第八話 戦闘開始 Act05:絶体絶命
遠くで大規模な攻撃呪文が発動した。
空中でなにかがぶつかり合った際に発生した衝撃が、大気を大きく震わせる。
「今度はなに!」
その振動はシェリーの肌にも伝わっていた。
戦闘開始前から、地震のようなものが何度も起きているのも気になる。
多分、例の巨大ゴーレムと誰かが埒外な戦いでも行っているのだろう。
「ドコ見てんだよ?」
クロウドの氷でできた剛剣が、シェリーの身体スレスレを通り過ぎた。
「こんの、変態がぁああ!」
怒号と共にシェリーは炎剣――ヒノカグヤギ――を一閃、氷の剣を真っ二つに両断する。
だが、
「ったく、恐ろしい女だな。だが、その方が俺の女になった時に調教のし甲斐があるってもんだ」
ペロリと下唇を舐めるクロウド。
その行為にシェリーは吐き気さえ覚えるほどの嫌悪感を抱いた。
「誰が、あんたの女になんかに!」
身体能力を強化した身体で一気に詰め寄り、勢いに乗って上段から斬り下ろす。
クロウドは滑るような動きでそれをかわしたが、シェリーはそこへ更に十発近い炎弾を放った。
呪文でない分威力は劣るが、詠唱が不要な上に消費する魔力も少ないため、こんな使い方もできる。
「おっと、危ねえ危ねえ」
だが相手はオズワルトとやり合い、王都の魔法兵を退けるようなマグス。
炎弾は一瞬で張った氷の盾で全てを阻まれてしまう。
「コイツぁ、お返しだ!」
クロウドが氷の剛剣でビョウと空気を斬り裂くと、その軌跡から七発の氷の棘が飛び出した。
「そんなもん!」
シェリーは炎剣へと魔力を注ぎ込んだ。
主の意思に呼応して、ブワッと炎が吹き出す。
「はぁあああああああ!」
氷の棘に向かって、シェリーは炎剣を逆袈裟に斬り上げた。
異様な温度に耐えかね棘は、氷から水へと変化しシェリーの身体を激しく濡らす。
飛び散った水しぶきが顔にかかるが、その程度で揺らぐシェリーではない。
剣撃の影に隠れ上から奇襲をかけようとしているクロウドの姿を、しっかりと捉えていた。
場所は剣を挟んで自分の反対側。シェリーは地面を踏みしめ、勢いよく前へと飛び出す。
「なっ!?」
「いっただきいっ!」
相手に心理的余裕と油断があったとは言え、シェリーの蹴りは見事にその頭部を打ち抜いた。
クロウドはくるくるとコマのように回転しながら、地面に激しく叩きつけられる。
着地の瞬間ドッと土煙が上がり、悪い視界を更に覆い隠した。
「ったた、マジで死ぬかと思ったぜ」
だが、当のクロウドはケロッとしている。
最大限に肉体強化を施したシェリーの蹴りは、常人ならば当たるだけでも死に至る威力があるにも関わらず、だ。
「思いっきりやったはずなのに……。なんで平気なのよ」
「こいつだよ」
クロウドが掌をかざすと、空間に透明度の高い一メートル四方はある氷の壁ができあがる。
「こいつを瞬間的に何枚も張れば、威力を削ぐのは簡単だ」
と、いきなりその氷が果物ナイフ程度の大きさに砕け、一斉にシェリーへと降り注ぐ。
「フレイムシールド!」
とっさに下位の防御呪文――炎の盾――で防いだが、発動前に通り抜けた氷の破片がシェリーのドレスを傷つけた。
「この下衆が。ろくな死に方しないわよ」
クロウドは戦闘を始めてからただの一発も、シェリーに直接ダメージを与えていないのである。
その代わり、まるで果物の皮でも剥くようにシェリーのドレスをジワジワと破っていく。
すでに片方の肩紐は切れて、その役割を完全に失っていた。
今は何度も浴びた水によって、身体にぴったりと貼り付いているだけである。ドレスはもはや、シェリーの身体のラインを扇情的に浮き上がらせているだけである。
「まあこんな仕事してんだ、ろくな死に方はしねえだろうな」
クロウドの身体が、引き絞られた矢のように飛び出した。
振りかぶる右手には氷でできた巨大な棍棒を持ち、身体ごとぶつけるようにしてそれを振るう。
シェリーはそれに対して炎剣を縦に構え、横から繰り出される衝撃に備えた。
ドゴンっと、とても氷と金属がぶつかったとは思えないような低重音が鳴り響く。
クロウド自身の勢いもあって、瞬間的に一トン近いエネルギーがシェリーに襲いかかった。
だが、
「これでもダメか」
シェリーは吹き飛ばされることなく、その場で堪えて見せたのだ。
「グレシャス家の秘術、甘く見ないで」
棍棒の中ほどまで埋もれた炎剣。足首付近まで地面に埋没するシェリーの足。
それだけでもどれほどの威力があったのか想像に難くない。
「はぁああああっ!」
シェリーは炎剣の埋もれた棍棒ごと、片腕でクロウドを持ち上げてフルスイングした。
言葉にすればそれだけの行為だが、その力は下手すれば小型の重機ほど、あるいはそれ以上の力がある。
クロウドの身体は呆気なく吹き飛ばされた。
「なんつう怪力だ」
「それが私の戦い方よ!」
飛ばされたクロウドはそのまま木の幹に着地し、シェリーはそれを追って炎剣を横に一閃させる。
その一撃はかわしたものの、代わりにクロウドが着地した木は上下に切断された。
「強引な戦い方だな。アイシクルショット」
クロウドは空中で氷の弾丸を作り出し、一斉射。
下位の攻撃呪文なので規模こそは小さいが、一発の威力は人の肉を容易に貫通する。
「うるさい!」
シェリーは炎剣を横薙ぎにふるい、そのことごとくを蒸発させた。一滴の水すら残ることなく、完全に。
自分の攻撃を防がれたにも関わらず、クロウドは余裕の態度を崩さなかった。
「だが、気の強い女は嫌いじゃない。今から従順になる時が楽しみだぜ」
クロウドは着地と同時に最大速で動き出し、すれ違い際にシェリーのドレスを斬り裂く。
右の脇腹の生地がだらりと垂れ下がった。
一緒に裂けた皮膚の一部から、赤い雫が転げ出る。
「おっと、身体に傷つけちまったな。そんなつもりはなかったんだが」
クロウドが余裕の態度を崩さない理由、それは単に、まだ本気を出していないからに他ならない。
「いちいち癇に触る言い方、しないでくれる!」
と、いきなり炎剣の長さが増大した。十メートルはあるだろうか。
それを大きく振り上げる。
「これでも、喰らえぇええええ!」
魔力を物質として扱う無属性と火属性とを組み合わせた、物を斬れる純粋な炎でできた剣。
それを力任せに振り下ろした。
クロウドも、さすがにそれを正面から受け止めようとはせず、サイドステップでかわす。
「おいおい、そんな無差別に力使ってたら、この辺焼け野原になっちまうぞ」
クロウドの言う通り、シェリーの炎剣はその名の通り炎をまとった剣だ。しかも今はそのサイズも破格である。
木々が生い茂るこんな場所で使えば、大規模な火災が発生するのは免れない。
「これでいいのよ」
周囲の木々に燃え広がるのもいとわず、シェリーは延長させた炎剣をクロウドがサイドステップした方向に振るった。
もちろんそんな単純な一撃は屈んでかわされ、火災はいっそう勢いを増して燃え上がる。
「はぁあああああああっ!」
シェリーは延長部を拡散させ、元に戻った炎剣で再びクロウドへと斬りかかった。
「ちっ、炎か……」
と、クロウドはそこでようやく気が付いた。逃げ場所がないのである。
炎の塊を横薙ぎしたために、一面が火の海だ。
クロウドは正面からシェリーの炎剣を受け止めた。
重い。とにかく重い。クロウドは全身の骨が砕けそうだった。
流石、国内最強の肉体強化術を持つ一族だけのことはある。
「くぅぅ、ウォーターニードル!」
シェリーの重い一撃を後ろに大きく飛んで逃がしつつ、身体の前面に水の針を作り出し一斉射。
シェリーは炎剣を引くと、大きくバックステップして距離を取った。
クロウドの辛そうな顔に、シェリーは実に楽しそうな微笑みを返す。
「やってくれるじゃねえか、小娘。もう少しで骨が折れるところだったぜ」
「残念、そのつもりでやったのに」
「…………気が変わった。小娘、お前はこの場で調教してやるよ」
クロウドの目の色が変わった。
さっきまでは戦闘を楽しんでいる部分があったが、今はそれに残虐そうな空気がプラスされている。
と次の瞬間、クロウドの姿が視界から消失した。否、消えたと錯覚するほどの高速で移動したのだ。
『嘘でしょ!?』
シェリーは自分の目を疑いたくなった。
さっきまで舐めてかかられていたのはわかっていた。なにせ向こうはお金で雇われているプロ。見習いの自分とは違ってちゃんとしたマグスだ。まぁ、“ちゃんと”しているかどうかはわからないが。
「そらよっ!」
「痛っ!!」
だが、肉体強化というアドバンテージを最大限生かしても、まるで勝てる気がしない。元々、昶と二人で戦うことを前提にしていたため、この結果はある意味当然の帰結とも言える。
「ヒャッホーー!」
「この!」
目で追いきれない速さで、クロウドの身体が疾駆する。
肩、腹、腕、頬、足、……薄皮一枚とは言え、すれ違い際にどんどん斬り裂かれる。
シェリーもなんとか反応して炎剣を振るうが、剣撃は虚しく空を斬るだけ。
相手はいとも簡単にシェリーの攻撃をかわしては、反対に皮膚を斬り裂いていく。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
ドレスも穴だらけになり、衣服としての機能を完全に失ってしまった。
「まだまだ、本番はこれからだぜ!」
今度は八時の方向から声がした。
瞬時に声の方向に振り返るのだが、すぐ近くに両手に氷の短刀を生やしたクロウドの姿が。
迫る刃の一本を炎剣で受け止めるが、もう一本で二の腕の皮膚が斬り裂かれる。
クロウドは速度を維持したまま、炎に燃える森の中へと姿を隠した。
と、今度は上からやって来る。
「バカね!」
空中では身動きは取れない。
「でやぁあああああああああ!」
シェリーは腰をひねって溜めを作り、タイミングを合わせて勢いよく振り抜いた。
炎剣の切っ先は氷製のナイフを斬り裂き、持ち主であるクロウドの腕をバッサリと斬り裂く。
断面からは、生命の雫と言っても過言でない赤い血が飛び、
「なっ!?」
ことはなかった。
代わりに氷の断片が溶け、シェリーの顔を濡らす。
「バカはてめぇだよ」
背後からの人の気配に振り返ったが、時既に遅し。
「あぐぇ!!」
緊張が弛緩した一瞬を突かれ、腹部に強烈なブローが見舞われた。
常ならばその場で踏ん張っていただろうが、緊張感が切れた状態ではそれも叶わない。
馬車にでもはね飛ばされたように身体が何度も地面を跳ね、木に全身を打ち付けた。
のどの辺りがカッと熱くなり、会場で食べた物と胃液が口の中一杯に広がる。
血と混じってなんだか変な味だ。
「ちったあ身の程ってものがわかったか、小娘?」
クロウドはニヤニヤとした笑みを浮かべながら、シェリーの元へと歩み寄った。
のど元に延長した氷の刃が添えられる。
「さぁね。私、頭悪いから……」
だがシェリーは炎をまとった手で、突きつけられた刃をつかみ、
「わかんないわよ!」
へし折った。
「はぁあああっ!」
炎剣を振るい、クロウドを牽制。その反動で起き上がって、大きく距離を取った。
ついでに火球も幾つか放ち、相手を遠ざける。
『そろそろ頃合いね』
周囲には盛大に火の手が上がっている。
消火作業を行うのは確か、都市警備隊の連中だったはず。この規模なら、かなりの人数が派遣されるであろう。
流石に三桁の魔法兵を相手にするほど、相手がバカとも思えない。
それに、いちいち森を燃やしたのにもきちんと理由がある。
「集中……、集中…………」
シェリーは炎剣を正面に構えたまま、意識を剣先へと移行する。
その一点に魔力と、そしてそれを媒介に牽引した火精霊を……!
「頭が悪い、か。なるほどな。だったら、カラダにわからせるまでだ!」
クロウドは空中に大量の氷の矢を作り出し、シェリーへと放つ。自分自身はその矢の後ろに位置を取り、一気に接近を試みた。
もしクロウドに昶と同じくらいの感覚があれば、ここで安易に突っ込んだりはしなかっただろう。
剣先には、常時のシェリーとは比較にならない量の火精霊が牽引されていたのだ。
周囲の火が減退するのと同時に、莫大な量の火精霊がドバッと押し寄せる。
水浸しになった上に血のにじむシェリーの口元に、ふっと笑みが浮かぶ。
「フィーナリアゾーマァアアアア!!!!」
森中で燃え盛っていた炎のほとんどを吸収し剣先一点に絞り込み、まるでレーザー光線のような砲撃を放った。
それは近くをかすめた木の幹を蒸発させ、岩を融解させ、氷の矢を薙ぎ払い、クロウドに直撃する。
あまりの熱量と威力に、激しい土煙が……。いや、周囲の物を根こそぎ蒸発させた白煙が舞い上がった。
恐らく、とっさにガードしたことによる反動だろう。
強引を通り越して無茶苦茶な集め方とはいえ、放ったのは上位の攻撃呪文。同じ上位の防御呪文でなければ、防ぐのは限りなく難しい。
「はぁぁ、頭痛い……」
中位すら使ったことのないシェリーが、上位の呪文を使ったのだ。
処理の追いつかなかった分が、痛みとなって頭を締めつける。
早い話が、呪文とは起動キーにすぎない。魔力によって集めた精霊素に、明確なイメージを与える為のもの。
だがその無意識下では、本人の自覚のない多数の演算が脳内で行われているのだ。
シェリーは周囲の景色に目をやった。さっきまでメラメラと燃え上がっていた火の手は、今はすっかり小さくなっている。炭化した、あるいは蒸発、溶解した、言った方が正しいかもしれない。
火はほとんど消え去っているが、炭化した木々の宿した熱が、煌々と朱色に輝いている。
まだ油断はできない。
シェリーは一息つくと、再び両手に力を込めた。
上手くいったと言っても、まだまだ未熟な自分の攻撃。ノックアウトは期待できないのだから。
「さぁ、来るなら早く来なさい」
やはり動いている方が、止まっているより性に合っている。
いつどこから敵が来るか分からない緊張感にさらされるよりは、その方がよほどいい。
唇が乾き、腕がぷるぷると震える。
うだるような熱気と蒸気で、全身から嫌な汗がとめどなく流れる。
シェリーは剣を一旦地面に突き刺し、切れている方の肩布を固く結んだ。そして、突き刺した刃に足を覆う布を当て、膝上まで斬り裂く。
これでもう少しは、動けるようになるだろう。
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いきなり煙を貫いて氷の杭が飛び出した。
シェリーは素早く剣の柄を握り、地面を融解させながら斬り上げる。
そこから更に煙の渦を纏いながら、クロウドが弾丸のように飛び出した。
振り上げる途中のこのタイミングで現れたために、炎剣を振り下ろすことができない。
今のシェリーは完全に無防備な状態だ。
「油断大敵だぜ、小娘」
クロウドのアッパー気味のパンチが、シェリーの顎の先を正確に捉える。
普通なら首の骨が折れるところだが、そこは持ち前の頑丈さでなんとか耐えた。
「残念。私の身体って、そんな繊細にできてないのよねっ!」
のけぞりながらも、振り上げた炎剣を勢いよく振り下ろす。
完全に落ちたと思ったところで意表を突かれたクロウドは、左腕を腱ごとばっさり斬り裂かれた。
「もう一丁!」
予想外のダメージを負ったクロウドは、右手で傷口をぐっと押さえつけている。
やるなら今しかない。
シェリーは両足をしっかりと地に着け、炎剣を腰溜めに構える。
右足で大地を蹴り、大きく前へと踏み出す。
クロウドを完全に射程圏内に捉えたところで、炎剣を力いっぱいに振り回した。
だがそこで、
「えっ?」
左足が、いきなりがくっと折れたのだ。
そのまま視界が反転し、次の瞬間には顔から地面に倒れ込んでいた。
いったいなにが起きたのか、シェリーにはわけがわからない。
手をついて顔から落ちることだけは回避したものの、クロウドの目の前にひれ伏す形となる。
「ふぅぅ。あれでダウンしないとか、とんでもねぇなお前」
クロウドはシェリー横っ腹を勢いよく蹴り上げた。
「あぐっ!?」
嗚咽を漏らしながら、シェリーは近くの木へ背中を強く打ちつける。
パーティーの時に食べた料理まで吐き出しそうになったが、それだけはなんとか我慢した。
「どうした? かかって来ないのか?」
左腕の傷は思ったより深かったようだ。クロウドは顔面からだらだらと冷や汗を流している。
しかし、身体が思ったように動かない以上、シェリーにはどうすることもできない。
「脳震盪だよ。顎なんざ直接的なダメージにゃならねえが、代わりに脳を揺さぶるんだ。さすがに肉体強化でも、頭ん中までは強化できねえだろ?」
クロウドは再びシェリーの横っ腹を蹴り上げた。
口の中に砂が入ってジャリジャリする。血の味が口の中にいっぱいに広がった。
シェリーは炎剣を杖代わりになんとか立ち上がるが、足がガクガク震えて上手く立てない。とても、まともに戦えるような状態ではなかった。
「ほう、あれを喰らってまだ立てるんだな。本当にグレシャス家の秘術はすげぇや」
「そう、誉めてくれて私も嬉しいわ。ファイアバレット!」
シェリーの目の前に、十個程度の炎弾が浮かび上がる。
大きさは硬式のテニスボールほど。それが一斉にクロウドへと襲いかかった。
だがそれは、呪文でもない水の塊によって簡単に防がれる。
「そんな集中を切らした攻撃、効くわけないだろ」
クロウドの足元から水の触手が伸び、シェリーの身体を絡め取る。
恐らく無属性も混じっているのだろう。水にも関わらず、触手にはしっかりとした固体の感触があった。
「いい眺めだな」
特に炎剣を握っている右腕は幾つもの氷のリングで固定し、後は四肢と首に触手を巻きつけて固定する。
シェリーは成す術もなく、クロウドの前に掲げられる格好となった。
「私には最悪の眺めなんだけど」
「つれないこと言うなよ」
クロウドはシェリーの頬の傷を、舌全体を使って舐め上げる。
「やめてくれない? 気色悪くて吐きそうなんだけど」
「まだそんな強がりを言う余裕があるのか。まったく、見上げた根性だな、小娘!」
「ひぐっ!?」
ドレスの上から乳房を握られた。形が変わるほど力強く握られたため、シェリーは苦痛の声を漏らす。
――こいつ……、絶っっっ対にぶん殴ってやる。
「なんだぁ? その反抗的な目は?」
「痛いっ!?」
クロウドは握る力をさらに強めた。爪が皮膚に突き刺さり、ジクジクと血が滲み出る。
「そういや、よくも俺の左腕をやってくれたなぁ?」
手から氷のナイフが伸び、クロウドはドレスの胸元をトントンとつついた。この後どうなるかと言うことぐらい、シェリーにもわかる。
「こいつはお返しだ」
躊躇なくナイフを斬り下ろした。
ドレスの正面を、へその辺りまで真っ直ぐに。
場違いとは知りつつも、シェリーは顔がカッと熱くなるのを感じた。隠したくても隠せない状況が、シェリーの羞恥心をよりいっそう掻き立てる。
「ほほう、キレイな肌をしてるじゃないか」
自分自身が付けたものをのぞけば、シェリーは傷一つない滑らかな肌をしていた。
身体のラインはほんのりと未成熟さを醸し出しながらも、たわわに実った乳房と細くくびれた腰のラインが実に蠱惑的である。
クロウドはへそのあたりにキスをし、ゆっくり上へと舌を這い上がらせた。
舌のざらざらとした感触と温かさが、ホントのホントに気持ち悪い。荒い息が吹きかけられ、背筋が凍るようだ。
「気持ち悪いから、止めろって言ってんでしょ!!」
右足に力を入れて蹴り上げようとするも、触手が少し伸びた程度でクロウドの元まで届かない。
身体の動かないことが、こんなに恨めしく思ったことはなかった。
「ははっ、俺も嫌われもんだな。まあいい。連れて帰ったらたっぷり楽しませてもらわぁ」
そう言って、クロウドは掌をシェリーの顔前へと突き出す。
「……な、なにする、つもりよ」
「俺は物質化とか地水火風以外の魔法は苦手でな。目が覚めた時に頭がクラクラするかもしれねえが、ちょっくら眠っててくれや。あとでたっぷり楽しませてやるからよ」
クロウドは相手を眠らせる魔法を発動すべく、魔力を錬り始める。
通常は一瞬で組み上げるものなのだが、自分で下手と言うだけあって時間がかかるようだ。
だが、今は時間だけはたっぷりとある。クロウドは十秒近い時間をかけ、魔力を錬り上げた。
「そんじゃ、楽しいランデブーと洒落込もうぜ」
クロウドが呪文の言葉を口にしはじめる。
シェリーはそれに対抗すべく決意を固くした、まさにその時だ。
…どこ?
そんな言葉がシェリーの頭に響いた。