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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第一章:若き陰陽師と幼きマグス
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第八話 戦闘開始 Act02:もう一つの戦場

 クインクの塔で爆発の起きた数分前、ラウドとクロウドはようやく目的の品物を見つけ出すことに成功した。

「ラウド、もしかしてこれか?」

 クロウドはホコリまみれの上に、時間経過によってボロボロになった本を掲げてみせる。

 羊皮紙でできた本は、紙の厚さも大きさも整ってないような雑なものである。そのため、一目見ただけではただの古い本にしか見えない。

「貸してみろ」

 ラウドはクロウドからその本を取り上げると、適当にページを開いた。

 やたらページ数のあるその本は、両手で持ってなお手首がきしむほど重い。

「読めるのか?」

「さあな。魔法文字に近いが、文法や単語、字そのものも違う。こんなもの読めんよ」

 だが、ラウドはそれを脇に抱えて、出口の方へと歩き出す。

「しかし、写本と呼ばれる物は見たことがある」

「待てラウド、そんな仕事受けた覚えねえぞ?」

「俺個人への依頼だったからな。まあ、あくまでも原典(オリジナル)と思われるものの写しだ。ブツは手に入れたんだ、長居は無用、引き上げるぞ」

 なんだよ俺は置いてけぼりかよ、と叫ぶクロウドを無視して、ラウドは出口へと急ぐ。

 警備の絶対数が不足していても、ここは敵地のまっただ中。目的の物を発見した今、この場所に長くとどまるメリットはない。

 先ほどから悲鳴のようなものが聞こえる。あの制服を着ていた少女が奇襲を行ったのだろう。

 敵の目が向こうに集中している今なら、発見のリスクもぐっと低くなる。脱出は急ぐべきだ。

「ん?」

「ラウド、どうした?」

 ライドが立ち止まったことを不審に思いクロウドが呼びかけるのだが、反応がない。

 しかし、よく見れば視線を一点にそそぎこんだまま、完全に固まってしまっているのがわかる。

 不思議に思ったクロウドも同じ場所に目をやると、扉の外に人影のようなものが立っていた。

 そこでクロウドは思い至る。

 ――待て、人影だと?

「おいラウド。この場所って」

「あぁ。知っているのは創設者であるオズワルト、それに王宮の連中が五人前後。後者がないとすれば、前者しかあるまい」

 つまり、今目の前にいるのは、

「まったく、歳は取りたくないのう。ここまで歩くだけで、儂には重労働じゃわい」

 オズワルト、と言うことになる。

「あいつ、パーティー会場に行ったんじゃなかったのかよ!」

「俺が知るか。クロウド!」

 ラウドは、“ユリア”から預かった短刀を差し出した。

「後を頼む」

「了解ぃいい!」

 クロウドは短刀を受け取ってローブの下にしまい、走り出すと同時に足の裏へと魔力を集中させる。

「凍れ」

 指令を受けた水精霊(ウンデネ)は、瞬時にクロウドの足裏に氷の膜を張った。

 床の上を滑って移動することで、二〇メートル弱あった距離をたったの三歩でゼロにした。

「アイギーナスプレスタ!」

 中位(トライド)の広範囲攻撃呪文。バレーボール大の大きさをした大量の氷の砲弾が、クロウドの手から撃ち出される。

 それは破壊した扉よりも、更に巨大な面となって襲いかかった。

 着弾と同時に氷の砲弾は木端微塵に砕け散り、オズワルトと一緒に周囲の壁をも内側から爆砕する。

 たちまち冷気を含んだ白煙が広がり、出入り口付近を白一色に染め上げた。

「行けラウド!」

「あぁ」

 ラウドは、さっきまでの倍近く広がった出入り口から飛び出すと、下階に向かって走り出した。例え外側を魔法文字で補強していても、内側からの攻撃には耐えられないのだ。

「ケホケホ……。しまった、抜かれてしもうた」

 白煙の中から、間の抜けた老人の声がした。

 とても中位(トライド)の攻撃魔法を受けたとは思えない、平常通りののんきな声音。危機感と言うものを全く感じられない。

「ったく。バケモンかよ、このジジィは」

 それがクロウドの精神を、常にないほど苛立たせる。いや、その言葉に含まれていたのは、苛立ちよりもむしろ呆れの方が多かった。

「まったく、酷い言われ様じゃな。仕掛けて来たのはそちらが先であろうに」

 ゆっくりとした動作で白煙が晴れて行く。

 すると、攻撃前と全く同じように(たたず)むオズワルトが現れた。

 周囲の壁や床に刻み込まれた深い傷に反比例し、オズワルト自身にはかすり傷一つ見当たらない。

 その代わりとばかりに、身体には緩やかな気流がまとわりついていた。

「だからって、詠唱破棄で上位(フィフシス)の防御呪文を起動させるジジィがいるのかよ」

「現におるじゃろ。お主の目の前にのう」

 クロウドは、慌てて距離を取った。

 緩やかだと侮るなかれ、あの風の流れが先の攻撃を完全に無効化したのだ。

「まったく……。なにしにきたんじゃ、お主等は。ここに盗むようなものなど、ありゃせんじゃろ?」

「話すわけねえだろ。老いぼれはとっとと眠ってろ!」

 再び足裏に氷の膜を張り、クロウドの身体が加速する。

 魔力を媒介として右手に集めた水精霊(ウンデネ)が氷の拳となって顕現し、莫大な運動エネルギーを差し向けた。

「ふむ」

 オズワルトは氷の拳を撫でるように、自らの掌を突き出した。そこへ氷の拳が勢いよくぶつかる。

 いくつもの氷の断片が宙を舞い、クロウドの表情がより険しいものになった。

「まだまだじゃな」

 逆にオズワルトは掌を前方に突きだしたまま、実に涼し気な表情を浮かべている。

 あちこちに亀裂の走った氷の拳は、オズワルトの掌から五センチ辺りの場所で止まっていた。

 掌と拳の間には極小の竜巻のような物が渦巻いており、そこから伸びた気流の一部が氷の拳に絡みついているのだ。

 まるで、拳をオズワルトから引きはがそうとするかのように。

「ちっ!」

 クロウドは氷の拳を水精霊(ウンデネ)へと還元し、再びオズワルトと大きく距離を取った。

 ――まったく、あの攻撃を澄ました顔で受け止めやがって……。

 身にまとうタイプの防御呪文は、全ての防御系の魔法の中で最も防御力が低い。

 先ほどの氷の拳は、都市の警備を担当するマグスの防御程度ならば、容易に打ち抜ける威力がある。

 にも関わらず、

「どうした? もう終しまいか?」

 オズワルトはそれを、顔色一つ変えずに受け止めたのだ。

 正直、信じられない。

「まだまだ!」

 両手に生成した魔力を集中させると、たちまち火精霊(サラマンドラ)の精霊素が集まり始めた。

 火属性はあまり得意ではないが、風を破るには水よりも火の方が有効なのは道理である。

「火属性か。安直な発想じゃなぁ。まぁ、悪くはないがのう」

「強がってんじゃねえ、老いぼれは素直に隠居してりゃいいんだよ!」

 クロウドの周囲に漂う火精霊(サラマンドラ)が、臨界点を迎えた。

 溢れ返った火精霊(サラマンドラ)の一部は、火の粉となって実体化する。

「ファイアバレスタ!」

 呪文詠唱を引き金に、全ての火精霊(サラマンドラ)実体化を開始する。呪文によって、明確な形を与えられたのだ。

 広範囲攻撃を主とする中位(トライド)の魔法。

 クロウドの両手いっぱいに、バスケットボール大の炎の砲弾が装填された。

「アイスニードル」

 対してオズワルトが唱えたのは、下位(モノスト)の攻撃呪文だ。

 針と言っても、人の(ひじ)から先くらいの大きさはある。杭と言った方が正しい。

「死ね、ジジィ!」

 クロウドの手から、炎の砲弾が切り離された。

 手綱を握る者のいなくなった炎は、恐ろしく広範囲に炸裂するショットガンの如く拡散し、オズワルトへと襲いかかる。

「残念じゃが、それを聞くわけにはいかんのう」

 オズワルトの背後から、氷の杭が一斉に動き出した。




 その瞬間なにが起きたのか、クロウドにはわからなかった。

 わかったのは、自分の攻撃――炎の散弾が全て迎撃されたらしいと言うことくらいだ。

 そういえば、オズワルトは水属性に属する氷の魔法を唱えていたような気がする。

 現在室内がサウナのような状況にあるのも、自分の炎と相手の氷がぶつかりあったからだとしたら納得がいく。

 だが、オズワルトの唱えたのは下位(モノスト)。どうやって中位(トライド)の攻撃を……。

「ジジィお前、なにしやがった」

「そうかっかしなさんな。ちなみに、どうやったかと言われれば、こうじゃよ」

 瞬間、クロウドの頬をなにかがかすめた。いやそれ以外にも、足元に大量の氷の杭のようなものが打ちつけられている。

「まあ、砲弾一つあたりに、氷三つほどかの。これだけの量を制御したのは久しぶりじゃわい」

「おいおい、冗談だろ……」

「ちぃ~っと頭が痛いのう」

 こちらは攻撃方向と拡散範囲を制御しただけで、砲弾一つ一つの起動までは制御できない。なにせ五〇近い数の砲弾があるのだ。その一つ一つを操作するなんて芸等はできない。

 だが、オズワルトはそれをやってのけたのだ。しかもクロウドの三倍以上の量を、攻撃ではなく迎撃で。

 正直信じがたい話だが、見てしまった以上事実を認めるしかない。

 クロウドはオズワルトを倒すプランを放棄し、すぐさま逃げるための算段を立て始めた。

「まったく、とんでもないジジィだぜ」

「ほっほっほっ。褒め言葉として受け取っておくとしよう」

 残っていた氷の杭――アイスニードル――が、一斉に浮上した。

 しかもその全ての先端が、クロウドただ一人に向けられている。

「この死に損ないが!」

「損なってはおらぬと思うが?」

 クロウドは足裏に氷の膜を張ると、さらに距離を取った。

「まあ良い。行け」

 氷の杭を一発ずつ、クロウドに向かって飛来させる。

 クロウドは氷の膜を張ったり消したりして常に速度を変えつつ、巧みなボディコントロールで氷の針をかわした。

 激しく左右に揺れたり、バック転をしたり、スピンを加えたり、腕や脚や頭の位置をずらしたり、秒間五発はありそうな攻撃を回避し続ける。

 一つをかわせば休む間もなく次弾へと集中力を傾け、常に周囲に注意を払うことを怠らない。

「くそっ。全弾きっちり、狙ってやがる」

 無論、下位(モノスト)の呪文にオートホーミング機能などついていようはずもない。

 全てオズワルトが操作しているのだ。

 クロウドの息もだんだんと上がってきた。全力運動を続けているのだから、それも当然だろう。

 なにせ、短距離の走り方で長距離を走っているようなものなのだから。

「仕方ねえ」

 本来ならここを焼き払う予定だったのだが、こいつを使うしかない。

 こちらの攻撃は全て防がれてしまったし、今も防戦一方の状態が続いている。

 しかもだんだん狙いが鋭くなっており、いつまでもかわし続ける余裕はない。オズワルトは今も詰め将棋のように、クロウドをゆっくりと追い詰めているのだ。

 クロウドは、例の短刀を取り出した。

「これでも……」

 力を振り絞り、ぎりぎりの回避を続けながら前へ前へと突き進んだ。

 短刀の力が解放される前に、なんとか。

「喰らってろ!」

 短刀を鞘から抜き放ち、オズワルトに向けて投擲(とうてき)した。

 オズワルトの思考は無意識の内に短刀を捉え、五本の氷の針で迎撃する。

 複数の角度から同時攻撃を受けた短刀は一瞬の抵抗も許されず、バラバラに砕け散った。

「ヤバい!!」

 クロウドはなりふり構わず、自分の体を氷の塊で包み込んだ。

 ただでさえ不安定だった闇精霊(レムレス)の力は、入れ物を失ったことで急激に溢れ出し、空間の侵蝕を始める。

「なんじゃと!?」

 侵蝕された空間の中心付近で、いきなり闇精霊(レムレス)が実体化した。

 形は炎。水だろうが鉄だろうが空気だろうが、対象を問答無用で灰へと還元する黒き炎だ。

「ウンディーナクレイド!」

 自分の身体と巨大な資料室を包み込むように、莫大な量の水を生み出した。

 上位(フィフシス)に位置する防御呪文である。

 本来は一直線に広大な壁を作り出すもののはずだが、オズワルトはそれを部屋の形に合わせて変形させているのだ。

 そうして、部屋全体を包み込むか否かと言うところで、黒い炎が爆発した。

「これは……」

 闇精霊(レムレス)による防御呪文の侵蝕力も、爆発の規模も、オズワルトの想像を超えていた。

 まさかこれほどの力を内包させていようとは、完全に想定外だ。

「仕方ないのう、ふん!」

 倍近い大きさになった出入り口と反対の壁を繋ぐよう、筒状に水の壁を変形させる。




 ドォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ――――。




 逃げ場を求めてくすぶっていた衝撃波が、ここぞとばかりに筒の中へとなだれ込んだ。

 黒い爆発は闇精霊(レムレス)の力も借りて、壁に書かれた防御の魔法文字を喰い破り、破壊し、外へ向かって飛び出す。

 横向に伸びた火柱はそのまま校舎を直撃し、更に被害を拡大させた。

「いかんのう、これは」

 オズワルトは水の壁の中から、火柱の飛び出した方向に掌を掲げる。

「アリエ・ウェストルティン」

 掌の一メートルほど先から、なんの前触れもなく水の塊が現れ、黒い炎を上げて燃え上がる校舎へと向かう。

 水さえ灰に還元する黒い炎にも関わらず、なぜかオズワルトの水の前に呆気なく鎮火した。

「やれやれ、勝手に始めとる者もおるようじゃわい。若気の至りとは言え、怪我だけはしてくれるなよ」

 オズワルトが開いた穴から空を眺めると、満天の夜空の中でひときわ輝く大きな月が、柔らかな光を放っていた。

 部屋の中に残った水は、月光とは別に自ら淡い光を放っていた。




 突然クインクの塔から火柱が上がったことに、ホールに残った者は動揺していた。

 先ほどの女子生徒が見せた炎と同じ、黒い色をした炎だったからである。

 そのすぐ後に同じ場所から大量の水が飛び出し炎を消したことで、その動揺もなんとか収まりそうだ。

 だが、そこで更に驚きの事態が起きる。

「はぁぁ、これで一安心だのう」

 腹部を刺されて瀕死のはずのオズワルトが、いきなり起きあがったのだ。

 しかも、

「ん? どうかしたか?」

 声音が若い女のものなのだ。

「学院長?」

「この魔力……。エバンスとよく似ているな。時代的にはあの小僧の孫か曾孫と言ったところか」

 さっきまで泣きじゃくっていたエルザは、自分で嗚咽を止められないようだ。

 ポロポロと涙の流れる顔を、オズワルトへと向ける。

「騙すような真似をしてしまい、すまないと思っている。闇精霊(レムレス)に侵蝕された部分を廃棄して、器を再構成するのに思った以上の時間がかかってしまってな」

 そこでオズワルトは、シェリーの肩の上を浮遊しているセインに目をやった。

「何処かの誰かのように、神経接続も切らず、器の損傷もかえりみずに、その場で片腕を廃棄して動き回るなどと言う芸等、私にはできぬからな。あまつさえ、その状態での戦闘など、言語道断だ」

 言われている意味がわからず、エルザは頭の中がこんがらがるばかりだ。

 そもそも、目の前でオズワルトになにが起きているのか、完全に把握できている者などいない。

「えっとつまり、あなたは学院長ではないのですか?」

 エルザはまとまらない考えを強引に絞り上げ、なんとかその言葉を口にした。

「まあ、そういうことだのう」

 オズワルト――の姿をした誰か――は、はっきりと肯定の意を示した。




 学院長が起き上がったことに驚きながら、ネーナは外で警備をしているレオンに思念波を飛ばしていた。

『先輩、外はどうなってる!!』

『ネーナさん。確認できたのは三名、一人は闇精霊(レムレス)使い、あとの二人もかなりの手練れです。我々ならともかく、王都の連中には少し荷が重いでしょうね。元々防衛戦に主眼を置いて選抜されていますから、こういうのには慣れていないのでしょう。学院の生徒や先生方の方が頼りになるのも、問題だとはおもいますが』

『他に二人もいたのか。生徒の方は、王室警護の三隊に内定取り付けてるようなやつらなんだろうから放っておけ。それで、追いかけたバカはいるか?』

『逃げ出せないように包囲陣を組んでますから、いまのところは大丈夫です。時間の問題とは思いますが』

『オレはこのまま姫様の護衛を続ける。危なくなったら呼べよ。戦闘指揮はまかせる、むしろオレ苦手だし』

『了解しました。戦況に変化があれば連絡します』

『頼んますよ』

 念話が終了したところで、ネーナは起き上がった学院長の方へ歩き始めた。




「では、貴方はいったい……」

 エルザがそう言った時、バルコニーの方から一つの人影が舞い込んだ。

 鳩尾まである長い白髪と白髭に、全身擦り切れたボロボロの黒いローブ。左手にはサファイアをあしらった指輪が、それぞれの指にはまっている。

「ご苦労じゃった。ここはいい、先に行っておくれ、ウェリス(●●●●)

「わかった。後は頼んだぞ」

 とたんにオズワルトだったもの――ウェリス――は、輪郭がぼやけるようにして空気中へと溶けていった。

 今のは、精霊が物質化を解いた時特有の消え方。つまり、さっきまでここにいたのはオズワルトの姿を演じていた精霊だったのである。

「みな、心配をかけてすまんかったのぉ。儂はこの通りピンピンしとるぞ」

 そう言うのは、確かにいつもののほほ~んとした学院長の姿だ。

 ホールを満たしていた殺伐とした空気との温度差に違和感を感じるが、逆にその姿が一種の安心感となってパニックに陥っていた人々の心を落ち着かせる。

 戦闘がなくなったことでひとまずの安心に浸っていた人々は、オズワルトの元気な姿を見て本当の安心を得たのだった。

「おい、ジジイ」

「ん? あぁ、ネーナくんか」

 ネーナはまとっていたローブをかなぐり捨て、本来の姿――白を基調とした特別製の騎士服――を露わにする。

 昶やシェリーまではいかないが、ネーナもかなり上位の肉体強化が使える身だ。

 その人並み外れた腕力でオズワルトの襟首をつかむと、軽々とつるし上げた。

「『あぁ、ネーナくんか』じゃねえよ。どういうことか、きっちり説明してもらおうじゃねえか」

「ネ、ネーナくん。苦しいので下ろしてくれんかのぉ」

 ネーナはふんと鼻をならし、乱暴に手を離す。

 オズワルトはケホケホと咳き込みながら、やれやれと言い訳を口にした。

「実は学院内にいた侵入者の方に行っておってな、こちらはウェリスに代わりを頼んどったのじゃよ」

「そのウェリスってのは?」

「見たことはないが、君にもおるじゃろ。彼と同じじゃよ、属性は違うがな」

「……なんで知ってんだよ。そのことは姫様とミゼルしか知らねえはずだぞ」

 オズワルトはニヤニヤして知らばっくれるばかりで、そのことを話すつもりはないようである。

「とりあえず、ここにいた者も含めた三人の身柄を確保して欲しいのじゃが。頼めるかな、ネーナくん。彼等の目的を知りたい」

「罪状は王族殺害未遂? どのみち、それは王都の連中の仕事。頼むならそっちにすることだな。ただし王都の連中より、バカやらかしてるここの生徒と先生の方が使えるぜ」

 ネーナは自嘲気味にそう告げた。

 事実レオンの報告によると、王都の魔法兵では侵入者三人に対抗できていない。

 近衛(ユニコーン)隊の方も、ここに来ているのは比較的力の低い者が多く、単独で対抗できる者などネーナくらいだろう。

「ネーナ!」

 エルザは食い入るようにネーナの瞳をのぞき込む。

 普段は決して見ることのできない力強い眼光は、ネーナでさえ怯えずにはいられないほどの力を秘めていた。

「行ってください」

「でも、オレの仕事は…」

「ネーナ!!」

 王族の威厳とはこのことを言うのだろうか……。

 抗い難い、いいや、抗い得ないなにかが、圧倒的なプレッシャーとなってネーナの双肩に重くのしかかってきた。

「ですが、それだと姫様の護衛が不十分に…」

「彼女を逃がしてはならない。黒い炎とは関係なくです」

 そこには、先ほどまでの死に怯えた少女はいない。

 いたのは、現在最も為すべきことを考える指揮官の顔をした少女だ。

「今以上に、大変なことになる気がします。だから!」

「……わかりました。その代わり、他の奴は全員姫様の警護につけます。むさ苦しいのは我慢してくださいよ。学院長も、姫様の事頼んます」

「あぁ、こっちもいい知らせを待っとるぞ」

 ネーナは開いた穴から“ユリア”を追って飛び出す。

 さすがにそのまま降りるのは無理があるので、着地寸前に風精霊(シルフ)を使って衝撃を緩和した。




 バルコニーにいた昶達は、ホールの中央からネーナが飛び出すのをしっかりと見ていた。

 最初に触発されたのはシェリーだ。

「ったく! レナはこんなんなっちゃうし、楽しいパーティーは台無しにされるし、なんなのよもお! いっぺんぶん殴らないと気が済まないわ!!」

「シェ、シェリーさん?」

「アイナ、レナのことまかせて大丈夫?」

「任せるって、シェリーさんなにするつもりなんですか……。まさか!?」

 ――いっぺんぶん殴らないと気が済まないわ――。その言葉が、シェリーの内心を如実に表していた。

 その言葉の示唆する意味に、アイナは寒気すら感じる。

 シェリーの目に、フィラルダの時をはるかに上回る敵意の炎が宿っていたからだ。

 その醸し出すオーラに、アイナは声すら失った。

「アキラ、行ける?」

「あぁ、頭がちょっと鈍いけど大丈夫だ。俺もちょうどそう思ってたとこだしな。よくわかんねえけど、レナをこんなにしたのは確かし」

 昶の気持ちも、シェリーと全く同じだった。

 許せない。

 楽しい行事を邪魔されて、大切な人がこんな悲しそうな顔をして。

「ただ、こんな状態のレナを放っとくのには気が引けるけどな」

 シェリーの膝枕で横になっているレナの顔を、昶はそっと撫でた。

 撫でた掌が、流れ出た涙でしっとりと濡れる。

「レナ……」

 まるで愛しい人にかけるような声音に、場違いと思いながらもアイナはショックを受けた。

「アイナ、頼むな」

「は、はい」

 昶とシェリーは立ち上がると、眼下で繰り広げられる戦闘に目をやった。

 戦線はゆっくりとだが、学院の外へと移動している。

 ネーナが参戦したことで変化があるかもしれないが、話を盗み聴いた限りでは、近衛(ユニコーン)隊の他のメンバーはエルザの護衛として戻ってくるようなので、正直期待できそうにない。

「セイン、私の部屋から剣取って来て。最速で」

「了解しまちた」

 セインは実体化を解くと、女子寮の方へ一直線に飛んでいった。

『それにしても、さっきのはいったい……』

 セインが来るまでの間、昶はさっきの“声”について考える。

 頭の中に直接響いてきた、あの“声”を……。

 考えることをやめた瞬間、心が声を受け入れた瞬間、自分でも信じられないような力が沸き上がってきた。

 まるで麻薬のように、一度陥ったら抜け出せないような危険なもの。

 本能は手を出すなと告げる一方で、理性の部分がその力を求める――――欲する――――渇望する――――。

 今はすぐにでも大きな力が必要なのだ、悠長に成長を待っている暇などないのだ。

「持ってみゃいりまちた」

 こっちの時間で一分としない内にセインが戻って来た。

「ありがとセイン。それで、あんたはどうするの?」

「残念ながら、(マシュター)からの魔力供給をうきぇていてもお役にたてりゅきゃどうきゃ」

「じゃあ、セインもレナのこと、頼んだわよ」

「ひゃい」

 シェリーはスカートの裾を破り、ドレスの両サイドにスリットを作り出す。

 動きにくいドレスを動きやすくするために。

「アキラ」

「あぁ」

 昶は一瞬だけエルザの方を振り向いた。

 エルザもそれに気付いたらしく、こちらを見たまま力強く頷く。

 昶もそれに頷き返し、シェリーと共に戦場へと飛び出した。

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