第一話 異世界 Act03:早朝の蛮行
草壁昶の朝は早い。
朝は五時に起きて里の外周を一周した後、木刀での打ち合いを里の外縁部の森の中で七時まで行う。
その直後には宗家の道場にて三〇分の瞑想に入り、霊力を繰る修練を同じく三〇分行ってから朝風呂に入り、ようやく食事という朝を送っていた。
普段なら、一緒のメニューを軽々こなす優秀な兄が起こしに来るまで寝ているのだが、今日は固い床のためか早々と起きてしまった。
早朝の睡眠は最高の贅沢なのに、実にもったいない。
「……ん~、もう朝か?」
昶は大きくあくびをすると、窓の方を向いた。
レースのカーテンを抜けた日光が眩しくない程度の光量を部屋の中へと招き入れ、部屋の中をうっすらと照らしている。
「学生寮、ねぇ……」
昶は改めて部屋の中を見回した。学生寮にしては些か以上に調度品が豪華なのは、気のせいではないだろう。嫌味ったらしくない、しかしどれもが厳かな意匠を湛えている。
しかも間取りも広い。少なくとも昶の部屋よりはずっと。
昶も昨日まで寝ていた、天蓋付きのフカフカのベッドに手触りのいい掛け布団と、優雅な装飾を施されたロウソクの燭台。部屋の中央にテーブルとイスが数脚、上質なレースのカーテン、全身を映せる大きな鏡台、二メートル以上あるクローゼットが二つ。しかも鏡台とクローゼットには見事な彫刻がなされていて、かなり値の張る品物だろうというのが一目でわかる。
「でもまあ、一番はこれか」
壁一面、床や天井に防音らしき術が見えないように張り巡らされていることだ。
やはり世界が違っても、人は同じことを考えるらしい。ルーンと酷似した方式を用いているようだ。
「あれ、そういや……」
部屋をもう一度よく見回してみるが、向こうならどの部屋にもありそうなあるものがない。
「時計、ねぇな」
これでは時間がわからないではないかと思ったものの、よく考えれば時間を気にするような必要はどこにもなかった。
「じゃ、うるさいお嬢様が寝ている内に」
手持ちの道具でも確認しておこう。
まず電池の三本ある携帯電話(使用不可)が一つ、術に使う護符が十二枚、魔眼除けのコンタクトレンズ、妖刀村正が一本、以上終わり。
「って少な……」
護符は紙さえあればどうにか増やせるし、コンタクトレンズもはめっぱなしでも大丈夫なようになっているから平気だ。しかし、これだけではいくらなんでも装備が貧弱すぎる気がしないでもない。
村正があったのだけは唯一の救いだが、まず護符が十二枚しかないのはまずい気がする。特に昶は、護符がなければ五行を用いた術式のほとんどが使えないのだから。
レナが起きたらまず紙を貰うとしよう。ただし、言い訳を考えなければならないのが少々面倒ではある。
幸いにも、この世界は霊的な力がやけに強い。これなら、即席の護符でも難なく術を起動できるだろう。
和紙みたいな紙があれば最高なのだが、期待もできなければあるとも思えない。だがまあ、その辺は草壁の血を使えばなんとかなるだろう。
昶は足音を立てないよう注意を払いながら、この部屋の主の元へと移動する。
天蓋付きのベッドには薄桃色のレースが垂れ下がっており、彼女の顔を直接見ることはできない。だが、カーテン越しになら、朝の陽光のおかげで見ることができた。
「黙ってりゃ可愛いのに、もったいねえなぁ」
昨日、昶に散々罵倒を浴びせたあげく、何度も足蹴にした人間と同じ人物とはとても思えない。
宝石のエメラルドのようなきれいな瞳に、くせっ毛なオレンジの髪をした、ちょっと昶好みの女の子。
──そういや、女の子の寝顔なんて初めて見るな。
しかも思っていた以上に可愛かったりする。実の姉の寝顔なら何度か見たことはあるが、あれは身内なのでカウントには入らない。
そういえば、なんだかんだでしばらくは部屋に泊てもらえることになったようだ。本人が嫌々っぽい所を見ると、学院長がなにかしたのかもしれない。
「ん~~」
「!?」
「すぅ~、すぅ~」
「はぁぁ、寝返りかよ」
突然身体が動き出して起きたのかと思ったが、当の本人はまだ夢の中でまったりしているようである。なぜかわからないが、とりあえず安心する昶だった。
残念ながら、可愛い寝顔は昶とは反対の方向へと向いてしまったが。
「……」
昶はレナの唇を見つめながら、自らのそれに触れる。
そして、昨日学院長室でレナが叫んでいた時のことを思い返した。
「こいつ、俺と……」
昶の頭の中で、昨日聞いた学院長の言葉が反芻する。
『死にそうになった君を助けるとは言え、サーヴァントと交わすはずの大切な契約まで、使ってしまったんじゃからな』
昶は、自分だったらどうだろうと考えてみる。
目の前に死にそうな人間がいて、契約を結べば助けることができる。しかも助ける相手は顔も名前も知らない赤の他人。そんな時、自分は躊躇なく契約に踏み切れるだろうか。
そんなこと態に陥ったことがないので感覚的には理解できないが、普通に、論理的に考えればまず無理だろうという結論がすぐに思い浮かぶ。
そもそも、ほいほいと結んでいいようなものではない。魔術師達にとって、それは相手に命を預けるのと同等の行為だ。はっきり言って、どんなバカでも犯さない愚行と言ってもいい。
そんな重大なものを、赤の他人である自分を助けるためだけに……。
が、そんなこととは関係なく、レナの顔を見ているとなぜか顔が熱くなる昶だった。
「いけね。なに考えてんだ、俺は」
無論、キスしたことを改めて認識したことで、元々タイプだったレナをよけいに意識するようになったからである。なにせ、同年代の女の子となのだから、昶の反応はむしろ健全と言ってもいい。
「まあいいや、起きるまで寝てよ」
昶は薄い布にくるまると、壁に背中を預けてまぶたを閉じるのだった。
やはりと言うか、なんと言うか……、つまりその、あれだ。
「痛っ!」
「いつまで寝てる気よ?」
いきなりこめかみに激痛が走ったことにより、目が覚めたのだ。正確には、覚めさせられたと言った方が正しい。
むしろ痛みが強力すぎて、何処か遠いところに逝ってしまいそうになったほどである。
「ひ、人を起こすのに……こ、こめかみを……蹴る、な………」
眠気とは別のもので意識が遠のきそうになるのをなんとかこらえ、昶は床の上でピクピクしている身体を起こした。
身体が痙攣しているような気もするが、ここはあえて追及しないでおこう。
「あんたがず~~~~~~っと寝てるのが悪いんでしょ? 着替えるから、外出てて」
「はぁ、りょーかい」
昶は命ぜられるがままに、震える手をドアノブにかける。よし、さっきの仕返しに少しくらい、
「言っとくけど、のぞいたらコロス」
のぞきはよくないので止めておこう。
犯罪行為に手を染めるほど、落ちぶれていないつもりだ。一応……。
「絶対にしません、レナ様」
一瞬だけ振り返ったそこには、獲物を狙うハンターのような眼光がギラリと煌めいていた。
バタン……。
昶は力なく扉を閉じた。結局のぞくだけの勇気は出なかったわけだ。
「はぁぁ、いくらなんでも乱暴すぎだろ」
昶は側頭部を押さえてため息をつく。結局あれからなかなか寝付けず、ようやく寝たのは頭を蹴られた数分前だったのだから。
これなら部屋を抜け出して、いつも通りのメニューをこなしていればよかった。
しかも、今度は扉の内側から布のこすれあう独特の、年頃の男の子にとって色んな意味で危険な音が、
「落ち着け俺、落ち着け、落ち着け……」
だがしかし、心臓の鼓動は昶の意志に反して早く、激しくなる。
レナの着替える音と自分の鼓動で、他の音が聞こえないほどだ。
今この扉の向こう側ではレナが着替えを、そう考えると否応なしに胸がドキドキする。
だめだと思えば思うほど、内側の情景を想像と言う名の妄想をしてしまう。それも、抑えようとすれば抑えようとするほど、より鮮明に、よりはっきりと。
どんなのを着ているのだろう、色は、サイズは、デザインは………。
昶は迫りくる煩悩を抑えるべく、瞑想に入ったのだった。
悶々とする中、待つこと数分……。
「さあ、準備も出来たし、食堂に行くわよ」
レナは節くれだった木の先に、珠のはまった杖を持って現れた。今日は束ねた髪の下の方を赤いリボンで止めている。ブラッシングはしているのだろうが、元がくせっ毛なのもあって所々飛び跳ねている。
「って……どうしたの?」
「な、なんでもない」
この火照った顔を見られるのは、なぜか無性に恥ずかしい。
結局、瞑想で雑念を排除するのはうまくいかず、レナのあ~んな姿や、こ~んな姿ばかりを想像(妄想)してしまったのだ。顔から火が出るとは、まさにこの時のために用意された言葉だろう。
「あんた顔赤いわよ? まさか、まだ体調が悪いんじゃ」
「な、なんでもないので、気にしないでください!」
気恥ずかしさと気まずさから、盛大に叫んでしまう。そのちょっと過剰な反応と声量に、聞いたレナの方も若干引いていた。
「まあ、あんたがいいって、言うなら」
やはり、昶の体調のことが気がかりのようだ。
そんなに心配してくれるなら、まずはあの手荒な扱いを止めて欲しい所である。
「はぁ、それといいかげん『あんた』はやめてくれないか。俺の名前は、あ き ら だ!」
昶はようやく火照りの収まった顔から手を離すと、本日何度目かになるため息をついた。
そう、レナからまだ一回も、名前で呼ばれていないのだ。
「わ、わかってるわよ。でもアキラって変わった名前で、ちょっと呼び辛いのよ」
「そりゃどうも。それで、食堂ってのはどこにあるんだ?」
「あぁ、昨日の学院長先生の所に行ったわよね」
そう言われて、昶は昨日のことを思い出す。
レナに従って薄暗い廊下を延々と歩き、階段を降りてから一度外の渡り廊下を通って再び階段を上った。
闇夜を照らす大きな月もそうだが、星の配列が全然違うことに改めてここが別世界だというのを自覚したのだ。
星座を利用した術が全て使用不可なわけだが、そんな大魔術を行使する機会はないからいいだろう。
それにその辺りの術式も、サボっていたので覚えていないうえに、そもそも星座もほとんど覚えていない。覚えているとすれば、黄道十二星座くらいである。
「あれはクインクの塔って言ってね、その塔の一階に大きな食堂があるわ。ちなみにこの女子寮があるのはウンデネの塔とグノーメの塔の間にある舎内で、あたし達一年生の部屋はこの三階。あとクインクの塔に行くにはグノーメの塔まで行って一階まで降りなきゃいけないのよ。あたしの部屋ってグノーメの塔から一番遠いから、時間がかかるのよね」
確かに、レナの部屋を出ると片方は壁になっており、もう片方は先が見えないくらいに遠かった。
この廊下も百メートル近く、いやそれ以上はありそうだ。
しかし、
「確かに遠いけど、どのみち大した距離じゃねえだろ」
「自慢じゃないけど、あたし体力にはこれっぽっちも自信がないのよ。どっかの脳筋女と違ってね」
まあ、この華奢な身体で体力のある方が驚きだから、当然と言えば当然だろう。そのうえ、かなりのお嬢様のようであるし。
まあ、“脳筋女”が誰か気になるがここは置いておこう。話がややこしくなりかねない。
「本当に自慢できねえな」
「うるさいわねぇ。居候の分際で家主に反抗する気? 部屋を追いだされたいのかしら」
「すいませんレナ様」
はっ!? つい反射的に謝ってしまった。
でも廊下や屋外で寝るというのは、正直勘弁してほしい。緯度が高いのか、それとも地形的に暖気が入ってきにくいのか、日本よりも寒い。
「それと、食事の前にはしっかりと祈りをささげなさいよ。この世界を作り給うた神様と、英雄のマグス様に」
「ん? “かみさま”と“まぐすさま”」
一度つり上がったレナの目だったが、次第に憤りから呆れへと変わっていく。
なにか気にさわるようなことでも言ったのだろうか。
「……あんたが異世界の人間だって言い張るの、ホントのような気がしてきたわ」
「そりゃどうも。でもどうしてだ?」
「そりゃ、ミーラセウス様とマグス様を知らないからよ。まず、ミーラセウス様は、この世界を作ったとされる神様よ。この神様がいなかったら、あたし達はここにいないわけだしね」
──つまり、創造神ってことね。
昶の世界でも、そういった考え方は多々存在する。アブラハムの宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)では、ヤハウェ、アラーが。日本神話では、イザナギ、イザナミが。それぞれ造物主に当たる。
「で、もうお一方は?」
「マグス=パピルス様。当時はまだバラバラだった魔法の技術を一つに集約して、私達の使っている魔法の基礎理論を打ち立てた人よ。世界を救ったとされる英雄として、ローレンシナ大陸では広く知られているわ」
「『世界を救った』って、なにやったんだその人?」
「それはわからないわよ。もう何千年も前のことだし。でも、民間伝承が大陸各地に残ってるくらいだから、これを知らないとなると少なくともローレンシナ大陸の人間じゃないことだけは確かみたいね」
「ふ~ん、こっちで言うアレイスター=クロウリーみたいなやつね」
アレイスター=クロウリーとは近代西洋魔術を数多く確立させた『黄金の夜明け団』の一員であり、その後独立して『銀の星団』、別名『A∴A∴』を創設、現代の魔術師の世界にも多大な影響を与えた人物の一人である。
退魔業以外にも、魔術師の討伐も生業とする草壁一族の隠れ里にもその名は届いている。
だが、レナの方はそんな名前を聞いたことがあるはずもなく、
「誰それ?」
まあ、至極当然の反応だ。むしろ、知っていたら怖い。
「気にするな。こっちの話だ」
「もう、気になるじゃないのよ!」
「え~っとだな、近代……」
一瞬言ってもいいものか迷ったが、自分のことを言わなければ大丈夫だろう。それに、この世界では、魔術はわりと普及している技術のようだ。
でなければ、こんな普通の空間に魔術が使われている説明がつかない。ここの生徒から受けた印象は、魔術師と言うよりは里の外でほんの少しだけ見たことのある、“がくせい”のものなのだから。
「近代……?」
「近代魔術の礎を築いた人の一人、かな」
「なんかよくわかんないけど、そのクロウリーって人がすごいマグスだってのだけはわかったわ。さあ、ここを降りて廊下を渡ったら食堂よ」
ようやくグノーメの塔に入ったようだ。
窓から射し込む穏やかな光、壁面を反射する光は共に目に優しく届く。
レナと昶はそんなのどかなスペースを一直線に突っ切ると、塔の中心にある大きな螺旋階段を使って一階まで降りた。
朝食時なせいだろう、一階は一年生から三年生までがごちゃ混ぜになっている。
制服にマントが付いてるのは新鮮だが、それ以外は特に変わった所は見られない。
発動体だっただろうか。大小様々ではあるが、杖が最も多いようである。しかし、中には剣やら槍やら大鎌やら物騒なものも。ちゃんと鞘に収められていたり、布に巻かれていたりしているが、ああいうのを見るとつい警戒してしまう昶であった。
一見関連性はなさそうに見えるが、よく見ればどれにも宝石がはめ込まれているのが分かる。ざっと見た限りだと、原色系の宝石が多い。一ついくらくらいするんだろうか、あまり考えたくはない。
「そんなキョロキョロしない。田舎者みたいでしょ」
「うっせ、どうせ俺は田舎もんだよ。それに、女の子ばっかでおちつかねえって」
「女子寮なんだから、当たり前じゃない」
「そりゃまあ、そうだけど」
可愛い女の子や美人さんが多くて目のやり場に困る。
貴族のお嬢様ってだけあって、全体的に容姿が整っている人が多いようだ。
こういうのに耐性のない昶にとっては、目の毒以外のなにものでもない。
「おっはよ~、昨日ぶりね」
「お、おはよう。ございます」
昨日レナの部屋に入ってきた、シェリーという女の子だった。赤紫の艶やかなポニーテールとうなじが、誰かさんと比べてなんとも色っぽい。
「いっだー!!」
足の小指に踏み抜かれたような鋭い痛みが。
「なに鼻の下のばしてんのよ?」
昶はうずくまって、足の小指を押さえた。
朝からこの調子だと一日でどれほどの生傷ができるのか、今から先のことが不安になる。
「レナったら、ホント乱暴なんだから」
「あんたがこのバカにちょっかい出すからでしょ」
「ちょっかいって、挨拶しただけじゃない。独占欲が強すぎなのよ、レナは」
「年中フェロモン垂れ流しておきながら、どの口が言ってるのかしら」
と言うレナの視線は、シェリーの口ではなくそのちょっと下を見ている。
「あ、これのこと? いや、ちょっと胸元が苦しいから」
窮屈だと言わんばかりに、二つの球状のものがブラウスを押し上げているのである。しかもおまけとばかりに、ブラウスのボタンが、上二つ開いているではないか。
これは、昶の目にもかなりの毒である。
「なあに、それって自慢なのかしらぁ……!」
「あらあら、お子様にはちょ~っと刺戟が強すぎたかしらぁ……!」
両者はう~う~唸りながら、視線をバチバチさせてにらみ合っている。
そしてその周りには、その他の一年生の女生徒が群がってはやし立てていた。
「大丈夫ですか?」
「まあ、昨日の夜だけでもうだいぶ……」
反射的に答えた昶だったが、よく考えればこんな無機質な声に聞き覚えはない。昶は慌てて背後を振り返った。
身長は自分より高く、一八〇センチより少し高いくらい。細くしなやかだが、強靭そうな長い手足。そして最大の特徴は瞳と髪である。
炎の形を写し取ったかのような長く美しい髪と鋭くも燃え盛るような瞳、そしてその二つともルビーのような深紅をしている。
だが、驚くのは彼女が制服ではないことだろう。
肩を大きく露出させ袖口が大きく開いた袖と、丈の短いベストを組み合わせたような服。へその部分も露出させ、白い布を水着のパレオのように巻き付けているが、その隙間からはロングブーツが顔をのぞかせている。また、頭部には極細の金の鎖が巻かれており、額の部分にはルビーよりも深い紅をした宝珠がぶら下がっていた。
「申し遅れました。私はシェリー様のサーヴァント、名をセインと申します。昨日お見かけした時から気になっておりまして」
「セイン、さんですか。…………あぁ、なるほど。そういうことか」
だがなぜ彼女がシェリーのサーヴァントなのか、その理由はすぐにわかった。この肌をチリチリと焼くようなこの感覚には覚えがある。
「例えマグスであってもかなり高位の者でなければ見抜けないはずなのですが。何者なのですか、あなたは」
昶とセインの視線が、喧騒まっただ中の空間で交錯する。
その少し先では、レナとシェリーはつかみ合いの喧嘩にまで発展しており、はやし立てる生徒と怖がる生徒でごった返して収集がつかなくなっていた。
「私は上位階層の人間型に属する火精霊。召喚された時は我が主を始め、教師の方ですら感覚で見破れなかった私の正体を看破するとは、見事な慧眼をお持ちのようです」
つまり、彼女は人間ではない。
「それだけ気配が漏れていれば、誰だってわかると思いますけど」
今も肌に焼けつくような、火の精霊の気配を感じている。
それも、かなりの大物だ。
「そういう貴方こそ、人であることを疑いたくなるような気配が漂っていますよ」
「大正解、とだけは言っときますよ。そっちもかなり鋭いみたいですけど」
「恐縮です。できればお名前をお聞かせ願いたいのですが」
「昶です。草壁昶。先に言っとくけど、昶の方が名前ですから」
「心得ました。それと、私達は、主とそのご友人であるお方のサーヴァント同士。他人行儀な礼は無用です」
「そんじゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかな。実は、敬語はちょっと苦手なんですよ」
セインは無機質だった顔をほんの少しだけ緩ませた。
まあ、あえて言うなら昶はサーヴァントになったわけではないのであるが。
「それでは、我らの主をお諫めしましょう。このままでは、一年生女子のほとんどが朝食に遅れてしまいますので」
「そうだな」
セインは天井付近まで飛び上がると、人垣をもろともせずに飛び込み、昶は強引に押しのけてそれぞれの主人の元へとたどり着いた。
一部始終を見ていた女生徒の話では、派手に着飾った女の人はエルボーを黒髪の少年はアッパーをそれぞれ喰らい、少年の方はそのままノックダウンしたそうだ。