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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第二章:汝が力は誰が為に……
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Act24:予選レース第三コース

 森の中に入ってからしばらく。最後尾を飛んでいるチームリーダーの先輩は、時折上昇してはすぐに降下し地図を見る作業を繰り返していた。

「あの、ちょっと質問してもよろしいでしょうか?」

 アイナは後方へと下がり、チームリーダーの先輩に話しかけた。

「いいよぉ、なぁにぃ?」

「その、さっきから上にあがったり降りたりしてるのは、なんでかなぁって」

「あれぇ、ルール聞いてなかったのかなぁ?」

 きょとんとするアイナにチームリーダーの先輩は、それじゃあ復習ねぇ~、なんて言いながらえっへんと胸を張る。先輩っぽいことができるのが嬉しいらしく、妙にウキウキしている。

「一応、今日も説明はあったんだけどねぇ。えっとねぇ、中間地点までは森の上にあまり長い時間でちゃいけないってルールがあるのねぇ。昔は隠密行動の能力をみるためって評価項目があったらしいからぁ、その名残ぃ」

「じゃあ、今は特に意味は無いけど、ルールだけ残ってる……ってことですか?」

「その通りぃ。ご褒美にはなまるあげるぅ」

「あ、ありがとうございます」

 卒業したら魔法兵とかじゃなくて絶対に学校の先生の方が似合ってそう。それも小さい子供担当の。

 もっとも、真面目な理由としては地図の地形情報を読みながら飛行できるかどうか、という意味合いもあるそうだ。そういう意味では、見つからないように飛行するスキルは昔と変わらず求められているとも取れる。

 参加者が少ない頃は純粋な飛行技術で競っていたらしいのだが、参加人数の増加や競技の華やかさ(模擬戦に負けないように)もあって今のような妨害ありのレース形式へと変わっていったのだそうだ。

 純粋な飛行技術の競い合いは……確かに地味すぎる。しかもそれぞれの技術がどれだけ難しいのなんて、飛行術を専門にやっている人でないとわからない。

 それで人気が出るかと聞かれれば、首を横に振らざるをえない。飛行術レースは今でこそ魔法模擬戦に次ぐ花形競技となっているものの、現在の形になるまでには先人達の血の滲むような努力があったのかとアイナは再確認するのであった。

「一応、地図だけでも飛べないことはないんだけどぉ……」

 と言いつつチームリーダーの先輩はまたひょいっと少しだけ頭を出し、

「万全を期して、定期的に確認してるのぉ」

 またすぐに降りてきた。それからやや右側に進路を修正し、再びまっすぐ森の中を突き進む。

 目に見える景色が全て見たことがあるようにも、ないようにも見える。とてもじゃないが、アイナには地図だけで飛ぶなんてできない。それ以前に、陽の光も届かないので自分がどちらの方向に飛んでいるのかもわからないアイナには、逆立ちしたって無理である。

 ただ速く飛ぶだけじゃダメってことなのか。昨日まで一人でもどうにかなると思っていた自分の認識は、砂糖菓子よりも甘い考えだったと思い知らされた。

「地図が読めないからって、落ち込むことなんて無いって。そんなこと言ってたら、こっちは決勝レースを完走できるだけのスタミナがないんだからさ」

 前の方を飛んでいる防御担当の先輩は緩やかに減速して、アイナの横につける。

「一人で全部するなんて難しいから、それぞれの分野で得意な奴らが集まってチームを組むのさ」

「そうだねぇ。今年の参加者の中では、たぶんアイナちゃんはぶっちぎりで長く速く飛べるからねぇ。そこのところを期待してるんだからぁ、ナビゲートは先輩達にドーンと任せなさぃ」

 自分にできること、自分にしかできないこと。

 昨日から何度も言われてきた。優勝するには、アイナの力が必要不可欠だと。

 魔法もあまり使えない。地図も読めない。全体を見て指示をだすことももちろんできないけど、飛ぶことだけなら誰にも負けない。

 期待に応えるためにも、そのたったひとつの武器を最大限に使ってみせる。

「さてっとぉ、アイナちゃんの元気も出たみたいだしぃ、テンション上げていくよぉ。中間地点まであと一息」

 チームリーダーの先輩は、気持ち切り替えていきましょーとパチンッと手を叩く。

 進路を大きく右にとり、アイナ達はだんだん急になっていく斜面を登り始めた。




 進路を変更した直後から、地形が一気に険しくなってきた。

 徐々に上がる高度、近くを流れていた川も今では崖の下。少なくなっていく樹木の代わりに、無骨な岩が数を増してゆく。

「昔は火山活動が活発だったみたいでねぇ。高低差激しいのよぉ。で、雨水が集まりやすい地形ってのもあってよく川も氾濫するみたいぃ」

「遠くまで見えるようになったのはいいんですけど、他のチームと鉢合わせしそうで怖いですね」

「あはははー、大丈夫よ。いざとなったら先輩が守ってあげるから」

 とは言うものの、盾役の先輩の顔が笑っていない。

 攻撃担当の先輩は激戦を繰り広げていたチームの偵察に行っているため、今そんな事態になれば防戦一方で手も足も出ないなんて笑えない状況になりかねない、どころかそうなるしかない。

「一応、待機場所は指定してあるから、合流はできると思うんだけどねぇ……。それまでは、他のチームと会った場合は……そうならないように祈っておきましょうかぁ」

 攻撃手を欠いたレイゼルピナチームの不安をよそに、中間地点である尖塔が見えた。

 川の水位の計測、それと危険獣魔が街に近寄っていないかの監視所らしい。基本的に、その場に居るのが仕事みたいな人がいる場所である。

 もちろん、豪雨も危険獣魔も遭遇する機会はめったにないため、ぶっちゃけかなり暇な担当である。しかも近くの街からは相当離れた場所にあるので、おいそれと生き抜きに行くことも出来やしない。

 飲水に使っている川の水がすぐ近くを流れているので水不足にはなったりしないが、圧倒的に食料と娯楽が足りていない、そんな場所だ。

 そんな見張り員達だが、今日は本来の任務以外の仕事が任されている。

 すなわち、

「おい、もう来たぞ。はえーな、おい」

「ドンパチ避けて、地形選んできたんだろう。直線距離でくると、障害物と起伏の激しさに悩まされる形してるからなぁ」

「優秀なブレインが居るわけか。あれで学生なんだろ? おっかねーな」

 飛行術レースの参加者に、中間地点に来たことを示すレリーフの受け渡しだ。

 もちろん、途中リタイアした選手の休憩施設でもある。選手の怪我も考慮して、医者や衣料品、緊急用の食料なんかも先日送られてきた。

 日頃の任務で鍛えた監視能力は遺憾なく発揮され、どこから来るかもわからない生徒を目視のみで発見した。監視員は双眼鏡を取り出し、所属校を確認する。

「あの制服、レイゼルピナ魔法学院だ。人数は三人しかいないが、途中リタイアでもしたのか?」

「いや、制服には目立った損傷はないから、戦闘をしたわけじゃなさそうだ。置いてきたんなら不安そうな表情でもしてそうなもんだが、それもないのを見るに他チームの偵察に出してるんだろう」

「おらお前ら、スカートめくれるの待ってる暇があったら、受け渡し用のレリーフの準備をしやがれ。重いんだからな、アレ」

 会話の内容の酷さとは裏腹に、観察力と分析能力はかなり高い。優秀かそうでないかで言えば、間違いなく前者であろう。

 一般的な魔法兵とは隔絶した能力に呆れ返りながらも、おしいあとちょっと、なんて下品な会話を続けつつ三人の監視員は準備を始める。

 レイゼルピナ魔法学院の生徒に渡すレリーフはっと……。これ俺達の給料の何ヶ月分なんだろうと思うくらいには、それはそれは立派な金属製のレリーフを倉庫の中から引っ張り出した。

 飛行中に落としたくらいではなんともないくらい頑丈なので、多少手荒に扱ったところで何の問題もない。ドゴッ! ガチッ! ガガッ! ガコンッ! 石畳の上に、四枚のレリーフを平積みに積み重ねた。

 座りっぱなしのところに重いものを運んだせいか、腰が痛む。と、運んでいる間に肉眼でも見えるほど三つの人影が間近に迫ってきた。米粒ほどだった姿は一秒ごとに大きさを増してゆき、あっという間に見張員達の前までやってくる。

「レイゼルピナ魔法学院の選手でぇす。中間地点到着のレリーフを頂きたいんですけどぉ」

 チームリーダーの先輩は、相も変わらず緊迫感のない口調で見張員達の人に話しかける。が、見張員の人達、やたらめったら鼻の下を伸ばして幸せそうな顔になっていた。

「あのぉ、聞いてますかぁ?」

「あっ!? 申し訳ありません! こちらです!」

 見張員の三人は、慌てて後ろに積んである四枚のレリーフを持つ。アイナ達も狭い見張り台のスペースに順番に降り、用意していたカバンにレリーフをしまってゆく。

「それじゃあ、お仕事がんばってくださいねぇ~」

 チームリーダーの先輩がそう言い残すと、三人は元来た道から少しだけ外れたコースへと進路を取った。




 レリーフは余裕のあるアイナが二枚、先輩達がそれぞれ一枚ずつ運ぶこととなった。

 人を乗せるのはそうでもないのだが、レリーフの重さがずっしりと両肩に食い込んできてちょっと息苦しい。

「いや~、皆さん協力的で助かったなぁ~。ちょっと恥ずかしかったけどぉ」

 チームリーダーの先輩は、なぜか頬をぽっと赤らめて(うつむ)いていた。危うく木の幹に衝突になりそうになったのもこれで三回目、あの一瞬の間にどんな出来事が合ったのだろう。

 アイナは盾役の先輩にチョイチョイと手招きされ、頷き合うと(くだん)のチームチーダーの先輩の横に並んだ。

「あの、なにがあったんですか?」

 恐ろしさ半分、面白さ半分くらいの感覚でアイナは耳打ちしてみる。

 するとチームリーダーの先輩は、それはそれはもじもじと恥ずかしそうに続けた。

「え、えっとねぇ……。去年の大会なんだけどぉ、見張員の機嫌損ねちゃってぇ、なかなかレリーフを渡してもらえなかったチームがあってぇ」

「それって、ダメじゃないの?」

「私もそう思うんですけど」

 盾役の先輩の言葉に、アイナもうんうんと頷く。

「それはそうなんだけどぉ、実際そういうわけにもいかなくてねぇ……。それでまぁ、先輩達から代々使われてるやつを……ちょっと」

 そこで更に小さくなった声であるが、それを聞いた瞬間に二人も顔が真っ赤になって唖然となって、思わず墜落しそうになった。

 まあやることは簡単で、見張員達の方々にいい気分になってもらえばよろしいわけでして。

 つまり一言で表現すると、見せてあげたのであった。

「いや~、いつもより派手なやつだから、余計に緊張したよぉ~」

 なるほど、アイナ達と違って見張員達の斜め上に陣取ってスカートの丈も普段より短くしていると思ったら、そういう思惑があったのか。てっきり動くにくくて邪魔になるからだと思っていたけど。

 女の子のアイナから見ても色っぽいこの先輩なら可能だろうが、ザ・普通のスタイルのアイナには逆立ちしたって真似出来ない奥義である。もっとも、ザ・ド貧の某友人と比べたら百倍くらいは適性があるのは間違いないであろうが。

「ちなみに、どんなのつけてきたのよ?」

「かなり、あれな、ローライズ」

 アイナの知らないところで会話を続けている先輩達は、既にどんな下着を見せつけちゃったのかについての問答に移っていた。

 形がどうのとか、色がどうのとか、素材はどうのとか、そういう生々しいピンク空間になっていて、もうアイナには近づけないような大人でアダルティな話になっていたのである。こ、これが、大人ってやつなのね!

 と、しばらく追求にあっていたチームリーダーの先輩は、手をかざして待ったをかける。

 発する雰囲気もちょっとピンクでアレなものから、シリアスなものに変化していた。アイナが前方に目を凝らすと、そこには他チームの偵察に行っていた攻撃役の先輩の姿があった。

「なんか楽しそうな話が聞こえた気がしたんだが、俺の気のせいだったかな?」

 特殊な魔法か秘術の類──門外不出のその家独自の魔法──か、この攻撃役の先輩はさっきまでの大人でアダルティな話を聞いていたっぽい。

 なるほど、それだけ耳が良いのなら確かに情報収集にはうってつけだ。先輩の恥を男の人に聞かれるだけで情報が入手できるなら安いものだろう、たぶん。

「まあ、それはそれとして。ありがとうな、アイナちゃん。俺の分のレリーフもらうよ」

 合流した攻撃役の先輩も交えて、一行は素早くその場から離れた。飛行が安定し始めると、攻撃役の先輩は矢継ぎ早に報告を始めた。

「早速でなんだが、中間地点すぎたならもう上に出られるんだろ? だったら今すぐ上がって最短距離でメルカディナスを目指したほうがいいぞ。ドンパチやってた戦闘のチームなんだが、正直うちよりもすごい」

 聞き捨てならない内容に、三人はぎょっとなった。

 中間地点に一番乗りで到着したのは間違いなく自分達のチーム。魔力にも余力を残していて大きなリードもあるのに。

「さっきの場所の近くまで魔法戦してたんだけど、バテるどころかそのまま押し通りやがった。あの速度なら、もう折り返してこっちに向かってると思うぜ?」

 あの規模の魔法戦をしながら? 三人の目は五割増しでぎょっとなった。さすがに今の今までずっとというわけではないだろうが、数十分間も魔法戦を実行するだけの集中力とそれを可能とするだけの魔力を持っているというのはかなりの脅威だ。

「ついでに言えば、他のチームもこりゃどうにもならないって思ったらしくてな。レース前半の半分を過ぎたあたりから距離を大きく開けて、魔法戦も散発的になってた。あんなペースでやってたら魔力も持たなくなるし、後半のために一時退避したんだろう」

「あれが、どうにかなっちゃったとぉ……。やっかいなところが残ったねぇ。できれば隠れたまま進みたかったけど、それを聞くと上に出て最短ルートで帰ったほうが良さそうだねぇ」

 チームリーダーの先輩がそう指示すると、四人は森の上へと出た。風はそれほど強くはないが、進行速度が上がり遮蔽物もなくなった分だけ進路がずれる。

 だが、相手の技量は四人のそれを更に上回っていた。

「うわっ!? もう追いついてきた!」

 盾役の先輩が悲鳴のように叫ぶと、三人も後方を振り返る。まだ小さな点にしか見えないが、少しずつ近づいてくる人影が複数確認できた。

 魔力を温存してるこっちとちがって激しく撃ち合っているはずなのに、速力が衰えているようには思えない。

「みんなぁ、速度上げるよぉ。ちゃんと付いて来てねぇ」

 間延びした号令の直後、全体の進行速度がぐんと上がった。八割近かった速度が九割五分とほぼ全力に近い速度。近付いて来た人影もようやく止まった。

 相手の方が技量は上かもしれないが、こっちはそのためにわざわざ綿密な打ち合わせをしてきたのである。ただでさえ模擬戦に戦力が取られて万年火力不足に頭を悩ませているのだから、その分を他で補わなくては。

 実は本人には伝えていないが、このチームはアイナを決勝レースに進めるための編成がなされており、彼女の速度に合わせて二年生の中でも速力に秀でた者が集められているのだ。

 身内贔屓(みうちびいき)を差っ引いたとしても、アイナの速度は今大会では最速ではないかというのが二年生の総意である。昨年の大会を見てきた二年生からしても、目を見張る物があった。

 なのでこのチームの売りは何と言っても大会でもトップクラスの速度。それがほぼ全力に近いレベルで飛んでいるのだから追いつきようがないというもの。しかもこちらは魔力を温存しているし、増速だってできる。追いつけるものなら追いついてみろ。

 とは言え、いつまで経っても相手を引き離せてもいないのも確かである。魔法戦も優秀で、大会最速を自負するこのチームに追従するだけの速度もあると。お前ら飛行術レースじゃなくて魔法模擬戦にでも出てろと言ってやりたい。

「あの制服、確か万年総合二位の学校のじゃなかったっけ?」

 耳だけじゃなくて目も良いらしい攻撃役の先輩は、点にしか見えない後ろの選手の方を眺めてそんなことをつぶやいた。

「あららぁ~。あそこかぁ~。他の学校と違ってぇ、優勝経験が無いからねぇ。今年こそは優勝するってぇ、いつも気迫がすごいのよぉ」

 チームリーダーの先輩はあちゃぁといった風に乾いたら笑いを浮かべている。他の先輩達の顔色からも、相当に分の悪い相手なようである。

「その学校って、そんなにすごいんですか?」

「都市国家みたいなところでぇ、ほんとに小さい国なんだけどねぇ。みんな優秀だよぉ」

「うちは優勝常連、あっちは万年二位。つまり、毎回うちの学校に負けて優勝取り逃がしてるようなもんだからさ。勝ちたくて勝ちたくて仕方がないってわけだよ。特にうちに」

「だから、私達の学校といい勝負な“超”のつく武闘派って言えばいいのかな。そんな人達が揃ってるのよ」

 三人の先輩は、口々に教えてくれた。

 とはいえ、アイナの中では基準が昶だったりシェリーだったりと色々ぶっ飛んでたりするので、先輩方の想像する武闘派とアイナの中の武闘派とでは大きな違いがあったりするのだがここは横に置いておいて。

 そんな他の学校の雑談を話しながらしばらく、あともう少しでメルカディナスの街が見えてくるだろう。あともう少しでゴールだ。このままいけば四人共決勝レースに進むことができるだろう。

 そうしてわずかに気持ちに綻びが生じた瞬間、下方から炎の弾丸が雨あられのように襲い掛かってきた。

「散開ぃ!」

 何が起こったのかを理解する前に身体が動いた。遠ざかるように急上昇しながら、四人は弾かれたように散り再び集合する。

「待ち伏せしてやがったのかよ!」

 吐き捨てながら攻撃役の先輩は、下方に向かって風の弾丸を適当にばらまいた。

 しかし、相手の居場所がはっきりわからないためあくまでも牽制程度。いや、牽制にすらならないか。

「人数減っちゃうのによくやるわ。いったいどこの学校よ」

 盾役の先輩もそう愚痴りながら、アイナを護るように水の盾を張って防備を固める。

 その愚痴に答えたのは、チームリーダーの先輩だった。

「あ、あれ、後ろの学校ぉ……」

 すると姿を突然眼下から現した相手はこちらの頭を押さえるように位置取り、炎の弾丸と飛ばしてきた。超が付くほどの武闘派というのは、全くの誇張ではなかったらしい。というより、本当に正気を疑うレベルだ。

 ただでさえ厳しいこのレースで貴重な戦力の一人に待ち伏せをさせて追い抜かれた時のための保険にするなんて戦術、聞いたことが無い。先輩三人も過去の大会について見聞きしたものや過去の資料なんかを思い浮かべてみたが、やはり前例はない。

 だがあえてそんな戦術を取ってきたということは、この学校は三人でも四人の魔法攻撃をかいくぐって反撃するだけの実力があると自負しているのだろう。だとすれば、この待ち伏せしていた選手も魔法・飛行術共に相当優秀であるのは疑う余地もない。いざとなれば一人で複数人を相手に足止めをしなければならないのだから、後方から追いかけてくる三人よりも上と見るべきだろう。

 魔法模擬戦に出しても恥ずかしくないレベルなのだから、アイナ達では正直手に余る相手だ。前と後ろからの挟み撃ち。後方からの攻撃は盾役の先輩が水の盾、前からの攻撃はチームリーダーの先輩が風の盾を張って防いでくれているがこれだっていつまでもつか。

「こんだけばらまかれてるなら、下手に動き回るより突っ切った方が速いぞ。どうするよ?」

「じゃあぁ、その案採用でぇ。速力最大、いくよぉ」

 アイナを中心にして密集形態を取ると前後に盾を張り、攻撃役の先輩は前から飛んでくる炎の弾丸だけに注意して風の弾丸で迎撃する。が、やはり手数で大きく水を開けられている。

 守られているとは言え、自分から弾の中に突っ込んでいくというのは生物の本能的に恐怖を感じる。魔法模擬戦だったならば、この比ではないほどの魔法弾が飛んで来るのだろうか。それはそれで、全身が総毛立つ。

 と、速度の落ちないアイナ達に業を煮やしたのか、前方の選手がこちらに近付きながら密集弾を撃ってきた。

 ただでさえ不足している手数の差が更に広がり、盾がみるみる薄くなってゆく。このままでは防ぎきれない。

「これ、突っ切るの無理じゃない?」

 後方で水の盾を張る先輩が、乾いた笑いを浮かべている。振り返ったその拍子に、点でしかなかった後ろの選手がはっきりと見え始めていた。全力で飛行していたつもりだったが、前を取られている不利を埋めるほどには至らない。

「アイナちゃん、森の中でも今より速く飛べる自信あるぅ?」

 チームリーダーの先輩は少し考えてから、アイナに問いかける。既にかなり無理しているらしく、ふわふわとした表情から冷たい汗が一滴垂れたいた。

「た、たぶん……」

 先輩達からの視線に身が引き締まる。自分に向けられる期待の大きさに、嫌でも気付かされる。

 その期待にはできるだけ応えたいし、アイナ自身も決勝レースに残りたい。しかし、相手は自分達より何枚も上手だ。飛行技術もさることながら、魔法戦闘の技術は足元にも及ばない。

 たぶん、このまま森の上を飛んでいても追いつけはしないだろう。それだけ相手の狙うは散漫的に見えて正確だ。昶達との特訓の成果がこんな形で見えるなんて。だからこそ、この攻撃の中に闇雲に突っ込んだとしても無意味だとわかってしまう。

 だが例え障害物があるとしても、森の中を突っ切るのだとすれば今よりも速く飛べる自信はある。絶対に決勝レースに残れるという保証はないけれど。

「じゃぁ、その方向でぇ」

「い、いいんですか? 速く飛べる自信はありますけど、追い抜ける自信もないんですけど」

「いやぁ、このままだと他のチームにも追いつかれちゃうしぃ。あとぉ、こっちの二人はたぶん完走まで魔力が持たないと思うよぉ?」

 ハッとなって、アイナは先輩達三人をよく見た。チームリーダーの先輩はともかく、残り二人の先輩は息も上がり疲れているのがはっきりわかる。

 残念ながら、四人そろって決勝レースまで行くのは難しいと判断せざるを得ない。

「大丈夫、背中はきっちり守ってみせるから」

「俺達だって意地があるからな。大丈夫、ちゃんと決勝レースには送り届けてやるよ」

 三人はもうアイナだけでも決勝レースに送るという意志を明確に示していた。あとは、アイナ自身の同意のみ。

「…………わかりました。無理かもしれませんけど、精一杯がんばります」

 待ってましたとばかりに先輩達は頷いた。

「じゃあぁ、私のとっておきの魔法ぉ、使っちゃうかなぁ」

 チームリーダーの先輩はそう言うと自分が乗っているものとは別にもう一本、指揮棒のような小さな発動体を取り出す。

「降下開始ぃ。後輩にかっこ悪いところ見せた人にはぁ、学院のデザートをレースに参加したみんなにおごってもらうからねぇ」

「そりゃ大変だ。きっちり全弾迎撃しないと」

「うわぁ、やめてくださいよ。うちなんて名ばかりのビンボー貴族なんですから!」

 アイナを護るように急降下。そして先輩達は森の木々のギリギリ上を陣取って、幾重にも盾を張り巡らせる。より密集して襲いかかる炎の弾幕を撃ち落とし、弾き返し、その間隙を縫って収束された風の奔流が突き抜ける。

 炸裂する炎が、空間をかき乱す風が、よりアイナの姿をかすませた。次々と炸裂する音、熱波、暴風、衝撃、その全てを一身に受けながら、アイナはすべての力を杖へと注ぎ込む。

 もっと速く、もっと前に。自分に全てを賭けてくれた先輩達の期待に応えるために、アイナは無我夢中になって飛んだ。なにもない空を飛ぶよりも、ずっとずっと速く。

 高速で通り過ぎてゆく木の幹、視界をかすめる舞い散る木の葉、それらを最小限の動きでかわし、まるで真っすぐ飛んでいるかのようにアイナは森の中を突き進んだ。

「いやぁ~、どえらい新人がきたもんだねぇ」

「じゃないと、俺達が身体張る意味ないだろ?」

「決勝レース、全力で飛ばしたら大会レコードぶっちぎっちゃいそうな勢いだもんね」

 たった一瞬の間に見えなくなってしまったアイナを見送ると、先輩達は気合を入れ直す。後輩が見ていないとはいえ、言ったことにはきちんと責任持たないとね。

アレ(●●)をやるなら早くした方がいいぜ? 他の学校もどんどん追いついてきてる。前半で魔力温存してたのは、うちだけじゃないからな」

 攻撃役の先輩は前方からの炎の散弾を迎え撃ちつつ、よく見えるらしい目で後ろの状況も伝えてくる。

 他チームの動向が伺えない前半とは違い、後半は全員が森の上を通って帰ってくる。別に森の中だろうが上だろうがどこを飛んでもかまわないのだが、好きこのんで障害物の多い森の中を飛ぶ者など普通は居ないだろう。

「じゃあ頃合いかもねぇ。ではではぁ、とっておきを見せてしんぜよぉ」

 状況とは正反対にニヤッと不敵な笑みを浮かべると、チームリーダーの先輩は小さい方の発動体に魔力を込める。二つの発動体で同時に別々の魔法を扱えるあたり、この人の技量も他人が見れば呆れ返るほどであるがそれはひとまず保留として。言葉というか、言語というか、他の二人が聞けば何種類もの動物の鳴き真似にも思えるようなものを唱え始めた。

 そんな摩訶不思議(まかふしぎ)な詠唱が終わると、周囲の爆音と反比例するようにゆっくりと小さい杖を振るう。すると三人の足元よりわずかに下方、他の学校の選手達からは見えるか見えないかというギリギリの位置で空間が不自然に歪んだ。極彩色を放つ異様な空間は複数の点を中心にくるくると渦を巻きながら集まっていくと、やがて一つの虚像を結び出す。

「こりゃすげーや」

「これって多分、誰も気づかないよね?」

「えへへぇ~、自信作ぅ」

 そこに浮かび上がったのは、三人と並走するように飛行するアイナの幻影だった。ちょうど相手の攻撃も目くらましになっているし、タイミングさえ間違えなければ『幻影使いがいる』という情報は誰にも知られること無くこのレースを終えることができるだろう。

 ところで予選レースの参加者が二八人いて、決勝レースに進めるのは上位三分の一、つまり九人となっている。そして予選レースは全部で六つあるので、決勝レースには総勢五四人もの選手が参加することになる。

 この数字だけ見れば予選レースの倍以上もいて本当に大丈夫か、なんて思う人もきっといるだろう。だが、よく考えてみて欲しい。こんな派手な戦闘を行いつつレースをして、いったいどれだけの人数がゴールまでたどり着けるかということを。

 裏を返せば、これくらいの人数が進めるようにしておかなければ決勝レースの参加人数がスカスカになってしまうのである。そしてこの予選レースの場合、九人全員が果たして決勝レースに進めるのかと問われれば……。

「まあぁ、二人共骨は拾ってあげるから潔く散ろうかぁ」

「縁起でもないこと言うな。まあ、完走できるかどうかって意味なら間違ってないんだが」

「だよねー。私、メルカディナスの街まで持つ自信ないし」

 現在の状況から考えれば、全チーム参加による魔法乱戦は避けられない。優秀なマグスの集まるレイゼルピナ魔法学院ですら完走できない人は多くいる現状を踏まえれば、他のチームも似たり寄ったりといった感じだろう。

 魔力が尽きて脱落者が相当数出れば、完走するだけでも決勝レースに残れる芽が出てくる。レイゼルピナ魔法学院チームの三人は、こちらの方針に方向転換したわけだ。

「ちなみにぃ、スカートの中までバッッチリ再現しましたぁ」

「マジかよ!?」

「そこ! 反応しない!」

 こうしてマギア・フェスタ、メルカディナス大会、飛行術レース予選レースの第三コースでは、魔法模擬戦と見紛(みまご)うばかりに七チームが入り乱れた魔法戦が繰り広げられたのであった。

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