第六話 忍び寄る影 Act07:終局
リーダー格の男――ジャン――と入れ替わるようにして、レナ、アイナ、シェリー、セインの三人と一柱が現場に到着した。
「アキラ!」
「アキラさん!」
「アキラー!」
「アキラしゃん」
三人と一柱は、そのまま昶の傍らへと着地する。
レナとアイナは、なぜか服の一部が焼け焦げていた。そのせいか、せっかくセットしていたレナの髪は四方八方にハネ、大惨事の様相をていしている。
「レナ、髪がえらいことになってるぞ」
「それよりも、王女殿下は無事なの?」
「あぁ。怪我はしてないみたいだぜ」
エルザは昶の腕の中でぐったりしているが、確かにどこにも怪我はなさそうだ。
「王女殿下、聞こえますか?」
レナは昶の腕の中のエルザの身体を揺さぶるが、なかなか目を覚まさない。
「王女殿下! 王女殿下!」
レナは必死になってエルザに呼びかける。
「……も」
と、エルザは苦しそうな表情でなにかをつぶやいた。
だが、かすれた声はレナの耳に届かない。
「王女殿下! しっかりしてください! 大丈夫ですか?」
「……も、もぉ」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、優雅な柳眉の間に深い縦ジワを刻む。
そして、その言葉がこぼれ落ちた。
「も、もう食べられませんよ~」
『…………』
レナを含めたその場に居た全員が、言葉を失ったのは言うまでもない。
さっきまで捕らわれの身だった王女様の口から飛び出したのは、現実ではまず聞けないであろうベタベタな寝言であったのだから。
シェリーに至っては、すでにどこからツッコミを入れるべきか考えている。
そして、レナにも変化が。
薄い眉と大きな目が異様なほどつり上がり、こめかみの辺りに青筋がピキピキと浮かび上がる。そして、可愛らしい口の端が不気味につり上がった。
「アキラ、ちょっと貸しなさい」
レナはその華奢な腕で昶からエルザをひったくると、悪魔でも裸足で逃げ出しそうな凶悪な表情を浮かべ、
「イレー、じゃなくて、エルザ! 起きなさいよ、エルザ! あたし達が必死になってる間に、なに幸せそうな夢見てんのよ! この年中頭の中がお花畑の天然王女があ! 聞いてんの? 聞いてんなら起きなさいよエルザ! 起きないならこのまま外の川に沈めてやるわよ!」
「……ん~、誰ですか。このあたくしに、そのような言葉を発するのは?」
――これ、ヤバくないのか?
昶とアイナは顔面蒼白。血色が悪すぎて今にも倒れそうにさえ思えるほどになっている。
シェリーの方も、とてつもなくキツい苦笑いだ。
※セインはまったく興味がありません。
相手は恐れ多くも、この国の王女殿下。しかも第二王位継承者にして第一王女である。
レナはそんな人物に向かって罵詈雑言のオンパレード、悪口のスーパーコンボを連発したのだ。正気の沙汰とは思えない。
まあ、完全に顔出しNGの表情を浮かべている時点で、すでに正気はどこかに置き忘れて来たのだろうが。
やがてエルザの瞳が完全に見開かれ、襟元を握って自分の事を凝視もといにらみつけているレナを捉えた。
エルザがどんな反応をするのか、三人にとって緊張の瞬間が訪れる。
※くどいようですが、セインはまったく興味がありません。
三人は生唾をゴクリと飲み込み、その行く末を見守る。
「あら、レナお姉さまではございませんか。お元気でしたか?」
「あんたのせいで大変な目に遭ったわよ」
大きく見開いていた目を細めて、レナはエルザをにらみつけた。
「す、すいませんでした。お姉さまや、お友達にもご迷惑をかけてしまったようで。ところで、あの留学生の方は大丈夫だったのでしょうか?」
「リンネなら、さっきの店に預けて来ちゃったけど。大丈夫だと思うわ」
「そうですか、よかったです」
王女殿下であるはずのエルザが、なぜかレナに対してへりくだった口調になっている。
逆に、なぜかレナは王女殿下に対して上から目線。
「レ、レナさーん」
「なによシェリー」
「なな、なぜ王女殿下に対してそんな上から発言を……」
シェリーは意を決して、レナの耳元で問いかける。
あのずぼらな性格のシェリーがレナに向かって“さん”付けするところなど、昶は初めて見た。
「あぁ、王女殿下って、あたしの再従妹なの。学院に入る前まではよく遊び相手をさせていただいたわ」
あぁ、誰かに似ていると思ったら、レナに似ていたのか。昶はようやく合点がいった。
大きな瞳、くせっ毛な髪の毛、小さな唇、他の顔の各パーツも配置や角度が違うだけで、よく見ればレナにそっくりである。
ただ、性格や雰囲気が違いすぎてなかなか気付けなかった。
「お姉さまが学院に入られてから全くお会いできず、あたくし寂しくて死んでしまうかと思いました」
エルザはいつの間にかレナの腕を振りほどき、その頬に自分のそれをスリスリしている。
身長はレナの方がほんの少しだけ高いのだが、レナよりは少しばかり胸のサイズが大きい気がしないでもない。残念なことに。
「王女殿下もいい歳なんですから、そろそろそういうのも卒業したらいかがでしょうか?」
「もう、レナお姉さまったら、意地の悪いことを仰らないでください」
「アキラと一緒だったところを見ると、近衛隊の方々の相手でもさせたのでしょう?」
「ち、違います! 近衛隊の方々からは逃げました!」
それはそれで大問題だろう。
「じゃあ被害が出たのは警備隊の方ですね」
「な、なぜそれを……。あッ!?」
呆れればいいのか、哀れめばいいのか、この場合はどっちが適切なのだろうか。
少なくとも、エルザが墓穴を掘ったのだけは間違いない。
レナのつり上がっていた目はいつの間にかジト目へと転じ、そこには幾分かの蔑みが含まれていた。
「ちょっと待て。薄々変だとは思ってたけど、イレ……王女様が言ってた“悪い人”ってのは?」
「フィラルダに所属してる都市警備隊でしょうね。都市警備隊は灰色の甲冑を着てるんだけど、あれみんな魔法使えないからあんたなら簡単に対処できちゃうでしょうね」
「どうりで、妙に手応えないと思ったら……。じゃあなにか、悪いのは俺の方なのかよ!」
「大丈夫よ。王女殿下の性格は枢機卿や大臣達もわかってるから、捕まったりしないわ」
「そんなんで捕まったら、悲しくて涙が出て来るわ」
本来なら、十分な訓練を受けた兵士が昶ぐらいの歳の少年に負けるなど有り得ないのだから、このような事態になるとは考えてもいなかっただろう。
まさかこんな年端もいかぬ少年に、都市警備隊の大人がいいように弄ばれるとは。
「それでは市庁舎へ戻りますよ、王女殿下。確か、王族専用の個室があったはずですよね」
「確かにもう時間も遅いですしねぇ、わかりました。ですが、お姉さまよくそこまでご存知ですね」
さすがに先ほどの出来事で少々懲りたのであろう。レナの提案というのも大きかったのだろうが、エルザは帰る事をすんなりと了承した。
「幼少の頃、王女殿下に強引に連れて来られたことがありましたから」
と、そういうことらしい。
覚えがあるのか、『ア、アハハハァ……、そうでしたかしら』とエルザはカラカラに乾いた笑みを浮かべている。
レナは、はぁ、とため息を一つついてシェリーに向き直った。
「それじゃ、あたし達は王女殿下を連れて行かなきゃならないから、シェリーとアイナは先に帰ってて」
「大丈夫なの?」
「アキラがいるから大丈夫よ」
「だから俺を『これ』呼ばわりするなって」
そこに昶が加わり。
「そうです! アキラさんは物じゃありません!」
アイナが昶に加勢し。
「アキラもアイナもいきなり割り込まないで、話がややこしくなるでしょ!」
「楽しそう……。お姉さま、あたくしも混ぜてください!」
そこへエルザが紛れ込み大口論に。
「お、王女殿下まで、なに考えておられるのですか!? って、なにも考えてるわけないですよね。それといい加減に離れてください!」
「嫌です! 久々にお姉さまに会えたのですから」
「レナさん! さっきのことは訂正してください!」
「アイナ、そこまでしなくても。俺のことはいいから」
「あーもぅ、うるさぁぁああああああああい!!」
レナの絶叫が、フィラルダの空に響き渡った。
エルザ――王女殿下――を含めた五人がギャーギャー騒いでいる様と、一柱の精霊が静かに佇んでいる様を、少し離れた場所から二つの鎧が監視していた。
一つは王国首都から派遣されるエリート、蒼銀の鎧を身に付ける者。
もう一つはこの都市――フィラルダ――の警備隊であることを示す灰色の鎧を身につける者。
「くそっ、あいつら。高い金で雇われておいて」
「過ぎたことを気に病んでも意味はない。現実を見ろ。我々の手で、あの方の宿願を果たすのだ。これがこの先、この国の命運を左右するはずだ」
二人は五人と一柱の動向を見守る。精霊は我関せずとばかりに宙に浮いたままだが、エルザを含めた五人は近所の人から物が飛んで来そうなほどに騒がしい。
誰一人として、二人に気付いている様子はなさそうだ。
「ど、どうしますか? 報告によれば、あの少年と長身の少女は肉体強化系の魔法を使うと」
「接近戦では圧倒的に分が悪いな。しかも感覚の鋭い精霊がいては魔法も使えない」
「となると、やはり」
「ああ、コイツを使う」
それは一般的に“マスケット”呼ばれる単発式の銃である。火縄銃の少し発展したようなものを想像してもらえば、相違ないだろう。
狙いを正確にするために長い筒が付けられ、消音と気配を消す意味を持つ魔法文字の文章が刻まれている。
次弾装填までには軽く十秒以上かかるので、まさに一発勝負だ。
「王女殿下、お許しを」
灰色の鎧は、胸の前に腕を掲げる。
「これも、新しき理想のため」
蒼銀の鎧はマスケットを構えると、狙いをエルザへと絞った。
だがしかし、エルザはオレンジの髪の少女にまとわりついて、なかなか離れようとしない。
太った男から命令されたのは、“レイゼルピナ王国第一王女の抹殺”。しかし、可能な限り他に被害を出さずに。
そもそも、王族以外に被害が出ては、彼等の理想に反する。
そうして蒼銀の鎧が、引き金を引くタイミングを窺っていた時だ。
「ん?」
「どうかなされましたか?」
不意に蒼銀の鎧の上げた声に、灰色の鎧が問いかける。
「いや、なんでもない」
蒼銀の鎧は、気のせいだと頭を振って目の前の事柄に集中しようとした。
だが、
「ッ!?」
蒼銀の鎧が見たのは、気のせいでも見間違いでもなく、まぎれもない事実だった。
そう、自分の足から伸びる影が波を打ったのだ。
「ハアぃ」
無邪気としか形容のしようのない声と同時に、なにかが左胸へと深く食い込んだ。いや、貫通した。
国内でも最高級の防御力を誇る鎧を、それこそ薄い布切れのようにあっさりと。
蒼銀の鎧はなにが起きたのかわからないまま、命の灯をかき消されたのだ。
「だ、誰だ貴様!」
だが、灰色の鎧はその一部始終をしっかりと見ていた。
――あいつ、影の中から出て来やがった!
灰色の鎧は腰を抜かしてしまい、立つことができない。
腕を使ってなんとかその場から離れようとするのだが、視線が突然現れた人物から離れない、離せないのである。
「あ~もォ、飼いイヌのクセしてキャンキャン吠えないでくれるカナ? 無駄にうるサいの嫌いなンだ」
謎の人物は、蒼銀の鎧に突き刺していたなにかを引き抜いた。
シルエットだけ見れば、刃のない剣。柄と鍔だけのモノにしか見えない。
そして、もう一つのおかしな点に気付く。
貫通したはずの左胸からは、全く血が流れ出ていないのだ。
「血が、でも、どうして……」
「そりャ、電熱で固まッたからじャないノ?」
「で、電熱だと」
「ソう」
柄と鍔だけの剣から、不意に刃が現れた。本来なら存在しない黒い光りを放つ、闇にまみれたどす黒い雷の刃。
バチバチと静電気がはじけるような音をまき散らし、細く、薄く、鋭い刃の形を形成する。
「レ、闇精霊だ……、がはぁ!!」
灰色の鎧の左胸に、これまで感じたことのない痛みが走った。
急速に力を失った首は、そのまま前へと倒れ込む。薄れゆく意識の中、瞳に映った最期のモノは、メラメラと燃える“黒い炎”だった。
「やあ、ごくローサま“ユリア”」
「手伝ってくれるのはありがたいですが、隠密かつ手早く済ませてください」
「ごめんネ、ボクそうイうのは苦手なんダ」
「言い訳は聞きたくありません」
“ユリア”は灰色の鎧を前へと押し倒し、鎧に突き刺した刃を引き抜く。
心臓と後頭部にそれぞれ一本ずつ、忍者の扱うクナイに細身のワイヤーの付いた物が刺さっていた。
「それが、新しい発動体ですか」
「ぅン。エザリアの作ってくれた発動体。スゴいよこれ、闇精霊を直接刃にできルんだ」
「“ミズーリー”、でしたか。私は嫌いです」
「ソう? 別にボクは構わないケど」
“ユリア”は獲物をいつものローブの内側へとしまい込んだ。ワイヤーの巻き取り機でもあるのか、手首の辺りからシュルシュルと静かな音を立てながら巻き取られていく。
「帰ります。扉を開いてください、“ツーマ”」
「わかッてるヨ」
ツーマが指を弾いた。パチンと乾いた音が鳴り、二人の姿は月影の中へと溶けていく。
そして、“ツーマ”の使っていた新しい発動体には、ある文字列が記されていた。
『Ezaria S Missouri』、そして……『Index Librorum Prohibitorum.』と。
初めましての方初めまして。久しぶりの方、お久しぶり。不定期連載常習犯兼、謎のお約束をお届けする蒼崎れいです。五話の執筆で完全燃焼してしまったために、六話を執筆するのに随分と時間がかかってしまって申し訳ありません。でも投稿するたびに増えるお気に入り登録を見てやる気を出しています。
さて、今回はうちのよ……、ゲホゲホ、うちの子達を外出させてみました。なにが大変だったかって、服装です。アイナは設定上公言できないのですが、レナもシェリーもリンネもいいとこのお嬢様です。リンネに至っては留学生です。個性に合わせた服装を考えるのは本当に苦労しました。なんせ服装だけで一日以上かかりましたから。普段が制服しか着てないだけに、こういう難問があるとは全く思ってませんでした。
そして今回の新キャラ、イレーネこと、エルザ=レ=エフェルテ=フォン=レイゼルピナ。なに? 名前が長いって? そんなことは気にしちゃいけません。作中でも語りましたが、このお姫様はレナの再従妹です。容姿等が似ているのは隔世遺伝みたいな感じです。シスコンの気があるのは作者にも予想外でしたが。
今回書いてて思ったのは、肉体強化系って強ぇなあ、です。奴等に接近戦持ち込まれたら、普通のマグスじゃまず勝てません。筋力がまるっきり違いますから。今後肉体強化系は重要な位置に置かれる事は間違いないですね。
それでは、七話の後書きでお会いしましょう。それでは。