第七話 創立祭 Act05:シェリーの悪戯
数分後のアイナの部屋。
シェリーを部屋に入れたこと、アイナは絶賛後悔中であった――現在進行形で。
「いい加減観念しなさい、アイナー。せっかく買ってあげたドレスがもったいないでしょ?」
「いいです! いいです! 私参加しませんし、それにそれにそれに、はは、はずかしいですからー!」
てなわけで、アイナはシェリーの部屋へと強制連行。無論、拒否権などない。
誘拐犯同然にアイナを連れて行くシェリーに、レナは冷たい視線を向けながらその後ろに付いて歩いた。自分の部屋の反対側にある、シェリーの部屋まで。
「ようこそ~」
レナは初めてシェリーの部屋に入ってみたのだが、まあなんと驚くことに中はきちんと整理整頓されていた。
確かに部屋を片付けるとは聞いていたが、まさか床が全部見える状態にあるとはレナも思っていなかった。
「前にリンネが言ってたのよりきれいね。てっきり、足の踏み場がない位散らかってるかと思ってた」
「私もです」
「そうでもありませんよ? なかなか、と言うより相当にひどいものでした」
「「わぁっ!?」」
レナとアイナがシェリーの部屋についての感想を述べていると、いつの間にかその隣に誰かが佇んでいた。
「び、びっくりしましたぁ」
「もう、センナじゃない。あまり驚かせないでよ」
隣にいたのは学院のメイド達を束ねる若きメイド長、センナであった。
日に焼けて赤くなった髪は肩上で乱雑に切りそろえられ、サファイアのような青い瞳をした細長の目。身長はシェリーより一回り小さいが、身体の起伏に関してはシェリーよりも強烈だ。
特にバストはゆったりとしたメイド服にも関わらず、服の上からでも形がわかるほどくっきりと浮かび上がっている。
それにキッと結ばれた厚い唇は、すごく色っぽい。
それらの要素に加えて落ち着いた物腰もあり、レナの最も身近にいる大人な存在である。
「これはこれは。レナお嬢さまにアイナ様、先ほどは失礼しました」
センナはいつも通り背筋を六〇度倒した理想的な角度の礼を決めると、、部屋の整理の仕上げにかかった。
「友達を部屋に上げるのに、散らかってちゃいけないと思ってね。センナさんに助けてもらったの」
シェリーは、テヘッと舌を出して見せる。
それはまさに、悪意しか見えない笑顔。
なにせ部屋がきれいになった後に待っているのは、アイナの着せ替えタイムなのだ。
嫌な予感しかしないのは、気のせいではあるまい。
「シェリー様、この本はどこに置けばよろしいでしょうか?」
「あれ、本棚うまっちゃった?」
「はい。シェリー様個人の本を種類別に並べていたのですが、足りませんでした」
「机の隣に置いといて」
「かしこまりました」
センナは散らばっていた本を集めると、机上にも大量の本を置いてある机の横にドサッと降ろした。
二つに分けても膝丈まである。
「ありがとう、センナさん」
「いえ、これも仕事ですので。」
と、センナはいきなり部屋の中をキョロキョロと見やった。
いったい、どうしたのだろうか。
「アキラ様がおられないようですが?」
「人さらいに連れて行かれる時、部屋から出て行くのは見たわよ」
「そうなのですか。てっきり一対三で四…」
「違ーーーう! だからなんでそんな方向へ持って行きたがるのよ」
ならば、とセンナは曲げた人差し指の上に顎を乗せ、
「ならば、女性三人でくんずほぐれ…」
「だーかーらー、違うってば!」
やはりこの人の頭の中には、そっち方面の思考しかないようだ。
顔には出さないが、なんか露骨にがっかりしているのが窺える。
とそこえ、シェリーが要らぬチャチャを入れた。
「これからアイナにドレスを着せるんですよ。手伝ってくれませんか?」
「かしこまりました」
シェリーが言葉を切るのと全く同じタイミングで、センナは了承の意を示した。まるで条件反射のような即答ぶりである。
心なしかさっきよりも格段に表情が生き生きしているのは、気のせいではあるまい。
レナがシェリーの方を見ると、アイナから見えないようにVサインをしている。
センナに餌をぶら下げるような行為を……。
いろんな意味でセンナの性格を知り尽くしているレナは、この後の展開が完全にわかってしまった。
「それじゃあ……」
そう告げたシェリーは、身体能力を強化した身体でアイナの配合に回り込むと、両腕をガシッと押さえ込んだ。
「センナさんはこの子の服脱がしちゃって。レナ、タンスに丈の短いドレスがあるから持って来て!」
「かしこまりました!」
「あたし、それしか手伝わないからね」
レナはシェリーのタンスを開け、センナはアイナのスカートに手をかける。
そして躊躇うことなく、一気に奪い去った。
「……ィ、イヤーーーーーー!」
一拍の間をおいて、アイナの黄色い悲鳴が上がる。
だが無情にも、部屋には防音を意味する魔法文字が張り巡らされているため、中の音が外に漏れることはない。
「けっこう可愛いのはいてるのね。私にはちょっと合いそうにないけど」
アイナはドット柄がお好きなようだ。濃い青に黒いドットが躍っている。
「よし、センナさん。その調子で上もやっちゃってください」
「承知しております」
センナはマントとネクタイを一瞬にして奪い、ブラウスのボタンをまたたくまに全て外してしまう。
はだけたブラウスのすきまから、アイナの身体の前面が露わとなり、下と同じ柄をしたブラにはレナとシェリーの中間に位置する程よい大きさの乳房が収まっていた。
もちろん身体を隠す機能を失ったブラウスも、シェリーとセンナの連携プレーによって略奪され、アイナはあっという間に下着だけの姿になってしまう。
アイナは、もう泣き出す一歩手前だ。
「レナー、適当に一つ持って来て!」
と言われても、イブニングドレスは二着しかない。シェリーのことだから、絶対そこまで見てなかっただろう。
片方は丈の短いショートラインのドレス。深い深い青色をした光沢のある生地を使っている。上はチューブトップのようなデザインで、上端は水色のゆったりとした生地が縁取っており、胸の中央には同じく水色の生地で作られたバラのコサージュが取り付けられている。
下は膝下まで段になったフリルスカート、フリルは上端と同じ水色の生地だ。
もう片方は淡いオレンジの生地で、首から裾にかけてゆっくりと広がっていく形だ。
深いVネックになっており、胸の谷間を大きく露出するデザインとなっている。胸を支える生地は首の後ろで結ばれており、背面は腰から上の生地が一切ない。しかも横からは、はみだした乳房が見て取れ、ちょっと大胆なデザインだ。
下は腰から裾にかけて螺旋を描くように、薄いレモン色のフリルが巻かれている。
前者は明るさ、後者は色香を強調したデザインだが、どちらもアイナの可愛さを十二分に引き出している点は間違いない。
「で、どっちにするの?」
レナはシェリーに問いかける。
ちなみに、アイナはどっちも嫌そうだ。
そして季節が季節だけに、下着二枚だけですごく寒そうである。唯一自由な足をすり合わせていた。
「そうねぇ…………。じゃそっちの青い方」
はい、とレナが差し出すと、センナはそれを回収してアイナの前へと舞い戻る。
抵抗が無駄と悟ったのだろう、アイナは生唾をごくりと飲み込みながらその時を待った。
そして、
「そらっ!」
「ひゃぁっ!?」
シェリーがかけ声と同時にアイナを上へ持ち上げた瞬間、センナは下からドレスを一気にたくし上げる。
まったく、見事な手さばきとしか言いようがない。
「お似合いですよ」
センナはお世辞ではなく、本当にアイナをきれいだと思った。
シェリーの思惑通り、もしくはそれ以上。アイナの可愛さはそのドレスによって何十倍も、もはや一種の兵器と言ってもいいくらい上がっていた。これなら、大半の男子生徒は落とせるに違いない。
シェリーは、アイナを全身が見える鏡の前まで連れて行った。
どうやらアイナもまんざらではないようで、自分の姿をまじまじと見つめている。
「気に入った?」
シェリーはアイナの肩に手を置くと、ニヤリと笑みを浮かべながら問いかけた。
アイナは苦い顔をしながらも、自分の中に生まれた温かな思いに身を任せるのだった。
「……ぅん」
「そかそか、よかったー。じゃ、もう一着いこう」
――…………え?
静まり返った空間に、レナはアイナの心の声を聞いた気がした。
そう、これで終わりではない。ドレスはもう一着残っているのだ、それもアイナにとってはかなり過激な。
今着ているものですら、顔から火が出そうなくらい恥ずかしかったのだ。
あんなのを着たら、それこそ羞恥心で死んでしまうかもしれない。
「それによく考えたら、ドレスでブラは無粋よね。ね、センナさん?」
「その通りでございます」
目にも止まらぬ速さで、センナの手が別の生き物のように動く。
気付けば、センナの手には濃い青色をした衣類が……。
「じゃ、次ぎいってみよっか?」
シェリーはまるで、新しいオモチャを与えられた子供のような笑みをしていた。
その三秒後、アイナは再び黄色い悲鳴を上げる。それが届くことはないと知りながら……。