第八話 戦闘開始 Act06:それじゃ、反撃開始よ!
なんの前触れもなく突然聞こえた声は、シェリーの脳内で大きく反響した。
耳を介さずに聞こえる不思議な響き。
だが、この声には聞き覚えがある。
『……ここ!』
シェリーも心の中で叫ぶ。そしてそれと同時に、身体に残った魔力を全て解き放った。
自分の場所を知らせるために。
「メタティ……」
クロウドが呪文を唱え始めたまさにその時、地面からいきなり巨大な杭が生えた。
「な、なんだぁ!?」
突然の事態に詠唱を中断し、すぐさまその場から遠ざかる。
水と無の属性を組み合わせた触手を、岩の棘が串刺しにして強引に引き千切られた。
それだけではない。岩の棘はまるで生きているかのように、クロウドの退いた軌道を追って地面から次々と現れるのだ。
だが、この力は明らかに地属性のもの。
「姉ちゃん、大丈夫か?」
いつの間にか、シェリーの目の前には膝丈程度の小さな子供が立っていた。
民族系の独特の衣装に身を包み、ニヤニヤと人懐っこそうな笑みを浮かべている。
確かレナの下着盗んだ、ミシェルのサーヴァント。
「カトルだっけ? ありがとう、おかげで助かったわ」
シェリーの身体がドサッと地面に落ちた。
身体はまだ思うように動かず、力を入れると小刻みに手足が震える。
「…シェリー! だ、大丈夫?」
「リンネ!? あんたパーティー会場にいなかったのにどうして?」
「…その、ちょっと、頼まれて」
首に抱きついてきたリンネは、そのまま背後を見やる。
一人は無論、カトルの主であるミシェルだが、もう一人の人物には純粋に驚いた。
「えっと…………、ミゲル、よね?」
「悪かったな。兄貴だけじゃなくて」
なんとそこには柔和な笑みを浮かべるミシェルと、戦棍を肩に担いだ仏頂面のミゲルの姿があったのだ。
「あんたのことだから、校則守ってちゃんと自室待機してると思ってたわ」
シェリーはこみ上げて来るもの必死に押さえ、いつものように憎まれ口をたたく。
助けに来てくれたクラスメイトにかけた第一声がいきなりそれとは、シェリーの神経はかなり図太くできているらしい。
「まったく、君はいつもそんななんだな」
「本当だ。これでは、助ける気もなくなると言うものだ」
全く同じ声だが、トーンの方は正反対なミシェルとミゲル。
助けに来てくれたことは素直に嬉しいのだが、感謝する気恥ずかしさがこうして態度に出てしまうシェリーであった。
「…本当は、助けに来て、くれて、嬉しいって」
もっとも、肩に思念波を拾うサーヴァントを乗っけているリンネには見透かされてしまうわけだが。
「ミゲル、先に行ったカトルの援護に行ってくれ。ぼくとリンネで応急処置をしておく」
「わかった。さっさと済ませて手伝えよ。この怪力女」
「さっさと行きなさいよ。ひねくれ者の弟クン」
ミゲルはシェリーのことをキッとにらみつけたが、遠くからカトルの『ヤバいから来てくれ~!』という悲痛な叫びに、森の奥へと駆けて行った。
「ま、まあ。まずこれでも着ていたまえ」
ミシェルは目を泳がせながら、自分のマントをシェリーにかけてやる。
自分がどんな格好だったか思い出したシェリーは、ほんの少しだけ頬を朱に染めると、チロっと舌を出して見せた。
「所で、なんであんたら制服なの? 会場にはいたでしょ。逆になんでリンネがここにいるの?」
と、シェリーは治療用の魔力を生成して応急処置を始めている二人に聞いた。
「あぁ。ぼくはすぐに行こうと思ったんだが、ミゲルに止められてね。どうせ行くなら、準備はしていけってさ。学院の制服は、弱いながらもいくらか防御系の魔法がかけられているからね」
「…それで、居場所が、わからないから。…………その、私の所、に、二人が着たの」
と、そう言うことらしい。
さすが委員長のミゲル。成績がいいだけではなく、頭も切れる優等生だ。
自分達に索敵能力がないのを理解した上で、それが可能なリンネに助けを求めたと言うわけである。
ちなみになんで部屋の場所がわかったのか聞いてみたところ、カトルが以前侵入した時にリンネの部屋も確認していたらしい。
杖に乗って窓から話しかけたのだそうだ。
まったく、迷惑なんだか役に立つんだか、あのエロガキ精霊は。
「脳震盪って言ってたから、それさえなんとかなれば戦える。早くなんとかして」
「…やってる」
「もう少し待ってくれ。そう言うのは、かなり難しいんだ」
ミシェルは常にない真剣な眼差しで、掌をかざしていた。
元の若干いい顔なだけに、ちょっとドキッとするものがある。
いつもこんな顔をしていたら、もっと女の子にモテるだろうに。
「そういえばあんた達、途中でアキラに会わなかった?」
「…見てない」
「そういえば、君達二人で出ていかなかったかい?」
二人が昶と会っていないと言うことは、学院に戻ったわけではないようだ。
ならばどこに?
だがまあ、今はいい。目の前の敵に集中しなければ。
「…終わった」
昶のことを考えている内に、思ったより時間が進んでいたらしい。
リンネがぼそりとつぶやいた。
シェリーは自らの掌を閉じたり開いたりして、その感触を確かめる。
――よし、いける!
それに全身にあった切り傷も治っていた。皮膚を浅く切られていただけなので、治療も簡単だったのだとか。
「ミシェル、マントは新品を買って返すわ。またボロボロになりそうだから」
シェリーは炎の消えた剣を杖代わりに立ち上がると、身体にかけられたマントを脇の下を通して背中で固く結わえた。
ぱっと見だけだと、エプロンのようにも見える。
「構わないさ。予備の制服なら何着も持っているからね」
「んじゃ、行きましょ。たぶんあの二人だけじゃ、荷が重すぎるわ」
正確には、ほぼ一柱の精霊が奮闘しているのだろうが。カトルが攻撃特化の能力で助かった。
リンネは無言でコクンと頷くと、杖にまたがる。
「大地の精よ、我に汝の加護を」
と、途端にミシェルの身体に、次々と小石や土砂がまとわり付く。
それは身体のラインに沿って積み上がり、ミシェルの全身を覆い尽くした。
全身武装鎧である。
仕上げに、表面を鉄へと変遷させることで完成した。
「あれ? この前のよりかっこいいじゃん」
「これでも努力しているのだよ、シェリー君」
「はいはい、よく頑張りましたミシェル君。……それじゃ、反撃開始よ!」
低い声のトーンで、そっと、しかしはっきりと力強い意志を込めて言い放つ。
シェリーが地面を踏み抜いた。
強化された脚力により地面は大きくえぐれ、その反動で弾丸のような速度で身体が飛び出す。
「あぁっ!」
ミシェルも全身武装鎧を制御し、カトルの元へと走り出す。
重鈍そうな見た目に反して、その動きは驚くほど機敏だ。
そして最後、リンネの足が地を離れ、二人の跡を追って地面スレスレを滑空した。
カトルとミゲルは、ミシェルとリンネがシェリーを治療する時間を稼ぐため、クロウドの足止めに徹していた。
精霊であるカトルの方が、ミゲルよりも地精霊の扱いに長けていると言う理由から、カトルが前面に出て奮闘しているという形である。
「そらよっと!」
カトルはクロウドを狙って、次々と地面から棘を突き出す。まるで鍾乳洞のようだが、上下が逆さまな上に鍾乳石の先端はかなり尖っている。
「ロックスパイク!」
一方でミゲルは後方からクロウドの回避コースを予測し、そこに向けて攻撃呪文を撃ち込む。
森の中で回避コースが限定される上に、攻撃に突出した能力のあるカトルの猛攻、そこへ回避の難しい攻撃がやってくる。
はっきり言ってスキがない。
「ちっ、両方とも男か」
クロウドは反撃のことを考えず、まずは回避を徹底することにした。
それに相手が男なら、いたぶる必要もない。やるなら一撃で仕留める。そのためにまず、相手の攻撃パターンの分析からだ。
クロウドは回避に徹底する一方で、冷静に目の前の一人と一柱を観察する。
見た目から考えて、相手は妖精型に属する地精霊。
まだ広範囲に影響を及ぼすような力は使っていないが、一度に扱う力の総量は上位階層クラス。力の規模はかなり大きいと言っていいだろう。
もう片方の人間は、どうやら学院の生徒らしい。制服を着ている点からも、間違いないだろう。
ただし、ネクタイの色から察するに一年生。
上位どころか、中位の呪文もろくに使えないヒヨッ子。自分の脅威にはならない。
ならば、
「ガキを先に黙らせるか」
クロウドは進路を反転し、一気に攻撃の中へと飛び込んだ。
なにせ相手は、こちらの足元と回避先に攻撃をしかけてくる。その中を進むのは容易ではない。
だが、王都の魔法兵三〇人弱を同時に相手したクロウドなら、それも可能だ。
「まったく、妖精型で助かったぜ」
妖精型の特徴に、性格面の幼さと言うものが上げられる。
どうやらこの精霊もこれに当てはまるようで、力の規模こそ大きいものの、攻撃そのものは単調だった。
クロウドは木々のスキマを縫うように左右へと大きく蛇行しながら、少しずつカトルとの距離を縮めていく。
しかも向こうは実践経験があまりないのか、足が止まったままだ。
「まずは一匹」
身体が隠れるほどの大きな茂みに隠れた途端、特大の氷塊をカトルへと放った。
ちょうどクロウド自身の身体が隠れるほどの大きさだ。
「そんなもん、俺っちには効かねえぜ!」
カトルは地中から硬度の高い岩石をかき集め、即席の盾を作り出す。
そこへ、直径が二メートルはありそうな氷塊がぶつかった。
ベコッと、少々間の抜けた音を発しながら、氷塊は粉々に砕け散る。
うへぇ!? と、衝突音同様にカトルも間の抜けた声を漏らしたが、本来の役割はきっちり果たせたわけだ。
それがクロウドの目的とも知らず。
「死ねや、ガキィ!」
氷塊と自らが作り出した盾の二つの死角を利用して、クロウドはカトルの脇を素通りしたのだ。
目的はもちろん、あの面倒臭い学院の生徒――ミゲル――である。
「ディ、ディザートガンズ!」
とっさに下位の攻撃呪文を唱えた。
振りかざした戦棍の先端から、断続的に砂を押し固めた弾丸が高速で撃ち出される。
だが、残念ながら密度が薄すぎた。
クロウドは前面に氷の盾を展開し、最短コースでミゲルの元へと突き進む。
ミゲル程度の力では、この盾を撃ち抜くことはできない。
「っ!? ディートグラウンド!」
だがミゲルも負けてはいない。
それならばと足元の地面引っ張り上げ、それを波のようにして攻撃したのだ。
中位の攻撃呪文。
さっきのシェリーほどではないにしろ、頭が締め付けられるように痛む。
「ちっ。中位か」
それも広範囲に攻撃するタイプだ。
クロウドはいったん足を止め、その場に氷でできた半球状の壁を作り出す。
壁の完成に間を置かずして、大量の土砂が上から降り注いだ。カトルを巻き込むのもお構いなしに。
「こら兄ちゃん! いくら主の弟だからって、俺っちまで巻き込むことはねぇだろうが!」
カトルは後退するミゲルと併走するように、地面を突き破って現れた。なんとも器用な奴である。
口では文句をたれているが、さすが地精霊。土砂をかぶった程度なら、全くの無傷だ。
「いいじゃないか。無事だったんだから」
「んだとぉ!! もういっぺん言ってみろやい、このガリ勉やろーが!」
その後も罵詈雑言を並べるカトルを完全無視して、ミゲルはクロウドが埋もれた辺りの土砂を見つめる。
あの程度で敵を倒せるはずがない。
王都の魔法兵を全く寄せ付けないようなやつが相手なのだ。カトルの攻撃力がなければ、自分は一秒と保たなかっただろうと言うことくらい、重々承知している。
と、土砂の中からいきなり氷でできた円柱が現れた。
その中を通って、埋もれたはずのクロウドが現れる。
「仕留めてねぇのかよ!」
「当たり前だ。僕程度の力でなんとかなったら、王都の連中がどうにかしている」
「使えねーやつだな!」
「今回ばかりは、僕も自分の力不足を呪うよ!」
二人は手当たり次第に砂や岩の弾丸や砲弾で弾幕を張りながら、ジワジワと後退する。
カトルが地面から次々と巨大な棘を出現させるのだが、クロウドはさっきまでよりも簡単にかわしていった。ミゲルの攻撃に関しても同様に。
まるで最初からわかっているようである。
「なかなかやるじゃねえか。ならこいつはどうだ? アイギールアジーアス!」
放たれたのは、上位の攻撃呪文。
一つ一つは、角が鋭利に尖っているだけの、菱形をした氷の欠片にすぎない。
その氷片、数千万数億以上の氷片が、横倒しの竜巻のようになって押し寄せる。
まるで空間ごと削るような勢いで。
「おい、カトル! なんとかしろ!!」
「無茶言うな! 俺っち、防御は苦手なんだ!」
そうは言いつつも、大地を盛り上げて即席の防壁を作り始めた。表面は鉄に変遷させ、更に地精霊の力を使って結合力を強化する。
今のカトルが作れる最強の壁と言ってもいい。
「うぎぃいい……!」
横倒しになった氷の竜巻が、カトルの作り出した防壁に激突した。
固いものが金属に当たった時のカンカンと言う音が、絶えることなく響き渡る。
「ぬぉおおお! 兄ちゃんも手伝えぇええええ!」
「無茶を言うな! 僕にどうしろって言うんだ!」
「とにかくぅぅぅ、呪文なしで地精霊を操る感覚、どぅぁあああああ!」
「わ、わかった!」
だが、上位の攻撃力は並ではない。
言われてミゲルも力を込めるのだが、防壁はガリガリと削られ続ける。
二人がかりでも止めきれない。
と、二人の目の前で壁に異変が起きた。
「げぇっ!!」
「おい、カトル!」
防壁の内側まで亀裂が生じたのだ。しかもジワジワと亀裂は大きくなっていく。
焦燥感と恐怖が、一人と一柱の双肩に重くのしかかった。
「なんとかしろ! 精霊だろ!」
「兄ちゃんだって、得意な属性は地だろうが!」
二人が口喧嘩をしている間にも、亀裂はどんどん広がって行く。
「もうダメだぁ…………」
絶体絶命、まさにそう思った時だ。
「…………じゃねぇ。キタぜぇぇえええええええ!」
カトルの身体から魔力が溢れ出た。
魔力は全身を満たし、底なしに力がみなぎる。
「お前ら、もっと踏ん張れ!」
カトルは魔力を媒介として、より多くの地精霊を支配下に置くと、その全てを盾の強化に回した。
するとどうだろう。さっきまで押し切られる寸前だったにも関わらず、亀裂は完全に塞がっていくではないか。
カトルの壁は、最終的に上位の攻撃を防ぎきったのだ。
「遅いぜ、主」
「すまないなカトル、思ったより時間がかかってしまったてね」
「まったくだ。兄貴にはなにをやらせても」
「…あなたも、あまり……役に、立ってない」
『思念波で叫んでました、ママって』
「そうね。どうせほとんどカトル任せだったんでしょ。ミシェルの弟君は、口だけは達者だからね」
カトルとミゲルが背後を振り向くと、剣を肩に担いだシェリー、全身武装鎧に身を包むミシェル、その肩に一羽の鳥――ソニス――をとめたリンネの姿があった。
クロウドは再び口角を吊り上げ、にやにやと笑みをこぼした。
「来たな、小娘。もう一匹ちっこいのがいるが、こっちも将来が楽しみだぜ」
――さっきやった接近戦の女に、一応表面は鉄の全身武装鎧、あとは戦力になりそうにないちびっ子、そんでもって鳥か。
この時点で面倒な点が一つ。接近戦の可能なマグス(正確には見習いだが)が、二人いると言う点だ。
王都の連中はこれが全くできなかったので正直楽だったが、今回は楽できそうにない。
「行くわよ、ミシェル」
「あぁ、いつでも構わない」
シェリーとミシェルは意識を切り替え、目の前の敵に集中。それぞれ戦いの構えを取る。
昶と一緒に戦うと思って出て来たけわけだが、今はいない。
本当なら今すぐにでも逃げ出したいが、皆がいる以上そんなことはできない。できるはずがない。仲間を置いて自分ひとりだけで逃げるなど。
と、シェリーがそんなことを思っていると、
「…シェリー」
「なに、リンネ」
「…クシャナヘイル」
シェリーの身体を、ゆるやかな風の流れがまとった。中位の鎧系防御呪文。
それは炎剣の刀身へも這い回り、火力を大幅に上昇させる。
「…が、頑張って」
シェリーはふっと笑って見せた。
そして次の瞬間には、
「当たり前でしょ!」
炎剣を横向きに真後ろまで振りかぶり、クロウドに向かって突撃した。
「少しは待ちたまえ!」
ワンテンポ遅れて、ミシェルの全身武装鎧も動き出す。
「さっきはどうも!」
またたくまにクロウドに詰め寄ったシェリーは、炎剣を一気に振り抜いた。
「動きが直線的すぎんだよ」
だがクロウドは、これを飛び上がって回避する。
その体勢のまま両腕に氷の剛剣を生み出し、シェリーへ斬りかかろうとするが、寸前でそれを交差させる。
そこへ金属光沢を放つ拳が、ガツンとぶつかった。
ぶつかった衝撃で、氷の破片を大量に撒き散らす。
「そういや、野郎もいるんだったな」
「さっきまでのようにいくとは、思わないことだね」
ミシェルは全身武装鎧の質量を最大限に生かし、スピードの乗った一撃を見舞ったのだ。
全身武装鎧の運動エネルギーを全て受け取ったクロウドの身体は、二人の元から大きく引き離される。
「そりゃあ!」
「サウンドカッター!」
「…アクアショット」
そこへカトル、ミゲル、リンネの一斉攻撃。
地表を突き破って現れる岩の棘、砂でできた刃、そして高速で打ち出される水の弾丸。
さっきまでのように回避しながらの全身を許さない猛攻に、クロウドも後退する。
その中でも、精霊だけあってカトルの攻撃力はこの中で群を抜いていた。しかも地面を滑る移動法に対して、地面を変形させる攻撃は、クロウドにとって恐ろしく相性が悪い。
しかも、
「アイシクルシールド」
残りの二人もなかなか優秀だ。二人ともそれぞれ違い回避コースに攻撃を加えてくるのだ。
クロウドは下位の防御呪文で氷の盾を張り、二人の攻撃を受け止める。
しかも攻撃を受け止めている間にカトルが地面をならし、その上をシェリーとミシェルが駆け抜けてくるのだ。
「はぁあああああ!」
弱くなった盾へ、ミシェルの鉄の拳がめり込んだ。
「今度こそ!」
そこへ上からシェリーが奇襲をかける。
だが、それも予測の範囲内。クロウドは更に大きくバックステップして、これをかわした。
リンネの風の力で威力を増した炎剣は、地面を斬り裂き朱に染める。
「さすがに、近距離のマグス二人と精霊の組み合わせはキツいか」
生徒だけなら王都の連中と比べるまでもないのだが、やはり精霊の力は計り知れない。
――俺もなんかと契約するか。
クロウドの思考に、一瞬だけそんな考えがよぎった。
が、今は曲がりなりにも戦闘中。意識を敵二人と一柱、捕獲対象二人へと向ける。
『余計なものを持ち帰るな』という命令も受けていないので、別に荷物が増えてもかまわないだろう。
後で疲れるが、あれをやればこちらの勝ちは確定だ。
「ミストラルミスト」
クロウドは戦法を変えた。なにも、四人と一柱を同時に相手する必要はないのだ。
自らの身体を起点とし、半径百メートルの範囲を濃い霧で覆い尽くす。
「霧だと? これではなにも見えないじゃないか」
「兄貴、文句はいいから対策を考えてくれ」
「リンネ、風の魔法でなんとかならない?」
「…ちょっと、無理」
そして木の上に退避することで、カトルの知覚領域からも逃れる。
「カトル、わかるかい?」
「無理だ。たぶん木の上に逃げやがったぜ」
だが、クロウドは霧の中なら全てを知覚できる。
これは相手の視覚を奪った上で、自分は影から攻撃を加える、そういう術なのだ。
「痛たた……」
かき氷を食べた時のような、キーンという痛みが走る。
「さて、派手な魔法を使えば精霊に感付かれるしなぁ」
精霊を撃退する方法と言えば、器を維持できないくらいも攻撃を瞬間的に行うしかない。
具体的には腕や足、頭を切断すること。
確かシュバルツグローブで戦闘を行った火精霊は、腕を飛ばされた結果現在は小型化しているようだし、この方法で問題ないだろう。
今は炎の剣の女が隣にいる。離れた一瞬がチャンスだ。
そして、間もなくしてチャンスは訪れる。
「今だ!」
距離は七、八メートルほどあるだろう。クロウドは木の幹を蹴り、地面に降りることなく一気にカトルへと迫った。
一メートルを切った所で大量の魔力を一ヶ所へとかき集め、姿を捉えた所で幅広の刃を掌上に作り出す。
そして、
「んなっ!?」
カトルの目に、逆さまになった自分の身体が映り込んだ。
クロウドが、カトルの首を切り裂いたのである。
まるでボールが転がるように、頭がずり落ちていた。
「まず一匹」
視界の端にシェリーを捉えるも、一旦はその場を離れて距離を取る。
「わりぃ、主!」
そう言い残すと、カトルの姿は空気に溶けるようにして消えていった。
まだ頭部が精霊素として拡散する前だったので、そこまで深刻なダメージはないだろう。
だが、実体化したり解いたりするには、かなりのエネルギーが必要である。
例え主から魔力供給を受けたとしても、この戦闘中に再び姿を見せることはない。
「これで一安心だぜ」
時間はかかったものの、四人は一ヶ所に集まったようだ。
恐らく、互いにの背中を預けるように構えているのだろう。
セオリー通りかはわからないが、これなら上空を通過しながら攻撃するのがベスト。
魔力は喰うが、短時間なら飛行も可能だ。
「待ってろよ、小娘ども」
クロウドは、先ほどほとんど消費してしまった魔力を補うため、再び魔力の生成を始める。
目の上のたんこぶがなくなった分、精神的な余裕も生まれ生成はさっきまでより幾分か楽になった。
まったく、予想以上の強度だったため、残っていた魔力を全て使ってしまったではないか。
この霧の術は、長く保ったとしてもあと三分が限界だろう。
残念ながら、いたぶる時間はない。
通常杖を用いて行う飛行を、クロウドは装身具式のみで実行した。
「ウォーターニードル」
四人の頭上を通過する直前、小さく下位の攻撃呪文を唱える。
霧の粒子を圧縮してできた水の針は、真っ直ぐに直下の四人へと撃ち出された。
が、そこで信じられないことが起こった。
なんと四人が散り散りになったのである。
しかも、
「ロックスパイク」
岩の杭がこちらを狙って飛んで来たのだ。
視界はほぼゼロ、なにも見えないはずなのに。
しかも、そこから更に予想外のことが起こった。
「そこか!」
全身武装鎧の少年が飛びかかってきたのである。
鉄の拳は回避したものの、その次にやってきた炎の弾丸がクロウドの全身を叩いた。
「熱っ!?」
親指の先ほどの大きさをした炎弾がいくつか、学院から続く戦闘でついた傷を直撃した。
特に学院で負傷した右足と、シェリーに切りつけられた左腕。止血の代償として、神経を直接引き抜かれるような激痛が全身を駆け巡る。
そしてあまりの痛みに、一瞬の間身体が硬直してしまった。
まさにそれが、クロウドの命運を分ける一瞬だった。
「もらった!」
「ぉえぐっ!!」
鉄の拳が、クロウドの腹部にクリーンヒットしたのだ。
胃の中の液体が逆流し、口内いっぱいに苦いものが広がる。
身体はそのまま反動でとばされ、五回ほど地面をバウンドした所でようやく止まった。
あの衝撃だ、肋骨が何本か折れているに違いない。
「ちくしょう、しくじったぜ」
だが奴ら、どうやってこっちの位置を……。
クロウドは痛みに耐えながら、魔力の生成を急いだ。