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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第一章:若き陰陽師と幼きマグス
70/172

第十話 おでかけ Act04:センナ暴走中

 スタっと、小気味よい音を立ててシェリーは着地を決めた。

 まだ宙を漂っていたスカートの裾を素早く押さえ、チラリと昶の方を見やる。

「見た?」

 怒ってはいない。完全にからかっている時のシェリーの顔が、そこにはあった。

「……見てない。てか、スカートで蹴るな」

 昶はいかにも呆れた風にシェリーへ背を向け、レナ達の方へと歩き出す。

 ワインレッドでかなりキワドイ――レースの塊みたいなのがもろに見えたのは多分気のせいだ。昶は頭をぷるぷると振って、網膜に焼き付いた静止画を追っ払った。

「で、こいつらどうするんだ?」

 昶はあちらこちらで延びている、黒い礼服の男達へ視線を向けた。

 思った以上にダメージは深いようで、今すぐ動けるような感じはない。

 戦闘終了を確認した昶は、アンサラーを静かに鞘へと収めた。

「ほっときゃいいんじゃない? 警備隊の人待つのも面倒だし」

 確かにシェリーの言う通り、八人の人間を連れて行くのはかなりの面倒だ。

 対して、こちらの人数は六人。腕力で対抗できる者となると、昶とシェリーの二人しかいない。

 また、来てもらうにしても、それまでここに残っていなければならず、時間がもったいない。

「それに、また来たら返り討ちにすればいいし。ね」

 と、ウィンクするシェリー。可愛い顔して、また物騒な単語を。

 まあ、八人の内六人を戦闘不能にしたのは、そう思った当の昶本人なのだが。

 まあそれは置いといて、

「それもそうね。行きましょ」

 と、レナは何事もなかったかのように、すたすたと歩き始めた。その横に、センナとシェリーが続く。

「…本当に、放っておくんだ」

「私も、ちょっとびっくりです」

 口々に感想を漏らしながら、リンネとアイナも小走りで駆け出した。

 こっちの二人は、レナ達の対応にちょっとだけびっくりしているようだ。

「これに懲りて、もうこんなアホなことは止めるんだな。おい、ちょっと待てって!」

 昶は五人に聞こえない音量で男達にそっとささやくと、レナ達の方へ走り出した。




 さて、いつもよりちょっと遅い朝食だった一行であるが、移動中籠の中で暴れたり、長い演劇を見たり、果ては銃を持った一団に恐喝されたり。

 しかもとどめに恐喝犯を返り討ちにするという、ハードなスケジュールをこなした結果……。




 きゅるぅ~~。




「……お腹減った」

 と言うわけだ。

 ちなみに、先ほどの腹の虫はシェリーである。

「では、そろそろ昼食にいたしましょうか。こちらです」

 それからセンナに先導されて歩くこと、ネフェリス標準時で約十分。一行は背の高い石造りの建物へと到着した。

 だが、全体的な雰囲気が、レイゼルピナのものとどこか異なる。

「…これ、メレティスの、建物」

「あ、ホントだ。言われてみると、そんな感じ」

 小さなリンネの発言に、シェリーはうんうんと首を縦に振った。

 学院の建物もかなりの高さを有するが、これはその倍くらい高あるだろう。一階の入り口部分には太い支柱が何本も並び、その上には十二階建てなのを示すように横向きに十一列の窓が並んでいる。

 壁面にはレンガ質のタイルが等間隔に並び、一部分は色彩の異なるタイルでモザイク画を形作っていた。

「お嬢さまが竜籠の手配をなさった時に、旦那様へ今日のことを記した手紙も同封させていただきました」

 一介のメイドが大貴族の当主と手紙を? 五人から視線の集中砲火を受けるセンナは、しかし涼しい顔で受け流す。

 そのにっこりとほほ笑む顔の、なんと恐ろしいこと。

「そうしたら、ここの最上階のお部屋を旦那様がお借りしてくださったと、返信があったもので」

 そしてなぜ、レナのお父さんもセンナに手紙を、と五人の視線は更に険しいものに変化した。

 本当に、知れば知るほど謎が増えるスーパーメイドである。

 ――まあ、レナの過去を考えれば心配にもなるか。

 シェリーはセンナについて思考を巡らせる片隅でそんなことを考えながら、隣にいるレナを見やった。

 ――この子が心配でレイゼルピナに残ったなんて、とても言えないな。

 視線に気付いたのか、レナも横目でシェリーをちらりと見やる。

「なに?」

「なんでも。じゃあセンナさん、案内よろしく」

「はい。こちらです」

 センナが受付で手続きを済ませてから、一行はレナのお父さんが借りてくれたと言う一室へ向かった。

 いくらレナのお父さんが頼んでおいたとは言え、なぜセンナがとも思ったのがまあそこは置いといて。

 センナの口振りや建物の構造からして、ホテルかそれに類似する宿泊施設であることは間違いないのだが、従業員の案内がないとはいったいどうなっているのだろうか。

 だがそんなレナ、シェリー、リンネの疑問は、最上階の到着と同時に解決された。

「お疲れ様です」

 爽やかな(真っ黒い)笑顔の方ではなく、蠱惑的な笑みの方で。

「あ、アナヒレクス家の……!! 今回は当館をご利用頂きありがとうございます。現在荷物の搬入中ですので、今しばらくお待ちください」

 ぱりぱりの黒いタキシードをびしっと着こなし、黒い蝶ネクタイを結んだ男数人が、大きな鞄を幾つも部屋に運び込んでいたのである。

 答えたのは若い男達を指示していた、額がかなり上の方にある男性だ。立ち位置は見たまんまリーダーだろう。

「実は、荷物を運ぶ方の竜籠も手配させていただいてですね。勝手とは思いましたが、皆様の荷物もお持ちさせていただきました」

 と、センナはレナ達に説明した。

「では、先に部屋の中で待たせていただきますね」

 そんなセンナの一言に反応して、荷物を運んでいた男達は一斉に道を開ける。

 そろいもそろって、全員鼻の下を伸ばしまくりである。これにはさすがに、額の上がったリーダーもため息をついた。

 きっと今頃、今後の教育方針に大幅な修正が加わっているに違いない。

 そんなこんなで搬入作業も終わり、室内が六人だけになった所で、

「それでは、昼食にしましょうか」

 昶をのぞいた四人は、センナの笑顔になぜか冷や汗を感じた。




 たいして時間はかからないが、料理を作るのにはやはりそれなりの時間がかかるようで。

 額の上がったリーダーの男からそう言われ、現在は食事待ち状態である。同時に、大至急お作りしますとも言われているので、厨房は今頃大慌てだろう。

 それはつまり、現在室内は完全にセンナの占領下にある、というわけだ。

「シェリー様」

 支配者たるセンナは、シェリーを小さく手招きする。

 シェリーはほんの少し恐怖を抱きながら、センナの側まで歩み寄った。

 そして、センナからひそひそ声でなにかを耳打ちされると……ニヤリ。シェリーの表情が一変し、レナ、リンネ、アイナを舐めるように見つめる。

「あの、シェリーさん?」

「…嫌な、予感が、する」

「あたしも、それには同感なんだけど」

 センナの笑顔ですでに悪い予感を感じてはいたが、シェリーのそれで四人の予感は確信へと変わった。

 そう、絶対なにか企んでいる、と。

 センナは昶の側まで歩み寄り、

「アキラ様、失礼は承知していますが、しばらく席を外していただけないでしょうか?」

 と、誰にも聞こえないよう、無声音で耳元にささやいてきたのである。

 三人が心配でどうしようか悩んでいた昶であるが、その一言がとどめだった。

「お嬢さまを、ものすごく可愛く仕上げますので」

 昶は意気揚々と、部屋の外へ向かった。




 ――レナを可愛く、かぁ……。

 昶は部屋の扉にもたれかかり、ぽけーっと天井を見上げていた。正確には、なにも考えないようにしているのである。

 聴力を強化しなくても聞こえてくる、レナ、アイナ、リンネの悲痛な叫び声と、シェリー、センナの歓喜に満ちた声と、あと大量の衣擦れ音。

 年頃の男の子には、色々な意味で危険な代物である。

 レイゼルピナなら上位階層(ヒューネラ)に属する精霊達、地球で言えばIRBM(中距離弾道弾)…………ほどの威力はないであろうが、それに準ずる破壊力はあるはず。

 なぜなら、今回は実害が出るかもしれないのである。

 ――思念波の拡散範囲って、どれくらいだったっけ。

 リンネのサーヴァントであるソニスには、上位の念話能力――広範囲に思念波を飛ばしたり、思念波を感じ取る能力がある。

 念話に関して専門外の昶は、それほど強い思念波を出せない。それこそ、レナ以外とは念話で話す事も不可能である。

 だが、それを専門としているソニスは例外だ。

 フィラルダの時はかなりの距離があったが、今回は背中の扉を挟んだ向こう側。思念波が届いたとしても不思議はない。

『ちょっ、シェリーさん!? どこ触ってるんですか!』

『…や、やめ……!?』

『いいじゃないの、女の子同士なんだし~!』

『お嬢さまも、逃げても無駄ですよ。大人しく、これに着替えてください』

『い、いやよ! そ、そんなの着るなんて!』

『リーンネ、つっかまーえたっ!』

『…シェリー、どこ、ひゃっ!?』

『う~ん、レナのよりも発育が悪いわね』

『ちょっとシェリー! 他人より胸が大きいからっていい気にならない、ひゃっ!?』

『捕まえましたよ、お嬢さま。それにしても、本当に小さいですねぇ』

『シェリーさんも、センナさんも、止めてくださいよ!』

『あら、アイナも他人事じゃないわよ。それっ!』

『は、あぅぅ……!!』

 あられもない声とか、艶やかな声とか、喘いでるような声とか、とにかく女の子達の色っぽい声が、昶にあれやこれや妄想させてしまうのだ。

 それがもしソニスに知れ、リンネやレナ達に知れたとなると。

 ――杖で百叩きと罵倒と食事抜きの三連撃(トリプルコンボ)、よりキツそうだな……。そうだ、別のことを考えよう。

 別のこと、別のこと、別のこと――――。

 だが、昶はすぐに自分の行為を後悔した。

 思い出したのは、創立祭の出来事。エルザの命を狙い、学院を襲撃し、レナにあんな悲痛な叫びをさせた奴等。

 そして、

「……“ツーマ”」

 黒い雷を駆使する闇精霊(レムレス)使いの少年と再び相見(あいまみ)え、そして激戦の末ようやく引き分けたことを思い出した。

 昶はその相手の名を、そっとつぶやく。

 途中とんでもないハプニングが起きたせいで危ない目にもあったが、今回もなんとか(しの)ぎきることができた。

 だが今回の戦いで、もっととんでもない奴が現れたのである。

「エザリア=ミズーリー。なんなんだよ、あいつ」

 血で強化した昶の動きを、完全に見切っていた。しかも腕をつかまれ、樹が薙ぎ倒されるほどの速度で昶を投げつけたのだ。

 本能が警鐘を鳴らしていた。それも、“ツーマ”の時以上に強く、激しく。

 服装を見る限りでは、昶と同じく地球から召喚されたのであろう。

 だとしたら、国籍は? 所属する結社や集団は? 使っている魔術体系はなんで、強さはどれくらいなのか。

 わからない。なにもかもがわからない。

 この世界の術者なら、精霊魔術の体系に従えばいくらでも対抗策は立てられる。

 しかし、エザリアはその範疇にない。なぜなら、レイゼルピナの術者ではなく、地球側の術者だから。それはつまり彼女が精霊魔術師でない可能性の方が、はるかに大きいという意味に他ならない。

 なんの対抗策もないままもし戦闘になったとして、果たしてレナ達を守れるのか。

 答えは『否』だ。“ツーマ”でさえもギリギリの自分では、どうにかなる相手ではない。

 それは、相対した昶自身もよくわかっている。

 強くなるしかない。今よりも、もっと、ずっと。

 自分に力がなければ、自分の守りたいものすら守れない。レイゼルピナに召喚されて、それがよくわかった。

 里にいた頃のように、自分の代わりに誰かを守ってくれる人は、ここにはいないのだから。

「アキラ様、準備が整いましたので、どうぞ」

 ――まあ、今は楽しむ方が優先か。

 昶は暗い所をぐるぐる回っていた思考を引きずり上げ、可愛くなったレナに期待を寄せつつドアを開いた。




 絶句。それが昶の現状を最も的確に表した言葉であろう。

 それだけ、目の前の情景が衝撃的だったのである。

「それでは皆さん、さんはいっ」

「おかえりなさいませ~、ご主人様ッ!」

「…お帰りなさい、ませ。ご主人、様」

「お帰りなさいです、アキラさん!」

 センナが掌をパンッと叩いたのに合わせて、シェリー、リンネ、アイナが昶に綺麗なお辞儀をする。

 いったい目の前でなにが起きているのか、昶にはさっぱりわからなかった。もう、思考が停止寸前だ。

「お、お、おぉぉ……」

 で、残り一人のレナであるが、口を開けたまま固まっている。

 そんなレナを、センナ、シェリー、アイナ、そしてリンネまでもがジトーっと白い目を向ける。

 それに気付いたレナは、

「い、言えばいいんでしょ! お帰りなさいませご主人様!」

 台詞と格好の二重苦で、首から上全部を赤面させながらの大絶叫。もしかしたら、下の階まで聞こえたかも。

 まあようするに、四人はセンナと同じメイド服(●●●●)を着ていたのである。正確には、少し違うが。

 いつもなら、そろいもそろってなにバカなことやってんだと突っ込む所であるが、

 ――可愛ぃ……。

 すでにその選択肢は、昶の中に存在しなかった。

 センナのが足下までスカート丈があるのに対し、四人のそれは膝上丈になっている。

 そこから伸びる生足は、いつもハイソックスやニーソックスで覆われているのもあって、やたら白くて艶めかしい。

 純白のヘッドドレス、胸元の淡く赤いリボン、白黒のコントラストが印象的なエプロンドレス。所々にあしらわれたフリルやギャザーも、可愛さを強調していた。

「いかがですか、シェリー様」

「最高です。やっぱりセンナさんに頼んでよかったです」

 昶のリアクションに、シェリーもセンナも大変満足した様子。互いにに親指を立ててにやにやしている。

「えっ! これセンナさんが作ったんですか!?」

「…すごい、けど、は……恥ずかしい、です」

「お二人とも、よく似合っておいでですよ」

 実行犯(センナ)は自分の成果を確認すると、うんうんと何度も頷いた。

 シェリーに頼まれてからわずか五日、これなら不眠不休で四人分のメイド服を作った甲斐もあるというものだ。

 それでも目の下にくまができていない辺りが、センナの超人ぶりを物語っている。

「あああ、あんたなにやらしい目で見てんのよ!」

「見てねえって!」

 まあ実際は、部屋に入った瞬間からレナに視線を固定していたのだが。

 それはひとまず置いといて、

「いいから、こっち向くな! 見るな! あっち行けぇええ!」

 いつもならここで杖を振り回す所なのだが……、今日はそれもできないので下を向いてうじうじしている。

『お嬢さまを、ものすごく可愛く仕上げますので』

 センナの言葉違わず、レナは極上に可愛く仕上がっていた。ドレス姿もとんでもなく可愛かったが、これはこれでまた別の可愛さがある。

 しかも、恥ずかしがっている仕草がなんとも言えない。スカートの裾にぎゅうっとつかんで、上目遣いで昶に視線を送ってくるのだ。

 お願いだからこっち見ないで、と訴えてくるレナの潤んだ瞳に、昶の視線はもう釘付けである。

「レナさんばっかりずるいです! アキラさーん!」

「な、アイナ!?」

 と、なにやらお怒りのご様子のアイナが昶の右腕に飛びついてきた。

 そうなると当然、アイナの身体のあちこちが昶の肩やら腕やらに当たるわけで。

「ア、アイ…………ゥアーキーラー!」

 そうすると、レナが鬼のように目をつり上げたりするわけで。

「今すぐ離れなさいよ!」

 それから、手近なイスを片手に高々と振り上げるわけで。

「おいこら待て!」

 昶はレナの力一杯振り下ろしたイスを、空いてる方の手で受け止めた。

「あらあら、レナったら焼き餅焼いちゃって」

「そんなお嬢さまも、可愛いです」

「あんたらねぇ……」

 犬歯を剥き出しにして、シェリーとセンナをガルルルルゥと威嚇のポーズを取るレナ。

 それはそうだろう。自分が今こんな姿をさせられている原因は、シェリーとセンナにあるのだから。

「…あの」

 背中をツンツンとつつかれ、センナは背後を振り返った。いたのは、ちょっと気弱そうな表情をした薄青髪のメイドさん(リンネ)である。

「…料理、来たみたい、です」

 センナは騒動を全部シェリーにほっぽり出して、到着した料理の方へ向かった。




「疲れた」

「お腹すいたぁ」

「腹減ったぁ」

「お腹、すきました」

 順に、昶、レナ、シェリー、アイナ。

 恐喝犯をボコボコにしたのに加え、先ほどの大暴れ。

 アイナにしがみつかれる昶に、その昶を高級なイスでぶん殴ろうとするレナと、それを止めようとレナを羽交い締めにするシェリー。

 髪はボサボサ、せっかくのメイド服もくたびれてしまっている。

 四人のお腹は、センナとリンネ以上にぺこぺこ。お腹と背中がくっついちゃう五秒前なのだ。

「さあ、メイドの皆さん。冷めない内にお料理並べて下さいね」

 そして、なぜかメイド服に着替えた――実際は着替えさせられた四人は、センナ主導の下テキパキと料理を運……、

「…こぼしちゃだめ、こぼしちゃだめ」

「リンネ、そんな慎重にならなくても、熱っ!」

「シェリー、なにやってん……、わぁっ!?」

 テキパキとは運べていないようである。

「なにやってるんですか。料理より発動体の方が重いんですから、『こんな重い物持った事がない』ってのは、言い訳になりませんよ」

 アイナをのぞいては。

「アイナ様、お上手ですよ」

「いえいえ。これくらい普通ですよ、普通」

 そんなわけで、主にセンナとアイナの二人によって、六人分の料理が次々と運ばれてくる。

 それをただ座って見ている昶は、

「あの、俺も手伝った方が」

「お構いなく。これも私達の仕事なので」

「いや、でも、他のみんなは」

「アキラ様」

「……はい」

 センナ、昶に対してとびきりの笑顔(ブラックの方)。

「もう少しだけ、お待ちください」

「……はい」

 戦闘力がないはずのセンナに、なぜか戦慄を禁じ得ない昶であった。

 その間にもアイナを中心に次々と料理が運び込まれ、いつの間にか円形のテーブルを埋め尽くすほどの料理が並べられていた。

 ステーキ、サラダ、パスタ、ソテー、スープと、学院で出される料理とはまたちょっと違った趣のある高級料理に、昶は目を皿のように見開いている。

 しかも食欲をそそる美味しそうな匂いに、もう我慢の限界だ。

「それでは、いただきましょう」

 と、言うセンナの言葉を皮切りに、全員が一斉に手を出した。

 席順はセンナから時計回りに、シェリー、リンネ、アイナ、昶、レナの順である。

 昶を挟んで両側の二人も今は食事の方にご執心のようで、昼食はさっきまでと打って変わって静かに進行中だ。

「はの、へんははん」

 一通りのメニューに手をつけたシェリーは、隣のセンナに話しかけた。

「シェリー様、先に口の中のものを飲み込んでからにしてください。はしたないですよ」

 注意されたシェリーは、口の中のものゴクリと飲み込む。相変わらず、女の子らしい仕草とはほど遠い女の子である。

「センナさん、ここのお昼のお金も、レナのお父さんが出してくれたんですか?」

「はい。お嬢さまの近況をお聞きしたいかご拝聴したところ、快くお出しして下さいました」

 ――センナさん、それは強迫なんじゃ。

 センナのかなりびっくりな発言に、シェリーは思わずむせ返してしまった。

 ケホケホと二度三度せき込んでから、えぇ……と言う視線を向ける。

「あ、でも旦那様が仕事の関係で若い女性と仲良くしていることは、まだ話してありませんよ。それと、奥様に内緒でその方とプライベートでお食事に行ったこともまだですね」

 と言う爆弾発言――高性能爆薬使用――に、それを聞いていた五人は目をまん丸に見開いて驚く。

 全員が“レナのお父さん、どう見てもセンナさんに弱味握られてるじゃないですか……”と思ったのは言うまでもない。

 自分の秘密も知られているのではないかと、五人とも冷や汗だらだらである。

「ふぅぅ、旦那様の紹介だけあって、なかなかの美味ですね。ささ、皆さんもどうぞ」

 自分の発言の強烈さなど気にも止めず、センナは巻き取ったパスタをパクリと飲み込む。

 五人はレナのお父さんに感謝と同情を感じつつ、食事を再開した。




「ごちそうさま」

「はふぅぅ、お腹いっぱいです」

 レナとアイナは、お腹いっぱいとばかりに背もたれにもたれかかった。

「いかがでしたか。お嬢さま、アイナ様」

「どれも美味しくて、すっごくよかったです」

「学院の食堂よりもずっと美味しくてびっくりしたわ。お父様が進めるのも無理ないわね」

「それはよかったです」

 二人の満足気な表情に、センナも思わず笑みをこぼす。

「…シェリー」

「な~に?」

「…あげる。食べきれな、かった」

「やった! ちょっと足りないと思ってたのよ~。ありがと~、リ~ンネ~」

 その隣では、レナよりも小さな身体に入りきらなかったらしい、リンネがシェリーに食べきれなかった料理を食べてもらっていた。

 色気より食い気、質より量のシェリーには、ここの昼食は少し物足りなかったようである。学院の食堂は、相手が学生と言うのもあって量が多めなのだ。

 シェリーは表面だけ焼かれた分厚い肉にフォークをぶすり。そのまま大口を開けステーキをのみ込んだ。

 いつにないほど、ゆるみきった表情をしている。

 と、そこへ、

「いいなぁ、俺ももうちょっと欲しかったのに」

 と、シェリーと同時に食べ終えた昶は、物欲しそうにシェリーの口へと消えていくステーキを見つめる。年頃の男の子には、やっぱり量が少なかったようだ。

 学院ではダールトンに襲われ、籠の中ではレナとシェリーを取り押さえ、更に恐喝犯の制圧と、エネルギーの消費が六人の中で一番激のも空腹の原因の一つである。

「ざーんねん。これは私がもらったものだから、アキラにはあげませんよーだ!」

「ケチ」

「ケチでけっこう。っんぐ、あぁ、美味しい」

 独占欲丸出しのシェリーは、昶に切れ端一片すら渡すつもりはないようだ。

 舌をべーっと突き出し、昶にはあげないと料理の載った皿を自分の手元に引き寄せた。

 するとそこで、センナはレナと目を合わせにっこりと微笑みかける。と同時に、レナはかあっと頬を赤く染めた。

「アキラ様、まだお腹はおすきですか?」

「まあ、けっこう身体動かしましたから」

 その内の一つはあなたのせいなんですけどね、というのはとりあえず胸の内に収めて。

「でしたら、こちらを……」

 センナが運ばれた荷物の中から取り出したのは、直方体の形をした編み上げのバスケットである。

 それを見たレナは、どうやったのか、イスからぴょんっと垂直に飛び上がり、

「センナ、やっぱりダメ! お願いだから!」

 バスケットを奪取せんとセンナへ向かってダイブした。

 のだが……、

「お嬢さま、せっかく作ったのですから、ここはやはり食べていただなくては」

 センナはそれをひらりとかわす。無情にもレナの腕が、標的を捕獲することはなかった。

 涼しい顔をしてレナの横を通り過ぎたセンナは、昶の前にバスケットを置き、ふたの部分を開いた。

「……うまそう」

 耳を切ったパンに、チーズやらマッシュポテトやらトマトやらレタスやら、新鮮な食材がふんだんに使われている。

 そして、表面はこんがりとキツネ色に焼けていて、例えお腹が減っていなくても食欲をそそられそうだ。

「そのホットサンド、お嬢さまがお作りになったんですよ」

「「「えぇ!?」」」

「…ほん、と?」

 さすがにこれには、一同そろってびっくりである。

 あのレナが? 料理? 嘘でしょ?

 そういった疑惑の視線は、それを言った当人のセンナから、下を向いたまま床で崩れた正座そしているレナへ向けられる。

「それはその、あれよ。センナに作らされただけで、特別な意味なんてないんだから。そこのとこ、勘違いしないで、よね……」

 最初は大きかった声だがだんだんと小さくなり、最後には聞き取れない大きさでぼそぼそと。

 だが、それを良しとしない人物が一人だけいた。

「レナさんずるいです! 一人ばっかり、おおお、お弁当なんて!」

「だから、センナに作らされたって言ってるじゃない!」

「アキラさんを食べ物で釣ろうなんて、やり方が汚いです!」

「釣るとか、そんなの全然思ってないわよ!」

「こうなることがわかってたら、私だって……」

「ってぇ、人の話聞きなさぁああああい!」

 レナの行為が、いわゆる“抜け駆け”に映ったアイナは怒り心頭。

 食事中に大人しくしていたのはこのためだとばかりに、レナとの激しい言い合いを始める。

 完全においてけぼりを喰らっている、口論の中心たる昶はと言うと、

「ってことは、レナのあの指の包帯は」

「ご想像にお任せします」

 そういうことらしい。

 目の前でにやにやといやらしい笑みを浮かべるシェリーをあえて視界から外し、昶はレナお手製のホットサンドに手を伸ばしたのだった。




 口の中に、やたら濃厚な砂糖の甘みが広がった。




 “カメリアの剣”と呼ばれた青年が連れて来られたのは、なにもない真っ暗な空間だった。

 いや、“なにもない”という表現は適切でない。正確には、“なにも置けない”というのが正しい。

 ここは階段状の通路なのだ。それも横向きになってようやく人がすれ違えることができるほど、狭く小さな。

 しかも階段は地下に伸びているため、明かりは先を歩く“ノウラ”のカンテラだけだ。

 床も壁も天井も、頑丈な上に硬化の魔法がかけられた岩石でできているので、強度的な心配はない。が、その代わりとばかりに息が詰まりそうなほどの閉塞感を感じる。

 この地下道を歩き始めて、現地の時間で早五分。だが、目的の場所にはいっこうに着く気配がない。

 それともう一つ、閉塞感と同時に青年はある疑問を抱き始めていた。

 これほどの代物を、いったいだれが作ったのだろうか。

 いくらレイゼルピナの優秀な術者とて、この長さ、深さ、堅牢さを兼ね備えた通路を、しかも地下に作るなどという芸等ができようか。

 どれだけの時間を積もうと、できはすまい。

 それがローレンシナ大陸における、魔法の限界なのだから。

「さあ、着きましたぞ」

 そう言われ、青年も前を見た。

「……こ、これは」

 すごい、としか言いようがない。広大な面積に詰め込まれた、見たこともない機械類の数々。天井には最低限の明かりを確保するために、白色光を放つ球体が配置されている。

 それに虹色の色彩を放つ大量のガラス板。そのガラス板のはめ込まれた鉄板に覆われた箱からは、いくつものケーブルが縦横無尽に伸びている。

 そして、

「やっと来たんか。客人やからゆうて、うちを待たすたぁ、ええ度胸やのう」

 やたら訛りの強い、すごみのある女の声が青年の耳に木霊した。

 肩の高さ辺りで乱雑に切られたレモン色に近い金髪を、申し訳程度に結んだツーサイドアップ。淡いピンク色をした、胸下丈のゆったりとしたタンクトップに、太ももを惜しげもなくさらしたホットパンツ。ヒールの高いゴールドのミュールからは、官能的な指がのぞいている。

 真冬だというのに季節感を完全に無視した露出の高い格好に、青年は思わず目を背けた。

「もっとまともな格好をしたらどうだ。見ているだけで寒くなる」

「うちがどんな格好をしようと、うちの勝手やろ」

 だが、女の方は逆にしなを作って見せ、青年をからかう。澄んだ瑠璃色の瞳で妖しい視線を青年に送りながら、見事にくびれたウエストラインを妖艶にくねらせた。

 身体をくねらせるたびに首にかかる砕けた瑠璃のネックレス――その鎖の部分がじゃらじゃらと音を立てる。

「……それで、例の物は? 今回はそれが目的で来たんだからな」

「ったく、これやけぇ餓鬼は嫌いなんや。女を見たら、まず褒めろっちゅうねん。こっちやで」

 女はぶつくさ言いながら、青年を更に奥へと誘導する。

 足下は大量のケーブルで埋め尽くされていて、少しでも目を外すと足を取られてしまいそうだ。

「で、そこの黒いの。お前、別んとこの担当やなかったか?」

「客人のお迎えに参っただけでございます。まさか、貴女様にお任せするわけにもいきますまい。エザリア殿」

「はん。勝手に言っときぃ」

 女――エザリアは“ノウラ”を横目ににらみながら、薄赤色の溶液で満たされた巨大なガラスケースの前で足を止める。

 ガラスケースは樽のように中心部が膨れ上がっており、両端へいくほど直径が小さくなる形状をしていた。

 そして、その中にはなにか人のようなモノ(●●●●●●●)が浮かんでいる。

「どないや? 好き勝手いじってたら、こっちのハイエンドのスペック、大幅に超えてしもうたで」

 青年は、ガラスケースの中のモノに目を見張った。

 溶液の中に浮いているのは、烈火の如く赤い髪をゆらめかす、一糸まとわぬ女の子。

 とても人間とは思えない、人形と言った方がまだ信じられるほど全身の造形が整っている。

 すらりと伸びた長い手足も、しなやかな腰も、顔のパーツ、髪の毛一本、産毛一本に至るまで、全てが一流の職人に作られたかのように美しい。

「これが、俺の……」

 青年がケースに触れた瞬間、女の子はかっと目を見開いた。

 赤く、朱く、紅い瞳で、まっすぐに青年を見つめる。

 それから、ゆっくりとした動作で――――唇が動いた。

『アナタガ、ワタシノマスター?』

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