第八話 戦闘開始 Act07:力を合わせて
とっさの閃きだったが、どうやら予想以上の成果を得られたらしい。
『あいつら、どうやって俺の位置を探してやがる……』
クロウドの思考は、実はシェリー達全員に駄々漏れだったのである。しかも、ソニスの感覚のおかげで、相手の位置まで手に取るようにわかるのだ。
とてもミシェルの思いつきとは思えない、見事なアイデアである。
『リンネ、ソニスとそのままこっちの思考流出をブロックして。こっちの思考を読まれたら、もう打つ手がないから』
『…ぅん、シェリー。ソニスも、頑張って、ね』
『はい、主』
そう、ソニスの念話の力を使って、クロウドの思考を引き出しているのだ。
ソニスの能力は、思念波の送受信である。向こうの思念波を捉えると、強制的にこっちの思念波も全方位に送ってしまう。
今はそれをリンネの魔力を借りて、クロウドだけを思念波送信のネットワークから除外しているのである。
ソニスの感覚が捉えたクロウドの位置と思考を常時四人に発信することで、この霧の中で対等以上の戦闘を可能としているのだ。
『ミシェルにミゲル、一発で仕留めるわよ』
『でなきゃ、こちらに勝ち目なんて無いからねぇ』
『兄貴、緊張感のない声は止めてくれないか』
『うるさいなミゲル。そう言うお前は、緊張のしすぎだぞ。ぼく位で丁度いいのだよ』
『兄貴のは逆になさすぎるんだよ。僕くらいがいいんだ』
『ぼくだ!』
『僕だ!』
『黙れうるさいバカ二匹!! 来るわよ!』
また、全員分の思念派もまとめて送受信しているので、実質的に多人数間での通信も成り立っている。
と、四人と一羽の思考の中に、別の人間のものが流れ込んで来た。
この霧はやはり向こうが発生させたらしく、こちらの居場所もいくらか分かるようだ。
その狙いは……、シェリー!
右手に刃渡り五〇センチの氷のナイフ。右方向からの一閃。
「残念でした!」
シェリーは攻撃が加えられる方向に剣を立て、その一撃を受け止めた。
どれだけの加速を得ていようと、シェリーの怪力の前では役に立たない。それも事前にどんな攻撃が来るかわかっていれば、防ぐのはなおのことたやすい。
「小娘が、なにをした!」
「教えるわけないでしょ?」
クロウドは一歩だけ下がると、足裏に氷の膜を張って後ろへと回り込む。
ナイフをサーベル状にまで延長させ、今度は鋭い突きを繰り出してきた。
「どうしたの? 目に見えて動きが遅くなってるわよ」
だが、シェリーも同じ方向に振り返り、刺突を剣の側面で払いのける。
『なぜだ!? なぜわかる!』
クロウドの顔が、疑問と焦燥の色で塗りつぶされた。視界がほぼ利かない状態で、なぜ位置が……、と。
シェリーとて、完璧にわかっているわけではない。
ソニスから送られる敵の位置とクロウドの思考、そして日頃から行っている昶との朝練の経験。
それらが、視界が利かない中での戦闘を可能としているのだ。
「もう一丁!」
斜め後方へ後退したクロウドを追って、シェリーは迷うことなく前進する。踏み出すと同時に剣を腰だめに構えると、その表面に炎が這い回った。
「せいっ!」
霧の中だろうと関係ない。持ち主の意思に呼応して、炎剣は名の通り灼熱の炎を吐き出す。
炎剣を腰の高さで一閃し、それに沿って赤い軌跡が描かれる。
「ちっ!」
急速に後退していたクロウドは飛び上がり、刃を回避した。
肉体強化による、常識離れした脚力の成せる業なのだろう。
足裏に張った氷で移動している自分よりも、シェリーの走った方が早いのだ。
そのまま後退していたら、上半身と下半身が永遠に別れを告げていたに違いない。
とそこで、誰かが自分の元へ向かってくるのを、霧を介して感知した。
この空間を占める体積の大きさから考えるに……、
「今度こそ!」
――あの全身武装鎧のガキか!
気付いたところで慌てて飛行体形に入り、大きく後退する。
すると目の前の空間をえぐりながら、鉄の拳が通り過ぎた。
いくら相手が子供と言っても、鉄の塊は馬鹿にできない。遠距離型のマグスなら楽だったものを、よりにもよって二人も近距離型のマグスがいるとは。
『ミゲル、今!』
『わかっている。少しは黙っていろ、脳筋女!』
格上の敵を相手に、シェリーとミシェルがなんとか捻り出した、“これまでで最大のすき”だ。
無駄にはできない。
「ディザノスティング!」
ミゲルは、下位の攻撃呪文を唱えた。
ミシェルの全身武装鎧の軌跡は、しっかりと捉えている。相手が避けたのは左方向。
そこへ向けて大量の土砂を吐き出した。
『しまっ!?』
クロウドの慌てふためく思考が、ミゲルの脳裏にも流れ込んできた。土砂の奔流は狙いを違わず、クロウドに命中したようだ。
が、即席の氷の盾で直撃は回避したようである。
本来なら、ここでシェリーとミシェルが攻撃を加え、相手を無力化させる算段になっていたのだが…………、一つの誤算が生じた。
それは、格上の相手を手玉に取ったことからきた、無意識の中の油断に他ならない。クロウドが格下の相手を前に、“逃げる”と言う方法をはなから考えていないことと同様に。
ミゲルは忘れていたのだ。相手の立ち位置を気にしすぎるあまり、他の三人の位置を。
いきなり思念波が途切れる。それの意味するところに気付いたとき、ミゲルの身体はひとりでにある方向へ向けて走り出していた。
クロウドはミゲルから受けた攻撃の反動で、地面にしたたか背中を打ちつけた。
痛みをこらえて目を開くと、視線の先にはさっきのちびっ子がいる。
肩にとまる鳥。さっきは気にしなかったが、よく考えればこのちびっ子のサーヴァントと考えるのが普通だ。
そしてサーヴァントとして契約を結ぶには、それなりの知性と能力が必要。
空色から黄色へのグラデーションのかかった外見に、クロウドは覚えがあった。
「スピリトニルか、なるほどな」
クロウドは身体のバネだけで起き上がり、右手に氷でできた剛剣を作り出す。
狙いは、ただ一つ。
「邪魔だ、鳥」
リンネの肩めがけて、氷の剛剣を突き出した。
ソニスを狙ったその一撃は、リンネ顔の真横を通り過ぎる。
「…ひっ!?」
クロウドの醸し出す殺気に気圧されて、リンネはその場にへたり込んだ。
あまりの恐怖に目の焦点が合わず、像がぼやける。
身体どころか思考までもが完全にストップし、“抵抗する”という選択肢すら選べない。
「まったく、舐めた真似してくれやがって。どうしてやろうか?」
クロウドは氷の刃をリンネの首筋にぴったりとそえ、残りの三人をどうするかを思考する。
もうあまり時間は残されていないことだし、水の縄で捕縛しようか。
と、霧をかきわけて進んで来る人物がいるのを感知した。
――速度的に、戦棍のガキか。
「ふん、逃げるんじゃねえぞ」
クロウドはブラウスの真ん中に刃を当て、一気に下まで引き下げる。
ブラウスの前がはだけ、リンネの雪のように真っ白な肌が露わとなった。
そして、
「アイシクルショット」
下位の攻撃呪文。氷の弾丸を、反応のある空間へバラ撒く。
当たれば怪我では済まない。人の身体など、あっさり貫通する威力を秘めた弾丸。
だが、反応は止まるどころか、更に加速して近付いたのだ。
「このぉおおお!」
現れたのは、身体の前側に固い鉱物を取り付けただけの、簡素を通り越して粗悪の域に達している無様な鎧。
だがクロウドの放った弾丸を、きっちりと受け止めていた。
「そこを……」
重たい戦棍を振りかぶり、
「どけぇえええええ!」
思い切り振り下ろした。いや、投げつけた。
だが、クロウドは半身をずらしてこの一撃をかわす。
それから、
「ぎゃあぎゃあ騒がしいんだよ」
右手の剛剣を延長させ、ミゲルを追従して振り回した。
その刃の向かう先にはリンネの姿も。実際は射程の一ミリ外にいるのだが、ミゲルにはそんなことはわからない。
「くそっ!」
後ろ目に剛剣を見ながら、しかし身体はきっちりリンネの元へ向かって走る。
その勢いのままリンネの身体を抱きかかえ、ミゲルは剣の間合いの外へと必死にジャンプした。
なにかが背中をすっと通ったと思った瞬間、その場所が焼き鏝でも当てられたかのようにカッと熱くなる。
「…ミゲル!?」
クロウドの殺気が遮られたことにより、リンネが正気を取り戻した。
背中にそっと手を回すと、ぬるりとした生温かい感触が訪れる。
「大丈夫、さ」
額からは、玉のような汗がだらだらと流れ落ちていた。
背中の傷が原因なのは、リンネにもはっきりわかる。
「僕の不注意が原因なんだ。尻拭いは自分でする」
「俺の女に手を出してんじゃねえぞ、ガキ!」
クロウドは右手を掲げた。
透明な刃の切っ先に、炭化した木々の放つ光が反射する。
だがその切っ先を、炎弾と岩石の破片がかすめた。
「くそっ、どうなってんだ。スピリトニルは追っ払ったってのに」
すると、一つの大きな反応が霧をかき分けて進んでくる。しかももう一人――シェリー――の反応が見当たらない。
「アイシクルシールド」
霧をかきわけて、鉄の拳が姿を現した。
ソニスから送られる思念波が突然消えたことに、シェリーもミシェルも動揺した。
「シェリー、ソニスからの思念波が……」
「私にも聞こえないわ」
「それって、まさか」
「……最悪の事態を想定しておいた方がいいわね。ま、殺されてはいないでしょうけど」
なにせ、相手は自分を捕らえて犯そうとするような男だ。リンネならば、抵抗することすら叶わないだろうが、命は大丈夫だろう。
「どどどっ、どうするんだい! これでは相手の位置がわからないじゃないか!」
「それだけじゃないわ。これだと、リンネやミゲルの位置もわからない」
「それだと余計にどうするんだ! 打つ手がないじゃないか!」
普通に考えればそうだ。視界が利かない空間で戦うなど、不可能としか言いようがない。
だが、完全に不可能なわけではない。
そう、例えば昶のように。相手の魔力を感じることができれば、少なくとも相手の場所を特定することはできる!
『そうだな。まずは頭の中を空っぽにして、周囲の気配に気を配るんだ。魔力の流れとか、精霊とか、そんなの』
シェリーは、以前昶から聞いた“相手の魔力”を探るコツを思い出しながら、それを実行した。
まずは、頭を空っぽにする。パパに言われた『シェリー、戦う時は心を無にするのだ!』とか言うあれでいいのだろうか。
だが、心を無にしようと思えば思うほど、色々なことが浮かんでくる。
――リンネは? 氷を使う凄腕のマグスは? それにミゲルは? それに、それに……。
「ってシェリー! いきなり目をつむって、いったいどういうつもりなんだ!」
隣にいるゴーレムもどきの全身武装鎧が騒がしい。
「ちょっと黙ってて! アキラに前聞いたこと試してるんだから!」
「聞いたって、いったいなにを?」
「魔力の探し方。だから、ちょっと黙ってて」
「…………わかった」
シェリーは心を無にするとか言うのを止めた。この状況だと、どうやってもできそうにない。それならば、魔力の流れとやらに集中するだけだ。
周りのことまではわからないが、自分の体内の魔力なら感じることができる。ようはその感覚を、外部にまで広げればいいのだ。
リンネ、リンネ、リンネ、リンネ―――――――――。
脳裏に自分の大切な親友であるリンネの姿を思い浮かべる。
優しいリンネ――。
口下手なリンネ――。
ちっちゃなリンネ――。
深い青い瞳のリンネ――。
大事な大事な私の友達――。
助けたい、彼女を、絶対に、なにがなんでも、必ず!
「っ!!」
いきなりシェリーの首がピクンと跳ねた。
「見つけたのかい!?」
ミシェルが大急ぎで聞いてきた。
誰かが呪文を唱えたらしく、地面に当たったらしい爆音やら不気味な破壊音やらが、焦燥感をこれでもかと言うほどに掻き立てるのだ。
「なんとなくわかってきた、もうちょっと待って……」
シェリーはもう一度、精神を集中させる。
そう、まるで新しい感覚器官でも創り出すような感覚。
魔力を、相手の、ミゲルの、リンネの。
そして―――。
「いた!」
質は高いが総量の少ない魔力と、二つが重なった弱々しい魔力。
シェリーはその方向に指を差した。
「よし!」
ミシェルの全身武装鎧が動き出す。
シェリーもその後を追って、足に力を込めた。
「上を狙って! 多分へたり込んでるから!」
「その根拠は!」
「私を信じなさい!」
「わかった!」
確かに根拠はなかった。
アキラなら断言できるかもしれないけど、自分にはまだ……。
でも、そんな気がしたのは確かだ。
これが、昶の見ている世界の一部なのかもしれない。
そう思うと、なんだかとても嬉しい気分になる。
「フレイムバレット!」
「ディザートガンズ!」
シェリーは気を引き締め、呪文の言葉を口にした。両方とも下位の攻撃呪文。それぞれが弾丸の形を取り、一直線に敵へと放った。
「アイシクルシールド」
向こうは攻撃に気付いたらしく、慌てて防御呪文を唱える。だが、本命はそっちではない。
「ミシェル、突っ込め!」
「おぉ!」
これで、全部終わらせる。
シェリーはそう誓った。
氷の盾は、ギリギリで鉄の拳を防ぐことに成功した。
さすが呪文だけあって、鉄の拳ではびくともしない。
「残念だったな、失敗だよ!」
「そうかな?」
ミシェルの浮かべる意味深な表情から、もう一人の攻撃があるのは容易に予想できた。
すぐさま顔を上げ状況を確認すると、目の前からとんでもないものが飛んで来ていたのだ。
「アイシクルシールド!」
それはシェリーの使っていた炎剣だ。あの質量がまるで矢のような速度で飛んでくるのだから、たまったものではない。
氷の盾はなんとかその一撃を防いだが、刃の先端は顔から十センチ位の位置。
そのまま攻城兵器にでも転用できそうな雰囲気だ。
だが、
「リンネに……」
それで終わりではない。ミシェルの全身武装鎧の足のスキマから、シェリーの身体が滑り込んで来たのだ。
「手を出すなぁあああああああああああ!!」
そのままの体勢で地面に手をつき、両足を跳ね上げた。
狙うのは頭部、それも自分がやられた顎の部分。
「この小娘が!」
だが、クロウドはそれすらも防いで見せた。
無属性をプラスした水の盾で、強烈な威力の蹴りの勢いを削いだのである。
しかし、シェリーの動きはそこで止まることはない。
その手には、先ほどミゲルの落とした戦棍が握られていたのだ。
シェリーの顔が、気悦一色に彩られた。
「はぁあああああああああああ!」
そいつでクロウドの腹部を、思いきり殴り飛ばす。
空中で身体の回転だけを使っただけの一撃だが、それでも大ダメージには間違いない。
口から血と胃液を盛大にぶちまけながら、リンネとミシェルのそばへと落下した。
リンネが恐ろしげにクロウドの顔をのぞきこむと、完全に白目をむいていた。
「はぁぁ、はぁぁ、はぁぁ、はぁぁ…………」
「はぁ、はぁ、シェリー、見事だったよ」
完全に息を切らしているシェリー。後ろへ静かに倒れ込むのを、ミシェルがそっと受け止めた。もちろん、全身武装鎧で。
「あぐぐ……!」
「…ミシェル、て、手伝って」
苦痛に声を漏らすミゲルを見て、リンネは慌てて治療を始めた。
「わかった。シェリーは大丈夫かい?」
「私は平気よ。その辺に座ってるわ」
シェリーの背中をその辺の木に預け、ミシェルも弟の治療を開始する。
一つの戦いが、ようやく終わりを迎えた瞬間だった。
油断はできないが、全員の緊張の糸が緩やかにほぐれていく。
すると、暴力的な魔力の増加と同時に、昼間を思わせる光量の雷が迸った。