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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第一章:若き陰陽師と幼きマグス
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第十話 おでかけ Act06:終わってみれば……

 結局時間を過ぎてもセンナは現れなかったので、シェリーは四人を引き連れて自分の見つけた面白い所まで案内していた。

 しかも、これが思っていた以上に距離がある。どうやらこのカジノ、なかなかの広さがあるようだ。

 建物の三階分はありそうな高い天井からも、それを(うかが)い知ることができる。少なくとも、狭い敷地に高い天井は似合わないだろう。

「シェリー。どこに行ってるのか、いいかげん教えてくれよ」

 気になって仕方のない一同を代表して昶が聞いてみるのだが、シェリーは『ナイショ♪』と言うだけで、なにも教えようとはしない。

 しかものんきに鼻歌まで歌い始める始末。いったいどんな面白いものなのか、四人は頭をかしげるばかりだ。

「じゃあ、それってギャンブルの一種なの? それくらいはいいでしょ」

 ハイテンションマックスなシェリーとは対照的に、ローテンションマックスのレナが、イライラする頭をなんとか押さつけながら聞いてみる。

「まあ、ギャンブルの一種ではあるわよ」

 とりあえず、エンターテイメント関連の単なるショーでないことは確かのようだ。

 それからしばらくシェリーについて行くと、四人は奇妙な人集(ひとだか)りを見つけた。昶達のいるフロアから一、二段ほど高い場所にいる彼らは、両手を振り上げ、雄叫びのような歓声を上げるのである。

 その集団が醸し出す異様な雰囲気に、シェリーをのぞく一同は思わず息を飲んだ。

「なにぼーっと突っ立ってんの? そこじゃなにやってるかわかんないでしょ」

 シェリーの手招きに、四人は仕方なく歩みを進める。

 すきまから前をのぞき見ることができないくらい、多くの人が集まっていた。さっきのテーブルゲームもけっこうな数だったが、ここはそれ以上だろう。

 人垣に沿って円を描くように進んで行くと、上のフロアに続く階段のようなものが目に付いた。そこだけ材質の違う石でできていて、どこか古風な趣が感じられる。

「この上よ」

 シェリーに促されるまま、四人はその階段を上っていく。耳が痛くなるほどの怒号と歓声は、恐怖さえ感じるほどの圧力を持って四人に襲いかかった。

 そして、完全に登りきった所で、




 ――ウォォォォオオオオオオオオオオォォ!!!!




 建物全体が揺れたのではないか。そう錯覚するほどの歓声が、全方位から湧き上がったのだ。

「あぁっ!? 負けてるじゃん! あれ最後のチップだったのにぃ……」

 と、なぜか四人の目の前でシェリーは膝を屈し、とてつもなくがっかりのポーズ。

「どしたの、あんた?」

 湧き立つ周囲の熱気とは対照的に、レナは冷ややかな目でシェリーを見下ろす。

 心配の色は欠片もなく、純度一〇〇パーセントの呆れ顔である。

「賭けてた方の選手が負けたのよ」

 くず折れた姿勢のまま、シェリーは下の方を指さした。

「……コロッセオ、か?」

 それを見た瞬間、昶の脳裏にその言葉が浮かんだ。地理や歴史の勉強で習った覚えがある。

 術者達にとって特別な意味を持つ土地――イタリアの首都ローマにある、巨大な建造物だ。古代ローマ時代に建造された闘技場で、現在は観光地としても有名なスポットである。

 少々新しめな印象を受けるが、今昶の目の前にあるのは写真で見たそのままの雰囲気を作り上げていた。

 造りも、熱狂する人々も、そして三階分は差のある下のフロアにいる二人の剣士も。

「まあ、見たまんまどっちが勝か賭けるの。勝った方は、掛け金を人数分で山分け。あと、クラスごとに掛け金の限度が決まってるみたい。立ち見の内側に入る入場料で運営してる感じね。さっき見てきたけど、むちゃくちゃ高かったわ。あと、出場者からもクラスに応じてそれなりの出場料を取るしね」

 いつの間に復活したのか、シェリーが茫然と下の光景を見つめている四人に説明する。

 もっとも、賭け以外のルールはレイゼルピナで一般的なものであった。

「ルールは普通の武道大会に沿って、武器は練習用の木刀や棍棒で、木製で刃のないものや布で巻かれたもの。顔面やその他急所への攻撃、故意に相手に怪我を負わせる攻撃の禁止。もちろん、殺人も御法度(ごはっと)よ。相手の武器を落とすかギブアップさせる、もしくは腰に巻いた簡単に解ける紐を奪えば勝利」

 そのルールにのっとったとすると、たった今下で行われていた試合は武器を落とされたからだろう。

 尻餅をついている男のずっと後ろに、長い木刀が見える。

 古代ローマ時代にコロッセオで行われていた闘技大会ではかなりの数の死人がでていたが、こっちはかなりクリーンなルールでやっているようだ。

 昶は父親から聞いただけなのだが、殺された人間の姿を見るのはかなりキツいらしい。

 特に喰い荒らされた人間や傷口の深い遺体なんかを見た時は、一週間は肉を食べられないとか。昶としても、想像するのはごめんである。

「まさか、面白いのってこれじゃないでしょうね?」

「半分正解だけど、半分外れー」

 シェリーはレナの質問に、意味のわからない答えを返した。

 半分ってなにバカなこと言ってんのよと、レナは横目でチラリ。冷ややかから絶対零度にクラスチェンジした視線が、シェリーに側面から突き刺さる。

 まあ、シェリーのことだから気にもしていないだろう。

「いや実はね、この後ある賭金がもっと大きな試合に出るから、それ全部私に賭けて欲しいの」

 と、リンネの持っているケースを指差しながら、シェリーは冗談でも悪ふざけでもなく、だがいつもと同じ調子で言った。

 どうやら、本気で出場するらしい。両目にワクワクという文字が流れて見える。

「あんた、絶対に勝つんでしょうね?」

「いざとなればグレシャス家の秘術、肉体強化でもこっそり使ってやるから大丈夫よ」

 と、シェリーはレナに向かってウィンクして見せた。まったく、このたっぷりな自信はどこからくるのやら。

 リンネは苦笑しながらも、小さくこくんと頷いて見せる。

「まったく、負けたら承知しないんだからね」

 幼馴染みの一言に、シェリーは今日一番の顔で笑って見せた。




 リンネとレナは指示された通り、今の試合の後にするシェリーの対戦に全チップを賭けてきた。一人では心細かったらしく、レナもついて行ってやったのだ。

 普段ひどいめにあっている昶であるが、こういう所があるから憎むに憎めない。根っこの部分では、レナはとても優しく、気遣いのできる女の子なのである。

 もっとも、

「なにジロジロ見てんのょ……」

 普段はまったく優しくないのが非常に残念だ。

 まあ、今日は今日でいつもと違ったりするのであるが。

 今だって目があったと思うと、慌ててそっぽを向いたり。かと思うと、伏せ目がちに昶の方をちらちら見てきたり。

 普段なら『バカ』だの『変態』だの『エロ猿』だの『色情魔』だの、罵詈雑言のコンビネーションが炸裂するのだが、今日は不思議とそういった発言がない。

 理由はわからないが、とにかく良い傾向である。

「別に」

 それだけ言うと、昶は下の方に視線を向けた。

 円の外周部分の立ち見席は無料だが、内側で座って観戦するには相当の金額が必要らしい。

 レナやシェリー、それにリンネ辺りなら出せない金額でもないのだが、そんなのにお金を払うなんて馬鹿らしいというシェリーの意見に沿って、四人は腰丈のがっしりとした手すりに上体を預けている。

 滑らかな手触りをした化粧石だ。しかも光が反射して目に入らないよう、加工が施されている。並びは右から順に、昶、レナ、リンネ、アイナ。

 昶の隣でなくてふてくされ気味のアイナであったが、下の試合が始まった瞬間から目が釘付けになっているので、問題ないだろう。

 実際、こういった光景を見慣れている昶から見ても、けっこうハイレベルな試合をしている。

 先端を分厚い布でくるまれた棍棒を繰る男と、刃に当たる部分が一メートルはある木刀を扱う男の、異なる武器同士の戦いだ。両方とも、プレートアーマーを着ている。

 間合いの違う武器での戦いは、短い方にかなり不利に働く。なぜなら、相手の射程圏内に入らなければ、攻撃が届かないのだから。

 下でやっているのは、恐らく槍使いと剣士だろう。

 棍棒を持っている選手の方は、突きや薙ぎでとにかく木刀の選手を近付けないようにしている。リーチの長さを生かした、上手い戦い方だ。

 だが、そうしなければ自分が餌食になるのもまた事実である。

 剣の間合いになれば、棍棒のような長い得物はむしろ邪魔にしかならないのだから。

 昶の見立てだと、五分五分と言った所だ。それにしても、木刀の選手の動きはなかなか良い。

 間合いの長短の関係から、リーチの長い棍棒の選手に対して木刀の選手は、常に相手の射程圏での戦わなければならない。

 対等に戦うには相手より高い技量が要求されるのだが、押しているのは木刀の選手の方だ。

 現にこれまでにも何回か相手の武器を弾き、自分の間合いまで追い込んでいる。棍棒を持っている選手の方が、及び腰になっているほどである。

 もっとも、木刀の選手が強いと言うより、棍棒の選手の方が弱い感じなのだが。あれなら昶やシェリーでも、肉体強化を使わず簡単にあしらえそうである。

 と思った瞬間、試合が動いた。

 木刀が見事に相手の手の甲を捉え、棍棒を落としたのだ。

 ――ウォォォォオオオオオオオオオオォォ!!!!

 再び建物全体が震えるかのような大絶叫が、闘技場に響き渡った。

「いよいよ、次はシェリーね」

「あぁ。まさか、圧勝しちまったりして。あいつ、けっこう腕上げてるからなぁ」

「…でも、九割は相手の人に、賭けてるみたい」

「大丈夫ですよ。シェリーさんが負けるわけありませんから」

 口々にそんな事を言っている内に、さっきまで試合をしていた二人は四角いに出入り口へと消えていき、代わりとばかりにスピーカーのようなハウリング音が闘技場に響き渡った。

 学院で先生達が使っている音量を拡張する術式を施した装置の、もっと大きな物を使っているのだろう。

『さあさあ、皆さんお待ちかね。本日最後の試合を始めたいと思います。それではさっそく、両選手の紹介から始めましょう』

 テンションの高いアナウンスの声に合わせて、歓声と口笛があちこちから上がった。

『元ラズベリエ警備隊所属、その実力は魔法兵に勝るとも劣らないと言われ、あまりの荒くれさに部隊を追われた無双の剣士、オルガァアアアア!』

 四角い出入り口からは、頭部以外をプレートアーマーで覆い、一メートルと二〇センチはありそうな木刀を持った男が現れた。

 一八〇はある長身にがっしりと筋肉がつく身体は、恐らく一〇〇キロ近い重量があるだろう。しかも、そのほとんどが筋肉という代物である。

 鋭い目つきにブラウンの短髪は、正に猛獣のそのものといった風貌だ。

『それに対するは、締め切りギリギリ、飛び入り参加の可憐な美少女。彼女がいなければ、今日この対戦は成立しなかった。街から街へのらりくらり、さすらいの旅人、シェリィイイイイ!』

 アナウンスの紹介と共に、オルガとは反対の出入り口からシェリーが現れる。

 武器は一メートル近い、いつもの三分の一は短い木刀。なんとカーディガン以外はそのまんまという、昶達にもびっくりな登場だ。

 だがそれ以前に、色々と突っ込みたい所が多々見受けられる。

「さすらいの旅人だって、あれ」

 と、シェリーを指さす昶。

「さすらい旅人があんな高い服着てるわけないでしょ」

 と、昶の言葉に正論で突き返すレナ。

「…少なくとも、スカートは、ない」

 と、冷静な突っ込みを入れるリンネ。

「それに、美少女って、シェリーさん」

 どうリアクションすればいいかわからず、ただ苦笑いするアイナ。

 四人が呆れ顔で見下ろしているシェリーはと言えば、のんきに手なんか振っている。それに観客も振り返し、黄色い歓声を送っていた。

 耳を済ませれば、食事に誘っている連中と、どこかに泊まろうと言っている連中と、脱げとか意味不明な事をほざいている連中と、その他多数のお誘いの言葉が聞こえる。

 これが本性を知ったらどうなることやら。

 四人はとりあえず、ほぼ間違いないシェリーの勝利を願うことにした。




 闘技場の中央へと飛び出したシェリーは、歓声を上げる客達に大きく手を振った。

「どうもみなさん、シェリーでーーーっす! 応援よろしくねーーーっ!」

 手を振りながら、自分の対戦相手を横目で盗み見る。

 雰囲気や出で立ちから見て、経歴に嘘はなさそうだ。そこにいるだけで、存在感が両肩にのしかかってくる。

 もっとも、創立祭の時のことを考えればこの程度の圧力(プレッシャー)、無いも同然であるが。

「姉ちゃん、イイ身体してんなぁ……。どうだ? この後その辺の店で一杯やらないか?」

「それは、私が(●●)勝ってもらう賞金でってことかしら?」

「いいや。俺が(●●)勝ってちょうだいする賞金でだよ」

 瞬間、オルガの目つきが変わった。だがそれは、シェリーも同じこと。

 互いが狩人であると同時に、獲物でもある。

「悪いけど、私って紳士な男がタイプなの。荒くれ者のオルガさん」

「そりゃ残念。それじゃあ代わりの女でも、賞金で抱くとしますか。大ぼら吹きの旅人さんよ」

 オルガは肩に木刀をかつぎ、シェリーはだらりと下におろしたまま、にらみ合う。

 試合開始のゴングが鳴れば、今にも飛び出しそうな雰囲気だ。

 そしてついに、その時が訪れる。

『さあそれでは始めましょう。無双の剣士オルガ対、さすらいの旅人シェリー。試合開始!』

 アナウンスの声が切れるのと同時に、二人の身体が動き出した。

 シェリーは右下から左上に逆袈裟に斬り上げ、オルガは上段から渾身の一撃をそれぞれみまう。

 ズンと、まるで鉄でも殴ったような衝撃が、シェリーの手に伝わった。

「そんなヒラヒラのスカート穿いてる割に、いい動きするじゃねえか。いったいどこの所属だよ?」

「どこの所属って、そんな私老けて見えるかな? ただの学生ですってばぁ。そっちは踏み込みがちょっと浅く感じたけど」

 恐らく、硬化の魔法がかけられているのだろう。

 数秒間鍔競り合った所で、互いに相手を押すようにして距離を取った。

 完全にオルガ優勢と思っていた客は唖然。完全に予想の上をいったシェリーの動きに、一瞬だけ闘技場から全ての音が消失した。

 だが、闘技場は再び息を吹き返し、今まで以上の歓声に包まれる。

「すげ!? 今までで一番盛り上がってら」

 あまりの声量に、オルガも思わず驚いた。

 今の発言からもわかるように、やはり経験者のようである。

「そんだけ私が強いって、今のでわかったんでしょ」

「違うな。面白い勝負が見られるからさ。まあ、勝つのは俺なんだけどな!」

 溜めを作り、オルガの身体が動き出した。さっきよりも速く、動きも鋭い。

 だが、

 ――昶の動きと比べたら、止まって見えるわよ。

 シェリーは右上からの袈裟斬りを、サイドステップでかわした。

 五感までをも強化する昶の肉体強化と違い、シェリーのそれは単純に筋力や持久力的な身体能力が向上するだけである。肉体強化状態における高速戦闘を、常人と同じ動体視力で追っているのだ。

 そんなシェリーに、肉体強化状態の昶以下の動きしかできないオルガの攻撃など、最初から当たるわけがないのである。

 ――左下から斬り上げ。

 ――上段から斬り下ろしと見せかけて突き。

 ――横一閃の後に右足のローキック。

 相手の動きを見切り、全体の流れや身体の動きから次の行動を予測し、攻撃パターンを頭に刷り込む。

 昶との修練で学んだことを存分に生かして、シェリーはオルガの攻撃を完璧にかわし続ける。

 ただ逃げられるだけとは違う、余裕を持ってかわされることに、オルガはだんだんと焦り始めた。

「くそっ!? なんで当たらねえんだよ!」

「さあ。下手だからじゃないの?」

「んだと、この(アマ)!!」

 焦りに加えてシェリーの一言がとどめだった。

 完全にぶち切れたオルガは、ただでさえ大振りになっていた木刀を、更に大きく振り始めたのだ。

 これもシェリーの狙い通りである。冷静さを失った者ほど、くみしやすい相手はいない。

「ふぅ……」

 シェリーは息を整え、すきを(うかが)う。これまで以上の、絶対にかわせない、ガードできない最適のタイミングを。

「オラオラオラァアアア!」

 怒りに身を任せ、オルガは縦に横にと絶えることなく木刀を振るう。

 これで『魔法兵に勝るとも劣らない』とは、いくらなんでも冗談が過ぎるだろう。

 知っての通り、普通の兵士とマグスとでは、“射程距離”がまるっきり違ってくる。

 確かに兵士個人の戦力としては大きい方だが、マグスには到底及ぶものではない。

「この、いい加減当たりやがれ!」

 ――そろそろか。

 ろくにペース配分も考えず木刀を振り回していたせいで、だんだんと攻撃の手数が減ってきた。

 息も荒くなり、姿勢も今までより崩れてきている。

 そして、

 ――いまっ!

 オルガが木刀を振り上げ始め、それが胸より高くなった瞬間、シェリーの身体がこれまでに倍するスピードで飛びだした。肉体強化術なしで繰り出せる、シェリーの最高速度。

 このタイミングならかわす時間もなく、絶対に外さない間合い。

 狙うは相手の右手の甲。武器を叩き落とせば、シェリーの勝ちだ。

 身体の左側から繰り出された横薙ぎが、一直線にオルガの手の甲へ牙を向いた。

「っ!?」

 だが、外した。

 昶ならともかく、絶対の自信のあったシェリーの間合いで。

「っとと、危ねえ危ねえ」

 攻撃を辛くもかわしたオルガはシェリーから大きく距離を取り、たった今かいた冷や汗を手の甲でぬぐう。

 プレートアーマーのひんやりとした感触が、熱くなった頭に冷静さを取り戻させた。

「今の動き、お前マグスだな」

 オルガの視線が、これまでと別種の光を灯してシェリーに向けられる。

「……ご明察。よくわかったわね」

「たいしたことじゃねえ。肉体強化系は特に、間合いがいつもと違うからな。踏み込む力が違うから、術を使わなかった場合自然と踏み込みが浅くなるんだよ。今の動き、脚力がもっとあれば完全に届いてたからな」

「あら? 私がミスったとは考えないの?」

「あれだけの腕のやつが、そんなミスするかよ。まあいい、だったらこっちも、本気でするまでだ!」

 オルガの動きに、シェリーは目を見張った。これまでの速さではない。

 まるっきり段違いの速度で飛びだしてきまのである。

 シェリーは木刀を左側に構え、オルガの横一閃を受け止めた。

「くっ!?」

 反動で二、三メートルは横に飛んだ。

 明らかに、常人の腕力ではない。

「まさか、あんたも!?」

 シェリーは今の動きで、それを悟った。あの腕がもげそうなほどの衝撃。間違いはない。

「あぁ。だが、元ラズベリエ警備隊所属ってのはマジだぜ」

 オルガは再び、シェリーに向かって斬りかかった。常人の力を超えた、強化された肉体で。

 シェリーは受けるのを止め、サイドステップで回避した。

 あんな重たい一撃、受け止めるなんて面倒な真似はしたくない。

「俺がマグスってわかったら、挑戦者とかいなくなっちまうだろうしさ、それじゃ困るんだよ。対戦しないと賞金がもらえないからさぁ。知ってんだろ、出場料だってばかになんねえんだ」

 肉体強化を発動したことで身体が楽になったのか、動きに鋭さとキレが戻っている。

 斬り下ろしからの逆袈裟斬り、横一閃に振るったと思えば身体の中心で突きに転じ、かと思えば袈裟斬りに変化する。

 絶え間ない連続攻撃は、確かに見事なものだ。シェリーといえども、まだそこまでの技能はない。

 だが、三つだけ確かなことがある。

 一つ目は、絶え間ない連続攻撃ならば昶の方が上であること。

 二つ目は、そんな昶の攻撃をシェリーはいつも見ていること。

 三つ目は、どんな攻撃も当たらなければ意味がないということ。

御託(ごたく)はそれだけ? それなら、もう終わらせちゃうわよ」

 その時、オルガは己が目を疑った。

 消えたのだ。シェリーの姿が視界から。

 そして次の瞬間には、

「あがぁっ!?」

 地面に仰向けで寝そべっていた。

「私の勝ちね」

 空中から回転しながら落下する木刀をつかみ、シェリーはにやりと白い歯を見せた。




「うっしっしぃ~。見たか者共よ」

 対戦の終わったシェリーはにやにやが止まらないとばかりに、四人に手を振りながらやって来た。途中ひやっとするシーンはあったが、終わってみれば快勝である。

 先にドリンクバーに戻っていた四人も、五倍近くまで跳ね上がったチップの山をシェリーに見せつけた。

「なにが『者共よ』よ。普通の兵士とマグスが、相手になるわけないでしょ。まあ、それも嘘だったみたいだけど」

「まあ、とにかく勝ててよかったな」

「…おめでと」

「シェリーさん、すごくかっこよかったです」

 レナは当然の結果でしょといった顔で、昶はやれやれといった感じに、リンネはくすっと笑みを浮かべ、アイナはちょっと陶酔気味に、それぞれシェリーに(ねぎら)いの言葉をかける。

「肉体強化使われた時はちょっとびっくりしたけど、あんなの楽勝よ。この前相手にした氷の変態の方が、一万倍は強かったわ」

 と、シェリーは大きな胸を存分に張って、自慢気に鼻を鳴らした。

「にしても最後のあれ、いつ覚えたんだ? 俺教えた覚えないぞ」

「あぁ、あれね」

 昶の言う最後のあれとは、シェリーが勝ちを決めた時にオルガに仕掛けた攻撃のことである。

「あれは前、アキラにやられたのを見よう見真似で」

 自らの木刀を真上に放り投げ、斬りかかって来たオルガの攻撃をかわしつつも手首を取り、背負い投げたのだ。もっとも、軽く肉体強化は使ったのだが。

 投げ技など初めての経験であろうオルガには、なにが起こったかのかすらわからなかっただろう。

 オルガの木刀を奪って放り投げた所で、降ってきた自分の木刀を見事にキャッチ。

 勝者が決まった瞬間、闘技場は昶達の聞いた中で今日一番の歓声に包み込まれたのだ。

「言っとくけど、アレちゃんとやらないと投げられる方は肩壊すからな? 今回は相手が肉体強化使えたからよかったけど」

「え? あれってそんな危ないもんだったの?」

「先に剣の方を上達させろよ。そしたら、ちゃんと教えてやるから」

「了解しやした!」

 と、そんな感じで昶とシェリーが、これからの練習メニューについてあれやこれや言っている所へ、

「すいません、当たりが止まらなくて、つい時間を忘れてしまいました」

 色々な意味で、タイミング良くセンナが帰ってきた。

 右手には、リンネと同じ編み上げのケースを持っているのだが、なにやらチップの色が違う。

「シェリー様、気付いたら五〇倍になってました」

 それは、リンネの持っているチップより、一段階上のグレードの物だ。

「「「「「…………」」」」」

 五人はただ、絶句するしかなかった。




「それでは、お気を付けて」

 “ノウラ”に見送られ、青年はあの異質な地下空間を後にした。

 日はすでに西に傾き、巨大な月が茜色の光を反射している。あの地下にいた間に、けっこうな時間が経っていたようだ。

 青年はほんの少しの間夕暮れを見つめると、再び歩き出す。

 その後ろには、頭からすっぽりと薄汚れたローブをまとった人物がついている。

『服はこいつでも着さしときぃ。それと、こいつもな』

 ローブの内側は、さっきまでガラスケースの中にいた少女だ。素っ裸のまま連れて歩くわけにもいかないので、それに関してはエザリアに感謝しなければならない。

「ちゃんと付いて来いよ」

「アァ……ウン!」

 今からクレイモアに帰っていては、家に着く頃には真っ暗になっているだろう。

 母親は別居で父もしばらくは帰ってこない。家は祖父の代からいる執事長に任せているので、大丈夫だろう。どのみち、自分がいてなにか変わるわけでもない。

 ちょうど娯楽の街にいるのだ。適当な値段の宿にでも、泊まればいい。

 すると、

「せっかくいい気分だったのに、センナさんのせいで台無しじゃん。結局、私達の倍も稼いじゃって。私の頑張りを返せー!」

「そう言われましても、私もルーレットがあんなに当たるものだとは知らず」

「…普通、当たらない」

「まったく、センナったらどんな運してるんだか」

「まあまあ、良いじゃないですか。結果的に、私達の大勝利なんですから」

 女の子の甲高い声が耳に入り、青年は思わず目をやった。

 逆光になって顔はよく見えないが、五人の女の子が目の前の道を通り過ぎている所だった。

 高級そうな衣服に身を包み、会話の内容から察するにおおかた遊びにでも来ているのだろう。まあ、一人はメイドのようであるが。

「マグスか。どいつもこいつも、良い所の出か」

 青年は少女達の手に杖、背中に背負う武器に目をやる。

 魔法学校に通おうとすれば、せめて中流貴族でなければ学費が払いきれない。

 あんな将来のことをなにも考えてなさそうなのが、次の世代のレイゼルピナを(にな)っていくのかと思うと、虫酸が走る。

 マグスには、それ相応の義務を貫いてきた者が、なるべきなのだから。

 道の端に立ち止まって、そんな少女達の背中を眺めていると、不意に一人の女の子がこっちを振り向いた。

「アキラー! さっさとしなさい!」

「大金全部人に持たせやがって。少しは自分で持ちやがれ!」

 自分を見ているのかとも思ったが、後ろの方からした声に青年は少し安堵する。

 それから、配合を振り返る。

 レイゼルピナでは稀な黒い髪をした少年が、大きな袋をかついで走ってくる。恐らく、反対側の女の子達の付き添いかなんかだろう。

 青年は視線を前方へと戻すと、再び歩き始めた。

 全身にフードをかぶった少女は突然歩き始めた青年にびっくりし、周囲をキョロキョロと見回してから小走りで駆け出したのだが、

「ひゃっ!?」

「あだっ!!」

 背後でした物音に、青年は振り返った。

「すいません! あの、怪我はありませんか?」

 さっきの黒髪の少年と、エザリアの所から連れてきた少女がぶつかったようだ。

 少女の方は差し出された手に対して、どうすればいいかわからず震えている。

「連れの者が済まない。こちらは大丈夫だ。君の方は、大丈夫かい?」

 青年は少女の肩を抱いて立ち上がらせ自分の背後に押しやると、できるだけ優しい声音を選んで話しかけた。

「はい、大丈夫です。すいません、ちゃんと前を見てなくて」

「いや、こちらも注意が足りなかった。すまないね。この子、少し引っ込み思案なんだ」

 青年は大きな袋を拾うと、少年にそれを差し出した。

「アキラー! 早くしなさーい!」

 少年は女の子の声に、少しだけ顔をしかめる。

「すいません。ありがとうございます。それじゃあ」

 少年は青年に頭を下げると、袋を肩に担いで走り出す。

 足の速さに感心しつつも、青年は少年の腰にぶら下がる得物を見逃さなかった。

 かちゃかちゃと音を鳴らす、二本の剣が見える。

「あいつも、マグスか」

 青年は感慨深げに少年を見送りながら、背後の少女を振り返り、

「あまり面倒をかけるなよ」

「ウン、マスター」

 青年は少女を引き連れ、少年が走っていった方とは反対の道を歩き始めた。

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