第四話 編入生 Act01:平穏な朝
昶がレイゼルピナ魔法学院に来てから、すでに三週間が経った。ようやく慣れ始めた学院での生活にちょっとした満足感を抱く中、学院に新たな人物が訪れる……。
扉のスキマから侵入する冷気に、昶は目を覚ました。扉の建てつけが悪いせいか、部屋の機密はかなり悪い。それでも学院長の計らいで、色々使わせてもらっている。
学院の職員が使っている木製のベッドに布団。ただし、場所が場所なので布団の方は特別温かいものを使わせてもらっている。
「ん~、もう朝か?」
見回してみるもものの、部屋の中は真っ暗。扉の下から伸びる光が、ほぼ唯一の明かりである。
昶はベッドから起き上がると、近くに置かれた燭台にマッチで火を灯した。
あまり親しみのない火薬のにおいが、少しだけ新鮮だ。ろうそくに灯るオレンジの頼りない光が、ぼぅっと室内を照らし出した。
「暗い上に寒いけど、まぁ、いっか」
昶は改めて、自分にあてがわれた部屋を見回した。こんな朝は本当に久しぶりである。
なにせ、女の子特有の、あの甘ったるい匂いがしないのだ。
そう。ついに昶は、自分の部屋を手に入れたのである。
と言っても、元々は男子寮の一階にある物置部屋だ。窓は一つもないし、湿っぽくてほこりっぽい。
だが、この世界に来てから三週間と少し経つが、完全にプライベートの確保された空間はこれが初めてである。鍵はないが、レナにどつかれる危険がない朝は、非常に魅力的だと断言できる。
いや、暴力を振るわれるのが日常になっている時点で、すでに異常なのだが。悲しいかなそんなことが当たり前な環境にいたせいか、今ではもうすっかり慣れきってしまっている。
もちろん、昶自身には慣れる気など毛頭なかったわけであるが。
だが、わがままを言わせてもらえるなら、せめて窓のある部屋が良かった。
真っ暗なままでは時間感覚がおかしくなるし、風通しも悪いので空気がよどむ。きれい好きなわけではないが、きれいに越したことはない。
まあ、部屋を頂けただけでも十分以上にありがたいので、不平不満を言うつもりはない。あくまで、“わがままを言わせてもらえば”なのだから。
「にしても、あれだなぁ。いざ部屋に一人ってなると、案外寂しいもんだな」
なにせ、なにを言っても反応が返ってこないのだ。それを昶は、入居してわずか一時間(地球の時間で)で気が付いたのだった。
手と同じくらい口も飛んでくるレナである。毎日毎日、どれだけ罵倒されたことか。
それはそれで大変困るのだが、こちらが話しかければ律儀に答えてくれるのである。よく考えれば寂しいと感じる時間なんてなかった気がする。
そういう意味では、自分は案外レナとの時間を楽しんでいたのかもしれない。
自分で思っている以上に、寂しがり屋なのかも。なんだかそれがおかしくて、ちょっとだけ自嘲する昶であった。
それにしても、まあ、あれだ。非常に殺風景である。
必要最低限を満たして……は、いないであろう。
まだベッドや枕に布団といった寝具に、小さな勉強机とがたがたのイスしかない。
ほとんど寝るだけの部屋なのだから、別にいいかとも思うが。お金がないから家具を買えるわけでもないし、それに元より買うつもりもない。
「にしても、ここにあった荷物って、どこにいったんだろ……?」
倉庫代わりに使っていたのだから、元々あった荷物は別の場所に移されたのだろうが。ちょっと気になる。
こんなおんぼろな部屋にあったのだから、大した物は置いてなかったのだろうが。
いや、もしかしたらなにかとんでもない曰くがあったり……なんて、あるわけないか。
曰くで思い出したが、それならやっぱり昶自身の家にも言える。
昶の持つ妖刀──村正──も、立派な曰く付きの刀だ。昶の兄と姉もそれぞれ一本ずつ妖刀を持っていて、その力を遺憾なく発揮している。
剣の腕、術のセンス。二人とも昶よりずっと上である。
昶が二人より上のものがあるとすれば、生まれもって備わっていた力くらいだ。もっとも、昶自身は自分の力に対して嫌悪感しか抱いていないが。
あんな大きすぎる力が自分に分不相応なのは、とうの昔からわかっている。
まあ、それはとりあえず置いといて、曰く付きの日本刀である。いや、曰く付きの武具と言うべきか。
それは世界各国に点在する歴史ある秘密結社・魔術結社なら、たいてい有している代物だ。本物はともかく、神話上の武器の贋作なら星の数ほどあると言っていいだろう。
知識と知っている神話上の武器には、なにかととんでもない能力を持っているものが多い。
敵に投げれば必ず当たったり、身に付けていれば不死身になったり、天候を操作したり、世界を焼き尽くしたりと、例を挙げれば切りがないほどだ。
例え贋作だとしても、そんなとんでもない武具の相手だけは、したくないものである。
まあ、この世界にはないだろうが……。
「神話っつったら、なんか言ってたな。ミーラなんとかって神様と、マグスって名前の英雄だったっけ」
ノム・トロールが学内に現れた事件の日の朝、レナにそんな話を聞いた記憶がある。
世界を作った神様と、世界を救った英雄の話。機会があれば、レナ達に話を聞いてみるのもいいかも。
神話と言えば、ギリシャ神話辺りの神様は人間より人間くさい神様が多い。
この世界の神様とやらは、いったいどんなものなのか。楽しみにしていよう。
「とりあえず、外に出てみるか。ここじゃ時間もわかんねぇし。あまりシェリーを待たせても悪いし」
遅いと言って木剣で殴られては、たまったものではない。
肉体強化が使える昶には、容赦なく全力で──つまり向こうも肉体強化を使った状態で突っ込んでくるのだ。
レナの杖でもかなりきついのに、シェリー(肉体強化状態)に木剣で殴られたらと思うと……。
昶はイスに引っかけている上着を羽織ると、けほけほとせき込みながら、扉に手をかける。
そういえば、レナやシェリーの講義中はセインとの約束──剣の手ほどき──もあったんだっけ。
なんてことを思いながら、昶は今日から自室となった物置部屋を後にした。
昶が男子寮を出て中央の塔──クインクの塔──の時計を確認すると、時刻はまだ二時二〇分を過ぎた辺りだった。地球で言えば四時四〇分辺り。
やはり、普段より早く目が覚めてしまったようである。どうりで、少し眠気が残っているわけだ。
時間を確認した昶は、さっき出てきたばかりである男子寮の出入り口──サラマンドラの塔──に入ると、反対側の出入り口から外庭へと出る。
外庭とは、五角形の校舎とほぼ円形に近い五角形の城壁の間を指し、この外庭への出入り口は五ヶ所の頂点に当たる五ヶ所の塔しかないのだ。
なんとも不便な造りであるが、文句を言っても仕方がない。
外庭に出た昶は、校門に向かって軽くランニング。校門までは思いの外距離があるので、それまでには身体も温まっていることだろう。と言うよりも、温めておかないとえらい目に遭うのである。
そのえらい目の原因となる人物が、昶の視界に映った。
「おっはよ~、アッキラ~!」
底抜けに陽気な声が、昶の鼓膜を激しく震わせる。相も変わらず、早朝から元気いっぱいである。
赤紫のポニーテールがぴょこぴょこと揺れ、大きく手を振っていた。
シェリー=ド=グレシャス。いいとこのお嬢さまっぽさが欠片もない、昶の朝の修練仲間だ。
昶と同じく肉体強化の使えるマグスで、剣を使った近接戦闘を主体としている。
「おはよ。相っ変わらず早いな」
昶は徐々に速度を落としながら近付くと、シェリーの隣でぴたりと停止した。
汗はほとんどかいていないし息も上がっていないが、身体の方はいい感じに温まった。
「当たり前でしょ。誘ったのはこっちなのに、遅れちゃったら示しが付かないじゃない」
「そんなの、別に気にしねぇって」
と、シェリーはえへんと胸を張りながら言い放つ。ブラウスを押し上げる胸が眼福もとい、目の毒である。
前々から思っていたのだが、あの制服で運動をしても大丈夫なのだろうか。
微量とはいえ汗もかくし、スカートはともかくブラウスやマントがあっては、色々と動かし辛いと思うのだが。
「そういえば、部屋が見つかったんだってね。よかったじゃない」
「まあな……。部屋入ったら着替えてました、とかもないしな」
気絶するほどあの杖で殴られたことを思い出して顔を青くした昶を、シェリーはお腹を押さえながら笑った。
笑いながら、持ってきた木剣の片方を昶に放り投げる。
「はははっ。でも、それは、昶の方が悪いって。ははははっ」
「っせーな」
回転しながら放物線を描く木剣を、昶は片手で見事にキャッチする。
「いつもならまだ起きてない時間だから、あいつが起きるまで暖まってようと思っただけだって」
「きゃー、アキラのえっち~!」
と、シェリーがわざとらしく黄色い悲鳴を上げた。
残念だが、事実なので反論できない。いや、事実と言うのは『えっち』の方ではなく、不慮の事故とはいえレナの着替えを『見てしまった』ことの方であって、決してわざと見ようとしたわけではない。
「もういいだろが! いつまで言ってんだよ」
「あらら。真っ赤になっちゃって可愛いんだからぁ。レナの艶姿でも思い出してたんでしょぉ?」
校門を出ると、そこに広がるのは草原と森と小さな湖と、そして遠くに見える街である。
当然ながら、こんな早朝から活動している物好きは昶とシェリー以外にはいない。
「あぁ、もう! そうだよ、わりぃか!!」
「っと!?」
適当な広さのある平地までやって来ると、昶はその場で半回転しながら右手に握った木剣を真横に振るった。
シェリーは即座に屈み、昶の横薙ぎを回避する。
直撃、頭の上をひゅんと風切り音が通り過抜けた。全力で赤面しているにも関わらず、見事な一撃である。
「悪いなんて、一言も言ってないでしょ? そんなに取り乱すなんて、もしかしてレナのことが気になってるとか?」
うっ、と昶の身体が一瞬だけ硬直する。
まばたきするほどの短い時間であるが、そのすきを見逃すシェリーてまはない。
「チャーンスッ!!」
昶の木剣が頭上を通り過ぎてからバックステップで距離を取ったかと思うと、着地の瞬間に全力で飛び出してきた。
下から上へ、シェリーの木剣がしゅっと小気味良い音を立てながら、昶の頭部へと向かう。
「っつ、せこい手使うなよ!?」
「動揺したアキラが悪いんでしょ。もしかして、今の図星だった?」
だが昶は、これを上体を後ろに反らして回避して見せた。さらなる追撃を加えられぬよう、勢いを利用して片手で何度かバック転をして距離を取る。
もちろん、肉体強化状態でなければ不可能な離れ業だ。
すでに二人は、それぞれの肉体強化術を使用しているのである。
「んなわけあるか!」
「もう、素直じゃないんだから!」
昶を追って、シェリーはさらに前へと飛び出した。勢いをそのまま使え、なおかつリーチも稼げる突きの構えで、昶の利き手を狙う。
だが、昶はその突きを刀身の側面で受け、身体の右側に受け流した。自分の勢いに引っ張られ、制動をかけられないシェリーはそのまま昶の横を通り抜けようと試みる。
そのすきを逃さず、昶はシェリーを背後から急襲した。
「んじゃ素直に言わせてもらうけどっ! 部屋汚すぎだろ!」
「ちょっ!?」
シェリーは空中で身体をひねり、背中からの攻撃をブロック。後方に大きく吹き飛ばされ、二度三度後転して勢いが緩まった所で体勢を立て直す。
今度はシェリーが動揺する番である。
「アキラ、いつ私の部屋見たのよ!?」
「この前の週末。お前夕食で飲んだくれて寝てたからな、レナに部屋まで運ばされたんだよ!」
昶はそこを狙って、体勢が整う前のシェリーへと肉薄する。
上から下へと、勢い良く木剣を振り下ろした。
「ったく。ブラウスやスカートならともかく、ああいうのはちゃんとしまっとけよ!」
「あぅゎぁ……」
昶の上段からの振り下ろしを、木剣を横に構えて受け止めるシェリー。攻撃を放てないよう身体を密着させ、鍔迫り合いへと持ち込む。
昶を押しのけようと必死になるシェリーの顔は、ほんのりと汗ばみ朱に染まっている。決して羞恥心から来た、冷や汗や照れではない。
「っ……。この話、これで終わりでいいよな」
「……っそうね。お互いのためにも、その方がいいと思うわ」
昶とシェリーは、互いを木剣で押し合いながら後方に大きくジャンプした。
両者五メートルずつ、合計十メートル近い距離がたった一回のジャンプでできあがる。
「身体もあったまったし、そろそろ始めましょ」
さっきまでのやり取りはきれいさっぱり忘れて、シェリーは肩に木剣をかつぎながら昶に問いかける。
「りょーかい。今日も勝たせてもらうぜ」
「その減らず口も、今日限りにしてあげるわ」
第二ラウンドスタート。太陽の登り始めた蒼穹の下、木剣のぶつかり合う乾いた音が木霊する。
レナ=ド=アナヒレクスの朝は、非常に規則正しい。
徹夜勉強の次の日という例外をのぞけば、鐘の鳴るのと同時に起床する。
まあ、稀に鐘の鳴る前に起床することもあるのだが。
この前はそれでヒドい目にあったのを思い出して、レナは顔がかぁっと赤くなった。
よりにもよって、着替え途中の部屋に入ってくるなんて。ブラを着けていたのは、不幸中の幸いと言うべきだろう。
もっとも、ブラウスのボタンもほとんど止めていなかった上に、スカートも穿いていなかったので、ほとんど半裸に近い姿を見られてしまったのであるが……。
──もぉ、あたしったらいったいなに考えてるのよぉ!
ぶんぶんと頭を振って、消し去りたい思い出を追い出した所で、レースのカーテン越しに室内を見やった。
「そういえばあいつ、昨日部屋が見つかったって言ってたわね」
昨日までいた居候のサーヴァントの姿は、室内のどこにも見られない。今頃は、新しい自分の部屋でくつろいでいることだろう。
昨日の夕方、昶と一緒に学院長室へ来るよう呼び出しを受けた時は何事かと思ったが、昶の部屋が見つかったとのことだった。
確か、男子寮一階の端にある物置だった気がする。
女子寮の物置と同じ作りだったはずだが、自分では絶対無理だと思う。
だって、夏は蒸し暑く冬は身体の芯まで冷たくなる寒さ、窓はないので光も風も入ってこなければ、ほこりが山のように積もっているのだ。一日もいれば調子を崩す自信がある。
そんな所によくもまあ……。
「今日もいい天気ね」
ベッドから抜け出すと、窓にかかる遮光用のカーテンとレースのカーテンを開き、日の光を部屋の中に招き入れた。
久々に昶がいないのも手伝って窓に向かって大きく胸を突き出し、両腕を思いっきり真横に広げて全身で日の光を受け止める。
こうすることで体内時計が調整され、規則正しい生活を維持することができるのだ。それに単純に日の光を浴びるのは気持ちがいいし、なによりも目も覚めるというものである。
ちなみに向かいの部屋の住人は、『二度寝しそうだからいい』とか言って、部屋を出る時以外はカーテンを全部閉めきっているらしい。なんだか、あまり温かすぎてそのまま寝てしまいそうなんだとか。
気持ちはわからないでもないが、日向ぼっこをしているわけではないのだから、それは気の緩みすぎだとレナは思う。
そんな向かいの部屋の住人と言えば、部屋の汚さが一部の人間の間で有名であるが、今日はどうなっているのだろうか。
一昨日の時点では、まだ辛うじて足の踏み場はあったらしいのだが(気の弱い友人の証言より)。
もしかしたらキノコが生えていたりは……。
そこまで考えてレナは頭を振った。それはよそう、想像するだけで気分が悪くなる。
「う~~~~ん……。ぷは~~」
両腕をぐっと真上に上げ背筋を大きく伸ばしながら、肺いっぱいに息を吸い込んで深呼吸。ほどよい冷たさを持った空気、が全身に染み込んでいくようだ。
細胞の一つ一つまで酸素が行き渡り、ほんの少しだけ残っていた眠気もきれいさっぱりなくなった。
「よし」
レナはその場でくるっと半回転して、全身を映し出せる大きな鏡のあるドレッサーに向かう。
淡いオレンジのベビードールが、スカートのようにひらりと舞い上がった。昶がいれば、鼻血確定級のシーンである。
座り心地のよさそうなイスに座ると、ドレッサーに備えてある引き出しからブラシを取り出した。
シェリーからは可愛いと言われているクセ毛であるが、当の本人にとってはけっこうなコンプレックスなのだ。どうせなら、シェリーのようなさらさらの髪がよかったと常々思っている。
しかも寝相が悪いのか、寝癖もひどい。こうして毎朝ブラッシングをしないと、恥ずかしくてとても人前には出られないのは長年の悩みでもある。
今すいているだけでも枝毛が気になるし、抜け毛もくるくる巻いている。
なんでシェリーみたいなずぼらなのが、あんなさらさらのきれいな髪をしているのだろう。
神様って不公平だわ、とレナは心の中で不平を吐露するのだった。
それはともかく、今日はいつも以上に寝癖がひどい。リボンでまとめるしかなさそうだ。
解決策が出た所で、制服に着替えるべくクローゼットへと向かう。
上段の扉を開け、ブラウス、スカート、ネクタイ、マントを取り出すと、ベッドへと放った。
次は下着。淡い水色のブラとショーツ、そしてキャミソール。
ピンクリボンのアクセントが可愛く、レナのお気に入りの一品である。
レナは寝着にしているふりふりがいっぱいついた可愛いベビードールを脱ぐと、ベッドにたたんで置いた。
それから、スー、ハーと何度も深呼吸をして、鏡の前に立つ。
身に着けているのは、ベビードールと同色の淡いオレンジのショーツのみ。上半分は生まれたままの姿だ。
そして、無造作に首の下辺りにある二つの膨らみに触れた。押し込む指を強く弾き返し、若干だが肋骨の固い感覚がある。
掌の真ん中辺りには若干硬い感触はあるものの、掌で感じるのは弾力と言うよりも硬質感の方が先に立つ感じだ。
先ほど確認した通り、オブラートに包めば“慎ましやかな”、ぶっちゃけちゃえば“残念な”双丘。
身長が低いのも、くせっ毛なのもコンプレックスの一つだが、やっぱり胸が小さいのが一番の悩み所だ。
──ムニムニ……。
軽く揉んでみるのだが、よけい惨めな気分になるからやめておこう。
──はぁぁ、あたしってなんでこんなに小さいんだろう。
でもやっぱり軽く落ち込む。
「だぁーーーーー、もう!」
ショーツを脱ぐと、パシッとベッドに投げつけた。
高価なものなのという自覚は全くないようである。
裸になると、新しい下着を身につける。
ひんやりとした感覚に背筋がゾクッとなるが、それも一瞬のこと。ブラウスに袖を通し、ボタンをとめ、スカートを穿き、ニーソックスも穿き、ネクタイをとめ、マントを羽織る。
マントの内側から髪を出すと、ふわりと広がって肩にかかった。
鏡台からお気に入りの赤いリボンを取り出すと、後頭部の後ろの辺りにとめる。ポニーテールにすると、シェリーとかぶるのだ。
いつもより、少しばかりすっきりとした出で立ちになった。
最後に壁に立てかけた杖を持つことで準備完了である。
「今日も一日、頑張ります」
胸元から取り出したネックレスを握り、いつものように言葉を紡ぐ。
レナは教科書の入った鞄を持つと、部屋を出た。
近いうちになにが起こるか、彼女にそれを知る術はなかった。