Act10:アンフィトリシャ商会製造部
馬車に揺られること、標準時で十五分。一行はメルカディナス郊外にある、アンフィトリシャ商会の工場にたどり着いた。なんとなく、古びた町工場をものすごく大規模化させたような雰囲気で、少し親しみを覚える。
恐らくは、地球的な意味での近代化が遅れているレイゼルピナに、長いこといたせいなのだろう。文化遺産のような趣があったレイゼルピナとは違い、ここメルカディナスはもっと身近な雰囲気を漂わせているのだ。
「アンフィトリシャ商会よりも、アンフィトリシャ重工の方が正しいんじゃねぇの、これ」
「そうねぇ。こっちだと、なんとかホールディングスとかって、部門別に会社にしててもよさそうな感じよね」
昶と朱音は、久しぶりに感じる技術の香りに、ついつい身を委ねる。
「こちらが、水蒸気機関車の製造工場になっとります。メレティス、レイゼルピナ両国から大口の注文が来てますんで、フル稼働しとります」
「うちの国からもきてるの?」
工場を案内してくれている技術長の話に、シェリーは思わず聞き返した。
「えぇ。レイゼルピナでは今、大規模な鉄道計画を実施している最中で、主要都市を線路で繋いでる最中なんですわ」
飛行船舶は見かけの割に、実は輸送できる重量は少ない。それに一隻につき一定量のマグスが必要になるため、魔法大国であるレイゼルピナでもこれ以上増やしようがないのである。
逆を言えば、他国では不可能なレベルの物流を飛行船舶で行っていたレイゼルピナは、それだけ優秀なマグスを大量に擁しているという証にもなるのだが。
「レイゼルピナの魔法技術はとんでもないもんです。特に飛行船舶用の港なんて、中型船ならまだしも、大型船が停泊できるようなサイズになるとメレティスでは作れませんからなぁ」
事実、メルカディナス近郊にあるメレティス王国軍の軍港は、レイゼルピナの支援によりようやく完成したものだ。
内陸国であるメレティスには、そもそも通常の船や港を作る技術もなかったのである。
「けど、水蒸気機関車なら、地面さえあればどこへでも走らせることができる。飛行船舶と違って、大きな土地もいりません。それに結局、飛行船舶の荷物の積み卸しは相当な労力がかかりますが、鉄道なら楽ちんや。貨物列車ちゅうて、もう実際に走っとりますが、これがかなり便利がええんですわ」
しかし、いくら優秀なマグスが多くとも、レイゼルピナの輸送網が限界なのは変わらない。水蒸気機関車はまさしく、次世代を担う重要な輸送手段なのである。
「どないですか? 実際に作ってるところを見るんは?」
バカみたいに広い屋内では、一台一台、手作業で部品を作っていた。ノコギリで切断し、ハンマーを打ち付け、ヤスリで磨き上げ……。
いったい何両分の部品があるのか、皆目見当もつかない。
「水蒸気機関車自体ほとんど見たことないけど、すごいわねこれ……」
この場で唯一のレイゼルピナ人のシェリーは、開いた口がふさがらないご様子。もう工場についた瞬間から、全く閉じていない。
「すっげぇ、全部手作業でやってるよ」
「これだけ職人育てるのも、大変よねぇ……」
そして日本人である昶と朱音は、その部品を作っている人の多さに驚いていた。
百人近い職人が、原始的な工具を片手に部品を作っているのである。専用の工具くらいあってもよさそうなものだが、その手の類は見当たらない。
「はっはっは。やっぱり、外国の方には珍しいですか」
「ええ、とっても」
シェリーの答えに、技術長もご満悦の様子。
しかし、
「そうですね。動いてるのに乗ったのは、今回が初めてですね。公園に飾ってあったのなら見たことあるんですけど」
「なにせ、私らのとこじゃ古過ぎて走ってませんから」
次の二人の口にした内容に、技術長は言葉を失った。
「あの、すんません。今、『古い』っておっしゃりはったんですか?」
「そうだけど?」
「水蒸気機関車でっせ? 世界最新鋭でっせ?」
自分達の作っているものがバカにされたと思った技術長は、朱音の顔をぐぃぃっとのぞき込んだ。
「そんなこと言われても、こっちじゃ電車しか走ってないんだもんなぁ。ねぇ、昶」
「言っとくけど、俺は電車も姉さんほど乗ってないからな」
「お嬢! お嬢からも何か言ってやってくださいよ!」
一向に水蒸気機関車をすごいと認めない昶と朱音に業を煮やした技術長は、リンネに頼み込んだ。
水蒸気機関車の開発にどれだけの苦労があったかを知っているリンネなら、きっと二人を納得させるような熱弁を振るってくれるに違いない。
だが、
「…くすっ…………」
技術長の期待を裏切るように、リンネは今にも笑い出しそうになっていた。
これには、技術長も愕然とする。そもそもレイゼルピナに留学してまで魔法を学んでいるのも、全てはよりよい機械を作るためだったはずなのに。
怒らないのか? アンフィトリシャ商会自慢の水蒸気機関が、バカにされているというのに。
「…技術長、工場に来てもらったの、このため、なの」
お腹を押さえて声がでるのを必死に押さえているリンネは、さっそくネタばらしすることにした。このままだと、ちょっとかわいそうだしね。
リンネにとっても水蒸気機関は自慢だけど、昶や朱音の持つ知識はもっとすごいものなのだから。早く、みんなに教えてあげたい。
「…この二人、メレティスより、ずっと科学の進んだ国から来たの」
その言葉に、技術長は今度は腰を抜かすのであった。
部屋についた瞬間、昶と朱音は目の前のベッドに顔から倒れ込んだ。
「はぁぁ、疲れた…………」
「私もぉぉ、ナニアレ、質問しすぎだっての」
日も完全に落ちるどころか、宿泊先の夕食の時間まで逃してしまった昶達は、リンネの好意で実家に泊めてもらうことになった。
「リンネ、なにがあったの、これ?」
「…水蒸気機関車の中でしてた話を、もっと、詳しくしたやつ」
完全に巻き込まれてしまったシェリーも、今日はアンフィトリシャのお家にお泊まりだ。
ちなみに、なぜこんなことになったのかというと……。
「開発部の連中を全員集めてくれ! 今すぐ! 来てない奴は連れてこい! 理由は適当になんか考えろ! その頭は飾りと違うやろうが!」
アンフィトリシャ商会開発部の方々に、持っている知識を話して欲しいと懇願されたからだ。昶達の話を軽く聞いた技術長は目の色を変えて、開発部の全員を緊急召集の命令を出したのである。
今日が休みだった人まで呼び出すのだから、命令される方も戦々恐々だ。
それから標準時で十分しない内に技術長を含めた開発部十二人が集められ、つい先ほどまで昶と朱音は延々説明と質問責めにあっていたわけである。
「確か、電気で動く、水蒸気機関車、だったっけ?」
「…電気で動くから、電気機関車。もしくは、電動機関車。ちゃんとした名前は、まだない」
そして開発部会議は関係者以外立ち入り禁止という制約上、シェリーは入ることができず一人待ちぼうけをくらっていたのだ。
都市部の郊外にあるので散策するにしても商店街は遠いし、かといって工場内を勝手にぶらつくのもはばかられる。
会議開始から標準時で三〇分、ようやく出てきたリンネをとっつかまえ(昶達は開発部のメンバーに捕まっていた)、シェリーはようやく市街地まで馬車を出してもらったのであった。もちろん、一人ではつまらないので、リンネには街案内をさせて。
「…でも、これで、電気で動く機関車も、開発の目処が立った。ありがとぅ、アキラ、アカネさん」
「気にすんなって。大変なのは、むしろこれからなんだから」
「そうそう。形にするのが一番大変なのよ。見た感じ、全部手作業でやってるみたいだし。大量生産するなら、そのための機械も必要なんだから」
開発部の方も気になったが、一度は聞いているのもあってリンネはシェリーの頼みを快く引き受けた。
シェリーが以前に来た時より、格段に工業化が進んでいる。まず、首都であるメルカディナスの電気普及率はほぼ百パーセント。道幅の広い道路はほぼ全て走りやすいようレンガが敷き詰められていて、王都でも土が剥き出しの場所が多いレイゼルピナとは大違いだ。
「…そういえば、その『コウサクキカイ』って、どんなもの?」
「簡単に言うと、部品をある程度自動的に作ってくれる機械」
「まあ、どんな機械があるかは、さすがに私も昶も知らないけどね。私ら、術者であって技術者じゃないし」
街の警備をしているのは、鎧ではなく赤を基調とした制服の兵士。携帯している武器も、剣ではなく連射のできる最新式の銃であった。
レイゼルピナでは、ようやく単発式の銃を配備し始めたばかりだというのに。もっとも、その分レイゼルピナでは魔法戦力の割合が隣国に比べて桁外れに高いのだが。
「まあ、まずはモーター作るとこからだな。それがないと、工作機械も作れないし」
「そうね。で、どうなのリンネちゃん。モーターそのものは、作れそうなの?」
「…連続で回転させる仕組みは、わかりましたから。錬金術使って、色々作ってみます」
それから日も暮れてそろそろ解放されているだろうと思って工場に戻ったシェリーとリンネであったのだが、そうは問屋がおろさない。二人が出かけている間も一回の休みもなく、昶と朱音はしゃべり続けていたそうだ。
標準時でも最低で二時間は経っている。技術長達の気持ちもわからなくはないが、リンネは心を鬼にして開発部のメンバーを注意したのであった。
「あぁ、腹減った」
「私もお腹すいたぁ」
そんなわけで、昼食にすらありつけなかった二人のお腹は、さっきから食べ物を要求して大合唱をしていた。
今なら、水分が抜けに抜けたコッペパンでも、おいしく食べられる自信がある。
「…大丈夫。工場から、電信機で連絡して、ご飯……用意してもらった」
「よかったぁ……」
「これで飯が食える」
朱音と昶は、残った体力を振り絞ってベッドから起き上がる。するとまるでタイミングを図ったかのように、扉をノックする音がした。
「失礼します。お食事をお持ちしました」
燕尾服を着た初老の男性が、カートに食事を乗せて入ってきた。
多段式になっているカートには、プレートに分けられた四人分の食事が乗せられている。
部屋の壁際にあるテーブルに手際よく食事が並べると、男性はそそくさと部屋を後にした。
「なにこれ、私見た事ないんだけど」
その料理を見ながら、シェリーはフォークでつんつんと突っついてみる。
そういえば、確かにこれはなかったな、レイゼルピナには。
「…レイゼルピナは、焼いたり煮たりが多いけど、メレティスは揚げ物が多い。水は貴重、だから」
色彩の豊かだったレイゼルピナの料理と比べて、茶系の色がよく目立つ。
「アゲモノ? アゲモノって?」
「食材を加熱した油につっこむ調理法。食材に何かつけたりもするな」
昶の説明を興味深そうに聞いているシェリーの横で、待ちきれない朱音はもうフォーク片手に狙いを定めていた。
「おっ、唐揚げあるじゃん! これ、なんの肉なの?」
「…り、竜の肉の唐揚げ、です」
「よっしゃ! って竜? 竜の肉食べるの?」
「…は、はい。食用の竜とか、いるんで。すっごく、美味しいですよ」
「へー、そうなんだ。それじゃ、いっただっきまーっす!」
と朱音、まずはその竜の肉の唐揚げからいった。
竜と聞いただけで食欲のなくなる昶とは、えらい違いだ。
「よく食べられるな。俺、竜って聞いた昔から聞かされてたのが頭に出てきて、全然食う気になれないのに」
「なかなかいけるわよこれ。鳥の唐揚げに似てるけど、肉汁はこっちのが段違いですごい。あっつっ!?」
「…気をつけてください、できたて、なので」
まあ、たぶん竜の肉は唐揚げだけで、他は違うのだろう。
朱音に遅れて、三人も席に着いた。
主食はパンで、メインのおかずは揚げ物で、それ以外だと野菜の漬け物を中心とした保存食がメインな感じである。この分だと、野菜も貴重そうな感じだ。
「んじゃ、俺もいただきます」
まずは、天ぷらっぽい感じの野菜のかき揚げから手をつける。野菜の持つ独特の風味と甘さに、これは塩だろうか。野菜の甘さを引き立てるのに、一役買っている。
だが、しかし、
「リンネ、これって塩だよな」
「…うん、メレティス産の人気のやつ、レイゼルピナにも輸出してる」
「えっ、ほんとなのかそれ!? 海ないのに?」
地図を見ればわかるように、メレティスは内陸国であるため、海に面した地域はない。
港を作る技術がなかったのと同じく、塩なんて作れる環境とは思えないのだが。
「…だいぶ南の方、ものすごい岩塩が、あって」
「あぁ、岩塩か……」
通りで、いつも食べてるのと風味が違うと思ったら。
レイゼルピナは日本の塩と同じように、海水から生成されている。製法による違いはあるが、基本的にはあまり変わらない味をしているのだ。
「あんた、相変わらず細かいこと気にしてるのね」
「姉さんが大ざっぱ過ぎるだけだって」
「何言ってんのよ。私だってね、割と振り回されてばっかりで大変なのよ。これでも、学校じゃかなり几帳面な方なんだから」
信じられるかと、昶は空返事で頷きながら、魚のフライを頬張った。
白身魚に岩塩と粗挽きの胡椒で下味をつけ、ころもで巻いてさくっと揚げられている。小骨も全部取ってあって、すごく食べやすい。
「うん、アゲモノって初めてだけど、すごい美味しいわねこれ。レイゼルピナに帰ったら食べられないだろうから、今の内に味わっとかないと」
シェリーも初めての揚げ物を気に入ったようで、リンネも自分の国の味を受け入れてもらえて嬉しそうだ。
「…そういえば、部屋、どうする? とりあえず、ここでも、三人大丈夫……だけど?」
塩味の天ぷらを味わっていた三人は、ベッドの方を見やった。
ダブルサイズのベッドが二つ。姉弟である朱音と昶、もしくは女の子同士である朱音とシェリーが一つのベッドにするなら、この部屋一つで事足りるのだが。
「はいはい! 私はリンネの部屋に泊まりたいんだけど!」
竜の唐揚げをこぼれそうになるくらい詰め込んだシェリーは、身を乗り出してリンネに迫った。が、朱音に首根っこをつかまれて引きずり戻される。
「…シェリー、悪いんだけど、その、今日はやりたい事が、あるから」
「な~んだ、残念。せっかくリンネの部屋が見られると思ったのに」
まあたぶん、本とかで埋め尽くされているのだろう。それも、文学系でなく工業系の教科書とかで。
学院でも、何度かそれっぽい本を確認している。恐らく、あれを劇的にグレードアップさせた感じに違いない。
そういえば、
「まあ、リンネの部屋ならだいたい想像はつくけどな。で、シェリーの部屋も、やっぱ学院と一緒でぐちゃぐちゃだったりするのか?」
「わ、私の部屋……?」
いきなり自分の方に矛先を向けられて、シェリーはついつい口どもった。
「えっとねぇ、そこは使用人の人達がちゃんとしてくれてるから、そっちは大丈夫!」
嘘は言っていない嘘は言っていないこれっぽっちも嘘なんて言っていない! 全部を言っていないだけで……。
「いや、それ自慢できないだろ、それ」
「…シェリー、だらしない」
昶とリンネからの鋭い突っ込みを、シェリーは乾いた笑いでどうにか乗り切った。
だって、どう考えてもキャラが違うだろう。まだ両親と仲がよかった頃に買ってもらったファンシーなぬいぐるみを、後生大事にずっと持ち続けているなんて。
ましてや、辛いことがあったらそれを抱いて寝ていたなんて。こんな事実、レナ以外には絶対知られたくない。昶とかには、腹抱えて笑われそうだ。
「それなら、アキラの部屋はどうなのよ? ちゃんとしてるわけ?」
「俺の部屋は、着替えと武器の手入れ道具、あと護符作る器具を一式置いてあるだけだぞ? そもそも、まだ編入されて二ヶ月だぜ。物なんかないっての」
思惑が外れたシェリー、表情には出さず心の中で手足をついてガッカリのポーズ。そうだった、そもそも昶は最近までは部屋どころか、物を買うお金すら持っていなかったのだ。この質問は、時期早尚すぎたか。
ならば、攻め手を変えてやるまで。
「だったら、元の世界にいた頃の部屋で!」
「別に、大したもんは置いてないって。多少散らかってたけど、シェリーほどじゃないし」
「本当なんですか、師匠」
シェリーは昶ではなく、朱音の方に確認した。男子より部屋が散らかってるなんて、意地でも認めたくない。
「シェリーちゃんの部屋がどんなのかは知らないけど、昶の部屋は蔵から出してきた指南書と、勉強用の教科書くらいしかなかったわよ」
この真面目がっ! と、シェリーは心の中で吐き捨てた。
レナといい、昶といい、お前らなんでそんなに勉強してるんだよ、この似た者同士が。
同士だと思いこんでいた昶に裏切られて、シェリーは血の涙を流した。もちろん、心の中で。
「いやぁ、お姉ちゃん的には、エッチな本が一冊もないから、むしろそっちの方が心配なんだけど」
すると部屋の話繋がりで、朱音がいきなりとんでもないことを言い出した。女の子ばっかりのこの場面で、なんつー話題を持ち出しやがるんだ、このバカ姉は。
おかげでスープが気管の方に入ってしまって、昶は激しく咳き込んだ。
「ゴホ、ゲホ……。めったに外に出れないし、金だって持ってないのに、どうやってそんな本を買うんだよ……」
「執念で」
「執念でそんなんできるんなら、苦労しねぇっての」
「じゃあつまり、買えたら買ってたわけ? 昶ったら、エッチなんだから~!」
「知るか、そんなもん! 現実的に無理だから、考えたことすらないわ!」
まったく、一に規律、二に規律、三四も規律に五も規律な、がっちがちの隠れ里に、そんな物が持ち込めるものか。持ち込めるとすれば、今の朱音のような里の外部での活動がメインになっている術者だけだ。
昶は未だに隠れ里での鍛錬が中心、人手が足りなくて日帰りか一泊の仕事に駆り出されることはあるが、それだって月に二、三回という頻度だ。
これで朱音の言うエロ本が持ち込めるというのなら、ぜひ教えていただきたい。ちなみに、予算はゼロ円と仮定する。
「もう、ちょっとからかっただけじゃない。そんなに怒らないの。で、ちなみにシェリーちゃんの部屋の散乱具合ってどうなの?」
「はぁぁ……。リアル足の踏み場がない状態。時々テレビでやってるゴミ屋敷を、スケールダウンしたみたいな」
「って、ちょっと!」
蚊帳の外でイジられる昶を楽しんでいたシェリーに、朱音はいきなり照準を変えてきた。
しかも、答える昶の表現もひどすぎて、絶句してしまった。
いくらなんでも、ゴミ屋敷は酷すぎる。
しかし、
「…的確、だと思う」
頼みの綱のリンネにまで肯定されてしまった。ここに、シェリーの味方はいないようだ。
「わかったわよ! 帰国したらいの一番に片付けるわよ!」
「そのまま散らからないんなら、いいんだけどな」
昶に釘を刺されて、そんな自信など微塵もないシェリーは、ただただだらしない自分に落ち込むのであった。
昶達がアンフィトリシャ家で夕食を食べていた頃、
「…………寝過ぎたわ」
レナは自室のベッドで目を覚ました。
長旅のせいで昼間から寝ていたお陰で、もう目はぱっちりだ。しばらくは、眠れそうにない。
改めて自分の服装を見ると、寝間着ではなく制服のままであった。そうか、着替えるのも面倒だったし仮眠のつもりだったから、そのまま寝たのだった。
まあ、寝ないのだからちょうどいいか。レナはベッドの上に座り直すと、心を落ち着かせ全神経を集中させた。魔力を察知できるようになるための修練である。
どんなに忙しくとも、毎日欠かさずやるようにしている。もっとも、朱音が来てからは色々とゴタゴタしていたので、できていなかったのだが。
最近はようやく慣れてきて、比較的短時間で魔力の流れをなんとなく感じ取れるようになってきている。『誰が』、『どこに』、とまではいかないものの、魔力そのものの存在はわかるようになってきていた。属性の持つイメージも、あと少しでつかめそうな気がする。
「でも、アキラやアカネさんって、気配だけで『誰か』までちゃんとわかるのよね……。まだ場所だってちゃんとわかんないのに」
自分はまだまだだなと、レナは少し落ち込む。昶達と同じ世界を感じられるようになるには、まだ相当な時間がかかりそうだ。学院を卒業するまで、果たしてできるようになるのやら。
いやいや、今は二年後の卒業よりも、一週間後に迫ったマギア・フェスタの方が優先だ。
しかし、いったい何を思って学院長は自分なんかを選んだのだろう。他の魔法学校はどうなっているのか知らないが、レイゼルピナ魔法学院では学院長の独断と偏見によって、マギア・フェスタへの参加メンバー選定されている。
もちろん、成績上位の生徒は選ばれるのだが、中にはレナのような実技の成績が振るわない生徒も選ばれているというわけだ。
もっとも、その中に昶を入れるというのは、もう反則にしか見えないわけであるが。あの学院長は、なぜ昶をマギア・フェスタに参加させたのか……。昶がいなくたって、レイゼルピナ魔法学院はマギア・フェスタの常勝校、優勝しない方が難しいとまで言われているほどなのに。
まあ、今はそんなことはどうでもいい。あの学院長の腹の内なんて、どうせわからないのだから。
それよりも、
──アキラったら、メレティスに来てからずっとリンネにべったりで……。何よ、自分からあたしにキキキ、キスまでしたくせにぃっ!
昶だ。朱音に言われたこともあって、そのことをずっと考えて、悩んで、昶と話す機会をずっとうかがっていたのに。まさか、こんな身近に伏兵がいたなんて、迂闊だった。
今なら、今までと違った話なんかもできると思っていたのに、なんなのだろう。
「あぁもぉ……。なんでこんな時にいないのよ、アキラ」
だめだ、集中力が続かない。これも全部、昶とリンネが悪いんだ。レナは両手足を投げ出して、ベッドへ寝ころんだ。
「……あたしって、いつからこんなに嫉妬深くなっちゃったんだろう」
昶にちょっかいをかけてくるアイナはまだしも、リンネにまで煮たような感情を抱いている。
今はどうしているのだろう。帰ってくるのか、それともどこかに泊まるのか。
泊まるとすれば、たぶんリンネの家だろう。機械の話で意気投合してたし、仲の良いシェリーも付いてるし。
一度気になり出したら止まらない。昶に対する考えも変わって、ちょっとだけ自分にもわがままになってみて、考えないようにしてきた想いのたがが外れてしまったのである。
昶を想うと、胸の奥がじわっと温かくなるのだ。昶といる自分を想像すると、切なさと苦しさとがわいてくる。でも、それ以上に嬉しいような、楽しいような、そういった気持ちがわいてくるのである。
そういえば、自分はまだ告白をしていないのだった。
これは、うむ……。どうするべきなのだろう。
我慢していたこれまでと違って、今なら言えそうな気がしないでもない。でもどうせなら、自分の口から言うのではなく、昶の口から言わせたい。
「……あ、でも」
記憶の糸をたぐると、ある言葉が思い起こされた。
──俺のレナに、手ぇ出してんじゃねぇぞ、こら……。
そうだ。あの時昶は、『俺のレナ』って言っていた。絶対に、間違いなく、何が何でも。
つまりこれは、えっと、冷静に考えると、もう告白されているってことにはならないだろうか?
だとしたら、昶はアイナなんかよりも、自分のことの方が……。
「あー、もぉ! アキラのバカ!」
傍らにあった枕をこれでもかと締め上げ、レナはそこに顔をうずめて叫んだ。
「サーヴァントは、主のそばにいなきゃいけないのに」
冷たい枕が、熱くなったほっぺに気持ちいい。レナは枕から顔を離し、ごろんと寝返りを打つ。
もっと知りたい、昶のことを全部。少なくとも、アイナよりはいっぱいに。
「早く帰ってきなさいよ…………ほんとに…………」
その後、レナは必死になって昶の気配を探ろうとしたのだが、そもそも魔術師達は普段気配を絶っていることを思い出して、途方に暮れるのであった。
初めましての方、初めまして。久しぶりの方、お久しぶりです。
いきなりですが、すいませんでした。最近、艦これのイベントとか、艦これのイベントとか、おとボクとか、艦これのイベントとか、おとボクとかばっかりしてました。いやね、迷えるふたりとセカイのすべてとか、時計仕掛けのレイラインとか、1/7の魔法使いとか、水平線まで何マイル? とか、あとバルドバレット・リベリオンとか、おとボク2とか、とにかく積んである箱を崩したくて崩したくて……。でも、仕事忙しくて、帰ってぐったりしてたりで、なかなかすすまなんだ。いや、ほんとにすいません。年内に二章終わらせられるように頑張りますから、許してください。
でもな、朱譚も進めつつ、別にもう1本進めつつ、あとヴェルメリアを新人賞に向けてブラッシュアップしたりとかで、なかなか進まない……。うわ、気づいたら言い訳してばっかしだ。
この辺で、話を戻しますか。てなわけで、ようやく第二章のメイン舞台であるメレティス王国に到着しました。リンネちゃんが実家に帰って、本性全開です。いやー、機械いじる女の子もまた可愛い。工学系女子(魔法使い)ですけど。
ここからは、大きく分けて三構成になりますかね。マギア・フェスタ開催までの一週間、マギア・フェスタ本大会、そして締めと……。どうぞ、お楽しみに。
いやほんと、今年中に終わらせられるように頑張らねぇと……。すいません。朱譚先に終わらさせてください。