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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第二章:汝が力は誰が為に……
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Act16:はかなく遠く

 アマネ達、異法なる旅団(テリビリアス)の屋台から離れて少し、昶はあてもなくメリッサの姿を探していた。両者の間にどのような関係があるのか、やはりきちんと見定めておかねばならない。

 制服のデザインは覚えている。だが、さすがに人の量が多すぎた。それに加えて、頼りになるはずの魔力察知はメリッサには当てはまらない。

 出会った場所の辺りを探した昶は何の成果も得られないまま、レナ達の気配のする場所へと戻った。

「なんだ、シェリーまで行ってんのか」

 弓矢で射的をしていたシェリーは、アイナ達の後ろからなにやらのぞき込んでいた。なにやら景品を当てたらしく、手にはさっきまではなかった袋のようなものが下げてある。

 すると昶に気付いたレナがくるりと振り返り、すたすたと駆け寄ってきた。

「あんた、いったいどこ行ってたのよ」

「ちょっと気になるもんを見かけてな。それより、よく今の気が付いたな」

「まあね。見えなくなってたから、ちょっと気を付けてたの」

 レナが振り向いたのは、実は偶然ではない。普段は力の放出を完全に抑えているところを、レイゼルピナ魔法学院の生徒と同程度の力を放出してみたのである。

 ここまでくれば、あとは放っておいても身につくだろう。できれば魔力の制御も見てやりたかったが、レナならきっと大丈夫だ。さすが、一番のお姉さんだけのことはある。

「で、あれはなにやってんだ?」

 と、昶は視線をレナから、その向こう側にいる三人へと移す。

 なにやらお店の人と話し込んでいるようで、時々頷いたり目を光らせたりしながら話を聞いていた。

「魔法耐性の強い生地ができたみたいでね、その生地の説明と、それで作った制服のサンプルとか見せてもらってたの。で、さっきから私服とか見せてくれてて……」

「それで、あんな状態なのね」

「そういうこと」

 魔法耐性とはいっても、この世界で使用されているのは主に魔法文字による強化が多数を占める。当然、文字の形状を保てない衣類には使用するには色々と難がある。

 魔力に反応する染料や、繊維に術を織り込む技術がある地球でも、衣類に耐性を付与するより術を展開した方が有効という結論が既に下されているのだ。

 そこへたどり着くまでには、まだまだ時間が必要そうである。これが俗に言う、誰しもが通る道、というやつなのだろう。

「制服はともかく、私服に魔法耐性なんて必要ないだろ。その服着てくような場所で、魔法攻撃なんてそもそも受けねぇし」

「あるとしたら、先入捜査とか、工作員とか、それくらいかしらね」

「それなら政府に売り込めっての。何考えて魔法学校の生徒に見せびらかしてんだか」

 とまあ、結論を知っている昶はやや冷めた目で、必死にセールスする販売員を眺めていた。

 するとレナは、あることに気付く。

 あれ? もしかして今なら、誰にも邪魔されずに、昶と話せるのでは? ということに。

 レナは、はっとなってまずは後方確認。

 アイナ、セールスに夢中。

 シェリー、可愛い服なんて似合わないなとぼやいている。

 リンネ、よくわからないけど真剣に聞いている。

 よし、誰も自分と昶のことを気にかけていない。

 レナは続けて、人の少なそうな場所はどこだろうかと高速で思考を巡らせる。

 道端はどこも人だらけなので除外。となると建物の中、いや屋根の上だ。そこなら絶対に邪魔は入らないし、今のレナなら昶を乗せても飛ぶだけなら十分できる。

 メルカディナスが飛行規制のない街で助かった。どこか、どこか背の高い建物はないか。

 すると少し離れた場所に、ちょうどいい建物を見つけた。

 メルカディナスの中心街付近にある、時計塔。周囲の建物より二回りほど高いので、話をするにはちょうどいい。場所が場所だけに、他の人が入ってくることもないだろう。

「アキラ、その、ちょっといい?」

 さっそくレナは昶の袖をちょいちょいと引っ張り、耳元でひっそりとささやいた。

 少々疑問に思った昶であるが、みんなには聞かれたくない話があるのだろう。すぐに頷くと、レナに手を引かれるまま静かにその場所を離れた。

 とりあえず、あとで式神でも飛ばしておけば大丈夫か。

 比較的人の少ない場所まで移動すると、レナは昶を後ろに乗せてさっき見つけた時計塔に向かって飛んだ。

「なんか、二人で飛ぶのって久しぶりだな」

「そういえば、そうね」

 このところ、まとまって動くことが多かっただけに、二人だけの時間は久しぶりな気がする。

 しかも、ここ数日はなぜかリンネがずっと付きまとっていたせいで、こうやって二人になる機会すらなかったわけで。

「だったら、もうちょっと飛んでみる?」

「いや、いい。今日は、話したいことがあるんだろ?」

「そうね、わかったわ」

 頷くと、レナは時計塔へと進路をとる。飛びながら話しができるのが一番いいのだけど、未だに集中していないと安定飛行は難しいのだ。

 それでも魔力の存在が知覚できるようになった分、以前より安定性は増している。

 ──アキラと二人でゆっくり空中散歩、悪くないかも。

 早くできるように、魔力察知の練習をもっと頑張らないと。

 いつも以上の真剣な魔力操作で、レナは非常にゆっくりと着陸体勢に入る。

「すげぇな、魔力の制御が格段に上手くなってるじゃねぇか。ゆらぎがほとんどなくて安定してた」

「当たり前じゃない。このあたしを、誰だと思ってるの?」

 屋根材がわずかにきしむ音がしただけで、レナは見事な着地を披露した。文句無しに、自分でも今までで一番安定した着地だと思う。

 そういえば、魔法関係で褒められたのなんて、もしかしたらこれが初めてではなかろうか。そう考えると、胸の奥底からこみ上げてくるものがある。

 あぁ、ちゃんとやっててよかった。

「そうだなぁ……」

 考え込んでいる昶は、あごに手をあてて上を見上げる。

 が、すぐに答えが出たようで、視線はレナのエメラルドのような瞳に向けられた。

「素直じゃない、頑張り屋さんってとこかな?」

 うぅ、的確すぎて反論の余地がない。

「な、なによそれ。ちょっと酷くない?」

「正当な評価だと思うけどなぁ」

 困惑するレナに、昶はにししと笑いながら続ける。

 しかし、レナだって本当に酷いと思っているわけではない。

 こうなれたのも、全部昶のおかげなのだ、とレナはひっそりと心の中では感謝している。

 口に出すのはやっぱり恥ずかしいし、何より教えてもらったことが完全に身に付いているわけではないので、まだ早い気もするから。

 そういうのは色々ひっくるめて、自分のものにできてからの方がいいだろう。うん、きっとそうだ。

「それで……。話ってのは、なんなんだ?」

 屋根の縁へと腰掛けた昶は、真剣な目で見つめてくる。

 昶から魔力の制御について教わるようになってからのことを思い返していたレナは、唐突に現実へと引き戻された。

 そうだ、今は思い出にひたっている場合ではない。

 朱音にも昶にも悪い気はするけど、やっぱり離れ離れは嫌だから……ね。

「その、アカネさんからは、いけないって言われてるんだけど」

 レナは昶から少し距離をとった場所で、両膝を抱くようにして座った。

 心細さを埋めるみたいに、小さく、小さく、身体を丸め込む。

 これから自分は、とても酷いことを言おうとしている。その自覚くらい、ちゃんとある。

「今までずっと、帰った方がいいって、そう言ってきたけど」

 故郷を捨てろと、自分の世界を捨てろと。

 今から伝えるのは、そういった意味を持った言葉なのだ。

「…………やっぱり、あたし、アキラと離れたく……………………ない」

 レナはようやく初めて、なんのしがらみもない素の気持ちを昶へぶつけた。

「アカネさんは、残るかどうかは、アキラに決めさせてって。あたし達は干渉しないでって、言ってた」

 一音一音が紡がれるごとに、身体から体温が吸い取られているように感じる。

「もし言ったら、アキラは連れて帰るって。でも、でもね」

 両膝を抱く力が、きゅっと強くなる。

 不安に押し潰されそうだ。

 もし、自分勝手とか思われたらどうしよう。

 がっかりされたり、幻滅されたりしないだろうか。

 そんなのは嫌だ。

 でも、それ以上に……。

「あたし、アキラと離れたくない、離れたくないよ…………」

 昶ともう二度と会えなくなるのは、もっと嫌だ。

 涙が出そうになるのをぐっとこらえて、レナは胸の内の全てを吐き出した。

 いなくなる思うと、心の真ん中にぽっかりと穴が開いてしまったように感じる。

 悲しみと痛みがごっちゃになって、心臓が槍で貫かれたように(きし)むのだ。

「自分勝手なのはわかってるけど。でも、そんなの、あたし耐えられない……」

 言葉にしている内に気付いた。自分にとって、昶はこんなにも大きな存在になっていたことに。

 兄のようなことはもう嫌だったから、契約なんて一生涯の大事なものまで使って助けた。最初は、ただそれだけの存在だったはずである。

 異世界とか、魔術師とか、変なことばかり言う人だと思っていた。

「前は、中途半端だったから、もう一回、言うね」

 けど、今は違う。

 無関係な世界、無関係な人間である自分達のために、昶は命をかけて戦ってくれた。

 一度きりではなく、何度、何度も。それも死に物狂いで。

「アイナには、先を越されちゃったけど」

 レナは四つん這いになって昶に近付くと、その背中へとしなだれかかる。

 艶っぽい声が、昶の耳元で音を織りなす。音は束ねて言葉となり、鼓膜を震わせ、胸の奥底へと響いた。

「アキラ」

 名前を呼ばれた昶は、右肩に乗っかるレナを振り返る。

 すぐそこには、憂いを含んだレナの顔があった。

 守ってあげたくなるほど儚く、 崇拝の念を抱くほどに美しく、愛しくてやまない少女の顔が。

「大好き、だから…………」

 今度ばかりは、聞き間違いでも、思い違いでもない。

 はっきりと聞こえた、明確に理解した。

 背中に押し付けられたらレナの身体から、とくんと一際大きな鼓動が聞こえた。想いの強さを物語るように、とくん、とくんと、耐えられないとばかりに心臓が荒れ狂っている。 

「だから、お願い。どこにも行かないで。あたしのそばにいて」

 もう放さないとでもいうように、昶を抱く腕に力がこもった。力のない、小さな細い腕で。

 だが、それを振りほどくことなんて、昶にはできない。できようはずがあろうか。

 全身の血が沸騰するほどに嬉しいのに。

 レナの体温がこんなにも心地良いのに。

「お願い、だから……」

 だが、レナの手をつかみそうだった自分のそれを、昶は渾身の思いで引っ込めた。

 だめだ、それだけはだめなのだ。

 この手を取ってしまったら、もう自分は後戻りできなくなってしまう。そんな気がするのである。

 愛おしいからこそ、昶はレナの前からいなくならなければならない。

 危害を加えられないように、あるいは加えないように。

 既に決めたはずだ。不安要素はできるだけ排除しなければならない。

 いつ暴走するかもわからない自分の力、昶が来なければレナを連れ去ると公言した異法なる旅団(テリビリアス)

 “ツーマ”達黒衣の者や、エザリアといった魔術師達という、不確定要素はどうにもできないけれど。

「ありがとな、レナ」

 身体が真っ二つに引き裂けそうな痛みに耐え、昶も口を開く。

 本当の気持ちを押し殺し、気付かれないように平静を(よそお)って。

「俺みたいなのなんか、好きになってくれて」

 すぐ横で、レナと目があった。

 エメラルドのような瞳が、期待と不安に揺れている。

 ごめんな、でも言うわけにはいかないんだ。

 望む答えも、本当の思いも伝えられないことを謝りながら、昶は雲一つない空を見上げる。

 憎たらしいほどに澄み渡った青空は、絶好の競技会日和と言えるだろう。

 もう、時間はあまり残されてはいない。期限は競技会の終了まで。

 最後の時まで悟られないように、溺れないようにしなければならない。

「だから俺も、頑張ってみるよ」

 今のはいったい、誰に向けられた言葉なのだろう。

 虚空を見つめながらそうつぶやく昶に、レナは言い知れない不安を感じていた。




 昶を見送ってからしばらく、持ち込んだ材料もなくなったので今日のところは撤収しましょうとアマネは指示を出した。

 男二人は来た時と同様に、手際よく機材や屋台を折り畳んでゆく。

「ところで、アマネ様」

「さっきの子供、本当に源流使い(オリジネイト)なんですか」

 手を動かしつつ、二人はアマネにたずねた。

「あら、どうしてそう思うのですか?」

「キャシーラよりも幼なそうですし」

「それに、魔力の気配が全くしなかったもので」

「うふふふふふ。人は見た目で判断してはいけない、といういい例ですね」

 くすくすと口元に笑みを浮かべるアマネに、男二人は疑問符を浮かべる。

 どうやら、根本的な部分が完全にはわかっていないらしい。これは、再教育の必要がありそうだ。

「そうですね。まず第一に、私達源流筋の家系は血統を絶やさぬよう、その(わざ)と共に血統を連綿と受け継いできました。それは、魔術的な力の多くが血統に依存するからです」

 それは二人とも知っている。マグスも同じように、古くから魔法の(わざ)を受け継いできた家系ほど、多くの優秀なマグスを輩出しているからだ。

 中でもとりわけ古い家系は、秘術と呼ばれる既存の魔法体系とは異なる力まで有している。

 時間という概念が魔法や魔力と深く結びついているというのは、この世界では万民の常識なのだ。

「そしてその家系に生まれついた者は、生まれながらに強力な力を有している場合が多い、というわけです。つまり血統にもよりますが、年齢は基準にならない、というわけですね」

 アマネが自分達とは隔絶した力を有しているのは、無論二人とて知っている。

 たがそれは努力して手にしたものではあっても、そもそもスタート地点からして違うのだ。

 そしてスタート地点が違えば、ゴール地点も違う。成長による伸びしろも、古い家系に生まれつけば圧倒的に長い。

 それはどう足掻いても変えようのない、この世界の真理なのである。

「次に魔力の気配ですが。お二人共、魔力の気配は察知することができますね」

「えぇ、まぁ……」

「だから、変だなぁと……。あれなら、もっとすごいのがゴロゴロいるじゃないですか」

 しかも、今はマギア・フェスタのシーズンというのもあって、将来有望な魔法学校の生徒達が大量に訪れている。

 その大半が昶よりも強力な魔力を放っていたと、二人はそう言っているわけだ。

「では、質問します。今の私からは、魔力は感じますか?」

「そんなもの、感じるわけないじゃないですか」

「気配を遮断するローブを着てるんですから、当たり前ですよ」

「そうですね。しかし、完全な魔力制御ができるのならば、本来このようなものは不要なのですよ」

 そう言うと、アマネは身に付けていた気配遮断のローブを脱いだ。

 しかし、アマネからは一切魔力が放出されていなかった。

「本当だ……」

「気配がしない」

「常に気を張っていなければならないので、私は気配遮断のローブ(こっち)を使っていますけどね。源流使い(オリジネイト)の方々にとって、魔力放出の制御は魔力察知と同じくらい、基本中の基本なのだそうですよ」

 アマネは再び気配遮断のローブを纏い、ほっと一息つく。

 戦いの最中ならばともかく、常に気配を漏らさぬようにするのは骨が折れる。

 本家筋であるはずの自分ですらこの体たらく。マグスと本家筋の魔術師と同様に、本家筋の魔術師と源流使い(オリジネイト)の魔術師の間にも大きな溝があるのだ。

「ちなみに、アキラ様はクサジシ家の大元に当たる家系のようですよ」

 その名を聞いた瞬間、二人の顔から血の気が引いた。

「クサジシっつうと、あの近接バカの」

「あれより上って、よくスメロギ様勝てましたね」

「まあ、相手も本調子ではありませんでしたから……。あと、スメロギ様はまだ奥の手は隠していたので、本人の前では言ってはだめですよ?」

 二人は首がもげるのではと思うほど、無言で何度も頷く。脳裏に思い浮かぶのは、がはははと豪快に笑いながら自分達を締め上げているスメロギ様(ボス)の姿だ。

 殺されるようなことはないが、七回ほど半殺しにされてからトイレ掃除一週間の刑をもらうのが目に浮かぶ、というよりそれ以外の光景が浮かんでこない。

 アマネに頼まれなくとも、いや誰にも言われなくたって本人の前では言いませんとも。ええ、絶対に。

「ちなみにですが……。アキラ様の実力は本気を出さずに私の自慢のシキガミをやっちゃうくらいですね。前にヌエのシキガミを使ったのですが、あまり効果はありませんでした」

「それって、あれですよね?」

「あのバカでっかい、雷を操る……」

 遠くからではあるものの、二人もそのシキガミは見たことがある。色々な動物を掛け合わせた、奇怪な風貌をした獣魔の姿を。

 十メートルを超える巨躯と不気味な鳴き声、そして雷を従える存在。第二級危険獣魔と同等、あるいはそれ以上の力を持ったそれは、ミカドの一族に伝わる強力なシキガミの一つだ。

 それをあの少年が倒したという。

 アマネが嘘をつく必要はどこにもない。故に、真実なのであろう。にわかには信じがたい話であはあるが。

 そんな人と話していたのか、失礼はなかっただろうか。

 不意に浮かび上がった昶の姿に、二人はぶるっと背筋を震わせていた。

「あ、アマネ様! お疲れ様です!」

 するとそこへ、見知った明るい声が木霊する。

 アマネ同様、気配遮断のローブをかぶっているその人物こそ、

「キャシーラ、アキラ様の方はどうなっていますか?」

 キャシーラ=クラミーニャ。表向きは昶のお世話係をしているものの、その正体は真・域外なる盟約ヴェルム・プロスペリスから派遣された昶の監視役だ。

 今も本人にバレないよう、気配遮断のローブを着てこっそり追跡している最中なのである。

「はい。アマネ様から頂いたシキガミで、きっちりばっちり監視しています」

 えっへんと、アマネは心の師匠であるアマネに胸を張った。

 昶にはああ言ってあるが、制御に関してはアマネも少しだけキャシーラに教えているのである。

 なのでキャシーラは、アマネから事前に数種類のシキガミを渡されている。昶を監視しているシキガミも、その内の一つだ。

 もちろん、今のキャシーラにシキガミを直接作ることはできない。

 できたとしても、それはキャシーラが懸命に勉強したからであって、アマネが教えたからではないのである。実際、指南書は既にキャシーラに渡してあるので、近いうちにシキガミそのものを作れるようになるだろう。

 勉強熱心なその姿は、見ているだけでもっと頑張らなきゃと思えてくるほど。アマネにとってもいい刺激になっている。

「そうですか。それで、アキラ様のお気持ちはどんな具合ですか?」

「やはり、揺れておられるようで、キャシーラも心苦しいです」

 まるで自分のことのようにしょんぼりとするキャシーラを、アマネは優しく撫でた。

「元の世界は、大変居心地が悪かったそうなので。アキラ様にとって学院は、キャシーラにとっての真・域外なる盟約ヴェルム・プロスペリスと同じだと、仰られてました」

「そうですね。頭では理解していても、簡単に割り切れるものではありませんからね。例え居心地が悪い場所であったとしても、慣れた場所を離れるのは難しいことです」

 そして昶は、ようやくこの世界で自分の居場所を手に入れた。

 その場所を守るためにどれだけ戦ったか、アマネもよく知っている。諜報員の報告や、あるいは自分の目で、昶の戦いを見てきた。

 その力たるや、本家筋どころか域外なる盟約(アウター・レギオン)で存命中の源流使い(オリジネイト)と同等。直接の戦闘ともなれば、それ以上かもしれない。

 己の限界を超えた戦いを幾度となく強いられ、乗り越えてこられたのはそんな強い思いがあったからに違いない。

「その点、キャシーラはあっさり付いてきましたね。心残りはなかったのですか?」

「てっきり、アマネ様に魔術を教えていただけると思ってたので、それ以外のことはなんにも考えてませんでした。なので、ちょっと残念です」

「ふふふ。その代わり、写本をいくつも読ませてあげているでしょう。私もまだ、誰かに教えられるほど成熟していませんから。一緒にお勉強していきましょう」

「はい!」

 素直ないい子だ。アマネはにっこりと微笑んで、約束ですと小指と小指を絡ませた。

 学びたいことを思う存分学べるとはしゃいでいるキャシーラは、見た目以上に幼く見える。

 まるで、妹ができたような気分。しかし、これはこれで悪くない。

「そういえば、シキガミの方はどこまでできるようになりましたか?」

「まだまだ、形を形成できるかどうか、ぐらいです。早くアマネ様みたいに、綺麗なシキガミをしゅばって作れるようになりたいです!」

 まるで鷹匠のように、キャシーラの腕がしゅばっと弧を描く。

 たぶん、鳥型のシキガミを飛ばす時の動作なのだろう。少しばかり大き過ぎる動きに、男二人思わず笑い出してしまう。

「うふふふ。しっかり勉強しているようで、嬉しいわ。焦らずに、じっくり参りましょう。制御を誤ると、大惨事になりますから」

「ありがとうございます。今後もよろしくお願いします」

「はい。そうそう、アキラ様の直感は私達源流筋よりも鋭いので、シキガミの監視にも細心の注意を払ってくださいね」

「わかりました。では、キャシーラ=クラミーニャ、アキラ様監視の任務に戻ります」

 最後だけびしっと決めたキャシーラは、再び雑踏の中へと消えてゆく。

 相変わらず、ちょっとした嵐のような子だ。たった少しの時間だったのに、少し寂しさを感じている自分がいる。

 その辺りの役回りも含めて、昶の監視役にキャシーラを選んだのは最良の選択だった。

 域外なる盟約(アウター・レギオン)でふてくされていた頃には見なかった、生き生きとした姿に、太陽みたいな笑顔。

 それが少しでも昶の心を動かせれば……。

 アマネはキャシーラの消えていった雑踏から目を戻すと、今日も一日お疲れさまでした、明日もまた頑張りましょう、と締めくくった。

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