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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第一章:若き陰陽師と幼きマグス
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第十話 おでかけ Act05:おおもうけ?

 お腹いっぱいお昼ご飯を食べた一行は、ハイテンションなシェリーを先頭にどこかへ向かっている。まあ、所々中年親父っぽいきらいのあるシェリーのことだから、ある程度の想像は付くのだが。

 そして現在、昶とレナは並んで歩いていた。物騒な裏道ではなく、白く綺麗な石が敷き詰められた広い表街道である。

 すれ違う人々はそろって身なりのいい服装で、ほとんどが護衛らしい人物を連れている。

 中には今の昶達みたいに、そういった人物を連れていない人もいるにはいるが、そんな変わり者は二〇組に一組もいない。

「……レナ」

「……なにょ」

 昶は一行の最後尾をとぼとぼ歩きながら、隣のレナに話しかけた。どうやら、ご機嫌斜めのようである。

 顔には『話しかけるな』書いてあるが、これだけは言っておかねばならない。

「……砂糖と塩、間違えてたな」

 最初に顔がカッと赤くなったと思ったら、次の瞬間にはぎろりと目が釣り上がり、その目で昶をにらみつけてきた。

 そんでもって、

「わっ、悪かったわね! 料理なんてしたことないんだから、しょうがないでしょ!! 文句ならセンナに言ってよね」

 逆ギレと責任転嫁のダブルコンボを昶に叩きつけたのである。

 センナ指導のもとホットサンドを作ったレナであるが、調味料を間違えてしまったのだ。塩と砂糖を間違えたマッシュポテト。しかも砂糖大増量サービス付きである。

 あの許容限界値をはるかに超えた甘さを思い出して、思わず口元を手で覆った。

「センナさんに教えてもらって、なんで失敗してんだか」

「それはっ……センナが。聞いたらそれでいいって」

「すいません。まさか塩と砂糖の区別ができないとは思わなかったもので」

 センナは昶の前に立ち止まり、頭を下げて謝った。それも、心底すまなさそうである。

 料理をしたことのない昶でもそれくらいの区別はつくのだが、まさかレナがそこまでひどいとはセンナも思わなかったのだろう。

 おかげで、食べさせられた昶はトラウマものである。苦手な食べ物欄に、サンドイッチを追加するかどうか、真剣に悩んでいる。

「悪かったわね! 区別がつかなくて!」

 レナはセンナを押しのけ、シェリー達を追ってずかずかと歩き出した。

「……あのポテトのやつ以外はうまかったって言おうとしたのに」

「直接言って差し上げれば、きっと喜びますよ」

「そうですかねぇ?」

「えぇ、きっと」

 回れ右して足早に歩くセンナを追って、昶も小走りで駆けだした。




 後ろからレナが不機嫌にぶつぶつ言っているのが聞こえて、アイナは背後を振り返った。

 すると、なぜかしかめっ面のレナと、なぜかくすくす笑っているセンナと、なぜかため息をついている昶の姿が目に入る。

「レナさん、どうかしたんですか?」

「なんでもない。早く行くわよ」

 声がちょっと怖い。怒っているのが丸わかりである。

 そんなツンケンしたレナが、足早に隣を通り過ぎるのを見守っていると、

「あらあら、お嬢さまったら。アキラ様に褒めていただけなかったのが、よほど気に食わなかったようですね」

「俺のせいじゃないですから。どっちかというと、あれセンナさんのせいでしょ」

 ふふふ、と抑えきれない笑いが口元からこぼすセンナが追い付いて来た。その後ろには、愚痴をこぼしている昶の姿もある。

 話の内容は、やっぱりさっきのホットサンドのようだ。

 ――料理だったら、私だって……。

 アイナはレナに料理を教えたセンナを、横目でちらりと盗み見た。

 昶に対して抱いている感情が、感謝なのか憧れなのか、それとも恋なのか。アイナはまだ答えを出せていない。

 けどだからといって、レナが昶と一緒にいるのを見ると胸がむかむかする。

 好きでもないのに、ただサーヴァントという理由だけで昶を独占しようとして。それなのに今回は昶の()にお弁当なんか。

 センナは元々レナの専属メイドだから仕方ないかもしれないが、やはりアイナは納得がいかない。でも、センナには怖くてなにもできない。

 自分の不甲斐なさに、アイナはちょっと悲しくなってきた。口からは『はぁぁ……』とやや重たいため息が漏れる。

「アイナ、どうかしたか? 元気ないみたいだけど」

「はっ!?」

 突然耳に入ってきた昶の声にアイナはうつむいていた顔をくいっと跳ね上げ、声のした方向を向いた。するとアイナの隣に、なんと昶の姿が。

 よく見ると、さっきまで横にいたセンナは昶の向こう側にいる。

「いえ、なんでもないです!」

 昶が隣にいる。なにか話さないと。話題を探せ!

 と、いう結論に一瞬で至ったアイナは、即座に話題を探すべく飛行の際に使う処理能力を総動員する。

 話題、話題、話題、話題……。

 すると処理能力の高さからか、はたまた偶然からか、ちょうどいい話題があるではないか。

「所で、アキラさんはどんな料理がお好きなんですか?」

「俺の好きな料理?」

「はい」

 今回はレナに料理で遅れを取ってしまったが、だったらこっちも料理で取り返せばいい。

 幸い料理は得意な方だ。昶の好きなものさえわかれば、今回の分は取り返せるはず。きっと。

「そうだなぁ……」

 昶はレイゼルピナに来る前の事を思い出してみる。アイナのこんな期待に満ちた目、具体的に言えば目の中がお星様に埋め尽くされた目をされては、答えないわけにもいくまい。

 久々に和食が食べたいなぁ、とか思ったのだが。

 ――ここじゃあ……無理だなぁ。

 日本人ならやっぱ米だよなぁと明後日の方向へ飛んでいった思考を手繰り寄せ、ここで食べられるメニューを考え始めた。

 ………………………………………………………………あれ?

 ――ってねえよ!

 元から料理の種類には詳しい方ではないし、エリオットの料理はおいしいのだが試作料理と言う名の罰ゲームの方ばかりが印象に残っていて、どれがおいしかったとか言う記憶はない。

 そういうわけで、

「好き嫌いとか特にないから、とにかくうまいもん作ってくれ」

 眉間にしわを寄せて苦悶の表情を作りながら、なんとかそれだけ絞り出した。

 命の危険が絶対にないものが希望なのだが、それは言わなくても大丈夫だろう。アイナなら、そんな危険な物作らないだろうし。たぶん。

「わかりました! 私、がんばります!」

 頭の中で二等身のアイナ三人組が、えいえいおーと気合いを入れるのだった。

「あらあら、アキラ様もてもてですね」

「茶化さないでください」

「そうです。昶さんは私にだけもてもてでいいんです」

 と、言いつつ両腕を昶のそれに絡める。それもがっしりと。

「アイナも腕に抱きつくな、歩きにくいだろ」

「いいじゃないですか。レナさんもいないんですから~」

 そう言いながら、アイナは前方をちらりと眺める。昶もアイナの視線を追って目をやると、シェリーとリンネに話しかけるレナの姿が。

 もっとも、レナの話をシェリーとリンネが一方的に聞かされているだけのようだ。幸い少し後ろを歩いているおかげで、レナは昶とアイナに気付いていないようである。

 昶は額に掌をあてつつもまんざら悪い気もしないので、アイナの足に注意しながら歩みを進めた。

「ところでセンナさん、ちょっと聞きたいことがあるんですが」

「なんでしょう?」

「あの荷物の山って、いったいなんなんですか? 私のもあったみたいですけど」

 荷物の山と聞いて、昶も部屋の様子を思い返してみた。

 両手で抱えなければならないほどに巨大な革張りの大きな鞄が、五つか六つはあったはず。

 確かに、中身はちょっと気になる。

「あぁ、あれですか。ですから、旦那様がお部屋をお借りしてくださったので、今日はあそこにお泊まり(●●●●)です」




「…………はぁっ!!」

「…………えぇっ!?」

 センナの言葉を理解するのに、二人は十秒近い時間がかかった。ちなみに、地球時間での十秒だ。

 お泊まり。それはつまり、今日はあの無駄に広い部屋で夜を過ごす、という意味である。

 寝室となっている広い部屋は一つしかないので、当然女の子五人の部屋で昶も一緒に寝ることになるだろう。

 ――アキラさんと、いいい一緒の部屋で、一晩をぉぉぉぉ……。

 昶と同じ部屋 → 既成事実を作る → レナに勝利。

 ――よし!

 なぜかアイナの方向から寒気を感じた昶は、ぶるっと背中を震わせた。

 恐る恐る隣に目をやると、瞳に真っ赤な炎を燃え上がらせているアイナの姿が。いったい、今の会話のどこにアイナを燃え上がらせる要因があったのかはさて置き、昶は今夜早めに寝るのを決意するのだった。

「アキラさん!」

「ん?」

「お泊まり、楽しみですね!」

「っ!? おいっ!」

 アイナはぎゅうっと昶の腕を抱きしめる。より腕を強く引き寄せられるせいで、昶の脳内はアイナの胸の感触でオーバーロード寸前だ。

 さっきまでのちょっと触れる程度とは、破壊力が比べ物にならない。

 感触がはっきりるほど、むにゅっとアイナの胸に昶の腕が埋まった。

「やや、やむめ、アイナ!」

「えへへ~」

 思考の九割以上が『柔らかい』『ぷにぷに』『温かい』『なんか気持ちいい』に占拠されて、頭がおかしくなりそうである。

 『術者たるものいついかなる時も平静を保て』なんて言っていた父親に文句を言いたい。

 ――絶対無理だろ!

 そんな昶の反応が面白くて、アイナは昶の腕を抱く力をよりいっそう強めた。

 形まではっきりとわかるほど押し付けられ、昶の鼓動はどくんと跳ね上がる。

 口をぱくぱく動かすのだが、言うべき言葉も見つからない。本当、誰でもいいから助けて。

 そんな感じで昶が心の底から助けを求めていると、なぜか前方から猛烈な怒気が、

「ア~キ~ラ~……」

 幸か不幸か、昶の願いが届いてしまったらしい。

 目を限界まで釣り上げ、そこら辺のドラゴンの百倍は怖い形相をしたレナが、右手に持った杖をなわなわと震わせていた。

「まま、まぁったく、ちちち、ちょっと目を離したす、すきに発情しちゃって。ここ、こここ、このエロ猿はぁ……」

 昶はアイナの手をふりほどき、

「なにイチャついてんのよぉぉおおおお!」

 真剣白刃取りの要領で、バシッと振り下ろされた杖を受け止めた。

「あぶねえだろ! んなもん振り回すな!」

「うるさいわね、女の子ならだれこれ構わず尻尾振るあんたが悪いんじゃない!」

「いつ尻尾なんて振った!?」

「今!」

「てか、俺は尻尾なんか生えてねえよ!!」

「そんなもんどうでもいいの! 素直に調教されなさい!!」

「い! や! だ!」

 昶は杖の軌道を右側にそらし、反対側へサイドステップする。杖の射程圏ギリギリ外へ退避した昶は、シェリーの方に向かって全力疾走した。

 もちろん、救援要請のために。

「シェリー、あれなんとかしてくれ!」

 だが振り返ったシェリーは昶にあっかんべえをすると、止まる素振りさえ見せずにそのまま歩き続けた。

 隣を歩くリンネがどうしたのとたずねるが、なんでもないと返している。

「あれとはなによ、このエロ猿ぐわぁぁああああ!」

「げ……」

 援護が期待できない以上、相手の理不尽な(と昶は思っている)怒りが収まるまで逃げ続けるしかない。

 昶はシェリーを追い抜いた所でUターンし、レナの様子をうかがう。

 シェリーとリンネを挟んでちょうど反対側に、少し息を荒げたレナが追い付いてきた。

「アキラー! 逃げるなんて卑怯な真似、止めなさいよ!」

「逃げなかったらなにもしない?」

「うん。躾以外の余計なことはなにもしないから」

 と、満面の笑みで杖を肩に担ぐ。

「やっぱするんじゃねぇか!」

「当たり前でしょ!」

 レナの動きに合わせて、昶はシェリーとリンネを軸に右に左の大忙し。

 当然、周囲をぐるぐる回る二人のせいで足を止めざるを得ないシェリーは、イライラが加速度的に募っていくわけで。レナよりは長いものの、シェリーの堪忍袋は特に時間をかけずに爆発した。

「あんた達」

 シェリーの掌ががっしりとレナと昶の顔面を捉えた。これも日頃昶と行っている修練の成果かもしれない。

 正確無比に、二人の顔面をシェリーの手が急襲した。

「いい加減にシナサイ」

 握力を上げるにつれて、シェリーのアイアンクローがミシミシと二人の顔面に食い込んでいく。素の握力もかなりのもので、正直な話かなり痛い。

「わかったから、今すぐ止めるから!」

「だから手ぇ離して、痛いぃぃ……!」

 シェリーが掌を離すと同時に、二つの物体が地面にドサッと落下した。




 シェリーのアイアンクローをご馳走になった昶とレナは、黙ってシェリーの後ろを歩いていた。

 レナの方はまだ痛むのか、頬や額に触れては顔をしかめている。

 ちょっとよく見れば、顔に五つほど赤くなっている点があるのがわかるだろう。昶も自分もあんな風になってるんだろうなと思いつつ、まだジーンとする目の横あたりに触れた。

「ところでシェリーさん、さっきから気になってるんですけど。どこに行ってるんですか?」

 アイナはつい我慢できず、シェリーに聞いてみた。

 するとシェリーは、にた~っと笑みを浮かべ、

「う~んとね~。お金もうけ!」

 と、一言。誰がどう見ても、胡散臭(うさんくさ)さしか感じない。

 そもそも、それを聞いたリンネの顔がズーン、レナの顔がズズーンと暗くなり、両者共に深いため息をつく。

「さぁ、乗り込むわよ野郎共ぉ!」

 断っておくが、野郎は一人だけである。

「…はぁぁ」

「やっぱり」

 視界に入ってきた建物に、リンネとレナは再び深いため息。

 カジノ。遊戯施設を備え、賭博を主とした娯楽施設。もしくは賭博場のことを指す。

 つまりお金もうけとは、ゲームをして勝つ、という意味である。

「さ、勝って勝って勝ちまくって、大儲けよ!」

 シェリーの瞳に、金貨が映って見えたのは、気のせいではないだろう。




 店内は武器の持ち込みが禁止との事なので、センナ以外の五人はお店の人に連れられて入店の前にまずはロッカーのある場所に案内された。

 レナ、リンネ、アイナはそれぞれ一メートル以上ある杖を、シェリーは身の丈ほどもある炎剣――ヒノカグヤギ――を、昶は村正とアンサラーの二本を。

 村正を手元から離すのには不安があったが、誰にも触れられないなら大丈夫だろう。

 それに、いざとなれば護符もあるので戦闘は可能だ。

 武器を預けてセンナと合流すると、店員の男が中まで案内してくれたのだが、

「…こうなるとは、思ってた、けど」

「さすが、自分のことしか考えてないだけあるわ」

 ホールの中に入るやいなや、シェリーはどこかに消えてしまった。

 手元のお金がなくなるか倍になったら、またはネフェリス標準時で三〇分経ったら奥にあるドリンクバーに集合とだけ残し、お金と換えたばかりのチップを持って人混みの中へ。

 アイナやセンナ辺りは、シェリーの交換した金額(正確には、シェリー五割、レナ三割、リンネ二割)に、目を白黒させていた。昶は違うのかと言われれば、単にこっちのお金を知らないので判断できないだけである。

「へぇ~」

 そんなお金に関しては全くわからない昶はと言えば、建物の中を見回た時に見つけたある物に驚いた。

「ここって、電気通ってんだ」

 窓の少ない屋内を照らすのは、なんと大量の電球なのだ。型はかなり古そうだが、明かりと言えば蝋燭(ろうそく)松明(たいまつ)ばかりだったの考えれば、驚くのも無理はない。

 電線がなかった所を見ると、自家発電かなんかなのだろう。

「…これ、メレティスのお店の、支店だから」

「メレティス?」

 昶は聞き慣れない単語に、思わずリンネに聞き返す。

 すると、答えは別の方向から飛んできた。

「メレティス王国。レイゼルピナと同盟を結んでる国で、リンネの故郷なの」

「魔法技術においてレイゼルピナ王国に遅れを取っている代わりに、世界最先端の科学技術を持っている国として認知されています。その技術はレイゼルピナ王国の数十年先とも言われているんですよ。まあ、言ってしまえば足りない部分を補いあっているようなものですね」

「確か、地下の大浴場もメレティス王国の”デンキ”で点く照明を使ってるんですよ」

 レナ、センナ、アイナが順に口を開く。

 特にセンナの説明がよくまとめられていて、わかりやすかった。レイゼルピナの数十年先の科学技術なら、電気があっても不思議はない。

 確か先月の上旬に、蒸気機関を備えた巨大鉄道の工事が開始されたとか、レナが言っていた覚えがある。

 現在の大型貨物の運搬を担っている飛行艇は、燃料に高価な風精霊(シルフ)の結晶や、それを制御するのに複数のマグスが必要らしい。もし地上の鉄道が完成すればそういったものが不要となり、余った資金やマグスを他に回せるのだとか。

 だが、それよりも色々と突っ込みたいことがある。

「大浴場? そんなもんあるのか?」

「生徒と教師専用。もちろん、男女は別だから」

「なんだぁ」

 レナの答えに昶はがっくりと肩を落とす。

 日本人なら、やっぱり全身お湯に浸かる湯船に入りたいものだ。最近は水もバカみたいに冷たいので、温かいお湯は恋しい。

 が、それも叶わぬ夢のようである。

「アキラ様、そんなにお風呂にお入りになりたいのですか?」

「まあ、俺の国ではそれが普通でしたから」

 センナは一人ふむふむと頷くと、レナからいくらかチップをもらい人混みの中へと消えていった。

「いいのか? センナさん放っといて」

「いいのよ。いつ下ネタ発言されるかわかったもんじゃないんだから。ほらこれ、あんたもなんかしてきなさい」

 と、昶も結構な量のチップを手渡された。

 目算だが、シェリーが四割近く持って行き、リンネとアイナが持っているのが共に一割半程度。

 そしてセンナが一割を持って行ったので、レナの手元に残っていたのは二割。

 今昶が渡された分とレナの分が同じくらいなので、半々と言ったところだろう。

「こんないらねえよ」

 昶はそう言って半分を返した。とても全部使いきれるとは思えない。

「それによくわかんねえから、一緒について回るつもりだしな」

「まあいいわ。シェリーとセンナはほっといて、その辺のテーブルゲームのコーナーでも行きましょ」

 レナを戦闘に、昶、リンネ、アイナの四人は、手近なテーブルに向かった。




 運命とは、時に残酷である。

「なんであたしだけ当たりが来ないのよ」

「俺が知るか」

「…私に、言われても」

「きっと日頃の行いが悪いせいですね」

 四人は同じテーブルで、ポーカーのようなカードゲームをしていた。

 五枚のカードの絵柄や色、数字をいくつかのパターン通りにそろえ、その組み合わせがカードを配るディーラーより上ならば勝ち、下なら負けという簡単なものである。

 事前に数字の読み方を教えてもらい、昶もためしにやってみたのだ。

「あ、絵柄が全部一緒です!」

「俺は数字が三つ同じ」

「…数字が階段になってる」

 ポーカーで言えば、アイナはフラッシュ、昶はスリーカード、リンネはストレートである。

 それでレナはと言えば、

「…………」

 ぐしゃっとカードをつぶすのだけは、なんとかこらえていた。

 これだけでもわかる通り、五枚ともバラバラ。

「やったー、もう少しで元の二倍です」

「…やったぁ」

「すごいな、二人とも」

 それが始まってから二五回連続である。これを運命と言わず、なんと言うのだろうか。

 字面通り、レナは完全に運に見離されてしまっているのであった。

「あたし止める!」

 チップの八割がなくなったのもあり、レナはテーブルをどんと叩いて席を立った。

「おいレナ」

「レナさん、待ってください」

 レナを追って立ち上がった昶とアイナに、リンネは小さく手を振っていた。




 テーブルを囲む人垣を越えた所で、昶はレナの肩をつかんだ。

「あんた達はやってればいいでしょ。あたしのことはほっといていいから」

「お前がふてくされてるのに、楽しんでられるかよ」

「そうですよ。せっかく来たんですから、楽しまないと。それに、みんないて楽しいんですから」

 ちょっとだけ感極まったのか、目が少しうるうるしている。

 だが、二人にも誤算があった。

 レナはちょっとばかり情緒不安定と言うか、感情の浮き沈みが激しい所があること。

 そしてもう一つは、二人がレナをおだてすぎたことだ。

「まったく、アキラもアイナもしょうがないわねぇ。あたしがいないと楽しめないなんて、可愛いとこあるじゃない」

 さっそく調子に乗り始めた。たった二言だが、内容が少々ストレートすぎたようである。

 さっきまでの不機嫌はどこへやら。完全に“うふふあたしお嬢様なのよすごいでしょ”オーラが全開だ。

 相変わらず、扱いにくいのやら、扱いやすいのやら。よくわからない女の子である。

「それじゃあ、今度はあっちに行くわよ。今度は絶対勝ってやるんだから」

 意気揚々とささやかな胸を存分に張って、別のテーブルへ向かった。

 のだが、

「ぅぅ……」

 まあ、その、なんだ。運は味方してくれなかったらしい。

「まあまあ、今日はたまたまツイてなかっただって。だからそんな落ち込むなよ。な?」

「そうですよ。たまにはこんなこともありますって」

 レナの手持ちがなくなったのと時間の関係もあって、三人は一足先にドリンクバーのイスに腰かけていた。

 レナは果汁一〇〇パーセントのブドウジュースを、ちびちびと飲んでいる。

 怒鳴り散らす元気もないらしく、儚げな表情で一口飲んではため息、また一口飲んではため息。それが保護欲をそそられて、昶的にはかなりドキッとした。

 逆に、アイナ的にはそんなレナに見とれる昶が、面白くなかったりもするのだが、それはまあさて置き。

「…お待た、せ」

 と、そこへリンネがやって来た。

 両手には、編み込みのケースに入った大量のチップが。

「…二倍、なった」

 ちょっと恥ずかしげにうつむきながら、編み込みのケースを三人に差し出した。

「俺とアイナは、二割り増しくらいかな」

「ですね。でも、リンネさんすごいです、強運です、びっくりです」

「…そ、そんなこと……ないょ」

 照れくさく笑うリンネは、その衣装もあいまって本当にお人形のように可愛い。

 さっきまでレナに敵意むき出しだったアイナの顔が、リンネを見た今では全くの別物になっている。放っておけば、このままリンネをお持ち帰りしそうなくらい。

「…………」

 そしてレナはスッからである。

 と、そこへ、

「やっほー、みんなどうだった?」

 今回の件の首謀者こと、シェリーが現れた。が、両手はなぜかてぶらだ。

「…みんなで、これくらい」

 リンネは四人分――正確には三人分――のチップの入ったケースを見せた。

「うわ、本当に増えてる。二倍って冗談で適当言っただけなのに」

 シェリー、目を見開いてびっくりしている。本当に適当だったらしい。

「で、シェリーの方はどうなんだ?」

「見ての通りスッカラピンよ」

 と、大負けした割に楽しそうである。

 ここまで楽しんでいると、逆にすがすがしささえ感じるほどだ。

「あたしとシェリー、今まで一回も勝ったことがないのよ。だから行きたくないのに。なんでいっつも行きたがるのかしら」

「だって、当たったら面白いじゃない」

「毎回負けてるんだから面白いわけないでしょ」

 まさにその通りである。

 この中で最もお金に縁のありそうな二人が、最もお金に見離されているわけだ。

「そろそろ時間だけど、センナさんは?」

 シェリーはそれらしい人影を探して辺りをキョロキョロと見回すが、メイド服を身にまとった女性の姿はない。

「さあ。もしかしたら、大当たりしてるんじゃないの?」

 と、心底どうでもよさそうにぼやくレナ。ちょうど手に持っていたブドウジュースもなくなった。

「じゃあ、もうちょっと待っても来なかったら、あっち行こ。ちょっと面白いの見つけたから」

 シェリーは白い歯をのぞかせながら、満面の笑みを浮かべていた。




 地下とは思えない広大な空間、大量の機械とケーブルが敷き詰められたら部屋に青年はいた。赤紫系の長い髪をうなじの辺りでまとめた、背の高い青年である。

 そんな空間を照らすのは、レイゼルピナはおろかローレンシナ大陸に存在しない電球だ。メレティスのものより小さく、しかし明るく、そして電力消費も少ない。

「もうちっとばかし待っきゃ。最終調整が終わるさかぃ」

 その中に一つだけ、内側から発光する大きなガラスケースがあった。部屋の天井から床まである、巨大なガラスケースである。

「あぁ、俺自身のためだ。いくらでも待つさ。明日だろうと、明後日だろうと」

 ガラスケースの前には一人の女――エザリア――が立ち、備え付けられた大量のボタンをつついていた。

 そのエザリアの格好ときたら、季節感を完全に無視した真夏の服を着ている。

 女はボタンを操作する片手間に、背後の太いケーブルに座る青年を振り返った。

「うちがそないなミスするわけないやろ。呼んだんはうちなんやから、どんなに遅うても日が暮れるまでにゃあ終わるで」

 と、不意にケースを満たす液体から、色が抜け始めた。モーターが唸りを上げて回転し、独特の甲高い音が空間を満たす。

 女はにたりと、凶悪な笑みを浮かべた。

「完成したのか? エザリア女史」

「あぁ、糞餓鬼。目ぇかっぴらいてよう見ときぃ。こいつがエザリア=ミズーリーの、最高傑作や」

 最後にガコンと、腕と同程度の長さがあるレバーを引いた。

 コォォォォと、ケースの中の液体が勢い良く排出されていく。

 だが不思議と、ケースの中に浮く少女は浮いたままだ。両膝を抱えたまま、柔らかく目を閉じている。液体に濡れた真っ赤な髪は、垂れる事なく不自然に宙をたゆたう。

 完全に液体が排出されると、ぷしゅーっと空気が抜ける音と共にガラスが下方へと引っ込んだ。

 宙に浮かんでいた少女は、エザリアの目の前へと、ゆっくり降下していく。




 ――――――――――――――――ペタリ。




 冷たいタイル張りの床に、ずぶ濡れの少女が着地した。

 ケーブルに座っていた青年は、ずぶ濡れの一糸まとわぬ少女の前に仁王立ちすると、その姿を見下ろす。

 また少女の方も、ぱっちりと開いた目で青年を見上げた。小首をかしげ、可愛らしい口を小さく開く。

「アナタガ、ワタシノマスター?」

 ガラスケースの中で動かしたのとまったく同じ動きで、口が動いた。違うのは、はっきりと耳に聞こえたこと。

 見た目以上に幼い声に青年は少し驚いたが、それも些細(ささい)なことにすぎない。

 エザリアが最高傑作と言うのだから、それは紛れもない事実だろう。

「あぁ。俺がお前のマスターだ」

「マスター? ホントニマスター? ナラチョウダイ。アナタヲチョウダイ。チョウダイ、チョウダイ、チョウダイ!!」

「あぁ、俺をやる。だから、俺にもお前をよこせ」

 青年はそう言って、少女へと手を差し出す。

 そして少女は、迷うことなく濡れた手を重ねた。

「ウン、イイヨ。エット、ワタシノナマエワネ……」

 部屋を照らす電灯とは別種のまばゆい光が、室内を深紅に染め上げた。

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