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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第一章:若き陰陽師と幼きマグス
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第七話 創立祭 Act04:アンサラー

 客貧の出迎えを済ませたレナと昶は、一度寮の部屋へと戻ることにした。

 どうやらレナは昨日遅くまで勉強していたらしく、先ほどから急激に眠気が来たらしい。

 徹夜したわけではないので、“朝から意識がぶっ飛んでいてめちゃくちゃ甘えられた”みたいなことはないが、睡眠時間がいつもより不足すると必ずどこかで眠ってしまうようだ。

「制服で寝たらシワになるぞー」

 そして昶は、なぜかレナの部屋にいた。

 パーティーが始まるまで、寮か図書館で待機するように言われたので自室になったわけなのだが、話し相手をしろとのことらしい。

 いつもならシェリーが相手になるのだ、今は部屋の片づけで忙しいのだそうだ。

「っさいわねぇ。今は眠いの、寝させなさいよぉ」

 誰がどう見ても高価な制服に気を使っての一言だったのだが、寝させなさいの一言でバッサリ切り捨てられた。

 そんなに眠くなるなら、夜遅くまで起きていなければいいものを。

「てかさ、寝るならせめて着替えたらどうだ? あるだろそういうのも」

「なに、あんたあたしの着替えのぞくつもり? このド変態」

「そん時はちゃんと外で待ってるって!」

「あーもう、大声出さないでょ。頭痛くなるからぁ」

 レナはあ゛ーっと叫んでから、頭まで布団をかぶった。本当に眠いようである。

 いったいなんのために連れて来られたのか、昶は真剣に考え始めた。

 それから、いくらか時間が経った。

 中央の塔――クインクの塔――に備え付けられた時計の長針が半周したところで、レナが布団の中からくぐもった声を漏らす。

 布団の中から頭だけだし、まだ眠そうに目を細めながら周囲の状況を確認した。

「あ、あんたまだいたんだ」

「呼んだのはそっちだろ。それに、俺の部屋は寒いからな。同じ寝るんだったら、こっちの方がいいだけだ」

 やることがなかったので昶も寝ていたわけだ。

 そうは言っても、完全に寝ていたわけではない。

 警戒を解かずに周囲へ気を配ったまま寝るのは、ある意味戦闘を主とする術者の必須技能とも言える。

 寝込みを襲われて死んじゃいました、なんてこともある世界なのだ。

 だから、レナが目を覚ました瞬間に昶も目が覚めた。

 それだけのことだ。

「ま、それもそうね。あんたの部屋物置って聞いてたし。そりゃ寒いでしょうね」

 レナはふわぁ~とあくびをかみ殺し、寝たままの姿勢で昶の方に向き直った。

「それにしても、学院長の言ってた王族の人って、あの時の王女様だったんだな」

「そうみたいねぇ。確か王様は、シュバルツグローブ事件の調査の指揮を執っておられるはずだから、手が放せなかったんでしょ」

 寝起きだが、意識はしっかりとしているようだ。ただし、口調はいつもの倍以上に間延びしているが。

 その様子が、どきんとするぐらい可愛い。

 だが、すぐに昶は苦い表情になった。

 “ツーマ”――魔術文化が未発達なこの世界で、昶が初めて命の危険を感じた相手。

 生まれて初めて、この呪われた血の力を自らの意志で解放した戦い。

 この手に村正がなければ、今頃はシュバルツグローブの森の堆肥となっていただろう。

 昶の世界でも使う術者が稀少な、闇精霊(レムレス)の使い手。

 なぜあの時勝てたのか全く想像がつかない、それほどの相手だった。

 もしあの時、自分が“ツーマ”を捕縛していたら、この事件はどうなっていたのだろう。

 あの事件が未だ調査中であるということを聞いて、昶の心はそんな思いばかりで満たされる。

 もちろん、それが子供みたいな正義感(自己満足)だと言うことは百も承知だ。

 だが、考えずにはいられない。なんとかできるだけの力を持って生まれた身として。

 良くも悪くも、この世界に来て力の意義を自覚した昶は、そう思わずにはいられなかった。

 そしてレナは、そんな昶の心の動きを敏感に感じ取った。

 それから、自分でも信じられない行動に出る。

「アキラ~、ちょっとこっち来なさい」

 ちょいちょいと、自分の方に手招きしたのだ。

「どうした?」

 固い木製の床に座っていた昶は、レナのベッドの隣に、より正確にはレナ顔のが自分の顔の真横に来るよう腰を下ろした。寝ると言っても仮眠だったからか、本日は天涯から伸びるカーテンは開いたままである。

「バカ」

 あまり力の入ってない拳が、虫も殺せないような速さで振り下ろされた。

「アキラが悩む必要なんてないの。上位階層(ヒューネラ)のセインだってどうしようもなかった相手なんだから。それに、あたし達がこうしていられるのも、アキラのおかげなんだからね」

「……レナ」

 辛うじて拳の形を保っていたレナの手は開かれ、今は昶の頭を優しく撫でている。

 レナ自身も、なんでそんなことをしているのかわからない。だがそうしてあげたい、そう思ったのだ。

 その慈愛に満ちたレナの表情に、昶の視線は釘付けになった。

「いい? アキラがそのことを悩む必要なんてない。シェリーも、リンネも、アイナも、それにミシェルも、みんなアキラに感謝してるって言ってたでしょ」

 レナは昶の頭を撫でていた手を、その頬へと移動させる。

「あたしも、感謝してるって……」

 ――やべぇ、胸が痛いし、息が苦しい。

 昶の鼓動が、これまでにないほどに高鳴った。

 レナの目から視線を外すことができない。

 意味もわからないまま、互いの視線がねっとりとした熱を持ち始める。

「言ったでしょ?」

 ――なに? なになになになになに!? なんであたし、こんなことして、胸が痛くて、熱くて、それに頭がボーっとして……。

 一方のレナも昶から目を離せないでいた。

 昶があまりにも悲しそうな顔するものだから、ついつい手が伸びてしまう。

 まるで幼い弟ができたみたいで、保護欲がかきたてられるというか……。

 シュバルツグローブで化け物じみた力を振るっていたらしい(レナは“ツーマ”に直接会っていないので)マグスを、昶はたった一人で退けた。

 だが、今の昶は触れただけでもくず折れてしまいそうな、そんな危うさを醸し出している。

 だから、なにもせずにはいられなかったのだ。

「レナ、お前……」

「…………アキラ……」

 お互いの鼓動が無秩序に高鳴り、頭に血液が集中する。

 頬が上気し、のどがカラカラに乾く。

 磁石のように、互いの顔が接近した。

 なぜこんなことをしているのか、二人とも自分自身で全く理解できていない。

 だが二人にはそんなことを考える思考すら残っておらず、互いの距離はゆっくりと縮まっていく。

 五〇センチが三〇センチに、二〇センチに、十センチに、そしてついに五センチを切った。

 その時だ。




 コンコンコン…………。




「っ!!」

「わ、わぁっ!?」

 昶もレナも、ノックの音に正気を取り戻し慌てて距離を取った。

 昶はものすごい勢いで壁にぶつかり、レナも布団をくるまってベッドの端まで後退する。

「ああああ、ああ……」

「な、なんだよ、はっきり言えよ!」

「あんた、あたしになにするつもりだったのよ!」

「知らねえよ、それならレナだって同じじゃねえか!」

 と小声で、いつも通りの言い合いが始まった。

 さっきまで部屋中にひしめいていた激甘の空気はどこえやら、二人とも自分を正気に戻してくれたノックの音に感謝するのだった。

 コンコンコン…………。

 再び部屋の扉をノックする、小気味よい音が響く。

「入れてやらないのか?」

「わ、わかってるわよ。どうぞー!」

 昶にうながされ、ベッドに腰掛けてからレナは来訪者に入室を許可する。

 扉が開かれると、そこには見慣れない顔をした生徒が(たたず)んでいた。

 肩甲骨の辺りまで伸びる気味の強い金髪。全体的にくせっ毛な感じで、毛質はすごく柔らかそうだ。

 好奇心旺盛そうなくりくりとした瞳は、鮮やかな青緑色(マカライトグリーン)で、左目の下には小さな泣きボクロがぽつんとついている。

 そしてなによりも、レナにそっくりな顔つきにはすごーく見覚えがある。

 具体的には、ネフェリス標準時で三〇分ちょっと前に。

「お久しぶりです、レナお姉さま」

 部屋の前でにぱにぱと笑顔を振りまくのはまぐれもなく、レイゼルピナ王国第一王女にして、第二王位継承者。エルザ=レ=エフェルテ=フォン=レイゼルピナ、その人であった。

 制服そのものは似合っているのだが、妙にちぐはぐとした感じはぬぐえない。

「……王女殿下、このような場所になんの御用でしょうか」

「もう、お姉さまったら冷たいんですから~。用がなければ来てはならないのですか?」

「曲がりなりにも王女殿下なのですから、不用意な外出は避けられた方がよろしいと申し上げているのです」

「この学院の中で危険があるとも思えませんけど、レナお姉さま」

 エルザは部屋の中へ足を踏み入れると、そのままレナの隣に座り込んだ。

 しかも、靴を脱いでベッドの上に正座している。

 エルザが、どれだけレナのことを慕っているのか。これだけでもよくわかった。

「まあ、今回は少し用事があったので来させて頂いたのですが」

「用事?」

「はい、アキラさんに。お姉さまからお渡ししていただこうと思っていたのですが、直接お渡しできてあたくしも嬉しいです」

 突然指名を受けた昶は、ただおろおろするばかりだ。

 まあ、相手が相手だけに慌てるのは無理もないことだろう。

 え、俺? なんで? 俺なにかやった? と言っているのが顔に出ている。

「はい。先日のお礼等を、まだしていなかったので」

「あ、あのことか! いいですよ、お礼とかそんな! 俺ーじゃなくて、自分の方こそ失礼なことばかり言ってすいませんでした」

 王女とか王位継承者とか王族とか、とにかくそんな物騒な単語に反応してか、この人にだけは無条件で敬語口調になってしまう昶である。

「いいのですよ。あたくしの周りには、そのような方はいなくなってしまいましたから。一人くらいは、そのような方がいてくれた方が」

 エルザはにぱにぱとした笑顔の中に、不意に憂いのようなものが影を落とす。

 エルザとの付き合いが長いレナも、相手の気配や魔力を察知する技術に長けた昶も、そのことに気付いた。

「もう“イレーネ”と呼んでくださる方も、肉親以外はいなくなってしまいました」

「当たり前です王女殿下。“真名”はそう簡単に他人に教えるのはありません」

「……ごめん、“まな”って?」

 と、エルザとレナの間に、昶が割って入った。

 まあ、だいたいの見当はすでについているのだが。

 魔術における術の系統の中に、“呪殺”と呼ばれるものが存在する。

 これは呪いたい相手の身体の一部、例えば髪の毛や切った爪などを媒介として術を起動し、相手になんらかのダメージを与えるものだ。

 そしてこの呪殺の中には、“相手の名前”を媒介として術を起動するものも存在するのである。

 昶の世界ではこれらの経緯から、同族の魔術師以外には本名を明かさないという習慣が存在するのだ。

 今でこそ、魔術師が所属する結社や宗教を統括する機関があるので、呪殺は全面的に禁止されているが、その前までは本名を名乗るのなど言語道断とされていた。

「真名って言うのは、あたし達マグスが最大限に力を発揮する時に使う“真実の名前”のこと。アキラと契約する時にも使ったのよ」

「ふーん、なんて言うんだ?」

「い……言えないわよ」

 なぜか頬を赤らめながらそう呟いた。

「なんで!?」

「し、親しい人にしか教えないの! それに真名を悪用されたら、魔法が使えなくなることだってあるんだから」

「いやだって俺、レナのサーヴァントなんだろ? だったらいいだろ」

 そんな様子を、エルザはクスクスと笑いながら見守っている。

 今のどこに笑うような要素があったのだろうか。

 昶が不思議そうにしていると、

「アキラさん」

 と、エルザが小さく手招きしてくる。

 昶はうながされるまま、エルザの目の前まで移動した。

「ちょっとあんた! 王女殿下相手に頭が高いわよ!」

「いいんです、レナお姉さま。あたくしがいいと言っているのですから」

 こう言われてしまっては、その辺りの規律に厳しいレナはなにも言えない。

 エルザは昶の耳元まで口を寄せると、こそこそとなにかを話し始めた。

『異性の方に真名を教えると言うのは、その方と結ばれたいということと同じ意味なのでございます。つまり、婚約と同義です』

 昶の顔も、バッと赤くなった。

 ――真名を教えると言うことはつまり、プププ、プロポーズと同じ意味ってことなのか?

 昶はさっきの自分の発言を、激しく後悔したのだった。

 不意にレナと視線が合い、互いに慌ててそれをそらす。

 その様を見て、エルザは再びクスクスと笑い出した。

「まあ、それは置いておいてですね。これを渡したくて、今日はお姉さまの部屋まで参ったのです」

 エルザが持っているのは、非常に細長い布袋である。中にはなにやら、固そうなものが入っているようだ。

「受け取ってください。アキラさん」

 昶はその袋をまじまじと見つめながら、それを受け取った。

 袋の上からでもわかるこの形、それに重量感。

 それは、昶が最も身近に触れていた武器。

「これって……!!」

 柄のデザイン、鍔のこしらえ、鞘の装飾等は全く違うが、それは明らかに刀であった。

 昶は気が遠くなるほど、ゆっくり、静かに、刀を抜いてゆく。

 刀身を一直線に縦断する、白と黒のコントラスト。その刃の鋭さは、昶の目から見て相当なものであった。

 最大限の切れ味を発揮しながらも、突きが使えるぎりぎりまで緩やかな弧を描く刀身。まさに、芸術作品と言っても過言でない出来だ。

 しかも“硬化”の魔法が何重にもかけられているらしく、例え昶が血の力発揮した全力であったとしても、壊れる心配はなさそうだ。

「“カタナ”と言う剣が欲しいと、お聞きしましたので」

 そこで昶の視線は、頂き物の剣からエルザへと移った。

「俺、王女様にそんなこと、言った覚えないんですけど?」

 レナとアイナ、あとシェリーとリンネならフィラルダの武器屋で聞いたかもしれないが、少なくともエルザの前で言った覚えはない。

「はい、あたくしを誘拐しようとした犯人さん達の調査する過程で、一緒に調べて頂きました。アキラさんのこと」

 昶もそうだが、レナもエルザの発した言葉に驚愕した。

 そんな私事のために国家権力を使ったのか、この王女様は、と。

「そこで“カタナ”という、()りのある剣をご所望と聞きました。そこで時間の合間を縫って色々と文献を探してみたところ、それに類似するものを見つけました」

 そこは自分で調べたらしい。

 王宮にある図書館は、もちろんこの学院の物より規模は大きいから、あっても確かに不思議ではない。

「それでネーナに頼んで。あ、ネーナって言うのは、あたくしの護衛を務めてくれている人です。で、そのネーナに頼んで、知り合いの学者さんや、高名な錬金術師さんを集めてもらいまして、作っていただいたのがそれです。銘を“アンサラー”と呼ぶそうですよ」

 と、エルザは笑顔で解説してくれた。

「……アンサラー、か」

「“鎧を貫く者”と言う意味だそうです。たくさんの錬金術師さんに、まず世界一硬い金属を作っていただき、その形に変形していただきました」

 と笑顔を振りまきながら、さらりと恐ろしいことをいってのけた。

「あああ、あんたなにやってんのよ!?」

 一応、形式的には礼儀をわきまえているレナの口から、暴言が飛び出す。

 一般常識のある者が聞けば、卒倒しただろう。

 まず王宮の地下にある独房に、ぶち込まれることだけは間違いない。

「レナお姉さまったらぁ~。ただの感謝の印です」

 だからその笑顔でさらりと恐ろしいことを吐くな、とレナは言おうとした。

 大量の学者と錬金術師を雇い、恐らくそれなりの時間をかけて作ったのだろう。

 どれほどの金額がかかったのか、考えたくもない。

「ちなみにレナお姉さま、確か普通の金貨で百枚以上はするはずですよ」

 レナの心を読みとったのか、エルザが“アンサラー”制作にかけた値段が明らかとなった。

 ちなみに、ネーナの給料がアルビー金貨八枚ちょっとらしいので、だいたい十倍くらいですかね、なんて言ってのける。

 価値のわからない昶にはなにを言っているのか理解できなかったが、レナの方は開いた口がふさがらない。と言うよりも、驚きすぎて声が出なかったと言った方が正しい。

 わかりやすく言えば、アンサラー一本あれば、小さな家が買えるのだ。

「それでは、あたくしはこれで」

 用事の済んだエルザは靴をはいて立ち上がると、そのままレナの部屋から出て行った。

 去り際に『ではレナお姉さま、また会いましょう』と言うのも忘れない。

 嵐の去った後のように、部屋の中は静かでついでに不穏な空気だけが漂う。

 ただ昶の掌には、アンサラーという恐ろしく高価な剣だけが残された。

「これ、もらっていいんだよな?」

「はぁぁ、いいわよ。返すのも気が引けるし」

「じゃ、ありがたくもらっとくか」

 昶はアンサラーを、村正と同じ腰の部分に差し込んだ。

 色は柄から鞘の先端まで全て銀色、総金属製であるにも関わらず恐ろしく軽い。

 村正と比べれば重量は倍近くあるが、肉体強化を用いればそれも関係なくなる。

 昶は再び、アンサラーの刃を抜いた。

 刃である銀の部分と、そうでない黒銀の部分が目に入る。

 刃渡りは一メートル弱と、村正と比べてかなり長い。普通なら装飾品として献上されるようなサイズだろう。

 シェリーの炎剣のように属性が付加されているわけでもなければ、発動体ですらない。

 特殊な能力は、一切存在しない。

 しかし、最高ランクの“硬化”の魔法をかけられ、刀身は恐ろしく頑強であろう。

 昶はそれを一度鞘に収めると、神経をピンと研ぎ澄ませる。

 レナもその張り詰めた空気を感じ取ったのか、恐怖のあまり声すら出せなかった。

 そう、恐怖を感じたのだ。異様なほどのどが渇きに、ゴクリと生唾を飲み込む。

 昶が発していたもの、それは殺気である。

 無心状態で漏れるほんのわずかな殺気、レナはそれを機敏に感じ取ったのだった。

 一秒が永遠にも感じられる。

 そして、昶の身体が動いた。

 鯉口を切り、目にも映らない速度で刃が一閃される。

 その迫力に、レナは腰を抜かしてしまった。

 ――なに、いまの……。

「うん、なかなかいいな」

 昶は上機嫌にそれを元の鞘へとしまった。

 チャンッと軽やかな音がすると同時に、殺気は完全に消え去る。

 するとレナも緊張の糸が切れたらしく、後方にバタンと倒れ込んだ。

「どうした、レナ?」

 もちろん、昶に悪気があったわけではない。

 本人は無心でいたつもりだったのだから。

「な、なんなのよ今の?」

 レナは両手で顔を覆った。

「ちょっと試しに振ってみただけなんだけど、大丈夫か?」

「まったく、心臓止まるかと思ったわよぉ」

 レナのあまり高くない胸が、上下に大きく揺れていた。それにうっすらとだが、脂汗もかいているようである。

 レナ自身も、自分が殺気を感じ取ったということはわかっていない。だが、確かに怖いと思った。

 今はなんとか動かせるようになり、身体を起こし掌にべっとりとついた嫌な汗を確認する。

 本当に意味が分からなかった。

 と、そこへ、

「レナーーー、アイナの着せ替えするから手伝いなさい!」

 やけにテンションの高いシェリーが、殴り込んできた。

 それも、勢いで扉を破壊しかねないほどの速度で。

 せめてノックぐらいしろ、と言いたい。

 いいかげん、寮の部屋を全部オートロックにした方がいいのではなかろうか。

「面倒だから嫌」

「拒否権は認めないわよー、あの子にあれ着せるの、すごい大変なんだから」

「知らないわよ、そんなの」

 極限すれば、ドレスとは見た目を優先している衣服なので、動きやすさや着やすさはかなり低い。

 また激しい抵抗が予想されるので、戦力は多い方に越したことがないと言うのは確かだ。

「はいはい。駄々こねてないで、さっさと行くわよ」

「あぁっこらっ!! ちょっと待ちなさい!」

 つまみ上げられたレナは、そのまま強制的に退室させられた。

「……とりあえず、セインのとこにでも行ってくるか」

 昶は腰に下げたアンサラーに触れると、ふっと笑みがこぼれる。

 昶は部屋を出ると、そのまま食堂の厨房へ向かった。

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