第九話 一夜明けて…… Act03:女騎士と陰陽師
「ん、あれは……」
レオンは食堂に入った瞬間、ここの瀟洒な雰囲気をぶち壊しにしているグループへと目を向けた。
と言うより、騒がしさにどうしても目が向いてしまう。
その騒ぎ立てているグループは、よく見れば今朝の報告書にあったメンバーであった。
オレンジ色の髪の少女が、かの有名なアナヒレクス家の御令嬢。
少年を挟んで反対側にいるのが、恐らく奨学金で通っている少女。この国では珍しい、黒い瞳と髪をしているので、ほぼ間違いないだろう。
反対側の席には、瓜二つの顔をした金髪で比較的美形の男子。一卵性の双子で有名な、マグヌスト家の御子息達だ。
更にその横には、身体にそぐわぬ長剣を背負った少女が。鞘の家紋からもわかるように、グレシャス家の嫡女。
その隣の少女は見覚えがないが、報告書で読んだ、昨夜院外より帰って来た生徒一覧の中の一人に身体的特徴が酷似している。名前は確か、リンネ。留学生だったはずだ。
そして、オレンジ髪と黒髪の女の子によって、揉みくちゃにされている男子。異国風というか、かなり風変わりな衣服を身に付けた、黒い瞳に黒髪のツンツン頭の少年。
「アキラ=クサカベ……」
腰には、二本の長刀が差されていた。
片方は見たこともないこしらえに、特有の黒い光沢のある鞘に納まっている。
もう片方は、鞘の先から柄まで銀一色。形は珍しいが、装飾そのものはレイゼルピナと同じものだ。
恐らく、ネーナから聞いた――王女殿下の贈った――物だろう、とレオンは判断した。
間違いない、彼こそがアキラ=クサカベ。闇精霊使いと対等に渡り合ったらしい、アナヒレクス嬢のサーヴァントである。
『そのガキには、一度会って話を聞いてみたいもんだ』
そんなネーナの台詞が、レオンの脳裏に思い起こされた。
現状、身動きが取れないネーナは時間が有り余っている。
素直に休んでくれているならいいが、ネーナが後輩だった時のことを考えるとその可能性は間違いなく“ゼロ”に近い。
絶対にだだをこねて、『暇だー!』とか言うに決まっている。
それなら、最初から話し相手を用意しておいた方がいいか……。
レオンは、この食堂で最も騒がしい場所へ向かった。
「君たち、ちょっといいかな?」
騒ぎの中心になっていた昶とレナとアイナ、それに横から眺めていたミシェル、ミゲル、シェリー、リンネの四人も、一斉に声のした方へと顔を向けた。
短く切りそろえられた亜麻色の髪と、スカイブルーの瞳、爽やかでハンサムな顔立ちをした青年。
その顔に、全く見覚えはない。だが、その格好こそが、青年が何者であるかを如実に語っていた。
――――白銀の鎧。それは王室警護隊三隊の内の一つ、近衛隊の者にしか着用することを許されていない、選ばれた者の印。
話しかけてきた人物が国内有数のマグスであるとわかった瞬間、約一名をのぞく全員が身構えた。
その唯一身構えなかった少年に向かって、レオンは歩み寄る。さっきまでじゃれついていたレナとアイナも、レオンから一定の距離を保つようにして昶から離れて行く。
その青年が、あまりにも雲の上の存在だから。
「少し失礼するよ」
レオンは恐怖心を与えないよう、できるだけ柔らかい笑みを向けた。
ただし、昶には効かなかったようであるが。
『この人、けっこう強い』
魔力を探知できる者がほとんどいないために、この世界の魔術師――マグス――は魔力を隠す必要がない。
だからなのだろう。レオンは自らの気配を、隠そうともしなかった。
隠さなくても、普通なら誰も気付かない、気付けないから。
だが昶の感覚は、それを鋭敏に感じ取る。レオンの魔力の量を、質を、鋭さを。
「君、アキラ=クサカベで、間違いないかい?」
「そ、そうですけど」
相手が自分の名前を知っていたことに少なからずの動揺を覚えたが、昶は努めて顔に出さないように努力する。
敵でないのは明らかだが、魔力の気配から、油断をしていい相手でないのは確かなのだから。
「ちょっと会ってもらいたい人がいるんだけど、いいかな?」
「はぁ……」
「あ、心配することはないよ。別に、取って食おうとか考えてるわけじゃないから」
「まあ、いいですけど……」
とりあえず、ここにいたらレナとアイナの板挟みで、超絶激痛コンボを喰らい続けるのはわかり切っている。
昶としても、一刻も早くこの場から去りたいのは確かだ。身の危険は恐らくないので、付いて行くことには異論はない。
でもその前に一つ、聞きたいことがあった。
「誰なんです?」
とりあえず、名前を聞いても誰かわからないが、そこだけは教えて欲しい。
会って欲しい人がいるなんて言われたら、気になるのが人間の本能と言うものだろう。
「今回の『王女殿下護衛任務』の、一応は最高責任者」
『一応』ってどういう意味だよ、って思ったのは、昶を含めての全員の意見である。もちろん、話しかけてきた相手が相手だけにそんなことは言えないが。
「君たちの先輩で、ちなみにぼくの後輩だよ」
つまり、その『一応最高責任者』って言う人は、学院の卒業生と言うわけだ。
そしてそれは、今昶達の目の前にいるこの青年にも当てはまる。
相手が近衛隊のメンバーであると同時に自分達の先輩でもあるとわかって、レナ達はより一層緊張の度合いが跳ね上がった。
「わかりました」
昶は痛む身体を気力で持ち上げ、逃走態勢(ただレオンの側まで移動しただけだが)に入る。
「それでは、彼を少々お借りしますね」
爽やかな笑みと共に、レオンは昶を伴って歩き出した。
茫然自失したまま固まってしまっている六人を尻目に、昶は超絶激痛コンボからまんまと逃げ出したのであった。
昶はとりあえず、レオンの後ろを付いて歩いている。
その“会わせたい人”が、どこにいるのかも知らなければ、学院の構造もまったく把握していないから。
知っているのは、男子寮の一階と、女子寮と食堂と図書館とレナ達の教室と、それに付随する通路くらいだ。
女子寮の中について知っているのは男としてはけっこうレアな情報だったりするのだが、昶にとっては正直どうでもいい。
そんな情報を入手できるよりは、試作料理と言う名の劇物の出現頻度を下げたり、可能ならば部屋に窓を付けていただける方がよっぽどありがたいものだ。
まあその話は置いておいて。こうして改めて学院の構造に目を向けると、色々な発見がある。
壁や建材には、見えないような魔法文字の記述。建材自体も魔法的な効果を有しており、しかもそれぞれが互いの効果を高め合うように、建物が組まれていのだ。
術そのものの効力こそ低いが、組み合わせ方は昶の世界にも引けを取らないなかなか見事な造りである。
「すまないね。邪魔をしてしまったみたいで」
「いえ、いいです。むしろ、こっちが助かったくらいで……」
「ん? なにか言ったかい?」
「いえ、なんにも」
後半は、口の中でごにょごにょ言っていただけなので、なにを言っていたのかまでは、聞き取れなかったようであった。
正直に胸中を吐露すれば、こうして歩いているだけでも身体のあちこちが痛む。今すぐにでも、柔らかい布団の中にくるまって寝たい気分だ。
だが、それでもレナとアイナにしっちゃかめっちゃかにされるよりは、一万倍はいい。
とにかく昶にとって、今のレオンは仏様以上にありがたい存在なのであった。
「ところで、なんで俺なんかを、その最高責任者って人に会わせたいんですか?」
「えっと、そうだねぇ……」
どう返答すべきなのか、レオンは答えを模索する。
本来の目的としては、ネーナに安静にしてもらいたいと言うだけだ。
出自が関係しているせいか、ネーナはレイゼルピナの魔法兵の中でも、かなり特殊な存在である。一言で言えば、型破りなのだ。
エルザのことをなによりも考えている、という点をのぞけばかなりいい加減な性格の持ち主で、具体的に言えば隊長なのに全体指揮をレオンにまかせるほど。
そして今回の場合は、激しく活発的な性格が問題なわけで。なにしろ、『身体を休める』なんて単語が頭の辞書にインプットされていないような人なので、介抱する方も色々と気を使うのである。
『さて、どうしたもんでしょう……』
ここレイゼルピナ魔法学院に在籍していた頃も、実技はトップクラスなのだが座学は限りなく底辺を彷徨っていた――と言えば、ネーナがどんな人物か少しはわかっていただけるであろう。
関係のない話ではあるが、今でも字があまり読めないし書くことはほぼできない。
話を元に戻すが、とどのつまり“ネーナが暇をしないように話し相手になって欲しい”、をどうオブラートに包むかで、レオンは悩んでいるのであった。
が、しかし、
『どうしよう、いい言い方が思いつかない』
結局答えは出ずじまい、しかも口をつぐみっぱなしなのを不審に思った昶が、
「あの、どうかしました?」
と、問いかける始末。
どうやら考え込んでから、けっこう時間が経っていたらしい。気が付くと、既に医務室の前までやって来ていた。
「なんでもないよ。気にしないでくれ」
レオンは結局質問には答えずに、代わりとばかりにそろりと扉を開けた。
「それでは、自分はこれにて」
医務室に足を踏み入れた瞬間、レオンは我が目を疑った。
ネーナの寝ている場所のカーテンが開き、見知らぬ男性が姿を現したのである。
軽装で地味な身なりだが、それなりに丈夫な服を着ていた。
だが、驚くのはそこではない。驚いたのは、左肩の部分に縫いつけられた、あるエンブレムだ。それは、レイゼルピナにおいて、ある特別な意味を持つ。
例えば、レオンの着ている白銀の甲冑。あるいはネーナの着ていた白を基調とした騎士服。その両方の左肩には、一角獣、つまりはユニコーンを模したエンブレムが刻まれている。
同様に、竜騎士隊は、竜を模したエンブレムを。
そしてその男の左肩には、国内最速と言われている機動隊を指し示すマーク、“二対の翼”を模したエンブレムが縫いつけられていた。
王室警護隊には、普通の部隊にはない特殊な決まりがある。
その一つが、服装の自由だ。一般的に、隊員のほとんどが甲冑を付けているのは、“それが最も効率的だから”、と判断しているからに過ぎない。
それが最も生存率を上げ、可能な限り長時間任務につけるからと。
現に、ネーナの支給された騎士服も、本人の『鎧がかったるい』的な発言が元になっている。
服装の自由とは言ってしまえば、『自己の能力を最大限発揮するための措置』の一つなのだ。
目の前の男は恐らく、飛行のために極限まで重量を削減した結果だろう。いくら軽いと言っても、金属が布より重いのは自明の理なのだから。
男は軽く会釈をすると、そのまま医務室を出て行った。片手に、二メートル近い大きな杖を持って。
「ネーナさん、今のは……」
「レオン、ちぃっとばかし、きな臭くなってきたぜ。今回のこの一件」
そこには、数枚の紙を片手に考え込むネーナの姿があった。
人が来ることを考慮してか、稲穂色のカーディガンを羽織っている。
「どういうことです?」
「見りゃわか……」
ネーナは言いながら紙を渡そうとした所で、その体勢のまま固まった。
レオンの後ろに、人影が見えたような気がする。
「レオン、誰だそいつ?」
乱暴と言うか、けっこう失礼な物言いではあるが、それももっともな疑問だ。
「例の少年ですよ。ネーナさんも、会いたがってたじゃないですか」
「オレの会いたがってたガキね……」
はっと思いついた名前があった。しかも、今し方見た書類の中にも、載っていた名前。
「もしかして、アキラ=クサカベか?」
「はい」
昶はネーナと顔を合わせると、軽く会釈した。
ただし、レオンの時以上に警戒レベルを引き上げて。
理由は一つ、ネーナから感じた魔力に対し、相応の態度を取った。それだけのことだ。
量こそ抑えられているが、質や鋭さ、切れと言えるような物が、レオンの数段は上を行っている。
感じるプレッシャーも、凄まじいの一言だ。
「草壁昶です」
「良いタイミングだな」
ネーナの眼光が、鋭い矢となって昶に突き刺さった。
「丁度、そこのレオンに、お前を探しに行かせようとしてたところだ」
「ネーナさん、どういうことですか? それに、さっきの機動隊の人はいったい?」
「まあ待て、レオン。順を追って話してやるから」
ネーナは座り直し、長時間話していられる体勢を整える。
つまりは、一言二言で終わるような話ではない、と言う意味だ。
「おっほん、あー、本来なら部外者に漏らすのは御法度なんだが、まあいいだろ。自分の知らない所で巻き込まれるのは、オレもゴメンだしな。この部屋を出た時にでも、忘れてくれればそれでいい」
そう言うと、ネーナはいったん脇に置いていた書類をレオンに手渡す。
それを見た瞬間、レオンの顔色も暗いものへと変化した。それも、かなり深刻なものに。
「これは、いったい……」
「さっきのやつは、そいつを持って来てくれたんだ」
一言で言えば、ただの書類だ。紙の端がいくらか焦げているが、読めない部分はない。
そこにあるのは、大半が名前の羅列である。
「フィラルダの市長が殺られた事件は、まあ知ってるよな」
「えぇ」
“フィラルダ”と言う都市名には、昶も聞き覚えがあった。
イレーネ、ではなく王女様と知り合った場所である。
「その市長様の部屋で見つかったらしいぜ、そいつ」
「これがですか?」
「あぁ。オレも一応、メンバーの一人だからな。それで連絡が来たんだよ」
「なるほど。それで、国内最速の部隊に運ばせたと」
「まあ、そういうこった。だーから嫌な顔してただろう? 新参者のオレのために、働かされてんだから」
「まあ、ネーナさんまだギリギリ十代ですからね。他のメンバーって、皆様倍くらいの年齢なんですよね?」
順を追って話しているのだが、昶を置いて、ネーナとレオンの二人でどんどん話が進んで行く。
昶は話の中から、断片的に情報をかすめ取っていくのだが、やはりらちが開かない。
「あの……」
昶は口を開いた。
聞いているだけでは、いつまでたっても始まらないのだから、こちらから聞くしかない。
ネーナにとって、どうして『良いタイミング』なのか。
昶は意を決して、その鍵を握るであろう言葉を口にする。
「その紙、なにが書いてあるんですか?」
ネーナとレオンは、昶を置いてけぼりにしていたことにようやく気付き、一言謝罪を入れた。もっとも、昶は部外者なのだから、それがむしろ普通の反応なのだが。
ネーナはレオンからさっきの紙をひったくると、昶に向けてパタパタして見せた。
「こいつに書いてあるのは、名前だよ」
「名前、ですか」
名前と言うことは、名簿かなにかだろうか。
昶は適当に予想を付けるが、ただの名簿のはずはない。
レオンの顔色が驚くほど変わったのを、昶も目撃しているのだ。
つまり、それだけ衝撃的な内容だったと言うことを意味する。
「こいつに書かれてるのはな、今回姫様の護衛で来た王都の連中に、同じく一緒に来た近衛の部隊の構成員。学院にいる有名名家の子息令嬢、やり手の教師ども。そして……」
「……」
その圧力に、昶も思わず息を呑む。
「オレと、クソジジィと、お前の名前が書いてあるんだよ」
「………………………………はあっ!?」
緊張感とか、プレッシャーとか、そんなの関係なしに、心底驚いた。
ここは異世界で、自分の世界ではない。知っている人間なんて、せいぜい学院の中くらいである。
どう考えたって、おかしい。
「“本計画”で邪魔になりそうな人間の一覧なんだと。オレとクソジジィとお前は、今回の計画で最も邪魔な人間として、認識されてたらしいぜ」
「ちょ、ちょっと待ってください。だから、なんで俺の名前が載ってるんですか!!」
「んなもん、オレが知るかよ」
呆れたように吐き捨てるネーナとは正反対に、レオンが大慌てでネーナのそばに駆け寄りその耳にそっと口を近付ける。
「ネーナさん、それって最重要機密じゃないですか。こんな所で話していいはず……」
「いいんだよ。どうせ、ここから出た時に忘れてくれるんだから」
ネーナはレオンを引っぺがすと、再び昶の方に向き直った。
「その資料を作ったのは誰だか知んねえが、別に載っていても不思議じゃねえぜ」
不思議そうな表情を浮かべる昶に向けて、ネーナはゆっくりと語り始める。
「アキラ=クサカベの名前は、上層部の間ではそれなりに有名なんだからな」
その一言に、昶は心底驚いた。自分の名前が、この国の上層部の間で知られている?
到底信じられるような内容ではないが、ネーナが嘘を突いているとも思えない。
ネーナはそんな昶の反応が面白かった。昶を見つめる視線も、次第に含みを帯びたものに変わっていく。
まるで、内緒話を暴露したくて、たまらないと言った風に。
「一ヶ月とちょっと前、シュバルツグローブで魔法学院の生徒が襲撃される事件があった」
ネーナの声音が、だんだんと楽しそうに熱を帯びていくのが、昶にもわかった。
「その時、闇精霊使いとドンパチやらかした、バカがいたらしい」
それは、明らかに自分と“ツーマ”のことである。
だが、目撃者などいないはず。なのにどうして。
「さて、そのバカとはいったい、どこのどいつでしょうか?」
ネーナの瞳は、まがうことなく“そのバカ”を捉えていた。
『お前がやったんだろ』と、視線で言っているのがわかる。
「お前なんだろ? アキラ=クサカベ。その、闇精霊使いとやりあった、強者ってのはよ」
「それが、なんで俺だっ……」
「なんにもない。証言と状況証拠だけだ」
ネーナは昶を強引に黙らせ、その論拠の説明を始めた。
「まず、はぐれた生徒が五人いた。その中には、お前の主もいたよな?」
「えぇ、まぁ……」
「その日の昼過ぎ、三人の人影が院外へと出て行ったのが確認された。五人の内、一人はサーヴァントがいない。教師どもからの証言で、鳥のサーヴァントが助けを求めに来たのもわかっている。ならば、この三つの影は、事件に巻き込まれた主のサーヴァントと見るのが妥当だ。数もぴったりだしな。それに、理由もないのに、院外へ出るやつなんて、そうそういるもんじゃない」
ネーナの発言は、的確に的を得ていると言えよう。
学院の中にいれば、たいていのことは間に合うのだ。わざわざ好き好んで、不便な院外へと赴く者はいない。
それに、先ほどの発言も全て正しい。抜け出したのは、レナ、シェリー、ミシェルのサーヴァントである昶、セイン、カトルの一人と二柱。
それに自分達が院外へ行ったことを、リンネのサーヴァントであるソニスは学院の先生達に伝えているはずだ。
昶もそれくらいはわかるが、だからと言って闇精霊使いと自分がやりあったと言うことにはならない。
「ジジィの配慮で、五人の生徒から話を聞くことはできなかったが、その他の生徒からは話が聞けた。最後に帰って来たのは、人間のサーヴァントを連れた主だったってな。そんでもって、人間のサーヴァントってのは、記録を確認したところ、現在お前だけらしい」
「…………」
「そんでもって、先に帰ってきた四人とそいつらのサーヴァントは、その闇精霊使いと戦ってないらしいし。なら、残ったのはお前と、その主。だが、その主の成績は、実技に関しては最低。消去法で、残ったのがお前ってわけ」
ネーナは、どうなんだ? と勝ち誇ったような、表情を浮かべていた。
それは、昶の表情から、あることを読みとったからに他ならない。
「つっても、これはオレ個人の推理だ。本当は調査隊の連中が現地で色々調べて、例の五人以外から証言を取り、その他諸々の証拠や証言と状況からやり合ったのは『アナヒレクスの娘のサーヴァント』と言う答えしか見いだせなかった。だから、“暫定的に”、やったのはお前ってことになってるんだよ」
昶はどうしようか、迷っていたのである。
もちろん、本当のことを話すべきかどうか。
元の世界には『魔術の秘匿義務』と言うものが存在するが、この世界では効力を持たない。
そもそもこの世界では、“魔法”と言うものが公の場で認められているので、隠す意味がないのだ。
「だが、オレはお前の口から、直接聞きたい」
ならば、なぜ昶は自分の力を隠しているのか。
それは簡単。
――――――――――――――――強すぎるから――――
それは、昶の心を大きく傷つけた、幼き日の記憶にまでさかのぼらなければならない。
だが、それは自らの意志に依るところであって、決して義務ではないのだ。
「どうなんだ? アキラ=クサカベ」
だから、迷っているのである。無理に隠す必要は、どこにも無いのだから。
「まあ、無理に話せとは言わない。そもそも無理やりは趣味じゃないし、お前には恩もあるしな」
言えば、楽になるだろう。
だが、レイゼルピナにおいて、昶の力は強大だ。もちろん、血の力を使えばと言う条件付きだが、のどから手が出るほど欲しい力には変わりないだろう。
その力を利用したいと言う輩が、いないとは言い切れないのだ。
「お前、フィラルダで、うちの姫様を助けてくれたらしいな」
言うべきか、言わざるべきか。
「ありがとよ」
そして、決めた。
「あの……」
「どした、アキラ?」
ずっと黙秘を続けていた昶が、口を開いた。
ネーナは、興味深げに問いかける。
「わかりました。話します」
俯いていた顔を上げ、キッと前を見据えた。
その目には、ネーナとレオンが映し出される。
この人なら、信じてもいいのではないか。
その思いを頼りに、昶は重い口を開いた。
「シュバルツグローブで、闇精霊使いと戦ったのは、俺です」
ネーナの中で、確信が確証に変わった。
上の重役どもを出し抜いたと言う事実から、思わず顔がにやける。
「そ、それは、本当なのかい?」
「はい。黒い雷を使う奴です。前は大鎌、今回は剣でした」
今回だけだが、現場を見て来たレオンは昶の言っていることが信じられなかった。
調査隊は前より規模が小さいと言っていたが、それでも普通のマグスでは考えられないような傷跡だったのだから。
少なくとも、レオンには無理である。
なぎ倒された木々、穴だらけの大地、寸断された地層、めくれ返った地盤。
ネーナクラスのマグスで、ようやく可能かどうかというレベルである。
「同じやつだったのか。で、取り逃がしたってことは、負けたのか?」
「いえ、危ないとこだったんですけど、なんとか。でも、捕まえるだけの余裕なんてなくて」
「でも、シュバルツグローブの時は、アキラくんが勝ったんだろう?」
「あれだって、けっこうギリギリですよ。それに今回は、レナとアイナを守りながらだったから、前より危なかったです」
おかげで、前回よりも生傷が多い。
血の力のおかげで大半の傷は回復しているが、闇精霊の侵蝕作用もあって完全には回復していないのだ。
と言っても、治癒系魔法を必要としないのは、十分以上に驚異的な回復力なのだが。
「守りながらって、その二人も一緒だったってことかい?」
「えぇ。そっちにも気を払わなきゃならなくなって、前より大変でした。レナと再契約して、なんとか乗り切ったんですけど」
「ちょっと待った、再契約ってどういうことだ? お前ら、契約したから主とサーヴァントなんじゃねえのか?」
自らもサーヴァントを持つ者として、ネーナは疑問を口にした。
ネーナの場合、召喚は行っていないが契約自体は一緒のはずである。
手順に関しては複数存在するが、契約手続きを完了することで両者の間に主従の関係を成立するのだから。
「俺とレナの場合、契約は半分しか履行されてなかったから。それで、その場で再契約を」
「なるほどなぁ」
「それなら、納得ですね」
それから昶は、先日の戦闘のことを話した。
“ツーマ”との戦いのこと、エルザの暗殺計画、自分を引き入れようとしたことを。
「よかったな。再契約が間に合って」
「まあ。魔力供給が受けられたんで、良かったですよ。もしできなかったら、今頃死んでますからね」
しかも、死体は一つではなく、三つになっていただろう。
「つまり、魔力供給を受けたかったってことなのかい?」
「はぃ。二人に怪我させたらことなんで、大技使い過ぎて。それで霊力きらしちゃって」
「じゃあ再契約は、その“ツーマ”ってガキを倒すのに、どうしてもしなきゃならなかったってことか」
「死にたくなかったら、そうしなきゃ仕方のない状態でしたからね」
その時、医務室の扉がドンと鳴り、昶とレオンは、慌てて外を確認しに出た。