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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第一章:若き陰陽師と幼きマグス
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第七話 創立祭 Act02:招かれる者、招かれざる者

 昶は未だに暴れまわる心臓を押さえつけながら、学院の正門をくぐった。

 なぜ心臓を押さえつけているかと言えば、先ほどのことが原因である。

 いつものように森の中にある泉を風呂代わりに使っていたのだが、なんと今日は人がいたのだ。こんな朝早く、しかも冬間近というこの時期に。

 学院は都市や町村からかなり離れた場所に立地しているため、学院の生徒や教員、さらに学院で働いている人以外はめったに見ることはない。

 それにこのような身体を動かす修練を必要とするのは、接近戦型、それも肉体強化系のマグスのみである。

 全校一七〇人弱の生徒の中でも、接近戦型のマグスは三〇人弱。だがその大半は肉体強化ではなく、ミシェルがシュバルツグローブで見せた全身武装鎧(ブラーデ・アーマ)を使用するタイプのマグスだ。

 全身武装鎧(ブラーデ・アーマ)とは、言ってしまえば強化服(パワードスーツ)を兼ねた外骨格のようなもので、魔力の制御によって動かす。そのため、直接身体を動かすような修練は必要ないのだ。もっとも、全身武装鎧(ブラーデ・アーマ)を動かすにあたり実際の身体を動かす時のイメージは必要ではあるが。

 話を戻すが、つまり純粋な肉体強化を使える生徒は十人とおらず、朝練となると半数といない。

 しかも、生徒はそれぞれの寮の地下にある大浴場に入ることができるので、こんな朝早くから昶が泉で誰とも会わないのはむしろ自然のことなのだ。

 それが、なぜか今日はいた。しかも歳の近そうな、すごくきれいな女の子。

 サラサラとした銀色の髪とグラスに注いだ赤ワインのような瞳、昶の脳内にはその姿がしっかりと刻み込まれている。

 もちろん、その顔から下の瑞々しい肢体もくっきり、ばっちりと、はっきりと。

 さっきの女の子の裸が唐突に浮かび上がり、昶の顔面がかぁっと熱くなった。

 とにかく可愛かった。昶のタイプとは違うが、優雅さと妖しさが共存しているような。

 だが、それよりも考えねばならないことがたくさんある。

 知っての通り、昶の感覚はこの世界の魔術師――つまりマグス――と比べて格段に鋭い。

 その昶の感覚が、ただの女の子を捉えられないわけがないのだ。それもあんなに間近にいた。例え魔法を使えない人間であっても、あれほど近くにいて気が付かないはずがない。

 なら、どうしてわからなかったのだろう。

 そんなことばかりを延々と考え続けていると、いつの間にか自分の部屋まで帰ってきてしまっていた。まあ、元物置きなだけあってスキマ風はガンガンに入ってくるが。

 ――考えててもしゃぁないし、まあいっか。

 昶は考えるのを止めて、部屋の扉をガチャリと開けた。

 相変わらず、真っ暗でほこりっぽくて湿っぽくて、あとものすごく寒い。

 最近思うようになったのだが、やはり最低限窓はあった方がいいだろう。

 そんなことを思いながら、昶は慣れた手つきでマッチに火を点け蝋燭(ろうそく)に光を灯した。

 頼りない(だいだい)色の光が、うっすらと室内を照らし出す。

 昶は安物のベッドに腰掛けると、この前のフィラルダであった事件のことを思い出した。

「……イレーネ、王女様だったんだよなぁ」

 王女という身分を明かさず、強制的にボディガードを頼まれた相手。

 イレーネを市庁舎に連れて行く時、都市警備隊の数名に怪我を負わせてしまった昶はてっきり怒られると思っていたのだが、怒られたのは昶ではなくイレーネの方であった。

 本名を、エルザ=レ=エフェルテ=フォン=レイゼルピナ。この国の第一王女。

 イレーネが単なる偽名なのか、特別な意味があるのか、それは昶にはわからない。

 最後には誘拐されるというとんでもない事件があったために、今でも昨日のことのように思い出せる。

 だが、それもすでに二週間以上前の出来事だ。

 今頃どうしているだろうか、自分のことも忘れて……、あんな事件があったのだからそれはないだろう。

 ――あんな身分になると、遊ぶのも大変なんだなぁ。

 そんな風に感慨にふけっている時だ。

 荘厳な鐘楼の音が、学院中に響き渡る。

 一日の始まりを告げる鐘の音から少し遅れて、昶は食堂に向かった。




 食堂でレナ達と合流した昶は、いつも通り教室に向かった。

 そこも、いつもとはどこか違う熱気のようなものに包まれていた。

 そこも(●●●)ということは、食堂も同じだったのである。

 前々から耳に入っていたが、今日はこの学院の創立日、しかも五〇周年の記念日らしい。

 創立日の夜は宴や舞踏会が催され、生徒や教師達も楽しみにしているようだ。

 しかも、王都だったか――つまりこの国の首都であるレイゼンレイドから賓客が来ると言うことで、いつも以上の盛り上がりを見せているのだとシェリーが言っていた。

 ちなみにこれは昶だけが気付いたことだが、セインは実体化を解いて厨房の火の近くでじぃ~っとしていた。

 なんでも、火が点いてる間中ずっといるらしい。ついでに、一ヶ月で身長が七センチも伸びたとか。

 今まで自前の精霊素で維持していた器の機能を、全てシェリーの魔力で補っているおかげで、本人が思っていたより早く回復しそうとのことだ。その分、微量ながら常時魔力を消費しているシェリーは、体重が二キロ減ったと言っていたが。

「なにやっとるか貴様等! 授業はとっくに始まっとるだろうが!」

 勢いよく扉を開けて入ってきたのは、体育会系っぽい筋肉ガチガチの大柄な教師だ。

 黒いマントを羽織ってはいるものの、そのガッチリとした身体のラインは全く隠せていない。

 人間と言うよりも、むしろゴリラと言われた方が納得がいく。

 あだ名はやはりというかなんと言うか、生徒からは“ゴリさん”と呼ばれていているが、本名は誰も知らないらしい。

 得意な属性は火、しかも稀少な肉体強化系の秘術を持っている。

 無論、グレシャス家の秘術には及ばないが。

「それと、今日は創立祭だからな。変則講義だ。法律の講義は休講で、代わりに魔法関連の講義を行う。二限目は出迎えがあるので、くれぐれも遅れないように」

 と、ゴリさんは告知を済ませると、すぐさま講義を開始した。ちなみに、本日の授業は属性の付加だそうだ。

 シェリーの新しい発動体である炎剣――ヒノカグヤギ――のように発動体そのものに属性が付加されているものもあるが、この場合はなにも付いていないものに術者が属性を付加させる方である。

 この学院の先生だけあって、頭も技量もかなり高いようだ。

「ねぇねぇ、レナ」

 いつもは授業中によく睡眠という名の娯楽を堪能しているシェリーであるが、今日は珍しく起きているようである。

「なに? 話があるならさっさと言いなさいよ。暇つぶしくらいにはなりそうだし」

「まぁ、ゴリさんの話は器用な人向けだしね。私みたいな人間は、付加なんて技術とは無縁よ」

「あたしは普通に成功率を上げたいわ。辛うじて一割って状況なんだから」

 と、小声での雑談トークを開始した。

 本当に聞く気がない辺り、清々(すがすが)しささえ感じてくる。

「でさ、王都からのお客さんって誰だと思う?」

「誰でも構わないわよ、そんなの。でもなんか悪寒がするのよね……」

 案外、勘の鋭いレナであった。

「悪寒ってあんた、けっこうひどいこと言うわね」

「いいでしょ。本当に寒気がするんだから仕方がないじゃない。あれ? あんた髪濡れてるわよ」

 と、レナはシェリーの髪がほんの少し湿っていることに気付いた。

 言われてからポニーテールの先端に触れたシェリーは、『あ、ほんとだ』とマントの裾で髪を拭き始める。

「朝練の汗流したのよ。さすがに朝はお湯がないから、水を浴びてきたんだけどね」

 と、付け加える。シェリーの性格を知っていればわかると思うが、髪が傷むの嫌、などと言う思考はそもそも存在しない。

 にも関わらず、髪の毛は一本すら傷んでいないという。髪の方も本人に似て、かなり頑丈にできているようだ。

 くせっ毛の酷いレナにとっては、羨ましい限りである。

 とまあ、それはさて置き。

「寒いのによく平気ね……」

「慣れですよぉ、慣れ。まあ、確かにすっごい寒いんだけどね」

「よくやるわ、まったく」

「おぅ、よくやってますよ~」

 室内には、念仏と呼ぶにはいささか豪快すぎるゴリさんの咆哮――付加についての説明――が飛びかっている。

 教室の壁面には、防音を意味する魔法文字の羅列があるので漏れることはない。だが、それがなければ学院中に聞こえるのではないかという声量は、正直かなりうっとうしく感じる。真面目に聞いている昶でもそうなのだから、他の生徒は一層うっとうしく感じていることだろう。

 それにはっきり言えば、説明下手で要領を得ず教科書を暗記しているかのようだ。

 確かにこれでは、できるできない以前に聞いてもらえないのもうなずける。

 頭がいいことと教えるのが上手いのは、別といういい証拠だ。

 ゴリさんの講義に見切りをつけた昶は、隣で小さく盛り上がっているレナとシェリーの話に耳を傾けた。

「でさぁ、レナは今日の夜どうする? 私は出るつもりだけど」

「出りゃいいでしょ、学院の記念日なんだから。それに、アキラなんて普段は食べられないような豪華な料理にありつけるんだしね」

「それマジか!?」

 最近、食に関してひもじい思いをしている昶にとっては、食いつかずにはいられない実に、非常に、この上なく魅力的な内容であった。

 昶のご飯係りであるエリオットであるが、いったいなにが起きたのか最近試作品と言う名の劇物の頻度が増え始めたのだ。二、三日に一回だったものが、今では二日、四回の内に一回は必ずやってくるのである。

「しいっ、声が大きい!」

 シェリーはいったんゴリさんの方に、そっと視線を向ける。大丈夫、気付かれてはいないようだ。

「学院で働いてる人達の慰安も兼ねてるから、学院の中の人なら誰でも参加できるの。厨房やメイドさん達も、交代で参加するらしいわ」

 と、可能な限り音量を絞って、シェリーが説明してくれた。

 シェリー自身も楽しみにしているのだろう、いつもより声のトーンが少し高い。こう言っては失礼極まりないが、まるで女の子らしい女の子のようである。

 確かにそういう影で働いている人達がいなかったら、学院そのものが成り立たない。そういう人達を(ねぎら)うという意味でも、創立日のパーティーはなかなかいい行事だなぁ、と昶は思った。

「で、具体的にはなにがでるのでしょうか」

 いつになく丁寧な口調で、昶はレナにたずねた。

「そうね、まあ全部って思ってて良いんじゃない?」

 ……レナの言った言葉の意味がわからない。

 ――ゼンブってなんだ。ゼンブ、ぜんぶ、全部……。

「って全部!?」

「耳悪いんなら、お医者さんのとこ行ってくる? 確か魔法医の資格持った先生もいたはずだから」

「聞こえてるって。でも全部って、量やばくないか?」

「学院中の人の食事をまかなうんだから、けっこう必要なのよ。それに、そういう人達を(ねぎら)うのが目的なんだから、豪華な料理は多い方がいいの」

 と、レナが説明してくれた。

 すると、そこへいきなり、

「こらそこ! 私語を慎め!」

 ゴリさんにしかられた。

「それはアナヒレクス、お前のサーヴァントだろ。サーヴァントのミスは(マスター)であるお前のミスでもある。一点減点だ」

「……すいません。以後気をつけます」

 どうやら昶の声が大きかったらしい。

 あんたのせいであたしまで怒られちゃったじゃない、しかも減点ですってどうしてくれんのよ、と鋭い眼光でレナににらみつけられた。

 この前の誘拐犯達より百倍は、凶悪そうである。

「まあ、ドンマイ」

 シェリーも苦笑気味に慰めた。減点はさすがに痛い。

 この学院は、単位のような点数というものがあり、座学や実技の成績に応じて点数が加算されるようになっている。

 この点数が一定ラインを超えなければ、進級することはできない。

 座学は完璧でも実技が壊滅的なレナにとっては、一点でも死活問題なのだ。

「はぁぁ、最悪だわ」

「だから悪かったって」

「謝っても済まないから最悪なんでしょうが。だから嫌いなのよ、あの先生。ことあるごとに減点減点って」

「減点マニアかよ」

「減点マニアよ。それも“超”の付くね」

 どうやら、ゴリさんの減点は日常茶飯事らしい。ある意味、嫌われて当然の結果とも言えるだろう。他の先生の講義もそれなりに聞いている昶であるが、私語で減点された生徒など見たことがない。

 この大音量の声ですら嫌気が刺すのに、まったくよく先生になろうと思ったものである。

「どうも、王都の警備隊に所属したかったらしいんだけど、落ちたからここにしたみたいよ」

 どこから仕入れた情報なのか、シェリーがそんなことを口走った。

「それ、事実みたいだよ」

 そこへシェリーの前に陣取っているミシェルも乱入する。

「本当なの?」

「さっさと話しなさいよ」

 レナとシェリーが、ミシェルの発言に食いついた。

 ミシェルの声の十倍はありそうなゴリさんの声は、完全にフィルターで排除されているようである。

 かく言う昶も、ゴリさんの声はちゃんとフィルターでシャットアウトされており、ミシェルの話に集中していた。

「まず、普通の兵士は各都市の領主が管理しているんだが、マグスはそうじゃないんだ。この場合は魔法兵の方がいいかな」

 ミシェルは時々、教壇で猛威をふるっているゴリさんに注意しながら、説明を始めた。

 マグス、この場合で言う魔法兵は文字通り魔法を使えるため、普通の歩兵や騎兵と比べて個人の持つ戦力が比較的高い。

 過去、たった一柱で国家軍に相当する力を持っていた精霊がいたように、マグスの中にも――精霊ほどではないが――常軌を逸した強さを持つ者がいる。

 特に王室警護隊として名高い三隊には、一人で十人以上の魔法兵を軽くあしらえるような人物まで存在するのだ。

 このように危険な存在を管理するために、マグスはまず王都で採用試験のようなものを受ける。

 そこで、技量が一定ラインを超え性格・信条などから国に損害を与えないと判断されたマグスは、ここで魔法兵となるのだ。

 ちなみに、魔法兵として国に所属していない者で魔法を使って職業を行おうとすれば、資格が必要だったりする(代表的な物が土木工事である)。

 採用された魔法兵は、王都であるレイゼンレイドやその他の都市――主に出身地近く――へと配置される。

 そして、王家に忠誠を誓った者達が配属された魔法兵を管理統制することによって、マグスの暴走を阻止し、かつ機動力のある運用を可能としているのだ。

 ちなみに、アナヒレクス家やグレシャス家は、それらの魔法兵を管理している一族でもある。

「それで、王都警備に回す魔法兵は総合評価で上の何人かって決まっている。地方派遣も含めてね」

 王都の直衛または王都からの派遣扱いになる魔法兵から下は、各都市へ常駐する部隊、つまり都市警備隊として配属される。無論、技量は王都直衛や派遣扱いになるマグスより下、装備や給金にも差が出てくる。

 例を挙げれば、王室警護隊の一つである近衛(ユニコーン)隊は白銀、王都から派遣扱いとなる魔法兵は蒼銀の鎧をまとっている。

 都市の人口に応じて保有する戦力の規模は決められており、一人当たりの戦力が平均となるように残りのマグス達を分配するのだ。

 常駐するマグスに関しては、可能な限り出身地の近くになるのがならわしとなっている。だが、王都直衛や派遣扱い組みに近しい実力を持つ者は、この“戦力を平均にする”というルールのために遠隔地に飛ばされることもある。

「それで、ゴリさんは王都組に入れなかったから魔法兵になるのを止めたらしい」

「じゃあ、なんで学院(ここ)に来たのよ」

 点数を減らされたばかりのレナが、ミシェルに問いかけた。

 目があったのだろう、ミシェルは若干青ざめている。あれは本当に怖いから仕方がない。

 昶もさっき一瞬レナと目があったのだが、うんざりとした顔と鋭い目つきはぞっとするほど恐ろしかったのだから。

「どうも、学院長に借りがあるらしい。ゴリさんもここの卒業生らしいから、学院長に便宜を図ってもらったんだと思うよ」

 全員が、まず学院長の顔を思い浮かべた。

 真っ白な髪と真っ白な髭、怒っている姿や真剣な姿がまったく思い浮かばない。むしろ、おちゃらけて浮かれている様子ならいくらでも思い浮かべられるような人である。

 全員がその好々翁という単語をそのまま体現したかのような老人と、目の前の騒音を撒き散らすだけの教師を見比べて、

『なにがあったんだ……?』

 とういわけで、今度学院長にでも聞いてみよう、という方向で意見がまとまった。

 聞くのはもちろん学院長好みの大人体型なシェリーである。

 間違ってもゴリさんに聞くという選択肢はない。




 突然ガタガタと窓が揺れた。それも教室中の全ての窓が。

 もしかしたら、学院中の全ての窓が揺れていたのかもしれない。

 全員が一斉に、揺れる窓の外へと目を向けた。

 するとそこには、大量の竜が外庭に向けて降下を開始していたのだ。




 学院長はまるで懐かしいものでも見るかのように、細い目を更に細めてその様を見上げていた。

 竜の纏う防具には、角のある馬の紋章が刻み込まれている。

 近衛(ユニコーン)隊――それは王室警護隊と呼ばれる国王を直接の上司とする部隊の一つであり、その中でも王族を直接警護する部隊を指す。

「ご苦労ご苦労。よく来たな」

 先頭の竜から、白銀に輝く鎧が降り立った。

 カシャカシャと軽やかな音を立てながら学院長の前まで歩み寄ると、兜を外して素顔をさらす。

「お久しぶりです、先生」

 短く切りそろえられた柔らかそうな亜麻色の髪と、スカイブルーの瞳。

 身長は一八〇弱、好青年をそのまま具現化したような人物である。

「君はえーっと、レオンくんだったかな。五年前は『自分なんかが王都の警備を!?』と言っていた君が、今では近衛(ユニコーン)隊を率いるまでになるとはな」

「まだまだですよ。竜騎士(バーキス)隊ほどではないですが、竜の扱いには慣れてますので、そのおかげです」

 なにを隠そうこの青年――レオン――も、レイゼルピナ魔法学院の卒業生だ。

 まだ十騎程度とは言え二四歳の若さで隊長を務めている辺り、レオンがいかに優秀なマグスかうかがい知ることができる。

「まあ、警備もそこそこに、君たちも楽しむといい」

「そうさせていただきます。それでは、準備物を持って来ましたので、受け取りのサインを。もう運び込んで大丈夫ですよね?」

「あぁ、かまわんよ」

 学院長は渡されたリストにサインをし、レオンの指示の下、学院の物だけでは足りないテーブルや食器、新鮮な食材などが、兵士達の手によって学院内へと運ばれて行った。




 その頃、竜を駆る近衛(ユニコーン)隊とは、中央(クインク)の塔を挟んで反対側の庭に、二つの人影があった。

「なぜ私がこのような格好を?」

 苦言をていするのは、先ほどまで冷たい泉に浸かっていた“ユリア”である。

 あれからもうしばらく水面を漂った後、炎で水気を吹き飛ばし事前に用意されていた衣服を着用すると、指定された場所へ時間通りに着いた。

 そこでしばらく待っていると、抜け穴を通って学院外まで来た“ルーエ”に案内され、たった今学院内への潜入を完了したのである。

「その方が色々と便利なので。もしもの時は転校生とでも言って誤魔化してください」

 その“ユリア”であるが、先ほどまでの漆黒のローブではなく、その下の忍び装束のような衣服でもなく、この学院の制服を着ていた。

 プラチナブロンドと明るいワインレッドの瞳に制服という組み合わせは、驚くほどよく映える。隠密行動を課せられた身としては、できるだけ目立たない衣装がよかったのだが、これでは逆に目立ってしまうだろう。

 なにより、顔に刺青をしている学生などいくらなんでも怪しすぎるであろう。

「学院の警備員や近衛(ユニコーン)隊には、事前にあなたの名前を載せた名簿を配布してあります」

「……セイン=フォン=レイレナード、ですか」

「なにか問題でも?」

 “ユリア”の顔が、少しだけ苦しそうに歪むが、すぐ元に戻った。

「いえ、なにも。ご苦労です“ルーエ”。しかし、なぜこんな時間に? 夜までは、まだかなり時間がありますが」

「学院長です。今は近衛(ユニコーン)隊の出迎えで離れていますが、この後は秘書のユーリとして、学院長に付きっきりになるので、その前にと思い」

 “ルーエ”はちょうど反対側にいるであろう、学院長と近衛(ユニコーン)隊の方向を忌々しげに見つめた。

 あの、のほほんとした老人の下で働くのが、よほど嫌なのだろう。

 報告の文章にも、時たま書き殴ったような文体が見られたが、このイライラが原因だったようだ。

「そうですか」

近衛(ユニコーン)隊の運んだ荷物に、残りのメンバーも隠れています。事前の調査で、各ルートでどのくらいの時間がかかるのか判明しているので、指定された時刻通りにお願いします」

「では、時間までにどこにいれば?」

「中央の塔の二階に巨大な図書館があります。今回のパーティーですが、参加義務は科せられていないので、興味のない生徒はだいたい自室か図書館に集まっているので、そこで待つのが妥当でしょう」

 “ルーエ”はスカートのポケットから懐中時計を取り出して、時間を確認すると

「時間です。行きましょう」

 淡々とした調子で告げた。

「はい」

「あ、その前に」

 “ルーエ”は“ユリア”の右頬に手を置くと、なんらかの魔法を発動させる。

「学生に、これは不要です」

 “ルーエ”の手が“ユリア”の頬を離れると、深紅で描かれたつがいの蝶は、その姿を完全に隠していた。




 先行して学院へ飛び立った近衛(ユニコーン)隊に遅れ、今度は巨大な(かご)を下げた竜の一団が、王都レイゼンレイドから出発した。

 籠の中には三人の人物が入り込み、眼下で小さくなってゆく王都の景色を眺めている。

 一人は清潔感溢れるエプロンドレスとメイドカチューシャと呼ばれる純白のヘッドドレスを装着し、一人は白銀の鎧を身に着け、一人は移動のために装飾を抑えたドレスを身に纏っていた。

 抑えたと言っても、レースやフリルがふんだんにあしらわれており、これ一着でも小さな庭付きの家が買えるほどの代物である。

「レナお姉さまぁ、もうすぐそちらに着きますので、もう少しお待ちください」

 先ほどまでだだをこねていたのが嘘のように、エルザは学院に着くのが待ちきれないとそわそわしている。

 と言っても、当のレイゼルピナ魔法学院は周囲の集落や都市から隔絶された場所に存在するので、王都から竜を飛ばしてもそれなりに時間がかかる。具体的に言えば四半日ほど。

 王都を出発してからネフェリス標準時でまだ三〇分、学院までは二時間半――地球の五時間――はかかるだろう。

 おわかりのことと思うが、エルザはおてんばな性格でその上じっとしていることが大の苦手である。

 今いる場所は、広いと言っても所詮は籠の中。

 圧迫感を感じるのは当たり前である。

 しかも風景に多少の変化はあるものの、基本的に耕作地帯と山林が広がるのみ。

 つまり……、

「ミゼルゥ」

「はい、なんでしょうか? 姫様」

「暇です」

 と言うわけだ。

「と、言われましても。お茶とお菓子くらいしかありませんよ?」

「それでいいです。はぁぁ、もっと早く着けばいいのですが」

 遅くなった原因は自分にあるのだが、本人にその自覚はないようである。

 だが、四半日となると、時間を持て余すのも無理はない。

 ミゼル自身も、そんな長い時間いったいなにをすればいいのやらと思っているのだから。

 それでも、エルザが落ち着きがないということには変わりないが。

「それは無理ですよ。ネーナさん、火をお願いしますね」

「あいよ」

 ミゼルはポットに水を注ぐと、三脚に乗っかった金網の上に置いた。

 すると突然、金網の下からいきなり炎が出現したのだ。

「呪文の破棄とかできるんですか!?」

 炎を発生させたのは、白銀の鎧を身に着けたネーナだ。

「いや、別にたいしたことねえって。大変なのは維持する方さ。で、ミゼル、どんくらい続ければいい?」

「この火力なら、二分あれば大丈夫ですよ」

 あいよ、とネーナは了解と軽く返事をすると、そのまま炎の維持に努めた。

 魔力とは、瞬間的より継続して使う方が疲労しやすい。しかも、手元ではなく遠隔地に発生させるという高等技術のおまけつきだ。

 それを簡単にやってのける点から、ネーナが相当な実力者というのがうかがえる。

 ポットの水はあっという間に沸騰し、ミゼルは手際よく紅茶を入れた。

 しかもその作法は非の打ち所がないほどに完璧で、エルザもその味には満足している様子。

「ありがとうございます、ネーナさん」

「これも仕事だ。オレにも頼む」

「はい、どうぞ」

 ミゼルがカップを手放すと、なんとそのまま空中で静止したのだ。

 カップはそのままゆっくりと移動しネーナの唇まで運ばれると、角度を変えてネーナの口の中へと注がれる。

 ネーナは芳醇ほうじゅんな香りの漂う紅茶を飲み込……。

「っ!? 熱ッ!!」

 ……飲み込めなかった。

 ネーナは、熱! 熱! と慌ててカップを引き離し、反動で中身が少しこぼれた。

 一杯だけでも、一般家庭の一日分にあたる値段の最高級品なのだが、本人は、水! 水ぅ! と叫んでいる。

「はしたないですよー、ネ~ナ~。紅茶はこうやって飲むものです」

 そんなネーナを鼻で笑いながら、エルザは優雅に紅茶を飲んでいた。

 その仰々しい仕草が似合うのなんのって、さすが王族だけのことはある。

「入れたてなんですから、熱いのは当たり前ですよネーナさん。あーあ、この茶葉すごく高いのに」

 ミゼルも、ここぞとばかりにクスクスと笑い出す。

 今朝からかわれた仕返しだ。

「わりぃかよ! 猫舌なんだから仕方ないだろ!」

 ネーナも一応ささやかな抵抗を(こころ)みるが、もったいないことには変わりない。

「ちなみに、そのティーカップ一つがネーナさんの月給くらいするので、くれぐれも割らないように注意してくださいね」

 え、そんなにするの!? と、ネーナはそれらをマジマジとカップを見つめた。

 そして下した結論は、『金持ちの考えはわからん』である。

「こんなんでオレの給料が、ねぇ。信じられねぇや」

「まあ、ネーナさんは元々市民階級の人ですからね。お金持ちの金銭感覚を甘く見ないでください」

「いやいや、市民階級の奴らでも十分羨ましかったって。それにミゼル、オレあんなもらっても使い道わかんねぇぞ」

 よく考えれば、ミゼルもそんな場所の人間だったな。 まったく、この金銭感覚だけはどうしても昔のものが抜けないらしい。

 と、ネーナは諦めたようにはぁぁっ、と肩をすくませた。

「え、ネーナさん知らないんですか?」

「なにを?」

「あれでも奨学金分のお金、天引きされてるんですよ?」

 ――それであれなのか。確か、月にアルビー金貨八枚と少しで。

 実はこれ、年収にすれば、特別手当なんかも付いて小さな庭付きの家が買えるくらいだったりする。

 そんな大金の使い道、あるのなら教えてほしいくらいである。

「それに、国内の重役達はみんなマグスは貴族がなるべきってだぁって風潮ですからねぇ。法律の専門家呼んで可能な限り削ってるみたいですよ、ネーナさんの給料」

「まだそんなバカいるのかよ」

 泣けてくるねぇ、とネーナは悲嘆を漏らす。まあ、今のままでも使い切れないのだから特に問題はないのだが。

 いっそ、昔お世話になったところに寄付しようか。

 そんな風に思っていると、ネーナはふと違和感を覚えた。

「ん、そういえば、姫様はどうした? 案だけ騒いでたのに妙に静かで怖いんだけど」

「ネーナ、クビになりたいなら素直にそう言ってくださいね。いつでもできますから!」

 さっきから黙ったままだったエルザに話題をふったのだが、大変ご立腹の様子である。まあ、さきほどのようなことを言われれば無理もないだろう。

「あなた達がつまらない話をしているから、入るに入れなかっただけです!」

 頬を膨らませたエルザは、ぷんすかと怒りの矛先をネーナとミゼルに向けた。

 と、ネーナなにたぁっとした笑みを浮かべる。

「ごめんなぁ、姫様~。ほらほら、ネーナお姉ちゃんが相手してあげますから~」

「ネーナ、離れなさい! ゴツゴツしてて痛いです!」

 ネーナはエルザをぎゅ~っと抱きしめる。

 まるで、鎧にエルザを押し付けるかのように。

「相手してやるって言ってんだろ? そうツンケンするなって」

「だから鎧を押しつけないでください。それに、あまり暴れられてはせっかくの紅茶がこぼれてしまいます!」

「あ、それなら大丈夫」

 ネーナは強引にカップを引ったくると、いきなりカップをひっくり返した。

 だが、なにかの力が働いているのか、紅茶はもとの位置を保ったまま一滴たりともこぼれてはいない。

 ネーナが水精霊(ウンデネ)を操作しているのだ。

「これなら心配ないだろ?」

「……ミ、ミゼル! 助けてください!」

 エルザは幼く見えるメイドことミゼルに、助け舟を求める。

「そ、そんなこと言われても……」

 だがまあ、エルザに振り回されているようなメイドさんには、どだい無理な話だ。

 暴走装甲列車ネーナを止められるような人間など、この籠の中には存在しない。

「そうだ、お前も来いよミゼル」

 と、ネーナはミゼルの首にも腕を回した。

 一瞬の抵抗すら許されず、ミゼルもネーナの餌食になる。固い鎧にぐいぐい押しつけられるのは、思いのほか痛いものだ。

「ネ、ネーナさん、苦しいです、痛いです、ゴツゴツしてます」

「もう、放しなさい、ネーナ! 息苦しいです!」

「んな堅苦しいこと言うなって。オレら三人、仲良くしようぜ~」

 ネーナは二人の首に回している腕に、更に力を込めた。

「ネ、ネーナ……さ、ん…………」

「ん? ミゼル? どうした?」

 と、突然ミゼルの身体から力が抜ける。

「ネネネ、ネーナ、ネーナ! ミゼルが泡を吹いてます!」

「なに!?」

 ネーナは慌てて腕を話すと、ミゼルの身体を自分の方に向かせた。完全に白目をむいている。

「ミゼル! 悪い! オレが悪かったから目を覚ましてくれ!」

「ネーナ! 本当に首にしますよ! ミゼル、ミゼルーーー!」

 そんな感じでドタバタしている内になんとかミゼルも目が覚め、その頃には遠目に学院の建物が見え始めていた。

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