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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第二章:汝が力は誰が為に……
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Act12:一日でやってしまいました

 その夜のことだった。

 シェリーの部屋にレナ、アイナ、昶、朱音、ソフィアの六人が集まってカードゲームに興じていると、不意にドアをノックする音が響く。

 はて、シェリーの部屋を訪ねてくるような人は、この部屋の者以外にはいないはずなのだが。

 はいは~いと、シェリーは疑問に思いつつもドアを開ける。そして、目がギョッとなった。

「え、えっと…………」

「…こんばんは。アキラと、アカネさん、いる?」

 ドアの前にいたのは、昨日の夕食の後自室に引きこもったまま姿を見せなかったリンネであった。

「いるけど、どうしたの?」

「…ちょっと、見てもらいたいものが!!」

 声は小さいが、気迫のようなものがいつもと全然違う。具体的には、シェリーが気圧されてしまうくらいにすごい。

 そして目を爛々と輝かせて迫るリンネの目の下には、くっきりと隈が浮き上がっていた。

「もしかして、寝てないの?」

「…大、丈夫。馬車の中で、寝たから」

 いやいやいや、それは全然寝た内に入らないと思うのだが。

 その前に『馬車の中で』ということは、もしかして徹夜なのか? 昨日の夕食から馬車に乗るまでの間ずっと? だが、恐らくその予想は正しいのだろう。目の前のリンネの状態を見た限りでは。

 ドアの前で引き吊った笑みを浮かべるシェリーを内側へと押しやり、リンネは部屋の中へと入った。

 さっきは隈に気を取られていて気付かなかったが、その背中には大きな──というか大きすぎるリュックが背負われていた。

 これから一週間、森の中でキャンプ生活してきます、と言われれば信じてしまうくらいの大きさがある。しかも、やたらめったら重そうだ。

「あ、リンネちゃんやっほー!」

 既に手持ちのカードがなくなって暇をしていた朱音は、ゆらゆらと手を振る。

 それに気付いた全員が、扉の方を振り返った。

「…アキラ、アカネさん、できた」

 巨大なリュックを下ろしたリンネは、鼻息荒く二人に謎の報告をしてくる。

 できたって、一体何ができたのだろう。心当たりの思い浮かばない二人は、はてと小首をかしげた。そんな二人とは逆に、リンネは非常にニヤニヤしている。昶達を出し抜けたのが、相当に嬉しいようだ。

 それでは、発表してしんぜよう。全員の注目が集まる中、リンネはリュックのチャックを開き、一気に中身をさらけ出した。

 リュックの中から出てきたのは、太い円柱にものすごく細長い円柱を取り付けたような形状をしている。

 金属でできているのは光沢を見ればだいたい判別できるが、それ以上はわからない。そう、この世界に生まれた人々には。

「え、リンネちゃん、ホントに作っちゃったわけ!?」

「すげぇな……。まさかここまでやるとは思わなかった」

「お二方の反応から察するに、わたくしの目に幻覚が映っているわけではなさそうですわね。」

 しかし、地球出身の魔術師達には、似たようなものに心当たりがあった。

 身の回りのあらゆるものに使用されている、ある物とそっくりだったのだ。

「…モーター、作ってみた。動作も、確認済み」

 確かに、二人は昨日リンネにモーターの仕組みについて、詳しく説明をした。詳しくと言っても、中学高校の理科や物理の教科書に、さらっと出てくるレベルのものだ。

 実際に使われているモーターはもっと小さく、複雑な仕組みになっているものが多い。

 だが、この世界にそんなものは存在しない。つまりリンネの持ってきたこのモーターは、この世界で最初のモーターということになる。

「え? 本当に動くのですか?」

 その場にいなかったソフィアは、食い入るようにリンネの作ったモーターを見回す。

 サイズこそ大きいが、ソフィアの目にもこれはモーターにしか見えなかった。

「でも、どうやって作ったの? これ。材料を形にするだけでも、ものすごい時間がかかりそうなのに」

 ソフィアに続いて、朱音も隅から隅まで見渡す。やや不格好ではあるものの、外板の表面はなめらかだし、回転軸も正確な円柱をしている。

 放熱のために開いていると思われるスリットからは、内部で芯の周囲に巻き付けられた導線も見える。

 しかもこの巻かれている導線が、機械でやったように正確で規則正しく巻かれていて、とても手作業では一日で作れるようなものじゃない。

「…錬金術で、形状を、作ったから」

 しかしリンネは、朱音の疑問に誇らしげに答えた。

 それには魔術師三人に混じり、レナ達マグスも仰天する。

「錬金術の形状形成って、ここまで正確にできるものなのね……」

「いやいや、感心してる場合じゃないってレナ。私には狂気の沙汰にしか見えないから」

 感心三割、呆れ七割で苦笑するレナに、シェリーが待ったをかける。

 確かに、感心している場合ではない。錬金術による形状形成は、剣とか盾とか、せいぜいそれくらいの単純な形状で使うものである。

 それをこともあろうに、複数の材質を使って、しかも複雑な内部構造まである形状を作るには、気の遠くなるような時間を擁する。

 恐らくシェリーならば、一ヶ月あってもできまい。

「そもそも、錬金術ってここまでできるんですね……。初めて見ました」

「当たり前でしょ。こんな複雑な形状、誰も作らないんだから」

 これがどれくらいぶっ飛んだ愚行なのかわかっていないアイナに、レナはため息混じりに解説をしてやる。

 その間にもリンネは発動体を取り出し、モーターに近づけた。

 少しすると、発動体の先からバチバチと青白い閃光が輝き始める。

 それからまた少しすると閃光は球体となり、モーターの上面から突き出る二本の金属板に向かって、それぞれ電気を飛ばす。

 すると間を置かずして、回転軸が勢いよく回り始めた。注がれる電流に応じて回転軸の回転も早くなり、シュイーンとこの世界では聞き慣れない高速の擦過音が耳を打つ。

 魔術師達はともかくとして、マグス達は口をあんぐりと開けて驚いていた。

「…それで、私なりに、色々と改良案を考えたから、見て欲…」

「はいはい、そこでいったん止まる」

 本当に動くのを見せることができて興奮しているリンネの首根っこを、シェリーはひょいとつまんでストップをかけた。

「とりあえず、寝なさい。アキラ達は逃げないから。このままじゃ、大会前までに体調崩しちゃうから」

「…あ、うん。わかった」

 目頭をごしごしとこするリンネは、思い出したかのように大きなあくびをした。

 もちろん口には手を当てているが、それは普段のリンネからは想像もつかない姿である。

 それじゃあと軽く手を振ると、リンネは発動体だけ持ってシェリーの部屋から出た。

 出る前にドアで強く頭をぶつけるも、特に気にした風もない。痛みよりも眠気が勝っているのだろう。

 そんな状態で、よくもまあここまで来たものである。

 まあ、それだけ早く昶や朱音に見せたかったのだろう。さっきのリンネの表情を見ていたら、それくらい容易に想像がつく。

 昶と朱音はとりあえずモーターをリュックにしまうと、部屋の隅へと移動させる。

「よっし! 上がった!」

「うわ、私がドベですか!?」

 その間に、ようやくカードゲームにも決着がついたらしい。

 一騎打ちにもつれ込んでいたレナとアイナは、僅差でレナの方に軍配が上がったようだ。

「じゃあ、今度はババ抜きしよう。私達の世界のカードゲーム。これでできるから」

 朱音は散らばったカードを集めてシャッフルしながら、ルールの説明を始めた。




 翌日、練習場には別の宿泊所にいるはずの多くの生徒達が集まっていた。

 しかし、練習をしている生徒は一人もいない。練習場の周りで、まるでスポーツの試合観戦をするように大きな輪になっていた。

 そしてその輪の中心に、二人の人影が見て取れる。

「なんか、すごい大事になっちゃってますね」

「引率の先生からの頼みですし、無碍(むげ)にはできません。生徒達の貴重な時間を割いて、この場を大々的に使わせていただけるのですから」

 一人は草壁朱音。弟を探すために別世界からやっていた、昶のお姉さんにして法師陰陽師。

 もう一人はソフィア・マーガロイド。昶と同様に、何者かの手によってこの世界に召喚された、凄腕の精霊魔術師。

「よし、全員集まっているな」

 声を上げたのは、今回の引率役であるメルチェリーダだ。ざっと周囲を見回すと、遠くまでよく通る声で続けた。

「昨日も伝えたと思うが、特別演習を行っていただけることになった。学院からずっと、見慣れない者がいて不審がっていた者もいたようだが、オブザーバーとしても来ていただいている。実力は、君達が束になってもかなわないほどだ。よく観察して、今後に生かして欲しい」

「私達って、オブザーバーらしいですよ、ソフィアさん。ボクシングのセコンドみたいなことでもできるんですかね?」

「できたとしても、聞く耳を持たない者がほとんどでしょうが」

 そんなこと今初めて聞いたと、朱音とソフィアは肩をすくめてみせる。

 そういうのは驚くので、事前に言っておいてほしいものだ。

 まあ、距離はかなりあいているので、人間離れした地獄耳でもない限りは会話を聞かれることもないだろう。

「ところで、その眼帯外さなくていいんですか? 言っちゃなんですが、私、速いですよ?」

「ご心配なく。眼帯(この)下の目なら、本当に見えていないので」

 さて、そろそろ準備でも始めようか。

 完全武装状態の朱音は、愛刀の小狐丸ではなく、ジーンズのベルトにくくりつけられている五つの御守りに触れた。

「五人とも、出番よ」

 朱音がそう告げた瞬間、それぞれの御守りから半透明の何かが飛び出した。

「おいこら、このクソアマ! お前、なんちゅう所に連れて来やがんだ! 」

「朱音ちゃん、ひさしびり~、元気してた~?」

「アカちゃん、やっと呼んでくれたな。お兄さん超ハッスルやで」

「すげー! 人いっぱいじゃん! こんな場所、オレらがでてきていいの? マジでっ!?」

「………………」

 半透明のそれは、よく見れば狐のような姿をしていた。

 それが五体、群がるように朱音の周囲を飛び回りながら好き勝手口走っている。

「悪霊の類ではなさそうですね。取り憑かれているわけでもないようですし、変わったお友達ですね」

「管狐をちょっとアレンジしてね。可愛いでしょ」

 言われてみれば、半透明の五つの例は狐のような外見をしている。そしてそれぞれが、木・火・土・金・水、五行に属する力を有している。

 なるほど、そういうことか。どう使うのかはともかくとして、なにをするつもりなのかソフィアはだいたいの見当をつけた。

 草壁流の術体系は、基本的に近接戦闘を主眼に構成されている。

 中・遠距離で戦闘するための術を持っていないわけではないが、そのほとんどが近接武器を媒介とするものだ。

 そして今回、この場所を使う条件として、メルチェリーダから中盤まで近接戦闘は禁じられているのだ。

 ──どのような手品を見せていただけるのか、楽しみですわね。

 だとすれば、術のブーストしかない。朱音は草壁流が不得手とする距離をとって放つ術を、管狐を使ってカバーするのが狙いであろう。

 とはいえ、それではソフィアがあまりに有利すぎる。なので今回、ソフィアも自らにある制限を科していた。

 移動は最小限、飛行はせず、地面すれすれを滑空するだけ。禍焔術式ヴェルシュタイン・フレアの使用禁止。使用する属性は火精霊(サラマンドラ)に限る。

 これでも本来の間合いで戦えるソフィアが有利なくらいだが、そこはソフィアのよく知る草壁流の術者だ。良い意味で、期待を裏切ってくれるだろう。

 既に昶は、はるか格上のエザリアを退けているのだから。

「お互い、腹のさぐり合いはやめましょうか」

「そうですわね。ギャラリーの方も、待ちきれないようですし」

 ソフィアは見えている方の目で、ざわめき立つ生徒達を見る。

 大半は懐疑的な目をしているが、その中のひとグループだけが全身をこわばらせてこちらを見つめていた。

「では、しかとその目に焼き付けなさい」

 ソフィアは、ふとつぶやく。

 ひとつだけ異なる視線を向けるグループ──レナ達へと、まるで語りかけるかのように。




 始まりの瞬間は、すぐに訪れた。しかし、それを目撃できた者はどれほどいただろう。

「さすが、草壁流宗家の流れを汲むだけのことはありますわね」

「お褒めに預かり、光栄です」

 ソフィアの周囲に浮かんだ火球から、無数のハンドボールサイズの炎弾が放たれた。それも、文字通り一瞬にして。

 浮かんだ火球は十を数え、吐き出された炎弾はそれぞれ二〇以上。これだけの瞬間火力を叩き出せる生徒が、いったいどれだけいるだろうか。いや、一人たりともいまい。

 だが、驚きはそこでは終わらない。炎弾を放たれた方の朱音は、忽然とその場から消えていたのである。

 注視していてもなお捉えられない速さで、朱音はその場から走り去っていたのだ。

 だが、これはまだ小手調べに過ぎない。

 ソフィアは朱音を視界に収めながら、五体の管狐の気配を探る。

「とはいえ、なかなか危険な使い方ですわね。それは」

「大丈夫ですよ。知り合いに、もっと危なっかしいことしてる人がいるんで」

 気配は、すぐに見つかった。信じられないことだが、五体の管狐はなんと朱音の右腕に憑依していたのである。

 いや、憑依よりもっと高位の、霊的な同化、融合と言った方が正確だろう。下手をすれば右腕を乗っ取られ、最悪身体の支配権すら奪われる可能性がある。

 だが朱音と管狐達の間には、それを実行するだけの確たる絆のようなものがあるのだろう。

「ならば、仲良く叩き潰して差し上げましょう!」

 ソフィアは更に倍の火球を出現させ、広い範囲に炎弾をばらまいた。多少の流れ弾くらいなら、生徒達にも防げるだろう。

 優に百を超える炎弾が、朱音の周囲に着弾した。炎弾は着弾と同時に爆発を引き起こし、もうもうと黒煙を巻き上げる。

 今度は、かわしたようには見えなかったが、果たしてどうであろう。

 ソフィアは次の攻撃に備え、火球へと魔力を送り込む。

 だがその時、ソフィアの直感が何かを捉えた。火球を操作して自らの前へ、一直線に並べる。

 すると次の瞬間、黒煙を突き抜けて、水の槍が姿を表した。唸りを上げて回転するその水槍は、ソフィアの火球を四つほど喰い破ったところで霧散した。

「水剋火、水流、急々如律令!」

 爆煙を突き抜けて一直線にソフィアへと迫る朱音は、護符を手に再び(しゅ)を刻む。

 放たれた護符は三枚。無作為に宙を待った護符はそれぞれ別の角度から、ソフィアに向けて怒涛の水流を撃ち出す。

 距離が近い分、ガードは間に合わない。火球のガードでは完全に防ぎきれず、水流はソフィアを直撃した。いや、したように見えた。

「さっすが精霊魔術。起動が早い早い」

 朱音は舌を巻いて、ソフィアの技量の高さを絶賛する。わかってはいたが、あんなものでは通用しないか。

 ガードは抜いたが、ソフィアはそれをあっさり防御して見せたのだ。その証拠に、朱音の放った水流は白い蒸気となって辺り一帯に立ちこめている。

 そしてその蒸気を更に熱気で吹き飛ばし、余裕の笑みを浮かべるソフィアが姿を表した。

「どうやら、少し加減が過ぎたようですわね」

 なんとソフィアは直撃の瞬間に自らを炎で包み込み、その膨大な熱量をもって水流を瞬時に蒸発させてしまったのである。

「どうせならそのままでやってくれた方が、私としては楽なんですけど」

 とはいえ、朱音の技量もソフィアの想像していたよりはるかに高いらしい。あくまで補助でしかない術を、よくもここまで扱えるものだ。

 その(わざ)に敬意を表し、ソフィアはもう一段階リミットを解除した。

 刹那、ぶわっと魔力が膨れ上がる。ちりちりと肌を焼かれるような感覚に、朱音は額からたらりと嫌な汗を流す。

 熱気ではない、純粋な闘志が伝わってくるのである。やはり、格が違う。積み重ねてきた修羅場の数が違う。

 だが、格上との戦いがなんだ。運の悪いことに、最近そんな機会に恵まれていた朱音は、強敵の存在にむしろ闘志を燃え上がらせた。

「では、改めて」

 ソフィアがそう言って胸に手を当てると、再び火球が出現する。

 だが、先ほどまでとは全く違う。火球の数は同じでも、内包する炎の密度のようなものが、数倍に跳ね上がっているのだ。

「参ります!」

 ばっと、ソフィアは胸に当てていた手を前方へと突き出す。

 それに呼応して、火球から再び炎が放たれる。

 だが、放たれたのは炎弾ではない。ハンドボールサイズの閃光だ。炎弾と同じサイズの閃光が、朱音に牙を向いたのである。

 あの密度は、ヤバい!

 朱音は瞬時に判断して、身体を走らせた。

 五感を極限まで研ぎ澄ませ、閃光のたどるコースを見極め、わずかに開いたスペースへと身体を滑り込ませる。

 飛び跳ね、かがみ、ダッシュしたかと思えば身体をひねり、背中をのけぞらせた姿勢のまま再び地面を蹴って加速する。

 ソフィアの放った炎の閃光の全てを、朱音は見事にかわしきった。

 そして背後を振り返り、苦笑いを浮かべる。閃光に灼かれた大地は、その軌跡に沿って熱気を伴う赤い光を放っていた。

 一応は角度も調節してあったようで、地面に走る赤い線は生徒達からやや内側で止まっていた。

「あれもかわすとは、見事な身のこなしですね」

「かわさないと、丸焼けどころか消し飛ぶレベルなんですけど……」

「大丈夫です。必ずかわていただけると信じていましたので」

 と、ソフィアはあんな強烈な攻撃を放っておいて、今日一番の笑顔を浮かべていた。

 いけしゃあしゃあと、調子のいいことを。だが、次はこちらの番だ。

 近接戦闘解禁前に、一度くらいは鼻をあかしてやらねば。

 少し反則かもしれないが、あの手でいってみるか。次の一手を決めた朱音は、ソフィアを中心にして円を描くように走り出した。

 円を描きながら徐々に近付いてくる朱音を、当然ソフィアは正面から迎え撃つ。未来位置を予測し、チャージの隙ができないように火球から閃光を放つ。

 だが、朱音もこの攻撃は二度目だ。速度も範囲もわかっている。持ち前の運動能力をフル活用して、ソフィアの攻撃を次々とかわしてゆく。

 ──ここだ!

 ひたすらに回避を続け、ようやく反撃に移れるだけの余裕が訪れる。

 前方へ思い切り跳躍しながら、腰、肩、肘を順に回転させ、右手から一枚の護符が放たれた。

「水流!」

 吼えるように、朱音は呪を唱える。

 極限まで言葉を削り、管狐によって不足する威力を補い、護符からは一際鋭い水流が解き放たれた。

 しかし、ソフィアとて決して隙を見せたわけではない。既に狙いは朱音の放った水流に向けられている。そして複数の閃光は、一瞬にして水流を蒸発させてしまった。

 ──かかった!

 朱音を狙う火球の数が、一気に半減した。朱音は続けざまに護符を放ち、水流を撃ち出す。

 無造作にばらまかれた護符に規則性はなく、ゆえに対応は難しくなる。火球のそれぞれに、個別の設定をしなければならないのだ。

 それでもソフィアは視界いっぱいに広がる攻撃の全てを把握し、向かい来る水流を残らず消し飛ばした。

 当然のことながら、複数の目標を同時に迎え撃つなんて芸等は朱音にはできない。せいぜい、大きな盾を張って正面から受けきるか、あるいはひたすら回避するくらいだろう。

 だが、それも全て予想していた通りだ。どれだけ全力で攻撃を仕掛けても、ソフィアなら平気な顔で防ぐだろうと。

 そう、朱音は最初からソフィアを狙ってなどいない。この状況、大量の蒸気で視界を奪うことこそが目的なのだから。

 朱音は進路を九〇度曲げ、一気にソフィアへと肉薄した。ようやく朱音の意図に気付いたソフィアは、広範囲に炎弾をばらまく。

 とはいえ、こんな濃い蒸気の中で、狙いなどつけられるはずがない。散布域を広げすぎたために、朱音の形成した水の盾でも簡単に防ぐことができる。

 勢いに任せて中央突破。朱音は蒸気の壁を突き抜けて、ついにソフィアを射程圏に捉えた。

 この距離ならば、完全な迎撃は間に合わない。

「鋼雅、水流、急々如律令!」

 二枚の護符が宙を舞う。水を纏った鋼の刃が、ソフィアを狙って突き進む。

 一斉に狙いを定める火球。だが、それよりも朱音の攻撃の方が速い。灼熱の閃光は鋼の刃を完全に捉えることができず、例えできたとしても表明の水流に阻まれてしまう。

 だが、

「まだまだ甘いッ!」

 ソフィアは戦闘が始まってから初めて、その場所を動いた。それも、朱音にも劣らぬ速度で。風精霊(シルフ)の力を使い、滑るように地上すれすれを飛んでいるのだ。

 鋼の刃は袖口を軽くかすめるも、ソフィアを捉えるにはまだ足りなかった。

 そして、攻撃を放てば反撃を食らうまでがお約束。既にソフィアの手には、高密度に圧縮された火球が握られていた。

 その炎を、朱音に向けて一気に放出する。まるで巨大な火炎放射器のように、炎は一気に広がって朱音を飲み込んだ。

「大丈夫です、加減はしましたので」

 残念ながら、中盤までに片が付いてしまったか。しかし、なかなかに歯ごたえのある戦いだった。

 勘もだいぶ取り戻せてきたことであるし、有意義な時間だった。これがこの世界のマグスであったならば、こうはいかなかっただろう。

 それよりも、朱音は大丈夫だろうか。加減してあるし、向こうもかなりの手練れではある。最低限の対魔術防御くらいはとっているはずだ。

 一応は朱音の安否を気遣うソフィアであったが、そこでふと違和感に気付いく。負けたはずの朱音から、全く闘志が衰えていないのである。

「甘いのは……」

 ふと、朱音の声が耳を打つ。

 それと同時に、たった今炎に焼かれている朱音の輪郭が、一気に崩壊したのだ。

 知っている。これは式神だ。陰陽師達が様々な場面で用いる、簡易的な召喚術の一種である。

 ようやくソフィアは、まだ戦いが続いていることに気付いた。

「どっちでしょうね!」

 ソフィアの背後から蒸気を突き抜けてくる者がいる。

 右手には小さな嵐のようなものをまとい、恐ろしい速度で突っこんでくる。

 今度こそ間違いない、本物の草壁朱音だ。小型の台風を思わせるそれは、当然今から術を起動して防げるような代物ではない。

 並みの防御術なら問答無用で破壊する。それだけの威力が込められている。

 幾重にも張り巡らせた策は、この瞬間のために。どんな術だろうと、正面から叩き潰してやる。

 朱音は渾身の力を込めて、その右腕をソフィアへと突き出した。

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