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マグス・マグヌス  作者: 蒼崎 れい
第二章:汝が力は誰が為に……
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Act11:苦悩する少女達

「あれ、あたしいつの間に……」

 窓から差し込む陽光で、レナは目を覚ました。

 どうやら、深夜の練習中にそのまま眠ってしまったらしい。

「っくしょんっ……!! がぜがじら……」

 しかも布団どころか毛布一枚すら羽織っていなかったせいか、鼻の調子が悪い。ついでに変な姿勢で寝てしまったせいか、首からも変な痛みが。

 メレティス王国の首都、メルカディナスに到着して一日。あと数日後には、この場所で魔法競技会──マギア・フェスタ──が開催される。

 まだ時間はあるし、それまでには体調も元に戻るだろう。

「……そうだ。アイナんとこ行かないと……」

 ちーんと鼻をすすりながら、思い出したように口にする。

 結局、昶の説得作戦については全く進展がない。どうすれば、昶がこっちに残ろうと思ってくれるか。やはり、朱音に見つからないように説得するしかないだろうか。

 今はちょうど問題の昶も朱音もいないので、タイミング的にはちょうどいい。

「とりあえず、お風呂はいんなきゃね……」

 服も昨日のまま、もちろんお風呂にだって入っていない。

 なんだか、ちょっと汗臭いような気もするし。レナは鞄の中から着替えを一式取り出すと、宿の見取り図を見て浴場に向かった。




 朝風呂を済ませたレナは、ほくほくと火照った身体でアイナの部屋へ向かっている。利用しておいた身で言うのもなんだが、よくもこんな早朝から使えたものだ。

 学院のお風呂が使えるのは昼過ぎから夜中まで。朝も利用できるにはできるが、使えるのは水だけで温かいお風呂には入ることができない。

 こんな水風呂を使っているのは、学院内でもシェリーくらいのものだろう。

 学院のものよりは小さく、材質も木製だったものの、二日前のようにキツい木のにおいもなく、とても入りやすかった。

 ああいうお風呂がもっと増えてくれれば、またメレティスに来てもいいだろう。幼い頃に来た時と比べて、珍しい物も劇的に増えているので見るのも飽きない。

 これで鉄道の乗り心地もよくなれば、言うことないのだが。

「アイナー、起きてるー?」

 レナはアイナの部屋のドアを軽くノックしてみる。が、反応はない。

 さっきより強めにもう一度ノックしてみるも、やっぱり反応なし。

「こらアイナ! さっさと起きなさいよ! そしてここ開けなさい!」

 仕方がないので、レナはぶん殴るくらいの勢いでドアをノックした。

 これにはさすがのアイナも気付いたようで、

「はっ、ひゃい! 今あけます!」

 何かをひっくり返したような騒がしい音が、ドア越しに聞こえてきた。何をやっているのだか。

 それよりも、強くノックしすぎたらしく手がヒリヒリしてきた。見ると、拳の底の部分が赤くなっていた。

「す、すいません。どうぞ」

「って、あんたなんちゅう格好!? 早く戻って!」

 物音がしてからすぐに扉は開いたのだが、なんとアイナはスカートを履いていなかったのだ。

 それどころか靴も靴下も履いていなく、唯一残ったブラウスもボタンが半分ほど外れている。

 レナはアイナを部屋の中へと押し込み、自分が入るとすぐに扉を閉める。

「あんた、何なのその格好は?」

「ふぇ? なんのことで…………」

 と、アイナは自分の格好を見下ろす。

「あっ!! こ、これは、その……。着替えようとしたんですけど、でも眠くってですね……!!」

 で、わたわたと両手を振りながら、目を回し始めた。

 どうしていいかわからずにおろおろしてるアイナを見ながら、レナはドアからベッドまでの経路(●●)を呆れ顔でたどる。

 まず、ドアを開けてすぐのところに、脱ぎ捨てられたマント。次にひっくり返った靴が二つに、靴下が二つ。そしてベッドの前には円を描くスカートの輪。

 まるで足跡のように、身に付けていたものが脱ぎ捨てられていた。本人が言うように、着替えようとはしていたらしい。

「まったく、何やってるんだか……」

「あれ、そういえばレナさん、お風呂上がりなんですか? だったら先に誘ってくださいよぉ」

 とりあえずブラウスのボタンだけはとめたアイナは、ほくほくのレナを見て風呂上がりなことに気付いたようだ。

 ちなみにブラウスのボタンをとめただけでは、だらしなさを一ミリたりとも回復できていない。

「だったら、夕食の時間ってもうとっくに過ぎちゃってますよね?」

「はぁ? あんた、何言ってるの。これから朝食に行こうと思って、わざわざ誘いに来てあげたのよ」

 朝食? 夕食じゃなくて朝食?

 アイナはあれ、と考え込んだ。

 朝食は食べたから、次は夕食の時間のはずである。

「またまたご冗談を。朝食なら食べたじゃないですか~」

「それ、昨日のだから」

 おどけて返すアイナに対して、レナはキツい口調で言い返す。

 あれ、もしかして本気で言っている? まあ確かに、レナは冗談なんて言うタイプじゃない。

 いやいやいや、でもそんな、もう次の日だなんてそんなことは。あれ、でもカーテンの隙間から、明らかに日光のようなものが入ってきている。

 アイナは、え? 本当なの? と若干引きつった表情のまま、カーテンを開いた。

「てかあんた、どんだけ寝れば気が済むのよ。ほとんど一日分じゃない」

 あぁ、まばゆいばかりの太陽の光が、さんさんと降り注いでくる。

 もちろん、夕焼けなんかじゃない。

 アイナはようやく、自分がどれだけ寝ていたのかを自覚した。

「私、そんなに寝てたんですか?」

「外見たならわかるでしょ。てか、よく一回も目が覚めなかったわね。そっちの方がびっくりよ」

 なんだか一日損した気分だ。朝一番から、アイナのご機嫌は超低空を滑空するのであった。

「時間も時間だし、お風呂は朝食の後よ。早くしないと、終わっちゃうから」

「えっ!? もうそんなギリギリの時間なんですか!!」

「そうよ。だからちゃっちゃと着替えて、早く来る。散らかってる服は後でもいいから」

「はいっ!! 部屋の前で待っててください。すぐに準備しますから!」

 あせあせと鞄の中から着替えをあさり始めるアイナから目を離しつつ、レナは部屋の外へと出た。

 なんだろう、まるで妹のロッテの相手をしている時のよう。

 しかし、あんなでっかいのを妹とは言えないし、昶の件もあるので思いたくもない。

 あ、でも、でっかいけどシェリーの方が何ヶ月か年下なんだったっけ。

 ほんと、神様はその辺が気まぐれで困る。もう少しは、年相応に発育させてくれたっていいものを。

 レナはブラウスからのぞいていたアイナのアレを思い出して、自分のと比べてみる。

 ぺた、むにむに。辛うじて柔らかいけど、柔らかいけど……。

「はぁぁ。朝っぱらから最悪だわ……」

「最悪なのは私ですよ。一食無駄になっちゃったなんて」

 と、着替えを終えたアイナが出てきた。

 こっちもこっちで、景気の悪そうな顔をしている。食事一回分で、そこまで落ち込まなくたっていいだろうに。

 朝からどんよりとした空気を振りまきつつ、二人は食堂へと向かった。




 朝食を済ませた二人は、学院の借りている練習場へと向かった。

 練習場は他の学校と共同になっており、時間が割り当てられている。今日のレイゼルピナ魔法学院の割り当ては、標準時で六時──地球でいえば正午までである。

 レナ達と同じ宿泊施設に割り当てられた学院の生徒の大半は、既に自主練習を始めていた。

「なんか、上級生ばっかりですね」

「まぁ、主には二年生が参加する大会だしね。あたしらがいるのは、学院長の気まぐれのせいだもの」

 すると、レナ達の気配に気付いた上級生達が、こっちをちらりと見てきた。それから、何事もなかったかのように自分の練習に戻る。いや、雰囲気はより悪くなっただろうか。

 何をしに来たんだ、とでも言うように突き刺さるような気配が飛んでくる。

「私達、お呼びじゃないって感じですね」

「そりゃそうでしょ。花形の模擬戦のメインメンバーが、ほとんど一年生なんだから」

 飛行術のレースに参加のアイナはともかく、レナは一応模擬戦の団体戦の部でメインメンバーに選出されているのだ。

 下から数えた方の早い実技の成績に、貴族としての名、学院長に何か持ちかけたのではと疑われても仕方がない。

 そもそも、本人からしてこの選定はおかしいと思っているのだから、不自然さは際立っていると言えるだろう。

「はぁぁ、なんだか胃が痛くなってきた」

「でも、レナさん王都侵攻の時、思いっきり最前線で戦ってたんですよね? そんな人、学院中探しだっていないですよ」

「実戦経験って意味ならそうだけど、あれってアキラからの借り物だし。それに事情があって、今はあの時使った双輪乱舞ツヴァイン・シンフォニアも使えないのに」

「いいな~。アキラさん、私のサーヴァントになってくれないかな~。チラ」

「何が『チラ』よ。自分で言ってりゃ世話ないっての」

 二人は先輩方からのトゲトゲオーラを避けて、練習場の外延部に設置されているロングチェアに腰かけた。

 ロングチェアはいくつもあるが、この場所が一番先輩方から遠い場所にあったのだ。

 実際、レナの練習は室内でもできる魔力の知覚なので、わざわざ魔法をぶっぱなせるような広い場所は必要ないのである。

 アイナの方は、まあ大丈夫だろう。元からずば抜けているのだし。

 そして二人の間で交わされる会話といえばやはり、

「やっぱり、どうにかしてアキラ本人に伝えるしかないわよね」

「そうですねぇ。アカネさんとセットじゃない時間を狙うしかないですねぇ」

 ご存知、昶のことである。真剣な議論の末の現在の対応策はといえば、昶が一人になるタイミングを見計らって、朱音の言っていたことと気持ちを打ち明かす。これしかない。

 他にもさりげなく気付かせる方法がないか考えてはみたものの、どれも決め手に欠ける。

 しかも、いくら頑張っても結局気付かれなければ全部無意味になってしまうのだし、それならば危険はあるが、直接口にした方が早いであろう。

「それにしても、どこで油なんか売ってるのよ」

「できればアカネさんとは別で、帰ってきて欲しいですね。チャンス広がりますし」

 とはいえ、せっかく決まっても肝心の本人がいなければ実行のしようもない。

 レナとアイナは、頭を空っぽにして上級生達の練習風景を見ていた。

「なんか、ぬるいわね」

「そうですね。アキラさんの指導、あれよりも厳しかったですもんねぇ……」

 そして、感想を一言漏らす。学期末の実技試験前、レナ達は昶に指導してもらったことを。

 元々はシェリーの思い付きで始まったことなのだが、これが予想以上に厳しかったのである。

 だが、考えてみればそれは当たり前のことだ。

 昶の世界の魔術師達の一般的な練度は、レナ達マグスの一般的な練度より数段上に位置している。そんな魔術師基準の練習をマグス達が行えばどうなるか、子供にでもわかることだ。

 そしてその魔術師基準の練習をレナ達は続けているのだから、上級生達の練習がぬるく見えてしまっても仕方のないことであろう。もっとも、中には耳聡く聞きつけた生徒もいたらしく、邪険にするどころか殺意丸出しの視線まで飛んできている。

「アイナ」

「なんでしょうか?」

「上級生に襲われそうになったら、頼むわよ」

「だったら別の話にしましょうよ。大会が済むまで平穏無事に過ごしたいです」

 この場所から逃げたって、泊まっている建物ら同じ。大会当日ともなれば、近くに座るような事態も十分に起こり得る。

 果たして、このまま無事に学院まで戻ることができるだろうか。二人は別の意味でも、昶達に早く帰ってきてくれと祈るのであった。




 一方その頃の昶達はと言えば、

「昶、シェリーちゃん、準備は大丈夫?」

「俺達より自分の荷物を心配しろよ」

「私達、荷物はもう送ってあるりますからね」

 朝食を済ませ、自分達の宿泊場所へと向かう準備をしていた。

 ただし、準備といっても昶やシェリーは手荷物だけで、大きなものは既に送られている。

 大荷物があるのは、学院の生徒ではない朱音だけだ。

「いや、雰囲気って大事だと思うのよ」

 と、えへへと笑いながら朱音は軽々と大きなキャリーバックを肩に担いだ。

 事情を知らないアンフィトリシャの家で働いている人達は、みんなぎょっと目を見開いている。

 まぁ、人間が入っちゃうようなバッグを、華奢な女の子が片手で軽々と持ち上げれば、普通はあんな反応をするのだろう。

「あれ、そういえばリンネちゃんは?」

「まだ部屋らしいから、寝てるんじゃないですかね。なんか、夜遅くまで何かしてたって執事さんが言ってました」

 来た時より一人少ないのに気付いた朱音に、シェリーが事情を説明する。

 そういえば、やりたいことがあると言っていたような……。

 まあ実家にいるわけだし、心配するようなこともない。宿泊場所の方もわかっているので、起きてから勝手にくるだろう。

「おはようございます。朝食はいかがでしたでしょうか?」

 と、三人が顔を合わせているところに、例の燕尾服を来た初老の男性がやってきた。

「いくら私でも、朝から揚げ物はちょっと」

「美味しいには、美味しいんですけどね」

 出された朝食をきっちりいただいたシェリーと昶は、苦笑いを浮かべながら感想を口にする。

 夕食のような、肉汁たっぷりのガッツリしたものではなく、さっぱりとした野菜中心ではあったが、朝から脂っこいものはかなりキツかった。

 せめてお昼ご飯だったらもっと美味しく食べられたのに、実にもったいない。

「二人とも無理して食べるから。私みたいに、お茶だけいただいてればよかったのに」

 ちなみに昶とシェリーが眉をハの字にして揚げ物料理に悪戦苦闘しているさなか、朱音は優雅にモーニングティーを頂いていた。

 ほんのわずかに残るハーブの香りが、朝から爽やかな気分にしてくれる。これで、今日も一日、きっちり頑張れそうだ。

「いやでも、めったに食べられないものだし……」

「あと、作ってくれた人に申し訳ないからな」

 シェリーと昶は互いに顔を見合わせて、ねぇ、と頷き合う。

「うぐ……。それを言われると、ちょっと弱いかも」

 朱音はここ数年、食事は昼夜の二食だったので、朝は食べないのがすっかり習慣になってしまっている。

 それに、どうせ食べるなら無理せず美味しく食べたいではないか。作っていただいた側ではあるが。

「それは申し訳ないことをいたしました。事前に聞いておくべきでしたな」

 謝る男性に、三人は頭なんて下げないでくださいと慌てて言う。

 悪いのはこちら側なのに、謝られても困ってしまう。

「馬車の用意ができましたので、お呼びに参りました。昨日のような未完成の水蒸気自動車ではないので、ご安心ください」

 冗談を交えつつ、男性はにっこりと笑って先導してゆく。

 一日遅れてしまったが、これからがようやく本番である。当日までに、できることはきっちりやっておかなくてはならない。

 朱音はわくわく、シェリーは気合いを入れ直し、昶はやや複雑な表情で、男性に続いて馬車へと向かった。




 たぶん、きっと、恐らくなのだが、三人は宿泊場所についてこう思った。

 走ってきた方が早かったかもしれない、と。

 肉体強化の使える三人は、ぶっちゃけちゃえば馬車よりずっと速く、しかも建物の上を伝っていくという反則技(ショートカット)まで使えるわけで。

 いくら広い馬車でも長時間乗っていれば疲れるし、節々もがちがちに固まってしまう。

 まあ、過ぎてしまったことを言っても仕方がない。

「私は荷物(これ)置いてくから、二人は先にレナちゃんとアイナちゃんとこ行ってて。あっちの方から魔力の気配がするから」

 じゃあね~、と朱音は軽やかな足取りで自室へと向かった。

 一応、部屋だけはちゃんと用意してくれているらしい。ご飯の方は知らないが。

 朱音を見送って少し静かになったところで、昶とシェリーはレナ達の気配のする方へと歩き始めた。

「師匠、さらっとあっちからレナ達の気配がするって……。私、全然わかんないんだけど」

「まあ、練習してりゃその内わかるようになるって。魔力の察知だけなら、訓練すれば普通の人でもわかるようになるから」

 実はシェリー、レナと違って未だに魔力の気配というものを感じ取れていないのである。

 魔力の制御はちゃんとできているというのに、不思議なものである。それだけ、直感が鋭いということなのだろう。

 むしろこれは、この短時間でコツをつかんだレナの方を褒めるべきなのかもしれない。

「そう言うけどさぁ。ほんとに全然なのよ。できる気がしない」

「てかむしろ、よく魔力がわかんねぇのにそんだけ制御できるな。そっちのがすごいわ」

「そこはほら、気合い的な?」

 まったく、根っからの脳筋少女である。

 普通は気合いでどうにかできるものではないというのに。

「でも、できるようになって損はないぞ。ちゃんと感じられるようになったら、無駄な消費がなくなったり、より精密な制御ができるようになって、複雑な術でも使えるようになるからな」

「それはわかってるわよ。だから、こうして練習だけは続けてるんじゃない」

 とはいえ、習得までの道のりはかなり遠そうだ。

 座学ではかなわないが、実技では常にレナをリードし続けてきただけに、譲れないものがあるのだろう。口ではそうでもないが、内心は相当に焦っているのがわかる。

 不意にうつむく視線の先には、つねにレナの姿がちらついているのだ。

 友人の成長を嬉しく思う反面、常に先を歩いていたい。

 シェリーもシェリーで重要な悩みがあるんだなぁと、昶は自分とシェリーを重ねるのであった。

 それからしばらく、アンフィトリシャ製造部での話をしていると、こっちに向かった歩いてくるレナとアイナにばったり出くわした。

「あ、やっぱりシェリーだったのね。それっぽいと思ってきてみたら」

「おはようございます、アキラさん、シェリーさん。あ、どももうお昼だから、こんにちはですかね……?」

 どうやら、偶然ではなかったらしい。シェリーらしき気配を感じたようだ。

 確実に、勘が鋭くなってきている。これなら、あと一、二ヶ月もすれば、確実に察知できるようになるだろう。

 もっとも、昶達のようにほとんど無意識的に気配を感じられるようになれには、更なる時間を擁するわけであるが。

「やっほー、二人とも」

 やぁやぁと、シェリーは片手を上げて返す。

「まったく、遅いのよあんた達。今日のうちの学院の使用時間なら、もう終わっちゃったわよ」

 口をとんがらせて文句を言うレナの視線の先には、確かに見慣れない制服をした生徒達の姿があった。

「なんか、うちの先輩方以上に敵意むき出しだな」

 主力の座を一年生に取られたレイゼルピナ魔法学院の先輩方からの殺意混じりの視線もすごかったが、これはそれを焦げるまで煮詰めた後に圧縮して固めたくらい強烈だ。

「そりゃそうでしょうよ。この大会、うちの学校が優勝しない方が珍しいくらいらしいし。全部の学校が目の敵にしてるわよ。同じレイゼルピナの学校からもされてるくらいだし。そういえば、シャルルも出るって行ってたっけ……」

「あぁ、シェリーの弟も出るのか。てか、そんなぶっちぎるくらい優秀なんだな、うちの学校って」

 つまりあれは、レイゼルピナ魔法学院に敗れた無数の先輩方から受け継いできた、無念と悔しさもあってのことなのだろう。

 果たせなかった打倒、王立レイゼルピナ魔法学院を、自分達の代で果たす。そんな気持ちが、ありありと伝わってきた。

「それなのにあんたみたいなの出場させようってんだから、物好きよね学院長も」

「いや、ソフィアさんが出場してないだけまだマシだろ。あそこまでいくと、反則どころじゃなくなっちまうって。一人でも優勝しちまうよ」

「あら、お褒めに預かり、光栄ですわ」

 すると突然、ソフィアが上からゆっくり降りてきた。

「シャリオはどうしたんですか?」

「孤児院の方で、競技会前まで過ごしてくるそうです。あまり邪魔をしては悪いので、早々に引き上げてきただけです」

 昶の問いかけに、ソフィアは嬉しいような寂しいような表情を浮かべる。

 とても可愛がっていたから、少しでも離れるとやはり寂しいのだろう。

「それで、レイゼルピナ魔法学院の練習時間は終わってしまったのかしら?」

「えぇ。どうも、昼までだったらしいです」

「あら残念。久方ぶりに、身体を慣らしておこうと思ったのですが、明日まで我慢ですわね」

 昶の答えに、ソフィアはわずかばかり肩を落とす。

 身体を慣らすというのはつまり、術をぶっ放したりあれやこれや、こっちの世界ではオーバーキルも甚だしい代物を一通り試しておく、という意味だろうか。

 驚異的な回復力を持つ昶と違い、ソフィアはその辺は一般人に近い。

 エザリアや暴走した昶との戦闘によるダメージが、最近になってようやく全快したのである。

「その時は、貴方達姉弟のどちらか、お相手をお願いしますわね」

「じゃあ、姉にしといてください。俺よかよっぽど強いんで」

「そうですか。では、後ほど頼みに行ってみましょう」

「いや、そんなことしなくても、たぶんそろそろ……」

 とか行っていると、来た来た。少し駆け足で、朱音がどんどん近付いてくる。

「あれ、もう終わっちゃったの?」

「これからは、別の学校の使用時間だそうです」

「ありゃりゃ、そりゃ残念」

 ソフィアから聞いた朱音は、特に残念そうな表情も見せずに練習を始めている他学校の生徒の方を見やった。

「あぁぁ、なんか落ち着く風景……」

「あれがですか?」

「えぇ。学校で、後輩の指導とかもしてるんで。それにしても、力のロスが多いのが気になる」

「魔力を感じられないのですから、仕方がありませんわ。あ、そうでした。朱音さん、実はお願いしたいことがありまして」

 話に花を咲かせるソフィアと朱音を置いて、昶、レナ、シェリー、アイナの四人は宿泊所に向かう。

「はぁぁ、緊張した。ソフィアさん、いきなり出てくるんだもん」

「私も、あの人は馴れないなぁ。纏ってるオーラが違うというか、思わずびしってなっちゃう」

「私も、シェリーさんと同じです」

「三人とも、いきなり黙るから何かと思ったら……」

 そんな理由だったらしい。一応、同郷ということもあり友好的なので昶は三人ほど気にしていないのだが。

 とはいえ、魔力を感じられなくても、格の違いはちゃんと感じ取れるようだ。

「それよりもお腹減った。お昼食べよう」

「アイナ、あんたも来なさい」

「レナさんがご馳走してくれるなら喜んで」

「ちょっと待ってくれ、金ってどれ使えばいいんだ? まだ覚えてないんだよ」

 馬車に疲れたシェリーのお腹はもう限界らしい。

 四人は緊張感のない話をしながら、食堂へと足を運んだ。

 前回の投稿から相当時間が経ってしまい申し訳ない。リアルの忙しさと別件の処理とか、あと公募関連でごたごたしてて、ここまで時間がかかってしまいました。リアルの忙しさ以外はどうにかなったので、どうにか短時間で投稿できるように頑張ります。

 あと前に言いましたが、二章を年内に終わらせるのはやっぱ無理です。申し訳ないです。見捨てないで頂けると嬉しいです。ではノシ

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