表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第一章:若き陰陽師と幼きマグス
28/172

第五話 黒衣の者 Act05.5:報告

 部屋の隅、巨大な衣装箪笥の影から一つの人影が生まれ出た。

「戻ったか」

「やぁ、依頼人(マスター)。でモ、優先順位二位の方は失敗しちゃったヨ」

 無邪気としか形容できない笑顔をふりまきながら、豪華な革張りのソファーに座る男に報告する。

「それは、その格好(●●)と関係があるのか?」

「ん? あァ、むしろこうなッてなかッたら、失敗なんてスルはずないじャない」

 元は全身を覆うほどだった巨大な漆黒のローブも、右半身は焼け焦げ、フードの部分は引きちぎられたようになっている。

 表面を這い回るエナメル質の魔法文字も、八割方薄れ、効力を大幅に減退させていた。

「でもね、もッたいなかったと思ってるんだョ? ローゼンベルグだッたかな? 命令だッたけど、小国一つを潰した時に宝物庫から見つけた、国宝級の魔具だったのに」

()は、『例の“研究施設”を破壊しろ』と命じただけだったと記憶しておるのだが」

「手段は問わない、ッて言ッたの依頼人(マスター)じャん。だッて探し出すのガ面倒だッたし。今はこの国(レイゼルピナ)の支援を受けてるッて聞いたんだケド」

「うむ。お陰で目的の“モノ”は入手できた」

「だったらいいじャん」

 革張りのソファーに座る男が、数十枚単位の書類をばらまいているテーブルに、少年は腰を下ろした。

 男も別段気にした様子はない。いつもこんな感じなのだろう。

「それで、優先順位一位の方はどうした?」

「うン、面倒だったからエリア一帯を焼いたらネ、思ったよりいっぱい出て来ちャッてさ~。目に見える範囲はヤッちャッたから、百個以上はあるんじゃないかな~ッて」

「上出来だ。後で工廠(ウラ)の技術開発部にまわしておけ。工廠(オモテ)の連中には見つかるなよ」

「りョ~か~イ」

 ガチャリ。漆塗りの重厚なドアが開かれ、書類の束を持った少女が現れる。

 漆黒のローブで身を包み、右目の下に刺青を彫り込んである少女だ。

「“ツーマ”、テーブルに座るのは止めなさい。依頼人(マスター)に失礼よ」

「も~、“ユリア”はいッつもマジメな優等生クンだね~。たまには肩の力でも抜いたら?」

「逆に、貴方はもっと緊張感を持ちなさい。そんな顔をしていては、新しいクライアントには信用を得られません」

「別にイイよ~。ボクは遊び(死合い)ができればどこでもいいから」

 “ツーマ”の方は“ユリア”の言葉を聞く気はないらしい。

 ついには書類の上に寝転がる始末。

 両手両足をぶらぶらとさせ、完全にベッド代わりとしている。

「“ツーマ”、余はまだ仕事中だ。そこをどいてくれないか?」

「それは“命令”カナ?」

「そうだ」

「分かった。奥のベッド借りてイイ?」

工廠(ウラ)莫迦鳥(フラメル)の火炎袋を運んでからだ。ベッドは壊すなよ」

「うン」

 “ツーマ”は、ゆったりとした動作で立ち上がる。

 ボロボロになったローブを“ユリア”へと預け、彼女が入って来たドアに手をかけた所で、

「そうだ。ローゼンベルグで思い出したんだケド、暴走事故ヲ起こしたのって、あそこの火山地帯だったよネ?」

「あぁ、研究施設や周辺の街も消えたが、それ以上に“精霊の大量死”が確認されたやつだ。それがどうかしたのか?」

「ううん、聞いてみたダケ。それと、新しい発動体を用意しとイてね。それじャ」

 “ツーマ”は扉を開き、そのまま部屋を後にした。

 男は淡々とした調子で、“ユリア”の持ってきた書類に目を通す。

「それで、例の“研究”はどうなっている?」

「すでに実験体が二体成功しています。計画の最終日までには十体以上はそろえられるかと」

「十体以上か。それだけいれば、たとえ王室警護隊の連中だろうと手出しできまい」

「ですが、安心しきれないのも事実です。現に“ツーマ”が敗れています。学生の中に、監視役がいた可能性も……」

「気にするな」

 男は“ユリア”の忠告を強引に遮った。

 不安はないとばかりに、対策案を提示する。

「そこは諜報部(ハウンド)の連中に、手を打たせている。我等は我等の成すべき事を、成せばいい」

 男は読んだ書類を、机に向けて乱暴に投げつけた。

 ソファーに浅く腰かけると、大きな背中を背もたれに預ける。

 しばらくの間天井を仰ぎ見ていたが、不意に懐から葉巻を取り出した。

 口にくわえた瞬間、先端に黒い火(●●●)が灯り、大量の煙を吐き出す。

 男は大きく息を吸い込み、煙を体内へと(いざな)った。

 紫煙が肺の隅々まで染み渡り、イライラしていた気分が少しだけ鎮静を取り戻す。

 男は“ユリア”に命じた。

「“ユリア”、相手をしろ」

「ご命令とあらば」

 ローブは“ユリア”肌を伝ってするすると滑り落ち、足元に黒い円を描き出す。

 その内側には、忍び装束のような身体に密着した衣服を着込んでおり、それさえも躊躇(ちゅうちょ)なく脱ぎ捨てる。

 足下を覆うブーツまで脱ぎ捨てると、“ユリア”は一糸まとわぬ姿となって、男の前にひざまずいた。




 “ユリア”は命令を終えるとすぐさま部屋を後にし、男の私室へと赴いた。

 男の持ち物に用があるのではない、男のベッドを占拠しているであろう“ツーマ”に用があるのだ。

 “ユリア”が部屋の扉を開くと、

「あれェ、けッこうかかッたみたいだネ。それとモすッかり調教されちャッたとカ~。なかなかカワイイ声で鳴いて(喘いで)たじゃない」

 “ツーマ”は睡眠など取ってなく、ゲラゲラと笑いながら“ユリア”を出迎える。

依頼人(マスター)のご命令は絶対です。これも仕事の内です」

 と、“ユリア”は“ツーマ”に冷たい視線で見つめた。

「あんなのの性欲処理の道具(愛玩人形)までヤる必要なんてなイと思うケド?」

「…………」

「ま、ボクには関係のないコトなんだけど~」

 どこから取り出したのか、ベッドの上には大量のチョコレートの包みが置かれていた。

 “ツーマ”はその内の一つを取り出し、口の中へと放り込む。

「“ツーマ”、貴方に聞きたい事があります」

「別にいいヨ~、“ユリア”に隠し事なんかシたって、意味ないしネ~」

 この場合、“ユリア”に嘘を見抜く能力があると思われがちだが、それは違う。

「例え死んでも(●●●●)情報を引きズり出すんだもん。隠しようがないじャない」

失われた魔法(エンシェントスペル)や、一部の上位階層(ヒューネラ)しか扱えない聖霊魔法(ロギアマジック)の使い手である貴方を、殺せる者がいるのかしらね?」

「だから、ソレ(●●)を聞きに来たんでショ?」

 “ツーマ”は、今度は五、六個のチョコレートを、まとめて口に入れた。

「まあ、まずはコイツから」

 “ツーマ”が指をパチンと弾くと、ごく限られた空間がぐにゃりと歪む。

 可視光線を強引にねじ曲げる力を持ったそれは、次にその空間を引き裂いた。

 口を開けた場所は、絵の具を塗りたくったような暗黒。そこから巨大な二つの金属体が吐き出される。

 木製の床をも貫きそうな勢いで投下されたそれは、刃の三分の二を無くした巨大な鎌の柄と、その無くなったはずの刃。

「酷いよネェ、まだ(おろ)しテから一週間も経ってないノに」

 チョコレートをパクパクと食べる“ツーマ”は、まるで新しいオモチャが壊れた程度にしか思っていない。

 だが、その惨状を目の当たりにした“ユリア”は、感情の薄い顔いっぱいで驚愕を表した。

「これはいったい……。話では固定化(エンシェントスペル)がかかっていたはずでは?」

「それごとバッサリ。凄いョ、アキラのあの剣。世界中探しても、あんな剣はないと思ウ」

「それが相手の名前ですか」

 “ツーマ”が何気なく口にした名前を、“ユリア”は聞き逃さなかった。

 聞きなれない名前の感じに、“ユリア”は眉をひそめる。

「あ、でもローブをやったのは“紅き殲滅者”の方だよ。本調子じャア、なかったみたいだケド」

「会ったのですか、あの(サラマンドラ)と」

 と、“ユリア”は大きく目を見開き、骨が砕けそうなほどキリキリと強く拳を握った。眉間には深い縦しわを刻み込み、まるで憎い敵と相対したかのように“ツーマ”をにらみつける。

 ローブ越しにでも、殺気にまみれた闇精霊(レムレス)がもれだしているのがわかるほどだ。

「片腕くらイは頂いて来たヨ。ソれで、アキラのコトはもういいの? そッちの方を話してもいいんだケド」

 “ユリア”は心の内から湧き上がる感情を再確認し、それを強引に押し込める。

 今は感情より実務を優先すべきと、自分に言い聞かせて。

「それで、そのアキラという人物の特徴は? そもそもマグスなのですか?」

「う~~~ン、制服は着てなかッたしィ、王国の捜索隊でもなかッたでしョお、よくわからないナァ。マグスじゃないって言ってたケド、魔法は使ってたョ」

「魔法を使うのにマグスではない?」

「本人が言うにはネ~。特徴は、風精霊(シルフ)の塊みタイな剣に、運動能力全般が高くて、それ以外にも肉体強化系の術があッたよ。そうそう、“シキガミ”って紙の簡単な使い魔(ファミリア)も使ッてたナァ」

風精霊(シルフ)の塊とは、どれほどの?」

「だいたい、攻撃に特化した上位階層(ヒューネラ)くらい? しかも光精霊(エーテル)に近い力を持ってるカラ、闇精霊(レムレス)が効キ辛いんダ」

光精霊(エーテル)ですか。厄介な相手ですね」

 闇精霊(レムレス)が“死”を司るように、光精霊(エーテル)は“生”を司る。

 そしてその強さは、“生”の精霊が強いか、“死”の精霊が強いかによって左右される。

 そのため、通常の空間では“生”の精霊が勝るため、闇精霊(レムレス)光精霊(エーテル)に勝つのは難しいのである。

「そんなとこカナ」

「では“ルーエ”に調べさせましょう。あの学院の授業の一環のはずですし、案外学院の生徒かもしれません」

「お好きにドウゾ。ボクは寝るョ」

 “ツーマ”は今度こそ、深い眠りに落ちていった。

 “ユリア”は穢れた身体を洗うべく、人気のない泉へと向かう。

 彼女の通った後には、強く握りしめたせいか、掌から(したた)り落ちた液体が点々と続いていた。

 初めましての方、初めまして。お久しぶりの方、お久しぶり。変則投稿でおなじみの蒼崎れいです。このバカみたいな後書きを楽しみにしてる人がいるのかどうかは不安ですが(笑)

 そんなわけで長かった第五話本編も、これにて終了です。いかがでしたでしょうか? 楽しんでいただけましたでしょうか?

 毎度のお約束があったとはいえ、今回はシリアスモード全開でお送りしました。昶ってめっちゃ強くね? 落ちこぼれじゃなくね? と思いの方もおられると思いますが、彼は間違いなく落ちこぼれです(陰陽師の技能に関しては)。血の力に関しては、感情によって大きく作用されるのですが、その辺りの事情に関しましては、そのうちということで。

 あぁ、ほんと、もっと文字少なく書けねぇかな……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
ポチッとしてくれると作者が喜びます
可愛いヒロイン達を掲載中(現在四人+素敵な一枚)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ