第十一話 感謝祭ネプティヌス Act06.5:動き出す者達
エルザとレナを助け出したネーナと昶は、そのまま竜籠に乗ってシュタルトヒルデを後にした。
ネーナが粉々にしてしまった鎧と昶が持ち出して来た鎧は、まあ後で色を付けて弁償すれば勘弁してもらえるだろう。
もちろん、エルザのポケットマネーからである。
「はぁぁ、重た……」
昶はだんだんと小さくなるシュタルトヒルデを眺めながら、重たい鎧を脱ぎ捨てた。
ずいぶんと無茶な動きをさせたせいか、関節周辺がギチギチと嫌な音を立てている。
「悪かったな。遅くなっちまって」
その隣では、眉間にぐぃぃっとシワを寄せているネーナが、申し訳なさそうにレナに話しかけてきた。
「済んだことを気にしてもしょうがないでしょ。だから、気にしないで。あと、手当てしてくれて、ありがと」
レナはネーナに苦笑いしながら、先ほど捻った足首を見つめる。
清潔そうな白い布が、ぐるぐると足首に巻かれていた。
ネーナに応急手当てをしてもらったのである。
「いや、でも、オレは序盤でばてちまったからな。応援のやつらを潰したのは、ほとんどアキラだよ」
ネーナは横目に、鎧を脱ぎ終えた昶を見た。
その視線に気付いた昶は、
「ネーナさんは仕方ないですよ。俺を陸まで上げるのに、力使い果たしちゃっただけですし」
と言いながら、シュタルトヒルデを鋭い目つきで眺める。
「いや、それでも情けねえよ。オレの本来の仕事は、そっちに丸投げしちまったわけだからな」
「そんなこと言ったら、俺だって……。結局、二人を助けてくれたのは“アイツ”だし」
『アイツ』と言うのは他の誰でもない、“ツーマ”である。
二度に渡って昶が命のやりとりをした、強敵中の強敵。
通常の魔法に対して優位性のある、闇精霊の使い手。
そんな相手にレナとエルザを助けられたことが、昶はなにより腹立たしかった。
なんでもっと早く駆けつけられなかったのか。
自分で自分が情けない。
「二人とも……」
と、昶とネーナが暗いトーンの会話をしていると、若干イラッとしたレナの声が室内に響いた。
しかも、声量はかなりひかえめである。
その理由は、
「静かにしなさい。起きちゃうでしょ」
レナの膝の上にある。
「もう、はちれまちぇんよぉ、むにゃむにゃ……」
口の端からだらしなくよだれを垂らしたエルザが、レナの膝の上でぐっすり眠っていた。
相変わらず、公共の場ではお見せできないような悲惨な状態である。
レナはそんなエルザの頭を、そっと撫でてやった。
「いっぱい走り回って疲れてるみたいだから、今は寝させてあげましょ」
レナに頭を撫でてもらうエルザは、あんなことがあった後だというのに、とても幸せそうな顔である。
そんなエルザの寝顔が移ったのか、昶もネーナも暗い気持ちを忘れて笑みを浮かべるのだった。
真夜中のレイゼンレイド。
エルザ付きのメイドであるミゼルは、自分の主が床に就いたのを確認して部屋を後にした。
抜け出したことをネーナとそろって、父親の国王にこってり怒られたらしく、元々ぐったりしていたのが今はまるで干物のようになっている。
ちなみにネーナの方はと言うと、エルザの命令との板挟みもあって疲労の度合いがすさまじい。
それでも今日は、徹夜のお仕事だ。具体的には、近衛隊の装備の手入れ。
数百人分の武器や鎧やらを一つ一つチェックしていくのだから、作業が朝まで続くのは確定済みである。
「ミゼル、話がある」
ミゼルがエルザの部屋を出ると、ぴっちりとした燕尾服に身を包む老人が立っていた。
身長は高く、ネーナと同じくらいだ。
色素の抜けた白髪はオールバックで、うなじの辺りで一本にまとめられている。
身体付きはがっしりとしていて、非常に頼りがいがある。
「あの、それって、長くなるんでしょうか?」
「いや、すぐに済む。お前の部屋でいい」
「は、はぃ。わかりました」
ミゼルはびくびくと肩を震わせながら、老人を自分の部屋へと招き入れる。
老人になにを言われるか、もうミゼル自身もわかっているのだ。
きっと、怒られるに違いない。
日頃勝手に抜け出される時は、気付かれないように付いていっているのだが、今日は完全に出し抜かれてしまった。
ネーナに一枚噛まれてしまっては、ミゼルにもどうしようもない。
「お前、自分の役目をしっかり理解しているのか?」
「はい、すいません。エドモンド様」
ミゼルはうつむきながら、上目遣いに老人――エドモンド――を見つめる。
竜種のような鋭い眼光に、ミゼルは思わず後ずさった。
それだけの力を、エドモンドは持っているのだ。
「なにがあろうと王女殿下から目を離すな。そんなことも忘れたか」
「いえでも、ネーナさんも一緒でしたし……」
「そんなことは聞いていない」
「ひぃっ!?」
びくんと、ミゼルの肩が細かく震えた。
怖い。エドモンドから溢れ出す負のオーラが。
あまりの圧力に耐えきれず、思わず膝を屈する。
そんなミゼルの様子に、エドモンドは思わずため息をついた。
「まったく、貴様にもネーナ=デバイン=ラ=ナームルスほどの才覚があればな。まったく、惜しい人材だ」
「…………」
なにも言い返すことができないミゼルを尻目に、エドモンドはミゼルの部屋を出た。
ミゼルはぎゅっと拳を握りしめ、胸中で思いを吐露する。
――イレーネ……、ごめんね。
胸の内に罪悪感と劣等感を抱きながら、それでもミゼルは自分を奮い立たせた。
初めての人初めまして、久しぶりの人お久しぶりです。今回も色々どっかり投稿しております、蒼崎れいです。改定の関係でかれこれ七~八ヶ月ぶりの更新です。お待たせしてしまった読者の皆様には、非常に申しわけない気持ちでいっぱいです。いえ、ほんとにね、うん。
そんなわけで、十一話これにて終了でございます。今回はレナちゃんがちょっとだけ大活躍した回でした。頑張った、頑張ったよあの子は……。それとはまた別に、きな臭い組織が登場したり、例の少年が出てきたり、もうその他いろいろ出てきてますね。さてさて、いったいどんな方向に物語が進むのやら。
あと全然関係ないですけど、二年の後期も単位がちゃんと全部出ました。よかったよかった。それと、今期もまた鬼畜な講義があります。材料から削り出して、部品発注して、ロボットを作る講義です。綱引き・ボールをゴルフカップに入れる、の両方が可能なロボット。最小状態で400mm×400mmで重量は6.5kg以内っていう。まったく、三年生のやるような講義とは思えんぜよ。
そんなわけで、今年も大忙しでゆっくり更新です。では、また次話でお会いしましょう。