第九話 一夜明けて…… Act04:傷心のマスター
昶がレオンに連れて行かれて食堂から見えなくなった頃、残されたメンバーがどうなっていたかというと、
「アキラは、なにかしたのかい?」
「レナのサーヴァントは、なにかしたのかい?」
ミシェルとミゲルが、珍しく双子っぽさをアピールしていた。正確には微妙な違いがあるが、まあ誤差の範囲内だろう。
「なんで私を見るのよぉ? 聞くならそっちの二人でしょ!」
マグヌスト兄弟に視線を向けられたシェリーは、さっきまで昶の両側でキャンキャン騒いでいた二人を指差す。
レナとアイナである。キャンキャン騒いでいた原因の少年が居なくなったことにより、行き場を失った二人の握り拳は空宙をさ迷っていた。
レナとアイナは振り上げた手を下ろし、お互いの顔を見合わせるも、
「さあ……」
「私も、心当たりは」
答えは、わからなかった。なぜ昶が、近衛隊の隊員に、呼ばれたのかが。
そもそも、この中の誰もが、近衛隊の隊員と面識はない。もちろん、昶も含めて。
誰もなんの接点も持っていないのだから、答えなど最初からわかるはずがないのである。
そんな中、
「…たぶん、あれ」
チョロチョロと、フルーツ詰め合わせを消化していたリンネが、会話に加わった。
「あれって?」
全員を代表して、膝の上にリンネを乗っけている、シェリーが問いかける。
「…飛行実習」
あぁ、と全員が納得した。
表向きには秘匿されているが、当事者である学生を保護する学院では実習に参加した大部分の生徒に聞き込みが行われた。
ミゲルも、話を聞かれた人物の一人である。
「…あの時、誰がはぐれたのか、王国は、把握してる」
レイゼルピナ以外の諸外国からも、有名名家の子息令嬢が在籍しているのもあって、かなり大規模な調査が行われた。
だが、一番の理由はそれではない。
「…はぐれた人の、サーヴァントも」
闇精霊使い。
それが大規模な調査を行うに至った、最大の理由だ。
闇精霊は他の属性に対する優位性と、物質を侵す侵蝕作用からレイゼルピナでは、知ることすら禁止されている魔法である。例えば、暗黒魔法のように。
「…それに、今回誰が、戦ったの、かも」
その闇精霊を使うマグスが、再び現れた。そして昶は、そのどちらにも関わっている人物の一人なのである。
無論、王都の調査記録にも名前が載っている。“アキラ=クサカベ”と言う名前が。
「なるほどねぇ。“アキラ”の名前はなくても、“レナのサーヴァント”ってので、特定できるしね」
と、リンネの頭を撫でながら言う、シェリー。
「それに、おかしな格好をしてるから、よく目立つ」
「しかも、腰に差してる剣も、珍しいだろ」
ミシェルとミゲルの談も、的を得ている。
「あと、私と同じで、目と髪が黒いですからねぇ。珍しいんですよね、ここでは」
「確かに、あんた達以外は、この学院にいないわね」
アイナの意見に、レナも賛同の色を示した。
わかってはいたことだが、昶の見た目は思った以上に目立っている。学院の中でこれなのだから、外だとよけい目立つだろう。
ならば見た目だけで、近衛隊の隊員――レオン――が昶を見分けられたとしても、不思議でない。また、呼び出された理由も然り。
「そういや、あんたらまた、あの黒い雷の奴に会ったのよね?」
今更のシェリーの問いに、レナは、まあね、アイナは、はい、と答える。
「ほんと今だから言えるけど、よく生きてたわね」
「シェリー、それはぼく達にも言える台詞だよ」
「僕達が行かなかったら、どうなっていたことか」
シェリーの、自分のことを棚に上げた発言に、またも見事な双子っぷりをアピールするミシェルとミゲル。
確かに、シェリー一人では、確実に負けていた。それに、“死”とは別の意味の危機感も感じていたので、あれはなかなか見事なタイミングであったとも言える。
だがしかし、納得いかない点を一つ言わせて頂くと、
「なによ、ゴーレムモドキと口だけの坊ちゃまには、言われたくないわよ。」
ミシェルとミゲルにだけは言われたくない、なんて思うシェリーだった。
ちなみに、リンネは例外である。
「ゴ、ゴーレム、モド……」
「シェリー、誰が口だけだ!? 君は人のことが言えるのか!」
「うっさいわね! なによ、来たのはいいけど、あんたほとんど役に立ってなかったじゃない!」
シェリーはビシッと、ミゲルの眉間辺りを指差す。差された方のミゲルは怒り心頭、ゆでだこのように顔を真っ赤にして反撃を始めた。
「きみは最後を決めただけで、僕達が来た時には、負けそうだったじゃないか!」
「よく言うわね。女の子を守ったからって、もうヒーロー気取りかしら?」
「ゴーレムモドキ、ゴーレムモドキ、ゴーレムモド……」
「…ふ、二人とも、や、やめ」
「そうです! 喧嘩はよくありません!」
原因はよくわからないが、突然、第何次かは不明だが舌戦を始めたミゲルとシェリー。
リンネのささやかな仲裁とアイナの渾身の発言にも、全く聞く耳を持たず。そもそも、互いの声だけしか聞こえてないのではなかろうか、と言った感じだ。
ミシェルに限っては、完全に戦力外である。『ゴーレムモドキ』と言われたのが、よほどショックだったらしい。
なんだか今にも、口から魂が漏れ出そうな感じだ。
そんな一部始終を、冷ややかな視線で観察していたレナの口から、感想とも言えない言葉がポロリ。
「はぁぁ、二人そろって、ただのバカよ」
「なによ!」
「なんだと!」
どうやら、一応周囲の声も聞こえているようだ。
しかも、ハモったのがこの上なく不本意だったのだろう、先ほど以上に凶悪な視線で、互いを見つめもとい、にらみつける。
今話しかければ、末代まで祟られると言っても信じられそうなくらい怖い。
「こんなのと一緒にしないでよね!」
「こんなのと一緒にしないでくれ!」
二度目のユニゾンに、両者再びにらみ合う。
あまりの迫力に、火花でも起きそうだ。紙でも近付ければ、火が点きそうである。
もしかしたら、けっこういいコンビになるのかも、と思ったリンネであるが、それはナイショと言うことで。
そんな十字砲火の飛び交う真っ只中、一人の勇者がひっそりと手を挙げた。
「あのー……」
勇者の特徴挙げれば、闇夜のように艶やかな、黒い髪と黒い瞳。
「話の主旨、ずれてません?」
その勇者とは、アイナである。
蛇ににらまれた蛙の如く、猫に捕まったネズミの如く、四つの眼光がアイナを射すくめた。
背筋を冷たい液体がタラーっと流れるが、頑張って続ける。
「ア、アキラさんが、なんで近衛隊の人に呼ばれたか、ですよ、ね?」
シェリーとミゲルから注がれる視線が、一層鋭さを増してアイナへと突き刺さった。まさに、寿命が縮みそうな視線である。
眼光紙背へ徹す、と言うことわざを字面のままに再現している感じだ。いや、紙どころか、今の二人なら分厚い鉄板でも突き抜けそうではあるが。無論、物理的にである。
「ですから、喧嘩は……ね?」
アイナから目を離した両者は、再び互いをにらみ合っていた。
一種異様な緊張感に包まれながら、それを見守る三人。
どうでもいい話だが、残りの一人は未だにいじけている。
そして、
「確かに、こんなのにいちいち腹立ててもしょうがないわね」
結果は、シェリーの降板であっさり終了。
ミゲルの方も、
「ふん、それはこっちの台詞だ」
深追いせずに、あっさり引き下がった。
意味不明な方向にヒートアップしていた緊張感は、急速に温度を下げていく。
しかもシェリーは火精霊使いなのだから、本当に気温が下がったのかもしれない。
なにはともあれ、周囲に被害が出なくてなによりだ。
放っておけば、つかみ合いの大喧嘩になりそうな所だったのだから。
特にシェリーの場合は、力が有り余っているような状態なのでかなり心配だったりしたのだが、それも杞憂に終わったようである。
「はうぅぅ……」
ようやく見えない圧力から、解放されたアイナは、深い深いため息をつくのだった。
そのため息の中に縮まった分の寿命が含まれていたとしても、驚く者は居まい。
なにしろ、本当にそれくらい怖かったのである。
「つまり、あたし達が知らないだけで、アキラの名前は、『エラい人』達の間で知られてるって、そう言うこと?」
事態が収拾したところで、リンネの発言をレナが簡潔にまとめた。
それを聞いたリンネも、ちょこんと頷く。
つまりは、そう言うことだ。
「どうするレナ? もしかしたら、入隊のお誘いかもよ?」
からかいの混じった声音で、シェリーはレナに語りかけた。
事実、闇精霊使いとまともに戦闘の行えるマグスは、国内にもごく限られた数しかいない。
レナもアイナも、昶が黒い雷を使うマグスと互角に戦っているシーンを目撃している。
経緯はどうあれ、王都の『エラい人』がそのことを知っているのなら、それも有り得ない話ではない。
即戦力どころか、いきなり国内最上位級の戦力が手に入る可能性があるのだから。
「そんなわけないじゃない。やっぱ、あんたって頭悪いのね」
だが、レナはそれを正面から突っぱねた。
そう、もしそうだとするならば、あることが抜けているのだ。
「アキラはあくまで、“サーヴァント”。それならまず、主のあたしに話が来るはずよ」
「へー、知らなかった」
と、シェリーは生返事を返す。
この反応からもわかると思うが、本当に知らなかったようである。
「あんたねぇ、グレシャス家の次期当主なら、これくらい知っときなさい。一般常識よ?」
「大丈夫、今知ったから」
えっへんと、胸を張るシェリー。豊満な二つの球体が、窮屈そうにブラウスを押し上げていた。
レナはその球体を、まるで親の仇のようににらみつけるのだが、まあそれはゴミ箱にでも捨てておいて。レナの談を一言で言うとこうだ。
昶を王室警護隊に招き入れたいのなら、まずレナのところに話が来るはずなのである。
「はぁぁ、なんであたし、こんなのより成績悪いんだろ」
「レナさん、ファイトです」
「僕が知るわけ無いだろ」
「…頑張って」
「ぼくもだけど、練習あるのみだよ」
と、アイナ、ミゲル、リンネ、ミシェルが慰めの言葉をかける中、
「ずっと悪かったりしてねぇ……」
シェリーが身も蓋もないことをポツリ。
キャー! とか言いながら防御体勢を取った。
当然、レナからの反撃――具体的には杖でぶん殴られること――を予想しての行動だったのだが、
「…………………………あれ?」
いつまで経っても、杖の一撃が飛んで来ない。
不審に思い、シェリーはレナの方をちらっと盗み見ると、
「…………はぁぁぁぁ」
非常に、とっても、この上なく、究極に、落ち込んでいた。背景に『どよ~ん』と言う、効果音が見えるくらいに。
ご存知の通り、レナの魔法の実技は限りなく低い。ネーナの座学と、同じくらいひどい。
シェリーの言うように、この先まったく伸びない可能性も、ゼロではないのである。
今回の戦闘だって、実際は昶の足を引っ張ってばかりだったのだから。
「…シェリー」
真下から、リンネの冷ややかな視線が。他にも左右と正面から一つずつ。
シェリー的にはいつもの調子でからかっただけなのだが、完全に裏目に出てしまったようである。次の瞬間には罪悪感と言う言葉が、双肩に重くのしかかってくるのを感じた。
「ご、ごめんねー、レナ」
「…………」
返事はない。心此処に在らず、と言った風である。
視線の温度が、零度から一気に氷点下まで落ち込んだ。
再び微妙な緊張感が、五人の間に漂い始める。
「あ、でも、アキラさん言ってたじゃないですか」
だが、その危機を救ったのは、またしてもアイナだった。
「レナさんには、『マグスとしての才能がある』って」
「え!? そうなの!!」
一番驚いたのは、シェリーだった。
他の者もそれなりに同様しているが、身を乗り出している様子からもシェリーの驚きようがよくわかる。
ただし、膝の上のリンネはちょっと迷惑そうだ。手に持っていたフルーツが、目測を誤って鼻に直撃していた。
アイナは、レナがぴくっと小さな反応したのを確認。昶の台詞を思い起こしながら、それを一字一句違わぬよう口にした。
「確か、『えんざんは後からでも伸ばせるけど、魔力は伸ばせない』みたいな感じで、え~っと……」
「『魔法の演算や制御みたいな技術は、後天的にも習得できるけど、魔力の生成力や最大容量は先天的に決まっていて、努力しても伸ばせるものじゃない』でしょ」
アイナの言葉尻を捕って、レナは昶に言われたことを正確に口にした。
昶は言ったのだ。レナには、自分以上の魔力があるかもしれないと。
単純な話ではあるが、それは真実である。大量の魔力を生み出せると言うことは、それだけ扱える魔法の量が多いと言うことだ。
確かに技術面が優れていれば、扱える魔法の量は相対的に多くなる。
だが、技術は向上させることができるが、魔力を生み出す力はそうではない。
昶の感じた限りでは、レナの魔力を生み出す力はかなりのもの。つまり、それだけレナには、『マグスとしての才能がある』、と言うことなのだ。
「まったく、簡単に言ってくれちゃって。その技術が上達しないから苦労してるんじゃない」
とか言っているレナだが、まんざらでもなさそうな表情である。
実際、言われた時は嬉しかったし、正直希望も持てた。
今まで魔法に関しては、罵倒とまではいかなくとも、蔑まれてばかりだったのだから。
なにが根拠なのかはわからないが、あの日自分とアイナを助けてくれた昶のその一言は、十分にレナの心を救ってくれたのだ。
「いいな~、私も誰かに言われてみたいな~」
「私はぜひ、アキラさんに言って頂きたいです」
シェリーはいつもの如く軽く、アイナはすごぉ~く羨ましそうにしている。
二人ともマグスを志す者なのだから、『才能がある』と言われれば嬉しい。
また二人にとって、昶が一種の『特別な人』なのも要因の一つだ。
片方は同じ剣士として、片方は意中の人として。
「まあ、元気になってなによりだよ」
「まったくだ、世話のやける」
レナのテンションが一件落着したことに、ミシェルとミゲルは安堵の声を漏らすのだった。
と、一安心したのもつかの間。
「あぁっ!? そういえば……!」
今度はアイナがいきなり、レナをギロリとにらみつける。
しかも剣幕な表情を引っさげて、長テーブルに両の手をドンと突き降ろした。
「レナさん、なんだかんだで昨日アキラさんとキスしましたよね!」
「なぁっ!?」
レナの口から言葉とも言えない奇声が漏れた。
動揺しているのだ。
そりゃもう、激しく。これ以上ないってくらい。ドドーンと盛大いや、てんこ盛りに。
「え、なに!! それホント!?」
シェリーのテンションが、一気に吹き返した。
目の前に食べてくださいと言わんばかりに放られた、レナを弄るネタに食い付かないシェリーではない。
「はい、再契約がどうとかで。私は見てないんですけど」
「ほほ~う」
『キラーン☆』と言う効果音付きで、シェリーはニシシシとレナを見つめる。その顔が楽しそうなのなんなのって、大好きなお菓子をもらった子供のような顔になっている。
この時、ミシェルとミゲル、そしてアイナの抱いた思い、もとい危惧は一つ。
『またろくでもないことを……』
このシェリーと言う少女、本能ですと言わんばかりにレナを弄って怒らせるのが大好きな少女なのである。
それは当然、周知の事実であるわけで、また一波乱ありそうな予感がビンビン伝わってくるのだ。現在進行形で。
「へ~、レナちゃん、キスしたんでちゅか~」
シェリーがなぜ猫なで声なのは置いといて、レナの顔が急速に赤く染まって行った。
しかもその度合いに比例して、目線もだんだんと下の方へ。
「だ、だだだだだ、だから、ななななな、なんななのよ……」
あの時は必死すぎてそうでもなかった――それでもかなり恥ずかしかったのだ――が、今思い出すと死ぬほど恥ずかしい。
顔から火どころか、火山でも噴火しそうなほど。
「しっ、しっ、しっ、仕方ないじゃない! それ以外の方法だと、時間かかっちゃうんだかりゃッ!? ひひゃひ……」
舌を噛んだらしい。まさに、絵に描いたような動揺っぷりである。
シェリーの口から抑えきれなかった笑いが漏れていた。これぞ、まさに失笑。
「…シェリー、それくらいに……」
「ふむふむ、レナがアキラの“ちゅー”をしたのは確かみたいね。どうでちたか~? 気持ちよかったでちゅか~?」
リンネの制止――とも言えないが――には聞く耳を持たず、と言うよりも聞こえていないようで、シェリーは更に追い打ちをかける。
つまり、レナが怒りだしたり、恥ずかしがったりする方向に。
余談であるが、他のメンバーは既に『触らぬ神に祟り無し』の如く、冷たい汗をかきながら静観に徹している。
「うぅぅ……」
一方で、追い討ちをかけられたレナはと言えば、首が折れそうなくらい真下を向いたまま顔を朱に染めていた。
蒸気機関車の如く、沸騰して煙でも噴き出しそうなくらいに。
「どうだったんでちゅか~、吐きなよ~、吐いちゃいなさいよ~。どんな味がしたのよ~」
リンネを自分の席に座らせたシェリーは、抜き足差し足忍び足でレナの背後まで回り込むと、耳元で更に猫なで声で問いかけた。
「だぁああああ!! もううるさいわね! 覚えてるわけないでしょ、そんな……も…………ん」
味、昶とのキスの味。
その言葉に、レナは自分の中で、急速に不安が膨らんでいくのを感じた。
そう、昶とのキスの味。
それは、覚えのある臭いだった。
それは、妙な生臭さがあった。
それは、鉄の臭いであった。
それらの要素を組み合わせた時に、導き出される答えは一つ。
「…………」
「ん? レナ?」
シェリーには聞こえなかったが、レナは確かに口にした。
――血の味だった。
恥ずかしさ同様にあの時には気付かなかったが、確かに血の味がしたのだ。
昶と唇を合わせた瞬間、独特の臭気が流れ込んできたのである。
ガタッと、本人が思っている以上に大きな音を立てて、レナは自分の席から立ち上がった。
「ちょっと行ってくる」
急に昶のことが心配になってきたレナは、駆け足で食堂を出で行った。
「ちょっと、待ちなさいよ。レナったらぁあ!」
「あ、私も!」
レナを追いかけるように、シェリーとアイナも走り出す。
「やれやれ、やっと騒々しい連中がいなくなったね」
「まったくだ」
ミシェルの意見に、ミゲルとリンネがこくんと頷く。
食堂は、人の吐息すら聞こえそうなほどに静かだった。
レナの足は、一直線にある場所へと向かっていた。
“近衛隊”と言うキーワードに、思い当たる節があったのだ。
王都から派遣された騎士のメンバーは治癒の魔法で大半が完治し、現在は事後処理にかり出されている。
だがそんな中、ただ一人だけ医務室でお世話になっている人物がいたはず。
名前は確か、ネーナ=デバイン=ラ=ナームルス。レナがエルザ――王女様――から聞いた、自分の直接の護衛を任されていると言う、人物の名前である。
もう少し言えば、昶やシェリー同様に昨日高外で戦闘を行った人物であり、昨日の戦闘で最も重い傷を負った人物だ。
昶を連れて行ったのは、近衛隊の隊員である。そして、エルザの直衛と言うことは、ネーナも近衛隊のメンバー。
“会わせたい人”としては、考えられる中で一番妥当だろう。
王都からの重役ならば、もっとちゃんと形式ばった呼び出しがあるはずなのだから。
長い廊下を走り抜け、ようやく医務室の前までたどり着いた。
自慢できるほど体力のないレナは、長くもない距離にも関わらずぜーぜーと肩で息をしている。
「まったく、ろくに体力もないのに全力疾走なんてするから、そんなことになるのよ」
「レナさんって、見かけ以上に体力ないんですね。知りませんでした」
後から出たはずの、シェリーとアイナに追い付かれているのだから、レナの体力のなさはまさに折り紙つきだ。
無論、シェリーは肉体強化などしていない、完全に地力である。
「医務室で寝てるのって、今回の近衛隊のリーダーだっけ?」
「王女殿下と一緒に籠から降りられたお方ですよね? それなら昨日、ここに入るのを見ました」
「連れて入ったのも近衛隊の人だし、当たりの可能性高いわよ」
「ですね。でも、この学院防音対策ばっちりですから、中に入らなきゃ話なんて聞けませんよ」
レナの参加を無視して、どんどん白熱するシェリーとアイナ。
息を調整していたレナが、ようやくかと言うタイミングで割り込んだ。
「ちょっと、はぁ、待ちなさいよ、っはぁ……」
さっきより多少は整っているものの、まだ息は荒い。
二人にちょっと気の毒そうな目で見られているのに気付き、レナはキッとにらみ返す。
「あんた達には、っ関係ない、でしょ、はぁ……。アキラは、あたしの、サーヴァントなんだから」
「いやね、見た限りじゃ元気そうだったけど、気になっちゃって。朝練に付き合ってもらってるし」
「私も……。さっきも、アキラさんずっと痛そうにしてましたし」
レナの意見は華麗にスルーするシェリーとアイナ。
二人にとっても、アキラは大切な友人なのだ。レナ同様に、アキラのことが心配なのである。
身体のこともそうだがレイゼルピナ最高の魔法兵組織、王室警護隊の一隊からお呼びがかかったのも不安の増長に拍車をかけていた。
「痛がってたのは、アイナのせいでしょ」
「なに言ってるんですか? あれはどう見ても、レナさんのを痛がってました」
毎度お馴染みのことだが、互いのことは棚に上げている。
「私のアキラさんをいじめるの、いい加減やめてください」
「なに言ってるのよ、アキラはあたしのサーヴァントなんだから、あたしのよ」
場所が変わっても、二人はむむむ~、といがみ合っている。
頭は良いのに単純な性格と、真っ直ぐで素直な性格の成せる技かもしれないが、とにかく当初の目的はすでに眼中にないようだ。
まったく、心配なんだか喧嘩いんだか、どっちなんだか。だが、シェリーはこの光景が少し嬉しかったりするのである。
二学期の変な時期に編入して来たアイナも、今ではまるで最初からいたかのように、馴染んでいる。分厚い鉄面皮の気配も、日に日に薄なってきているように感じられる。
それにあの日からあまり他人に積極的に関わらなくなったレナに、こうして腹を割って話し合える友達ができたことがなによりも嬉しかった。
まあ、そんなことはさて置き、
「いつまでやってんの。さっさと開けるわよ」
二人に注意を促しながら、扉の取っ手に手をかける。
開ける準備は、これで完了した。
「シェリー、なに勝手に進めてんのよ!」
「待ってください、すぐ行きますから」
二人はいがみ合いを続けながらも、シェリーの前方にあるわずかなスペースへと潜り込んだ。
小柄なやつらめと思いつつ、シェリーは扉を開く。
その後、一体どんな展開が待っているのかも知らずに……。
「じゃあ再契約は、その“ツーマ”ってガキを倒すのに、どうしてもしなきゃならなかったってことか」
「死にたくなかったら、そうしなきゃ仕方のない状態でしたからね」
レナは扉を突き飛ばしてその場から数歩下がると、逃げるようにしてその場から駆け出した。