第八話 戦闘開始 Act10:雷鳴二重奏
その光景が飛び込んで来た時、昶は我が目を疑った。
肩口で乱雑に切りそろえられた髪と大きく人懐っこそうな瞳。その両方ともが、闇夜の如き艶やかさを孕んだ漆黒。
「アキラさーーーん!」
今宵はそれを、胸元のバラのコサージュが目立つ、深い青の膝丈のドレスを身にまとっていた。
そして、もう一人。
「…………ラァ」
肩甲骨の辺りまである癖の強いオレンジの髪と、鮮やかな緑色を湛えた大きな瞳の少女。
「アキラァアアアアア!」
薔薇の刺繍を施された、髪と同じオレンジのドレスを身にまとっている。ただし、スカート裾はパーティー会場で見たものより短くなっている。
その姿は、殺伐としたこの場所をスパイスに、いつも以上に可愛らしく見えた。
そう、昶の視線を奪ったのは、編入生のアイナと、自分の主であるレナの姿だった。
時間を少しさかのぼる。
場所は医務室。レナのことを頼まれたアイナが、セインと一緒にここまで運んで来たのである。
さすがに、部屋まで連れて行くのは辛い。
「お姉さま!」
扉を勢いよく開けて入ってきたのは本日の主役、レイゼルピナ王国第一王女エルザ。
「手短にお願いします」
近衛隊の一人はエルザに耳打ちすると、無音で扉を閉めた。
どうやら、扉の前で待機するようである。
「あなた、以前お会いした、お姉さまのご学友の」
「アイナと申します。えぇと、王女殿下」
「それで、レナお姉さまのご様子は?」
アイナが俯いたまま首を横に振ると、エルザはガクッと肩を落とした。
「王女殿下、お早く」
「すぐに参ります。それでは、あたくしはこれで」
エルザはスカートの裾を軽く持ち上げて会釈をすると、静かに部屋を後にする。
部屋の中には再びアイナとセイン、そしてレナの二人と一柱だけとなった。
「わぁっ!?」
突然部屋がガタガタと震え、天井からパラパラと埃が落ちてきた。
これで今日、何度揺れたことだろうか……。
「遠方でにょ戦闘が原因にょようでしゅ」
セインはこの揺れの原因が、遠くで行われている戦闘だと言うのだ。
それがどのくらいの規模なのか、アイナには全く想像できない。
それはそうだろう、普通の戦闘で地震が起きる道理などない。
つまり、それだけ常軌を逸した力がぶつかり合っていることになる。
またガタガタと部屋が揺れた。
ベッドや棚がミシミシと音を立ててきしむ。
「……んん」
「レナさん?」
「起きたわけではにゃいようでしゅね」
レナが苦しそうに寝返りを打った。
顔全体に嫌な汗をびっしりとかき、時折うめき声を上げる。
まるで悪夢でも見ているように。
「アイナ様、セイン様。レナお嬢さまのご様子は?」
二人とも頭を横に振る。
元々はアナヒレクス家でレナの専属メイドをしていたセンナだ。今はこの学院でメイド長を務めている。
センナは暗い表情をしながらも、桶にくんできた水で布をひたし、レナの汗を拭ってやった。
すると、
「死なないでぇええええええええええええ!」
弾かれたように、レナは勢いよく上半身を持ち上げた。
肩で荒く息をしながらも、きょろきょろと頭を振って周囲の状況を確かめる。
ここが医務室なのを確認すると、再びベッドに倒れ込んだ。
「お嬢さま」
センナは水の入ったコップを、レナに差し出す。
「……ありがと」
レナはそれを両手で受け取り、一気に飲み干した。
それからワンテンポ遅れて、ようやくいつものメンバーがいないことに気付く。
「あれ、シェリーは?」
そして、
「アキラも、どこにいるの?」
自らのサーヴァントの姿がないことにも気付いた。
「私は存じ上げておりませんが」
センナはコップを回収すると、その手に乾いた布を渡す。
レナはドレスの下の汗を拭き取りながら、今度はアイナに視線を向けた。
「えっと、えぇっと……」
どうしよう、本当のことを言った方がいいのだろうか。
それとも、本当のことは伏せておくべきだろうか。
「…………」
「…………」
アイナはレナに視線を合わせた。いつも以上に真剣な眼差しだ。
「アキラさんと、シェリーさんは……」
とても嘘なんてつけない。
例えついても、絶対にばれるだろう。
「たぶん、戦っています」
だったら、本当のことを言おう。
それが、アイナの出した答えだった。
「どうやりゃ、主とアキラしゃんは、べちゅべゅに戦っておりゃれりゅようでしゅ」
セインがそれに補足する。
「………………」
レナは俯いたまま、なにも語らない。
ただ黙々と、なにかを考えている。
「……センナ、あたしの部屋から杖、あと机の上の袋、今すぐ持って来て」
考えるまでもなく、答えは最初から決まっていたのかもしれない。
レナの出す答えがわかっていたからこそ、アイナは嘘をつこうとしたのだ。
レナの身を、危険にさらさないために。
「かしこまりました。少々お待ちを」
センナは淡々とした態度で、医務室を出て行った。
仕事中でもまず見られないような、真剣な表情だったのは間違いではなかろう。
「レナさん! やめた方がいいですよ!」
レナが持って来させているのは、自身の発動体。それと、魔法が使えない自分が、足手まといにはなりたくないという思いで必死に作った、魔法文字を刻んだコイン。
それはつまり、二人の元へ向かうと言うことを意味している。
「もう、嫌なの」
それは、アイナの思い程度で揺らぐものではなかった。
「なにもしないまま、あたしに関係のある人が死ぬのは」
アイナは悟った。レナの瞳を見て。
これは、変えることなどできないだろうと。
「嫌なの」
レナはもう一度、力強く、はっきりと言い切った。
「わかりました」
アイナの返事を聞き届けると、レナはベッドからすくっと立ち上がる。
が、それで引き下がるアイナでもない。
「その代わり、私も一緒に行きますから」
と、笑顔でレナに告げる。
いつも通りの作った表情ではなく、本物の笑顔で。
「な、な……」
「アキラさんに、レナさんの事頼まれましたから」
止められるのは予想していたが、まさか付いて来るとは。
レナもそこまでは思っていなかったようである。
「ちょっと待っててくださいね」
アイナも駆け足で、自分の部屋へと向かった。
それから――――。
「セイン、二人がどの辺りにいるかわかる?」
「ひゃい、こっちの方向にいましゅ」
二人と一柱は、中庭に出ていた。
レナの問いに答え、センナは二人の力を感じる方向を指さす。
「しゅいましぇん。戦闘に参加できじゅに」
「大丈夫ですよ。それにセインさんが本気出しちゃうと、森が消えちゃいそうですし」
「……アイナ、それ笑えないから」
断っておくが、セインに本来の力があれば可能である。
「す、すいません」
「しかしレナ様、本当によかったのでしゅか?」
「いいのよ、スカート長いと動きにくいから」
セインが言っているのは、スカートのことだ。
動きにくいと言う理由から、セインに切ってもらったのである。
「それじゃ、行きます。レナさん。手、放さないでくださいね」
「わかってる。早く行って」
「それでは!」
足が離れたのは同時だった。
だが、やはりアイナの加速は凄まじく、
「わぁあああああああ!」
「あ、舌噛まないように気を付けてください」
レナの想像をはるかに上回る速度で、夜空へと消えていった。
『お二人に、我等が聖霊の加護があらんことを』
セインにはただ、見送ることしかできなかった。
学院の城壁を軽々と超える高さまで上昇すると、様々なものが見て取れた。
月明かりに照らし出された巨大な影、燃え上がる火の手。
それから、
「レナさん、あれ」
「アイナ、お願い」
「わかりました」
白と黒の雷。
魔法かどうかはよくわからないが、昶の使う力は“雷”が深く関係している。
昶以外で、村正に触れた唯一の存在であるレナの出した結論。
「それにしても、凄いですね」
「……そうね」
隣で起きている火災は、恐らくシェリーだ。
別々ではあるが同じ方角だとセインが言っていたので、間違いないだろう。
「シェリーの所には、ミシェル達が行ってるのよね?」
「はい、セインさんがそう……」
だったら、やっぱり行くなら昶の方。
と二人は、前方からなにかが飛んで来るのを見つけた。
そして…………。
すれ違った。
「アイナ、今の見た?」
「はぃ、見ました」
レモン色に近い金髪が印象的だった。
「杖、使ってませんでしたよね?」
「そ、そうね。使ってなかったわね」
つまり、杖がなくても空を飛ぶのを苦にしないような、凄腕のマグス。
まさか前から飛んで来たと言うことは、昶と戦っていたのだろうか。
「レナさん、降ります」
「うん」
そして二人は、ボロボロになった大地の上に降り立った。
薙ぎ倒された木々、剥き出しの地盤。
頭がふらふらするような、膨大な量の風精霊と闇精霊。
普段は感じ取ることができない両者だが、これだけの密度で集まっていれば別である。
「アキラーーーーーーーー!」
「アキラさーーーーーーん!」
反応はない。
それ以前に、現在この周辺で戦闘は行われていない。
ならば、昶はどこに行ったのだろう。
さっきすれ違ったマグスにやられてしまったのだろうか。
「とにかく、探さないと」
「は、はい」
だが探しても見つかるはずはない。
昶は現在、位相空間結界に閉じこめられているのだから。
「いないわね」
「そうですね」
五、六分ほど探し回ったが、やはり影も形も見あたらなかった。
「レナさん、アキラさんの主なんですから、なんとかしてくださいよ!」
「そんな事言われても」
とにかく、レナは昶のことを胸の内に思い描く。
レナにできるのは、それくらいしかない。
昶やセインのように、魔力を感じて相手の場所を探すこともできなければ、捜索系の魔法を使うこともできないのだから。
「アキラ……」
――アキラ、アキラ、アキラ、あんたいったいどこにいるのよ、今すぐあたしの前に出て来ないと許さないんだから。杖で百叩きにしてエリオットに頼んで食事抜きにされたくなかったらさっさと出てきなさいよ。
そんなことを思っていると、不意に不可思議な感覚が訪れた。
三六〇度、全ての方位を一度に見ているような、無限遠に景色が見えるような奇妙な感覚。
「……えっ?」
「レナさん、どうしたんですか?」
これに酷似した感覚を、以前体験したことがある。
「見……える…………?」
「見えるって、なにがですか!?」
そう、シュバルツグローブで体験した、前を向いているのに後ろが見える。空にいるのに森の下が見える。
あの時の感覚に。
「……アキラが」
「えっ、でもここには」
見える、感じる。とても、とても細く今にも千切れてしいそうな、心許ない感覚だが、誰かと戦う昶の姿が。
「イリグチ。そうよ、入り口があるはず」
「入り口? なにがどうなってるのか、ちゃんと説明してくださいよ!」
レナは感覚のままに、とぼとぼと歩き始める。
それから、一帯で唯一無傷の場所で足を止めた。
「レナさん、いきなり歩き出してどうしたんですか?」
「ここ」
「はい?」
「ここに、アキラがいる」
「ここって、どこにもいないじゃないですか!」
だが、その地面からなんの前触れもなく、白い閃光が飛び出した。
「わぁっ!?」
「っ!? やっぱり」
レナはドレスにくくりつけた袋から、錫でできたコインを取り出す。
「撃ち抜け!」
言葉に反応してコインが飛び出し、雷が飛び出した辺りの場所を大きくえぐった。
もちろん、それでどうにかなるわけでもない。表面に、ほんの少し穴を開けただけである。
「アイナも手伝って!」
「で、でも、私呪文使えませんよ」
「なんでもいいから、撃ち抜け!」
レナは十数枚のコインを取り出し、再び起動の言葉を口にする。
「もう、知りませんからね」
アイナは杖を掲げると、頭上に魔力を固めた円錐をいくつも作り出した。
「えいっ!」
それを、レナが攻撃を放った場所へと撃ち込む。
レナの攻撃が抉った所を、アイナの攻撃が更に掘り返した。
だが、いくら掘り返しても出て来るのは土と小石ばかり。
だがレナとアイナは諦めず、執拗にその場所を攻撃する。
「はぁ、はぁ、レナさん、こんなことしてて本当に大丈夫なんですか!?」
「あたしだってわからないわよ! でも、さっきの見たでしょ。ここしかないの、これしかわからないの!」
その時、再びレナの視界がどこかと繋がった。
昶の切り上げたラインに沿って雷の刃が飛び出し、銀髪の少年が上から黒い雷を放っているシーンが網膜に飛び込んだのだ。
二つの力が衝突。ほどなくして、目の前にもその影響が現れた。
黒い雷が、地表から溢れ出したのである。
「アイナ!」
「は、はい!」
レナはコインを投げ上げ、アイナは円錐状に魔力を固めた。
「撃ち抜け!」
「行っけぇええ!」
黒い雷の噴出点に向け、コインと魔力の塊がぶつかる。
間もなくして、
「っ!? な、なんですかこれ!」
「あたしの方が聞きたいわよ!」
二人の身体に変化が訪れた。
視界がいきなり反転した。
踏みしめる大地が、頼りなく揺らいだ。
世界の上下が逆さまになる。さっきまで大地を見つめていた視線は、足元の空を見上げていた。
そして頭上の大地には、今まさに村正を振りかぶろうとする昶の姿が。
「アキラさーーーん!」
「アキラァ……、アキラァアアアアア!」
力の限り叫んだ。それこそ、のどが潰れるくらい思い切り。
もう、なにもしないまま見ているのは、絶対に嫌だ。
レナは心に誓い、コインを握りしめた。
昶はすぐさま意識を呼び戻し、真っ直ぐに“ツーマ”を見据え、村正を構える。
「ヨソ見はダメだヨ!」
“ツーマ”は身体ごとぶつけるように二本の剣を正面に構え、昶へと突っ込んで来た。
それを受け止めた昶は地面をズルズルと引っかきながら、後方へと押し込まれる。
「よそ見してて、悪かったなぁっ!」
だが昶も村正に力を注ぎ込み、押し込まれながらも強引に横薙ぎした。
注がれた力に呼応して、村正は無秩序に雷を吐き出す。
感電を警戒し、“ツーマ”は黒い雷で牽制しながら距離を取った。
その間に、昶はその頭上を飛び越えていったレナ達の元へと向かう。
「レナ、お前大丈夫なのかよ! ホールでいきなり倒れて…」
「あんたこそ、なんでこんな勝手なことしてんのよ!」
そして合流するなり、いきなり怒られた。
「相手は闇精霊使ってんだ。ほっとけるわけないだろ!」
「そんなの理由になんな…」
「危ねえ!」
昶はレナの説教タイムを強引に中断させて、両肩を強く押しやり自らは後方へとジャンプした。
そのスキマを、黒い雷でできた刃が通り過ぎる。
「邪魔シないでくれるかナ? コレはボクとアキラの遊び……、んん?」
不機嫌に顔をしかめながら刃を振るった“ツーマ”であったが、レナを視界に捉えた途端、その顔を興味深そうにのぞき込んだ。
まるで、頭の中で検索をかけるように。
「あ……」
顎に手を当ててしばらく考えた後、“ツーマ”は場にそぐわないような間の抜けた声をもらした。
「君、あの時ノ一人目じャないか。こンな所で会うなんテ、奇遇だねェ」
それを言われ、レナも思い出した。
「あんた、シュバルツグローブの時の……」
見えないはずの後ろ、遥か後方の森の中を見通した時に見えた、あの時の少年。
黒き雷、闇精霊の使い手。
レナも“ツーマ”のことを思い出した。
あの時は気を失っていたので直接顔を合わせたわけではないが、飛行実習の日をめちゃくちゃにした張本人が、今目の前にいる。
「久しぶリだね、いいヤ、初めまシてッて言うべきかナ?」
“ツーマ”の身体が、いきなりトップスピードで躍り出た。
だが、その進路上に昶はいない。
「さッそくで悪いンだけど……」
いるのは、
「死んデくれないかナ?」
レナだ。
「させるかよっ!」
地面を爆散させる勢いで、昶の身体が飛び出した。
左手でアンサラーを逆手に握り、神速の居合いで迎撃する。
「さッきよリ、早くなッてるじャないか。レイシオ!」
“ツーマ”は下位の攻撃呪文を唱えた。
昶の迎撃で上方へと弾かれた“ツーマ”は、三人のいる辺りを狙って黒い雷でできた刃を放つ。
サイズはこれまでのより桁違いに大きく、しかも多い。
「レナ! アイナ! 俺の側を離れるなよ!」
素早く刀をしまって二人を引き寄せ、空中に五枚の護符を解き放った。
「天心正法、弐之壁――禁!」
三人の頭上に雷でできた正五角形の盾が現れ、すんでの所で黒い雷の刃を防いだ。
「面白いネ、どッちが強いか勝負しようヨ。ダルク・スンデ・トリーデン、射抜け、黒き閃光!」
しかし、間を置かずして、三つ叉の槍を模した黒き雷が、そのまま三人へと降り注ぐ。
昶の表情が、苦悶の色に彩られる。
「頼む……、保ってくれぇええええ!」
“ツーマ”の放った雷層の攻撃力は、昶の張った雷の盾の限界を大きく超えていた。
雷の盾はミシミシと悲鳴を上げ、外周部には亀裂が生じ始める。
レナとアイナが側にいる以上、昶は耐えるしかない。
「アキラ、あんたそれ、魔法…」
「アイナ! あいつの攻撃をなんとかしてくれ! レナは飛ぶ準備を!」
「はい、わかりました!」
「し、しっかり捕まってなさいよ!」
アイナは障壁の外側に魔力を固めた円錐を作り出し、“ツーマ”に向けて射出した。
「おッと」
“ツーマ”は攻撃を中断して回避する。
同時に、吐き出される黒き雷槍も止まる。
「行け!」
「わかってる!」
レナは昶を杖に乗っけると、勢いよく斜め上方へと飛び出した。
「レナさん、捕まってください」
後から飛び出したアイナはレナの手をつかみ、ありあまった飛行力場で強引に加速する。
間髪を置かずして、さっきまでいた空間を黒い雷が通り過ぎた。
「あっぶねぇ……。もうちょっとで当たってたじゃねえか」
「う、うるさいわね。仕方ないじゃない」
「二人とも、しゃべってたら舌噛みますよ」
アイナはレナの手を引いて、一気に“ツーマ”から遠ざかる。
木々をかわしながら、後ろから襲い来る黒雷を避けるのは容易ではない。
「って、なんで二人がこんなとこにいんだよ!」
「あんたが勝手にどっか行っちゃうからでしょ!」
「勝手にどっか行っちゃいけねえのかよ!」
「いけないわよ!」
「二人とも静かにしてくださっ、わぁっ!?」
アイナはバランスを崩しながら、なんとか持ち直した。
後ろの二人がいきなり痴話喧嘩を始めれば、集中できるはずもないだろう。
「まあいいや、とにかくこっから逃げろ。できるだけ遠くだぞ」
「待ちなさいよ、あたしはあんたを助けようと思って…」
「お前ら二人をかばいながらじゃ、勝てるもんも勝てねえだろうが!」
バチッと、昶の頬を黒い雷がかすめた。
「とにかく、さっさとこの場を離れろ」
昶は身体を回転させるようにして、レナの杖から飛び降り、
「雷華、壱ノ陣」
腰だめに村正に手をかけた。
「閃!」
相手がどこにいるのかわからないので、広範囲に雷撃を飛ばす。
牽制にでもなれば、儲けものだろう。
「ダルク・スンデ・エアティグ」
威力は低いがシュバルツグローブの巨木と比べれば、この程度の木々ないも同然だ。
「全を喰らいて……」
問題とならない。
「無へと帰せ」
白と黒の雷が正面から衝突し、大量のスパークと轟音を撒き散らした。
轟音に木の幹が爆ぜる、雷光に葉が燃える。
「君の相手をシたいのはヤマヤマだけど」
“ツーマ”は昶と刃を交えるも、昶の攻撃を上手くいなして後方へと抜けて行った。
「先にゴミを掃除しテからね」
昶を置き去りにして、レナとアイナの元へ。
「やべえっ!!」
昶ではどれだけ飛ばしても、“ツーマ”やアイナには追いつけない。
それならばと、護符を十枚取りだし、アイナの魔力がする方へと放った。
間に合え!
「ダルク・スンデ・ティオリア・グラディオ」
「大仙遷化せしめるを弔い、以ちて此処に雷法を生ず」
互いに移動しながら、詠唱を続ける。
そこに莫大な量の魔力と霊力を集約させながら。
「黒き精霊の名の下、汝を断罪す」
「森羅万象の理以ちて、いかなる法も此処に断つ」
護符が“ツーマ”を追い抜き引き返そうとしているレナとアイナを中心に、二重の正五角形を描いた。
「バイバイ」
“ツーマ”の握る剣の刃が、百倍近くまで延長される。
その矛先は無論、レナとアイナ。
急停止を開始したばかりのところに、昶ですら対応しきれなかった斬撃が降りかかった。
「天心正法、弐之壁――禁!」
十枚の護符が、激しく雷を吐き出した。
そう思った瞬間、雷は二重の正五角形の壁となって、レナとアイナを包み込んだ。
――バチバチバチバチバチ――――!!
磁石のS極とN極のように、相反する二つの力がぶつかり合った。
長大な漆黒の刃が、雷でできた障壁に沈み込む。
大量のスパークをまき散らしながらも、三分の一ほど切り込んだ所で、なんとか刃を受け止めた。
「雷華、肆ノ陣」
昶は“弐之壁の障壁”を維持しながらも、次の一手を打つべく更に霊力を高める。
「螺!」
昶はアンサラーを引き抜くと、雷を一点に収束させて放つ剣技――螺――を起動させながら、全力で投げた。
昶の思惑通り、アンサラーを中心に収束した雷は拡散することなく“ツーマ”へと迸った。
まさに、雷そのもののようでる。
「ちッ!?」
障壁に食い込んで離れない発動体を放棄して、“ツーマ”は素早く後退した。
その手元を、ゴオォッ! と、真っ白い雷の塊が通り過ぎる。
銀色をした“ツーマ”の発動体は、電熱の前に呆気なく消し飛んだ。
「“ツーマァアアアアアアア”!」
昶は残りの力をかき集め、“ツーマ”に向けて一直線に飛び出した。
腰だめに村正を構え、集約させた霊力が雷となって刃に這い回る。
「楽シい、楽シいョ、アキラァアアアアアアアアア!」
だがなんと、“ツーマ”の握り拳から真っ黒な棒が伸びたのだ。“ツーマ”はそれで、村正の一撃を受け止める。
「なっ!?」
「えヘヘ」
物質化。俗に無属性と呼ばれるそれは、魔力を物質のように扱う属性。
「ボクの……」
身体のどこかに、発動体を隠し持っているのだろう。
だがそうだとしても、村正の斬撃を受け止めるなど、いったいどれほどの密度なのだろうか。
「カチダネ!」
村正を弾き飛ばすと、“ツーマ”はもう片方の腕に黒い刃物を形成し昶の右足を斬りつけた。
「いつっ!」
だが、これで位置取りは完璧だ。
昶は“ツーマ”の前へと躍り出る。
「ナウマク・サマンダボダナン……」
未だ障壁に挟まれたままの暗黒の刃。
その柄の部分をもぎ取り、
「インダラヤ・ソワカ!」
“ツーマ”へと投げつけた。
銀色の発動体のなれの果ては、目を開けられないほどの雷光を放ちながら、“ツーマ”の腹部へ深々と突き刺さる。
「アキラァアアアアアアアアアアああああああああ…………」
“ツーマ”の声は、轟音にかき消され、夜の闇へと消えていった。