第九話 一夜明けて…… Act06.5:王都にて
昶が杖でどつき回されてからしばらく経った頃、レイゼルピナの首都――通称:王都レイゼンレイドに、籠を下げた竜の一団が到着した。
それら竜を操るのは、竜騎士隊の面々。国内で最も竜の扱いに長け、かつ高威力の攻撃魔法を得意とする王室警護隊の一つである。
籠を下げた竜達はその背中に乗る竜騎士達の操作に従い、ゆっくりと、振動を立てないように巨大な城の中へと着陸する。
籠に付けられたら扉が開き、まずメイド服を身にまとった女性が降りてきた。薄い青緑の瞳、まばゆいピンク色で緩やかなウェーブの髪にちょこんとヘッドドレスが乗っかっている。名をミゼル、そばかすがチャームポイントな、エルザ専属のメイドである。
「王女殿下」
先に籠から降りたミゼルは、その後から現れた、移動用の簡易ドレスを身にまとった少女の手を取った。
少女はミゼルの手を取ると、段差やスカートの裾に気を付けながらゆっくりと地面に降り立つ。
その立ち居振る舞いからもわかるように、彼女がミゼルの仕える王女、エルザである。
エルザは黄味の強い金髪を風になびかせ、マカライトグリーンの瞳は、濃い憂いの色を湛えていた。
「おぉ、エルザ! 無事だったか!!」
白銀の鎧六体を伴って現れたのは、かっぷくのいい中年男性だ。
ミゼルはエルザから二歩三歩離れると、その男に向かって深くお辞儀をする。
が、男はそんなことなどおかまいなしに、籠から降りたばかりのエルザを力強く抱きしめた。
色の落ち始めたブロンドと、エルザと同じマカライトグリーンの色をした瞳。鼻の下からは上唇を隠す程度の髭が伸びており、全体的に人の良さそうな顔をしている。まあ、この人に限って言えば、本当に人が良いわけだが。
「お、お父さま。あたくしはこの通り無事ですから、その、離してください」
エルザの、人前で恥ずかしいです、と言う言葉で我に返った男――エルザの父――は、体裁を取り繕うかのように大きく胸を張った。
この人こそが魔法大国レイゼルピナを治める王。ウルバス=レ=エフェルテ=ラ=カール=フォン=レイゼルピナである。
もっとも、取り繕ったところでもはや手遅れ。その親バカぶりは、部下達の前で、たっぷりと露見してしまったわけである。
が、不意に、エルザはそんな父の姿に違和感を覚えた。
「お父さま、いつもとご格好がお違いのようですが……」
そう、格好がいつもと違うのである。
普段ならもっとゆったりとした、いかにも“王様”らしい服装をしているのだが、今は違う。
まるで軍隊の司令官が着ているような、そんなイメージの服を着ていた。もっとも、階級章を始め、ごてごてした装飾はついていない。
あくまでも、機能性を優先させたものである。
「あぁ、今回の魔法学院の事件を調べているのだ。学院にも臨時の司令部を置いたが、こっちでは逃亡者の追跡、襲撃犯達の背後関係について調査を進めておる」
「そういえば、主犯達には逃げられたと聞きました」
これは帰り際に、レオンから聞いた情報だ。
本当なら、ネーナの口から聞きたかったのだが、残念ながらまだベッドを離れられないらしい。
「あぁ、それに関しては続報が入った。シュタルトヒルデで目撃情報があったのでな。ついさっき、密偵を放った所だ」
「そうですか……」
シュタルトヒルデ。国内最大の港を有する大都市である。
国外からの人の出入りが多く、そういった人向けに宿泊施設も多の都市に比べてかなり多い。
逃亡者が逃げ込む場所としては、これ以上ないと言える場所だろう。
相手は少数の上に、一騎当千の技量を持ったマグス達。発見することそのものが、難しいだろう。
仮に見つけたとしても、戦闘状態に陥れば容易に逃亡を許す結果となるのは目に見えている。
「ん? どうかしたのか?」
「いえ、昨日よりも、魔法兵さん達の数が増えているようなので」
「あぁ、お前が襲われたと聞いたからな。王都全体の警備を増強するよう命じたのだ。なかなか仕事が早くてな。有能な部下を持ったものだ」
「あぁ、そう言うことでしたか」
籠の窓からも、王都の変貌ぶりがよくわかった。
眼下を歩く兵士の数は、三割以上増えている。
王都を囲むように建つ監視用の尖塔にも、倍の人数が配置されていた。
城壁の内側に至っては、五割近い人数にまで増えていたのである。
どうしたものかと思った、自分が原因なのかと知って、少々すまなく思うエルザだった。
「とにかく色々あって疲れたろう。早く部屋に戻って休みなさい」
「はい。そうさせていただきます」
ウルバスは近衛隊の一人に指示を出し、エルザの護衛に付けた。
普段からウルバスの直衛を任されている、国内でも十指に入る実力の持ち主である。
未だ魔法学院の病床で横になっているネーナの代わりだ。
場内は安全であるとは言え、信用のできる護衛は必要である。今回の学院でのような事態が、百パーセントないとは言い切れないのだから。
エルザとしてはネーナでなければ落ち着けないのだが、こればっかりは仕方ない。
護衛を一人伴って、自室へと歩み始めた。その後ろを、そそくさとミゼルが追いかける。
「そうだ。明日には、ライトハルトも帰って来る。時間を空けておいたから、久しぶりに話でもするといい」
「お兄さまがですか!? ありがとうございます、お父さま」
少しだけ明るさを取り戻したエルザは、城の中へと消えていった。
今回は、マジですいませんでした。一つの話を途中で中断せざるを得なくなってしまったこと、作者自身も悔しく思っています。開口一番になにを謝っているんだと言う読者の方もおられるでしょう。実は作者、五月六日から左自然気胸で緊急入院してしまったわけです。初めて救急車の御世話になりました。退院したのが六月二日。四週間もかかりました。初めの一週間で内科的処置(空気を抜くやつ)をしたのですが、肺から空気が漏れ続けているようなので手術です。手術そのものは全身麻酔なのでだいじょうぶなのですが、醒めてからが地獄でした。痛み止めが効きにくい体質なせいで、なにを投与してもまったく痛みが引かないんですよねこれが。しかも、胸腔内で感染症が起きてしまいまして抗生物質で攻めきれず、再び肺洗浄の再手術。地獄二週目です。そんな四週間の間、痛みに耐えながら書いたのがAct04及び05です。チャット内では「ようやる」と言われたものです。
まあ、こんなかんじですかね。現在も神経痛なんかで、左胸の一部にこぶし大の痛みがあります。こればっかりは、時間経過しかないそうです。左腕も上がりませんし、咳やくしゃみもできません。でもまあ、ギリギリ私生活は送れるレベルにはなりました。今回は、感想やウェブ拍手のメッセージ、活動報告のコメなど、大変助けられました。この場を借りて、お礼を申し上げます。
まあ作者ネタもこれくらいにして、今回の出来栄えはどうでしたでしょうか? よくよく考えたら、初めて戦闘描写のないお話に仕上がってます。今回は、メインキャラ達の思いを深く綴ったつもりです。例え友人だろうと、嫉妬や悔しさと言った負の感情を抱くものでしょう、人間なんですから。どこまで汲み取れているかは不安ですが、楽しんでいただけるよう頑張ったつもりです。
それになにより、今回はレナちゃんが可愛かった。不覚にも、書いててマジ萌えしてしまいました。普段が気丈なだけに、ああいうシーンだと、ね……。
それでは、第十話でまたお会いしましょう。