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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第一章:若き陰陽師と幼きマグス
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第十一話 感謝祭ネプティヌス Act05:海竜レース

 ネーナはスタートの合図と同時に手綱を振るい、腹の辺りを両側から軽く蹴った。

 それに呼応して、ネーナと昶を乗せたパルバクルスはぐぃっと一気に加速する。

 想像していた以上の加速度に、二人はそろって落竜しかけた。

 スピードは、足の速い人間が陸上を全力で走るより少し速いくらい。

 巨体の割には、けっこうなスピードだ。

「あっぶねぇ……」

「ネーナさん、あんま荒っぽいのはやめてください。今落ちるかと思いましたよ」

 バランスを整えた昶は、とりあえず他の選手はどうかと周囲の状況に目をやる。

 昶達よりも前にいるのは四組、後ろには五組だ。

 ちなみに、残りの五組はスタート直後、あるいは操縦不能で他の組とぶつかったりしてすでにリタイアしている。

 海竜の操縦が初めてにも関わらず、真ん中にいるのはまずまずの結果と言っていいだろう。

「そんじゃま、とっとと前の連中ぶち抜くか」

「先に言っときますけど、当てる自信とかありませんから」

 とか言いつつも、昶は一番近い乗り手を狙って弓を引き絞った。

 十割ほど強引にやらされているとはいえ、勝負事に負けるのもやっぱり嫌だ。

 やるからには絶対に勝ちにいく。

 そしてそれは、ネーナも同じであった。

 待機中はぶつぶつと愚痴をこぼしていたにも関わらず、

「肉体強化使ってしっかり捕まってろよ。飛ばすぜぇ!」

 実はお前やりたかったんじゃねえか? とでも思いたくなるような盛り上がりを見せている。

 ネーナはこれが生まれて初めての海竜操縦だというのも忘れて、パルバクルスの腹を思い切り蹴った。

「おぅわっ!?」

 昶は振り落とされないよう両腕と上半身でバランスを取りながら、両足でがっちりとパルバクルスの腹をホールドする。

 あまり強くやりすぎても表面のぬめりで滑ってしまうし、下手したらそのまま暴れ出して落竜しかねない。

 絶妙な力加減で、昶はパルバクルスの急加速をやりすごした。

「あんま揺らさないでくださいよ! これじゃ全然狙いが定まんないじゃないですか!」

「うっせえ! どのみちこの速度じゃ予選突破は無理なんだから、飛ばすしかねえだろ!」

 昶の意見は、真っ向から全否定である。

 天上天下唯我独尊、世界は自分を中心に回っているんだと言わんばかりに全速前進。

 同乗者の都合なんかは全く考慮してくれないようだ。

 ネーナの説得をあきらめ、昶は改めて弓を構えた。

「このっ!」

 放たれた矢はきれいな放物線を描いて、標的の十メートルほど手間に着水した。

 それを見たネーナの一言。

「……へったくそ」

 まさに、仰る通りである。

「だから、最初から当てる自信なんかないって言ってるでしょ……」

 と、昶のテンションが下がってる所へ、ガーンッ!

「うぉっ!?」

 こめかみ辺りから来た衝撃に、ネーナは思わずバランスを崩した。

 昶は反射的に手を伸ばし、ネーナを支える。

 間一髪、間に合ったようだ。

「ってて、気を付けろよアキラ。前だけじゃなくて後ろにも気を配ってねえと、簡単に撃ち落とされちまうぜ」

「すいませんねぇ、気が回らなくて」

 昶が矢の飛んできた方を見ると、後ろからどんどん追い上げてきた組が放ったようだ。

 術でも使えば簡単に迎撃できる距離なのだが、支給された武器以外と魔法の使用は禁止されている。

 こっちはレナやエルザの魔力をずっと見張ってんのに、とかぼやきながら、昶は追い上げてくる海竜の操者を狙って身体をねじり弓を引き絞る。

「おい……、いったん前に集中した方がいいぜ」

「なんでですか?」

 首だけを前方に向けた昶はその瞬間、ネーナの発言の意味を理解した。




 ネーナと昶を含め、各選手達の視界に第一の関門が出現した。

 小さな波を打つ海上に、柱のようなものが所狭しと並んでいる。

 よく目を凝らして見ると、その柱の正体がわかった。

「氷、ですね。これならレース見ときゃよかった。障害物って、他になにがあったっけ……」

「さあな、オレも見てなかったし。上のマグス連中がやってんだろうけど」

 ネーナは忌々しげに、空中で待機しているマグス――恐らくは魔法兵――を見やった。

 キレて魔法をぶっ放さないか心配する昶をよそに、ネーナはスピードを落とさず障害物である氷柱に突っ込んだ。

「ちゃんと捕まってねえと振り落としちまうぞ!」

「わかってんならちょっとはこっちの身にもなってくださいよ!」

 ネーナは危なっかしく爆走しながら、氷柱を次々とかわしていく。

 パルバクルスをぶつけたり、枝のように伸びる氷を上体を下げてかわしたり。

 パチパチと鎧の表面で軽快な音を立てるのは、恐らく小さな氷の粒だろう。

 兜をとり、海竜も停止させれば、さぞ綺麗なダイヤモンドダストを見ることができるのだろうが、残念ながらそんな余裕はない。

「ごあっ!?」

「わりぃ、ぶつかった」

 と、昶が別のことを考えていると、暴走特急と化していたネーナはパルバクルスを思い切り氷柱にぶつけた。

 滑るのを通り越してそのまま飛んで行きそうになるのを、昶は両足でがっちりパルバクルスの腹をホールドして耐える。

 今のは……、正直危なかった。

「スピード出し過ぎなんですよ。初めての操縦なんですから、もうちょっと慎重に行ってください!」

「っせぇなぁ。勝負事ってなぁな、勝ってナンボだろうが! いちいち気の小さいんだよ。お前ホントに付いてんのか?」

「そんなもん付いてるに……ってそんなことサラリと言わないでくださいよ!」

「だぁああもう。ネチネチネチネチ、女みたいなやつだなぁ。お前はエドモンドかよ」

「……誰ですか、それ?」

「王宮の使用人頭。従者とかメイドとかの使用人の中で、一番エラいジィさん」

 ――そんなん言われたってわかんねぇよ……。

 更に言えば、『ジィさん』の時点で女ですらない。

 と、昶が微妙に呆れ返っている内に、ネーナは再びパルバクルスを前進させる。

 今度はある程度スピードを落としているのは、先ほど氷柱にぶつかったせいだろう。

 ネーナにも一応、学習能力はあるようだ。

 だんだんネーナの操作に慣れてきた昶は、周囲の選手達に目をやった。

 誰もがスピードを落とし慎重に、しかし確実に氷柱の間をすり抜けていく。

 しかもネーナみたいに氷柱にぶつかった選手もいるらしく、前の方は一組、後ろの方は三組減っていた。

「さっき矢撃ってきた人達、上のマグスに助けられてますよ」

「自爆したのか。いい気味だぜ。そんじゃこの際、もうちっと数を減らしとこうぜ」

 と、ネーナは一時の方向にいる組を指差す。

 昶の記憶では、あれは確か一番先頭にいた記憶があるのだが、順位を下げてきたらしい。

 どうやら、細かい動きをさせるのが苦手なようだ。

「あれならほとんど止まってるし、頑張れば落とせるぜ」

「簡単に言ってくれちゃって」

 とかぼやきながらも、昶の闘志は燃えていた。

 このまま出番もなく、誰も落とせなかったらそれはそれで嫌だ。

 せっかく弓矢があるのだから、意地でも当てたい。

 ネーナの必死の追い上げに答えるように、昶も狙いを定めた。

 そして、

「いけっ」

 弦を離すと同時に、ヒュンっと軽い音を立て矢が飛び出す。

 距離は百メートルそこそこ。普通の人間では目標すら見えないような距離であるが、五感の感度を向上させることのできる昶なら、それも可能である。

 矢は大きな放物線を描いて、目標の二、三メートル向こう側の海面に飲み込まれた。

「おしい! もうちょい手前だ!」

「わかってますって!」

 昶はさっきと同じ角度で、しかし弦を引く力を少し抑え再び矢を放った。

「お、いい感じじゃねえか!」

 ネーナが期待のこもった視線を送る矢は、見事に海竜の操者――ではなく海竜の背中に着弾した。

「のぁあああああ! 当たれよ、あそこまでいったら!」

 矢に当たっても仕方がない。

 そうこうしている内に、向こうは氷柱を抜けてしまった。

 距離が距離だけに向こうから矢が飛んでくることはないが、その代わり、チャポン。

「ネーナさん、こっちも追い付かれてますよ」

 後方から矢が飛んできた。

 振り返ってみると、後方から追い上げてくる二組が、そろって昶とネーナを狙っていた。

「さて、オレらもとっとと抜けるか」

「そうですね」

 昶が後方から飛んでくる矢をつかみ取るのを横目で見ながら、ネーナは氷柱のエリアを抜けた。




 第一の関門を通り過ぎた所で、リタイアを免れたのは六組。

 一レース分しか見ていないが、あの時もゴールをしたのは四組程度だった気がする。

 もしかしたら、全滅したグループもあったのではなかろうか。

 昶は目の前に見える二つの障害を見て、ふとそんなことを思った。

 まず前方に見えるのは、自然には絶対起きそうにない渦潮である。

 有り得ないくらい大きいとかなら、まあまだわかる。地形的に絶対有り得ないとしても。

 だが、今昶の目の前に広がっているのは、渦潮の群れ(●●)なのだ。

 直線距離で五〇メートル弱向こう側まで、数を数えるのも嫌になるくらいの量が広がっていた。

「あれも上の連中がやってんのか? ったく、撃ち落としたくなるぜ」

「いえ、あれたぶん精霊ですよ。水精霊(ウンデネ)の気配もありますし。規模は下位階層(ケースト)くらいですけど」

 と、そう言って昶は眼下に広がる水面へと視線を落した。

 目視では確認できないが、確かに気配を感じる。

「まあ、マグスだろうが精霊だろうが、面倒なのには変わりねえな」

 ネーナは真っ直ぐに、渦潮の大群を見つめる。なんとなく、わかる(●●●)気がするのだ。

 直感としか言いようのない、曖昧で不確かなものであるが。

 力の流れのようなものを、確かに感じるのである。

 それはネーナの動物じみた本能か、もしくは生来から有するずば抜けたマグスの資質の為せる(わざ)かもしれない。

「とりあえず、突っ込んでみるか」

「沈んじゃったらどうするんですか……。いくらなんでも、あの中をこれ着て泳ぐのは辛いですよ」

 ネーナは昶が苦い顔をするのも無視して、

「そんときゃ、そん時だ!」

「いい加減俺のことも考えてくださいよ!」

 全速力で渦潮に突っ込んだ。

 例によって、昶の意見は完全に無視である。

 一応、渦と渦の間には通路になるような道が確保されているが、ネーナはそれも無視して最も渦の激しい場所へと特攻した。

「ちょ、なに考えてんですか! もっと他に色々あったでしょ!」

「うっせえ、エドモンドもどき! いいから黙って見てろって。およぉっ!」

 ネーナは渦を時計回りに三周ほど回った所で、手綱を振りパルバクルスの腹を思いっ切り蹴って左へと加速させた。

 左へ行こうとする力で右へ回ろうとする力を上手く中和させ、前方へと勢い良く直進する。

 まずは、一つ目の渦を突っ切った。

「そらそらそら!」

 次の渦は一周半した所で左の渦へ侵入し、その次は四分の一周した所で前方へ。

 そのまた次は一周と少し回って右の渦に、またまた次は三分の二周した所で左前方の渦へと切り込む。

 まるで曲芸師のように、ネーナは渦から渦へと危なげなく移動する。

 いや、同乗者である昶からすればものすごく怖いわけであるが、ネーナにとってはそうではない。

 上昇・降下・ひねりなど、三次元的な操作を必要としない分海竜の操作は幾分か簡単かもしれないが、初めてでこれほど乗りこなせる者は飛竜の操者でもなかなかいないだろう。

「ネーナさん、実はこっそり練習してたとか?」

「オレがそんな面倒なこと、するように見えるか?」

 と、ネーナは昶を振り返りながら言った。

 兜で見えないが、きっと笑っているに違いない。

「……それ、自慢になりませんからね」

 まったくもって、その通りである。

 ネーナの動物的本能のおかげで、氷柱以上に渦潮群を難なくクリアした昶達の順位は、現在なんと二位。

 このままいけば、予選突破も夢ではない。

 続く第三の関門であるが、これは強烈な威力のある大砲サイズの水鉄砲を海上に設置された砲台から撃つというものだ。

 狙っているのはどうやら、街の行商人達らしい。

 砲台は横一列に四つ、各砲台の間に配置されるようにその後ろにもう一列、更に同じようにもう一列という感じで、砲台は合計二〇台。

 割と大きめのイカダに、回転式の大砲だけを乗せたような簡単な作りだ。

 渦でもう一組沈んで、残りはたったの五組。

 そいつに二〇の砲台が向けられるのだから、たまったものではない。

『あー、念のために一応言っておきますが、選手の皆さんは現地協力スタッフの方に、矢なんて撃っちゃダメですからね~』

 しかも、とどめとばかりに、実況からも釘が刺される。

 と、対応策も特に浮かばない間に、昶とネーナの前方にある二門から水の砲弾が飛んできた。

 ネーナはそれを、華麗な手綱さばきで見事に回避する。

 スタートの頃の危なっかしさはどこにもない。

 勉強ができない分のポテンシャルが、きっと身体能力に割り振られているのだろう。

「こりゃ、よけるしか手は無さそうだな。アキラ、ここはしっかり捕まっとけよ。妨害とかいらねえから、オレの見てない方から飛んでくる砲弾を教えてくれ」

「りょーかい」

 昶は小さく返事をすると、神経を周囲一帯へと集中させる。

 ここからも、水精霊(ウンデネ)の気配を感じるのだ。

 これは昶の私見であるが、砲台に使われる水は水精霊(ウンデネ)の結晶を水にして作られているのだろう。

 それさえ感知できれば、三六〇度砲弾がどこから飛んでくるかわかる。

「まず左、その次は奥の右からです!」

「ナイスだ、アキラ!」

 ネーナはパルバクルスを最小限、進路を左右に振って砲弾を回避する。

 ネーナとしては、発射後の砲弾のことを言ったつもりなのだが、これは良い方向に予想を裏切ってくれた。

 撃ってくる前からどこから来るかわかれば、怖いものなしである。

 昶が前から来ますと言った直後、正面の砲台から水の砲弾が飛んできた。

「こっちは弾が来る前からわかってんだ。んなもんに当たるかよ!」

 ネーナは左に大きくスライドさせながら、まずは目の前の砲台を左側回りながら抜ける。

 目の前に見えた砲弾と、昶から伝えられる左奥からくるはずの砲弾。

 その両方を、右に大きく進路を取って回避する。

「ネーナさん」

「なんだ?」

「これ、弓矢の意味あったんですかね?」

「オレに聞くなよ」

 右に大きくそれた所で、ほんの少しだけパルバクルスの頭を左に傾けた。

 するとそこに、一直線に砲台を抜ける道が出来上がる。

 互い違いに配置された砲台は、斜めに進路を取れば一直線に駆け抜けることができるのだ。

 威勢のいい海の(おてこ)達の声が、強化された昶の耳を撃つ。

 砲弾の着水する轟音に紛れて、こっちを狙うよう連絡し合っているらしい。

「ネーナさん、一気に来ますよ」

「望む所だぜ!」

 受けて立つぜと言わんばかりに、ネーナもパルバクルスを加速させる。

 砲撃で更に二組が沈んで、残りは三組。

 これならもしかして、予選どころか決勝戦でも優勝できるんじゃ、と思った時、

『アキラ!』

 レナの声が昶の脳内を反響した。




 まず、昶の取った行動は二つだ。

 一つは周囲の水精霊(ウンデネ)の気配に割いていた集中力を、広範囲の魔力探知に回したこと。

 もう一つは背後を振り返り、強化した視力で数百メートル先にいるレナとエルザの姿を確認したことの二つだ。

「ネーナさん! 王女様が!」

「マジかよっ!?」

 たった一言ではあるが、それだけでネーナは今ある自分の守るべき人の状態を知った。

「人数は!」

「二人。でもこの距離じゃ、対処のしようがありませんよ!」

 昶の有する術の有効射程距離は、せいぜい五〇メートルが限度だ。

 近接戦闘を主体としている草壁流陰陽術の陰陽師は、長距離戦のスキルが皆無と言って良いほど乏しいのである。

「アキラ、思いっ切りオレに抱きつけ」

 と、昶が対策を考えていると、ネーナから意味のわからない提案が。

「え? なんでですか?」

「いいから早く!」

 常時のどこかおちゃらけた明るい雰囲気ではなく、獰猛(どうもう)な獣魔のような気迫。

 冗談で言ってるわけではないと理解した昶は、がっしりとネーナの腰に抱きついた。

「絶対に離すなよ? いいな!」

 そしてやはり昶の返事を一切待つことなく、ネーナの駆るパルバクルスは海中へと没していった。




「行っけぇえええ! ネーナーーーー!」

 スタートを告げる空砲と見物人の歓声に紛れて、エルザの大声は隣にいるレナの耳にも届いた。

 レナの方は思わず両手で耳をふさぐほどの音量だったのだが、エルザは特に気にしていないらしい。

 さすが、国内で最大の人口を誇る首都、王都レイゼンレイドを城から抜け出して歩き回っているだけのことはある。

 こっちは人混みで気持ち悪いのによく平気ねぇ、とか思いながらレナも昶とネーナの乗った海竜に目をやった。

 順位は五位。危なっかしくはあったが、なかなかの好スタートだ。

「確か、ネーナって飛竜の操縦経験しかないのよね?」

「はい。ネーナ達みたいな少数部隊は、基本的に飛竜で移動しますから。天候には左右されますが、地形に関係なく移動できるのと、やっぱり速度ですね」

「種類によるけど、速いもんね、確かに」

 と、レナはだんだんと見えにくくなる二人の乗った海竜を目で追いかける。

 まずは第一の関門、氷柱にさしかかった。

 遠目にも、かなりの密度で配置されているのがよくわかる。

「初めての操縦で、よくあそこまでとばせるわね。怖くないのかしら」

「ネーナならあり得そうです、そういうの。きっとアキラさん、今頃大変な目にあっておられるのでしょうね」

「そう思うなら、アキラのこと巻き込まないでいただけませんか?」

「でも、アキラさんなら大丈夫ですよ。フィラルダの時も、あたくしのこと守りながら都市警備隊の人達をばったばったと……」

「そんな物騒な話、こんな所でなさらないでください」

 レナはエルザの軽い口に、手をぐいっとやって黙らせた。

 この街にだって都市警備隊はいるのだ。

 それも、一般兵、現地に駐屯する魔法兵、王都から派遣される高位の魔法兵に加え、感謝祭に際して周辺地域からも応援の部隊も多く来ている。

 こういう催し物の開催期間中は犯罪の件数も平時に比べて多くなるので、その対策のためである。

 そんな通常よりも警備の人数が多い中で先のような不穏当な発言をすれば、警備隊の人間を集めかねない。

 自分がこっそり城を抜け出してきているのを、本当にわかっているのかいないのだか。

「むみゅぅ。しゅいましぇん、お姉しゃま」

 エルザは小さなお手てを二つ使って、自分の口をふさいでいたレナの手を押しのけた。

 そして押しのけたその手に、両の手でむぎゅうっと抱きつく。

 押し付けられる胸の量感に若干イラッとしながらも、レナはいつもの調子でエルザの頭をそっと撫でてやった。

 それだけでエルザは、はにゃあ~、と頬を赤らめながらくしゃあっと崩れた笑みを浮かべる。

 なんでエルザはこんなにも自分のことを慕っているのだろうか、とレナは時々思う。

 そりゃ、小さな頃からずっと遊び相手をしてはいたが、それだけだ。

 魔法は下手だし、すぐに手が出るし、感情を自分でも上手くコントロールできないし。

 こんなダメダメな自分を、どうしてこんなに慕ってくれるのだろうか。

 この再従妹(はとこ)の王女様は。

 まあいいか、と思っていると不意にエルザは、レナの方を向いた。

「お姉さま、ネーナ達四位ですよ! あと二組抜けば、決勝戦に進出できます!」

「わかりましたから、そんなに興奮なさらないでください。はしたないですよ」

「それはわかっているのですが、でもじっとしていられませんの!」

「はいはい。でも、はしゃぎ過ぎて海に落ちないようにしてくださいね」

「わかっております!」

 エルザは、ネーナー頑張ってくださーい! と叫びながら、ぶんぶんと手を振る。

 この距離では、もはやどれがネーナと昶なのかわからないが。

 ちなみに、もう片方の手はレナの腕に絡めたままである。

 と、エルザの頭を撫でている内に、あの反則みたいな障害物――渦潮の群れを五組も切り抜けた。

 あの中に、果たして昶とネーナはいるのだろうか。

 念話で話しかけても良いのだろうが、もしあの五組の中に残っていたら声をかけるのも悪いだろう。

 あんな頭のおかしい障害物の中を全速力で突っ切っているのだから、ふとしたことで海に落ちてもいけない。

 真冬の海、想像しただけで寒気がする。

「お姉さま」

「ん?」

 エルザに呼ばれて、レナは隣に視線を落とした。

 自分の肩くらいの位置に自分とそっくりな、でも自分よりちょっと可愛い顔した女の子が目に入る。

 ただ、さっきみたいな底抜けに明るい顔ではない。

 どこか、寂しそうな、でも嬉しいような、そんな顔をしている。

「今日は、ありがとうございます」

「なによ、いまさら。お嬢様のこの手のわがまま、いつものことじゃありませんか」

「いえ、でも、ご予定とかあったのではないかと思いまして。最近あたくしと会ってくださらなかったのも、色々とお忙しかったからでしょう?」

「違いますよ、大丈夫です。学院の寮にまで遊びに来られたら、それだけで騒ぎになってしまうので、控えていただけです。それに今日は、元々なんの予定もありませんでしたから」

「そうでしたか。でも、本当に嬉しかったのです。お姉さまとこうして遊ぶの、久しぶりだったので」

「別に、その辺ぶらぶらしてただけですよ」

 ぴとっと、エルザはレナの肩に頭を乗っける。

 そして更に、レナの腕により一層強く抱きついた。

「でも、本当はこういうのも卒業しなくてはならないのですよね? お姉さま、いつもそう仰っておられますし」

「そりゃまあ、そうですよ。あたし達は、自分の領地の民を守る義務があるの。その自覚があるのなら、いつまでもお気楽なままいられてはいられませんから」

「そうですね。王族としての自覚がお有りなら、このようなことばかりされていては困ります。もっとも、今回はそのおかげで必要な手間が省けたというものですが」

「っ!?」

「ぇ?」

 今の状況に、エルザは頭が付いていかないらしい。

 若い男の声がしたのだ。

 そんなエルザとは正反対に、レナの頭は高速で情報を整理し、状況を確認していた。

 エルザは黙って城を抜け出してきた。

 王国は秘密裏にエルザのことを探そうとするだろう。

 そしてもし見つけた場合は、応援を読んで逃げられない状況を作ってから確保に回るはず。

 だが、ちらりと背後を見た感じ、そのような様子はない。

 つまり、たった今声をかけてきた人物は、エルザを連れ戻すために来た人物ではない(●●)

『アキラ!』

 届くことを信じて、レナは昶に思念波を送った。

「そちらのお嬢様も、余計なことはなさらない方がよろしいかと存じますが」

 と、今度は別の若い男の声が聞こえた。

 そしてレナの首筋にピタリと、極小の刃物が添えられる。

 今のは恐らく、念話の際に発生する微弱な思念波をキャッチされたのだろう。

 これで、念話は使えなくなってしまった。

 そしてきっと、エルザも自分と同じ状況にある。

 昶が来るまでは、自分でなんとかしなければならない。

 魔法が下手だろうが、学生だからだろうが、そんなの関係ない。

 自分を慕ってくれる、妹みたいに可愛い王女様を今この瞬間に守れるのは、自分だけなのだから。

「あんた達、いったい何者?」

 周囲には聞こえないように声のトーンとボリュームを落として、レナは背後の二人に話しかけた。

「この国の未来を(うれ)う者だ」

「今の改革的な政策には、国内の大部分となる保守派の領主達に不評でな。いつ暴走してもおかしくない状態にあるのだ」

「つまり、王女殿下をダシにして、王様に今までの堅苦しい形だけの形式ばった伝統を守らせようって、そういう魂胆ってわけ?」

 男達はなにも答えない。

 だが、その答えとばかりに首筋に押し付けられる刃物の圧力が、大きく増したのがわかった。

 図星を突かれ、イラついているのだ。

「貴女にも一緒に来ていただきます」

「こちらとしても、手荒なことをするつもりはありませんので」

 と、エルザとレナを拘束する男達は、二人の身体を引っ張り始める。

 先ほど宣言した通り、どこかへ連れて行くつもりなのだろう。

「人の首に刃物突きつけておいて、なにを今さら……」

 レナは忌々しげに、自分の首筋に刃物を当てる人物を振り返った。

 目に入ったのは、うっすらと赤味を帯びた金属板をつなぎ合わせた鎧。

 各都市に駐留する魔法兵である。

 王都から派遣される扱いとなる蒼銀の鎧をまとった魔法兵ほどではないにしろ、今のレナにどうにかできる相手ではない。

 例えどこに連れて行かれても、絶対にエルザには手出しさせない。

 そう思った瞬間、レナの身体を押さえつける兵士の顔面に、勢いよく矢のようなものが飛んできた。

 直撃を喰らった兵士は、まるで馬に蹴られたかのように後方へと吹き飛ぶ。

 ――今だ!

 レナはエルザのエプロンドレスのエプロンの内側に手を差し込むと、そこから重たい棒のようなものを取り出す。

 ブルーサファイアのはめ込まれた銀杖、エルザの持つ発動体だ。

「こんのぉおおおおお!」

 その重量級の発動体で、エルザの身体を押さえつける鎧の男の後頭部をぶん殴った。

 死んでもおかしくないダメージは鎧によって軽減されたが、それでも防ぎきれなかった衝撃が男の脳髄を揺さぶる。

 本人の意志とはいえ無関係に、鎧の男はその場にだらりと尻餅をついた。

「早く、こっち!」

 レナはエルザの手を引くと、人垣の中を強引に割り込んで駆け出した。

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