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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第一章:若き陰陽師と幼きマグス
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アシズ篇 Prelude Act01:始動

 朝なのか、昼なのか、夜なのか……。窓もなく、天井に吊されたシャンデリアしか明かりのない部屋では、それさえも推し量ることはできない。

 ただ、シャンデリアに(とも)る光は、蝋燭(ろうそく)の火にあらず。

 熱は感じるが燃えてはいない。色も赤や(だあだい)色ではなく、非常に明るい白色。

 真空空間とフィラメントを内包した、白濁色のガラス球と言うのが最もしっくりくる。

 そう、シャンデリアの放つ明かりの根源は、白熱電球だ。

 その下にはドーナツ状のテーブルが広がっており、五人の人物が鎮座している。

「それでは、全員が集まってくれたところで、今後の方針を固めていきたいと思う」

 声高に開始の合図を切るのは、元老院(アシズ)の議長を務める男──ヴェルデ──。着衣から装身具に至るまで、これでもかというほど派手に着飾っていた。

 その両側には、漆黒のローブを身に纏った人物が二人と、細身の──棒人間のような──ゴーレムが二体(たたず)んでいる。

 漆黒のローブの上にはエナメル質の黒い魔法文字が踊り、ゴーレムの方は銀色の金属光沢を放っていた。

「議長閣下、この明かりとそこのゴーレム(おもちゃ)はどうしたのですか?」

「なに、ちょっとした拾い物(●●●)を借りただけさ」

 ヴェルデに問いかけたのは、フィラルダで鎧の男達に命令を下していた、丸々と太った男。フィラルダの市長こと、バドレイ。

 肌の色は、やはり灰色と肌色の中間のような色であった。

 いかにも媚びを売っているかのような声に、残りの三人は眉をひそめる。

「それはいい。それよりも、諜報部(ハウンド)からの中間報告を聞こうではないか。ウェーバー統括官」

 ウェーバー統括官は、はっ! と聞き取りやすい返事と共に立ち上がると、書類を一枚めくった。

「まずは我が国家の戦力ですが、やはり領土面積から考えればかなりの規模になります。国境沿いもさることながら、各主要都市の防衛力も他国のそれと比べてかなり高めに設定されているようです。そしてこれもやはりですが、マグスの保有量はローデンシナ大陸一でした」

 それから、その数と種類等が順番に読み上げられる。

 一般的なマグス、つまり中遠距離戦型のマグスが全体の八〇パーセント、近距離戦型のマグスが十九.七パーセント、そして残りの〇.三パーセントが魔法医の資格を持つマグスである。

 そして現在軍務に服しているマグスは約五万人、軍や国家機関に所属していない者も含めればもう二万人以上はいると推測され、これは隣国と比べても抜きん出た数値に相違ない。

「それで、首都を警護している部隊は?」

 ミイラのように干からびた身体つきをした老翁が、統括官に問いかけた。

 その口調は人を小馬鹿に風に聞こえる。

「首都の戦力ですが、無論ほぼ全てがマグスで構成されています。まず王室警護隊と呼ばれる三隊。王族の直衛を務める近衛(ユニコーン)隊、総数は約二〇〇人。国内最速と呼ばれる機動(アンセス)隊が約一五〇人。そして、最強の矛の異名を持つ竜騎士(バーキス)隊が約三〇〇人。これに国内から選りすぐりのマグスが約一〇〇〇人。一般兵は各部隊の司令官や参謀それらの補佐達、実働部隊と合わせても五〇〇人程度とかなり少なめ。合計しても約二〇〇〇人を少し超えるほどになります。一見少なく見えますが、質的に考えれば最低でも二倍から三倍以上の戦力に、耐えられるかと思われます」

「ほほう、マグスの人数はたったの一六〇〇ほどなのですか。貴公のところはどうなのですかな? フィラルダの市長殿」

 口を開いたのは、六〇を過ぎていそうな女性だ。

 不敵な笑みは、それだけで老獪さを感じられるほどに不気味なものである。

「マグスの総数なら確かに三〇〇〇、一般兵も八〇〇〇近くいるが、それでも首都戦力と比べたら同じ位かそれ以下だ」

 数で言えば五倍以上の戦力差だが、兵士の質がそれを凌駕する。

 そして竜騎士(バーキス)隊が読んで字の如く竜を駆れば、その差はあっという間にひっくり返るであろう。

「して、こちらの兵力はどれほどだ?」

 ヴェルデがウェーバー統括官に問いかける。内心なにを考えているのか分からない、あくまで淡々とした口調で。

「さすがに首都は無理でしたが、その他の都市で呼びかけたところ、マグスは二〇〇〇人ほど、一般兵は五〇〇〇ほど集まりました。これに彼等(●●)を加えれば、首都陥落も時間の問題でしょう」

「上出来だ」

 ヴェルデはニヤリと口角を持ち上げて笑みを浮かべる。

 賛同者は思っていたよりも多い。これで一気にたたみかければ、それに触発された火種が暴発し、賛同者はますます増えるだろう。

 自らの描いた計画が、今のところ完璧に進んでいることに陶酔を覚える。

「それで、議長殿の方はどうなのですかな?」

「最近はオモチャ作りに熱を上げているようではありませんか」

 ミイラのような老翁と、不敵な笑みを浮かべる老婆が、今度はヴェルデへと矛先を向ける。

 しかし、やはりこの男の内心を見透かすことはできない。唇の隙間から漏れるのは、含みを持った押し殺した笑いのみ。

「えぇ。先日実験体が完成しましてね、非常に気分が良いのですよ」

 そのもはや人のものとは思えない表情には、問いかけた二人もゾクリと来るものがあった。

 まるで背中に氷水をかけられたような、気味の悪い寒気。人はどこまで堕ちることができるのだろうか。

 そう思わずにはいられないような笑みだった。

「それでは、大まかな戦力が把握できたところで、具体的な日取りについて決めようではないか」

 ヴェルデは書類の次の(ページ)をめくる。

 するとそこには、今後二ヶ月の王族(●●)のスケジュールが書き込まれていた。

「先日ようやく入手したものだ。手始めに、王子か王女を()る。そうすれば今の国王なら、怒り狂って国中に捜索をかけるだろう。王室警護隊の連中(●●●●●●●)首都のマグス達(●●●●●●●)も使ってな」

「なるほど、そうすれば首都の兵力も手薄に。確かに、情に厚い今の国王ならやりかねん」

 ミイラのような老翁が納得の意を表した。実に愉快そうな表情を浮かべている。

「議長殿はかなりの側近のようで、ふふふふ……。国王陛下も運の悪い。腹の中に、このような大きな害虫を飼っているとも知らずに」

 不敵な笑みを浮かべる老婆は、ヴェルデの(さか)しさを嘲笑した。国王のお人好しな性格を知っているだけに、ヴェルデの計画はまさに傑作と言っても過言でない。

 怒り狂って犯人を探せと指示を出す国王の様が、容易に想像できるのだから。

「……本日より十七日後」

 ヴェルデが唐突に口を開くと、嘲笑と下卑た笑いで満たされていた空間があっという間に静まり返った。

 全員が王族のスケジュールが書きこまれた書類へと目を落とす。今日の日付は十月十一日。その十七日後と言えば……。

「十月二八日。エルザ王女殿下が王立の魔法学院を訪問する予定だ。あそこにはあの学院長(●●●●●)のいるせいか、国宝指定の魔具や、国内のマグス達の重要なデータが保管されている」

 老翁と老婆はこれまでにない大声で高笑い、バドレイは口角を持ち上げ、統括官もうっすらと笑みを浮かべる。

 欲しい物の全てが、その日学院にそろうのだ。

「お姫様にはご退場願おう、この世からな。そして、めぼしい資料や魔具もいただく。両方成功すれば文句はないが、どちらか一方でも構わない。王女に危機があったと知れば、王都の警備隊を増やす言い訳にもなるしな」

(わし)としては、玩具(愛玩人形)にしてみたいのだがねぇ。若い娘の、しかも王女となれば格別だろう」

 老翁は息を荒げながら、下品な言葉を平然と口にする。

「それなら商人に売ればよろしいのでは? あなたが毎日買って養って差し上げるのも、面白いと思うのだけれど」

「なるほど、その発想はなかったですぞ! ハッハッハッハッハハハハ……」

「お二方、静粛に」

 ヴェルデは、二人で盛り上がり始めた老翁と老婆をいさめると、話を元へと戻した。

「潜り込む手はずはすでに準備を終えている。後は綿密に計画を煮詰めるだけだ」

「前もって準備を進めていたと言うことか」

「どこまでも(さか)しい議長殿(小僧)じゃのう」

「まったくだ」

 老翁も老婆も、バドレイも含みを持った苦笑を湛える。元よりレイゼルピナ魔法学院へ照準を定め、以前より計画していたということだ。

 その間、統括官だけは各個のスケジュールに目を通していた。

「では議長閣下より、その策とやらをお教えいただきましょうか」

「あぁ。だがその前に一つ、やっておくことがある」

 ヴェルデは自分に声をかけてきたバドレイへと、その目線を傾けた。

 バドレイは風邪でもないのに激しい悪寒を感じ、さらには衣服が肌にベッタリと貼り付くほどの大量の汗を噴き出す。なぜか嫌な予感がした。

「そのやっておくこととはなんだね」

「もったいぶるんでないよ」

 ミイラのような老翁と、不敵な笑みを浮かべる老婆がヴェルデを急かす。

 ヴェルデはまあまあというジェスチャーをすると、自分の隣に(たたず)む黒衣の片方へと耳打ちした。

 話しかけられたら方の黒衣は、一歩前へと歩み出る。

「では、ご報告させていただきます」

 漆黒のローブには目深(まぶか)のフードが付いているために、中の人物の表情を読み取ることはできない。

 だがその声からは、まだ若い少女のものだと容易に想像がつく。ただし、ありとあらゆる感情を削ぎ落としたような声は、とても少女のものとは思えない声であった。

「先日、フィラルダにて第一王女誘拐未遂事件が発生しました」

 雪のように白い肌、その右目の下にはなにかを(かたど)った刺青が彫られている。

 色は血のような深紅。見ているだけで、吐き気を覚えるような気味悪さを放っていた。

「事件そのものは、偶然居合わせた“王立レイゼルピナ魔法学院”の生徒達によって防がれ、犯人グループも主犯格以外は逮捕。現在は首都の特殊房にて拘留中です。犯人グループより情報を引き出したところ、全員から、『フィラルダの市長に雇われた』との証言を入手しました」

「詭弁だな。まず証拠がないではないか。話はそれからだ」

 しかし、バドレイもそれを認める気はない。

 その堂々とした態度からは、潔白としか思えないほどである。

 だが実際、これくらいの演技ができなければ手に入らないものはたくさんあるのだ。

 今バドレイが就いているフィラルダの議長と言う地位も、この演技力で手に入れたものなのだから。

「証拠ならあります」

 だが少女がローブの内側から取り出したモノによって、その態度はあっさりと瓦解した。

 少女が取りだしたのは、“マスケット”と呼ばれる単発式の銃。魔法技術の先行によって、これら科学技術の一部が大幅な遅れを見せているローデンシナ大陸では、これらの銃は剣よりも高価な部類に属している。それこそマグス専用の武器、それも最高級と同等と言っても良いくらいに。

「コイツ等が持ッてたョ」

 もう片方の黒衣が指をパチンと鳴らすと、いきなり一部の空間が歪んだ。

 可視光線がねじ曲げられ、空間の一部が陶器のように割れてパラパラと欠片が落ちる。

 中は絵の具を塗りたくったように黒く、その中から二つの物体が吐き出された。

 片方は蒼銀、もう片方が灰色の鎧、そのどちらもがおかしな方向に関節を曲げたまま固まっており、左胸には刃物による貫通痕が見られた。

「あちャちャ、適当に放り込んデたせいかナ。変な格好になッてる」

 もう片方の黒衣が声を発する。少年のようだが、なにも知らない子供のように無垢で無邪気な声。

 雰囲気とあいまって、そのギャップが不気味さをいっそう増長させている。

「聞かせてやるがいい」

「はい」

 漆黒のローブに包まれた少女は、おもむろに蒼銀の鎧の前でしゃがみ込んだ。

 その細くしなやかな指先が、鎧の表面を優しく、しかし妖艶に愛撫する。

 すると、

「カ、閣下……、ヲ、王女デン下ヲ……ゥ、ゥ、撃テバ…………、ヨロ、シイノデ……、ショウ、ヵ」

 なんと死んでいたはずの、いいや確かに死んでいるはずの人間が喋ったのだ。

 この少女、いったいなにをした。

「この子は死者の記憶を引き出すことができてね」

 ヴェルデは黒衣の少女の隣に腰を下ろすと、毛深い手でねちっこく彼女の乳房を漆黒のローブの上から揉みしだいた。

「……っ」

「しかも、この通り従順で素直な娘だ」

 ヴェルデは鎧に触れている方の腕をつかんで強引に立たせると、線の細い顎をくいっと持ち上げた。

 そして、自らの口で少女それを覆い、唇を(むさぼ)る。

 力づくで上を向かされたせいでフードが外れ、少女の素顔が露わとなった。

 薄い眉に長い睫毛(まつげ)、切れ長の瞳、形の整った小さな鼻と、同じくボリュームのないが形の整ったきれいな唇がのぞく。

 右目の下には、深紅で彫られたつがいの蝶々が現れた。

 瞳の色は赤ワインを想わせる、透明感のある妖艶なワインレッド、肩下辺りで切りそろえられた髪は流れるようなプラチナブロンド。

 その容姿はまるで夜の眷族と形容するにふさわしいもので、(みやび)であると同時に娼婦のような危険な美しさを(はら)んでいた。

 しかし今その美貌は、一人の男によって穢されている。

 ヴェルデの舌が少女の小さな唇を押し開いて口内へと侵入し、内側から頬を押し上げているのだ。

「ふん、好き者め。後で相手をしてやる」

「……はぁ、っはぁ、はぃ」

 息苦しさから解放された少女は目をとろんととろけさせ、頬をいっぱいまで上気させる。

 せわしなく肩で息をしており、立っていることさえ辛そうだ。

「この通り、まったく素直でいい娘だ」

「そ、そうだな」

 すでに衣服がべったり貼り付くほどの汗をかいているにも関わらず、バドレイの身体からはどんどんと嫌な汗が()き出てくる。いっこうに止まる気配はなく、むしろ増えているような気さえした。

「君はこの子が嘘をついているとでも言うのかね?」

「だが、嘘をついていないとも限らないだろ!」

 ヴェルデはバドレイに哀れな目を向け、ようやく息の整い始めた少女を引き寄せた。

「調べろ。こいつはマグスと言ってもかなり下だ。記憶への干渉も容易だろう」

「りょ、了解、っはぁ、しまし……た」

 少女はゆっくりとした動作で、少しずつバドレイへと歩み寄る。

「く、来るなぁああ!」

 バドレイの恐怖はいとも簡単に臨海点へと到達し、イスごと倒れ込んだ。倒れた拍子に後頭部を激しく打ったせいか、鼻孔からタラリと赤い液体が糸を引いる。

 あまりの恐怖に腰が抜けるがそれさえも考えられないとでも言うように、這うようにして少女の手から逃れようとあがく。

 だが、必死の行為も叶わず、少女は男の隣へとしゃがみ込んだ。

「寄るな! 触れるなー!」

 それでも抗おうと力の限り腕を振るう。

 筋肉のない脂肪のたっぷりの腕の動きは、あまりに重鈍。十歳に満たぬ子供でも、簡単によけられそうだ。

 その無様をさらしている時点で、バドレイが王女の暗殺を計画していたことは明白。老翁と老婆はほくそ笑み、ウェーバー統括官はただ冷やかな視線を向けていた。

「来るな! 離れろ!」

 まるで豚足のような腕が、意味も無くぶんぶんと振り回される。

 だが、その腕が突然動かなくなった。

「だだだ、誰だあ!」

 しかし返事はない。それはそうだろう。

 自分の腕をつかむのは、細い金属棒の塊。

 さっきまでヴェルデの両脇にいた、棒人間のような細身のゴーレムなのだから。

「や、やめろ……」

 両腕をつかまれ身動きのとれない男の顔へと、少女の細くしなやかな指先が伸びる。

「やめろぉおおおおおお!!」

 そして、その灰色がかった不健康そうな肌に、少女の指先が沈み込んだ。

「……ヵッ…………ナ……ヲ」

 その瞬間、バドレイは身体の一切の自由が利かなくなった。

 声を発することができない。

 指先一本動かすことができない。

 それどころか、姿勢を変えることもできなければ、息をするのさえつらい。

 そして頭の中、頭蓋(ずがい)の内側から、脳を直接いじられるような奇妙な感覚が訪れる。

 とんでもない痛みが走っているのだが、神経系も麻痺しているために、痛みを感じることすらできない。

「では聞こうか。フィラルダの市長殿、貴公はレイゼルピナ王国第一王女、エルザ=レ=エフェルテ=フォン=レイゼルピナの殺害計画を企てたのか?」

 バドレイは必死になって首を横に振ろうとしたのだが、

「……は、はぃ。けけ、計画……してお、りました」

 自らの意志に反して口がひとりでに動く。

 言いたくない言葉が、ぽつりとこぼれ落ちた。

「計画通りにしろ、と前々から言っていたはずだが」

「て、て……手柄を立てれ、ば……議、議長の座につ…………つ、着けると」

 それを聞いた瞬間、ヴェルデの興味はもう失せていた。

「もういい。放してやれ」

 不機嫌そうな声音で少女に命令を下し、足を組み直して席へ深々と腰かける。

 少女はヴェルデの指示通り、バドレイの顔から指先を引き離した。

 顔から湧き出た汗が、そのきれいな指先をべっとりと汚していた。

「言いつけを守れないような駒は必要ない」

「そ、そんな……! どうかそれだけは」

 バドレイは必死になって懇願する。

 ここで見離されれば、その先に待つのは左遷コースしかない。そんなことだけは絶対に嫌だ。ようやく手に入れた地位も、金も権力も全てなくなってしまう。

 その時、良いことを思いついたとばかりにヴェルデの顔が怒りから享楽へと移り変わった。

「そうだな。では計画のために、一つやってもらおうか」

「はい、なんなりと!」

 バドレイは歓喜に満ち足りた声で叫んだ。それはまるで、新しいおもちゃをもらった子供のように、暗く沈んでいた表情が一気に明るい物になる。

 面白い。自分の言葉一つでころころと態度を変える、この醜い豚のような市長が。

 ヴェルデの唇が醜く歪んだ。

 まるで、この後の展開を待ち望んでいるかのように。

「……死ね」

 バドレイは歓喜に満ちた表情のまま、思考までも完全に停止させてしまった。

 議長は言ったはずだ。『やってもらうことがある』と。

 それが、死んでくれと言うものなわけがない。

 断じて。決して。絶対に、なにがなんでも……。

「外部に漏らされては面倒だからな。機密漏洩防止のために、ここで死んでもらおう。役に立てて嬉しいだろう? 貴様が望んだことだ」

 反応がない。先ほどの歓喜のあまり叫んだ状態のまま、まばたきすらしていないのだ。

 ヴェルデは、バドレイが予想通りの反応を示したことが面白く、顔面を手でおおって苦笑を漏らした。

「“ツーマ”」

 そして、一つのコードネームを告げる。

「はーイ」

 呼びかけに応じて、少年の声を発する黒衣が(あゆみ)を進める。

 少年はバドレイの目の前まで来ると、ローブの内側から柄だけの剣を取り出した。

「大サ~ビスだョ」

 と、バドレイの目の前に、突然棒状の黒いものが伸びる。

 湧き出た闇精霊(レムレス)が柄の先に集まり、漆黒の刃を形成したのだ。

 その様には、ウェーバー統括官も、ミイラのような老翁も、不敵な笑みを浮かべる老婆も釘付けとなった。

「バイバーイ」

 漆黒の刃を高々と振り上げ、それを一気に引き下ろす。




「ちょい待ちぃ」




 突然誰のものでもない、別の女の声が室内を木霊した。

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