第六話 忍び寄る影 Act05:イレーネ
イレーネは昶の腕に強引に自分の腕を絡め、わがもの顔で街中を闊歩していた。
匂いに惹かれて焼きたてのパンを大量に買い、これ可愛いと言ってはアクセサリーを一ダースほど買い込み、カジノへ行けばルーレットで手元の金を百倍に増やし、そのカジノで儲けた金を全て地元の孤児院に寄付したりと、気の向くままの行動を繰り返した。
それが実に楽しそうなので、一緒に回っている昶の方もなんだか楽しい気分になってくる。
鎧の人――実際に悪い人なのかはかなり怪しい――にも何回か遭遇したが、気付かれることはなかった。服装が違うのもあるだろうが、昶と腕を組み過剰に身体を寄せ合っているのを見れば、とてもいいとこのお嬢様には見えないのもある。
おかげで周囲の視線がとても痛い。
昶には、『ベタベタしすぎじゃない?』『きっと頭がどうかしてるんだよ』と、暗に語っているように思えてならない。水行を強化すれば周囲のひそひそ話でも問答無用で拾い上げるのだが、視線だけでノックアウト寸前な昶にそんな勇気はなかった。
「あ、本屋さんがあります。ちょっとよってみましょう!」
「行ってみましょうって、さっきから俺の意見は全部無視だろうが!」
「さあ、行きますよー!」
「だから無視すんなって!」
昶はイレーネに腕を引っ張られるまま、強引に書店へと連れ込まれた。人外の力を持っているにも関わらず、なんともなさけない限りである。
はぁぁ、と昶が自分のふがいなさにため息をつく一方で、イレーネの目にはいくつものお星様が浮かんでいる。まあ、これはこれで可愛いからあまり悪い気分でもないのだが。
イレーネがぐいぐいと昶を引っ張って行った所は、意外にもお伽話のコーナーだった。
「あたくし、このお話が大好きなんです」
イレーネは頁をめくりながら、そのお伽話の内容を語ってくれた。
昔々、あるところに一つの小さな国がありました。
そこにはこの世の者とは思えないほどの、それはそれは美しいお姫様がおりました。
お姫様の美しさに惹かれ、各国の王様はお姫様の父親に気に入られようと、お姫様にたくさんプレゼントを持ってきました。
そのお陰で、お姫様は何不自由ない暮らしを送り、満たされた毎日を過ごしていました。
ところが、そんな満たされた日々がある日突然、終わりを迎えたのです。
海から現れた天にも届きそうな巨大な龍が、お姫様の国に襲いかかって来たのです。
各国の王様達はここぞとばかりに、お姫様の国に援軍を送りましたが、巨大な龍にはかなわず、瞬く間に全滅しました。
巨龍は要求しました。
『襲われたくなければ、毎日一人、餌を喰わせろ』と。
国王は苦心した結果、毎日一人ずつ、国の子供を生贄とすることに決めました。
国王は、来る日も来る日も欠かさずに、龍の元へ子供を送ります。
そして国の子供はついにいなくなり、とうとうお姫様の番になってしまったのです。
王様はなんとか自分の愛娘だけは助けようと奔走しますが、自らの子供を捧げた国民はそれを許さず、またお姫様自身もそれをよしとしませでした。
お姫様は、自ら進んで供物となろうと龍の元へと赴きます。
龍はお姫様を食べようと、大きな口を開けました。
するとそこへ、一人の旅人が訪れたのです。
旅人は手にしていた雷剣で龍を倒し、お姫様を救い出しました。
お姫様はその旅人と共に国を去り、旅人と幸せな日々を送ったそうです。
物語の内容としては、ごくごくありふれた部類のものだった。
そもそも昶の世界では龍は大自然の象徴、あるいは神に近しい存在として位置づけられており、剣一本で倒せるわけなどないのだが、一方でそんな怪物を倒してしまうような神話も数多く存在する。
パッと思いつくものだと、八岐大蛇を退治した須佐之男命。カッパドキアの悪竜を退治した聖ゲオルギウス。あとはニーベルンゲンの歌のファフニールを退治したジークフリートくらいか。
龍が『魔法を使う危険な動物』のような位置にあるこの世界なら、もしかしたら実話なのかもしれない。
そう考えると、けっこう夢のある話にも思えてきた。
「少々、幼稚すぎましたでしょうか?」
イレーネはほんの少し不安げな表情で、昶の顔をのぞき込んできた。
「いいんじゃねえの? でさ、その話のどこが好きなの?」
「そうですねぇ。お姫様が旅人と一緒に幸せに暮らしたところですかね」
「まあ、ハッピーエンドだしな」
「いえ、それはそうなのですけど。お城の中しか知らないお姫様が、国から出て行くところが好きなんです。それまでも幸せだったのに、旅人と一緒になってもっと幸せになったって。なんかロマンチックじゃないですか」
イレーネの瞳からは、強い憧憬の色が見て取れた。よほど、物語の中のお姫様に憧れているのだろう。
昶にはよくわからないが。
「俺、そういうのはちょっと」
「やっぱり男の子は、“勇者様が悪い者をばったばった倒す”ようなお話がお好きなのでしょうか?」
「単に、そういう本を読んでなかっただけ、なんだけどね」
その代わり、魔導書や魔導教本の類は沢山読んでいましたが、とは言えない。
その内の半分がかなり物騒な内容だったりする。
例えば、対魔術師戦闘用の『人体の効果的な壊し方』とか。または拷問術における『人間の壊しても死なない場所』とか。
まあ、神話やそれにまつわる民間伝承やらなんかは、海外の魔術師対策に読まされたりしたが。
「これを買って参ります。少し待っていてくださいね」
「りょーかい」
イレーネはその薄っぺらい本を両手で抱えると、会計へと小走りで向かった。
昶はまるでお兄ちゃんにでもなったような気分で、イレーネの後ろ姿を見送る。
そうして店外へと出ると、周囲の景色へと目をやった。この辺りにはいないが、強化された聴力は鎧のガシャガシャという薄い金属の擦れ合う音をどこからともなく拾ってくる。
どうやら、この周辺だけで十人近くいるらしい。
「アキラさん、お待たせしました」
頬の緩みきった表情を引っさげて、イレーネが小走りで近寄って来た。その両手には、さきほどまで読んでいた“旅人とお姫様と龍”の話が書かれた本が抱えられている。
ほんの少しだが頬を上気させており、心なしか息も上がっているようだ。いいとこのお嬢様のようであるし、レナと同じく体力が自慢できるほどないのであろう。
と、強化した聴力が直線上に鎧の足音を捉える。
「隠れて!」
「え? えぇ?」
昶はイレーネを本棚の影に押しやると、音のした方へと視線を放った。木行によって強化された視力は、現れた鎧の顎が大きくへこんでいるのを確認する。
「やべ……」
「えっと、どうかしたのでしょうか?」
本棚の影からちょこんと顔を出したイレーネは、昶と同じ方向へと視線を投げかける。昶は慌てて、もう一度イレーネを本棚の影へと押しやった。
片方は気付かれる前にノックアウトさせたが、あっちには自分のことをはっきりと視認している。
向こうも昶に気付いたようで、大声で仲間を呼び始めた。なかなか目がいいようだ。
昶は体内の霊力の流れを調整して身体能力を強化すると、鎧の男まで一気に肉薄する。だが、あまりにも距離が遠すぎた。
五〇メートル以上の距離を五秒以下で走破しようと、仲間を呼ばれてしまっては意味がない。
大地を固く踏みしめ、それを一気に解放する。
昶の右足が、まるで砲弾のように灰色の鎧へと突き刺さった。
間一髪で両腕をクロスさせてガードするものの、強化された昶の蹴りに鎧が大きく歪んだ。
昶は同時に男の腰へと手を伸ばしており、吹き飛ばすと同時にその腰の剣を引き抜く。
様式は先ほどと同じようだが、より強力な“硬化”がかかっているようである。
だがこの十秒足らずの間に、周囲にいた鎧の男が一ダースほども集合していた。
今さっき、吹き飛ばした灰色の鎧の方向から九人、昶の後方から四人。
「あー、面倒くせぇ」
今飛ばしたのを含めて十四人。全滅させるのは簡単だが、その最中にも数は増え続けるだろう。
「逃げるか」
昶の決断は早かった。
切りかかってきた者の腕をつかみ、追従してくる鎧に向かって投げつけると、イレーネの元へと駆けつける。
「あの、なにがどうなって?」
「イレーネの言う、“悪い人”達がいっぱい来たから逃げるんだよっ!」
言っている意味はわかるが、状況についていけずにテンパっているイレーネは、『えっと、えぇっと!?』とオロオロしている。
昶はそんなイレーネの手を握ると、人数の少ない――四人の方――へ向かって駆け出した。
鎧達はそれぞれ腰の剣を抜き放ち、昶へと切りかかってくる。
だが、あくまで常人の動きでしかないそれは、セインはおろかシェリーよりもずっと遅い。
強化された昶の眼には、まるで蚊でも止まれそうな速度に見えた。
先頭の鎧の剣は側面を拳ではたいてはじき、次の鎧の剣は蹴って根元から折り、三人目の鎧の剣は手元の剣を全力で振るってへし折る。
衝撃に耐えかねた剣は、衝突部を中心にして粉々に砕け散った。
昶は用済みとなった剣だったものを投げ捨てると、イレーネを強引に引き寄せて抱き上げる。
そのままお姫様抱っこをすると、強靭な脚力で最後の一人の頭上を飛び越えた。その動きにイレーネは目を丸くして驚いている。
昶は接地と共に全速力で走り出し、初速からいきなりのトップスピードで狭い街道を駆け抜けた。
とても人一人を抱きかかえているとは思えない速度である。
四人もいて出し抜かれるとは思っていなかったのか、鎧の男達の動きは完全にワンテンポ遅れていた。
時間にすれば一秒にも満たないが、それは致命的な隙となる。鎧達が動き始めた頃には、イレーネを抱いた昶は十数メートルも先を行っていた。
十四つの鎧は、ガシャガシャと雑音を振りまきながら昶達を追いかけ始める。
「アキラさん、す、すごいんですね」
「ん? あぁ、ちょっと訳あり」
その間にも、昶は鎧達を大きく引き離す。
女の子一人を抱いているとは言え、肉体強化によって人間の身体能力を大きく外れた昶と、鎧という重りを着込んだ兵士とでは、はなから話にならない。
「訳ってなんです?」
「そんな目をキラキラされても……。言いたくないから訳ありなんだよ。……ちっ、面倒な」
「どうかしましたか?」
前方からも鎧を着込んだ連中が現れた。しかも色が違う。
まばゆいばかりの白銀、しかもかなり強い魔力を感じる。マグスだ。さすがに、マグスの相手をするのは避けたい。
昶は周辺を見やるとなにかを見つけたのか、その口角をニヤリと吊り上げる。
「口を開くな。舌を噛むぞ!」
「えぇっ!? あ、はい!」
昶は建物と建物の間にある細い道へと駆け込んだ。
「しめた、あそこは行き止まりだ!」
「絶対に逃がすな、今度こそ捕まえるぞ」
白銀と灰色の鎧は、昶の駆け込んだ細い道へとなだれ込む。
「鬼ごっこは終わりです! 帰りま、すょ……?」
そこに昶達の姿はなかった。
「取り逃がしただと! そんなことで済むと思っているのか!」
「も、申し訳ございません!」
「目下捜索中であります」
丸々と太った不健康そうな男は、部屋に入ってきた二つの鎧をいきなり怒鳴り散らした。色は蒼銀と灰色、最初と二番目に入ってきた者達である。
「それで、一緒にいた男の素性は分かったのか?」
「それなのですが、見慣れない服装なのですぐにわかると思って調べたところ、どうやら街の住人ではないようで。どうやら外部から来た者のようです」
「現在入出記録を調べ、照合しております。本日は出入りが少なかったので、もう間もなく判明すると思われます」
二人はひたすら平身低頭な態度を貫き、なんとか太った男の怒号に耐えた。
「早くしろ! 近衛の連中が見つかける前に!」
「「ははぁっ!」」
二つの鎧は威勢のよい返事を残し、大急ぎでその場を後にした。
昶は肝を冷やしながら鎧達が過ぎ去るのを確認すると、ほっと胸をなで下ろした。
「あ゛ぁぁ……。一時はどうなるかと思ったぜ」
「ァ、アキラさんって、本当に、ススス、スゴいんですね」
今日すでに何度驚かせたろうか、昶はまたまたイレーネを驚かせてしまった。そのせいか、口調もなぜか意味不明な片言になってしまっている。
「ま、まあ……ね」
照れ臭くて頬をポリポリかこうと思った昶だったが、両手がふさがっている状態ではそれもできない。
「えっと、ですね……、早く下に降りたいのですけど」
「もう、大丈夫かな?」
昶は聴覚を強化して周囲の音を確認してみた。この周囲にいるようだが、鎧の地面を踏みしめる音は遠ざかっていくものばかり。
どうやら、上手くまいたようだ。
「んじゃ、降りるから舌噛まないように」
「はい」
昶は左手をかけていた窓の縁から手を離すと、反対の腕に抱きかかえていたイレーネを空中でお姫様抱っこに抱え直した。着地と同時に鋭いのか鈍いのかよく分からない痛みが、足先から頭までを這い上がる。
「お怪我はありませんでしょうか?」
「いいえ、ありがとうございました」
イレーネは昶のおどけた対応にも柔らかく応じ、それがおかしくて両者とも吹き出した。
「あたくし、舞台を見てみたいです」
「相変わらずいきなりだな……。んじゃ、次はそこ行きますか」
イレーネは昶の腕を引くと、真っ暗な細い道から飛び出した。
さて、どうやって昶とイレーネが……。
方法は至ってシンプル。唯一の逃げ道、すなわち上に逃げたのだ。
知っての通り強化された昶の身体能力は、女の子一人を抱えていても二、三メートルを軽く超えるジャンプ力がある。その脚力を生かして両側の建物の壁を蹴り、三階の高さにある窓の縁に手をかけたのだ。
連中も、上にまでは気が回らなかったようである。
現在はイレーネの希望で、二人は舞台の劇場にいた。
内容は、イレーネの大好きな『旅人とお姫様と龍』の話。
役者はまあまあ、衣装はボロボロ、小道具大道具に至っては一部壊れているのが現状だ。
それでも、イレーネは面白かったようで、終幕時には盛大な拍手を送っていた。
今も隣では、ニコニコと上機嫌にイレーネが語りかけてくる。
「アキラさんはどうでしたか? その、舞台は」
「そうだなぁ、役者にもうちょっと演技力が欲しかった。とか」
「もう、お話についてですってば!」
「って言われてもなぁ。ありきたりな内容だったから、特になにも」
日は傾き始め、陽光は白から朱へと移り変わりつつある。
街を歩く人の層も変わり始め、だんだんと夜の街へと変貌を始めていた。
「それで、この後は? まだどこか行くの?」
「そうですね、夕食でもいかがですか? 今日一日のお礼にぜひ」
そこは見るからに高級そうなレストラン。中にいる人物達も、どう見ても上流階級の人間達ばかりだ。
「いえいえ、お礼だなんてそんな」
昶はイレーネのお誘いを大慌てで断った。
それもそのはず。今日一日だけで、二桁近いお店を回ったのだが、その費用は全てイレーネが支払ったのだ。
しかもなにがどうなったのか、護符百枚分以上の紙まで買っていただき、それに加えて食事までいただくなんておこがましい。
「それでは言い方を変えます。お食事に付き合ってください」
イレーネは、どうしても一緒に夕食を食べたいようだ。
まあ、お金に関しては、イレーネにとっては全く問題ないのだろう。さすが、いいとこのお嬢様。
今日一日の疲れを感じさせない力でぐいぐいと昶の腕を引き、店内へと連れ込んだ。
「今日も仕事が終わったらここに来る予定でしたので。それに友人もお勧めの場所だと言っておられました」
「友達?」
「はい、レイゼルピナ魔法学院という所に」
その場所に、昶はずっこけそうになった。なんとか堪えたものの。
「あら、どうかなされましたでしょうか?」
「いえ、なんでも」
店員が案内してくれた席に着くと、イレーネは優雅な仕草で座り、メニューを広げる。
写真は載っていないので、昶には料理がどんなのかわからない。
しばらくすると、水の入ったコップを持って店員がメニューを聞きに来た。
メニューが読めない昶は、そのままイレーネと同じものをオーダーする。
「それにしても、本日は本当にありがとうございました。お陰で色々な場所を見ることができて、とっても楽しかったです」
「別に、これくらいならまだまだ楽な方だし。それに、あいつらまくのもけっこう楽しかったしさ」
「そ、そうなんですか!?」
「ちなみに、今もこの周辺に五人くらい」
もちろん、事実である。
「だだだ、大丈夫なのでしょうか!!」
「その時は、そこの窓を破って」
ニヒヒと口元を笑みで彩りながら、イレーネに語りかける。
「ワ、ワイルドですね」
そのあまりのぶっ飛んだ提案に、イレーネは強張った笑顔を浮かべていた。少なくとも、刺激が強すぎたのには間違いない。
「まあ、見つからないのを祈ってりゃいいよ。見つかったら俺がなんとかすりゃいいし」
「そうですね」
その後、二人は料理が来るまで今日の出来事について色々と話した。
服屋のこと、パン屋のこと、小物屋のこと、カジノのこと、教会のこと、本屋のこと、劇場のことやそれ以外のこと。ただし、鎧の連中については話してくれなかったが。
話し込んでいる間にも時間は経ち、二人の元へ同じメニューが届けられた。
「あ、あたくし! 湯気の立つ料理を見たのは初めてです!」
「そ、そうなの? あぁ、毒味とか」
「はい、そんな感じです」
内容はパンとステーキとサラダなのだが、肉と野菜の一部が謎の食材でなかなか食べる勇気がわかない。
「さぁ、遠慮なさらずに。どうぞ食べてください」
「じゃ、じゃあ……」
昶は慣れないナイフとフォークを持ち、ステーキを切り分ける。
スッとナイフが入り、その切れ端をプルプルと震える手で口へと運ぶ。昶は一気に噛み潰した。
「どうですか?」
思ったよりもまともだった。味の方は完全な初体験だが。
「思ったよか、普通においしいな。なんの肉なんだ?」
「竜ですよ」
「ぶっ!?」
飛沫が飛ばないよう、慌てて口元を押さえた。
――竜ってなんだよ、竜って! なんかおかしいだろ色々と!
昶は浮かび上がった不満と言うか疑問と言うか、そんなものを胸中でぶちまける。
理解はできる。この世界における竜とは、魔力を繰る生物の一種で動物のようなもの。自然精霊の化身とかいう、桁の百個も千個も外れたエネルギーの塊ではない。
そうはわかっているのだが、なぜか納得いかない。
「ど、どうかされましたか!?」
「いや、竜の肉ってのが。呪われたりとかしないよな」
「まさか、そんなことありませんわ」
昶とイレーネが竜の肉に舌鼓を打っているところへ、新たな客がやって来た。
「まったく、あのバカどこに行ったのかしら」
「アキラさんはバカじゃないです。きっと大事な用があったんですよ」
「…ふ、二人とも、その辺りで」
「そうそう、レナもアイナもその辺りで止めなさいって。せっかくの料理が不味くなっちゃう」
昶はイスごと後方に倒れるのを、なんとか防いだ。
シェリー行きつけの武器屋に行く途中レナがおすすめの店があるとの言っていたのだが、この店だったようだ。
イレーネは料理がよほどおいしいのか、昶の不審な仕草には気付いていない。
昶はレナ達が遠くの席に着くのを見て、ホッと胸をなでおろした。なんでそんな気持ちになったのかはさておき。
微妙な緊張感を抱きつつも、なんだかんだでお腹の減っていた昶は料理を次々と平らげる。ただ、竜の肉は精神衛生上よくないので、二度と食べないと誓ったのだった。
「アキラさん、デザートなどはいかがでしょうか?」
「俺はいい。もうお腹いっぱいだから」
本当は竜の肉で気分が悪くなったのだが、それは言わない方がいいだろう。
イレーネの気分を害するのも気が引けるし、それにまた奇天烈なものが出て来ないとも限らない。
「そうですかぁ。それでは」
イレーネは店員を呼び、オーダーを追加する。その間、昶はレナ達の座る席の方へと視線を傾けた。
今朝の朝食にも負けない豪華な料理の数々が、お皿の上にてんこ盛りに載せられている。まあ、だいたいが食欲旺盛なシェリーの胃袋に消えるだろう。
と、その前を五、六人の男女の影が遮る。
「動くんじゃないわよ」
その内の一人――背の高い細身の女性――が、リンネの首筋にナイフを突きつけた。