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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第一章:若き陰陽師と幼きマグス
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第十一話 感謝祭ネプティヌス Act03:早めのお昼

 現地時間でたっぷりと三〇分は海底散策を楽しんだ四人は、けっこう早めの昼食をとっていた。

 店内の時計の指す時刻は五時半前。地球では午前十一時前と、お昼を食べるにはまだちょっと早い時間帯である。

 人によっては、これから起きて活動するような者もいるだろう。

 女子率が高いからなのか、テーブルに並んでいるのは昼食と呼べるような食べ物が六割、どう見てもデザートにしか見えないものが四割という構成になっている。

 女の子は甘いものに目がないとよく聞くが、あれはガセではなく本当のようだ。

 新鮮な魚介類を目当てに来る観光客がいるだけあって、魚を使った料理が多い。

 さすがに、煮付けや刺身と言ったものはなさそうだが。

 どれもがグリルしてあったり、スープにしてあったり、蒸し焼きにしていたりと、火が通っている。

 日本人の昶としては、やっぱり刺身や寿司なんかも食べたくなるのだが、やっぱりそこは我慢するしかないだろう。まあもっとも、せめて醤油もセットでないと願い下げである。

 そんなこんなで四人は大きめのテーブルに広げられた料理をつっつきながら、幻想的であった海底の景色の話題で盛り上がっていた。

 ちなみに席は店内の四隅の一つで、二面が壁の座席にエルザ、その隣にネーナ、そのネーナの向かい側に昶、昶の隣にレナという配置になっている。

「それでですね、おっきな海竜が出てきた時に、ネーナったらこんなにびっくりしてですね」

「んなこと言われてもですよ、実際にあのサイズの海竜に暴れられちゃ、あんな船もどきなんて海の藻屑確定だぜ? あいつを討伐しようと思ったら、都市警備隊のマグスが二、三〇人は必要なんですから」

 エルザの発言に対して、必死になって抗議するネーナ。

 今回目撃した海竜と同程度の大きさの竜種を討伐した時のことを引っ張り出しては、身振り手振りでエルザに自分が驚いたのは至極当然なのだと説明していた。

「それなら、あんな人の沢山いる街の近くにいたことの方が驚きよ。ブラキュリオスは大人しいだけじゃなくて、けっこう臆病な種類なんだから」

 そんなネーナが困っている所を見て、レナは更に追い討ちをかける。

 苦虫を噛み潰したような顔になったネーナに勝ち誇った笑みを浮かべながら、レナはフォークで巻き取った海鮮パスタをちゅるりとすすった。実に嬉しそうだ。

 そんなレナの何気ない笑顔に、昶の心臓はどくんと大きく鼓動する。

 普段とはまた違った雰囲気の漂う笑みに、思わず見とれてしまったのである。

「……ん?」

「いや、なんでもない」

 が、レナに気付かれそうになる前に、慌てて視線を逸らした。

 どうやら、気付いてなかったようだ。

 昶の返事にレナは首をかしげながら、頭上にいくつものクェスチョンマークを浮かべている。

 もしまじまじと見ていたことに気付かれれば、あんたなにじろじろいやらしい目で見てんのよ、とか言われかねない。

 レナとの間に生じた妙な空気を、昶はぶんぶんと頭を振って追い出すと、

「ブラキュリオスねぇ……」

 とりあえず、話題の渦中にある海竜種の名を口にしてみた。

 口にしてから、いったいどんなやつだったかを思い出してみる。

 長い首と爬虫類然とした長大な顎に、滑らかだけどごつごつした白い体表。全長は二〇メートル弱。

 海竜種特有の、極小の鱗とえらに水かきなんかもあったっけ。と、昶はレナの言っていたブラキュリオスの特徴を思い出す。

 確かに、あのサイズを討伐するとなれば、それなりの人数は必要だろう。

 この世界の竜は神格ではなく大型生物に相当するものなので、難易度は高いことは高いがそこまで難しくもないだろうか、と隠れ里にいた頃の任務に当てはめてみる昶であった。

「確かに、あれやろうと思ったら、最低でも三〇人は欲しいですね」

「だろ!!」

 ようやく到来した味方の存在に、歓喜するネーナ。

 席から立ち上がって、昶の鼻先数センチの所まで乗り出してくる。

「ネーナさん……、顔近い」

「あ、わりいわりい」

 今気付いたとばかりに、ネーナはよっこらせと席に着いた。

 なんだかんだで、この人も顔立ちはかなり方良いなので、あんな近距離にいると意識せざるを得ない。

 もっとも、レナと違って感じるのは顔が火照るようなもやもやとしたよくわからない気持ちではなく、完全に威圧感や緊張感だったりするわけだが。

「だから言ったでしょ、お嬢様。オレがちょっと驚いたのも当然の反応なわけですよ!」

「ネーナ、言い訳するなんて男らしくないですよ」

「……お嬢様。オレも女なんだけど。さすがに今のは、オレの乙女心に傷が付きましたよ?」

 傷付くような乙女心なんてあったのかと、ネーナに冷めた視線を送るレナと昶。

 変装している現状では付け毛やらメイクやらで着飾っているものの、普段は化粧っ気なし、お洒落っ気なし、普通の男よりも男らしいというネーナのどこに乙女心があるのか、甚だ疑問である。

 そんなレナと昶の視線に気付いたネーナはと言えば、

「な、なんだよ……。その疑いの目は」

 二人をじろりとにらみつける。

「べぇつぅにぃ」

「なんでもないです」

 と答えるレナと昶。

 そんなネーナのにらみもどこ吹く風のように、レナと昶は不自然に視線をそらしながら、大皿に盛られた料理に視線を落とした。

 完全アウェイの空気に、ネーナは少し居心地が悪そうである。

 難しいような笑っているような、よくわからない表情のまま固まっている。

 普段から女性らしさなど欠片もない生活を送っている自分自身に否のあるわけであるが、さすがにこれは堪えたようだ。

 レナとエルザと昶がそろってネーナの方を見てみると、虚ろな目をしたまま、『はは……ははははは……』と乾いた笑い声を発していた。

『なぁ、レナ……』

『な、なによ……』

 見るに見かねた昶は、契約の時にできた経路でレナに話しかけた。簡単な念話である。

『さすがに、あれはまずいだろ』

『まあ、護衛官としては失格ね』

『いや、そうじゃなくて……』

『わ、わかってるわよ! ちょっとやりすぎたかも……』

 と、反省するレナ。苦手意識と劣等感から、少々キツく当たってしまったのだ。

 もちろん、決してそうしようと思って言ったわけではない。

 そんな芸当ができるほどレナの口は達者ではないし、本人の性格から考えても有り得ないだろう。

 普段いくら刺々しくて乱暴でも、根は真面目で優しい、良い子なのだから。

『ねぇ、アキラ』

『ん?』

『どうしたらいいかな?』

『そうだなぁ……』

 魔術・戦闘関連の知識以外な平々凡々な頭で、地球時間で考えること十秒。

 浮かんだ案と言えば……、

「まあ、ネーナさん。これでも食べて元気出してください」

 と、昶は甘そうなケーキを一欠片、フォークに突き刺してネーナの口元にもっていった。

『あんたねぇ……。そんなんで機嫌直ったら苦労しないでしょ!』

『んなこと言われても……』

 やはり十秒ぽっちで考えた案ではダメだったかと、昶が少々気落ちしていると、

「…………あむ」

 ネーナが首だけを器用に動かして、眼前のケーキにぱくついた。

「これ超うまいぞ!」

『『……直った』』

 ネーナから力強いコメントをいただいた昶であった。




 ネーナ弄りも一段落した所で、いよいよ本命の話題に入った。即ち、今日シュタルトヒルデ(ここ)に来た目的である。

 ネーナは声のトーンとボリュームを二回りほど下げ、更に声を潜めて話し出した。

「にしとも、今日一体なにが起こるんだか。いきなり攻撃されたりなんかしたら、目も当てられないぜ」

「それもそうだけど、ここを占拠しても戦略的優位性は低いわよ。確かに世界最大級の貿易港ではあるけど、王都や他の大型都市はけっこう距離があるし。それに港を奪った所で、レイゼルピナの貿易はほとんどが空路。こう言っちゃなんだけど、代わりならいくらでも効くわよ。最近は人工湖を作る技術もかなり上がってきてるしね。まあ、あえて言うなら船がいっぱいあるくらいかしら。燃料はないけど」

 さすが博学のレナと言った所か、シュタルトヒルデにおける戦略的な価値をつらつらと述べていく。

 やはり、優等生は伊達じゃない。

 ここに来るまでに見た景色を思い出してみて、昶もそれには納得した。

 確かにラズベリエに行った時より、かなり時間がかかった。まさか前日から竜籠に乗り込んで、そのまま一夜を過ごすことになろうとは。

 久々にレナと同じ部屋? で寝たので、たがいに緊張してなかなか寝付けずに苦労した。

 女の子の甘い匂いで頭がキンキンに冴えてしまった昶は、結局日の出前まで眠れなかったのだ。

 なにより、シュタルトヒルデは他のレイゼルピナの主要都市から、高い山脈を一つ超えた所に存在しているのである。首都であるレイゼンレイドを落とすには、距離の面で不備があるのは否めない。

 それに、食料や生活必需品のほとんどを他の都市(主にフィラルダ)や近くの小国に頼り切っているシュタルトヒルデでは、自給の面でも心配は山積みだ。

 平時こそ高い経済力で市場を引っ張っているものの、緊急時の場合は代用はいくらでも効く。

 それがレナの意見であった。

「燃料がないってのは?」

「精霊素の結晶のこと。主に、(ウンデネ)火精霊(サラマンドラ)ね。最近は主流が水蒸気機関に変わってきてるの。その二つを結晶から水と火に変換して使ってるってわけ。その方が火を維持する(まき)も、水も積まずに済むから軽いの」

 レナのわかりやすい解説に、質問した昶もふむふむと納得した様子。

 案外、先生とか向いてるんじゃないかと思ってしまうほど、その姿はなかなか堂には入ったものである。

「話を元に戻すけど、つまりはシュタルトヒルデって、精霊素の結晶も含めて資源がなにもないのよ。魚や海藻くらいしか。食料がそれだけじゃ、もちろん保つわけないし。だからここって、貿易止められちゃったらむしろ国内で一番弱い都市かもね」

 つまり、日本に輪をかけて自給率の低いとこなのか、と昶は勝手に想像してみる。

 確か最近、カロリーベースで四〇パーセントを下回ったとかどうとか、教科書に書いていたような気がする。

 たぶん、シュタルトヒルデ(ここ)って十パーセントもない気がする、と大変失礼な想像をする昶であった。

「まあ、戦略的なんとかはいいとして。ひ……お嬢様の話だと、本命は年末らしいから、本格的な襲撃はまだまだ先の話だろうしな。いったいなにがあるんだか」

「その話も相当胡散臭いんだけどね。まあ、それを信じると仮定して、本当になにをしたいのかしら。祭りの日はいつも以上に警備が厳しいから、襲撃とはないと思うんだけど」

 考えに詰まったネーナとレナは、ちまちまと白身魚のムニエルをつっついているエルザと昶の方を眺める。

「あの、あたくしそういうのはわからなくて。すいません」

「いや、俺だってわかるわけないだろ」

 予想を全く裏切らない――悪い意味で期待通りの答えを返してきた。

 まあ、そりゃそうだ。戦闘関連は見た目通りからっきしだめなエルザに、そもそも違う世界の住人である昶。

 こんな二人に聞くことが、そもそもの間違いである。

「まあ、戦闘じゃないなら、情報交換くらいしか思い付かねえけど」

「……………………」

「……………………」

 鳥の足にかぶりつこうとしていたネーナと、野菜いっぱいのポトフを口に含んでいるレナが、そろって動きを止めた。

 そして、

「それだ!」

「それよ!」

 全く同じタイミングで、ネーナとレナは声を張り上げる。

 その隣では、口いっぱいにパスタを詰め込んだエルザが、盛大に首を(かし)げていた。




 お客の人数が少ない時間帯とは言っても、席の七割以上は埋まっている。

 家族連れなんかもいて、人数は軽く三〇人以上。その全員の視線が、すみっこにいる“いかにもお嬢様っぽい身なり”の二人と、その“従者っぽい貧相な服装”の二人を注がれていた。

 なんだか知らないが、とても恥ずかしい気分だ。

 特に大声を出してしまったネーナとレナは、苦笑いしながらうつむいている。

 もっとも、本当に苦笑(くしょう)したいのはとばっちりを受けたエルザと昶であるが。

 ゴホンとわざとらしい咳払いを一つすると、先ほどより一層声を潜めてネーナが口を開いた。

「そうだよ。情報交換だよ。確か、学院からなんかの資料が盗まれたって、ユニコーン隊(うち)の総隊長が言ってたぜ」

 それはレナと昶が今なお鮮明に思い出すことのできる、創立祭の日の出来事である。

 慟哭とも言えるレナの悲鳴を聞いた日。

 激戦のさなか昶と再契約を交わした日。

 互いにとって、忘れようとしても忘れられない日である。

「それで、その『なんかの資料』ってなんなのよ?」

 当然レナは、その資料について聞いてみるわけであるが、

「さあ?」

 いかんせん、その相手がネーナである。

 こう言っちゃなんだが、戦闘以外では本当に役に立たないお方だ。よくこんなのが近衛(ユニコーン)隊に入れたものだと、レナは心底疑問に思うのだった。

 そんなレナの“はぁぁ、この人に聞いたあたしの方がバカだったわ”みたいな視線を受けたネーナは、大慌てで抗議を申し立てる。

「いやいや、オレこれでも隊の中じゃ下っ端中の下っ端だぜ? そんな情報、権力にしがみついてるようなジジィ共がオレに教えてくれるわけないだろ。あいつら、ただでさえ若い上に生意気なオレのこと嫌ってるんだから」

 ネーナは口先をとんがらせて、言い訳と同時に日頃の鬱憤(うっぷん)もまとめてぶちまけた。

 出る杭は打たれるとは、よく言ったものである。

 確かに目の前にあるネーナ()は、口は悪いわ態度は悪いわマナーも悪いわ、ついでに先輩は敬わないわ、実に打ちやすそうだ。

 レナと昶は、その某部隊と密接な関係にある一日限りのお嬢様(エルザ)の方を振り返った。

「はぁあ、ヘーハのひってるほほは……」

「はしたないでしから、先に口の中のものを全部飲み込んでからにしてください」

 レナに指摘され、エルザは必死に口をあむあむと動かし、食べた料理を一気に飲み込む。

 なんだか、小動物を見ているみたいで、とても癒される光景だ。

 で、ようやっとお口の中を空っぽにしたエルザは、最後にごっくんとのどを鳴らしてから再び口を開いた。

「んぐっ。ぱぁっ。お姉さま、ネーナの言ってることは本当ですよ。若い上に実力もあって、妬んでる人がいっぱいなのです。お給料の方も、出自があーだ身分があーだって、なにかと難癖つけられて可能な限り減額されてたりするんですよ」

「…………経理部に圧力かけるなんて。こう言っちゃなんだけど、うちの国も腐る所はとことん腐ってるのね。それも低俗な方向に」

 レナの率直な意見にエルザも、ほんとですよまったく、とほっぺたをぷくぅっと膨らませて怒りだす。

 やっているのが自分の国の高官なので、王族として思う所があるようだ。それを言えばレナやネーナも、腐る所は腐っている国の国民になるわけだが。

「別にいいって。金あったって、オレ使いきれねえし。そんじゃ、そろそろ行こうぜ。さっきから店員がジロジロ見てる」

 エルザはまじまじと、昶とレナはあくまでひっそり、フロアを右往左往する従業員に目をやる。

 こちらの視線に気付いたのか、ボーイさんやメイドさんは不自然にそっぽを向いたように見えた。

「オレ達の正体に気付いたわけじゃないだろうが、身なりのいいお嬢二人にみすぼらしい身なりのが二人だから、目立つんだろうな。たぶん、上流の貴族がお忍びで来てるとか思ってんだぜ」

 実際、その通りだ。

「それに、あたし達けっこうここに居座っちゃってるしね。そろそろ出てってくれないかなーくらい思ってるんじゃないの?」

 ネーナとレナが、それぞれの見解を口にする。

 確かに、もしもなにかが起こって怪我でもさせたら大問題だろうし、こういう店であまり長く居座るのもマナー違反と言えるだろう。

 実際、食事は終わっており、今はほとんど話しているだけの状態なのだ。これから最も忙しくなる時間帯なのだから、向こうも多くお客を入れたいだろうからそろそろ出発した方がいい。

 もっとも、エルザはまだデザートをご所望のようであるが。

「じゃあ、これ頼んだら本当に行くからな」

「はがっでまふぉ」

 エルザは、口の中にたっぷりと貝の身のバター焼きを詰め込んだまま、元気な返事をした。



 会計は、お金なんて滅多に使わないネーナが全額払ってくれた。

 ズボンのポケットから十数枚の紙幣やら硬貨やらを取り出し、ぼんとカウンターに置く。

 普段では見られないような金額だったせいか、会計担当をしていた女の子はびっくりしていたようである。

 レナが言うには、料金に対して出された金額が異様に高かったのだとか。

 もうこれは帰ってからネーナにお金のお勉強をしなければなりませんね、なんてエルザも言っていたし、きっとお金の価値が全然わかっていないんだろうな、なんて昶は思ったのであった。

 男の子の昶と男以上に男らしいネーナは置いておくとして、それに負けないくらいエルザもよく食べたのである。

 半分以上はスイーツだったような気がするが、向かいにいたレナが思わずスプーンを落としてしまうほどであった。

 テーブルを埋め尽くしていた皿の数から考えると、けっこうな金額になっているに違いない。

 もっとも、エルザやレナからすれば大した金額ではないのだろうが。

 ――あ、一応国家公務員みたいなもんだから、ネーナさんもけっこうもらってんのか。

 王室警護隊っていうくらいだから、公務員の中でも相当上の方なんだろうな、と昶は勝手に見当をつけていた。

 まあ、事実であるが。

「それで、次はどこ行くんですか? 姫さま(●●●)

「そうですねぇ……。海竜には乗ってみたいですけど、せっかくネーナに買って頂いた服を汚すのも忍びないですし」

 そんなこんなで店を出た四人は、現在人通りのほとんどない道を歩いている。

 恐らくは、住宅地かなにかだろう。道は大人三人でいっぱいになるほどで、お店のような看板も見られない。

 適当に歩いていたのもあって、沿岸部からだいぶ離れてしまったようだ。

 だが、今まで当社比十倍増しの人混みの中にいたのだから、休憩には丁度良かった。

 昼食をとったばかりでなにをそんなことをと言われるかもしれないが、さっきの店だってほぼ席が埋まっていたのだから、精神的に休んだ気はしない。

「お姉さまやアキラさんは、どこか行ってみたい所はございませんか?」

 エルザはその場でくるっと半回転すると、後ろに控えていた昶とレナに問いかけた。

「俺はいいよ。特に欲しいもんもねえし」

 と、即答する昶。若干声が強ばって聞こえたのは、間違いではない。

 隣にいるレナが横目で見ていたからだ。

 だからふわりと浮かんだエプロンドレスのスカートに目がいくのを、昶は必死に我慢した。

 見たらコロスわよ、と目が語っていたのである。

「そうねぇ……。シェリーやリンネに、お土産でも買ってあげようかしら」

「アイナとあの双子にもな。ミシェルには、この前世話になったし」

 と言った所で、昶は隣からすさまじい視線を感じた。

 そっと視線を感じる方向に見てみると、さっと顔をそらすレナの姿が映る。

 更にそのまま見続けていると、気まずそうに視線だけ向けてきた。

「なんだよ?」

「別に。確かに、ミシェルにはあんたの看病してもらった恩があったなって思っただけよ」

「恩なんて、そんな大層なもんでもないだろ。あん時は疲れてぶっ倒れただけだし」

「火傷とか切り傷とか、いっぱいあったでしょ。医務室が怪我した生徒でいっぱいだったから、色々面倒見てくれたのよ」

 なるほど。通りで疲労感以外は目立った怪我がないと思ったら、そういうことだったのか。

 戦闘中で痛覚が麻痺でもしていたのだろう。全然気が付かなかった。

「……なにょ。アイナ、アイナって」

「なんか言ったか?」

「なんでもない。行きましょ」

「ん……?」

 レナは不機嫌そうについっとそっぽを向くと、祭りでにぎわう海岸側に向かって歩き始めた。

 なぜレナが不機嫌になったかわからない昶は、頭の上にいくつもクエスチョンマークを浮かべていた。




 お土産でも買って帰ろうと意気込んだまではよかったものの、現実はそこまで甘くはなかった。

 濁流のようになって押し寄せる人の塊のせいで、思ったように歩くこともままならいのである。

 手を繋いでいたレナとエルザはなんとかなったが、昶とネーナは完全に二人から分断されてしまった。

 もっとも、レナが近くにいるなら魔力の気配でいくらでも追うことができるわけなのだが。

 真っ暗い空間に一人だけ松明(たいまつ)を持っているようなものなのだから、見失うわけがない。

 それだけ、レナの発している魔力の量がすごいのである。

『アキラ、早く来なさいよ!』

『無茶言うなって。人が多すぎてなかなか行けねぇよ!』

『そういえば、魔力の気配とかであたし達のこと追えるんだったわよね。近くの店の入り口で待ってるから、早く来なさいよ』

『へいへお』

 喧騒なんかぶっとばす勢いで脳内を反響するレナの声に、昶はやる気のない返事を返した。

 最近は念話に慣れてきたのか、最初の頃のような雑音は無くなっている。音量が足りなくて聞こえなかったのを逆ギレされたのも、懐かしく感じる。

 ただし、叫ぶのはやっぱりやめて欲しい。

 昶はレナの気配のする方向に目をやると、二階建てらしき大きな建物が見えた。

 恐らくは、あれだろう。

「ネーナさん。あの建物の前にいるから、早く来いって」

「あの小娘が念話をねぇ。お前ら、そんなこともできたのか」

「魔力供給の経路を使って、やっとって感じですけどね」

「ふぅん。それよか、とっとと行こうぜ。あのお嬢の気の短さは尋常じゃねぇからな。この人混みだと、すぐには無理そうだけど」

 昶とネーナは人を押し倒さないよう注意しながら、レナ達の方へ向かった。




 ヴェルデは目の前に広がる光景に、感動を禁じ得なかった。

 巨大な樽のようなガラスケースがいくつも並び、強固な鋼鉄の壁に覆われた広大な地下空間。人の胴体ほどもある太いケーブルが床を埋め尽くし、必要最小限の白色光が室内をうっすら照らしている。

 更にガラスケースの(そば)には、自身が発光しているガラス板のようなものも見える。

 表面にはローデンシナ大陸に存在しないはずの文字が浮かび上がっており、まるで生き物のように刻々とその文字は変化させていく。

 精緻(せいち)極めるこれらの造形物は、科学技術では随一を誇るメレティスの技術力すら足下にも及ばないと思わざるを得ない。そして、それは実際にそうだった。

 ()の一族ですら完全なる完成を成し得なかった、神をも恐れぬ偉業。

 ガラスケースの中にある“モノ”を創ることができたのは、(まぎ)れもなくあの女(●●●)の力だ。

「いかがでしょうか?」

 “ノウラ”がヴェルデに感想を求める。現在ガラスケースの中で、完成しつつある“モノ”――人の形をしたそれについて。

「“ユリア”の報告にあったものより数が少ないようだが?」

「なにぶん、未開の分野ですので。エザリア女史の手助けがなければ、ここまではいかなかったでしょう」

「ならば、奴はどこにいるのだ?」

「ラズベリエにございます。クレイモアの御子息にお預けになった個体の整備だとか、申されておりました」

 受け渡しが済んでいることは、すでにヴェルデも知っている。この最終調整の時期になにをやっているのだか。

 まあいい。許そう。これだけの数がいれば、十分だ。

 完成した個体は試作の二体とクレイモアの青二才に預けた一体。そして現在目の前のガラスケースに浮かぶ十体の計十三体。

 これだけの戦力があれば、通常のマグスなど物の数ではない。

「核となるマギライト鋼の精製、例の術式作成と打ち込み、魔力の封入。どれも毛ほどのミスも許されない繊細な作業です。その点をご理解ください」

「あぁ、わかっている。大丈夫だ。これだけあれば、手を出さずには居られない十分な脅威となるだろう」

「そちらの護衛の方も、いかがでしょうか?」

 “ノウラ”はヴェルデの背後に控えていた、白銀の鎧をまとった青年にも感想を求めた。

 まさか自分にまで聞いてくると思っていなかった青年は、少しばかり慌てながらも周囲の情景をつぶさに観察する。

 見たこともない機械群がいったい何の為の物なのか、青年には全くわからなかった。

 ただただ、ガラスケースに浮かぶ人形には嫌悪感を、機械群には拒絶感を、部屋全体からは妙な圧迫感を感じる。

「自分には、ただすごい、としか……」

 そうとしか言えない。これは、この施設は、青年の理解の範疇(はんちゅう)を大きく踏み越えてしまっているのだから。

 理解できないものの感想を聞かれた所で、なかなか答えられるものではない。

 前衛的すぎる思想や芸術作品が、常人に理解できないのと同じように。

「つまらん男だな。お前も」

「自分は、魔法しか能のない者なので」

「ふん。まあいい」

 ヴェルデは特に気にした風もなく、“ノウラ”の方に振り返る。

「案内しろ。皆を待たせては悪いからな」

「はい。こちらに御座います」

 ケーブルのスキマから見える床を縫うようにして、“ノウラ”はガラスケースの向こう側にある扉へと向かう。

 ヴェルデと青年もそれに続いた。

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