Act19:きんきゅうじたい!
ヤバい、非常にヤバい、この上なくヤバい。どれくらいヤバいかと問われれば、十六年と少しのレナの人生の中で最大と言っていいくらいにはヤバい。
現在、リンネを先頭に昶、レナ、シェリー、アイナの四人は突き刺さるような寒さの夜空を飛行している。
飛行術が壊滅的なシェリーはアイナに、昶はレナの後ろにそれぞれついているのだが、レナはいつも以上に昶の存在を意識してしまう。そう思うと寒さなんて忘れてしまいそうになるくらい、身体の真ん中から熱くなってしまうのである。
列の最後尾を飛んでいるので、先を行く三人に気付かれる心配はない。可能性があるとすれば、真後ろでピタリとくっついている昶くらいだ。
唾を飲み込もうにも、乾いた口内には飲み込めるだけの唾もない。こくっと喉を鳴らすのも、もう何十度目なのか。
「……ひぅっ!?」
「どうかしたのか?」
「な、なんでもない。ちょっと、寒かっただけ」
冷たい風が走り抜け、思わず変な声が出た。
だだだだって、しょうがないじゃない。スカートの中、シースルーを通り越してオールスルーの無ショーツ状態なんだもの。
飛行術は発動体──この場合は杖を中心に周囲のものを持ち上げるような性質のものなので、レナの大切な部分は直接杖に触れているわけではないのだが、高い場所を飛んでいる関係上どうしても強い風にさらされてしまう。
こんな時に限って時間はゆっくり進むもので、たかだか数分しか飛んでいないのに数十分もこうしているような気分だ。
額に首、手と汗がにじみ出てきて、操作を誤ってしまわないか不安になってくる。
「レナ」
「ど、どうしたの?」
昶に声をかけられてふらつきそうになったが、どうにか持ち直す。
今は他に集中力を割けるだけのリソースはないが、無視するわけにもいかないのがもどかしい。
「なんか、ごめんな。せっかく誘ってくれたのに、姉さん断っちゃって」
「いいわよ。せっかくこうして、二人になれたんだし……」
この緊急時になに言ってるのよあたしは! 緊張して余計に身体が熱くなるし指先が震えてきちゃってるじゃない!
と、右肩に現れたちっちゃなレナ(理性ホワイト)が猛抗議。
すると今度は、でもでもでも、これってホントの気持ちだしぃ、それに普通っぽく振る舞うんだったら緊急時の対応なんてしちゃダメだと思うな~。
と、左肩に現れたもう一人のちっちゃなレナ(乙女ピンク)が、仕方がないのよと理性ホワイトをなだめる。
バレちゃったら元も子もないじゃない!
でも、もしかしたら、キスより先にいっちゃったりなんて……。
それ以前に、下着穿いてないって時点でドン引きされるわよ!
あぁダメ、せめて誰にも邪魔されないように部屋に戻ってからで……。
って人の話聞きなさいよあんた!
割と普段通りの理性ホワイトと、ネジが緩むどころか全部外れてる勢いの乙女ピンクが不毛な争いをしている間にも、レナの窮地は続く。
「……これが最後になるかもしれないから、楽しんでこいって、そういう意味だと思う」
「いいお姉さんじゃない」
「いい加減、弟離れして欲しくはあるけどな」
離れて欲しいという言葉とは正反対に、レナのお腹に回された手はより強くレナを抱きしめた。
本当は離れたくはない、しかしそれを口にすることができない昶の、これが精一杯の表現方法なのである。
だが、今のレナはそれどころではない。
より密着した昶。背中全体からはっきりと、昶の体温と拍動を感じる。
身体の芯が、また一段と熱くなってきた。厚手のコートが完全に裏目に出てしまっている。
変な汗があちこちから噴き出して、べたべたして気持ち悪い。
臭ったりしてないだろうか? あぁもう、気になって仕方がない。
「…レナ」
と、いつの間にか隣に来ていたリンネが、下を指差している。
「…ここから、降りる」
既にアイナとその後ろに乗っているシェリーは、かなり下まで降下していた。
目的地についたのか。ようやく、風の危ない空の旅から解放される。
地上なら、スカートをしっかり押さえていれば問題ないはずだ。レナはもう少しだと自分に言い聞かせ、リンネに倣って降下を開始した。
ようやく“ノーパン痴女”認定される危険から脱したと思っていた時期が、あたしにもありました。
ありました。そう、過去形である。
第一の試練を見事に成し遂げたレナを待っていたのは、無慈悲な第二の試練であった。
目の前にあるのは、坂道の向こう側まで続くレールと、金属製のトロッコ。そしてリンネは、そのトロッコを指さしてこっちを見つめている。
「…ここから、これで移動、する」
──もぉぉ、やっと危ないのは終わったと思ったのに、今度はこれ!?
流星群までの道のりも、レナの苦難も、まだしばらくは続きそうだ。
「それはいいけど、どうして降りちゃったわけ? あのまま飛んで行けばよかったと思うんだけど」
と、ここまでずっとアイナの後ろに乗せてもらってきたシェリーが、なんでなのとリンネに挙手。アイナも気になってるようで、シェリーの隣でうんうん頷いている。
「…蒸気機関、動いてるから。排煙と蒸気で、上……危ない」
この二人、本当に注意力が足りないというか。においでわかるでしょと、レナは二人を毒づいく。
それでもどういうことなの? とシェリーとアイナは互いの顔を見合わせてう~んと唸っていた。
「何かの燃えたような臭いがうっすらしてたな、そういや。あれって、下で蒸気機関回してたのか」
「…うん。一度止めると、動かすの大変だから、使わない時も動かしてる」
と、わからんわからんと騒いでいる二人の横で、昶とリンネはまた盛り上がる。
──うぅ、なんでリンネばっかり……。
頭ではわかってはいても、最近はリンネと話していることが多くて、色々とヤキモキしてしまう。自分も、もう少し科学系の知識があればあの中に入れるのに。
と、一瞬だけアイナと目があった。どうやら同じことを考えていたらしく、ギリギリと歯ぎしりしながら、昶とリンネのことを見ていた。
だが、レナはアイナのように歯ぎしりしているだけの余裕はない。
時間が押しているのは事実なので、みんな次々とトロッコに乗り込んむ。躊躇っていては、かえって怪しまれる。レナはスカートのガードに細心の注意を払いながら、トロッコに乗車した。
しかし、またこのトロッコの形状がいやらしい。
木材を運搬するためのものらしく、平たく言えば車輪の上に板を乗せたような、非常に簡素な作りなのだ。つまり、再び風を遮るものの無い中、しかも今度はみんなの目のある場所に居なければならないのである。
あたしなにか悪いことをしたでしょうか? と自分の運を嘆き悲しむレナであった。
五人が思い思いの場所に座ったところで、リンネが杖をちょいちょいと振る。するとなんと、トロッコの車輪が勢い良く回り出した。
地水火風の属性を有する魔法とも、物質化とも違う。
飛行術や錬金術と同じく、全く別系統の類のものだろう。ちょっとした超能力のようで、昶は少し驚いた。
「リンネって、念動系の魔法も使えたのね」
そう言いながら、シェリーは手に炎を灯す。
レールは斜面にそって緩やかなカーブを描きながら、上の方まで続いている。
あまり速度が出過ぎないようにするためのものだろう、車輪には制動装置のようなものがつけられている。安全のためとはいえ、少し急いでいる身としてはもどかしい。
「…むしろこっちでは、レイゼルピナみたいな、属性で分類されるの魔法の方が……珍しい」
さすがは万民のための魔法というだけのことはあると思った昶であったが、ここにもお国柄というか得意ジャンルのようなものがあるらしい。
シェリーの質問に、むしろリンネはびっくりしたのはこっちの方と返した。
言われてみれば、リンネは属性の魔法よりもそれ以外を使っている時の方が多かったような気がする。
「リンネさん、便利な魔法色々使えるんですねー。はぁぁ、私も飛行術以外の取り柄が欲しいです」
「何言ってるのよ。アイナの場合、その飛行術がずば抜けてるのがいいんじゃない」
「でも、私だってシェリーさんみたいに、ずばーんってしたいですよぉ」
「…アイナには、アイナのよさが、あるから」
トロッコが坂道を登り始めて数分。予想外の快速で進むトロッコは、既に山の中腹を越えた位置まで来ている。
いや、まだ半分しか来ていないと思っている者も約一名いた。
──まだ、あんなにある……。
スカートを両手でカッチリと押さえるレナは、極度の緊張のため一言もしゃべれずにいた。
空の上と違って、全員の視界に収まっている上にシェリーの灯りまである。一瞬たりとも油断できない。
「でさ、レナはどう思う?」
「ふぇっ!? な、なにが?」
し、しまった。上の空で全然聞いてなかった。
えっと、シェリーになに聞かれたっけ、がんばって思い出せあたし!
「なにって、進級よ。し・ん・きゅ・う!」
「だいたいみんな進級できるそうですけど、必ずしも進級できるわけじゃないんですよね?」
試験の出来に自信のいアイナが、だいぶ必死な感じでにじり寄ってくる。だからそんなに寄って来ないでったら!
すると横から援護射撃もとい、リンネの痛烈な一撃が飛んできた。
「…資料によると、平均九〇パーセント前後、だったと思う」
「その数字でいくと、毎年五、六人は落ちてんのな」
さらに昶も便乗して、具体的な数字を羅列してゆく。
それを聞いた、シェリー、アイナ、そしてレナの三人は、自分ってどの辺りにいるんだろうと想像してみる。そう、自分は“下”から何番目あたりだろうか、と。
実はリンネ以外の三人とも、抜きん出たものは持っているが総合力で見れば割とボーダーラインギリギリの位置だったりするのだ。
「レナはまだいいわよ。最後で実技の点がぐっと上がってるはずだし」
「そうですよねぇ。私とシェリーさんなんて、座学壊滅ですからね」
と、シェリーとアイナは互いの顔を見合わせて、がくっとうなだれた。なんて後ろ向きな合意だろうか、見ている方が悲しくなってくる。
そう、実技の点数が学期末の試験で確実に伸びたレナと違い、シェリーとアイナの筆記試験は選択問題の運にかかっていると言っても過言でない。
もし選択問題がなければ、進級なんてはなから諦めていただろう。もっとも、シェリーの場合はその選択問題ですらお手製のダイスにかかっているわけであるが。
「…アイナの場合、まだ読めない単語とか、あるから」
「そうよね。その点シェリーは、全部読めてそれなんだから、救いようがないわよね」
先端の鋭い矢が二本ほど、シェリーのハートをめった刺しにした。
もうシェリーのライフは完全にゼロだ。
「ここぞとばかりに言うわね、二人とも。まぁ、事実だから反論のしようもないんだけど」
「シェリー、それ笑ってる場合じゃないと思うぞ」
「はははは、無理無理、笑っちゃうわよ。あまりの自分の酷さに……」
自嘲よ自嘲、とシェリーは昶の指摘に渇いた笑いを浮かべる。自業自得とはいえ、もっと早めにレナに勉強を教わっていればと悔やまれる。
実際、教えてもらった場所に関してはそれなりに自信があるが、それ以外はお察し状態なのだ。
──ど、どうにかのりきった。
どうやら、話の内容は学年末試験の結果と進級についてだったらしい。レナがとぼけたふりをしていると勘違いしてくれたようで、ほっと一息つく。
とはいえ、進級か。ここ最近は色々とバタバタしていたせいですっかり忘れていた。マギア・フェスタでの実績も反映される関係で、進級の可否が通知されるのは大会が終ったあと──第三月の末だったはずである。
ちなみに進級できなかった場合はもう一年同じ学年で過ごさなければならないが、退学させられることもない。進級に期限が設けられているわけではないので、システム的には何年でも学校にい続けることはできのである。もっとも、大半の者は進級できなかった恥ずかしさで辞めてしまうそうだが。
自分だったら、どっちを選ぶかな?
シェリーの言っていたように、ちょっと前までだったら──昶と出会っていなければ同じように進級について悩んでいたはずだ。。
出会った瞬間から既に運命は変わり始め、そして今日の自分がある。
もちろん、感謝はしている。いくらしてもしきれないくらいしている。
しかし、だからって今そんな話をしなくたっていいではないか。感慨にふけることもできず、レナは悶々としたままとにかく時間が過ぎるのを耐え続けた。
それから更に数分、レナの体感よりもずっと短い時間で、リンネの操作するトロッコは山越えを果たした。
すると途端に、周囲の景色が一変した。緑の葉に覆われていた木々は姿を消し、ゴツゴツした岩肌がむき出しになっている。
しかも先程まではなかった人工物も、あちらこちらに乱立し始めた。レイゼルピナではもちろん見ないものなので、ここが何をする場所なのか皆目検討もつかない。
「リンネ、ここどこなの?」
見慣れない光景に、シェリーはすぐさまリンネを問いただす。
すると、
「…うちの鉄鉱山」
リンネの口からは、またも衝撃的な事実が告げられた。
「うちのって、アンフィトリシャ商会の?」
事実確認のため、一応レナも聞いてみる。
「…うん。正確には、商会じゃなくて、アンフィトリシャ家の……だけど」
どうやら、自分達の聞き間違いではなかったらしい。
レナとシェリーは、茫然となって周囲を見渡す。魔法・科学、共に加工技術の進歩により、近年使用量が増加の一途をたどっている金属材料である鉄、その原材料である鉄鉱石がこの下に大量に埋まっているそうだ。
「…この鉄鉱山まるまる一つ、アンフィトリシャ家が管理してる」
土地を持つ貴族だってそこまで多くない中、貴族ではないアンフィトリシャ家が自分の土地を、しかもこれからの時代に必要とされる鉄が埋蔵される山をまるまる一つ。
ここまで来ると、そんじゃそこらの貴族よりもよほど大きな影響力を持っていると言えるだろう。それに加えて、アンフィトリシャ商会は独自の製造部門を有しており、鉄の精錬から加工、製品化が可能なばかりか、自前の流通ルートも保有している。
メレティスにおけるリンネの──アンフィトリシャ家の者への扱いが少々度が過ぎたように感じたのは、それだけアンフィトリシャ家がメレティスに対して強い影響力を持っていたからなのだろう。
知らない内にとんでもない人と友達になっていたんだと、レナ、シェリー、アイナは改めて再認識したのだった。
その間にもトロッコはどんどんと進んでゆく。掘り出したらしい石がごろごろ、掘り進めているらしい穴もぼこぼこ。無人なのも相まって、まるで発掘中の古い遺跡にでも迷い込んでしまったかのよう。
恐らく、穴を掘るための道具だろう。見慣れない道具もちらほらと見かける。
リンネの話では、この鉱山の山頂付近にある指揮所という建物に向かっているそうだ。
蒸気の風上でなおかつ高所というのもあって、流星群を見るにはうってつけの場所だ。
またさっきも言っていたが、蒸気機関が常時稼働しているおかげで多くはないが電気も使えるらしい。ずっとシェリーに炎を出し続けてもらうの酷なので、ここは素直に甘えさせていただこう。
「まあ、私とアイナは今回のマギア・フェスタで頑張って、どうにか成績の足しにしないとね……」
「そうですね、頑張りましょう、シェリーさん」
いつの間にか遠いところから帰ってきたシェリーは、アイナと固い握手を交わしていた。
「まったく……。これに懲りたら、次からはしっかり勉強しなさよね。言われたら、あたしだって手伝うんだから」
「…その時は、私も手伝う」
「うん、お願いね、リンネ」
「なんか、はっきり分かれてんな。勉強できるのとできないのと……」
教える方も教える方で、色々と苦労があるようだ。
昶もここ数ヶ月、実技の指導を続けてきたが特別苦労した感覚はなかった。
もっとも、魔術師基準で言えば、みんな同様にできていないから、と言ってしまえばそれまでだが。
しかし、座学の方はそうにもいかない。実技の方は、魔法や魔術に関して言えば感覚的な部分が多くを占める。が、座学というものは基本の考え方や方法をおさえてなんぼだ。
しかもシェリーが苦戦しているのは魔法関連の座学というよりは、数学に物理や歴史、それに文学といった教養の分野だったりする。数字なんて知ったこっちゃないというし、歴史なんか興味ないとうし、文学なんかは文字読むよりも体動かすほうがいいだとか。
こう言ってはなんだが、レナが頭を痛めるも納得がいってしまう。
とはいうものの、こればかりは戦力外もとい、レイゼルピナの言語を勉強中の昶は完全にシェリーサイドだったりするのだが。
まあ、もう必要ないのかもしれないんだけど。
「うっさい! てか、アキラも座学に関してはこっち側じゃんか!」
「そうですよ! いったいどっちの味方なんですか!」
「どっちの味方でもねぇって。あとシェリー、危ないから手をこっちに向けるな。熱いわ」
半分やけくそで掴みかかってくるシェリーを、昶はどうにか牽制する。他の全員も火が燃え移らないように注意しつつ、可能な限り距離を取っていた。
いつものレナならガツンと一言いっているところだが、今日だけはありがたい。
そうしてシェリーが無駄に騒いでいる間に、トロッコは指揮所と呼ばれる建物に到着した。
木製の二階建、大きさ的には街中にある一軒家とあまり差はない。リンネは事前に準備してきた鍵で扉を開けると、四人を中へと招き入れる。
掃除はきちんと行き届いているようで、乾燥して埃っぽそうなイメージに反して非常に清潔だ。
リンネが壁のレバーを操作すると、廊下の天井にポツポツと裸電球が明かりを灯す。
学院や宿泊場所と比べて非常に簡素でお粗末な代物で、光量は足元を照らす最低限度、ジジジーと気味の悪い音も聞こえる。なんだか、ちょっと怖い。
「…時間まで、ここで待つ」
突き当りの部屋に入ったリンネは部屋の明かりをつけると、中央にある小柄なドラム缶のようなものへと近寄っていく。缶には小窓のような物があり、上に向かって更にパイプが伸びている。
するとリンネは、その缶の中に魔法で火をつけた。少しすると缶の中で炎が激しく燃え始める。チクチクと突き刺さるような寒さが消え、室内が一気に暖かくなった。
「…石炭ストーブ。いいでしょ?」
そう言って首をちょこんと傾けるリンネに、うんうんとシェリーとアイナは頷く。
「うんうん、あったまる!」
「シェリーさんの火じゃ、流石に寒いですもんね」
「いい度胸ねアイナ、私の炎はストーブ以下って言いたいわけ?」
「そそそ、そんなわけないじゃないですか! アレです、言葉のアヤです!」
「まったく、だらしないわねぇ。あんた達」
と、石炭ストーブに両手を突き出して暖をとるシェリーとアイナに対して、レナは特に寒そうな様子がない。
「雪国育ちのお前と一緒にすんなって。けっこうな寒さなんだから」
と、気付けば昶まで石炭ストーブで温まっていた。
アナヒレクスの冬の寒さを基準にすれば、氷点下でない分あたたかいとはいかずとも寒くはない方だ。しかし、世間一般の基準で言えば、十分以上に寒いらしい。
自分の方が少数派だったなんて、悔しいような、悲しいような。
「…お茶、飲む?」
そしレナ以外の三人が石炭ストーブで温まっている間に、リンネは別の部屋で淹れてきたお茶を五人分もってきてくれた。ストーブと温かいお茶、芯まで冷え切っていた身体も内側からぽかぽかあったかだ。
「ふぁぁ、致せり尽くせりって、このことね」
「これで流星群までバッチリ見れれば、明日からがんばれます!」
「あなた達見てると、単純そうで羨ましいわ。流星群は見たいけど、見れたからってどうにかなるもんじゃないでしょうに」
そんなことで結果がよくなるのなら、今頃マギア・フェスタの参加者は全員どこかで空をみ上げていることだろう。
特にメレティスは電気や照明の普及率が高いせいもあって、市街地では星を見ることができない。今日の流星群を見たければみんな郊外まで出てこなければならないが、他校の生徒は一人だって見ていないわけで。
「…ネガティブに、考える必要も…ない」
「そうですよ、もっと前向きに考えましょう」
「実戦と比べたらちょろいもんだろうしね。あと、頼りになるかはわからないけど先輩方だっているんだから」
「それは、そうかもしれないけど」
気楽に構えてればいいのよと言うシェリーの言うことにも同意はするものの、やっぱりレナの不安は拭えない。
外の景色を眺めて、また溜息をつく。周りの顔ぶれを見ても、やっぱり場違いな気がしてならない。しかも、レナが参加するのは模擬戦──つまりは魔法による戦闘だ。
シェリーの言うように、実戦は経験している。しかし、それは昶から借りたものだ。
自分の力は──このところ急速に技量を伸ばしてきているとは言っても、やっぱり代表に選ばれるようなレベルでは到底ない。
「……流れ星といえば」
横目でレナを見つつ、昶が不意に口を開く。
「俺の国だと、消えるまでに三回願いごとを言えれば願いが叶うとか言われててな。うまくできるように、お願いでもしてみればどうだ? 見に来たついでに」
星に願い、か……。それはそれで趣はあるけど、そんなので願いが叶うなんてのは無責任な気がする。
そんなことで願い事が叶うなら、こんなに悩んだりしていない。
「いいわよ、何か他力本願みたいで、負けた気がするから」
自分の道は自分で切り開くものだ。今までだってそうしてきたし、これからだってそのつもりである。
しかし、昶はそういう意味ではないと付け加えた。
「まあ、とことんまでやり尽くして、最後にする約束事みたいなもんだよ」
だから、頑張った人間じゃないと意味はないんだと、昶はレナに告げた。
頑張りきっていない人間は、いくらお願いをしたところで後悔がつきまとうのだという。
ああしていればよかった、こうしていれば違った結果になっていたかもしれないと。
「レナはどっちなんだ?」
後悔をしないくらい手を尽くしてきたのか。
それとも、もっとできることがあったのだろうか。
ティーカップを置いて、少し考えてみる。
「……まだ足りない、とは思うけど。これ以上何ができたかって言われると、ない、と思う」
できるとこは、全てやったと思う。自己流のやり方では、どうやってもここまでのレベルアップはできてないだろう。
それもこれも、アキラの教え方が上手だったからだけど、というのは恥ずかしくて言えないが。
「お、ちょうど始まったみたいだぞ」
気持ちに一区切りつけるという意味でも、ここはお礼くらい言っておこう。みんながいる前で少し恥ずかしいけどとレナが思った矢先、昶は窓の外に一つ目の流れ星を見つけた。
そして二つ目、三つ目と、次々と光の尾が夜空に鮮やかな線を描いてゆく。
「…早く、屋上、行こう……!」
興奮するリンネを先頭に、全音は屋上へと移動した。
初めての方、初めまして。そうでない方、お久しぶりです。蒼崎れいです。特に執筆活動をしていたわけでもないのに、更新が遅れてしまって申し訳ないです。
一月から特定派遣から派遣先に正規雇用されたんですが、まあ繁忙期というのもあって毎日残業+休日出勤で、正直書く時間もとい、精神的な余裕が一切ない状況が続いてます。おかげで仕事から帰ってきて、『さあ、書こう』って気持ちになれないんですよね……。まだしばらく、週に一回でも休みがあることを有りがたく思わなければならない感じです。
それでも生活サイクルは少しずつ落ち着いてきたので、これからはどうにかして『書く精神力』を捻りだしていこうかと思います。
まあ、近況はこれくらいとして。予定ではAct21からいよいよマギア・フェスタが開幕します。何年も前から考えていた展開だけに、今から書くのが楽しみです。可能な限り速度を上げていく所存ですので。よろしくお願いします。