Act22:一回戦
間もなくして魔法戦模擬戦の予選が始まった。複数の競技場に分かれて、集団戦の部の総当り戦が開始される。
競技の始まる前に、昶はまず基本的なルールをレナから教わった。
第一に、審判は大戦校が属する国の出身でない者が行う。これは公平性を確保するためで、無意識にでも自国有利な判定をしてしまうのを防ぐためなのだそうだ。
第二に、選手には風精霊の結晶を用いた防具の装着が義務付けられている。模擬戦はあくまで模擬戦であり、選手が怪我をしないための措置だ。さらにもう一つの目的として、勝敗の可視化というものがあるらしい。
防具の防御力が一定を下回ってしまった方が負け、という単純明快でわかりやすい指標もこの防具のおかげで可能になったのだとか。しかもその性能もなかなかのもので、上位クラスの魔法でも一回くらいなら防げるらしい。もちろん、そんなものを食らえばその瞬間に負けが確定してしまうわけであるが。
とはいえ、選手の身の安全を考慮すれば当然のことであろう。
そして最後に、防具の具合や戦闘の進行具合によっては審判が止めに入ることがあるが、その場合は即座に試合を終了しなければならない。選手間の実力差があまりにも大きな場合、防具があろうと魔法によっては相手を殺傷してしまう恐れがある。それを未然に防ぎつつ模擬戦の邪魔はしてはならないとは、審判の責務はかなり重そうだ。
大まかには、この三つを守っていればあとはだいたい何をしても大丈夫とのことである。
やっていいことを決めて戦術の幅を狭めるより、やってはいけないことを決めて自由度を確保する方が後々役に立つ、のだそうだ。
なんの役に立つのかは、わざわざ言わなくてもわかるだろう。
そのことを頭に入れつつ、昶は午前中の団体戦予選を観戦する。
魔力の気配からおおまかな実力については把握していたが、やはりなかなかレベルが高い。レイゼルピナ魔法学院でも思っていたことだが、学生であってもこの大会に出てくるような選手は既に一般的な魔法兵のレベルではない。
一騎当千の魔法戦力として近い将来それぞれの国で活躍するだろうというのは、この時点でもわかる。レイゼルピナで言えば、最低でも精鋭と言われる蒼銀以上は確定だ。
しかし、問題は団体戦ではなく個人の方。どこの学校も一番力を入れているのは個人戦なので、実力者も団体戦ではなく個人の方に集まってくる。
防具に攻撃を受けず怪我をさせないように戦えるかどうか、自信がなくなってきた。
それから昼食をとってしばらくして、団体戦予選も一部が終わり個人戦の予選が順次開始された。いよいよ自分の出番かと、昶も準備を始める。
審判から改めて基本的なルール──特に勝敗の判定について説明された。それを聞き終えると、いよいよ風精霊の結晶を使った防御魔法を展開される。
大粒の飴玉くらいの大きさはあるだろうか。それを見えやすい制服の胸元につけられた。
「では続いて、レイゼルピナ王国レイゼルピナ魔法学院、アキラ選手と、聖リリージア国ネフェリス聖堂騎士学園…」
風魔法による拡声器の声が、会場いっぱいに反響した。
絶対王者、レイゼルピナ魔法学院の選手が、今日はじめて競技場に立つ。
事前に配られた資料で、昶が一年生であることは既に知られている。こと、魔法先頭においては最強とも目されるレイゼルピナ魔法学院で、上級生を押しのけて立つこの一年生はどれほどの実力を持つのか。
まだ団体戦予選も終わってない学校の選手達も、未だ戦闘中以外の生徒は全員この試合に注目している。うるさいほどだった歓声は静まり返り、会場中の視線という視線が集まっていた。
フィールドの中央に立ったところで、ようやく昶は相手選手を認識した。舐めた真似しやがって、絶対に叩き潰してやる。剥き出しの敵意が一点に集中して向けられる。
そういえば、名前聞いてなかったな。まあ、こんなやる気なさそうに見えれば、誰だって怒るか。
まるで他人事のように評する昶は左手を軽く腰に刺した太刀に添え、思考を戦闘モードへと切り替えた。
軽く腰を落とし、意識を前方の選手へと集中。一挙手一投足を逃さぬよう、鋭く目を凝らす。
「準備はよろしいですか?」
「はい」
審判に聞かれ、短く応える。
符術は使えるが、こんな多くの人の目の前で魔法以外の術はやめておいた方が賢明だろう。珍しい魔法を使うやつが居る、なんて情報が流れてまた変なのに絡まれるのもごめんだ。他のやつなら、発動体使った普通の魔法と思ってくれるだろう。
近接戦だけで終わらせるのは決まりとして、まず相手の力量を見極めてから。頭の中で算段を整えつつ、ただその時を待つ。
間もなくして相手選手側の審判も確認を終え、遠くへと離れた。さて、いよいよ本番だ。気を引き締めてかからなければ。
「準備はよろしいですね? それでは、試合開始!」
──────ファーーーーッ!
甲高い金管楽器の音が試合開始の合図を告げた。
相手の動きは、昶の予想していたものよりもずっと速かった。
地面から数センチふわっと浮き上がると距離を取りつつ金属の杭を錬成し、広範囲に撃ち出す。昶の持つ発動体──正確には違うが──を見て、近接戦が主体だと判断したのだろう。
判断の瞬発力はなかなかのもの。呪文もなしに素早く魔法を起動させて、同時に飛行術も使用。しかも使っている発動体はレイゼルピナでよく見る木と宝石を組み合わせた大柄なものではなく、指揮棒のような小さなもの。素材も木材ではなく、動物のもの──恐らく獣魔の類ものだろう。
確か、魔力のブースト効果があるとかなんとか、授業でやっていたような気がする。
別系統の魔法を複数同時に使用、しかも乗れるタイプ以外では制御の難しい飛行術を指揮棒のような杖で。
魔力の気配の通り、団体戦の選手よりとは一線を画している。相当の手練だ。
まあ、普通のマグス相手ならそれでも十分だったろう。どこも間違った対処はしていない。しかし、今回ばかりは相手が悪すぎた。
風精霊の防御魔法の範囲を意識しつつ、昶はいつもよりもやや大きめに身体を動かした。
金属の杭は数は十数本と数は多いが広範囲に散らしてあるため、実際にかわす必要があるのは二本程度。それにこの程度の速度、
──あいつらに比べたら、遅い。
横に一歩踏み出しながら半身をひねり、相手の攻撃を難なく回避した。
しかし、向こうもそれくらいは想定済み。むしろ、魔法戦で圧倒的な戦績を残しているレイゼルピナ魔法学院の生徒に、こんなレベルの攻撃で倒れてもらっては困る。
今日この日のために、血の滲むような鍛錬を積み重ねてきたのだから。
「アイギーナクレスタ!」
上位の攻撃呪文、先程までとは比較にならないほどの大量の氷の刃がばッと広がったかと思うと、昶めがけて一斉に向かってきた。
とても数えられる量じゃない。さすがにここれを回避だけでしのぐのは、不可能だ。
ならば……。
量の足で固く地面を踏みしめ、一瞬だけ空白の時間が訪れる。
「雷華、壱ノ陣──閃」
短く一呼吸、目にも留まらぬ速さで昶は腰の刀──村正を抜き放った。その切っ先からは瞬時に練られた爆発的な霊力が、雷撃となって空宙に飛散する。
先端からまるで蜘蛛の巣のように広がった白い閃光は、轟音と共に進路上の氷刃を跡形もなく消失させた。雷撃を免れた氷刃は、続々と地面へと突き刺さる。昶を取り囲むよう、美しい円形に。
まるで戦いは終わったとでも言うように、昶は村正を鞘へと収めた。
たった一撃で、両者の実力差は明確だった。昨年の大会にも参加している各学校の生徒は、肌で感じたことだろう。
昶の実力は、例年のレイゼルピナ魔法学院のそれを大きく上回っていることを。上級生が不作だったからではなく、この一年生が突出しているのだと。
相手選手は、愕然としていた。放ったのは上位の攻撃魔法。それも防御魔法によってよって防がれないよう、一点集中型ではなく多方向からの同時攻撃だ。それを後出しの魔法で、瞬時に迎撃されたのである。
やられる前に叩き潰す。自分より上の実力を持つ者が相手の時は、力を出させる前に倒すより他に方法はない。だから昶の発動体を見て、遠距離攻撃による一撃必殺を実行したのである。
動く前に仕留めれば、あるいはダメージを与えればと。足止めは完璧だった、その後の攻撃呪文も今までで一番早かった。しかし、昶のいる場所はまだ遥か彼方だったらしい。
不思議と笑いがこみ上げてくる。相手はまだ最初の場所からほとんど動いていないどころか、こちらへ攻撃してくる様子もない。
完全に舐められている。が、これだけの実力差だ、舐められて当然だろう。
棄権する選択肢ももちろんあるが、
「アイギーアフォール!」
そんな真似は、自分自身が許せない。そのムカつく態度、絶対に改めさせてやる。
心はまだ折れていない。魔力を杖の一点に集中させ、防御魔法の上から叩き潰すつもりで上位の攻撃魔法を放つ。
先程は手数を増やした分だけ、一撃の威力が削がれて各個迎撃されてしまった。ならば、防げないほどの強力な攻撃はどうだ。
龍の牙から削りだして作った魔法の杖によって、威力は底上げされている。防げるものなら防いでみろ。
生成された氷の粒は横倒しされた竜巻のようになって、昶へと襲いかかった。氷の竜巻は地面をまるでバターのように削りながら、一直線に迫ってくる。先頭部分の直径は一メートルかそこらだが、最後尾は十メートル以上はあるのではなかろうか。
レイルピナ魔法学院でも、これだけの魔法を扱える人数はそう多くない。今回の大会参加者でも、片手で数えられるくらいだろう。
「雷華、参ノ陣」
しかし、この程度で動じる昶ではなかった。この程度の術なら、もう既に体験済みだ。
いや、あの時の──王城での戦いはこんなものではなかった。範囲も、威力も、この百倍以上はあっただろう。
昶はもう一度固く大地を踏みしめ再び村正を抜き、切っ先を前方に向けたままいっぱいまで後ろに引き絞る。
「──螺」
爆発的に膨れ上がった霊力が、バチバチと火花をちらして白銀の刃を覆い尽くした。とその直後、前方に突き出された村正の先端からまばゆいばかりの閃光が飛び出す。
その閃光に遅れること一拍、鼓膜を突き破らんばかりの雷鳴が駆け抜けた。あまりの光量と破裂音に、会場にいた全員が両目を固く閉ざし耳を塞ぐ。
そして気付いた時には、今まさに昶を切り刻もうとしていた氷の竜巻は影も形もなくなっていた。
相手の選手は、ぎしぎしと奥歯を噛みしめる。
相手は近距離型だろうから、距離をとって戦えばいい? その結果はどうなった。手数で攻めても、一点突破で攻めても、あっけなく迎え撃たれたではないか。
昶の目からは、相変わらず戦いの意思は感じられない。まだやるのか? と、そう語りかけられてるように感じる。
しかし、相手が格上なのは承知の上。ネフェリス聖堂騎士学園の代表として、棄権だけは絶対にありえない。
「俺だって騎士の端くれだ。接近戦くらい!」
聖堂騎士学園と銘打ってるだけあって、ネフェリス聖堂騎士学園の生徒は近接戦闘の鍛錬を積んでいる。普通のマグスが相手なら十分過ぎるほどの腕前だが、近接戦闘が主体のマグス相手には流石に分が悪い。
だから昶相手には距離をとったのであるが、最大の手数で攻めても、最大の威力ので攻めてもあっけなく防がれた。切り札が二枚とも破られた以上、他の遠距離魔法が通じる道理はない。
ならば、
「はぁッ!」
まだ近接戦を挑む方が可能性はある。例え、それが相手の土俵であったとしても。
地面すれすれを滑空して、一気に距離を詰める。杖の先に氷の刃を生成し、コンパクトな動作で斜め下に斬り下ろした。
しかし、昶はそれをこともなげにかわす。無論、相手の振りが遅いのもあるが、それ以上に強化された五感の前には通常の近接戦闘術は意味を成さないのである。
間合いから軌跡に至るまで、昶の瞳は鮮明に捉えていた。半身をひねり、上体をそらし、時折混ぜてくる無詠唱の魔法も杖を持つ手を弾いてあらぬ方向へとそらす。
攻めているはずなのに、じりじりと追い詰められていく。敵意のなさがむしろ巨大な圧力となって、相手選手に重くのしかかった。
「くっ!」
突きと見せかけて斜め下に切り落ろし、返す刃で払いあげる。絶え間ない連続攻撃に息が上がり、全身が悲鳴をあげている。もう何十手、刃を振るっただろう。全身の筋肉が、酸素を求めて軋んでいた。
しかし、止めることはできない。もし一度でも動きを止めれば、その瞬間にやられてしまう気がするのだ。
「でやぁっ!」
それにしても、涼しい顔しやがって。こっちはとっくに限界だってのに。
模擬戦が始まってから顔色一つ変えない昶に、底知れない薄ら寒さを感じる。
薙ぎ払いながら身体をひねって裏拳を叩き込むが、予め知っていたかのようにかわされた。
ならば! そこから手首を返して狙いを定め、氷の散弾を放つ。
「ッ!?」
無理な連続攻撃と姿勢に、腕の筋が突っ張った。
だが、それは向こうも予想外だったのだろう。模擬戦で初めて、こちらの攻撃が昶に届いたのである。どうにか制服のマントで直撃は防いだらしいが、ここから一気に畳み掛けてやる。
しかし、畳み掛けられたのは相手選手の方だった。
昶は予想外の攻撃がために、マントで防御したわけではない。
「ッ!」
相手の動きが固まった一瞬を逃さず、この試合を決めに来たのである。あえて回避ではなく防御することで、相手の次の選択肢を奪ったのだ。この程度の魔法なら、風精霊の防御魔法で十分に耐えられる。
氷の散弾を受けた昶は、のけぞるどころかむしろ更に前へと踏み出す。そして右手でマントを払いのけながら、左手で鞘に入ったままの村正を思い切り相手の腹部へと打ち込んだ。
見ている方が血の気が引くほど、柄頭は深々とめりこんでいた。完全な不意打ちに、一瞬だけ意識が途切れる。その一瞬が、この戦いの行方を決定づけた瞬間であった。
ふわっと浮き上がった相手の顎めがけて、昶は柄頭をかち上げた。まるで馬車にでも引かれたかのように、相手の身体が緩やかな放物線を描く。
ろくな受け身も取らぬまま、相手選手の身体は地面に打ち付けられた。幸い、風精霊の防御魔法のおかげで目立った怪我はないが、横たわったまま動く気配はない。
いやこの場合は、動けないといったほうが正しいか。軽い脳震盪でも起こしているのだろう。あんな勢いで頭を揺さぶられれば、昶だって立てる自信はない。
「そ、それまで! 勝者、レイゼルピナ魔法学院、アキラ選手!」
あまりにも呆気ない閉幕に、会場は静まったままだ。そんなギャラリーには目もくれず、昶は村正を元の位置に直すと対戦フィールドを後にする。
入れ替わりに、相手選手の手当に大会運営者らしき人たちが向かっていった。
レナ、シェリー、ミシェル、ミゲルの四人は、観覧席から昶の試合を観戦していた。
負けるなんてことは万が一にもありえないとは思っていたが、あまりに飛び抜けた技量差に開いた口がふさがらない。
昶の戦っている姿を遠くからじっくり見るのって、よく考えたら初めてではなかろうか。
記憶にある限りでは、隣で一緒に戦っている姿だけ。図抜けた実力なのは何度も見てきたのでわかっていたつもりだが、こうやって客観的に見ると明確に差がわかる。
よく知っている四人ですらこの反応なのだから、初めて見る人はどうなるだろう。これまで何度も大会は見てきたレナ達も、例え一回戦とはいえここまで一方的な試合は記憶に無い。
「何と言うか、流石としか言いようが無いな。参加そのものがルール違反に見える」
静寂を最初に打ち破ったのは、この中では昶と一番接点の少ないミゲルだった。確かに、その表現が一番しっくり来る。
参加している本人ですらそう思っているのだから、当然といえば当然話である。
「いやぁ、わかっちゃいたんがけど、やっぱすごいわね」
「そうね。アカネさんとソフィアさんのは、マジュツシ対マジュツシだったから、ただすごいなぁってしか思わなかったけど。マグスとマジュツシじゃ、ここまで差がでちゃうのね」
シェリーのつぶやきに相槌をうちながら、レナは数日前の二人の戦いを思い起こす。
あの時は魔術師同士の戦いであったため、自分達との差というのが視覚的に体感できなかったが、これが両者の差というものらしい。
まるで大人と子供だ。しかも昶にとっては、準備運動にすらなっていないのが恐ろしいところである。この四人では、どうあがいたって勝てる相手ではなかったというのに。
「そ、そんなにすごかったのかい? ソフィアさんと、アキラのお姉さんの試合ってのは?」
「すごいなんてもんじゃなかったわよ。あの二人だけで、首都落とせるんじゃないかってくらいだったもの」
どのくらいすごかったかをその一言で評したレナに、ミシェルとミゲルはうへぇと顔を歪めた。具体的にどうすごいかはともかくとして、次元が違うことだけはよくわかった。
「そうねぇ……。ソフィアさんは上位級の魔法を苦もなくバンバン使ってたし、師匠はそれに真正面から突っ込んでもどうにかしちゃうくらい洗練された身のこなしだし。私も肉体強化はできるけど、あそこまで綺麗に動ける気がしないわ」
「剣を抜いてから使ってた術に至っては、理不尽の一言に尽きるわね。遠距離タイプのソフィアさんが唖然としてたくらいの威力だし」
「それってほとんど災害じゃないか」
「つまり美しい花には棘があるってことか」
と、四人で議論をしている内に、対戦フィールドの整備が終わったらしい。昶達の戦闘でデコボコになっていた地面は綺麗にならされ、既に次の選手が入場していた。
さっそくレナは、特訓で身につけた感覚で二人の魔力を探る。どちらも、先ほど昶が戦った相手よりも弱い気がする。もちろん、自分と比べれば圧倒的に向こうの方が上であるが。
試合はすぐに開始され、合図と同時に両者は距離をとって魔法の応酬を始める。近接戦闘がほとんど発達していないのもあって、これが一般的なマグスの戦いだ。
フィールドには身を隠せる障害物はないため、攻撃と同時に防御かあるいは回避をしなければならない。無論、走っての移動では間に合わないので、必然的に飛行術の並列使用が前提となる。
これが集団戦ならば盾役と攻撃役で役割分担をしたり、土属性の魔法で地形を変形させたりと戦略の幅が広がるのだが、個人戦ではそれらをたった一人で行わなければならない。
単に一芸に秀でているだけでは、魔法戦の個人戦は勝ち進められないのである。そういう意味では、昶の先ほどの相手は遠近両方の戦闘に優れ臨機応変な判断力と十分上位に残るだけの実力を持っていた。残念ながら、運だけは足りなかったらしいが。
「お、うちの先輩の試合が始まるぞ」
と、ミシェルがフィールドの手前を指差す。その先に目をやると、確かに自分達の学校の制服を着た男子生徒が仁王立ちしていた。先ほどの昶の対戦相手と同じくらいだろうか、強力な魔力の気配を感じる。
相手もそこそこだが、これは先輩の方が勝つだろう。
「ところで、他の予選会場の様子はどうなってんだろうな」
そういえばと、ミゲルが事前配布されている資料を見ながらつぶやく。
模擬戦の個人戦の対戦表のページをめくると、飛行術レースの概要と日程が書かれたページが現れた。出場者の一覧を確認してみると、飛行術に参加しているのは一年生ではアイナしかいないらしい。
「飛行術も錬金術も今日から予選スタートだったはずだし、もしかしたらもう始まってるんじゃない?」
「アイナ、大丈夫かしらね」
「自分以外全員上級生か……。すごく胃に悪そうだ」
ミゲルの資料をのぞき込むシェリー、レナ、ミシェルは口々に感想を漏らす。
今日の予選レースで勝ち抜いた上位の選手が、明日の決勝レースに参加するらしい。予選レースは複数のコースで実施され、選出方法はタイム順ではなく各レースのグループから上位数名が選出されるとのこと。
妨害が推奨されているだけあって、道中の戦闘の有無でタイムが大きく変わるからなのだろう。もしタイム順だったならば、魔法戦に出られなかった人が混じっているグループにあたった日には目も当てられない結果となっていただろう。
あれ、これってもしかしてチームメンバーの連携がかなり重要になってくるんじゃぁ……。
大して差のない自分達の状況も忘れて、今頃になってクラスメイトの心配を始める四人なのであった。