだし。ね?」

「……はぁぁ、わかったわよ。もういいわ」

 これからたっぷり昶にお説教をしようとしていたレナであるが、シェリーの言うように全く被害が出なかったのも事実である。

 今回くらいは、大目に見てやろう。最初の攻撃の時も、昶に助けてもらったのだし。

 そのことを思い出すと、なんだかほっぺがちょっとだけ熱くなった。

 ──って、なに考えてるのよあたしは!

 レナは頭をぷるぷると振っておかしな思考を追い出すと、昶の方をじっと見つめる。

「どうした? 俺の顔になんかついてんのか?」

「べ、別になんでもないわよ。もういいって言ったんだから、この件はこれでおしまい。お疲れ様、アキラ」

「じゃあ、お疲れついでに水が欲しい。さっきからのどカラカラで」

「ほんと、あんたって普段はとことんだらしないのね……。食堂にいけばいくらでも飲ませてもらえるわよ。こっち」

 レナは昶の手を両手で引いて立ち上がらせると、倒れたノム・トロールを回り込んで、一番近い入り口から校舎に入った。

 目的地は、校舎を抜け中庭の更に中心部にそびえ立つクインクの塔──その一階にある食堂である。

「と、ところで、さぁ」

「うん?」

 中庭に入った所で、先を歩くレナがくるっと半回転した。

「あんた、あたしのサーヴァントにならない?」

「……しばらく部屋に居させてくれるなら、な」




 さて、そろそろ回収に向かいませんとね。それで、いかがでしたか? 学院長先生。

『そうじゃのう、まだまだ底が見えんのぅ。あの腰の得物を抜かなかったのも気になる』

 それもそうですが。まさか、第五級危険獣魔に指定されているトロール鬼を、本当に倒してしまうとは。

『うむ、それにも正直驚いておる。一応、すぐにでも助けられるよう準備していたのじゃが、無駄骨じゃったようじゃの』

 所であの少年、クサカベアキラでしたか? 監視は続けるのですしょうか?

『うむ、そうしておくれ』




 メルチェと呼んでいた女性との念話を切ると、学院長──オズワルト──は校舎の屋上から食堂へと向かう昶とレナを見送る。

 ──君はいったい何者なんじゃ、アキラくん。

 オズワルトは物思いにふけりながら、遠くの空を見つめていた。

 初めまして、蒼崎れいです。方々から色々おしかりを受けて色々と頑張って改修してみたんですが、どうでしょうか。最近パソのトラブル続きでろくに執筆も出来ずにここまで遅れてしまいましたが……。

 それとまずはじめに、この場を借りて謝罪を少し。読者の皆さまから多数ご指摘いただいております、作者の不注意で某有名ライトノベルと設定被りがあります。そういった点を不快に思われる場合は、拙作を切り上げることを推奨します。作者も楽しく読めればと思って書いておりますので、気分を害しながら読まれては、読者の皆様の時間を無駄にしてしまうだけなので。

 調子に乗るなと思いになられたらすいません。

 それでは、第二話でまたお会いしましょう。

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