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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第二章:汝が力は誰が為に……
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Act25:大会最初の夜

 年に一度、魔法学校の生徒たちがその技を競い合う魔法競技大会であるマギア・フェスタも、一日目が終了した。大会初日というのもあって各部門の予選が多く行われたこの日、選手の数だけのドラマがあった。

 接戦を制して明日以降の本戦に駒を進めた者。惜しくも敗れて悔しさを噛みしめる者。参加者の半数以上が今日の予選で消えていった。

 そしてここにも一人、明日の決勝レースへの参加権を手に入れた者がいた。

「ふふふ、やりましたよ! 明日の決勝レースへの出場権をゲットしました!」

 アイナの参加していた予選レース第三コースは大会史上屈指の激戦を繰り広げ、決勝レース参加枠である九人に対して完走できたのはわずかに四人。二八人もいた参加者の内なんと八割以上の二四人がゴールまでたどり着くことができなかったのだ。

 そんな血みどろのレースを見事一位通過したアイナは、鼻高々にレナ達に自慢して回っていた。回るだけでは済まずによくわからないダンスまで踊り始めていた。

「心配はしてなかったけど、なんかすごいレースになってるわね」

 レースの結果一覧を眺めるレナは、うわぁと整った眉をハの字にする。決勝レースに進んだ選手が九人に満たないレースは他にもあるものの、四人という少なさのレースを見せたレースはない。参考までに、過去には決勝レース参加者なしという予選レースもあったらしいので、それと比べれば幾分かマシだろう。

「悲惨というか、悲惨すぎて目も当てられない感じじゃない。四人って……」

「……うわぁ」

 横から覗き込んできたシェリーとリンネも、周囲の数字との落差に顔をしかめる。他のレースでは七人前後がゴールしているのに、四人って……。

「まあ、私の実力を持ってすれば朝飯前ってもんですよ」

 多少の脚色は入っているが、レースを突破したのがアイナの実力なのは疑いようもない。先輩達が攻撃を引き受けてくれている間に、アイナは相手選手に見つかることなく森の中を直進して見事に一位でゴールを果たしたのだから。

 ちなみに二位と三位は今回規格外の作戦を取ってきた毎年準優勝の学校、四位はどうにかこうにかたどり着いたアイナのいたチームのチームリーダーの先輩だった。

 この人も負けず劣らずの魔法戦をしていたのにちゃっかりゴールしているあたり、この人も相当な実力者である。

「あれ、そういえば今日はリンネも予選があったんじゃなかったっけ?」

 と、シェリーは口にしながらレナの持つ資料から錬金術部門も項目を探す。と、その名前はすぐに見つかった。

「…もっち、通過」

 普段よりほんの少しばかり誇らしげに胸を張るリンネ。よくよく見えれば、口元がわずかに笑っているのがわかる。こっちに来てからずっと余裕余裕とは言っていたが、やっぱりこうやって名前が載るのは嬉しいものだ。

「…形状変化くらい、お茶の子さいさい。今なら、どんな複雑な形状でも、再現できる気がする」

「すごい自信ねぇ。まあ、リンネに関しては心配ないみたいね」

「心配なのは、あたし達の方でしょ、シェリー。大丈夫かしら、明日の団体戦」

 むふふと鼻息を荒らげるリンネとは正反対に、レナの表情は暗い。

 魔法模擬戦の団体戦も、レイゼルピナ魔法学院はシード権を持っていたために予選リーグには参加していない。明日の決勝トーナメントが、レナとシェリーの初試合となっているのだ。

 改めて実感した昶の実力、だがやはり侮れないほか選手たちの魔法の技量。しかも明日相対するのは今日の予選リーグを勝ち抜けた猛者達だ。

 試合の少ない方が負担は少な分、調整の機会は少ない。実は実戦経験だけなら他の選手よりも経験していたりするレナやシェリーなのであるが、もちろんそんな事実は記憶の遥か彼方に置き去りになっている。

「ところでアキラさんはどこですか? いないみたいですけど」

「気を使いすぎて疲れたから先に寝るって」

 一番褒めてもらいたかった昶は既に寝ていると告げられ、愕然とするアイナ。杖も無しで断崖絶壁から突き落とされたような顔になっている。そしてその矛先は理不尽にも、教えてくれたレナに向けられる。とはいえ半分涙目で過酷なレースだっただけに、レナもこれには同情してしまう。

それにいよいよ明日は自分の番。無論、決勝戦には自分の力がなくても進めるだろう。けど、昶に褒めてもらえるように立ち回れれば嬉しいな、なんて思いが頭の隅っこでいつも引っかかっている。

「はぁぁ、私、あんなに頑張ったのに……」

「そ、それなら明日の決勝レース頑張って、もっと褒めてもらえばいいんじゃないかしら?」

 レナとしては苦し紛れの言い訳じみた慰めであったが、どうやらアイナのやる気スイッチを見事にスナイプショットしたらしい。鈍器でも持って殴りかかってきそうだった雰囲気だったのが、目の中に炎を浮かべちゃうくらいには燃え上がっている。

 あれ、そもそもなんで褒めてもらう云々(うんぬん)の話になったんだっけ? という疑問も浮かびはしたものの、そこはそれレナも昶には褒めてもらいたいわけで。

「ふふふふ、そうですね。明日はレナさんより頑張って、いっぱい褒めてもらうんです。ふふふ、ふふふふふふ……」

 色々と振り切って変な病気でもこじらせてそうに見える。どうでもいいから今にも垂れそうなヨダレを拭きなさい。気持ちがわからんでもない自分もどうかと思うけど!

「……あたしも、明日は頑張らないと」

 今日はもうアイナを放っておくことにした。自分の世界に入ってしまったアイナを呼び戻せるのは、この場にいない昶くらいしかいない。こっちにとばっちり(流れ弾)が飛んでこないなら好きにやってくれ。

 炎が流れ星になって光り始めたアイナから徐々に距離を取りつつ、レナも気持ちを切り替える。いくら悩んだって実力が伸びるわけではないのだ。相方のシェリーも、頑張ろうぜと、ニッと強気な笑みを作ってみせる。

「それじゃ、明日に備えて今日は早めに寝ましょうか。みんな明日もあるんだしね」

 と、最後にシェリーがパンパンと手を叩いて締める。それぞれ自分の部屋へ戻り、再びレナに一人の時間が訪れた。

 いつもなら勉強や魔力察知の特訓でも始めるところであるが、万全を期すためにいつもより早い時間からベッドへと潜り込む。目立たなくてもいいから、いい立ち回りをしよう。

 観戦でずっと強張っていたせいか、普段より疲れが溜まっていたらしい。潜り込むと同時にすぐさま睡魔が襲いかかってきた。色々と足りない自分にできると言い聞かせつつ、レナは夢の中へといざなわれてゆくのだった。




 レナ達もぐっすりと寝静まった頃、昶は準備をしていた。もっとも、準備と言っても荷物はほとんど護符に封印してあるので、追跡防止のために痕跡を残さないよう後処理をしているといった方が正しい。

 姉の朱音も昶と同じで基本的に戦闘特化の術しか習得していないが大学で覚えているかもしれないし、補助的な術が得意なリンネも捜索関係の術を持っている可能性は否めない。持ち物どころか髪の毛一本も残さないよう、細心の注意を払う。

 リンネとアイナの結果については昶も知っている。もちろん配布された資料ではなく、ある人が教えてくれたのである。

「あの、お掃除ですか? それでしたらぜひともお申し付けて頂きたいのですが」

 ここ数日でいい加減驚かなくなってきた。なんの気配もなく突然声をかけられたが、昶は気にした風もなく作業を続ける。

「ドアを開けた覚えなはいんだけど? いったいどこから入ってきたんだか……」

「キャシーラはアキラ様専属の使用人です。アキラ様のお側がキャシーラの居場所だと何度も申し上げているではございませんか」

 全身を覆うローブを身にまとっているこの女性は、キャシーラ=クラミーニャ。この世界の魔術師勢力、域外なる盟約(アウター・レギオン)の戦闘部隊である異法なる旅団(テリビリアス)からレイゼルピナに送り込まれ、どうにかして昶専属の使用人に収まっている人物である。

 最初こそ使用人らしく甲斐甲斐しく昶の世話を焼いてくれたのだが、最近は本来の姿をちらちらと見せつけてくれている。純然たる魔術師である昶を、自分達の組織の一員に迎え入れたいらしい。魔術師勢力とは言っても、一枚岩ではないようだ。

「でも、なぜお掃除をされているのですか? お部屋は十分に綺麗ですし、宿の人がされると思うのですけど」

「追跡されないようにな。髪の毛一本からでも探してきそうな人がいるから」

「え……? そんなことまでできちゃうんですか?」

「話で聞いた範囲ではだけど。俺の知ってる範囲では、姉ちゃんもそんな術は習得してないはずだし」

とはえ、警戒するに越したことはない。それに魔術師は朱音だけでなく、ソフィアだっている。

 あちらもあちらで異次元の実力を持っているだけに、補助系の術を幾つか習得していても不思議ではない。むしろ、朱音よりも警戒すべき相手だろう。

「あ、アキラ様。ここに髪の毛残ってますよ。こちらはもうお掃除は終わったのでしょうか?」

 と、わずかな月明かりしかないにも関わらず、キャシーラが床からひょいと髪の毛を一本拾い上げる。そっちは二回くらい見直したと思うんだけどなぁ……。

「……手伝ってくれ」

 餅は餅屋に、掃除は使用人に。お掃除スキルには自信アリのキャシーラは、待ってましたと言わんばかりにニコっと笑みを浮かべる。

「いえいえ、アキラ様のお手をわずらわせるわけには参りません。このキャシーラに全て任せて、どうぞお休みください」

 言うが早いか、キャシーらはどこからともなく箒や濡れ雑巾なんか取り出して鼻歌交じりに床掃除を始めた。前々から思っていたが、キャシーラは本当に嬉しそうに世話を焼いてくれる。

 いくら組織からの命令とは言え、見ず知らずの相手のしかも本気を出されれば簡単に殺されてしまうような人物を相手に、ここまで振る舞えるものなのだろうか。そうならないようご機嫌取りをしていると言われればそれまでだが、そういうものとはどうも違う気がする。

 ──まあ、女心がわからない俺に、わかるわけないか。

 そんな昶の疑問なんてお構いなしに、キャシーラはテキパキと掃除を進めてゆく。本当に髪の毛一本にも気を使っているようで、床に顔を近付けてはじぃぃっと覗き込んでいる。それでも昶がしていたのより三倍以上は早かった。

「やっぱはえーな……」

「お褒めに預かり光栄です。使用人冥利に尽きます」

「どこの世界に物騒な魔法使う使用人がいるんだよ」

「ここにおりますよ。こ・こ・に!」

 と、キャシーラは昶の方に向き直り、にぃっと満面の笑顔を作って自分を指差している。あくまで自分は使用人だと言い張るつもりらしい。可愛らしくしななんて作っているが、シェリーといい勝負ができるレベルの人間が使用人と行ったところで説得力はない。いくら魔術そのものを学んではいないと言っても、魔術師の系譜の者がいる環境で修練を積めばそうでない者と差がでるのは当然である。

 そういう意味では、域外なる盟約(アウター・レギオン)は少数ながらも非常に危険な勢力であると言わざるをえない。マグスの基準で見れば上位に入るキャシーラですら末端なのだから、域外なる盟約(アウター・レギオン)の上層部は昶や朱音、あるいはソフィアと同等かそれ以上のちからを持っていたとしてもおかしくはないのだ。

 血の力を扱えない今の状態では、敵対したところで抗いようがない。断ろうものなら無理やりにでも連れて行こうとまで言っている。

 だが、悪いことばかりでもない。域外なる盟約(アウター・レギオン)には過去、この世界に連れてこられた魔術師達が残した膨大な記録が保管されている。その中には昶と同じ草壁流を祖とする一派もいるらしく、血の力に関する資料もあるかもしれない。というか、キャシーラの話ではすでに調べ始めているとのこと。

 いつだったか、異法なる旅団(テリビリアス)のリーダーとかいう偉そうな男が面倒はしっかり見てやるとか言っていたが、あれも嘘ではないようだ。もっとも、それはつまり何がどうあっても昶を自分の下に引き入れるという意味なのであるが。

「アキラ様! 無視しないでください!」

 せめて一言くらいはなにかおっしゃってください! とちょっと黄色い声で文句をつけてくるが、返す言葉が思いつかない。そう、こんな準備をしているということは、いよいよ明日ここから立ち去るのだ。

 ──けっこう、居心地良かったんだけどな……。

 ちょっと、聞いてるんですか!? いいです、キャシーラ掃除に戻ります。昶の一言を諦めたキャシーラは、しょんぼりとしながら掃除に戻った。

「ところで、お掃除しているってことは、もうこの部屋には戻らないんですよね? 本日はどこでお休みになられるのでしょうか?」

「眠れそうな気がしないから、そっちの準備に付き合うよ。それに、明日の朝から始めたって間に合わないだろ」

「言われてみれば、それもそうですね。では、街の宿を手配していただきますので、今日はそちらに泊まりましょう。あ、お部屋は一つでいいですよね? よろしいですよね!」

 なぜか同じ部屋にしましょうと力説してくるキャシーラ。まあ、二部屋より一部屋のほうが安いだろうし、それに今はマギア・フェスタで観光客も多い。二部屋どころか一部屋あいている宿だってあるかどうかわからない。

 そう思って全部任せると言ったら、なぜかキャシーラは背中越しにガッツポーズをしていた。なんで?

 それから少し、キャシーラの床を拭く音に耳を傾けている内に掃除は終わった。髪の毛一本も残さないという昶のオーダーにお答えして、室内はまるで新しい部屋のよう。人が寝泊まりしていた痕跡はまるでない。使用人としての腕も一級品……か。これまで何度も世話になっているにだから、知ってはいたけど。

「こちらは終わりました。アキラ様、準備はよろしいですか?」

「あぁ、準備はできてる。案内、頼めるか?」

「はい、喜んで」

 持ってきた手荷物も全て護符に封印した。時間もかなり遅く、人の気配もほとんどしない。大半お人は既に寝ていることだろう。

 それに都合よく、今夜は雲がかかっているようで普段以上に暗くなっている。キャシーラから気配遮断のローブを受け取ったアキラは、最後に部屋を一瞥(いち)する。

 思い出は全て、ここに置いていく。これまでの全てをなかったことにするように、昶はゆっくりと扉を閉めた。

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可愛いヒロイン達を掲載中(現在四人+素敵な一枚)
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