調査報告・壱
肌に突き刺さる、冬の寒さが立ち込める夜。
わずかに光る下弦の月明かりを頼りに、黙々と作業が進められていた。
水精霊の結晶によってつくられた臨時の港には、九隻もの船が停泊している。
どれもが独特の風体をしており統一感はまるでないが、物々しい雰囲気をこれでもかというほど漂わせている。
金属と火薬、そして油の臭いが鼻を突く。
「スメロギの若大将、今回うちに仕事を回してくれたこと、感謝するぜ」
「あぁ。最近は仕事の発注も減ってきて、困ってた所なんだ」
「これで団員達に、満足にご飯を食べさせてあげられますわ」
「うむ。だが、油断は禁物じゃ。なにせ、事が事なのじゃからな」
その中でも、特別異彩を放つ船の甲板で、五人の人影が話し合いをしていた。
「元々、うちだけじゃ数が足りなかったんだ。それだけの話だ」
四人に視線を向けられるのは、野生児を思わせるぼさぼさ頭の青年だ。
歳は二〇代後半から三〇代前半。パステルグリーンの頭髪は、染色でもしているのだろう。
だが、それ以上に人目を引くのは、右腕に施された奇怪な紋様である。
それがいったいなにを意味するのか、他の四人には読み取ることができない。
「それより。整備不良で落っこちねぇよう、テメェんとこの船はきっちり整備させとけよ。話すことなんざねぇんだ。さっさと船に戻んな」
そう言われて、四人はそれぞれの船に戻る。
ただし、宙を飛んで、であるが。
杖型の発動体は、誰一人として持ってはいない。
通常サイズの武器か、あるいは装身具の一種か。
ともかく、優秀なマグスであることに違いはない。
「ふぅぅ。連中、やっと帰りやがったぜ。アマネ、飯くれ飯。腹減って死にそうだ」
「し、少々お待ちください」
船室の方から、女のくぐもった声が聞こえる。
青年に言われたように、食事の準備でもしているのだろう。
しばらくして、お盆に食事を載せた女が危ない足取りで、とてとてと船室から出てきた。
この国には珍しい、しっとりとした長い黒髪と、密やかな黒い瞳を湛えた女だ。
彼女の持つお盆には、どう見てもこの土地の食事とは思えないメニューが、ずらりと並んでいる。
塩で味付けした焼き魚に、根菜類の炒め物、豆の発酵物を溶かしたスープや、出汁に浸した野菜、そしてほくほくと湯気を立てる白い小さなつぶつぶ。
どれもこれも、レイゼルピナでは見られないものばかりだ。
「よっしゃあ、久々の米じゃねえか! いっただっきまーっす!」
青年は二本の細長い棒を器用に使い、料理を口の中に放り込んでいく。
さっきまでの剣呑な雰囲気はなく、見ている分には年端もいかない子供のように見える。
「スメロギ様に喜んでいただけるなら、作った甲斐もあったというものです」
女はにっこりと頬を薄く染めながら、自分の作った食事にがっつく青年に微笑んだ。
「てか、アマネ。二人んときはスメロギじゃなくて、マサムネって呼べよ。俺とお前の仲なんだしさぁ」
「そんな、畏れ多いです!」
女はお盆で口元を隠しながら、もじもじと数歩下がる。
青年の方は、そんな女にため息をつきつつ、冷めない内に料理を一気にかきこんだ。
大きなげっぷを一つして、青年は一息つく。
月の光が少ない分、今日は星がよく見える。
星座とかいったか。
あそこに見えるのが弓、その向こうにベルト上に連なっているのが翼をたたんだ飛竜、水車や剣。それに創造神ミーラセウスと、それに仕える聖霊達をかたどったものも見える。
青年は差し出された水を一口飲み込むと、先ほどとは語調を変えて女に問いかけた。
「それで、調査の方はどうなってんだ。アマネ」
「はい。三ヶ月と少し前に観測した空間震動波の発生源を中心に、発生の前後で変化がないか色々調べていたのですが、レイゼルピナを中心に面白い物が見つかりました」
女は数枚の紙を青年に手渡す。
青年はそれに目を走らせた。
下に行けば行くほど、口角がニヤリと釣り上がる。
「このガキ、ヴェルデのおっさんの資料にも名前があったな。それに、メレティスかぁ。確か、レイゼルピナとは同盟組んでるはずだから……。くっくっくっくっ」
「スメロギ様、笑い方が怖いです」
「おっと、いけねぇ」
青年は慌てて口元を押さえる。
が、それでも押さえきれない笑いが、奇声となって外に漏れた。
「ヤツの使う術式の観測、おこたんじゃねぇぞ。オオジジサマより先に、うちに引き入れる。拉致してでもな」
「あのぉ、それはちょっとぉ…………」
引きつった笑みを浮かべる女をよそに、青年はからからと豪快な笑い声を上げた。