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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第一章:若き陰陽師と幼きマグス
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第五話 黒衣の者 Act02:長い夜の始まり

 学院を出てから、どれほどの時間が経っただろうか。

 一人と二柱はすでに、シュバルツグローブの森を五分の一ほど走破していた。

 木々のすきまから漏れる陽光は朱に染まり、だんだんと弱くなってきている。

 もう間もなく、日没が訪れるだろう。

「っあだ!?」

 大きく張り出した木の根に足を取られ、昶は盛大にすっ転げた。

 全身は泥と苔でぐちゃぐちゃになっており、所々血も(にじ)んでいる。転んだのは、これでもう八回目だ。

 額からは大粒の汗が滝のように流れ、あちこちの筋肉と霊力の通り道である経絡が悲鳴を上げていた。

 未だかつて、これほど長時間肉体強化を維持し続けていたことはない。

 それでも昶は自分の身体に鞭打ち、素早く立ち上がる。

「この辺りで一旦休みましょう。(わたくし)やカトルと違って、貴方は生身の人間なのですから。サーヴァントの能力にしろ、ここまで付いて来られた方が驚嘆に値します」

「そうだぜ。兄ちゃんに付加された能力がとびきり上等な肉体強化だからって、こんな長時間使ってたらいくらなんでもバテちまう。マジで、よく付いて来れたなって思うぜ」

「はぁ、はぁ、先に行って、はぁ、いいぞ。俺は、はぁ、後から、っはぁ、追いかけ、るっ、から」

 セインとカトルの気遣いを、しかし昶は跳ねのける。

 そんなことをしている余裕はない。レナ達が、今この瞬間にも危険な目にあってるかもしれないのだ。

 行けるメンバーだけでも、先に行った方がいいに決まっている。

「こんな所に置いていくなど、納得できません」

「うんうん。実際、俺っち達も疲れてっから休みてえし」

 と、昶は言われてから気が付いた。

 そういえば、セインは木の枝に腰掛けているし、カトルも地面に腰を下ろしている。

「今って『きんきゅうじたい』ってやつなんだろ? それなのに(マスター)達から魔力供給なんかしちまったら、もしもの時に(マスター)達が困っちまう。だから俺っちもラグラジェルも、(マスター)からの魔力供給を切ってるんだ」

(わたくし)は普段からそうしております。なにせ、消費する魔力量が、カトルとは違いますから。それに、ここまでの飛行でかなりの精霊素を消費しましたので、そろそろ供給を行いたいのも確かです」

 多少の肉体の損傷なら、簡単に再生できてしまうセインが言うのだから、顔には出していないが本当に疲れているのだろう。

 今朝も強力な飛行力場を発生させるのに、かなりの量の精霊素が必要とも言っていた。

 反対に、カトルの方はケロッとしている。森の中だけあって、普段より地精霊(グノーメ)の気配も強い。常時供給状態にでもあるのだろう。

 カトルの方は、精霊素の消費ではなく精神的な疲れとみて間違いない。

 地面を滑るなど、絶えず地精霊(グノーメ)を使って移動しているので、障害物の回避なんかに相応の精神力を消費したはずだ。

「それに、夜になれば休憩をしている時間もないでしょう。シュバルツグローブ(ここ)には、夜行性の獣魔も数多く生息していまし」

「今の内に休んどかねえと、おちおち休憩なんてできねえぜ。まあ、今夜は徹夜で山越えすっから、そんな暇ねえんだけどな。それに、あやしい場所に入ったら分かれて探すんことになんだ。そしたら本当に、休憩なんて危なっかしくてしてらんねえよ」

 昶は一瞬だけ冗談だろとも思ったが、すぐにそれを改める。

 今は一言たりとも、冗談を言っていられる場合ではないのだ。

 一分一秒でも早く、レナ達を探し出さなければ。

 レナは安定して魔法を使えない。

 シェリーの発動体はセインが持っている。

 リンネは攻撃系の魔法を得意としていない。

 アイナは、知らないが恐らくシェリー以上の戦闘力はないだろう。

 遠くからは、かなり大型そうな動物の咆哮が聞こえる。

 セインが言うには、フラメルという種類の鳥竜種らしい。

 成体になれば、小さくても十メートル以上、大きなものになれば優に二〇メートルを超えるという。

 とてもレナ達でどうにかできるとは思えない。

 それがいっそう、昶の焦燥を駆り立てるのだ。

 こうしている間にも、刻一刻と危機が迫っているかもしれないと思うと、いても立ってもいられなくなる。

 本当なら今すぐにでも駆け出したいくらいだが、昶はそこをぐっと(こら)え体力の回復に努めることにした。

「っはあ、それじゃ、日が落ちるまで休憩ってことか?」

「そういうことです。では、(わたくし)は精霊素を補給させていただきます」

「俺っちが適当に集めるぜ」

 するとカトルは、人間には理解できない単語を口ずさむ。

 だが、この空間に満ちる地精霊(グノーメ)に話しかけているのだけは、断片的にだがわかった。

 地面から粘土製の腕が生え、あちこちに散って行ったかと思うと、手頃な大きさの枝を握って帰って来る。

「さすがに、乾いたやつは贅沢だぜ」

「ありがとうございます」

 セインはゆっくりと地上に降下すると、足下に積み重なっている枝に火をつけた。

 湿った枝は白煙を上げながら燃え出し、小さな火種が生まれる。

 昶が、火が絶えぬよう定期的に枝を放り込むと、湿った薪はパチパチとはぜながら暖かな炎を吐き出した。

 その隣では、すでにカトルが寝息をたてている。

「じゃ、俺も」

 苔だらけの大木に背中に預け、周囲を警戒しながらも昶は眠りに就く。

 ただただ、レナ達の無事を祈って……。




 レイチェル先生は、一旦は開けた丘陵地帯に生徒を待機させ、行方不明の生徒を探していた。

 行方不明は五五人中、九名。その内の四名は見つかるも、残り五名は未だ見つからず。

 結果、レイチェル先生は日の沈む前に学院へと帰還したのだ。

 自分の生徒全員を連れ帰れなかったと涙ぐむレイチェル先生を、学院長はむしろ褒め称えた。たった一人で、よくこれだけの生徒を連れ帰った、と。

 だが、レイチェル先生は納得しなかった。その足で再びシュバルツグローブへ向かおうとしたのである。

 他の教員達に止められるが、自分の生徒を守れないで担任が務まりますか、と言って飛び立とうとしたのだ。

 しかし、学院長の魔法によって、レイチェル先生は深い眠りへと(いざな)われる。

 すでに魔法戦闘を得意とする教師が捜索に出払っており、王国でも捜索部隊を編成中との連絡を受けている。

 疲労しきった上に冷静な判断力を欠いているレイチェル先生が行けば、二次遭難の可能性があると学院長が判断したのだ。

 それからしばらくして、捜索に出ていた先生達が帰って来た。

 捜索班の先生達に淡い希望を抱いていた他の教師達であるが、やはりそれは希望でしかなかった。

 誰も見つけつけることができなかったのだ。

 学院長はあらかじめ、教師達に日没前には戻るよう指示を出していたらしい。苦渋の決断だったのである。

 それほどまでに、夜の森は危険が多い。

 明日は朝からより多くの教師を向かわせるし、なにより王国からも捜索部隊が出動する。

 オズワルトには、ただ待つことしかできなかった。




 歩き始めて数時間、日はすでに没し辺りは不気味な静謐(せいひつ)に包まれている。

 夜行性の生物の声だろうか、フラメル以外の竜種の咆哮(ほうこう)や、巨大な獣魔らしき低重音の(うな)り声が耳を打つ。

 空気の湿りが、全身にまとわりついてくるかのようだ。

 更に、濡れた衣服が体温を奪う。

 また、それらの声とは別にフラメルの鳴き声も森中に反響し、懸命に押さえつける恐怖心を否応無しに呼び起こす。いや、意識すればするほど、何十倍にもなって襲いかかってくるのだ。

「シェリー、もう少し明るくなんないの?」

「あんま無茶言わないでよ。魔力を小出しにするのって、同じ量を一度に使うより疲れるんだから。それに、明るすぎても見つかりやすくなるだけよ」

 シェリーはアイナを背負ったまま、片手を胸の前まで上げている。

 そこにはゆらゆらと頼りない炎が輝いており、足下をうっすらと照らしていた。

 隣ではリンネが黙々と、わりと乾いた枝を集めては左の脇に抱えていく。火を起こす薪に使うのだ。

 先頭のレナはリンネの分の杖を持って、雨風をしのげる場所を探していた。せわしなく頭を動かすレナであるが、洞窟を探すレナの目はぐったりとしている。

 制服が濡れているせいと、足場が悪いせいもあって、三人とも体力は限界に近い。特に体力のないレナやリンネは、今にも倒れてしまいそうである。

 そろそろ寝床を見つけて、一休みしたいところだ。

 どんなに早くても、王国の捜索隊は明日になるだろう。夜間に捜索を決行して、二次遭難になっては元も子もない。これも仕方のないことである。

 優しくも急時の際は腹をくくる学院長先生は、先生達の危険を犯してまで自分達を探させないはず。

 シュバルツグローブとは、それほどまでに危険な場所なのだ。

 陸路がないのは、なにも道が険しいからだけではない。大型の生物が数多く生息する、危険な場所でもあるからだ。

 安全と言われている一定高度以上の空でも、絶対とは言い切れないくらいに。

「わっ!?」

 と、いきなり先頭のレナが転んだ。

「なにやってんのよ?」

「…大丈夫?」

 さすがのシェリーも、体力が限界なのだろう。声に覇気がない。

「ぅん、大丈夫。なにかにつまずいたみた……」

 と、いきなりレナの口が止まった。

 起き上がろうと手をついた場所が、妙に温かいのだ。

 しかもぬるぬるとした、身の毛もよだつような感触が掌いっぱいに広がる。

 レナはゆっくりとした動作で、掌を鼻に近づけた。

 ひとかぎすると、生臭さと鉄の入り混じった臭いが、鼻孔へとなだれ込む。

 間違いかと思いもう一度かいでみるが、結果は同じ。

 生臭く、鉄臭く、生温かい臭いがこびりつくだけ。

「どしたの?」

 シェリーがレナの後ろから、掌の炎を近づけた。

 するとそこには、どす黒く赤い液体がべったりとこびりついていたのだ。

「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

「バカ、静かにしなさい! 周りのやつらに気づかれるでしょ!」

「…落ち、着いて」

 レナの悲鳴で逆に冷静になったシェリーとリンネが、未だ錯乱状態にあるレナをなだめる。

 言われてみれば、辺りには血液特有の鉄の臭いと、腐り始めた肉の臭いが漂っていた。

 シェリーはレナの背後から手前へと掌を差し出すと、今度こそ三人は驚愕に息を呑む。

 端的に言えば、それはただの肉塊だった。

 もう少し詳しく言えば、深緑と茶色の羽毛で覆われた肉塊である。

 生半可(なまはんか)な刃物ならば、簡単に弾き返されてしまうであろう強靭な羽毛。

 その肉塊に成り果てたモノの元の名はフラメル。

 全長は、二〇メートル超。

 成体に成り立てのものでも十メートル前後と考えると、間違いなくこの辺りでは最長クラスのサイズである。

 レナの掌にこびりついたのは、こいつから流れ出た血のようだ。

 だが、問題はそこではない。

「ねえ、誰がやったと思う?」

 シェリーの質問に、答える者はいなかった。

 第三級危険獣魔に指定されるフラメルは、獣魔全体から見ても決して上位の存在ではない。

 しかし、だからと言って簡単に倒せる存在でもない。

 そんな相手を、たった一撃で斬り裂くなんて……。

 刃物による切り傷が、その所業が人間の手によってなされたことを如実に語っていた。

「切り口を見た感じだと、私と同じ近接タイプのマグスだとは思うけど」

「…人の力じゃ、ない」

「でしょうね。フラメルを斬り裂ける武器となると、サイズも相当なものになるだろうし。だとしたら、肉体強化のできるマグスじゃないと」

 三人は鼻を押さえながら、切り口へと近付く。

 異臭はより一層強くなり、胃の中の物を全部吐き出したい衝動に駆られるが、なんとかこらえた。

「それにしても、なにで切ったらこんなに深く切れるんだろ」

 肉を切り裂き、骨を断ち、内臓までもが破壊されている。

 こういう獣魔の討伐は王国軍内部の専門部隊が一手に引き受けているのだが、裏を返せばマグス一人で倒せるような相手でないということでもある。

 そのフラメルをいったい誰が? そんな疑問が全員の中で膨れ上がった。

「まあ、ちょうどいいわ。レナ、アイナをお願い」

「えっ、ちょまあっ!?」

 問答無用で、レナの背中に重量が加えられた。

 先に行っておくが、アイナはレナよりも大きい。

 ついでに言えば、レナは体力がない。

「ぉ……、重い」

 レナの足はなわなわと震え、今にも倒れそうだ。

 だがシェリーはそんなレナを普通にスルーして、スカートのポケットから果物ナイフを取り出した。

 そしてなんと、なんの躊躇いもなく息絶えたフラメルの首もとへと手を突っ込んだのだ。

 フラメルの首は根元から半分が切れており、シェリーはそこにナイフを持った手ともう片方の手を入れて、内部を(まさぐ)る。

「あ、あんたなにしてんのよぉ」

「まあ、ちょっとね~」

 ぐちゃぐちゃと、肉を引っかき回す不快な音が漏れ出す。

 シェリーは平気なのだろうか。

 袖はまくっているが、肘より上までをフラメルの体内に突っ込んでいる。

「あれ? ない?」

「…なにが?」

「火炎袋。ほら、あいつらって火はくでしょ? あれって、火精霊(サラマンドラ)をためておく器官が、首の付け根にあるらしいんだけどぉ……。あ、あったあった!」

 中からなにやらくぐもった音が漏れる。

 どうやら、その火炎袋とやらを切り出しているようだ。

「っしょ~。あ~、気持ち悪ぅ~」

「自分で手ぇ、入れといて、なに言ってんだか。それよりも、すごく、重いんだけど」

「もうちょい待って、多分この辺りにこいつらの巣があるはずだから」

 ナイフを持った手の甲に、シェリーはさっきよりも明るい炎を灯す。

「それが、どうしたの、よ?」

「…あれ」

 レナがリンネの指さす方を見ると、見た目にも滑らかな断面の木々がごろごろ転がっていた。

 でも、どうして?

「フラメルは上空から獲物を狙うのよ。魔力やなんかを嗅覚でかぎ取るらしいから、地上にいるのは巣の近くってわけ。そこに切られた木が転がってるってことは、ここでやられた可能性が高い。ほら、向こう」

 シェリーは火炎袋を剥ぎ取ったフラメルを踏み越えて、その向こう側へ向かった。

 レナとリンネは、フラメルを迂回するようにして、シェリーの向かった方向へと足を運ぶ。

 あったのは、周囲より一段高くなった岩場だった。

 岩場は高さ四メートルくらいのちょっとした崖になっており、巨大な穴が一つ開いている。しかも、かなり奥が深そうだ。

 更に言えば、中には抜け落ちた羽が、あちこちに散乱していた。

「ここなら、雨風もしのげるし、服も乾かせるでしょ。あいつら夜行性で朝まで帰ってこないから、それまでにずらかれば大丈夫」

 内部は不思議なくらい空気が乾燥していた。

 確かにここなら、濡れた服も乾かせるだろう。

火精霊(サラマンドラ)が多いのかしら? フラメルの属性って火でしょ?」

「…レナ、それは、洞窟を、火で作ったからじゃ。えっと、壁とか、天井とか、が、所々ガラス質になってるし」

「そうなんだ。知らなかった」

「はいはいリンネ~、豆知識を披露するのはいいから。その枝適当に置いて~」

「…ぅ、ぅん」

 リンネは脇に抱えていた枝を降ろすと、その内のいくつかを燃えやすいように組み上げた。

 シェリーは火炎袋から赤い小石のようなものを取り出すと、並べられた枝の真ん中にすえる。

「それって火精霊(サラマンドラ)の結晶じゃない!!」

 レナが驚くのも無理はない。

 精霊素とは本来、目に見えない形で世界中に存在するエネルギーのようなものだ。

 それが目に見える大きさで今目の前にあるのだ。しかも存在量が極端に偏っている火精霊(サラマンドラ)の物となれば、なおさらである。

「だ~か~ら~、あの気持ち悪いとこに手を入れたのよ。ほいっと!」

 シェリーは火精霊(サラマンドラ)を牽引して指先に小さな火を点すと、それを枝の中心に近付けた。

 すると火精霊(サラマンドラ)の結晶は急速に燃え上がり、湿った枝を激しく燃やす。

 体温が低くなっていた身体には、最高の瞬間だった。

「じゃ、私とレナはそこの川で手を洗って、物干し竿になりそうな枝でも探してくるわ」

「リンネ、火、見ててね」

 リンネが頷くのを確認すると、シェリーとレナは近くの川へと向かった。

 松明(たいまつ)代わりに、太めの枝を持って行く。

 リンネは手で持ってマントを乾かしながら、器用に枝を炎の中へ投げ込んだ。




 マントがおおかた乾く頃になって、シェリーはぶっとい枝を五本ほど、レナは木の実なんかを拾って帰ってきた。

「それじゃ、ちゃっちゃと薪でも作りましょうか」

 と言って、シェリーは大木からへし折った太い枝の断面に手をかける。

 そして、

「そりゃぁあああああ!」

 なんと、そのまま左右に引き裂いたのだ。

 割と衝撃的な光景に、二人はポカーンとしている。

「いやまあ、わかってるんだけどね。あんたが肉体強化の秘術を使えるのは」

「…でも、間近で見ると、すごい」

 見た目には華奢──とまではいかないが、シェリーの細腕であんなぶっとい枝を真っ二つに割られると、けっこう驚くものらしい。

 が、シェリーはそんな二人などお構いなしに、薪と衣服を干す物干し竿の製作に取りかかる。

「ま、脱ぐもん脱いで、ちゃっちゃと乾かしましょ。布が縮むとか言ってらんないし」

 太い枝を器用に割りながら、シェリーは強化した腕力で地面に枝を突き刺した。

 そしてこれも折ってきたのか、細長く頑丈そうな枝を取り出して突き刺した枝に引っかける。これで即席の物干し竿の完成だ。

 と、物干し竿を完成させた途端、シェリーはいきなり脱ぎ始めたのである。

 マントを外すと、水に濡れてスケスケになったブラウスが現れた。

 そして外したマントを、そのできたてほやほやの物干し竿の上へそっとかける。

「こいつ、薄いから早く乾くでしょ」

「そうね」

「…わかった」

 レナとリンネもマントを外すと、シェリーの作った物干し竿へ引っかけた。

 二人が川へ行っている間に乾かしていたリンネのマントは、ほとんどカラカラに乾いている。

 あと三〇秒もすれば十分そうだ。

 シェリーはその間にもう一本の物干し竿を作り、今度は脱いだブラウスを引っかける。

 そのまま(よど)みない動きでスカートのホックを外し、ローファーとハイソックスも脱ぎ、あっという間に下着だけの姿になった。

 女の子しかいないためか、恥じらいというものが全くない。

 髪と同じく、赤紫で統一されたブラとショーツを着用している。

「あんた、なんちゅーもん着けてんのよ……」

「ストレスの発散よ。別にいいでしょ、あんただってちょっとは持ってんだから」

「そりゃ、一応持ってるけど」

 いつもなら羨ましく思うシェリーのバストであるが、今回はそれ以上に着けている下着があれであった。

 あれというのは、あれである。いわゆるシースルー素材でできている下着で……………………、ようは透けているのだ。

 もちろん、大事な所にはちゃんと裏地があてられているから見えないのだが、なんかこう見ているこっちの方が恥ずかしくなってくる。

 リンネなんか、乾かしていたマントでシェリーとの間に壁を作って見えないようにしていた。

 ──まあ確かに、あたしもそういうの持ってるけど、でもあれはセンナが勝手に用意したもので……。そりゃ、ああいうちょっと過激なのも興味がないわけじゃないし……。

 なんて、緊急事態であることなどすっかり忘れて、レナも下着だけとなって濡れた制服を物干し竿にひっかけた。

 そして、不意に自身の首から下に視線を落とす。

 断じてぺったんこではない。そう、まだまだ成長途中だから小さいだけだ。

 と、レナは必死に自分を励ましながら、最大限の不満がこもった視線をシェリーに向ける。

 サイズはレナの五倍くらいだろうか。トップとアンダーの差を比べたら、きっと死にたくなるような値になるだろう。

「…レ、レナ」

「んん!」

「っ!?」

 レナのむき出しの肩をつついてきたのは、リンネであった。

 自分よりもう一回りは小さい、クラスメイトの女の子。身体の起伏というものが、レナの五割り増しくらいでない。

 そんなクラスメイトの女の子は、凄みのあるレナの顔に威圧されたせいでビクビクしていた。

「ご、ごめん」

「…いぃ」

 リンネはぼそりと呟く。

 うん、あれは絶対ずるいよね、とレナの瞳はリンネに語りかけたのだった。

「レナー、マント乾いてるわよ」

「あ、う……」

 『うん』と言おうとしたレナの目に飛び込んできたのは、下着類まで全て脱ぎ終えて、素っ裸になったシェリーの姿。

 形の整った二つの双丘は、質量に負けることなくツンと上を向いていて、髪をかき上げながら惜しげもなくそれを突きだしてくる。

 ──確かに大浴場では裸で入るわよ。入るけどちょっと待って。ここは屋外で、しかも森のなのよ。いくら濡れてて気持ち悪いからって、そんな簡単にできるわけないじゃない!

 という、レナの心の叫びがシェリーに聞こえるはずもなく、

「なにやってんの……。風邪、引きたくないでしょ」

 二人にも早く全部脱ぐよう促してくる。

 レナもリンネも、頭ではわかっているのだ。わかってはいるのだが、だからといってそこまで割り切れるシェリーのような女の子はなかなかいないだろう。

 ──にしても、スタイルいいわね。いったいなに食べたらああなるのよ。

 ──…羨ましぃ。

 レナとリンネは、改めてシェリーの方を見やった。

 二人とは比べ物にならない抜群のプロポーション。バストはもちろんだが、見事にくびれたウエストにきゅっと引き締まったヒップ、スラリと伸びた足も非常に扇情的だ。

 なんかもう、大人な魅力がムンムン漂っていてとても同い年とは思えない。

 と、気付けばシェリーは楽しそうに目を細めて、こっちを見つめていた。

 寒気を感じたレナは、胸を隠すように自分の肩を抱く。

 遭難とは全く別種の嫌な予感が、レナの全身を駆け巡った。

「レナ~、早く乾かさないと~、風邪引いちゃうわよ~」

 と、手をわきわきとさせながらレナに接近するシェリー。

「ここ、来ないでぇっ! ししし、しかも! そのいやらしい手つきはなんなのよ!? 今すぐ止めなさい!!」

「ん~? お姉さんの耳には子供のわがままにしか、聞こえませ~ん」

「あ、あたしだけじゃなくて、リンネだって……」

「…ご、ごめん」

 リンネはすでにマント一枚にくるまって、暖をとっている。

 気づけば、自分のでもシェリーのでもない、レモン色の極小ブラとショーツが、物干し竿にひっそりとかかっていた。

 レナはリンネからシェリーへと視線を戻すと、

「それじゃあぁ……」

「待って、わかった! 自分でやるから!」

「さぁ、恥ずかしがらずに脱ぎ脱ぎしましょうね~!」

 レナの意見を完全にスルーし、シェリーはレナの最終防衛ラインを軽々と突破した。

「あ~もう、シェリーのバカー!」

「大丈夫だって、小さくてもきれいだから。美乳ってやつよ」

「シェリーに言われたって嬉しくないわよ!」

 シェリーに上下の下着を奪われたレナはマントで全身を覆うと、その場にうずくまってぐずり始める。

 さすがにこれは、シェリーにも予想外だったらしい。

「ご、ごめん。でも、まだこれから成長するかもしれないし……」

 と、パキッ。

 枝を踏む音が洞窟内を反響した。

 シェリーは急いでマントを羽織り、レナとリンネは杖へ手をやる。

 入り口には一つの人影があった。

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